名古屋高等裁判所 昭和59年(う)195号 判決 1985年12月04日
本籍
名古屋市西区児玉町一丁目六番地
住居
同西区城西四丁目二八番三号
会社役員
松永尚市
昭和四年八月二一日
右の者に対する所得税法違反被告事件について、名古屋地方裁判所が昭和五九年四月二五日言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立があったので、当裁判所は、検察官平田定男出席のうえ審理をして、次のとおり判決する。
主文
本件控訴を棄却する。
当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人竹下重人、同浅井得次が共同で作成した控訴趣意書及び弁護人浅井得次が作成した控訴趣意の補充書に、これに対する答弁は、検察官鈴木芳一が作成した答弁書にそれぞれ記載されているとおりであるから、これを引用する。
控訴趣意(同補充を含む。)のうち、事実誤認の主張について所論は、要するに、原判決は、被告人の逋脱行為として、昭和四九年分の実際の所得金額が六、三八〇万二、八四七円でこれに対する所得税額が三、二二四万四、一〇〇円であったのに、所得の一部を秘匿したうえ、虚偽過少の所得税確定申告書を提出して正規の所得税額と申告税額との差額二、〇〇一万六、〇〇〇円を免れた旨(原判示第一)を、また、昭和五〇年分の実際の所得金額が八、五二〇万五、二〇一円でこれに対する所得税額が三、八六五万九、二〇〇円であったのに、所得の一部を秘匿したうえ、虚偽過少の所得税確定申告書を提出して正規の所得税額と申告税額との差額三、一七四万九、四〇〇円を免れた旨(原判示第二)をそれぞれ認定しているけれども、以上の各認定は、その各種所得の金額の計算上、算入することができないものを算入したり控除しなければならないものを控除しないとしたりしている点(控訴趣意第二の二、三で指摘する諸点)で事実の誤認があるほか、被告人にはそもそも逋脱の意思など全くなかったのに、その意思があったと認定し、また、所得の秘匿方法についても、被告人が原判示の「貸付金を簿外にする等の方法」(昭和四九年分)や「簿外定期預金を設定する等の方法」(昭和五〇年分)をとったことを明らかにする証拠はなんら存在していないのにこれらを積極に認定した点でも事実の誤認がある(なお本件は、財産増減法による検証が必要な場合であったのに、原判決は、検察官の損益計算法のみによる立証で足りるとする誤りも犯している。)ので、とうてい破棄は免れないというのである。
所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して検討するに、原審で取り調べられた関係各証拠によると、所論の点を含め原判示第一、第二の各事実(冒頭の事実を含む。)を優に肯認することができる。被告人の原審公判延における供述を含め原審で取り調べられた各証拠のうち、所論に沿いこの認定に抵触する部分は措信することができず、当審における事実取調べの結果によっても、この認定は左右されない。以下、所論ごとに主要な点について補足説明をするが、この検討においては、次の略語例による。
すなわち、原審で取り調べられた関係各証拠によると、被告人は、いくつかの個人事業又は会社の経営に関与していたところ、このうち被告人が始めた個人事業である「コクリヤ技研」(パチンコ玉自動補給装置の製造販売業)は、昭和四八年三月ころの開業にかかる事業であり、昭和五〇年からは「マツナガ機工」と改称している(更に昭和五一年一月以降は「マツナガ機工株式会社」という商号の株式会社とし被告人がその代表取締役となっている)けれども、本件で問題となる昭和四九年分、同五〇年分の各所得の算定上は、これが「コクリヤ技研」の名称で営業をした期間を含め単に「マツナガ機工」と略称し、同じく被告人の個人事業である原判示のパチンコ店「ナショナル会館」(ビリヤード「五番館」、サウナ「五番館」併設)は単に「ナショナル会館」と略称し会社の名称については、その使用が、一回目のときは正式な名称で記述し、二回目以降のときは適宜な方法で省略することとし、とくに必要な場合を除き、それが会社であることの記載を省略して記述する。以上のほか、証拠につづく括弧内の記載は、その請求者、原審証拠等関係カード記載の甲号証・乙号証の区別及び請求番号などを簡潔に示すものである。
