名古屋高等裁判所 昭和53年(行コ)22号 判決 1982年7月06日
名古屋市港区南陽町大字茶屋後新田字ロの割四五〇番地
控訴人(一審原告)
成田稔
右訴訟代理人弁護士
大友要助
名古屋市中川区西古渡町六丁目八番地
被控訴人(一審被告)中川税務署長
鈴木若春
右指定代理人
岡崎真喜次
同
佐野幹夫
同
岡島譲
同
井奈波秀雄
主文
一 原判決を左のとおり変更する。
二 被控訴人が控訴人に対し、いずれも昭和四〇年三月四日付でなした控訴人の昭和三六年分の所得税の決定は金七〇万四八九〇円並びに無申告加算税の賦課決定は金一七万六〇〇〇円及び重加算税の賦課決定は金三五万二〇〇〇円、昭和三七年分の所得税の決定は金一三四万八九五〇円及び重加算税の賦課決定は金四七万一八〇〇円、昭和三八年分の所得税の決定(但し、審査請求の裁決による一部取消後のもの)は金四六八万三四六〇円及び重加算税の賦課決定(但し、右裁決による一部取消後のもの)は金一六三万九〇五〇円を超える部分につき、いずれもこれを取消す。
三 控訴人のその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用は第一、第二審を通じてこれを三分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人の各負担とする。
事実
(当事者の申立)
控訴人は、「原判決を取消す。被控訴人が控訴人に対しいずれも昭和四〇年三月四日付でなした昭和三六年分の所得税の決定並びに無申告加算税及び重加税の賦課決定、昭和三七、三八年分の所得税の決定及び重加算税の賦課決定(但し、昭和三八年分については裁決による一部取消後のもの)をいずれも取消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。
(当事者の主張及び証拠の関係)
次に付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する(但し、原判決八枚目表五行目に「二一三万」とあるを「二一六万」と訂正する。)。
一 控訴人の主張
1 本件土地(本件物件のうち原判決添付(二)の明細表記載の各土地)の取引について
(一) 控訴人と訴外名鉄との間の本件土地の取引は売買の形式をとっているが、その実態は仲介である。
即ち、名鉄は、本件土地の買収計画につき、地価の暴騰やブローカーの暗躍によって買収に支障を来たすことを防止するとともに、売主との間に紛争が生じても、名鉄がその衝に当らず、仲介人にその責任をとらせるため、ひとまず控訴人名をもって本件土地を買入れることを依頼したものであるが、右依頼の内容は、名鉄の指示価額で本件土地を控訴人が買入れ、これをそのまま名鉄へ売渡す形式をとり、実体に見合う仲介料は立木補償金名義で名鉄不動産から控訴人に支払うこと、名鉄は控訴人の下方で働く不動産仲介者に対し手数料として坪当り一〇〇円を支払うが、これを右指示価額に加算して、控訴人から名鉄への右形式上の売買価額とすること、というものであった。
そして、名鉄は右指示価額による買収金額を控訴人に前渡をし、控訴人は右金員によって買入れた本件土地を極めて短期日のうちにそのまま名鉄へ引渡していたものであって、控訴人には、本件土地買入れにつき、通常の売買に伴うような危険負担もない代りに、利ざやの取得といううまみもなかった。
なお、名鉄は、本件土地の買収につき、少くとも毎月一回買収価額を検討し、その買収価額を決めて控訴人に指示し、その指示価額で買収できないときは、控訴人より申出て再検討をなしたうえで買収価額が決定指示されていた。
以上のような実態に照らすと、本件取引が売買ではなく仲介であることは明らかであり、仮に百歩譲って売買なる形式に着目しても、本件取引は、名鉄の代理人たる控訴人と売主間の売買か、又は控訴人主張の如き特約を伴う無名契約というべきであるから、いずれにしても控訴人には被控訴人主張のような差益の取得はない。
