名古屋高等裁判所 昭和57年(ネ)498号 判決 1984年7月17日
控訴人
名阪観光株式会社
右代表者
古村保
右訴訟代理人
相澤登喜男
高橋正蔵
奥村枚軌
浦部康資
控訴人
森本正彦
右訴訟代理人
寺澤弘
正村俊記
吉見秀文
被控訴人
新井勇
右訴訟代理人
井上哲夫
主文
本件控訴を棄却する。
訴訟費用は控訴人らの負担とする。
事実《省略》
理由
一請求原因第一項の事実(本件事故の発生)は被控訴人と控訴会社の間では争いがなく、控訴人森本との間では同控訴人の打球が直接被控訴人に当つたか否かの点を除き争いがない。
二<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。
1 西八番ホールは、西から東に向かつている下り勾配になつていてティ・グラウンドとグリーンの間にはティ・グラウンドの前方(東方向)約一五〇メートル先、コース北寄りに位置してバンカーがあり、右バンカー東側(グリーン寄り)が南北約一一メートルにわたつて小高い土手になつているため、ティ・グラウンドからみて右土手の東側、グリーンまでがブラインドになつているが、右部分を除くとティ・グラウンドから前方への見通しはよい。
2 控訴人森本は、事故当日、鈴鹿カントリークラブの会員である榊原寛と榊原敬三、鈴木秀一及び同クラブ所属のキャディである山田清子を加えた五人でゴルフ場西コースを廻り、西八番ホールまで来たが、一行が同ホールに到達した頃には、被控訴人を含む先行の組の者が前記バンカー付近等に見えていたため、キャディの山田は同ホールにおける最初の競技者である控訴人森本に対して「もう少し待つてください」と告げ、同控訴人らは、約五分間、ティ・グラウンド近くで待機した。
3 控訴人森本は、前方の人影が見えなくなつたため、ティ・グラウンド上の同控訴人の右手後方に立つていたキャディの山田に対して「もういいかね」と声をかけ、同女から「どうぞ」といわれてティ・グラウンドからの第一打を打つたところ、打球は前記バンカーを越えてバンカーの東側約三〇メートル(ティ・グラウンドから約一八〇メートル)先の前記ブラインド内に居た被控訴人の背中に直接当たつた(控訴人森本の打球が直接被控訴人に当たつた点は控訴会社との間に争いはない。)。
4 被控訴人は、事故当日、新開哲美、中牟田薫、竹崎宜男の四名と共にキャディ大沢とし子を伴つて控訴人森本らの組に先行して西八番ホールで競技をしていたのであるが、同ホールにおける第一打の打球は、被控訴人のものが前記バンカーを越えていちばん遠くまで(約一八〇メートル先)飛んだのに対し、竹崎の打球は最も短くコース南側部分に位置するバンカー付近、中牟田の打球はコース北側にある前記バンカー北側の斜面、新開の打球は同バンカーの南東方向やや先のフェアウェイまでであり、飛距離の短い方から第二打を打とうとしたが、当時はまだ前方のグリーン上で先行の他の組が競技をしていたため、被控訴人らの組の者はグリーンが空くまで第二打を待つこととなつた。
5 被控訴人らの組は、グリーンが空いた後、まず竹崎が第二打を打ち、次いで、新開、中牟田が打つて新開、中牟田の二人は被控訴人の背後に来てその第二打を待ち、被控訴人において打球を済ませて前方に移動を開始しようとした時に、控訴人森本の打球を背中に受けた。
6 控訴人森本は、先行の競技者が全部で四名であることはすでに気付いており、西八番ホールにおいて右のうち二名の者が前記コース北寄りのバンカー付近に居たことを見て同ホールにおける第一打を控えていたものの、右二名が第二打を終えて視界から消えた直後、ティ・グラウンド上に居たキャディの山田と前記のとおりのやりとりをしただけで打球に及んだ。
7 西八番ホールのティ・グラウンドからグリーンに向けての見通しは前記1のとおりであるが、ティ・グラウンドから右手(南方向)の方に離れると次第に前記バンカーの土手の背後が見通せるようになり、さらに進んでティ・グラウンドの右斜め前方(南東方向)約六〇メートルまで来れば土手の背後の前記ブラインド部分はすべて見通すことができ、現在は、右地点に金網で囲われた監視小屋が設置されている。
以上の事実が認められ、右認定に反する<証拠判断略>は、いずれも採用し難く、他に右認定を動かすに足りる証拠はない。
三以上の事実によれば、西八番ホールには、ティ・グラウンドからの打球が届く範囲内に前記のようなブラインド部分があるため、競技者は第一打を打つに際しては、右ブラインド部分の球の届く範囲内に先行の競技者が居ないことを確認したうえで打球を開始すべき注意義務があるというべきところ、控訴人森本は、先行の競技者四名(キャディを含めれば五名)のうち二名が第二打を終えてブラインド部分に姿を消したにすぎず、まだブラインド部分に第二打を済ませていない競技者が居ることが十分に予想できる状態にあつたのに、自らティ・グラウンドを離れて土手の背後にあるブラインド部分を見通すか、あるいはキャディに右行動をさせて安全を確認させることをせず、あるいはブラインド部分に居る競技者が第二打を済ませて安全な地域に立ち去るに十分な時間的余裕をみることもなく、単にティ・グラウンド上に立つていただけで右安全確認措置をとつていないことが明らかなキャディの山田に形だけの同意を求めてティ・グラウンドからの第一打を打つた過失があるというべく、右過失によつて本件事故を生ぜしめたことが明らかであるから、民法七〇九条による責任を免れない。
