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名古屋高等裁判所 昭和52年(行コ)18号 判決 1981年9月30日

控訴人 株式会社魚吉商店

被控訴人 豊橋税務署長

代理人 佐野幹夫 ほか四名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

(申立)

控訴人

一  原判決を取消す。

二  被控訴人が控訴人に対し

(一)  昭和四六年一二月二四日付でなした昭和四四年二月五日から同年六月三〇日までの事業年度の法人税更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分

(二)  昭和四六年一二月二四日付でなした昭和四四年七月一日から同四五年六月三〇日までの事業年度の法人税更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分

をいずれも取消す。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

被控訴人

主文と同旨の判決。

(当事者双方の主張)

控訴人の請求原因

一  控訴人は被控訴人に対し、昭和四四年二月五日から同年六月三〇日までの事業年度分(以下「係争第一事業年度分」という。)の法人税について、欠損金額二〇万六四五九円、法人税額〇円とする青色申告をしたところ、被控訴人は昭和四六年一二月二四日付で控訴人に対し、貸借対照表に計上されている清算人仮受金二六五万二四三一円については、被控訴人主張後記吸収合併の日において清算人は債権放棄をしたと認められるから、その債務免除益を益金に加算し、二四四万五九七二円を所得金額の計算上損金に算入するとして、所得金額〇円、法人税額一〇万二三〇〇円とする更正処分をなし、あわせて過少申告加算税額五一〇〇円を賦課決定した。

二  控訴人は被控訴人に対し、昭和四四年七月一日から同四五年六月三〇日までの事業年度分(以下「係争第二事業年度分」という。)の法人税について、所得金額七六万二八九五円、法人税額四一万八〇〇〇円とする青色申告をしたところ、被控訴人は昭和四六年一二月二四日付で控訴人に対し、前記係争第一事業年度分の更正処分にともない、繰越欠損金当期控除額二六五万三六八一円が認められないことになるとして、所得金額三四一万六五七六円、法人税額一一〇万五八〇〇円とする更正処分をなし、あわせて過少申告加算税額三万四三〇〇円を賦課決定した。

三  しかし、被控訴人のなした本件課税処分は、所得の算定を誤る違法なものであるから、その取消を求める。

被控訴人の答弁

請求原因一、二の各事実は認める。

被控訴人の主張

一  控訴会社設立の経緯について。

控訴会社は、従前商号を株式会社龍松園(以下「龍松園」という。)と称し、昭和二七年七月一〇日、本店所在地を豊橋市北島町字北島一六一番地とし、花き、そ菜、果樹その他温室における栽培及び販売を主たる事業目的として資本の額五〇万円で設立され、中島葭太郎が代表取締役に就任した同族会社であつたが、昭和四二年一二月二七日株主総会において解散決議を行い清算手続に入り、同人が清算人となつた。

他方、合資会社魚吉商店は、昭和二八年一二月二五日、本店所在地を豊橋市萱町七二番地とし、鮮魚類の販売を主たる事業目的として社員の出資の額五〇万円で設立され、乾実が無限責任社員に就任した同族会社であつた。

龍松園は、昭和四四年二月五日、株主総会において会社を継続するとともに、本店を豊橋市萱町一四番地に移転し、代表取締役に乾一郎(前記乾実の長男)が就任し、事業目的を鮮魚類の販売等に変更した。

さらに、同年三月二六日にいたり、龍松園は合資会社魚吉商店を吸収合併して資本の額を一〇〇万円とし、同年四月一三日、株式会社魚吉商店(控訴人)に商号変更の決議をし、同年四月二八日、合併及び商号変更の登記をした。

二  本件係争各事業年度分の所得の内訳及び課税の根拠について。

本件係争各事業年度分の更正所得金額の算定内訳は別紙一のとおりであり、その課税の根拠は次に述べるとおりである。

(一)  係争第一事業年度分について。

控訴人は、同年度分の法人税につき、欠損金二〇万六四五九円とする確定申告書を提出したが、控訴人が同事業年度において計上している清算人仮受金二六五万二四三一円については当時の清算人中島葭太郎が、昭和四四年二月五日ないし同年四月一三日までの間に龍松園に対し、又は同日より同年四月二八日までの間に右商号変更後の株式会社魚吉商店に対し、その債務免除(債権放棄)をしているにかかわらず、その計上がもれている。よつて、右金額を債務免除益として欠損金額二〇万六四五九円に加算すべきである。そうすると、控訴人の繰越欠損金控除前の所得金額は、二四四万五九七二円となる。