(二) 控訴人が名鉄に名古屋市中村区志摩町、上笹島町、椿町の各土地(昭和三六年)及び同市西区松前町の土地(同三八年)の売買を仲介したときも、本件取引と同様に売買の形式をとったが、その実態は仲介であり、控訴人は買入価額と名鉄への売買価額との差額を取得していたものではなかったが、松前町の土地につき審査請求に対する裁決においてこれが認められたことは、本件取引の実体が仲介であることの何よりの証左である。
(三) 右のような訳であるから、控訴人には被控訴人の主張に見合うような資産増は何一つ存在しない。被控訴人は、控訴人が前渡金の一部を自己の借入金の返済に充当したと主張するが、その具体的な指摘がない。また、伊勢湾台風により倒壊した控訴人の家屋の建築は、親族の拠出金によった(甲第一九九号証)。更に、前渡金の訴外成田道子の口座への預入は、名鉄の了解を得て生活費(一か月約一〇万円)に引当てたものである。
2 表・裏の二通の領収書と本件土地の買入価額との関係について
控訴人は、対税問題を慮った地主の要請により、名鉄と協議して最初より表と裏(金額は白紙)の二通の領収書を表主から取付けたが、地主が一通は金額白紙の領収書を控訴人に渡したということは、真実の売買代金と表の領収書に記載した金額との差額を買主において金額白紙の領収書に記載することを地主が暗黙に了承したものであり、この合算額が地主からの買入価額である。控訴人は、右買入価額を名鉄に明らかにするため、昭和三六年分の表・裏の二通の領収書を、裏の領収書には前記差額を記載したうえ、名鉄に渡している(仲介であるからこそこのような処理が行われたのである。)。
3 訴外古田幸蔵、同柴田伸八、同原田儀太郎、同川合九平、同小坂孝作、同岡井保二の各土地の件について
右各土地は、訴外籾山弥八が数年前に思惑買をした物件であり、同人の仕入価額と控訴人の仕入価額との差額は、籾山の所得であって、控訴人の所得ではない。
4 訴外伊藤重威に対する手数料三六万円について
控訴人は、前記松前町の土地の仲介により名鉄から手数料一〇〇万円を受領したが、その内三六万円は売主側の仲介人である右訴外人に支払っている。
二 被控訴人の主張
1 控訴人の前記主張はすべて争う。
2 本件土地の取引について
なるほど、控訴人の主張する名古屋市中村区志摩町、上笹島町及び椿町の各土地の取引については、控訴人の仲介によるものと認められたので、被控訴人は、右取引による収入を控訴人の仲介に基づく仲介料として計上したのであるが、仮に右取引が控訴人主張の如く売買の形式をとったものであったとしても、この一事をもって直ちに本件土地の取引も控訴人の仲介によるものであることの証左とはいえない。
また、名古屋市西区松前町の土地については、協議団は控訴人の買入価額を訂正し、これに基づき裁決がなされたにすぎないものであるから、裁決庁が右土地につき控訴人の仲介の事実を認めたものではない。
3 表・裏の二通の領収書について
地主に右二通の領収書の作成提出を求めたのは控訴人である。しかして、仮にこれが控訴人主張の如く二通の領収書記載の金額の合算額で地主から買入れたことを証明するためであるとすれば、二通の領収書記載の金額の合算額が名鉄の指示する買収価額に見合うように当初から二通の領収書にそれぞれ金額を記載すれば足り、一通の領収書の金額欄を殊更白紙にして徴する理由はなんらない筈である。従って、控訴人が地主から、一通の金額欄を白地にした領収書を徴した本来の目的は、控訴人が本件土地を買入れ、これを名鉄に売却したことを秘匿するための手段であったというべきである。
4 訴外古田幸蔵らの各土地の件について
訴外籾山の右訴外人らからの仕入はすべて昭和三六年のものであり、乙第五二ないし第五七号証で明らかなように、期末棚卸額として計上され、同人の所得計算に反映している。従って、控訴人の所得計算においては、訴外籾山の右差益は控訴人の売上原価に反映しているものであって、控訴人の所得として計算されているのではない。
5 訴外伊藤重威に対する手数料の件について
右訴外人の証言は、三六万円の受領年月日につき不明であるなど曖味であり信用性がない。
三 証拠
