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名古屋高等裁判所 昭和52年(ネ)473号 判決 1979年1月30日

主文

原判決中「原告の売買契約確認を求める訴はこれを却下する。」とある部分を除きその他を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」旨の判決を求めた。

当事者双方の事実の主張及び証拠関係は、次のとおり付加する外原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。

(控訴代理人の陳述)

一  控訴人は、昭和三五年当時、営んでいた養鶏場の通風が悪く産卵率が低いことや周囲の住民に騒音、悪臭等の迷惑がかからないようにとの配慮から、養鶏場を他に移転するべく代替地を捜していたもので、相羽栄とは当初控訴人所有の常滑市金山字旨田二番一田九六一平方メートルの土地と本件土地との交換を目論んでいたが、同人がこれに応じないため、結局昭和三六年三月一五日に本件土地を買受けたものであり、被控訴人への転売などもとより意図していたものではない。

二  控訴人は本件土地の売買代金調達のため昭和三六年三月二五日前記旨田の土地を被控訴人の父豊義に売渡したが、その際書類作成に不慣れな控訴人は豊義が差し出した白紙の罫紙三枚に署名押印し、同人に白紙委任状三通を手渡したところ、その後同人がその一通を冒用して被控訴人主張の預り証と題する書面を偽造したものである。仮りに右預り証が偽造されたものでないとしても、右書面は単なる借用証であつて、本件土地売買契約に関する手付金或いは内金払いの意味を有するものではなく、文面上他人の権利の売買を表現する文言は見当らず、強いて考えるならば、控訴人が豊義に対し金三〇万円の借用金の使途を明確にする趣旨を表現したものに過ぎないというべきである。なお、控訴人は、相羽栄に対する内金払いの資金として旨田の土地代金と清算する考えで昭和三六年四月頃豊義から金三〇万円を借り受けたが、右金員については、その後昭和四二年七月三一日元本内金二〇万円と同日迄の利息、翌四三年一二月三一日残金一〇万円の二回に分けてこれを支払い、豊義からその旨の受取書も貰つている。

三  仮りに、被控訴人主張のとおり控訴人と被控訴人間において、本件土地に関する第三者の物の売買契約が締結されたとしても、右契約に基づく被控訴人の債権は既に時効消滅している。すなわち、「控訴人は昭和三五年三月二五日に、当時相羽栄所有の本件土地所有権を自己の名で取得し、その後、本件土地所有権を被控訴人に譲渡する。」との債務を負担したと被控訴人は主張するものであるが、控訴人の右債務履行期に関する約定はなく、従つて、期限の定めのないものであるから、結局被控訴人の債権成立の時である昭和三五年三月二五日から時効は進行を始め、一〇年の期間を経過した同四五年三月二五日を以つて時効消滅したものである。

(被控訴代理人の陳述)

一 控訴人は、昭和三五年三月二五日被控訴人の父豊義宅で、同人と話合つたうえ、預り証と題する「常滑市内金山所在の竹内栄所有田一反五畝二二歩買入代金一〇三万〇、一〇〇円也の内入金として金三〇万円を正に受領して預りました」旨の書面を作成し、被控訴人に差入れている。右書面の竹内栄は相羽栄の誤記であるが、控訴人の住所氏名はその自筆であり、控訴人名下の印影及び収入印紙の消印の印影は、いずれも控訴人がその印鑑によつて押捺したものであつて豊義の偽造によるものではない。また、右書面の表題を預り証としたのは、竹内豊義であるが、これは控訴人と相羽栄間の前記農地の売買が不成立になるなどして被控訴人が所有権を取得しえない事態の生起することを慮り、その際には前記内金三〇万円の返還を求めるためである。ちなみに、豊義は控訴人から右三〇万円の返還は受けていないが、同人が控訴人に対し、昭和四〇年頃担保不動産の権利証を差入れさせたうえ貸与した金三五万円については、その後三回にわたり金二〇万円、金一〇万円、金五万円と分割のうえ返済を受けたことがあり、同人も控訴人に宛て右第一回及び第二回目の金員受領を証した受取書を作成し、手渡している。もつとも、右受取書中に金三〇万円貸金とあるのは豊義が金三五万円貸金とすべきところを誤記したものである。

二 控訴人の消滅時効の抗弁は否認する。消滅時効は権利を行使することを得る時から進行するところ、本件土地の売買はいわゆる他人の権利を以つて売買の目的とした売買であるから、消滅時効の起算日は本件不動産が控訴人の所有となつた時すなわち控訴人と相羽栄の遺族との間に調停の成立した昭和五〇年三月六日である。従つて時効期間が経過していないことは暦算上明白である。

(証拠関係)(省略)

理由

本件においては、被控訴人主張の売買契約の成否が争われているところ、控訴人から仮定的に消滅時効の抗弁が主張され、しかも被控訴人において中断事由を主張していないので、以下先ず右抗弁について判断する。

記録によれば、被控訴人は本件において、「被控訴人が昭和三五年三月二五日控訴人から当時訴外相羽栄の所有であつた本件土地を買受けた。」と主張し、右売買契約に基づき控訴人に対し本件土地につき愛知県知事に対する農地法三条所定の許可申請手続に協力を求めると共にその許可を条件とする所有権移転登記手続を求めていることが、その主張自体によつて明らかである。

そうすると、右の農地法三条所定の許可申請手続に協力を求める権利(以下許可申請協力請求権という)は、右売買契約に基づく債権的請求権であり、民法一六七条一項の債権に当たると解される。そうして、売主がたまたま他人の物を売買の目的物となしたときであつても、買主はその売買契約成立の日から売主に対し目的物の権利を買主に移転するようその権利を行使し得ることは明らかであるから、右許可申請協力請求権は売買契約成立の日から一〇年の経過により時効によつて消滅するといわなければならない。

そうして、右の被控訴人の主張によれば、売買契約成立の日は昭和三五年三月二五日であるから、それより一〇年の経過によつて被控訴人の本件許可申請協力請求権の消滅時効は完成したというべきである。

ところで、被控訴人の本件売買契約による所有権移転登記請求は、知事の許可があつた場合に生ずる登記請求権に基づく将来の給付の訴であるから、右のように許可申請協力請求権が時効消滅した以上、被控訴人はもはや右登記請求権を取得し得ないものであるから、所有権移転登記請求もまた失当というべきである。

以上によれば、原判決中許可申請手続及び移転登記手続を求める各請求を認容した部分は失当であるからこれを取消し、被控訴人の右請求を棄却し、民訴法三八六条、八九条、九六条を適用して、主文のとおり判決する。

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