名古屋高等裁判所 昭和52年(う)145号 判決 1978年5月30日
被告人 将敏こと佐藤正敏
主文
本件控訴を棄却する。
当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
本件控訴の趣意は弁護人竹下重人作成名義の控訴趣意書に、これに対する答弁は検察官高木重幸作成名義の答弁書に、それぞれ記載されているとおりであるからここにこれらを引用する。
弁護人の控訴趣意書第三記載(事実誤認)の論旨について
所論は、本件起訴事実中の移出数量はすべて被告人ら備付の伝票、帳簿等によつて集計されたものであるが、それらの資料だけではその物品が揮発油税法に規定する「温度一五度において〇・八〇一七をこえない比重を有する炭化水素油」であることを明らかにすることができず、国税局や税務署の職員は、本件公訴にかかる期間中被告人が販売したブレンドガソリンについて、現品調査したことがなく、同期間中の販売品のうち公訴事実記載の量がすべて「揮発油」であるか否かの判定は、すべて被告人が購入したレギユラーガソリン、トルオール、ノルマルヘキサン等についてそれらのメーカーが公表している比重と被告人側に残された資料による混合割合及び混合総量によつて算術的に計算された比重に基づいてなされているところ、レギユラーガソリンと芳香族系炭化水素油との混和によつて生じる油の有する比重をそのような算術計算によつて単純に算出することは極めて困難であるうえ各資材の均質と混和に際しての十分な攪拌がその前提となるが、右前提がいずれも望みえないものであり、右算出による数値は不正確さを免れず、被告人のしたブレンド操作によつて製造、販売されたガソリンの中には計算上の数値と異なり〇・八〇一七より重い比重のものも含まれていることは明らかというべく、これを要するに、被告人がユニバーサル石油有限会社のためまたは被告人個人の事業として行つたガソリンのブレンド行為及び販売によつて原判決摘示の量の揮発油が製造され移出されたことの証明は極めて不充分であるにかかわらず敢て右認定をした原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認が存する、というのである。
所論にかんがみ記録を調査し当審における事実取調べの結果を参酌して検討するに、原審第二回、第九回各公判調書の記載によれば、被告人は本件各起訴事実についていずれもその製造販売数量(移出数量)及び被告人の作出したものが揮発油であることを認める趣旨の陳述をしていることが認められる。そして、加藤修一(昭和四八年一一月六日付)、倉田一芳(同年同月六日付)及び佐藤てつゑ(同年同月一二日付、同四九年一一月二六日付)の検察官に対する各供述調書、加藤修一の検察事務官に対する同年同月二一日付供述調書、倉田一芳の検察官に対する同年同月二七日付供述調書の抄本によれば、被告人は昭和四二年頃から「第一油化学工業」なる名称で個人で自動車用ガソリンの小売りをし、同四五年頃より通常のレギユラーガソリンに一定割合の課税対象外の芳香族系を主体とする溶剤である炭化水素油を混和し増量したブレンドガソリンを販売して利益を上げようと企て、御船町のガソリンスタンドの地下タンクを利用して右製造をはじめ、同四六年末頃栄生町に八基のタンクが出来た頃から製造場所を右栄生町の油槽所に移し、本件摘発によつて完全にブレンドガソリンの製造をやめるまで右油槽所において右ブレンドガソリンの製造を続けた。途中、昭和四六年一一月一九日被告人はその妻とともにユニバーサル石油有限会社を設立し、同月二五日以後はブレンドガソリンの製造販売を右会社において行つていたところ、同四七年四月頃、申告納税をしなかつたことで名古屋国税局の調査を受け二千数百万円の税額決定をされ、同年一〇月再度の摘発を受け同年七月から九月の三ヵ月間の脱税額につき告発されるに至つたので同四七年一〇月末頃でユニバーサル石油有限会社としての業務はやめ、再び被告人の個人営業である第一油化学工業の営業活動として右ブレンドガソリン製造、販売の業務を引継いだ。