名古屋高等裁判所 昭和55年(う)148号 判決 1980年7月31日
主文
原判決中、被告人に関する部分を破棄する。
被告人に関する本件を岐阜地方裁判所に差し戻す。
理由
<前略>
右の点に関する弁護人の所論は、要するに、原審が、本件公訴事実を否認する被告人に対して、これを全面的に自白する原審相被告人山口孝の国選弁護人と同一の国選弁護人を附したうえ、両事件を併合審理して判決した点において、その訴訟手続に憲法三七条三項後段、刑事訴訟規則二九条二項に違反した違法がある、というに帰着する。
所論にかんがみ、記録を調査して検討するに、本件の原審の審判経過は以下のとおりである。すなわち、本件訴因は、被告人が、原審被告人山口孝と共謀のうえ、右山口と離婚した穴田朝枝に因縁をつけ、被告人において起訴状記載のごとき脅迫文書を申し向けて同女を脅迫し、よつて、同女から現金五万円を喝取したというのであり、右訴因により、被告人は、昭和五四年一二月一九日、また、原審相被告人山口孝は、昭和五五年一月二二日、いずれも岐阜地方裁判所高山支部に各別に起訴されたこと、原審裁判所は、右両名について、それぞれ国選弁護人として弁護士役田寛を選任して各別に審理したところ、被告人は、第一回公判期日の冒頭では、起訴状記載のとおりである旨述べたものの、結局、本件恐喝の犯意のみならず脅迫行為をも否認し、前記山口のやつたことに口を出しただけである旨弁解し、右弁護人は、右訴因中の脅迫文書の一部は、前記山口が言つたかもしれないが、被告人は言つていない旨主張し、他方、前記山口は、右訴因について、共犯関係を含めて全面的にこれを自白し、かつ有罪である旨陳述し、同人関係では、前記弁護人も同旨の陳述をなし、簡易公判手続で審理されるに至つたこと、原審裁判所は、第二回公判期日で、被害者穴田朝枝ほか一名の証人尋問を終えた後、被告人に関する本件に、右山口に関する同一の案件を併合して審理する旨決定し、併合審理の過程で、被告人らの被告人質問を行つたところ、被告人と右山口の各供述は、恐喝の犯意及び共謀の有無の点のみならず、被告人において前記脅迫文言全部を申し向けたか否かという実行行為の核心的部分で食い違い、最終的に、右山口は、被告人が起訴状記載のとおり申し向けて被害者穴田朝枝を脅迫したものであり、被告人の公判廷における弁解は間違いであると供述して全く被告人と対立することに至つたこと、しかるに、原審裁判所は、第二回公判期日以後も、従前どおり前記弁護人の選任を維持したまま併合審理を進めて結審し、前記訴因と同旨の恐喝の事実を認定して、被告人を懲役一〇月の実刑に、右山口を懲役一年、三年間刑執行猶予に各処したこと、以上の事実が認められる。
以上の本件訴因の内容、これに対する被告人の主張・弁解及び前記山口の陳述等並びに原審における前記弁護人の防禦活動の状況など、記録に現れた一切の事情に徴すると、本件において、同一の国選弁護人が、被告人及び前記山口双方の弁護人として、双方に対する弁護を相抵触することなく共に完全に遂行し、その任務を全うすることは著しく困難であつたと認められ、結局、本件は、刑事訴訟規則二九条二項により同一の弁護人に数人の弁護をさせることが許される場合である「被告人の利害が相反しないとき」に当らないものと解するのが相当である。したがつて、原審裁判所に利害の相反が判明した第二回公判期日以降も、被告人及び原審相被告人山口について、同一弁護人の弁護のもとに審理を進行して判決をした原審訴訟手続には、刑事訴訟規則二九条二項に違反する違法があるものといわざるを得ず、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決中、被告人に関する部分は、この点において破棄を免れない。弁護人の論旨は理由がある。
そこで、弁護人のその他の論旨に対する判断を省略し、刑事訴訟法三九七条一項、三七九条に則り、原判決中、被告人に関する部分を破棄したうえ、同法四〇〇条本文に従い、被告人に関する本件を岐阜地方裁判所に差し戻すこととして、主文のとおり判決する。
(海老原震一 服部正明 土川孝二)