名古屋高等裁判所 昭和51年(ネ)42号 判決 1979年7月30日
亡福井栄雄承継人控訴人
福井こい
同
福井美知子
右両名訴訟代理人
中村亀雄
同
石坂俊雄
被控訴人
藤森澄司
右訴訟代理人
樋上陽
外三名
被控訴人
広崎茂
右訴訟代理人
辻貴雄
主文
控訴人らの被控訴人広崎茂に対する控訴を棄却する。
被控訴人藤森澄司は控訴人ら各自に対し金五万円及びこれに対する昭和四六年九月二〇日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
控訴人らの被控訴人藤森澄司に対するその余の請求を棄却する。
訴訟費用中控訴人らと被控訴人広崎茂間で生じた控訴費用は控訴人らの負担とし、控訴人らと被控訴人藤森澄司間で生じた分は第一、二審を通じて五分し、その四を控訴人らの、その余を同被控訴人の負担とする。
この判決は第二項にかぎり仮に執行することができる。
事実
一 控訴の趣旨
原判決を取消す。
被控訴人らは各自控訴人両名各自に対し金四五万五三〇二円、及びこれに対する昭和四六年九月二〇日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は第一、二審共被控訴人らの負担とする。
との判決並びに仮執行宣言を求める。
二 控訴の趣旨に対する答弁
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人らの負担とする。
三 控訴人らの請求原因
(一) 亡福井栄雄は昭和二一年四月二〇日藤森亀吉から三重県名賀郡青山町羽根字深谷一九四二番六、山林六〇一平方メートル(以下本件山林という)を、同所一九四三番畑及び野つぼとともに代金七〇〇円で買受け、同日代金を支払い、その引渡を受け、以来本件山林の下刈をし、立木を伐採するなどして占有管理してきた。
(二) 被控訴人藤森は亡亀吉の相続人であるところ、被控訴人らは本件山林が亡福井栄雄の所有であることを知りながら、登記簿上の名義が右亀吉の子亡藤森勇のままであることをよいことにして、これを第三者に転売しようと共謀し、被控訴人藤森は、昭和四六年九月二〇日藤森勇から藤森亀吉への遺産相続の登記並びに亀吉から自己への相続登記を経由し、被控訴人広崎がこれを買い受けて更に事情を知らない古塚友康に売却し、亡福井栄雄の右所有権を失わしめた。
亡福井栄雄は、昭和四〇年頃亡亀吉から買受けた本件山林に隣接する畑を被控訴人広崎に売却した際被控訴人広崎から本件山林も売つてほしい旨の申込を受けたが、炭をつくるのに必要だから売らないと拒否したことがあつた。それにもかかわらず、被控訴人広崎らが前記のように本件山林に対する亡福井栄雄の所有権を失わしめる挙に出たことは信義則に違反するもので、亡栄雄に対する不法行為である。
(三) (当審において追加した被控訴人藤森に対する請求原因)
被控訴人藤森は亡栄雄に対して本件山林につき所有権移転登記手続をなすべき義務を亡亀吉から相続により承継しながら、前記のように被控訴人広崎と共謀して本件山林を他へ二重売却したもので、これにより被控訴人藤森の右登記義務は履行不能となつた。
(四) 本件山林の時価は金九一万〇六〇五円(3.3平方メートル当り金五〇〇〇円)であるところ、亡福井栄雄は被控訴人らの右不法行為若しくは被控訴人藤森の右債務不履行により、右同額の損害をこうむつた。
(五) 福井栄雄は昭和五一年四月一七日死亡し、同年五月二二日、控訴人らを含む相続人らの遺産分割の協議により、控訴人両名が亡栄雄の右損害賠償請求権を承継取得した。
(六) よつて控訴人らはそれぞれ被控訴人ら各自に対し、右損害賠償債権額の二分の一である金四五万五三〇二円及びこれに対する前記不法行為又は債務不履行の日である昭和四六年九月二〇日から支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
四 請求の原因に対する被控訴人広崎の答弁
(一) 請求の原因(一)の事実は否認する。
(二) 同(二)の事実中被控訴人藤森が亡亀吉の相続人であること、本件山林の登記簿上の名義が亡藤森勇であつたこと、被控訴人藤森が昭和四六年九月二〇日本件山林につき控訴人ら主張の登記を経由したこと、被控訴人広崎が亡福井栄雄から本件山林に隣接する畑を買受けたことは認めるが、その余の事実は否認する。
被控訴人広崎は昭和四六年七月頃藤森茂男のあつせんにより、被控訴人藤森から同人の所有と信じて金一五万円で本件山林を買受け、右山林を古塚友康に売り渡したものである。