一方、控訴人は同事業年度において法人税法五七条該当の欠損金を繰越しているので、これは同条一項本文により同事業年度の損金に算入されるのであるが、その繰越欠損金の額は別紙二の三表のとおり三三六万七二五一円であつて、前記繰越欠損金控除前の所得金額二四四万五九七二円を超えるので、同項但書により右同額が当期損金算入額として控除されることになる。

そこで、控訴人の同事業年度の所得金額は〇円となる。

(二)  係争第二事業年度分について。

控訴人は、同事業年度分の法人税につき、繰越欠損金控除前の所得金額四三三万七八五五円、繰越欠損金当期控除額三五七万四九六〇円、差引所得金額七六万二八九五円とする確定申告書を提出したが、右繰越欠損金当期控除額三五七万四九六〇円には二六五万三六八一円の過大計上がある。すなわち、前記のように係争第一事業年度分の申告所得に債務免除益二六五万二四三一円の脱漏があるから、ひいて係争第二事業年度分の申告書記載の繰越欠損金額にも二六五万二四三一円の過大計上が生じ、加えて同申告書記載の繰越欠損金額の計算自体に一二五〇円の違算(過大)が存する。したがつて、この繰越欠損金控除額過大分二六五万三六八一円は申告所得金額に加算されるべきである。

そこで、控訴人の同事業年度分の所得金額は三四一万六五七六円となる。

(三)  係争各事業年度分の課税所得金額、法人税額及び過少申告加算税の課税の根拠及び計算過程は、右に述べたほかは別紙二及び三記載のとおりである。

三  債務免除益を認定した理由について。

係争第一事業年度の確定申告書記載の清算人仮受金二六五万二四三一円を否認し、これについて債務免除があつたものとしたのは、次の理由による。

(一)  前記龍松園は経営不振により、昭和四二年一二月二七日累積損失が三三六万五六〇一円に達したため解散し、前記のように清算人として代表取締役であつた中島葭太郎が就任した。

(二)  龍松園の解散日現在の決算書類によれば、貸借対照表の資産合計五五一万〇九四二円に対し負債合計八一五万八九七三円で、差引二六四万八〇三一円の債務超過となつた。(なお、正当な経理処理においては、龍松園の解散日現在の貸借対照表の資産合計は二七九万六九四二円となり負債合計は五四四万四九七三円となるべきものであつたが、債務超過額が二六四万八〇三一円であつたことには変りがない。

すなわち、右貸借対照表の資産の部中貸付金として中島康兵衛に対する二七一万四〇〇〇円が、また負債の部中借入金として豊信東支店からの三〇〇万円及び吉田方農協からの農業近代化資金九〇万円がそれぞれ計上されているが、解散日現在で右中島康兵衛に対する貸付金はすでに返済を受け、豊信東支店からの三〇〇万円の借入金は弁済し、吉田方農協からの九〇万円の借入金中二〇万円は右康兵衛が代位弁済している。また、康兵衛より右貸付金の返済を受ける際二八万六〇〇〇円の過払を受けており、これは前記代位弁済分と共に同人に対する借受金となるべきものである。したがつて、貸借対照表の資産の部中貸付金二七一万四〇〇〇円を、また負債の部中借受金三二〇万円をそれぞれ削除し、負債の部に借受金四八万六〇〇〇円を計上すべきものであつた。)

(三)  このため、龍松園の関与税理士田中義孝は、そのままでは清算結了ができなかつたので、昭和四二年一二月二八日から同四三年六月三〇日までの事業年度の決算書を作成するに際し、龍松園の解散日現在の資産全部を葭太郎に譲渡し、同時に龍松園の負債全額をも葭太郎に引受けさせることにより、貸借対照表上全資産を消滅させ、負債として「清算人借受金」のみを残し、後日葭太郎が右仮受金債権を免除することにより、龍松園の清算を終了させることにした。そして葭太郎は、右取引及び会計処理を承認し、右田中はこれに基づいて確定申告書を作成し、昭和四三年八月三一日付で被控訴人に提出した。

