名古屋高等裁判所 昭和57年(ネ)308号 判決 1984年10月25日
昭和五七年(ネ)第二八八号控訴人
(附帯被控訴人)
電気興業株式会社
右代表者
石原治
右訴訟代理人
柏木博
岩瀬外嗣雄
蜂谷英夫
野々村久雄
同第三〇八号控訴人(附帯被控訴人)
国
右代表者法務大臣
住栄作
右訴訟代理人
片山欽司
外七名
被控訴人
(附帯控訴人)
宇都昌信
被控訴人
(附帯控訴人)
宇都洋子
右両名訴訟代理人
大脇保彦
二村豊則
河内尚明
長縄薫
主文
一 原判決中控訴人(附帯被控訴人)ら敗訴部分を取消す。
二 被控訴人(附帯控訴人)らの請求を棄却する。
三 被控訴人(附帯控訴人)らの附帯控訴を棄却する。
四 訴訟費用は第一、二審を通じ被控訴人(附帯控訴人)らの負担とする。
事実《省略》
理由
一本件死亡事故の発生、依佐美送信所の施設の概要とその管理、本件鉄塔及びこれに関連する外、内柵等の施設や危険標示等に関する当裁判所の認定は以下に付加、訂正、削除するほか、原判決理由中の認定説示部分(原判決二三枚目表二行目から同三〇枚目表三行目まで)と同一であるから、これを引用する。
1 原判決二三枚目裏二行目の「認められ」の次に「(同人が同時刻ころ感電したことは、被控訴人らと控訴会社との間で争いがない。)」を加える。
2 同二四枚目裏五行目の「丙第一号証」の次に「、成立に争いのない丙第五号証」を、同七行目の「存在し」の次に「国鉄東刈谷駅から西方に約二キロメートルの地点にあつて」を、同九行目の「しており」の次に「(本件鉄塔から一キロメートルぐらいの距離の範囲内に、相当数の民家があり、中学校、幼稚園もある。)」を、それぞれ加え、同一〇行目の「存在する」を「存在し、本件鉄塔のすぐ脇の道路は通学路としても使用されている」と改める。
3 原判決二五枚目表九行目の「によつて」から同一〇行目の「ある)」までを「されているため人体が接触しても危険はほとんどない。」と改め、同裏九行目の「者」を削る。
4 同二八枚目表三行目の「センチメートル」の次に「幅で少し」を、同二行目の「内柵」の次に「は訴外秀樹が接触したレインスカート部分からは約4.3メートルの距離にあり、その」を、それぞれ加える。
5 同二九枚目表七行目の「証人」の前に「原審」を、「秀雄」の次に「、当審証人山田隆平」を、同一〇行目の「ない。」の次に「(なお、控訴人らは、内柵入口扉の鉄枠と忍び返し下段有刺鉄線との間の空隙が二七センチメートルあつたことを否定するが、前記丙第一号証によれば、訴外秀樹の死体が発見された昭和五一年一月一日、刈谷警察署の警察官が現場の実況見分をした際、二条の有刺鉄線間や、下段有刺鉄線と金網上部鉄枠との距離を実地に測定見分して、右が二七センチメートルであることを確認したことが明らかであるので、これを否定することは到底できない。)」を、それぞれ加える。
二そこで、前記認定事実に基づいて、本件鉄塔の設置又は保存・管理に瑕疵があつたか否かについて判断する。
日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う民事特別法二条にいう土地の工作物その他の物件の設置又は管理の「瑕疵」あるいは民法七一七条一項の土地の工作物の設置又は保存の「瑕疵」とは、国家賠償法二条にいう公の営造物の設置又は管理の「瑕疵」と同様、土地の工作物等が通常有すべき安全性を欠いていることをいい(最高裁判所昭和四二年(オ)第九二一号同四五年八月二〇日第一小法廷判決、民集二四巻九号一二六八頁参照)、瑕疵があつたとみられるかどうかは、当該営造物の構造、用法、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的個別的に判断すべきもの(最高裁判所昭和五三年(オ)第七六号同五三年七月四日第三小法廷判決、民集三二巻五号八〇九頁参照)であるから、その外、内柵や設置された危険標示をも含め本件鉄塔施設に瑕疵が存したか否かについては右の法理に照らし具体的に検討して決すべきものである。
1 本件鉄塔は、いわば一触即死ともいうべき危険性の高いものであるのに、田園地帯とはいえ、一キロメートルぐらいの距離の範囲内に相当数の民家が存し、かつ、そのすぐ脇を通学路としても使用されている道路が通じているような場所に存在し、また、依佐美送信所の敷地内には合計八基の鉄塔が存し、これら鉄塔を支えるための吊架線の基盤が各所に存する(訴外秀樹の祖父正雄方の近くにも設置)が、危険はほとんどないこの基部についても高さ約1.8メートルの鉄網が張られ、本件鉄塔の外、内柵に付された危険標示と同様の標示が付されていたこと及び鉄塔の危険性について特段の周知広報はされていないことなどの点からすると、本件鉄塔は、それ自体、常に、高度に危険なものとして認識されていたとは必ずしも断定し難いものがある。
