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名古屋高等裁判所 昭和54年(行ス)4号 決定 1979年7月05日

抗告人(原告) 天野喜蔵 外二二名

相手方(被告) 恵那市教育委員会

主文

本件訴状却下命令中抗告人永井孝江に関する部分を取消す。

本件訴状却下命令中その余の抗告人に関する部分を取消し、本件のうち同部分を岐阜地方裁判所へ差戻す。

理由

第一抗告の趣旨と理由は別紙抗告状記載のとおりであり、抗告人永井孝江の右抗告理由の追加は別紙上申書記載のとおりである。

第二当裁判所の判断

一  本訴状によれば、抗告人ら(本訴原告ら)の請求の趣旨は「相手方のなした恵那市立武並中学校の廃止処分(以下本件廃校処分という)を取消す。相手方の抗告人らに対してなした抗告人らの被保護者につき就学すべき中学校として恵那市立恵那西中学校と指定した各処分(以下本件就学指定処分という)を取消す。」というものであり、その理由は要するに、抗告人ら(本訴原告ら)は保護者として、その子女に義務教育を受けさせるため、相手方の設置する恵那市立武並中学校へ就学させるなどしてこれを利用する権利を有しているところ、本件廃校処分並びに就学指定処分によつて、抗告人らが保護者として、ひいては地域住民として、これまで右学校を利用することによつて享受し、将来も享受しうる子女に対する人格形成上必須不可欠の良好な教育環境を破壊され、右学校の利用権を違法に侵害されたのみならず、本件各処分は形式的にも文部省管理局長通達に違反する違法な処分であるから、これが取消を求めるというにあることが明らかである。

右によれば、抗告人らが本訴によつて得ようとする利益目的は、抗告人らが本件各処分によつて失われ、あるいは失われる虞れのある前記良好な教育環境を回復し、これを確保しようとすることにあること、教育環境というものは経済的利益を伴うものではあるが、本質的には財産的評価のできない正しく教育文化的事柄であるから、本訴は財産権上の請求ではなく、非財産権上の請求であつて、その訴訟物の価額は民事訴訟費用等に関する法律第四条二項により金三五万円とみなされる。

二  ところで、抗告代理人は、右廃校処分と就学処分の取消請求の関係について、就学指定処分は廃校処分に当然に付随する処分であるから、訴額の算定に当り民訴法二三条二項を準用すべき旨主張する。

なるほど、右廃校処分と就学指定処分とは事実上密接な関連性を有すること、したがつて訴額の算定にあたりこのことが考慮されるべきことは後記のとおりであるけれども、後者の処分が前者の処分を論理上前提としているわけではないし、抗告人らが保護者として、本訴の勝訴判決によつて得ようとする利益目的を達するためには廃校処分の取消を求めるより、むしろ就学指定処分の取消を求めることがより直截的抜本的解決策とも考えられることからすれば、右二つの処分のいずれが主でいずれが従であるとはにわかに即断しえず、それぞれ別個独立の処分というほかはないから、抗告代理人の右主張は採用しえない。

もつとも、右二つの処分の取消請求の関係については、前に述べた抗告人らが本訴の勝訴判決によつて享受し得る利益、目的という実質的観点及び訴訟物の価額の算定に関する民訴法二二条一項の趣旨に照らし、本訴の訴額算定に当り、右二つの請求ごとに非財産権上の請求として金三五万円とみなしてこれを合算するのではなく、全体として金三五万円とみなすのが相当である。

三  次に抗告代理人は、本件廃校処分の取消請求は、右廃校処分が相手方によつてなされた一個の処分であること、右請求が非財産権的請求であることなどから、本訴原告の数にかかわらず、一個の訴訟物であつて、訴の利益も一個である旨主張する。

