名古屋高等裁判所 昭和52年(ネ)327号 判決 1978年1月24日
控訴人
東山東芦廻間自治会
右代表者会長
三浦旌雄
控訴人
幸村隆夫
外八四名
右控訴人ら八六名訴訟代理人
花田啓一
外三名
被控訴人
東邦瓦斯株式会社
右代表者
薦田国雄
右訴訟代理人
吉川大二郎
外七名
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実《省略》
理由
当裁判所も、控訴人らの本件仮処分申請は却下すべきものと判断する。その理由は、以下のとおり付加、訂正するほか、原判決の理由説示と同一であるから、これを引用する。<中略>
原判決一五ア丁裏二行目から一一行目までを、左のとおり改める。
「3 ところで、右のように、建設その他の構築物を建設しようとする土地所有者が、その周辺土地の居住者、利用者との間で、右の建設をするについて右居住者等の事前の同意を要する旨条件付建設禁止(不作為)の合意をすることは、債権契約としてそれ自体有効であることはいうまでもないけれども、本来土地所有者がその所有地内に構築物を建設することは、その建設ないし利用が周辺居住者等の生命、身体、人格等に対する権利侵害の蓋然性が顕著なものとして肯認される場合を除いては、私法上原則として自由であることからすれば、右のような建設禁止の合意は、右の権利侵害の蓋然性の不存在が証明されたときは、それ自体契約としての意義を失い、その効力を失うものと解さざるを得ない。それにもかかわらず、往々にして右のような建設禁止の合意がなされるのは、一方、周辺土地の居住者等において前記の権利侵害を懸念し、その予防方策として事前に同意を得べきことを要求し、他方、構築物を建設しようとする土地所有者においては、その後の話合いによつて右の懸念の解消に努め、居住者等の納得を得ることを期待し、共にその最終的解決を将来の交渉、話合いに委ねるためであり、その意味で、この種の合意は、手段的、暫定的なものであるのが一般である。
以上のことからすると、本件確認書には、控訴人自治会の同意がない限り絶対にガスホルダーを建設しない旨の文言記載があるけれども、右合意が、右文言のとおり絶対に同意を条件とするものかどうかは、更に検討を要するところであつて、右合意成立の経緯等を勘案して合理的にその趣旨を決しなければならない。
しかして、前示認定の経緯(引用にかかる原判決理由四項)によれば、本件確認書が取交わされた昭和四九年七月一四日の説明会は、それよりさき同月四日控訴人自治会三浦会長宅で全組長を集めて行なわれた説明会のあと、同会の住民全員を集めてガスホルダーの必要性、安全性等の説明をしてほしいという控訴人自治会側の希望によつて開催されたものであり、すでに、地元岩崎区長らとの間で建設協定を締結し、許認可手続等所要の手続一切を済ませた被控訴人は、ガスホルダーの早期建設を切望し、これを円滑に推進するため控訴人自治会の住民全員の納得を得るべく、大角常務取締役(総務部長)や都築取締役(供給部長)が当日の説明会に臨み、その必要性や安全性等を説明している中途で、住民らから被控訴人会社に対する非難や不信の声が上がり、話題が控訴人自治会の同意をガスホルダー建設の前提条件とするかどうかに移り、被控訴人側としてはその点についての事前の協議や態度決定もなく、前記都築取締役が「同意がなければ着工しないという確約は会社の公益的責務を果す責任から軽々にできない。」と答えるうち、控訴人住民らから「いろいろ研究する問題があるわけで、その辺の時間的な問題もあるところから、とりあえずは同意がなければ着工しないということに焦点を絞つて……」との提案になり「(説明会が)五カ月間遅れた責任をどのようにとるか。」との追及もあつて、更に問答の繰返しがあつたあと、大角常務取締役の「皆さんにこれからあくまで一生懸命同意を得るようにするが、その同意があるまでは着工しない。」との回答を最後に、控訴人住民の一人が筆記し用意した用紙に大角常務取締役が署名して、本件確認書となつたことが明らかである。
このような事情を考慮すると、本件確認書において、控訴人自治会の同意をガスホルダー建設の条件とする旨約した合意の趣旨は、当事者双方が以後誠意をもつて話合いをすることを予定し、とりあえず解決を将来の交渉に委ねる目的でなされたものと認めるのが相当であり、従つてまた、被控訴人において控訴人自治会との話合いに誠意を尽くし、かつ、ガスホルダーの安全性や環境保全対策等が客観的に解明されて、もはや控訴人ら住民の危惧するような権利侵害の蓋然性がないことが明らかな状態となつたのに、なお控訴人自治会が建設に対する同意を拒むような例外的な場合にまで、絶対にその同意を要する趣旨ではないものとするのが、合理的な解釈というべきである。」<中略>
原判決七九ア丁裏九行目から同八〇ア丁表三行目までを左のとおり改める。
「以上の疎明された事実関係によると、本件確認書作成から着工までの二年余にわたる接衝において、被控訴人の態度に誠意に欠ける点は見られず、かつ、本件ガスホルダーの安全性・環境保全対策等についても逐次解明され、客観的に見て控訴人ら住民の懸念するような権利侵害の蓋然性もないことが明らかな状態が形成されているものといわなければならない。
それ故、被控訴人は、前判示(当審加入部分)の本件確認書の合意の趣旨に従い、たとえ控訴人自治会の同意がなくとも、本件ガスホルダーの建設を許されるに至つたものというべきである。従つて、控訴人らに右合意に基づくガスホルダー建設禁止の不作為請求権はなく、控訴人らの主位的被保全権利の主張は理由がない。」<後略>
(村上悦雄 深田源次 春日民雄)