名古屋高等裁判所 昭和55年(ネ)510号 判決 1981年10月14日
控訴人(原告)
松川春夫こと金炳春
ほか一名
被控訴人(被告)
安藤秀男こと朴秀男
ほか一名
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた判決
一 控訴人ら
1 原判決を取消す。
2 被控訴人らは各自、控訴人金炳春に対し金三七三万一八九八円、控訴人佐々木慶子に対し金三五八万一八九八円及び右各金員に対する昭和五四年二月七日から各支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
二 被控訴人ら
主文同旨。
第二当事者の主張及び証拠関係
次に付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
一 控訴人らの当審における主張補充
1 過失相殺について
(一) 本件事故現場は庭同然の通路であり、かかる場所に車を駐車した者には全面的な注意義務が負わせられるべきものであつて、これと対比し、この車に近寄らないよう注意を与えなかつたことをもつて過失と認定するのはあまりに過大な注意義務を親に負わせるものである。
(二) 従つて、控訴人佐々木が由美から眼を離してならない理由は全くなく、庭同然の場所で遊んでいる子供を終始監視せねばならない注意義務まで親に負わせるべきではない。なお、控訴人金はタクシー運転手をしていたので、控訴人らは日頃から由美に対し自動車についての注意は十分与えていたものであるし、控訴人佐々木が由美から眼を離したのはごくわずかなやむをえないというべき時間であつたから、過失という非難に値するものではない。
(三) また、過失割合の認定については、控訴人佐々木において終始由美を監視していたわけではないものの、被控訴人朴の過失の大きさと比較すれば、控訴人らの側において過失という程の非難に値する注意義務違反は存しない。少くとも、原判決認定の過失割合の判断は過酷というべきである。
2 慰謝料について
(一) 女児の死亡による慰謝料の算定に際しては、女子の逸失利益の算定において男子のそれと著しい格差のある現在の状態が将来も長期間継続することを前提としていることが妥当性を欠くものであり、また特に幼児の死亡による損害の算出に当り、男女の将来収入に格差を認めることは本来合理性に乏しいことが考慮されるべきである。しかして、二歳の男子の逸失利益は、昭和五三年度男子労働者一八歳から一九歳の平均給与額は一カ年金一三六万三八〇〇円であるから、これを根拠に算定すると金一一六〇万八三九二円となる。従つて、原判決認定の逸失利益額金一〇二四万三一〇〇円との差額金一三六万五二九二円は、本件慰謝料額を考えるについて、本来の額に加えられるべきものである。
(二) また、右(一)記載の点を考慮しないとしても、原判決認定の慰謝料額は低きに失する。
二 被控訴人らの反論
1 過失相殺について
本件路地には隣家の訴外川口も車を乗り入れており、本件事故前一年位前から控訴人佐々木が被控訴人長屋の内職仕事を受けるようになつて以来、被控訴人朴も右川口方前路上まで車を乗り入れているのである。そして、本件事故当日も、控訴人佐々木は、被控訴人朴がいつものように車を駐車したことを知つており、また由美が内職製品の箱を車まで運んでいることを知つていた。しかし、控訴人佐々木は、荷物の運び出しに気をとられたのか由美に格別の注意を与えてもいないし、その所在についても全く注意を払つた様子もない。以上のような事情があるから、原判決認定の過失割合は当然というべきである。
2 慰謝料について
(一) 男女の収入の格差を慰謝料によつて是正すべく増額を求める控訴人らの主張は、現在の損害賠償制度が現実の収入を失うことの填補をはかり、将来の逸失利益の算定もこれを基礎として合理的な推測をもつて算出されるべきものである以上、過大な要求というべきである。
(二) 原判決認定の慰謝料額は、昭和五四年に発生した幼児の死亡による慰謝料としては相当である。
三 証拠〔略〕
理由
一 当裁判所も控訴人らの本訴請求は失当と認めるものであつて、その理由は、左記のほか、原判決理由に説示のとおりであるから、これを引用する。
1 慰謝料について
控訴人らは、女児の逸失利益と男児の逸失利益との間に格差があることは合理性があるとはいえないから、慰謝料額でもつて右格差を補完すべきである旨主張する。しかしながら、逸失利益の損害賠償は被害者が将来得たであろう収入が補填せんとするものであるから、その算定当時における諸事情を基礎にできるだけ合理的に算出すべきである。従つて、男女間に不合理な要素による差別(例えば就労可能年数で不当に差別したり、同種同等の職種につきその収入に不当な差別を設けたりする等)を認めることは許されないが、現実の実態として統計上男女の収入に格差が認められ、右格差をもたらす要因が一概に不当なものとはいえないこと、右格差が将来縮少されるか否、又縮少されるとしてもその巾如何を現在合理的に推認しうる資料も存しないこと等に照らすと、右格差を無視して女児の逸失利益を算定することは、かえつて不合理な結果を招来するものであり首肯しがたいところである。それゆえ、慰謝料の額をもつて右男女格差を是正するのは、逆に慰謝料額の算定につき男女差を設けることになりかねないというべきであつて、いずれにせよ控訴人らの右主張は採用することができない。
2 過失相殺について
控訴人らは、本件につき被害者側に過失が存せず又は軽微であることの前提事情の一として、本件現場が庭同然の通路であつたと主張するが、しかし成立に争いのない乙第三号証及び控訴人ら主張どおりの写真であることに争いのない甲第三号証の一ないし七に照らしても、本件事故現場の通路は、控訴人宅等三軒長屋の庭とは一応区別された形状をなしており、これを庭同然とはいいえない。もとより、右通路は幅員が約二メートルと狭いうえに、控訴人宅等の庭とすぐつながつている危険な場所であるから、かかる通路に車を乗入れる者は、その発着に際し事故を起すことのないよう十分に注意すべき義務があることは勿論であり、被控訴人朴の本件事故発生についての過失が重大であることはいうまでもないが、しかしそれなるがゆえに被害者側の過失が全面的に免除されるものではないことも当然である。
そして、本件における被害者側の状況をみるに、事故当日、控訴人佐々木は、被控訴人朴が内職の出来上り製品の集荷のため何時ものように本件現場に車を駐車していたのを見て知つていたし、また由美が自分も手伝うと言つて製品一箱を車に運んだことも知つていたものである(成立に争いのない乙第五号証及び当審における控訴人佐々木慶子の本人尋問の結果)。従つて、控訴人佐々木としては、由美に対しむやみに車に近付いては危い旨を注意するとともに、由美の動静に対しても十分注意を払うべきであつたといわざるをえない。ところが、同人は、当日内職の製品が多かつたせいもあつてその引渡しにとかく気を奪われ、由美に対し右のような注意を与えることはおろか、その動静についてさえ注意を払つていなかつたものである(右本人尋問の結果)。このような事情であつてみれば、控訴人佐々木が由美から眼を離していたのはさほど長い時間ではなかつたにせよ、本件事故の発生については、控訴人佐々木にも監督義務者としての落度があつたといわざるをえないものである。そして、本件事故発生の態様、双方の過失内容等を勘案し、衡平の見地からこれをみると、その過失割合は、前記引用にかかる原判決判示のとおり、加害者側において八割、被害者側において二割と認めるのが相当であつて、控訴人らの本主張も採用することができない。
二 よつて、控訴人らの本訴請求を棄却した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 小谷卓男 浅野達男 寺本栄一)