控訴人は、甲第一九八、第一九九号証を提出し、当審証人和泉正雄、同寺尾武、同籾山弥八、同松波喜一、同岡崎昭の各証言及び当審における控訴本人尋問の結果を援用した。
被控訴人は、右甲第一九八号証の成立は認めるが、甲第一九九号証の成立は不知と述べた。
理由
一 控訴人の請求原因一の事実及び被控訴人の主張一の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、被控訴人が本件各係争年度における控訴人の所得を過大に認定した違法があるか否かについて検討するが、各年度の農業所得及び配当所得についてはいずれも当事者間に争いがないので、本件については営業所得における所得の認定方法及び額の当否が争点となるから、以下これにつき順次検討する。
1 昭和三六年分の仲介手数料について
右についての当裁判所の認定・判断は、当審において新たに取調べた証拠を加えて検討したところによるも、原判決の理由二の(一)(原判決一八枚目裏九行目から二一枚目表二行目まで)に説示のとおりであるから、これを引用する。
2 本件土地の取引について
(一) 取引の主体及び形態
原判決の理由二の(二)冒頭掲記の各証拠(原判決二一枚目表四行目から二二枚目裏三行目の「弁論の全趣旨」まで)に、成立に争いのない乙第六ないし第八号証、当審証人和泉正雄(但し、後記措信しない部分を除く。)、同籾山弥八、同松波喜一の各証言、当審における控訴本人尋問の結果(但し、後記措信しない部分を除く。)を総合すると、次の各事実が認められる。
(1) 訴外名鉄は、愛知県知多郡武豊町付近に住宅団地及び娯楽施設の建設を企画し、その用地として広大な土地を物色していたところ、控訴人より本件土地の買収が可能である旨の申入れを得たので、昭和三六年初め頃本件土地の買収計画を樹てたが、名鉄が買収するとなると、地価が高騰したりブローカーが暗躍して買収に支障を来たすおそれがあったため、名鉄の名を出さずに本件土地の買収を図ることにし、その方法として、控訴人に対し本件土地の買収を依頼し、控訴人が各地主から買収した土地を名鉄が順次買取ることにした。
(2) 名鉄は、右依頼に当り、控訴人に対し買収希望価額を指示することにし、控訴人が使用する地元の不動産業者に対する手数料として、買上土地につき坪当り一〇〇円を支払うこと、右買収希望価額に右坪当り一〇〇円の手数料を加算した金額をもって控訴人から名鉄への売却価額とすること、名鉄は控訴人に対し右売却価額につき三パーセントの割合で手数料を支払うこと(後日これは後記(7)に認定の如く立木補償金の名目で支払われた。)、買収の必要経費は以上の金額の範囲内で控訴人において賄うこと、が名鉄と控訴人との間で明示あるいは黙示に約諾された。
(3) そして、控訴人は、地元の不動産業者である訴外籾山弥八(以下、単に籾山という。)に対し、名鉄の前記指値とは別個に自ら設定した買収価額を指示して買収の仲介を依頼し、籾山に対し売買が成立した物件については坪当り一〇〇円の割合による手数料を支払うことを約した。
(4) このようにして、控訴人は、昭和三六年三月頃から同三八年一二月頃までの間、前記籾山及び同人の雇入れた訴外籾山義夫、同小坂松延らをして本件土地の各地主と買収交渉に当らせ(但し、地主加藤譲とは控訴人自らが交渉した。)、籾山は、原判決添付(二)の明細表記載の各所有者から、同表記載の各土地を控訴人の指値以下の価額で納入させ、控訴人にはその指値価額で納入し、控訴人は、これを同表記載の各売却年月日に売上額欄記載の各価額で名鉄に売却した(総売上額は昭和三六年分が七二一一万二〇五〇円、昭和三七年分が六六四一万六三六〇円、昭和三八年分が一億一六六三万八一〇〇円であった。)。
(5) なお、控訴人は、籾山に右売買の仲介を依頼するに当り、公租公課その他一切の負担金は控訴人が負担する旨を約しており、また、各地主との売買契約に際しては、税金対策として実際の売買金額を下回る金額を契約書及び領収書に表示したい旨の地主の希望を入れ、売買代金額を右のように表示した契約書及び領収書各一通を作成させたが、その外に領収金額の記載されていない領収書一通を各地主から取っておいた。