1 昭和四九年分の事業所得のうち、マツナガ機工のパチンコ玉自動補給装置一式(のちに株式会社ニューキグに移譲されたもの)の売上額について
所論は、本件では右売上額を認定する直接証拠が存在せず、これを間接証拠によって合理的で納得しうる方法、すなわち、他の売却先に対する売上代金及び製品の原価などとの対比により認定するときは、原判示の一、一二〇万円ではなく、五五〇万円になるというのである。
まず原審で取調べられた関係各証拠によると、マツナガ機工(被告人)は、昭和四九年七月新進観光開発株式会社(この実質上の経営者は被告人)に所論の補給装置一式(後出の決算関係書類にいわゆる「オートメーション機」)を販売し、更に同年一二月ころこれが同会社から株式会社ニューキング(同年一一月設立にかかる会社で、この実質上の経営者も被告人)に移譲されているところ、なるほど、本件でマツナガ機工の右取引に関する見積書、請求書などが存在していないことは所論のとおりであるけれども、前記各証拠、とくに買い受け側の右各会社の決算関係書類の各綴(検甲178、179)や固定資産台帳一冊(検甲180)などによると、新進観光開発又はニューキングの公表帳簿上には、右装置一式の取得価格が一、一二〇万円として計上されており、また、この取得価格に基づき適正な減価償却などもなされているのであって、マツナガ機工の新進観光開発に対する販売代金(売上額)が一、一二〇万円であったことは、肯認するに十分である(なお、以上によると、原判決が、「弁護人の主張に対する判断」欄の一の2で右装置一式についてマツナガ機工から直接ニューキングに販売されたように説示する点は、正確を欠いているけれども、このことは、被告人の事業所得の算定上にはなんら影響しないというべきである。)。そしてこの代金額(売上額)が、他の売却先に比して設置台数当たりの単価がいくらか高くなっていたとしても、前記各証拠に徴し、被告人がマツナガ機工はもちろんのこと新進観光開発又はニューキングにおいても実質上経営者の立場にあり、前記取引に際しても、自己の思いどおりの条件で契約を結ぶことができる状況下で右代金額による契約をし、かつ、買い受け側の右各会社の公表帳簿上にも前叙の処理がなされている(被告人は、このように右契約により関連会社に一、一二〇万円の債権を発生させながら、その後これを取り消した形跡もない。)ことなどに照らすと、この取引も被告人の事業経営者としての合理的判断(経理上又は資金繰り上などの点でメリットがあるという判断)に基づくものと推認せざるをえない。そうすると、本件では、以上説示の特別の事情を考慮することなく、所論のように単に他の売却先その他との対比により代金額を認定したり、又はこの見地から右認定の代金額の当否を論じたりするのはそもそも相当でないのであり、そしてまた、右の特別の事情をも考慮するときは、右代金額が他の売却先に比して単価がいくらか高くなっていたとしても、なんら不合理とはいえないのである。証人朴元株及び被告人の原審公判廷における各供述などのうち、以上の認定に抵触する部分は措信することができず、当審における事実取調べの結果によってもこの判断は左右されない。
2 昭和四九年分及び同五〇年分のうち、ニューキングからの給与所得について
所論は、原判決が、右給与所得について、被告人がニューキングから、昭和四九年分として、四六万五、〇〇〇円を、同五〇年分として一、四九四万五、八五九円をそれぞれ受領していた旨を認定したのは、いずれも事実を誤認したものであるというのである。