右製造、販売を含む営業の全般は被告人が指示、統轄し、被告人の妻佐藤てつゑが記帳を担当し、従業員加藤修一が御船町のガソリンスタンドにいて被告人の指示の下にブレンド用溶剤等の仕入および各注文者の注文に応じたブレンドの混和割合を運転手倉田一芳に指示することならびにブレンドガソリンの販売を担当し、右倉田が栄生町の油槽所にいて各ブレンド基材の各タンクへの受払、ブレンド及び出荷を担当するほかレギユラーガソリン、基材とも入荷時に時々サンプリングして比重測定を実施した。右ブレンドの混和割合に応じ販売価格もそれぞれ異り、集金はすべて被告人自身が行つた。ユニバーサル石油有限会社時代は混和率も多種で、基材の混入率が七〇パーセントを超え比重が〇・八〇一七を超えて販売先からクレームのつくような規格外品もあつたが、その販売先は一、二の業者に限定され、その量も多く見積つても月二、三車(二〇~三〇キロリツトル)に過ぎず、第一油化学工業の業態に戻つてからの混和率は単純で特に右会社組織時代のような規格外品が存しなかつた。などの事実が認められ、右各証拠に被告人の脱税調査を担当した大蔵事務官奥七郎次の原審公判廷における証言、小島正敏、溝淵一、水野勝ら各取引先会社役員の大蔵事務官に対する各質問てん末書、原審裁判所のなした証人川西勝の尋問調書、押収にかかる帳簿類、容器別受払明細表など原判決挙示の各証拠を総合すれば、告発、起訴にかかる被告人の移出数量は前示規格外品を控除した数量であつて、被告人が原判示罪となるべき事実第一、第二末尾添付別表の各移出数量欄記載の揮発油の移出を行つた事実を認めることができる。
所論は計算比重によつては起訴状記載の移出数量の全部が揮発油税法にいう揮発油であつたことの証明がない旨主張するが、前記証拠によれば本件事犯は、被告人が当初より脱税の意図をもつて周到な計画、操作のもとに継続して課税対象外の基材によつて増量されたブレンドガソリンの製造、販売を行つたものと認められるばかりでなく、前示のとおり直接の混和担当者倉田によつて原料たる各レギユラーガソリン、基材の比重測定が適宜行われ、混和に際してもローリー車のタンク内又は地下タンクの下部にローリー車のエアーを使用してブローするなど意識的な攪拌が行われており、被告人も比重が〇・八〇一七を超えない規格品とそれ以外の規格外品とを峻別し、規格品については格別クレームもつかなかつたことが認められ、原審第二〇回公判調書中の証人奥七郎次の供述記載によれば、一旦攪拌されたものは放置しても時間の経過により分離して比重の重いものが下層に溜ることはないこと、比重計算に際しては各レギユラーガソリン、基材につき仕入元の資料による入荷当日の最高の比重に基づき、もし前日からの残量の比重が右数値より高いときは右残量分の比重に基づき比重計算をし、その結果規格外と認めたものは摘発の対象から除外したので告発分につき規格外品混入の可能性はないことが認められる。もつとも、原審第二四回、第二六回各公判調書中の証人渡邊昭の供述記載には、物質の分子構造の違いなどから混和後の比重は一般的に言つて算術平均的には求められない旨の供述部分が存するが、また同供述によれば混合物であるガソリンはこれに芳香族系炭化水素油を加えた場合は測定比重は両者の比重の算術平均より幾らか減ることが予想されるというのであり、被告人が増量に使用した基材が右芳香族系に属するトルエンが主体であつたことを併せ考えると計算比重は測定比重より軽くならないから、算術計算によつて規格外のものまでが規格内の揮発油に該るとして告発の対象とされるおそれはなく、従つて原判決の挙示した証拠の採用している比重計算が不当であるとの所論には左袒できない。当審における事実取調べの結果によつても右比重計算が不当であるとは認められない。よつて、原判決には所論の事実誤認はなく、論旨は理由がない。
弁護人の控訴趣意書第一の一記載(事実誤認)の論旨について