(四)  葭太郎が右取引及び会計処理を承認した結果、龍松園は、昭和四三年六月三〇日現在有していた資産(総額五五一万〇九四二円)を葭太郎に譲渡し、負債総額(解散日現在の前記八一五万八九七三円及び当期の欠損金一二五〇円との合計八一六万〇二二三円)を葭太郎に引受けさせ、結局葭太郎に対しその差額二六四万九二八一円の清算人仮受金名義の債務を負うにいたつた。なお、清算人仮受金はその後昭和四三年七月一日から同四四年二月四日までの事業年度の欠損金三一五〇円を加算して二六五万二四三一円となつた。

(五)  このようにして、龍松園は決算書類上、清算人仮受金及び資本とこれに見合う繰越欠損金を計上しているにすぎないいわゆる休眠会社となり、葭太郎は清算人仮受金債権を取得したものの、その回収は不可能であり、同人としては龍松園に対し最終的にはこれを免除する意図であつたものであり、清算人仮受金は龍松園の清算結了の登記とともに消滅すべきものであつた。

(六)  このような状態にあつた龍松園に対しても、法人に対する県、市民税が課せられ、事業年度ごとの税金の申告費用もかかり、これらの負担は葭太郎が支払うほかないので、同人は公認会計士足立為人にこの法人の「跡始末」をしてくれるよう依頼した。当時足立は合資会社魚吉商店にも関与していたところから、休眠会社である龍松園に合資会社魚吉商店を合併させるという変則的な合併手続をふむことにより、葭太郎の右依頼にそうとともに、龍松園の繰越欠損金を合併後の株式会社(すなわち控訴人)の税金対策に利用することを考えた。そこで、足立は、昭和四四年二月五日、葭太郎の龍松園に対する前記清算人仮受債権を乾実に譲渡する形式をとり、一方右同日、前記のように龍松園の継続決議を行い、本店所在地、事業目的等を合資会社魚吉商店と同一に変更し、同年三月二六日龍松園に合資会社魚吉商店を合併させ、さらに同年四月一三日商号を株式会社魚吉商店と改め、同年四月二八日右各登記をなした。これにより、合資会社魚吉商店は、その実態はそのままで控訴会社に改組され、龍松園の帳簿上の清算人仮受金債務二六五万二四三一円は、繰越欠損金三一四万八六三一円とともに控訴会社に承継された。しかしながら、葭太郎は前記のように右清算人仮受金債権を龍松園に請求する意思はなく、会社の「跡始末」の終了とともに消滅させる考えでいたものであるから、これが合併法人に負債として持ちこまれるとは考えていなかつた。また同人より昭和四三年六月三〇日までの決算の処理を依頼された前記田中税理士も後日葭太郎が右債務を免除することにより龍松園の清算を終了させることを予定していたものである。

(七)  右にみてきた経緯からすれば、葭太郎は、龍松園が同人の個人会社としての性格を失い、その跡始末の終了した時点である昭和四四年二月五日、又は遅くとも前記合併登記及び商号変更登記により、法人格こそ継続しているものの実質的には従来の龍松園とは全く関係のない会社である株式会社魚吉商店となつた同年四月二八日までに龍松園に対する債権はすべてなかつたことにした、すなわち黙示的に債務免除(債権放棄)したものというべきである。

四  以上の次第で、昭和四四年二月五日又は遅くとも同年四月二八日までに本件清算人仮受金債権の放棄がなされたとして行つた本件各処分に何ら違法はない。

右主張に対する控訴人の答弁及び反論

一  右主張のうち、一の事実、二の(一)のうち、控訴人が係争第一事業年度分の法人税につき欠損金二〇万六四五九円とする確定申告書を提出した事実及び控訴人は同事業年度において法人税法五七条該当の欠損金を繰越しており、その額は別紙二の三表のとおり三三六万七二五一円である事実、二の(二)のうち控訴人は、係争第二事業年度の法人税につき繰越欠損金控除前の所得金額四三三万七八五五円、繰越欠損金当期控除額三五七万四九六〇円、差引所得金額七六万二八九五円とする確定申告書を提出した事実及び右申告書記載の繰越欠損金額の計算自体に一二五〇円の過大違算が存する事実及び三の(一)、(二)、(四)の各事実を認め、その余の事実を争う。なお、被控訴人の右二の主張事実が認められたとすれば、控訴人の法人税法六七条該当の各課税留保金額が被控訴人の主張のとおりとなることは認める。