(6) 右取引についての土地代金の決済は、控訴人は名鉄から前渡金を受取っており、籾山が売買交渉を成立させてくると、その都度控訴人は右前渡金でもって地主に対する土地代金と籾山に対する約定手数料を支払った。そして、控訴人と名鉄との間では、名鉄が土地買取りの都度右前渡金と土地売買代金とを清算することにしていたが、昭和三六年分及び同三七年分の一部については、当該地主の領収書のうち金額の記載されていない領収書に、それと金額の記載されている領収書の金額とを合算したものが名鉄への売却価額に合致するようにその差額を記載した上、これら二通の領収書と契約書を名鉄に提出して、名鉄からの右前渡金を清算した。しかし、昭和三七年分の残部と昭和三八年分については、右のような形式をとらず、控訴人の口頭報告により右前渡金と売買代金との清算が行われた。
(7) 控訴人は、名鉄から、右取引の仲介手数料として、立木補償金なる名目で、昭和三七年二月二〇日に一一六万三三〇〇円、昭和三八年一月三〇日に一九九万二〇〇〇円、昭和三九年一月三一日に三〇〇万円を受領している。
以上の各事実が認められ、当審証人和泉正雄の証言並びに原審(第一、二回)及び当審における控訴本人尋問の結果中右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らして措信し難い。
しかして、以上に認定の事実関係によれば、本件土地の取引は控訴人が行ったものであること、また、右取引は、名鉄の名を出さずに買収するための手段として、一旦控訴人において買収して来たものを名鉄が買取る形式を取ることにしたもので、その実体は仲介的性質を帯びたものではあったが、しかし、控訴人の仕入価額と名鉄への売却価額との間には差額があり、右差額は、その中から控訴人が買収の必要経費等を捻出する意味をも含めて、控訴人において取得することを名鉄において容認していたこと、右差額の外に控訴人は名鉄から立木補償金なる名目で仲介手数料を取得していたものであること、が認められる。
ところで、右の点につき、控訴人は、原審及び当審において、本件土地の取引は訴外取引会が行ったものであり、しかも名鉄の指値で本件土地を買収し、これを同額で名鉄に納入するもので、形式は売買でもその実体は単なる仲介等にすぎず、売買差益は全く存しない旨供述している。
しかしながら、まず、本件土地の取引は取引会が行った旨の控訴人の右原審当審供述は理由がなく採用できないことは、原判決二四枚目表八行目から二五枚目表八行目までに説示のとおりであるから、これを引用する。
次に、売買差益がなかった旨の右供述については、(イ)成立に争いのない甲第九四号証の一ないし四、乙第八一号証、原審における控訴本人尋問の結果(第一回)によれば、控訴人は、本件土地のうち籾山を介さずに自分で地主と直接交渉して買上げた分として、昭和三八年一一月一一日加藤譲所有の土地を代金一六二一万六八〇〇円で買受け、これを同年一二月一八日に名鉄に一八九一万九六〇〇円で売却することによって、二七〇万二八〇〇円(約一四・二八パーセント)の売買差益を得ていることが認められること、(ロ)原審及び当審証人松波喜一(名鉄の委嘱により本件土地買入れの業務代行をしていた名鉄不動産株式会社の当時の開発係長)の証言によれば、名鉄としては、前記認定の如く、控訴人が本件土地の取引により売買差益を得ることを当然の前提とし、買収の必要経費等も右差益や立木補償金なる名目の手数料によって賄わせることにしていたことが認められること、(ハ)成立に争いのない乙第四八号証によれば、籾山は被控訴人の調査に際し、籾山の控訴人に対する本件土地の納入価額と、控訴人の名鉄に対する本件土地の売却価額との間には相当の開きがあった旨供述していること、(ニ)成立に争いのない乙第五八、第九八号証、第一〇五、第一〇六号証の各一ないし三、第一〇七、第一〇八号証、弁論の全趣旨によって成立の認められる乙第一〇一ないし第一〇四号証によれば、控訴人は、名鉄からの前渡金を、自己の預金口座や、実質上自己の預金口座である三井銀行名古屋支店及び三井信託銀行名古屋支店の日本鑑札株式会社名義の預金口座にその大部分を預入れた後、その一部を借入金二〇〇万円の返済や自己の住宅建設資金三〇一万円の支払に当て(これに反する甲第一九九号証及び当審における控訴本人尋問の結果はにわかに採用し難い。)