しかし、所論にかんがみ検討してみても、原審で取り調べられた関係各証拠によると、原判決のこの点に関する認定に誤りはなく、また、原判決が、「弁護人の主張に対する判断」欄の一の1で説示するところも、右各証拠に徴し正当として是認することができる。すなわち、まず所論は、堀内利是(検甲171)及び神谷利夫(同145)の検察官に対する各供述調書の信憑力を争うけれども、記録に徴し、その各供述内容は、いずれもごく自然であり客観的資料ともよく符合していて、大筋では十分措信しうるものというべきところ、これら及び関係資料(検甲118から125まで)を含む原審で取り調べられた関係各証拠によると、なるほど、ニューキングの代表取締役は近藤弘であった(被告人は、役員としても名を連ねていなかった。)けれども、それは形式にすぎず、被告人が、ニューキングの大株主であり当初から実質上の経営者であったことは明らかであるところ、被告人は、ニューキングの経理を担当していた堀内利是(同人は、ナショナル会館の経理担当者であったが、当時ニューキングの経理にも関与していた。)に対し、「ニューキングの売り上げから毎日五万円抜いて渡すよう」との指示をしたこと、堀内は、被告人の右指示に基づき、昭和四九年一二月七日から昭和五〇年三月七日までの間は、営業日ごとにその日の売上金から原則として五万円ずつを抜いて除外し(売上日報は二通を作成し、一通は実際の売上額を記帳し、他の一通は右除外分を控除した売上額を記帳したうえ、後者を公表用にした。)、この除外金を自己(堀内)が昭和四九年一二月一一日付で北伊勢信用金庫中部支店に開設した梶原和豊(仮名)名義の普通預金口座にいったん預け入れたうえ、被告人来訪の都度これを引き出して被告人に手渡していたこと、後任の神谷利夫も、堀内から「毎日の売り上げから五万円ずつを抜いて別にしておき、被告人が来たら渡すように」との引き継ぎを受けてこれに従い、昭和五〇年三月八日から営業日ごとに売上金から五万円ずつを除外し(公表用の売上日報には右除外分を控除した売上額を記帳した。)、堀内がニューキングの経理に関与していた同年四月一七日までの間は、この除外金を堀内に渡し、同人において前同様前記の梶原和豊名義の口座に預け入れたうえ、被告人来訪の都度これを引き出して被告人に手渡していたこと、次いで神谷は、堀内がニューキングの経理から手を引いた(なお、右梶原和豊名義の口座も同月一七日付で解約された。)のちである同月一八日から翌昭和五一年二月二六日までの間は、営業日ごとに売上金から五万円を除外したうえ自らが現金のままで保管し、これを被告人来訪の都度被告人に手渡していたことがそれぞれ認められる。証人神谷利夫の原審受命裁判官に対する供述並びに被告人の原審公判廷における供述などのうち、所論に沿い以上の認定に抵触する部分は措信することができず、当審における事実取調べの結果によってもこの認定は左右されない。
なお所論にかんがみ、当審における事実取調べの結果のうち証人近藤弘(ニューキングの代表取締役)の供述と弁護人が提出した北伊勢信用金庫中部支店(阿倉川支店代行)作成の回答書などの信憑力ないし証拠価値について更に補足説明をする。
証人近藤弘は、当審公判延(第四回及び第九回)において、「私の父近藤秀逸が有していたパチンコ店営業に関する既得権ともいうべき権利を私が譲り受け、更にこれをニューキングに一、三〇〇万円で譲り渡した。この代金のうち三〇〇万円は、公表収入として被告人が経営するナショナル会館から受け取り、残りの一、〇〇〇万円や私がニューキングのため立替えた暴力団との示談解決金その他の金員は、被告人の了解のもとにニューキングのB勘定(複数の口座)から回収した。