(三) 同(四)の事実は否認する。
(四) 同(五)の事実は認める。
五 請求の原因に対する被控訴人藤森の答弁及び主張
(一) 請求の原因(一)の事実は否認する。
(二) 同(二)の事実中被控訴人藤森が亡亀吉の相続人であること、本件山林の登記簿上の名義が藤森勇であつたこと、被控訴人藤森が昭和四六年九月二〇日本件山林につき控訴人ら主張の登記を経由したこと、被控訴人藤森が同広崎に本件山林を売り渡し、更に同人が古塚友康に売却したことは認めるがその余の事実は否認する。
仮に亡福井栄雄が本件山林を買受けた事実があつたとしても、被控訴人藤森には不法行為の責任はない。
被控訴人藤森は本件山林の所有関係、所在場所も知らなかつたのである。しかるところ、昭和四六年二月頃被控訴人藤森の母に被控訴人広崎が本件山林を売るよう執拗に言つてきたのではじめて本件山林が自己の相続し、所有するものであることを知つたものであつて、本件山林の所在場所を現地で確認することもなかつたし、売却済であることを考えるきつかけもなければ、そのように考える必要もなかつた。したがつて被控訴人藤森は本件山林を古塚友康に売却するについて故意も過失もなかつたから不法行為は成立しない。
(三)1 同(三)の主張は時機におくれてなされたものであつて却下さるべきである。
けだし被控訴人藤森は、原審において亡福井栄雄が本件山林を亡亀吉から買受けた点を否認し、仮にそのような事実があつたとしても不法行為は成立しないと主張して、この点に立証の重点をおいて訴訟を進行してきたものであるところ、控訴審において、控訴人らからあらたに債務不履行の主張がなされるに至つては、この点に関する立証を一からやりなおさなければならず、そのために訴訟の完結を著しく遅延せしめることになるからである。
2 仮に右の主張が理由がないとしても、請求の原因(三)の事実は否認する。
(四) 同(四)の事実は否認する。
(五) 同(五)の事実は認める。
六 被控訴人藤森の抗弁
(一) (請求の原因(三)に対する抗弁)
前記のように被控訴人藤森は亡亀吉が亡福井栄雄に本件山林を売却しており、そのために所有権移転登記手続をなすべき債務を負つていたことを知らなかつたから、本件山林を古塚に売却することにより右の債務が履行不能になることを知り得べき筈のものではなく、この点について同被控訴人に過失はない。
(二) 仮に被控訴人藤森に不法行為又は債務不履行の責任があるとしても、その成立及び損害の発生について亡福井栄雄にも過失があつたというべきである。すなわち、同人は本件山林を昭和二一年四月二〇日に亡亀吉から買受けて以来、右同人及び被控訴人藤森においてその所有権移転登記手続をなすことを拒んだこともないのに長期間右の登記手続をしないで放置したもので、この点は亡栄雄の過失というべきであるから、本件損害額の算定にあたつて右の過失がしんしやくさるべきである。
七 被控訴人藤森の抗弁に対する控訴人の答弁
抗弁事実は否認する。
八 証拠関係<省略>
理由
一<証拠>を総合すると次の事実が認められる。
亡藤森亀吉はその子藤森勇から大正六年四月二六日遺産相続した本件山林及び明治四〇年五月三〇日頃住沢勇吉から買受けた右山林の東側に隣接する三重県名賀郡青山町羽根字深谷一九四三番畑一一九〇平方メートルを所有していたところ、本件山林及び右の畑を右山林中にある野つぼ(同所一九四三番の一雑種地9.91平方メートル)とともに昭和二一年四月二〇日頃亡福井栄雄に代金七〇〇円で売り渡し、その頃右代金の支払を受けて、右各土地を引渡した。そして右各土地の所有権移転登記手続をしないでいる間に、農地開放が施行され、一九四三番畑は国に買収された後、昭和二二年一〇月二日自作農創設特別措置法一六条によつて亡福井栄雄に売り渡され、同二四年一一月二六日右同人のための所有権取得登記が経由された。そして同人は右の登記がなされた時に本件山林についても所有権移転登記が経由されたものと思い込んで、そのままにしていたが、山林の下草を刈る等してその占有管理を続けていた。そして亡福井栄雄は、昭和三九年一二月頃右一九四三番の畑を被控訴人広崎に売り渡した際本件山林の所有権移転登記が経由されていないことに気付いたが、既に昭和三六年一月二二日に売主亀吉は死亡しており、その相続人である被控訴人藤森の所在も不明であつたので右登記手続をすることができなかつた。
以上の事実が認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