、また、自己名義の預金口座や成田浪子(控訴人の妻)名義の預金口座に振替え(右浪子名義の預金口座だけでも三四五万円)、生活費や本件土地取引以外の支出のため相当多額の金員の払戻を受けていることが認められること、以上の諸事実に照らしても、控訴人と名鉄との間の本件土地の取引が単なる仲介等にすぎず、売買差益がなかった旨の控訴人の前記供述は到底採用できない。
そうすると、本件土地については、その取引に関する控訴人の収入として、その仲介的側面からくる前記立木補償金名下の仲介料収入のほか、売買形式を介した控訴人独自の収入があり、後者もまた控訴人の事業に伴う収入として、それ(名鉄への売却価額)と、控訴人の仕入価額等との差額を営業所得として把握すべきものといわざるをえない。
(二) 本件土地の仕入価額について
そこで進んで、控訴人の本件土地の仕入価額につき検討する。
(1) 前掲乙第四八号証、原審及び当審証人岡崎昭の証言により成立の認められる乙第九ないし第四四号証、弁論の全趣旨により成立の認められる乙第八三ないし第九七号証、原審及び当審証人寺尾武、同岡崎昭、同籾山弥八(原審は第一、二回)の各証言、原審証人横井芳和の証言によれば、籾山につきその控訴人に対する本件土地の納入価額を裏付けるべき帳簿等の作成が全くなく、また被控訴人の調査に際して控訴人の協力が得られなかったこと、前記認定のとおり、籾山は、各地主との売買契約に際し、実際の譲渡価額を下回る金額を記載した契約書及び領収書各一通と金額の記載されていない領収書一通を作成させ、これを控訴人に交付している状況にあったため、被控訴人としては、控訴人の仕入価額の実額を把握することが著しく困難であったこと、そのため、被控訴人は、各地主に対し面接しあるいは文書による照会等を行って、各地主の譲渡金額を把握するよう反面調査に努め、把握できなかったものについては把握できたとする資料から籾山と各地主間の取引における同時期・同地域における最高取引価額を採用してその譲渡金額を推認し、右金額に資産増減法により算出された籾山の本件取引に伴う収益を加算したものを、控訴人の本件土地の仕入価額と推計したものであることが認められる。
(2) 右認定によれば、被控訴人が控訴人の仕入価額を推計したこと自体はやむをえない処置であったというべきである。
しかしながら、推計課税が適法であるためには、採用された推計方法が合理性を有するものでなければならず、それには、確実な基礎事実により、当該事案に最適な推計方法を用い、できる限り真実の所得に近似した数値を把握しうるようにしなければならない。
(3) そこで、以下、右の観点から被控訴人のとった推計方法が合理性を有するか否かにつき検討する。
まず、被控訴人は、前掲乙第八三ないし第九七号証に記載の各地主と面接調査し、その結果、右各地主については譲渡実額を把握しえたとするのであるが、これによると、昭和三六年分については地主小坂三子雄、中村倉次、厚味富次・志う、森田九一、小坂和典、片岩信夫、昭和三七年分については柴田清松、永田常吉、東正平、昭和三八年分については中川寅夫、稲葉敏幸、小坂三子雄、川合九平、岩田勇男(或いは勇夫)・石黒楠松ということになる。また、被控訴人は原審証人小坂幸作、同岡井保二(以上二名は昭和三六年分)、同鈴木治郎(昭和三七年分)の各証言、成立に争いのない乙第七八号証の一(永田栄)、原審証人吉沢徳の証言(以上二名は昭和三八年分)によって、同地主らの譲渡実額を把握しえたとするもののようである。
しかしながら、成立に争いのない乙第七八号証の二、前掲乙第八三ないし第九七号証並びに当審証人岡崎昭の証言によって窺われるように、右各地主らのほとんどは正規の確定申告をせず、被控訴人の調査が入ってようやく納税申告に及んだものであって、譲渡実額を記載した領収書が残されていなかったことをも合わせ考えると、真実の譲渡所得金額を具申したものかどうかにつき疑問がある。このことは、右のうちの一名たる原審証人永田栄の証言によれば、同人の譲渡実額として被控訴人の把握したとする金額は実際のものより低額のように思われると述べていることに露呈している。