昭和五〇年六月三〇日に開設し翌五一年一月二四日解約された北伊勢信用金庫阿倉川支店の中西幸一名義の仮名預金口座はその一部であり、この口座は、私が開設し管理していたもので、これにはニューキングの売り上げから一日大体五万円を抜いて預金したが、売り上げの多い日は一〇万円を抜いて預金していたかと思う」旨の供述をし、弁護人も右供述を裏付ける資料として前記の回答書(中西幸一名義の口座の存在、内容を回答するもの)などを提出しているけれども、記録及び原審で取り調べられた関係各証拠によると、近藤の供述する同人(又はその父)からニューキングに対するパチンコ店営業の権利(既得権)の譲渡に関する契約書、念書などの存在が全く確認されていないこと、ニューキングの売上除外金のうち、前記のとおり堀内利是が関与した昭和四九年一二月七日から昭和五〇年四月一七日までの分については、北伊勢信用庫中部支部の梶原和豊名義の口座による裏付けが、また、神谷利夫がした昭和五一年二月二七日以降の分については、三重銀行本店(又は同銀行近鉄四日市駅前支店)の北川三郎名義の口座による裏付けがそれぞれあり、右各口座による裏付けのない期間(前記の認定によれば、神谷利夫が現金で保管する扱いをした期間)は昭和五〇年四月一八日から昭和五一年二月二六日までであり、この期間中にも営業日ごとに毎日売上金の除外があったというのに、近藤の供述する中西幸一名義の口座は、昭和五〇年六月三〇日から昭和五一年一月二四日までのものであって、期間的に必ずしも符合していないし近藤の供述する他の裏口座(右中西幸一名義以外の口座)の存在も確認されていないこと、前記の梶原和豊及び北川三郎名義の各口座(前者)の出入金の状況と中西幸一名義の口座(後者)の出入金の状況とを対比検討すると、後者は前者のいずれとも態様を異にするものであり、また、後者が一日当たり五万円(ときとして一〇万円)という割合による預け入れから成るものでないことも明らかであり、以上の状況に加え、被告人はニューキングの実質上の経営者であって、ニューキングの売上除外金のうち前記の各口座(梶原和豊名義と北川三郎名義)による裏付けがある期間中の受領状況や関係各証拠によって認められるナショナル会館の売上金除外とその受領との状況などからみても、被告人が、ニューキングの名目上の代表者にすぎない近藤に同人が供述するような形でニューキングの売上除外金の管理ないし取得を許したとは考え難い(なお近藤は、自らも会社組織で別にパチンコ店やレストランを経営しており、同人自身も金融機関に取引口座をもっていたと考えられる。)こと、その他近藤の供述自体にあいまいな点や不自然な点があることなどを参酌して考察すると、前記の中西幸一名義の口座は、近藤弘と関係があるにしても、ニューキングないし同会社の売上除外金の預け入れとは直接関係のない口座と推認せざるをえないものであり、それ故、近藤の前記供述のうち所論に沿い前記の認定に抵触する部分も措信することができない。
そうして、前記認定の事実によると、被告人が、昭和四九年、同五〇年の両年において前叙のとおりニューキングの経理担当者から同会社の売上除外金を受領していたことは否定できないところ、これに更に原審で取り調べられた関係各証拠を加えてその給与所得額を算出すると、原判示のとおり、昭和四九年分は四六万五、〇〇〇円となり(この計算関係については原審第三分冊294丁など参照)、昭和五〇年分は一、四九四万五、八五九円となる(この計算関係については同第三分冊295丁など参照)ことが明らかである。
3 昭和五〇年分の事業所得のうち、マツナガ機工の株式会社スポートセンタービルに対する売り上げ中、回収不能となった一、六三〇万六、〇〇〇円について
所論は、原判決が、右回収不能となった部分を含めその売上額を昭和五〇年分の事業所得中に計上し、右の貸倒損は、昭和五一年中に確定したもので、昭和五〇年分の必要経費にならない旨認定したのは事実を誤認したもの、すなわち、右スポートセンタービルに対する売り上げは、欠陥商品であったため当初から請求権がなかったというのである。