また、キャディである山田は、ゴルフ場における競技者を援助する立場にあるとともにゴルフ場経営者の従業員として、競技者に危険を生ずるおそれがある競技が行われようとしている場合には、未然にこれを防止し、競技者の安全を保持すべき注意義務があるというべきところ、西八番ホールが、前記のとおりティ・グラウンドからの打球が届く範囲内にブラインドがある地形になつていて、本件の場合のように、先行の競技者の一部の者が第二打を済ませて右ブラインド内に姿を消したとしても、なお第二打を済ませていない他の競技者がブラインド部分に残つて居ることが十分予想できる場合において、後続の競技者の第一打開始の可否につき意見を求められたときは、自ら前記のとおりティ・グラウンドを離れて土手の背後に居る先行競技者の動静を確認するか(当審証人<略>の供述によれば、当日、同証人、被控訴人らの組に付き添つていたキャディは、西八番ホールからの第一打に際して、ティ・グラウンドを離れて前方の安全を確認したうえ、「もういいですよ」と言つて打球の開始に同意した事実が認められる。)、あるいは先行の競技者全員が第二打を済ませて安全な地域まで立去るに必要なだけの時間の余裕をみたうえで同意を与えるべきであるのに、自らは単にティ・グラウンド上に立つただけで右安全の確認をせず、時間的余裕をとることもなく同意して控訴人森本に打球をさせた点に過失があるというべきであり、右過失によつて本件事故が生じたことが明らかであるから、その使用者である控訴会社は、民法七一五条に基づく責任を免れない。
右の次第であるから、日本ゴルフ協会の規則に従えばキャディは競技者の援助者にすぎず、その安全確認等の義務を負うものではないとする控訴会社の主張及びこれにそう当審証人<略>の供述は、これを採用することができない。
四そこで、被控訴人に生じた損害の点について検討するに、<証拠>を総合すると、被控訴人は控訴人森本の打球を受けて第四腰椎棘突起骨折の傷害を負い、四日市中央病院に昭和五三年七月一日から同五四年四月三〇日までの三〇四日間に合計一八四日通院して治療を受けたこと(治療経過につき被控訴人と控訴会社間に争いはない。)、しかしながら右治療期間中である昭和五三年九月一九日から再びゴルフを始め、右治療期間中に少なくとも一四回はゴルフ競技をしたこと、右期間中におけるゴルフ競技が症状にとつて好ましいものではなく、治療の長期化の原因となつたものといえるなどの事実が認められる。
そして、右傷害による損害額は、次のとおり評価するのが相当である。
1 通院交通費
<証拠>によれば、被控訴人自身又はその妻が運転する自動車によつて通院した事実が認められるが、それに要した費用若しくは通常の交通機関利用の費用がその主張の額であつたと認めるに足りる証拠はなく、積極損害として通院交通費の損害を認めることはできないというべきである。しかしながら、右通院の事実及び被控訴人の前記ゴルフ再開による治療期間長期化の事実も考慮して、後記慰藉料において右損害を斟酌することとする。
2 逸失利益
<証拠>によれば、被控訴人は、建設業を目的とする株式会社岩田産業の代表取締役として、営業及び会社業務の統括の仕事に携わり、月額六〇万円の報酬を受けていたこと、本件傷害のため、当初の一か月はギプスベッドで安静にしていることが多く、その後の約一か月はコルセットを付けるなどしたため、業務の遂行に多大の支障を来たし、事故後の決算期にその主張のような赤字を計上するに至つたこと(その前後の決算期には利益を計上している。)、しかしながら、その間、引続き毎月六〇万円の報酬の支払いは受けていたことが認められる。
そうすると、逸失利益として主張のとおりの数額の損害を被つたものとは認め難いが、前記傷害のため被控訴人自身業務遂行につき支障を来たして十分の稼働ができなかつたことが明らかであるから、右事情及び治療期間中にゴルフを再開したことによる治療期間長期化の事実等を考慮して、右損害につき、後記慰藉料において斟酌することとする。
3 慰藉料
受傷の部位、程度、治療経過その他前記の諸事情を含めた一切の事情を考慮すると、慰藉料としては、一六三万円が相当というべきである。
4 弁護士費用
本件事案の難易、請求額、認容額その他本件に現れた一切の事情を考慮すると、賠償額としては、一五万円が相当というべきである。
五以上の次第であるから、被控訴人の本訴請求は、控訴人ら各自に対し、以上損害額合計一七八万円およびその請求に従つて弁護士費用を除いた内金一六三万円に対する訴状送達の翌日である昭和五五年一〇月一八日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があり、その余は失当として棄却すべきところ、これと結論を同じくする原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(可知鴻平 石川哲男 鷺岡康雄)