なお、前掲乙第四八号証によれば、籾山は昭和四五年八月被控訴人の調査に対し、籾山の各地主からの仕入価額が原判決添付(二)の明細表の仕入額欄記載のとおりであると述べているが、右供述は同人の記憶に基づくものであるから、その正確性については疑問があり、むしろ、原審(第一、二回)及び当審証人籾山弥八の証言と弁論の全趣旨に照らすと、右は実額よりも下回っていることが推認される。
以上のような各事実に照らすと、前記各地主につき、被控訴人主張の金額がその譲渡実額とは、にわかに認め難いところである(ちなみに、被控訴人が譲渡実額であるとする右各地主についての差益率は、別紙(A)差益率表のとおり、かなり高率なものが多くなっている。)。
次に、被控訴人の推認に係るその他の地主の譲渡金額をみるに、地主松崎佑一、小坂庸蔵、田中伝次郎、岡井豊一、森田健資(以上は昭和三六年分)、古田幸蔵(昭和三七年分)については、前掲甲第三号証の一ないし三、第一四一、第一四三、第一四四、第一四九、第一五一号証の各一・二によれば、控訴人指摘の如く、右各人の額は、前記金額の記載された領収書に記載されている金額よりも下回っていると認められるので、推認された譲渡金額は実額よりも低額であることになるし、また、原審証人永田武夫の証言によれば、同地主の譲渡金額として推認された金額も実績より低額であることが窺われる。
右の事実に加えて、本件全証拠によるも、被控訴人が控訴人の所得として認定したものに相当するだけの資産増があったことは窺われない(この点に関し、主任官として本件の調査を担当した岡崎昭は、当審において、本件の場合、控訴人の所得は損益計算法で処理したので、資産増はさほど関わりがないように証言するが、本件のように双方の主張に隔たりが大きいような場合には、資産増によって推計の合理性を裏付けることも必要であろう。)。
以上に述べたところによれば、被控訴人が原判決添付(二)明細表の仕入額欄記載の金額をもって各地主の譲渡金額と認定あるいは推認したことは相当ではなく、従って、右譲渡価額によって控訴人の仕入価額を推計したことは合理性を欠くから、被控訴人主張の仕入価額は採用できない。
(4) そこで、あらためて本件仕入金額を検討するに、右に見たように、本件土地の取引は昭和三六年から三八年までの長期間にわたる多数の地主との取引であり、籾山と各地主との間の取引については正確な資料は残存せず、従って控訴人の仕入価額を推計するための確実な基礎事実を把握しにくい嫌いはあるが、控訴人が昭和三八年一一月一一日に加藤譲と直接取引した物件一七筆については、その仕入価額を示す資料たる前掲甲第九四号証の一ないし四及び乙第八一号証が残存しているのみならず、右各資料は、それ自体の形式・内容からみても、また原審における控訴本人尋問の結果(第一回)及び弁論の全趣旨に照らしても、それは正確に実額を反映したものとみられるところ、推計に際しての基礎資料は、本来多いにこしたことはないけれども、しかし、正確なものが僅かしか存しない場合には、多くの不正確なものよりも、右正確な資料を基として推計する方が合理的であるというべきである。そこで、右加藤との直接取引の資料に基づき本件をみるに、右資料によると、その売買差益の率は前記認定の如く約一四・二八パーセントとなっているところ、上述来の本件取引の諸特質からみて、控訴人が直接取引した右物件についての売買差益率よりも、仲介人である籾山を介して取引したその余の物件についての売買差益率の方が大であるとは認め難く、少くとも本件につきこれを大とする積極的資料ないし事実関係は認められないから、本件にあっては、右加藤の所有土地を除く本件土地の仕入価額についても、名鉄の指値と控訴人の籾山に対する指値との間には約一四パーセント程度の差益があったものと推認するのが相当である。