しかし、原審で取り調べられた関係各証拠(とくに検甲16、17、25、177、弁22から26まで)によると、マツナガ機工(被告人)は、昭和五〇年三月札幌市所在の株式会社スポートセンタービルに対し、パチンコ玉自動補給装置一式を、代金二、六三〇万六、〇〇〇円(ただし、最終の取引価額)とし、その支払方法は三回払いとして最終の支払は工事完了時とするという約束で販売し、同年七月右据え付工事を完成したところ、右スポートセンタービルは右代金の一部を支払ったのみで、その余の残代金一、六三〇万六、〇〇〇円は右装置にはコンピューター装置がうまく作動しないなどの欠陥があるという口実の下にその支払を拒んだこと、そこでマツナガ機工は、右スポートセンタービルに対し、同年七月右残代金の支払を催告したが、先方がその支払に応じないため、被告人は、弁護士に委任して昭和五一年名古屋地方裁判所にスポートセンタービルを相手に右残代金の支払を求める民事訴訟を提起し、同年一〇月六日勝訴判決を得(同月二六日確定)、同年一二月二三日強制執行の手続をとったが、債務者が居所不明のため執行不能に終わったことがそれぞれ認められ、被告人の原審公判延における供述のうち、所論に沿い以上の認定に抵触する部分は措信することができず、当審における事実取調べの結果によってもこの認定は左右されない。
以上認定の事実によると、マツナガ機工のスポートセンタービルに対する前記の債権は、所論の残代金を含め少なくとも昭和五〇年中には法律上行使できる権利として発生し存在した(なお、右売り上げが所論主張のような当初から請求権のなかった場合でないことは多言を要しない。)ところ、昭和五一年に至り右残代金の回収のできないことが明らかになったというべきであるから、この貸倒損が、同年分としては格別、昭和五〇年分の必要経費にならないことは明らかである。
4 昭和四九年分及び同五〇年分における各支出について
所論は、原判決が、昭和四九年及び同五〇年におけるナショナル会館、マツナガ機工及び本町苑の経費として、所論主張の各金額(昭和四九年については控訴趣意書別表1記載の、同五〇年については同別表2記載の各金額)を認定しなかったのは、いずれも事実を誤認したものであるというのである。
しかし、所論ごとに遂一検討してみても、原審で取り調べられた関係各証拠によると、原判決の所論の諸点に関する認定に誤りはなく、また、原判決が、「弁護人の主張に対する判断」欄の二の1から4までに説示するところも、右各証拠に徴し、概ね正当として是認することができる。所論にかんがみ、以下にその要点につき若干補足説明をする。
(1) 昭和四九年及び同五〇年におけるナショナル会館の同支配人清水孝に対する配当金支払の主張について関係各証拠によると、なるほど右清水に対する金員の交付を裏付けるかにみられるメモ類(検甲103、108、109)(ただし、これらはいずれも昭和四九年又は同五〇年に関するものではない。)も存するけれども、そこに記載されている各金額や右メモ中には「清水借入」という記載が付記されているものもあることなどからみて、これらは所論の配当金支払を裏付けるものでないというべきところ、当時清水が、そもそも共同経営者として給料のほかに毎月四〇万円もの配当金の分配にあずかるような立場にはなかったと考えられ、もとより所論の配当金分配に関する合意の存在を裏付けるに足りる資料も存しない。
(2) 昭和四九年における右清水に対する功労金一、〇〇〇万円支払の主張について
関係各証拠に徴し、所論の一、〇〇〇万円は、ナショナル会館(被告人)が清水に対する退識金の前払いの趣旨で支払ったものと認められるところ(証人清水孝の原審公判延における供述など参照)、同人が退職したのは昭和五二年中であるから、右一、〇〇〇万円が、昭和四九年(又は同五〇年)分の必要経費にならないことは明らかである。
(3) 昭和四九年及び同五〇年における辻井輝夫に対する利息支払の主張について
関係各証拠に徴し、所論の利息の前提となる右辻井から借り入れた二、〇〇〇万円は、被告人の事業資金としてではなく、被告人が経営するオークランド観光開発株式会社が借り入れたものと認められ、たとえ被告人が右会社の債務を引き受け利息を支払ったとしても、それは被告人の右会社に対する立替金であって、被告人の事業に必要な経費とはならないというべきである。
(4) 昭和四九年及び同五〇年におけるその余の各支払の主張について
所論にかんがみ検討しても、いずれもその主張を裏付ける証拠がなく(なお、暴力団に対する支出については、仮にそのような支出があったとしても、それが事業遂行上通常かつ一般的に必要な経費であるとは客観的に認められない。)、関係各証拠に徴し、いずれも採用に値するものはない。