右廃校処分の取消請求が廃校処分という一個の処分の取消請求であるというかぎりにおいては、これが一個の訴訟物であり、右廃校処分の性質上、その効果が事実上、地域住民全体に及ぶものであることは、抗告代理人の指摘のとおりであるけれども、行政事件訴訟法四二条がいわゆる客観訴訟といわれるものについて、特に法律により規定のある場合にのみこれを許していることや、相手方のなした中学校の廃止処分に対して、これが取消の訴をその地域住民であるということで許した規定もないことに照らすと、本件廃校処分の取消請求を前記のような事情があることから、地方自治法二四二条の二の住民訴訟などと同様に、訴により得られる利益につき当事者の数を無視して取扱うのは相当でない。

そうすると、本訴により得られる訴の利益、目的についても、原則に従い右請求の数のみならず、後記特別の事情の認められる本訴原告らを除く、その余の原告らの数によつて定められるべきものというほかはない。

加えて、本件二つの処分の取消を求める請求の関係について、訴額の算定上はこれを合算すべきではないとの考え方に立つときは、本訴の全体の訴額の算定にあたつては、右二つの請求を全体的統一的に把握しなければならないことはいうまでもないから、これを本件就学指定処分取消請求についてみると、右就学指定処分が、それぞれの抗告人ら保護者に対してなされた数個の処分であることは、抗告人らの自認するところであり、しかも右処分の適否は、前記廃校処分にも増して、それぞれこれを受けた保護者につき各別に検討判断されるべき性質のものである。してみれば右就学指定処分の取消請求が右保護者の数に応じて数個であることは明らかである。

よつて、本訴の訴訟物が一個であることから、訴の利益も全体として一個であり、訴額は全部で三五万円である旨の抗告代理人の主張は採用しえない。

四  しかしながら、抗告人永井孝江は、本訴状却下命令(以下原命令という。)に対し、抗告の申立をしたうえ、当審において、原審補正命令に従い金三五万円に対する貼用印紙額三三五〇円を貼付したことが明らかであるから、本件訴状のうち右抗告人に関しては、本訴状の欠缺は補正されたものというべく、原命令を取消すべきである。

五  さらに、抗告人永井孝江を除く、その余の抗告人らについても、原審裁判長が、抗告人ら及びその他の本訴原告合計二六三名に対し、訴額を単純に一名につき金三五万円としてこれを合算し、金九二〇五万円に対する貼用印紙額四六万三四〇〇円から貼付ずみの金三三五〇円を控除した金四六万〇〇五〇円の印紙の追貼を命じたのは違法というべきである。

すなわち、本件廃校処分及び就学指定処分、とりわけ就学指定処分が武並中学校の生徒である子女の保護者であるべき者に対する数個の処分であることから、訴訟物の個数もこれに応じて定められるべきものであることは前叙のとおりであるけれども、さらに右保護者の点につき考えてみるのに、学校教育法三九条一項二二条一項によれば、保護者とは子女に対し親権を行う者(親権を行う者のないときは後見人)であり、保護者の子女を就学させるべき権利義務は、右就学指定処分の名宛人といつたような形式によるのではなく、保護者が、本来、親権者あるいは後見人として、当該子女に対し、監護教育すべき権利義務を有することに由来するものであると考えられる。そして通常、親権は父母が婚姻中のときは共同してこれを行使すべきものとされているから、同じ保護者といつても、本訴原告中夫婦の関係にある者については、子女を就学させ学校を利用する権利と義務を共同して行使しなければならず、本訴によつて得られる利益、目的もまたこれを共通にしているものと解される。それゆえ本訴原告中これらの保護者については民訴法二二条一項の趣旨により、訴額は、夫婦両名で金三五万円とみなすのが相当である。