そうすると、さきに認定したところと総合し、本件土地については、名鉄への売却価額より坪当り一〇〇円を差引いた金額から、さらに右一四パーセントを差引き、残額に坪当り一〇〇円を加算した金額をもって、控訴人の仕入価額と推計するのが相当である(ちなみに、本件の場合、右のように被控訴人の主張とは異なる推計方法を用いても、同一訴訟物ないし要件事実の範囲内での仕入価額の認定の問題であり、かつ、本件立証の経過及び内容に鑑みると、控訴人に不意打を与える余地もないと認められるから、右処置は許されるものと解する。)。
なお、右加藤の所有土地(常滑市小鈴ケ谷字細谷一の一七山林外一六筆)については、控訴人がこれを一六二一万六八〇〇円で買受け、名鉄に一八九一万九六〇〇円で売却したことは前記認定のとおりであり、これに反する証拠はない。
(5) そこで、以上認定したところにより、本件土地の仕入価額を推計すると、次のとおりとなる。
昭和三六年分 合計六八〇三万〇四三三円
(72,112,050円-5,275,500円)×0.14=9,357,117円
72,112,050円-9,357,117円=62,754,933円
62,754,933円+5,275,500円=68,030,433円
昭和三七年分 合計六〇七八万〇四三四円
(66,416,360円-3,212,600円)×0.14=8,848,526円(円以下切捨)
66,416,360円-8,848,526円=57,567,834円
57,567,834円+3,212,600円=60,780,434円
昭和三八年分 合計一億〇四五五万一一四二円
加藤分(売値)
116,638,100円-18,919,600円=97,718,500円
(97,718,500円-3,768,800円)×0.14=13,152,958円
97,718,500円-13,152,958円=84,565,542円
84,565,542円+3,768,800円=88,334,342円
加藤分(買値)
88,334,342円+16,216,800円=104,551,142円
(6) しかして、弁論の全趣旨によれば、控訴人の期首・期末における商品たな卸高はいずれも零であることが認められるので、右仕入金額が売上原価となる。
なお、原審証人横井芳和の証言により成立の認められる乙第五二ないし第五七号証、原審(第二回)及び当審証人籾山弥八、原審証人小坂孝作、同岡井保二の各証言によれば、地主古田幸蔵、柴田伸八、原田儀太郎、川合九平、岡井保二の各所有土地については、籾山がかねて自己の資金で買受け、これを相当期間が経過してから控訴人に売却したものであるが、右各土地については、籾山の期末たな卸資産として計上され、籾山の所得計算に反映していること従って、控訴人の所得計算において籾山の右差益は控訴人の売上原価に反映していることが認められるから、控訴人の前記売上原価に何らの変動を来たさない。
(三) 立木補償金について
右についての当裁判所の認定及び判断は、当審において新たに取調べた証拠を加えて検討したところによるも、原判決の理由二の(三)(三〇枚目表八行目から三一枚目裏三行目まで)に説示のとおりであるから、これを引用する。当審における控訴本人尋問の結果中右認定に反する部分は採用できない。
3 西区松前町所在の不動産の取引について
右の取引自体についての当裁判所の認定・判断は、当審において新たに取調べた証拠を加えて検討しても、原判決の理由説示(原判決三一枚目裏四行目から三二枚目表六行目まで)のとおりであるから、これを引用する。当審における控訴本人尋問の結果中右認定に反する部分は採用できない。
しかし、原審証人伊藤重蔵の証言並びに原審(第一回)及び当審における控訴本人尋問の結果によれば、控訴人は、売主側の仲介人である右伊藤に対し手数料として三六万円を支払ったことが認められるから、右は経費に計上すべきである。
4 本件各係争年度における控訴人の諸経費