以上のように判断することができ、証人ら及び被告人の原審公判延における各供述などのうち、所論に沿い以上の判断に抵触する部分は措信することができず、当審における事実取調べの結果によってもこの判断は左右されない。
なお所論にかんがみ、以上の点に関する当審における事実取調べの結果のうち弁護人が提出した金銭出納帳(一二枚一綴のもの)及び証人堀内利是の当審公判廷における供述の信憑力ないし証拠価値について更に補足説明をする。
すなわち、右出納帳によると、所論に沿い前記清水孝や近藤弘に対する金銭の支払その他を含む昭和四八年一〇月一六日から昭和五〇年九月二九日までの金銭の出納に関する記帳があり、また、証人堀内利是も、所論に沿い右出納帳は同人が右期間中のナショナル会館の売上除外金の銀行への入金状況、その出金状況と支出先とを当時ほぼその都度記帳したものである旨を供述するところ、右出納帳(前者)に記帳された出入金の状況と関係各証拠に徴しこれに対応する関係銀行の仮名の各口座(後者)(これらは取引の時期を異にする三重銀行本店の梶原和豊名義の口座二口と百五銀行四日市駅前支店の竹山元良名義の口座一口から成る。)の出入金の状況とを対比検討すると、前者には正確性に欠ける点やその都度の記帳としては不自然な点がある(例えば、両者の記帳内容を対比すると、後者では昭和四八年一二月一七日三〇万二、〇〇〇円の入金があるのに、前者では同日これより二、〇〇〇円少ない三〇万円の入金とされ、このため前者の同日以降同月二六日までの残高が後者よりいずれも二、〇〇〇円少なくなっているところ、後者では同月二七日一九一万六、六〇〇円の入金であるのに、前者ではこれより二、〇〇〇円多い一九一万八、六〇〇円の入金とされ、この操作により前者の残高を後者のそれと整合させた形跡があるほか、以下いずれも記帳にずれの生ずるおそれの少ない出金に関し、後者では同年一一月九日出金の一五〇万円が前者では前日である同月八日の出金と、後者では昭和四九年三月二五日出金の一〇万円が前者では同月二八日の出金と、後者では同年六月二七日出金の一〇〇万円が前者では翌二八日の出金とそれぞれ記帳されている。)こと、堀内は、本件の査察調査ないし捜査の段階においては右出納帳の存在を全く述べておらず、とくに同人は、その検察官に対する供述調書(検甲171)によると、「ナショナル会館を退職する際、自分がそれまで取り扱っていたナショナル会館の売上除外金について私が一円もごまかしていないことをはっきりさせるつもりで梶原和豊名義や竹山元良名義の預金通帳やその印鑑を全部アタッシュケースに入れた状態で清水専務の机の上に置いていた」旨をきわめて具体的に供述していながら、右出納帳の存在については全く触れていないこと、右出納帳の記載の形式(インクの色や文字、数字に書損が全くないことなど)、その他被告人が当審公判廷で供述する同人が右出納帳を発見するに至った経緯や状況が甚だ不自然で直ちに措信し難いことなどを総合考察すると、右出納帳は、当時作成したものでなく(後日、一定の意図のもとになんらかの資料に基づき作成したものである疑いが強い。)、その証拠価値、とりわけ支出先に関する記載には重大な疑問があるといわざるをえない。それ故、右出納帳及び堀内の前記供述のうち所論に沿う部分は、以上の説示の状況に照らし措信することができず、以上の各証拠は前記の判断をなんら左右するものでないというべきである。
5 所得の秘匿方法及び犯意について