所論は要するに、原判決はその罪となるべき事実第一において被告人がユニバーサル石油有限会社のためにしたブレンド行為を新たな揮発油の製造にあたるとしているが、被告人のなした行為は既に揮発油税及び地方道路税課税済みの揮発油(市販のガソリン)に右両税の課税対象外であるノルマルヘキサン、トルオール等の炭化水素油を混和しこれを販売したものに過ぎないから、右作出物中揮発油税法二条一項に言う「温度一五度において〇・八〇一七をこえない比重を有する炭化水素油」すなわち揮発油の部分のブレンド行為につきこれを右の両法律に言う揮発油の製造に該ると認めた原判決は判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認を冒したものであるというのである。
しかし、揮発油税及び地方道路税が課税済みの揮発油に右両税の課税対象外の炭化水素油であるノルマルヘキサン、トルオール等を混和して新たな揮発油を作出する行為は揮発油税法及び地方道路税法上の「揮発油の製造」にあたると解すべきである(最高裁判所昭和五三年二月二〇日第一小法廷決定、最高裁判所判例集三二巻一号登載予定、参照)ところ、原判決が挙示した関係部分の証拠によれば右揮発油製造の事実を認めることができるから、原判決に所論の事実誤認もしくは法令の解釈適用の誤はなく、論旨は理由がない。
弁護人の控訴趣意書第一の二記載(事実誤認)の論旨について
所論は要するに、原判決はその罪となるべき事実第一において前記のごとく被告人の前記会社のためにする揮発油の製造の事実を認定し、被告人を揮発油税および地方道路税のほ脱罪に問擬しているが、被告人が右揮発油の製造開始申告をするにあたつては名古屋国税局間税部の職員からブレンドガソリンを作つてもその混和前の正規の揮発油の仕入先、ブレンドに際しての使用量等が明確に記録されていれば、販売した数量のうち正規の揮発油の部分は課税の対象とはならないという説明を受け、そのことを信じていた。それで被告人はユニバーサル石油有限会社の昭和四七年六月から同年八月までの販売量のうち、ブレンドによつて増加した数量についてだけ納税申告したのである。従つてかりに右期間中の右会社の申告に過少申告の部分があつたとしても被告人には脱税の認識はなかつたのに有罪の認定をした原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認が存する、というのである。
所論にかんがみ記録を調査し当審における事実取調べの結果を参酌して検討するに、前記佐藤てつゑ(昭和四八年一一月一二日付)、加藤修一(同年同月六日付)、倉田一芳の検察官に対する各供述調書並びに被告人の同年一〇月二三日付検察官に対する供述調書によればとくに被告人は昭和四七年四月頃同種の無申告による脱税につき揮発油税等の決定処分を受けたのに、表面上同年五月一六日付で一応製造開始申告をしただけで、その妻佐藤てつゑ等を指示し前記会社の同年六月から八月までの売上に関し、二重帳簿を作らせたり、架空売上を計上させたり、架空伝票を起させたり、真実の請求書を破棄させたりして大口取引先である有限会社三晃商事、中日石油株式会社に対するブレンドガソリンの販売量を隠匿するため販売先を東湖物産株式会社とし同社に課税対象外のガソリンを販売したように仮装するなど、毎月末揮発油税の納税申告を少くするためその資料を整えていたことが認められるほか、本件各証拠によつて認められる被告人の本件揮発油の製造販売に至る前後の事情を総合すれば被告人に本件ほ脱罪についての犯意が存したことは容易に推認できるところである。従つて原判決には所論の事実誤認はなく、論旨は理由がない。
弁護人の控訴趣意書第二の一記載(事実誤認)の論旨について