控訴人の諸経費(慰労金、接待交際費、見学費、測量費、消耗品費、福利厚生費、会合費、登記料、支払利息、埋立費)が被控訴人主張額のとおりであることについては、控訴人は明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。
5 控訴人の営業所得金額
以上を総合すると、本件各係争年度における控訴人の営業所得金額は、次のとおりとなる。
(昭和三六年分)
総収入金額 七三九一万二〇五〇円
仲介手数料 一八〇万円
名鉄への土地売却代金 七二一一万二〇五〇円
総必要経費 七一三一万五三八三円
売却土地の売上原価 六八〇三万〇四三三円
立木補償金の必要経費計上分 二〇二万四九五〇円
その他の諸経費 一二六万円
営業所得金額 二五九万六六六七円
(昭和三七年分)
総収入金額 六八五七万九六六〇円
名鉄への土地売却代金 六六四一万六三六〇円
立木補償金 二一六万三三〇〇円
総必要経費 六四三四万五八一二円
売却土地の売上原価 六〇七八万〇四三四円
立木補償金の必要経費計上分 一八六万〇三七八円
その他の諸経費 一七〇万五〇〇〇円
営業所得金額 四二三万三八四八円
(昭和三八年分)
総収入金額 一億三八二四万四一〇〇円
名鉄への土地売却代金 一億三六二五万二一〇〇円
本件土地分 一億一六六三万八一〇〇円
西区松前町の不動産分 一九六一万四〇〇〇円
立木補償金 一九九万二〇〇〇円
総必要経費 一億二七二七万六七一四円
売却土地の売上原価 一億二二六五万二二六五円
本件土地分 一億〇四五五万一一四二円
西区松前町の不動産分 一八一〇万八〇〇〇円
立木補償金の必要経費計上分 三二六万九九七二円
その他の諸経費(前記伊藤への手数料三六万円を含む) 一三四万七六〇〇円
営業所得金額 一〇九六万七三八六円
三 本件各係争年度において被控訴人主張の農業所得及び配当所得のあったことは当事者間に争いがないから、これに前記認定の営業所得を加算すると、控訴人の本件各係争年度における総所得金額は次のとおりとなる。
昭和三六年分 二六五万四一一七円
昭和三七年分 四三三万七六七八円
昭和三八年分 一一〇九万〇一四六円
四 最後に、本件各加算税についてみると、被控訴人主張三(一)の事実は当事者間に争いがなく、同(二)1及び3の各事実は前記二において認定したとおりであり、また、控訴人は、昭和三六年から三八年にかけて本件土地の取引により収入を得ていたところ、地主からの買上価額につきその要望により実際の金額と異なる領収書を徴していたにも拘らず、本件土地の仕入価額を明確にする帳簿等の作成を全くしていないことや、名鉄からの前渡金についての前記の如き管理状況、本訴における主張態度等に照らすと、控訴人は、本件各係争年度における前記所得を仮装、隠ぺいし、その所得税を免れていたものというべきである。
五 以上の事実関係によれば、控訴人の納付すべき本件係争年度の各所得税、無申告加算税、重加算税の税額は、別紙(B)税額計算表のとおりとなる。
そうすると、被控訴人が控訴人に対し、いずれも昭和四〇年三月四日付でなした控訴人の昭和三六年分の所得税の決定は金七〇万四八九〇円並びに無申告加算税の賦課決定は金一七万六〇〇〇円及び重加算税の賦課決定は金三五万二〇〇〇円、昭和三七年分の所得税の決定は金一三四万八九五〇円及び重加算税の賦課決定は金四七万一八〇〇円、昭和三八年分の所得税の決定(但し、裁決による一部取消後のもの)は金四六八万三四六〇円及び重加算税の賦課決定(前同)は金一六三万九〇五〇円を越える部分につき、いずれも違法である。
よって、控訴人の本訴請求は、右限度で理由があるものとしてこれを認容し、その余は失当として棄却すべきであるから、これと異なる原判決を右のとおり変更し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法九六条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小谷卓男 裁判官 寺本栄一 裁判官浅野達男は転補につき署名押印することができない。裁判長裁判官 小谷卓男)
別紙(A) 差益率表
<省略>
別紙(B)
税額計算表
<省略>