これを本訴状の原告一覧表によつてみると、本訴原告二六三名中、相当数(一一九名位)の者が、その余の同数の本訴原告らと夫婦の間柄にあることが窺われる。

そうすると、これら相当数の本訴原告らに対して、各別に訴額を金三五万円とみなして、本訴原告全員につき単純に訴額を合算したうえ、前叙貼付ずみ分を控除して印紙額の貼付を命じた前記補正命令は、その訴額の算定を誤つており、しかも原審裁判長が前記補正命令において、訴状に貼付済みの金三三五〇円を控除した金四六万〇〇五〇円の貼用を命じながら、原命令においては、右金三三五〇円の貼付分についてはいずれの者の分かについて特定されない故適法な貼用分とは認めがたいとの判断を示したのは、抗告人ら代理人が原審において、右貼付分は追貼に応じた原告八名を除く全原告の分である旨の上申がなされていることに照らしても首肯しがたく、右貼付分は少くとも抗告人らを含む右八名を除く本訴原告ら全員が各人数割に応じて均等に印紙を貼用したものと解するのが相当であるから、原命令はこの点においても誤まつた前提のもとになされたものといわざるを得ず、以上はいずれも原命令の結論に影響を及ぼしていることは明らかである。

六  しからば、原命令は抗告人永井孝江に関する部分を含めてすべて取消しを免れないが、抗告人らのうち右抗告人永井孝江を除くその余の抗告人らに関する部分についてはさらに原審裁判長に対し、本訴原告中共同して親権を行使すべき者並びに不足貼用印紙の追貼の範囲につき調査し、補正の必要があればこれを命じるなど本訴状に対する手数料の審査を尽させる必要があるので本件中右部分を原審へ差し戻すこととし、民訴法四一四条、三八九条に則り主文のとおり決定する。

(裁判官 柏木賢吉 上本公康 福田晧一)

抗告状

抗告の趣旨

原命令を取消す。

抗告の理由

一 前記事件につき昭和五四年四月一一日抗告人(原告)らに対し不足貼用印紙の追貼命令が発せられたが、抗告人(原告)ら代理人は、右追貼命令は後記理由により正しくないと解している。しかし右追貼命令に全く応じないと、全原告の訴状が却下されてしまうので、八名分については追貼した。

二 この行政事件は、(一)武並中学校廃止処分の取消しと(二)就学指定処分の取消を求めている。右(一)の廃止処分は相手方(被告)がなした一つの処分であり、かつ、その性質上不可分の処分であつて抗告人(原告)ごとに個別の処分がなされたわけではない。よつて抗告人(原告)一人一人につき印紙を貼用させるのは正しくない。抗告人(原告)が一人でも何百名でも、一つの「廃校処分の違法性」が訴訟物であり、印紙は三三五〇円を貼用すればよい。

前記(二)の就学指定処分は個別の処分であるが、この処分は前記(一)の廃校処分を前提としたものであり、(一)の処分がなければ、(二)の処分はありえない。よつて、(二)の処分取消しは(一)の廃校処分取消請求の附帯の目的というべきであり、民事訴訟法二三条二項を準用して、訴訟物の価額に算入する必要はないと解する。

現に名古屋高裁金沢支部昭和五一年六月一八日判決の小学校廃止処分執行停止申立却下決定に対する抗告事件(判例時報八四二号)の原審の執行停止申立事件の本案事件(富山地方裁判所昭和五〇年(行ウ)第二号)については、本件と同種の事件であるが、原告が四九五名全員で三三五〇円を貼つただけであるが、追貼命令も訴状却下命令もなされていないことをみても、抗告人(原告)代理人の見解が正しいといえよう。

ところが原命令は、三五万円に原告の数を乗じて訴額を算定し、それに対する印紙を貼用すべきであるとの見解に基づき、補正命令を発しこれに従わなかつた者について訴状を却下した。しかし、右見解は正しくなく、従つて本件訴状却下命令は全面的に不服であるから、即時抗告に及んだ。

上申書

右当事者間の御庁昭和五四年(行ス)第四号事件について、抗告人永井孝江は本日、金三三五〇円の印紙を岐阜地方裁判所 昭和五四年(行ウ)第三号事件の訴状に貼用し、補正命令に従いました。よつて、抗告人永井孝江については、右補正をも理由に、右訴状の却下命令を取消されたく上申します。

抗告人目録<省略>

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