二  中島葭太郎の龍松園に対する清算人仮受金債権は、昭和四四年二月五日乾実に譲渡された。したがつて葭太郎がその後右債権を放棄(債務免除)することはありえない。

三  仮に葭太郎が右債務を免除したとしても、書面によらずしてなしたものであるから、税法上これを認めるべきではない。法人税基本通達昭和四四年五月一日・直審(法)二五・九―六―一には、法人の有する貸金等の債権について損金に算入できる場合の一として、「債務者の債務超過の状態が相当期間継続し、その貸金等の弁済を受けることができないと認められる場合において、その債務者に対し書面により明らかにされた債務免除額」と明記されている。

もつとも、右は法人が債務免除する場合に関するものであるが、均衡上法人が債務免除を受ける場合も、それが書面によりなされることを要するものと解すべきである。また、所得税基本通達昭和四五年七月一日直審(所)三〇・五一―一一(4)にも「債務者の債務超過の状態が相当期間継続し、その貸金等の弁済を受けることができないと認められる場合において、その債務者に対し債務免除額を書面により通知したこと。その債務免除額」と明記されている。しかるに葭太郎は龍松園に対し、債務免除を書面により通知していない。

四  被控訴人は、本件更正の通知書において、「清算人仮受金二六五万二四三一円については、合併実行の日でもつて清算人はその債権を放棄していると認められますので、債務免除益として益金に算入します。」とその更正の理由を明示していた。本件のような青色申告の更正の場合においては、更正理由の付記が法律上義務づけられていることからして、後日訴訟となつた場合その争点は右更正理由の当否に限定されるべきである。しかるに、被控訴人は、本訴において、右合併実行の日以外の日においても葭太郎による債務免除があつたことを主張しているが、これは右更正に付記された理由と異る事由を争点にしようとするもので許されない。

控訴人の右反論に対する被控訴人の答弁及び反駁

一  右二の事実は否認する。葭太郎と乾実との間に債権譲渡契約書(甲第一号証)及び債権譲渡の通知書(甲第二号証)が存するが、これらは龍松園の「跡始末」やその合併手続を担当した公認会計士足立為人が右契約当事者両名の意思と無関係に形式上作成したものにすぎず、債権譲渡契約は成立していない。仮にそうでないとしても、葭太郎は右契約書作成に際し債権譲渡の意思はなく、龍松園なる会社自体ないし同会社の株式を譲渡するものと誤解していたもので、右意思表示には要素の錯誤があり無効なものである。

二  右三の主張を争う。法人税基本通達は控訴人指摘の条項に続く九―六―二において、税務上、法人の有する貸金等につき、その債務者の資産状況、支払能力等からみて、その金額が回収できないことが明らかになつた場合に、法人が貸倒れとして損金経理をしたときは、債務者に対して書面による債務免除をしなかつた場合でも損金算入を認める取扱をしている。また、控訴人指摘の所得税基本通達の条項は、貸金等に係る事業の所得の金額の計算上、必要経費に算入する場合の取扱であつて、本件のような場合の取扱に関するものではない。のみならず、右条項に続く五一―一二においては、貸金等につき、その債務者の資産状況、支払能力等からみて、その全額が回収できないことが明らかになつた場合に、債務者に対し債務免除を書面によらずになしても貸倒れとして必要経費に算入することを認める取扱が定められている。

三  右四の事実のうち、被控訴人が本件更正の通知書に控訴人主張のような更正理由を付記した事実は認めるが、その余の主張は争う。

(証拠) <略>

理由

一  請求原因一、二の各事実は当事者間に争いがない。

二  被控訴人のなした控訴人の係争第一事業年度分の更正所得金額の算定の内訳は別紙一記載のとおりであるところ、控訴人は被控訴人において清算人仮受金債務の免除益二六五万二四三一円の計上もれがあつたとして、これを所得金額に加算したのは不当であると主張するので、この点について検討する。

(一)  まず、以下の事実は当事者間に争いがない。

1  控訴会社は、被控訴人の主張一記載のとおりの沿革で現在にいたつている。

2  龍松園は経営不振により、昭和四二年一二月二七日、累積損失が三三六万五六〇一円に達したため解散し、清算人として代表取締役であつた中島葭太郎が就任した。龍松園の右解散日現在の決算書類によれば、貸借対照表の資産の合計五五一万〇九四二円に対し、負債合計八一五万八九七三円で差引二六四万八〇三一円の債務超過となつた。(なお、正当な経理処理においては、資産合計二七九万六九四二円、負債合計五四四万四九七三円であるが、結局右同額の債務超過となることにかわりはない。)