しかし、本件鉄塔は、基部が括れ、そこから巨大な柱状に約二五〇メートルも立ち上つているという、普通の高圧電線支柱とは形状が著しく異なつていることが一見して明らかであるし、本件鉄塔には二重の柵が設置され、その外柵は(もつとも、この外柵については、その柵高の不十分さと、張り巡らせた有刺鉄線の間隙が粗であることから、訴外秀樹程度の子供がその内部に容易に立入ることができる粗末なものではあるが)、鉄塔敷地をその囲繞地から区画し、柵内への立入りを禁止する意思を明瞭に表示したものであり、その内柵は、一辺の長さが7.2メートルの正六角形で、2.4メートル間隔に鉄柱が立てられ、高さ1.77メートル以上の金網が張られ、更にその上に外側に三四センチメートル、上方に一八センチメートルの傾きで忍び返しが付けられ、これに二条の有刺鉄線が張られ、内柵の存在自体により、本件鉄塔の危険性と、部外者が外部から内柵へ接近することを拒否することを明示しており、また、実際にも、金網上端部まではよじ登ることはできても、これを乗り越えることは身軽な子供の行動をもつてしても著しい難事であることは容易に認められるのである。
2 他方、本件鉄塔の近くには、子供の遊び場又はこれに類するような場所はないことが<証拠>により認められる。そして<証拠>によると、訴外秀樹は姉妹とともに昭和五〇年一二月二十七、八日ころ、住所の神戸市から刈谷市野田町新上納刈谷市営住宅の祖父宇都正雄方へ遊びに来ていたものであるが、同人は訴外秀樹に対し、無線の柵内へ入ると危険である旨注意していたことが認められる。
3 前掲各証拠によると、訴外秀樹は事故当日の昼頃、叔父の修より叱責されたことがあり、ために正雄方を家出したが、その後ほどなくして前認定のとおり本件鉄塔で感電死したことが認められる。ところで、本件全証拠によつても訴外秀樹がどのようにして内柵内に入つたかは必ずしも明らかでない。すなわち、前認定のとおり内柵入口扉の鉄枠上部上には金網の末端部が突出してなく、かつ、右鉄枠と忍び返し下段有刺鉄線との間には二七センチメートルの空隙があったのであるが、体躯未だ十分に成長していない身軽な子供が右二七センチメートルの空隙部を擦抜けて内柵内に立入ることの難度は、内柵の他部分を突破することに比すれば、やや低いことは十分考えられるけれども、右二七センチメートルの空隙は、警察官らの実況見分の結果判明したもので、内柵外から相当程度の注意を払つて忍び返し部を観察したとしても、必ずしも容易に発見できるものではないことは<証拠>からも明らかであり、しかも訴外秀樹が右内柵扉上部を擦抜けて内柵内に入つたような形跡は全く認められないのであつて、結局同人がなんの目的で、どのような方法により、どの経路で内柵内に立入つたのかは明確にできないのである。そして、<証拠>によると、鉄塔の接触事故は、前認定のように控訴会社従業員による業務上の立入り、窃盗等の目的で侵入したことにより発生した事故が合計三件あつたが、子供らが、単なる好奇心や、誤つて鉄塔内柵内に入つた遊び道具の回収その他何らかの目的のために本件鉄塔を含む八基の鉄塔内柵内に立入つた事実は、過去(右八基の鉄塔内柵を前認定の忍び返し付金網のものにしたのは昭和四四年末ころであることが前示証人鴨秀雄の証言によつて認められる。)に一度もなかつたことが認められる。
三以上を総合して判断すれば、本件鉄塔の外、内柵は、その材質、高さその他その構造に照らし、部外者の立入りによる事故防止のため必要とされる設備として安全性に欠ける点はないものというべく、その立入りにつき著しい困難をも排してその内柵を乗越え、鉄塔本体の非絶縁部に接触する子供があるということは控訴人らの管理責任者において通常予測することのできないことであつて、結局訴外秀樹の本件感電死事故は、通常では予測することのできない同人の異常な行動に起因するものと評さざるを得ず、本件鉄塔及びその関係防護施設の設置・管理に瑕疵があつたものとはいえない。
四そうすると、本件鉄塔の設置・管理に瑕疵があることを理由とする被控訴人らの請求は理由がないから、失当として棄却を免れず、右と結論を異にする原判決は不当であるから控訴人らの控訴により原判決中控訴人ら敗訴部分を取消して被控訴人らの請求を棄却し、本件附帯控訴は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。
(可知鴻平 石川哲男 鷲岡康雄)