名古屋高等裁判所 昭和54年(ラ)128号 決定 1979年10月09日
抗告人
立松清隆
右代理人
石川智太郎
外二名
相手方
名古屋放送株式会社
右代表者
川手泰二
主文
原決定を次のとおり変更する。
相手方は抗告人に対し、昭和五四年四月一日以降毎月二五日限り金二万一二〇〇円を仮に支払え。
抗告人のその余の申請を却下する。
訴訟費用は第一、二審を通じ、これを三分し、その一を抗告人のその余を相手方の負担とする。
理由
一 抗告の趣旨及び理由
別紙記載のとおりであり、その理由の要旨は原決定と同一であるから原決定二枚目表三行目から同四枚目裏末行目までの記載をここに引用する。
二 当裁判所の判断
1 被保全権利
当裁判所も、抗告人が相手方の従業員としての地位を有すること、その主張のとおり賃金増額請求権を有するに至つたこと、奨励金として金九万四八五〇円の請求権があることは一応認められるが、資格手当については未だこれを認めるには足りないと判断するものであつて、その理由は原決定と同一であるから、原決定五枚目表三行目から同六枚目表二行目までの記載をここに引用する。
2 必要性
(一) 本件記録によれば、抗告人が、相手方から支払われる賃金を唯一の生活手段とする労働者であること、昭和四一年に地位保全と賃金仮払の仮処分命令を得て同年三月一日以降毎月二万六一五〇円(当時の平均賃金)の仮払を受け、その後昭和四二年から同五三年までほぼ毎年改定された賃金増額分等の仮払仮処分の申請をしてこれを認められ、その結果、右各仮処分によつて、現在毎月合計金二二万九七〇〇円(手取額一九万〇六六四円)の仮払を受けていること、これら毎月の賃金等とは別に、夏季及び年末の各一時金についても仮処分申請が認められており、昭和五三年は夏季分九五万円、年末分一〇四万円の各仮払を受け、これら仮払金によつて妻と小学校四年生の女子一人との生計を維持していることが、それぞれ認められる。
(二) ところで通常、賃金を唯一の生活手段とする労働者が、本件の如き増額改定賃金等の仮払を求めて来た場合は、これらの者が、他から収入を得るに至つたとか、これまで受けて来た仮払金額等が、現在の社会一般の通念に照らして、極めて高額であるなどの特段の事情が認められないかぎりは、これまで受けて来た仮払賃金等は、右仮処分申請人にとつて、相手方従業員としての生活様式生活水準を維持するために必要なものとしてこれを是認し、ひいては今回の平均的賃金増額改定分程度は一応その延長線上にあるとの前提でこれを取巻く一般的もしくは客観的生活環境の変化、例えば、生活水準、消費者物価の上昇、一般の賃金動向、給与体系の変化、仮処分申請人の家族構成の自然的増減等の諸条件に照らして、その必要性を考慮すべきものと考えられる。
もつとも、名古屋市における標準生計費(愛知県人事委員会昭和五三年四月調べ)が三人家族の場合月額一四万六三六〇円であつて、これが本件仮処分の必要性判断の一つの基準となりうるものであることはもとより当然であるけれども、仮の地位を定められ、数次の仮処分によつて増額改定賃金等の仮払を受けて来ているものによるその後の賃金等の増額改定を理由とする増額分の仮払仮処分の必要性の判断にあたつては、仮処分申請人の具体的生活水準、生活環境を捨象して同申請人の居住地域における標準生計費を基準にし、その仮払金額が右標準生計費を上回つているということから直ちに、その後の増額改定賃金等の仮払の必要性がないとするのは相当ではないし、仮処分申請人のその後の出費は増加の細目を一つ一つ取上げ、しかも右標準生計費を念頭に、その必要性につき検討を加えるようなこともまた右見地に背馳するのみならず、仮の地位を定められて仮払を受けているにすぎない者は、そのような出費は極力回避すべきが当然であるとして、その必要性が、ほとんど認められないか、多大の債務を負担しておれば常に必要性が肯定されるということになりかねず、この点に関する抗告人及び相手方の各主張は個々の出費細目の点につき判断を加えるまでもなく採用し得ない。
(三) そこでこれを本件についてみるのに、前認定(引用部分)の被保全権利のうち、賃金増額改定分(住宅、家族手当を含む。以下同じ。)二万一二〇〇円は、抗告人がこれまで仮払を受けて来た月額合計二二万九七〇〇円の賃金等を前提にして、前認定の賃金増額改定基準に従つて、他の一般の相手方の従業員と同様にして算出された平均的賃金増加額であるところ、これが過去一年間の消費者物価の上昇率(年約3.8パーセント)、相手方と類似他企業の一般的賃金増額状況(金額にして金一万六〇〇〇円ないし二万円余)、規模百人以上の一般私企業における昭和五三年度の平均的賃上げ率(6.5パーセント)に照らして格別に高額ともいえず、相手方会社の給与体系、抗告人の家族構成にも格別の変化も窺えないことが明らかであつて、右二万一二〇〇円については仮払の必要性のあることが一応認められる。しかしながら、奨励金(基本給の0.5ケ月分)については、これが抗告人の生活水準を維持していくうえにおいても、また前記諸条件に照らしても、必ずしも社会一般的に支給さわているものとは認められず、他にこれが仮払の必要性を肯認するに足りる疎明はなく、保証をもつて疎明に代えることも相当でない。
3 以上によれば、抗告人の本件申請は、昭和五四年四月一日以降毎月二五日限り金二万一二〇〇円の仮払を求める部分は理由があるが、その余については理由がないからこれを却下すべく、右と一部結論を異にする原決定を右のとおり変更することとし、訴訟費用につき民事訴訟法九六条、九二条、八九条を適用して主文のとおり決定する。
(柏木賢吉 加藤義則 福田皓一)
抗告状<省略>