3  龍松園の関与税理士田中義孝は、昭和四二年一二月二八日から同四三年六月三〇日までの事業年度の決算書類を作成するに際し、龍松園の解散日現在の資産全部(前記五五一万〇九四二円)を葭太郎に譲渡し、同時に龍松園の流動負債全部(前記八一五万八九七三円及び右決算期末までの債務一二五〇円を加えた八一六万〇二二三円)を葭太郎に引受けさせることにより貸借対照表の資産を零とし、負債として右債務超過額二六四万九二八一円に相当する額の清算人仮受金債務のみを残存させる方針をたてたところ、葭太郎は右方針を承認して、これに従い資産の譲受及び債務の引受を実行した。この結果、龍松園は葭太郎に対し二六四万九二八一円の債務を清算人仮受金名義で負うことになつたが、右債務には昭和四三年七月一日から同四四年二月四日までの事業年度分の欠損金額に相当する債務三一五〇円が加算されて結局二六五万二四三一円となつた。

(二)  <証拠略>を総合すると次の各事実を認めることができ、右認定に反する<証拠略>は、右認定証拠に対比し措信できない。

1  葭太郎は、龍松園に対し前記の経過で清算人仮受金債権二六五万二四三一円を有するにいたつたが、当時龍松園の実態は決算書上、清算人仮受金と資本金との合計額に見合う繰越欠損金と当期損金を計上し、資産皆無で、営業活動をしていない、いわゆる休眠会社となつていたため、右債権は回収不能であり、これをそのまま放置しておくほかはなかつた。ところが、このような状態になつた龍松園に対しても県・市民税等が課税され、事業年度ごとの税金の申告費用もかかり、これらの負担は結局葭太郎が支払う(立替金)ほかなかつたので、葭太郎はその子康兵衛(葭太郎は老年でその事務一切を長男康兵衛がとりしきつていた。)を通じ前記田中義孝に対し前記仮受金債権は放棄するから龍松園の清算結了登記をしてもらいたい旨依頼したが、同人がまだその手続をとらないうちに、昭和四三年八月ころ両者の間の委任関係が終了し、龍松園の商業登記はそのままになつていた。

2  そこで、中島葭太郎は、翌四四年初ころ、公認会計士足立為人に対し、さきに田中税理士にしたと同様の趣旨で龍松園の「後始末」をするように依頼した。しかるに、そのころ、乾実が合資会社魚吉商店を株式会社に改組することをのぞみ、その便法を右足立に相談していた。同人は、中島及び乾の双方の依頼を一挙に処理するには龍松園を存続会社としてこれに合資会社魚吉商店を吸収合併させ、かつ存続会社の本店所在地、営業目的及び商号を右合資会社と同一のものに変更すれば同会社を株式会社に組織変更したのと同一の効果があげられ、そのうえ龍松園の繰越欠損金が存続会社の貸借対照表に引き継がれるので、これにより存続会社の税金を経減することができると考え、この方針を乾実に伝えて同人の諒解を得た。次いで右足立は、前記康兵衛を通じ葭太郎と相談のうえ、葭太郎より同人が支配する龍松園の全株式を乾実に譲渡することの承諾を得た。葭太郎は右株式の譲渡により、龍松園との関係を一切断ち切り、税務上、経理上の一切の負担をまぬかれ得るものと考え、その手続を右足立に依頼した。そこで足立は、右葭太郎、乾実の依頼にそい、昭和四四年二月五日付で龍松園を継続すること、龍松園の代表取締役に乾一郎が就任すること龍松園の本店所在地及び事業目的を合資会社魚吉商店のそれと同一に変更すること、同年四月一三日付で龍松園の商号を株式会社魚吉商店と変更すること、同年四月二八日付で合資会社魚吉商店が龍松園に合併して解散することの各手続を代行した。