所論は要するに、原判決はその罪となるべき事実第二において、被告人の昭和四七年一一月から同四八年三月までの過少申告につき揮発油税および地方道路税の各ほ脱罪を認定しているが、被告人は右期間、他人が製造したブレンドガソリンを購入し、これをレギユラーガソリンと混和し又は混和しないで販売する事業を個人で経営することとし、京都の寿商事株式会社からブレンドガソリンを仕入れることとし、その取引の開始にあたり右会社と協議して「揮発油税法上もJ、I、S規格上も揮発油として適格なものを売つてくれ、そして被告人に販売したものについては寿商事株式会社側で申告納税をすませておいてくれ」と約束をして同社からの仕入を開始したもので、被告人は各行為の当時同社からの仕入商品が揮発油税法上の揮発油に該当しないものがあること、及び同社が被告人に販売したブレンドガソリンについて申告納税をしていなかつたことを全く知らなかつたので、被告人は対象物件の性質を誤認していたものであり、右は事実の錯誤であつて被告人の犯意を阻却するものであるのに拘らず、有罪の認定をした原判決は事実誤認の違法を冒したものである、というのである。
所論にかんがみ記録を調査し当審における事実取調べの結果を参酌して検討するに原審裁判所のなした証人川西勝の尋問調書、加藤修一の検察事務官に対する昭和四九年一一月二一日付供述調書、佐藤てつゑ(同年同月二六日付)及び被告人(同年同月一四日付、同年同月二一日付、同年同月二八日付)の検察官に対する各供述調書によれば、被告人は国税局による二度の手入れを受けたのにも拘らず、有限会社三晃商事、中日石油株式会社などブレンドガソリンの得意先を持つており、営業資金繰りなどの関係もあり、ユニバーサル石油有限会社名義の製造申告を取下げ右会社を休業状態にせしめる一方、個人において製造申告もせず隠れてブレンドガソリンの製造販売を続け利益を上げることを企て、それまでの基材の仕入先であつた曾我株式会社との取引が中止されたため新たに開発したブレンド基材の仕入先寿商事株式会社の役員で同社の実質的経営者である川西勝に情を打明けその協力を要請し、真実は被告人(第一油化学工業以下同じ)が同社よりトルオール8、ノルマルヘキサン2の混合液を仕入れ、同社に対して被告人が有限会社三晃商事、中日石油株式会社、吉良石油から仕入れたレギユラーガソリンの一部を販売する取引であるのに、被告人と右寿商事株式会社との関係において右各取引の経過を相互にありのままの記帳をせず、被告人が同社より買入れた基材の数量から被告人が同社に納入したレギユラーガソリンの数量を差引いた残額分だけを被告人が同社からレギユラーガソリンを仕入れた趣旨に帳簿処理をしたうえ該帳簿類にあらわれない基材を用いて被告人が原判示罪となるべき事実第二に認定された期間同判示の量のブレンドガソリンの製造、販売をした事実が認められ、この事情を念頭において本件各証拠にあらわれた被告人の本件揮発油の製造、販売の経過を検討すれば、所論のように被告人において本件対象物件について事実の錯誤が存したものとは到底認められず従つて被告人に同事実につき脱税の犯意の存することは明白であり、原判決に所論の事実誤認はなく、論旨は理由がない。
弁護人の控訴趣意書第一の三及び第二の二記載(法令適用の誤り)の各論旨について
右各所論は要するに、原判決はその罪となるべき事実第一、第二において被告人がなしたブレンドガソリンの製造、販売行為につきその全量に対し揮発油税等の税のほ脱行為があつたものと判断しているが、本件証拠上、その原料には課税ずみの正規の揮発油を含むことが明白であつて課税ずみの正規の揮発油に対する部分については二重の課税となるのに、その全量につき揮発油税および地方道路税のほ脱を認めた原判決には揮発油税法の適用を誤つた違法が存し、右違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである、というのである。
しかし、揮発油税及び地方道路税が課税ずみの揮発油に右両税の課税対象外の炭化水素油を混和して新たな揮発油を作出する行為は揮発油税法及び地方道路税法上の揮発油の製造にあたり、右両税のほ脱罪は混和後の揮発油の全量について成立すると解すべきである(最高裁判所の前記判例参照)から原判決に所論の法令適用の誤りは存しない。論旨は理由がない。
よつて、本件控訴はその理由がないから刑訴法三九六条に則り本件控訴を棄却し、当審における訴訟費用は同法一八一条一項本文を適用してこれを全部被告人に負担させることとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 杉田寛 鈴木雄八郎 吉田宏)