まず所論は、所得の秘匿方法について、被告人が原判示の貸付金を簿外にする方法(昭和四九年分)や簿外定期預金を設定する等の方法(昭和五〇年分)をとったことを明らかにする証拠がないというけれども、原審で取り調べられた関係各証拠(とくに検甲88、93など)によると、被告人が前叙のニューキング及びナショナル会館の売上除外金などによる所得をその公表帳簿に計上することなく、自己が経営するオークランド観光開発などに簿外で貸し付ける方法(昭和四九年分)や簿外の定期預金を設定する方法(昭和五〇年分)(なお後者については、定期預金の合計額などが昭和四九年末に比して昭和五〇年末が増加していることなどを参照)などにより少なくともその一部を秘匿したことは推認するに十分であるから、原判決のこの認定が証拠に基づくものであることはいうまでもなく、所論はまた、被告人の犯意の存在を争うけれども、右各証拠とこれらによって認められる前記2、3で説示した各状況、ナショナル会館における被告人の売上除外金受領の状況などによると、被告人に逋脱の認識があったことは明らかであって、被告人に犯意の存在したことを認めるに十分である(なお所論は、本件は財産増減法による検証が必要な場合であった旨主張するので、付言すると、所得税法は、損益計算法を計算規定としていると解すべきところ((同法三六条、三七条))、原判決は、この方法により、しかも、前説示のとおり関係各証拠に基づき合理的に所得金額を算出していることが認められるのであるから、他にこの算出の基礎となる事実を左右するに足りる証拠もない本件において、重ねて財産増減法による検証を試みることは、必ずしも必要でないというべきである。)。被告人の原審公判定における供述などのうち、所論に沿い以上の認定に抵触する部分は措信することができず、当審における事実取調べの結果によってもこの判断は左右されない。
6 まとめ
以上の次第で、所論はいずれも採用することができず、原判決が原判示第一、第二の各事実を認定したのは正当であって、原判決に所論主張のような事実誤認は存しない。論旨は理由がない。
控訴趣意のうち、量刑不当の主張について
所論は、要するに、被告人を懲役一年・三年間刑執行猶予及び罰金一、三〇〇万円に処した原判決の量刑が重過ぎて不当であるというのである。
所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して検討するに、本件は、いくつかの個人事業又は会社を経営する被告人が、昭和四九年分につき、実際の所得金額が六、三八〇万二、八四七円でこれに対する所得税額が三、二二四万四、一〇〇円であったのに、前説示の方法により所得の一部を秘匿したうえ、所得金額が三、二二九万〇、八三八円でこれに対する所得税額が一、二二二万八、一〇〇円である旨の虚偽過少の所得税確定申告書を提出し、そのまま法定の納期限を徒過させて、正規の所得税額と右申告税額との差額二、〇〇一万六、〇〇〇円を免れ(原判示第一)、また、昭和五〇年分につき、実際の所得金額が八、五二〇万五、二〇一円でこれに対する所得税額が三、八六五万九、二〇〇円であったのに、前説示の方法により所得の一部を秘匿したうえ、所得金額が二、三六三万一、四七六円でこれに対する所得税額が六九〇万九、八〇〇円である旨の虚偽過少の所得税確定申告書を提出し、そのまま法定の納期限を徒過させて、正規の所得税額と右申告税額との差額三、一七四万九、四〇〇円を免れた(原判示第二)という事案であるところ、証拠に現われた諸般の情状、とくに右各犯行の動機に格別同情に値するような事情がなく、態様も、その中心となるのは前叙のとおりパチンコ店営業による売上金を除外したうえ、これを簿外で貸し付け又はこれにより簿外の定期預金を設定する等の方法により所得の一部を秘匿し、虚偽過少の申告をするというもので、犯情が軽いとはいえず、その逋脱額合計も五、一七六万円余の多きに達していることなどを考慮すると、被告人の刑責は軽視することができず、他面、右逋脱にかかる所得の一部が被告人の他の事業の運営にあてられていることなど、証拠上肯認しうる酌むべき諸事情を十分斟酌しても、原判決の量刑は相当であり、これが重過ぎて不当とはいえない。論旨は理由がない。
よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、当審における訴訟費用は、同法一八一条一項本文により被告人に負担させることとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山本卓 裁判官 杉山修 裁判官 鈴木之夫)