3  足立は、右合併手続の進行中補助者である事務員石井秀典に、葭太郎が龍松園に対して有する前記清算人仮受金債権二六五万二四三一円を代金五万円で乾実に譲渡する旨の昭和四四年二月五日付の債権譲渡契約書(<証拠略>)を作成させ、葭太郎及び乾実にそれぞれ別の機会に捺印させたが(葭太郎ないし康兵衛は乾実と一度も会つていない。)、葭太郎はこれを龍松園なる会社を売ることないしその株式の譲渡のためのもので、龍松園の「後始末」と考えていたものであり、相手の乾実も債権を譲受けるという認識はなく前記会社の改組のための手続の一環として捺印したにすぎなかつた。また、右書類を作成した右石井が代金を五万円と記載したのも龍松園は設立以来役員登記に懈怠があり、今後新たに登記申請をすればその機会に右懈怠を理由として五万円くらいの過料を課せられる恐れがあつたので、右過料の負担者である葭太郎にこれに相当する金額を得させる目的で五万円と定めたにすぎず、右債権の実質的価値などを考慮したものではなかつた。また、右の債権譲渡契約書作成から二年余を経た昭和四六年五月一一日付で足立が康兵衛をして作成させた葭太郎名義の五万円の領収証(乙第四号証末尾添付)にも「但、(株)龍松園株売渡し代金」との記載があるにすぎない。

本件各更正の通知が控訴人になされた後である昭和四七年二月一五日になつて足立は昭和四六年一二月二九日付葭太郎名義で前記清算人仮受金債権につき「債権譲渡に関する通知書」(<証拠略>)を控訴人会社に郵送しているが、同書面の葭太郎名下に押捺された同人の印は葭太郎が龍松園の後始末の手続に使用させるため足立に預けたものであつて、右通知自体の作成・発送は葭太郎のあづかり知らないところであつた。

4  しかしながら、以上のような足立の事務処理の結果、本件清算人仮受金債務は龍松園の欠損金全額とともに合併後存続会社である控訴人の決算書類上にそのまま残存することとなつたわけである。

右認定の事実関係に基づき清算人仮受金債権の免除の有無について判断する。およそ、債権の免除は、民法上債権者から債務者に対してなされる相手方ある一方的意思表示であるところ、本件清算人仮受金債権の債権者は中島葭太郎であり、債務者は解散会社たる龍松園であるが、中島は同時に龍松園の代表者(清算人)であるから、中島は免除の意思表示を自分自身に対してなさなければならないことになる(これはいわゆる自己取引であるが、免除は会社に利益のみを与えるものであるから、商法四三〇条、二六五条の禁止に触れないこともちろんである。)。かかる場合通常は会社代表者が免除の意思表示を記載した書面を作成し会社に存置して右行為の存在を明らかにすることになるであろうが、免除は不要式の行為であるから、必ずしも右のような書面の作成を必要とするものではなく、会社債務を免除するという代表者の意思が何らかの形で外部から認められるようになつたことをもつて足りるとしなければならない。

これを本件について見るに、葭太郎ないし康兵衛は実質上自己の龍松園経営の失敗の産物に外ならない清算人仮受金債権が、名は債権であつても回収不能で一文の価値もないことをはじめから熟知しており、田中税理士に対して、これを放棄するから龍松園の清算結了登記をしてもらいたい旨申し入れていたのである。そして、葭太郎の右申し入れは同税理士による清算結了書類作成の時において右債権を放棄する趣旨と解される。その後葭太郎が足立会計士に龍松園の「後始末」を委嘱したについても、その趣旨は田中税理士に対すると全く同様であつたが、足立は自己の都合から龍松園を存続させる方法をとつた。しかし、この方針変更にあたつても、葭太郎の意図は、龍松園の全株式を乾実に譲渡し、会社と絶縁して煩累を一掃する代り、会社債務は債権者たる自己において放棄し、絶縁後の会社に残存させないというにあつたことが明らかである。すなわち、葭太郎の債務免除の意思は単に内心に存在したに止まらず、既に田中税理士との折衝の過程において外部に表示されており、龍松園に対する支配権を喪失する時点において右債権を免除する意思が存したことを外部的に認識し得るのである。従つて、右仮受金債権は当初予定された債権放棄の時点である清算結了と対応する時点である龍松園の会社継続により葭太郎が清算人の地位を喪失し、乾実側の取締役、監査役が選任された昭和四四年二月五日において免除によつて消滅したものといわなければならない。