しかして被控訴人藤森において昭和四六年九月二〇日藤森勇から藤森亀吉への遺産相続の登記及び亀吉から自己への相続登記を経由したこと、被控訴人広崎がこれを買受けたことは当事者間に争いがなく、<証拠>によると、被控訴人広崎は更に右山林を古塚友康に売り渡して前同日、中間省略により右同人のための所有権移転登記がなされたことが認められる。
以上の認定事実によれば、本件山林は被控訴人藤森の被相続人亀吉によつて昭和二一年四月二〇日に亡福井栄雄に売り渡され、その旨の登記が経由されない間に、被控訴人藤森が被控訴人広崎に売り渡し、更に同人において古塚友康に売り渡してその旨の所有権移転登記が経由されたことになるから、亡福井栄雄の本件山林についての所有権の取得は、先に所有権移転登記を経由した古塚友康に対抗できなくなつた結果、亡福井栄雄は本件山林の所有権を失つたことになるわけである。
二福井栄雄が昭和五一年四月一七日死亡し、同年五月二二日控訴人らを含む相続人らの間で遺産分割の協議により、控訴人両名が本件に関する権利の二分の一宛を承継取得したことは当事者間に争いがない。控訴人らは栄雄の承継人として、被控訴人らに対し、前記一認定の事実関係に基づき損害賠償の請求をするので、まず被控訴人広崎に対する請求の当否について判断する。
一般に不動産の二重売買が行われた場合において、単に第二の買主が第一の買主の存在を知つていただけでは第二の買主の行為が第一の買主に対する不法行為となるものではないけれども、第二の買主が第一の買主を害する目的で自由競争の許容される範囲外の不法手段を用いたり、もしくは売主と共謀して第一の買主の所有権を失わしめる等信義則に照して不当な手段を用いたりしたような場合には、第二の買主の行為は不法となるものと解されるから、以下この点について検討する。
<証拠>を総合すると次の事実が認められる。
亡福井栄雄は三重県名賀郡青山町羽根二七一番地の安楽寺の住職であり、被控訴人広崎は同寺の壇家総代であつた。そのようなわけで本件山林と西隣の前記一九四三番畑を亡福井栄雄が占有管理していたことは被控訴人広崎の知るところであつたが、同被控訴人は昭和三九年頃右一九四三番畑を福井栄雄から買受けた際右土地が直接道路に接していないために、右土地に隣接して道路に接している本件山林も買受けたい旨を右同人に申入れた。しかし同人がこれをことわつたので同被控訴人は本件山林を買受けることはできなかつたものの、その頃本件山林の登記簿を調べたところ、本件山林の所有名義が藤森勇の名義に登記されていて福井栄雄に所有権移転登記が経由されていないことを知つた。その後昭和四三年頃被控訴人広崎は被控訴人藤森の母や被控訴人藤森の親類にあたる藤森茂男を介して同被控訴人に対して度々本件山林の売却方を申し入れた。同被控訴人は当初これを拒否していたけれども、右の申出がきつかけで青山町役場の固定資産台帳を閲覧した結果本件山林を自己が相続していることを知り、昭和四六年七月頃本件山林を売却してもよいと考えるにいたり、藤森茂雄を通じて被控訴人広崎にその旨を申入れ、結局代金一五万円で被控訴人広崎が右山林を買受け、ついで同年九月頃、同人は代金二〇万円で古塚に売却し、前記のように中間省略登記が経由されたものである。
以上の事実が認められ、<る。>
以上の認定事実によると、被控訴人広崎は本件山林を福井栄雄が亡亀吉から買受けて占有管理していることを知りながら、右売買につき所有権移転登記がなされていないのをよいことにして、右山林を被控訴人藤森から買受けて、古塚友康に更に売り渡し同人のために所有権移転登記を経由してしまつたものと認められるけれども、ただそれだけでは右の被控訴人広崎の買受行為を目して福井栄雄に対する不法行為とすることはできないし、他に同被控訴人につき不法行為の成立する事実を認めるに足りる証拠はない。
したがつて控訴人らの被控訴人広崎に対する本訴請求はその余の点について判断するまでもなく理由がないから、これを棄却した原判決は相当であつて、控訴人らの被控訴人広崎に対する控訴は棄却すべきである。
三次に控訴人らの被控訴人藤森に対する請求について判断する。
(一) 控訴人らは被控訴人藤森に対する請求原因として、原審において不法行為のみを主張していたが当審において債務不履行を右の請求と選択的に併合して主張する。