次に控訴人は、仮に葭太郎が右債務を免除したとしても、書面によらずしてなした行為であるから税法上免除があつたものと認められないと主張する。しかし法令上右主張を肯認するに足る規定は存しないし、また控訴人主張の各国税庁長官の通達の条項は、いずれも事業の所得金額の計算上、納税者がその債権の回収の困難等の理由により債務を免除し、その金額を損金に算入する場合に関するものであつて、本件のように法人の所得金額の計算上、当該法人が債権者から債務の免除を受けてその金額を法人の益金に算入する場合の取扱を定めたものではない。控訴人は均衡上、本件の場合も右各条項に準じて処理されるべきであると主張するが、右各通達の条項は納税者がみだりに貸倒れ等の名目で損金を計上し納税を免れようとする弊害を防止する趣旨で定められたものと考えられるから、本件の場合にこれを拡張すべき理由はなく、右主張は採用できない。

更に控訴人は、被控訴人において本件更正の通知書に、本件合併実行の日をもつて債務免除があつたと認める旨更正の理由を明示しているから、右更正の違法を争う本訴において右明示された理由と異り右合併実行の日以外の日において債務免除があつたと主張することは許されないという。なるほど、被控訴人が青色申告の更正において更正の理由を付記しなければならないことは控訴人主張のとおりであるが、それだからといつて、当該更正に対する訴訟において右付記理由以外に更正の正当性を支持する主張が許されないわけではない。また、右付記理由は、葭太郎の債務免除が合併実行の日(法人税法上、合併契約において合併期日と定められた日を指すものと解されるところ、弁論の全趣旨によれば本件合併期日は昭和四四年三月二六日と認められる。)になされたと認めたものであるところ、被控訴人は本訴において、右債務免除は同一事業年度内である同年二月五日から同年四月二八日までの間になされたと主張するのであり、前記免除行為の特異性から見て、被控訴人の本訴における主張は更正の付記理由と実質的に異なるものではない(税務計算上も同一事業年度中の免除である以上、本訴における主張により控訴人に不利益を与えるわけでもない。)。したがつて、被控訴人の本訴における主張が許されない理由はなく、控訴人の主張は採用できない。

そうとすれば、控訴人が第一係争事業年度分の申告に清算人仮受金二六五万二四三一円を計上したことは不当であり、被控訴人が同事業年度分の更正において、これを債務免除益として益金に算入したことは相当であつて違法はない。したがつて、右益金は同事業年度分の控訴人の申告欠損金二〇万六四五九円に加算されるべく、その結果控訴人の繰越欠損金控除前の所得金額は二四四万五九七二円となる。そして、控訴人が同事業年度において法人税法五七条該当の欠損金三三六万七二五一円を繰越していることは当事者間に争いがないので右繰越欠損金控除前の所得金額から同金額を当期損金算入額として控除すれば、控訴人の同事業年度分の所得金額は〇円となる。そして、控訴人が同事業年度分として法人税法(昭和四五年法律第三七号による改正前のもの)六七条該当の課税留保金額一〇二万四〇〇〇円を有していることは当事者間に争いがないので、控訴人の同事業年度分の法人税額は一〇万二三〇〇円、過少申告加算税額は五一〇〇円となる。(この算出の根拠、過程は別紙二記載のとおりである。)

三  被控訴人のなした控訴人の係争第二事業年度分の更正所得金額の算定の内訳は別紙一記載のとおりであるところ、控訴人は、被控訴人において繰越欠損金当期控除額三五七万四九六〇円のうち二六五万三六八一円が過大計上であるとして更正したのは不当である(ただし、一二五〇円の過大違算は認める。)と主張する。

しかしながら、前記のように係争第一事業年度分の申告所得に二六五万二四三一円の債務免除益計上の脱漏があつた以上、係争第二事業年度の確定申告中の繰越欠損金額にも同額の過大計上があることになるのは明らかである。加えて欠損金額の計算自体に一二五〇円の過大違算があつた(この点は当事者間に争いがない。)から、この合計二六五万三六八一円は申告所得金額に加算されるべく、控訴人の同事業年度分の所得金額は三四一万六五七六円となる。また、控訴人に同事業年度分として課税留保金額一四三万三〇〇〇円があることは当事者間に争いがないので、結局控訴人の同事業年度分の法人税額は一一〇万五八〇〇円、過少申告加算税額は三万四三〇〇円となる。(この算出の根拠、過程は別紙三記載のとおりである。)

四  以上の次第で、右と内容を同じくする被控訴人の本件各更正処分及び過少申告加算税賦課処分はいずれも相当であつて、控訴人の本訴請求はいずれも理由がなく失当として棄却すべきものであり、これと同旨の原判決は結局相当である。

よつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、民訴法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 宮本聖司 浅野達男 寺本栄一)

別紙 <略>

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