被控訴人藤森は控訴人らの右の当審における主張は時機におくれたものとして却下を求める旨主張するが、右の主張は訴の変更の不許を求める申立と解されるところ、控訴人らの右請求原因の追加によつて本件請求の基礎に変更があつたものとは認められないし、本件の審理の経過に照すと、右の追加が本件訴訟の完結を著しく遅滞させることにもならないというべきであるから、被控訴人藤森の右主張は採用しがたい。
(二) 前記一における認定判断によれば、亡亀吉は亡福井栄雄に対して本件山林の所有権移転登記手続をなすべき義務を負つていたところ、昭和三六年一月二二日亀吉が死亡し、被控訴人藤森は亀吉の地位を相続したことにより亀吉の福井栄雄に対する右所有権移転登記義務を承継したものであり、同被控訴人が被控訴人広崎に本件山林を二重譲渡し、同被控訴人が古塚に更に売り渡して同人に所有権移転登記が経由されたことによつて被控訴人藤森の福井栄雄に対する右の債務は履行不能になつたものというべきである。
右について被控訴人藤森は、本件山林を亀吉が福井栄雄に売却していた事実を全く知らず、又知らなかつたことについて過失もなかつた旨を主張する。
なるほど前記二における認定判断によれば、被控訴人藤森は亀吉が本件山林を福井栄雄に売り渡していた事実を全く知らなかつたものと推認される。しかし、一般に相続人は、被相続人の負担していた特定の債務の存在を知らなくとも、相続によつて当該債務を承継するものというべく、承継後にその債務が履行不能となつたときはそのことによる責任を免れないものというべきである。本件において被控訴人藤森は亀吉の栄雄に対する登記義務(しかも、栄雄は亀吉に対し売買代金を完済していたこと前認定のとおりなのであるから、他に特段の事情のない限り、右の登記義務は既に履行遅滞の状態にあつたといえる。)を相続したところ、その登記義務を自らの行為によつて履行不能としたものであつて、単に被控訴人藤森において相続当時、その登記義務の存在を知らなかつたからといつて、ただそれだけでは右の履行不能が同被控訴人の責に帰すべからざる事由に基づくものとするには足りず、他に右の事由を認めるに足りる証拠はない(履行遅滞の後に履行不能に陥つた場合であれば、同被控訴人は不可抗力を以て抗弁とすることもできない。)、したがつて被控訴人藤森の右の主張は採用できない。
(三) そうすると、被控訴人藤森は控訴人らに対して右の履行不能による損害賠償義務を負担するものというべきところ、同被控訴人は債権者である福井栄雄にも過失がある旨を主張するので次にこの点について判断する。
前記一における認定判断によれば福井栄雄は昭和二一年四月二〇日に亀吉から本件山林を買受けて以来、二五年余の長期間本件山林について所有権移転登記を経由することなく放置しておいたところ、その間に亀吉の相続人である被控訴人藤森が右の事情を知らぬまま本件山林を被控訴人広崎に売却した結果、本件損害が発生したものであるから、右について債権者である福井栄雄にも過失があつたものというべきである。したがつて右同人の過失は本件損害額の算定にあたつてしんしやくするのが相当である。
(四) 次に損害額について判断する。
控訴人らは被控訴人藤森に対して履行不能時における本件山林の価額に相当する損害賠償を請求できるところ、被控訴人広崎は古塚友康に対して本件山林を昭和四六年九月頃金二〇万円で売却していることは前認定のとおりであつて、この事実からすれば、右履行不能時における本件山林の価額は金二〇万円と認めるのが相当である。原審証人萱室正一の証言中右認定に反する部分は措信しがたく、他にこの認定を動かすに足りる証拠はない。そうすると、控訴人両名の本件損害額は金二〇万円であるところ、前記過失をしんしやくすると、これを金一〇万円に減額するのが相当である。
(五) よつて被控訴人両名の被控訴人藤森に対する本訴請求は各金五万円宛とこれに対する履行不能になつた日である昭和四六年九月二〇日から支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから正当として認容し、その余は失当として棄却すべきである。
なお控訴人らの被控訴人藤森に対する不法行為による損害賠償請求を棄却した原判決は、当裁判所が当審において選択的併合として追加された債務不履行にもとづく請求を一部認容することによつて失効した。
四以上の次第で控訴人らの被控訴人広崎に対する控訴を棄却し、被控訴人藤森に対する請求は右に判断した限度で認容し、その余は棄却することとし、民事訴訟法八九条九二条本文九五条一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(秦不二雄 三浦伊佐雄 高橋爽一郎)