控訴趣意書
被告人 松永尚市
右の者に対する所得税法違反被告事件につき、控訴の趣意は左記のとおりである。
昭和五九年九月一一日
右弁護人 竹下重人
同 浅井得次
名古屋高等裁判所
刑事第一部 御中
記
第一、原判決は、事実を誤認し、その量刑に於いても不当である。以下、概述する。
第二、事実誤認について
一、所得の認定について
原判決は、被告人には昭和四九年に於いて金六、三八〇万二、八四七円、昭和五〇年に於いて金八、五二〇円五、二〇一円の各所得があった旨認定しているが、これは事実誤認である。
以下、各年につき収入・支出毎に述べる。
二、昭和四九年について
(一) 収入
原判決は、前記所得金額を算出するにつき、収入として
<1> マツナガ機工の株式会社ニュー・キングに対する売上額が金一、一二〇万円であったこと<2> 被告人が前記ニュー・キングから給与所得として金四六万五、〇〇〇円受領していたことを認定し、右各金額を収入に算入しているが、これは事実誤認である。
(1) ニュー・キングに対する売上額
これを認定する資料としては、直接証拠としては何一つ存在しない。
しかるに、原判決は間接証拠によって、売上額を認定しているが、直接証拠が存在しないのであれば、間接証拠によって合理的で納得できる方法によって売上額を認定すべきである。とすれば、当時他の売却先に対する売上代金及び製品の原価等を対比してこれを推認するのが妥当であった。
この様な方法によれば、ニュー・キングに対する売上額は金五五〇万円となる。
(2) ニュー・キングからの給与所得
右事実を証拠としては、堀内利是・神谷利夫の各検面調書であるが、堀内の供述については被告人の弾劾を得てないもので、到底信用できないものであるし、神谷については原審に於いて検面調書の供述が間違いであったことを理由を付して述べているところであって、右各検面調書の供述は信用できないものである。
尚、堀内については、その所在が明らかとなったので、証人として申請し、前記供述を弾劾する予定である。
(二) 支出
原判決は、被告人が昭和四九年中に支出したものの内、別表1に記載した金額を全く認定していないが、これも追って詳述するごとく事実誤認である。
三、昭和五〇年について
(一) 収入
原判決は昭和五〇年の所得金額を算出するにつき、収入として<1> マツナガ機工のスポートセンターに対する売上額が金一、六三〇万六、〇〇〇円、<2> 被告人がニュー・キングからの給与所得として金一、四九四万五、八五九円受領していたことを認定し、右各金額を収入に算出しているが、これは事実誤認である。
(1) スポートセンターに対する売上
原判決は、スポートセンターに対する貸倒損は、昭和五一年中に確定したもので、昭和五〇年分の必要経費にならない旨認定しているが、右スポートセンターに対する売上は、欠陥商品であったため、当初から請求権がなかったものである。マツナガ機工としては、訴訟を提起し、強制執行手続をとってはいるが、これは後日、売上当初から請求権が存在しないことを明らかにするために為したもので、請求権があることを前提にしたものではない。ただ、スポートセンターが倒産し、応訴をしなかったため、結果として勝訴したにすぎない。
(2) ニュー・キングからの給与所得
原判決は「経理担当者の堀内利是は、被告人から「売上から毎日五万円抜いてくれ。」と指示され、昭和四九年一二月七日から昭和五〇年三月七日までの間毎日五万円宛を売上から除外し、一旦架空名義の預金口座に預け入れたうえ、被告人来訪の都度引き出して手渡していたこと、後任の神谷利夫も堀内から引継を受け、同月八日から同じように毎日の売上から五万円宛を除外し、同年四月一七日までの間はこれを堀内に渡し、同人が前記預金口座に入金したうえ被告人に手交していたこと、同月一八日からは神谷が自分で保管し、直接被告人に手渡していたことが認められる」旨認定している。しかし、これに符合する物的証拠としては堀内が預けていた当時の預金通帳程度であって、被告人に手交された物的証拠は存在しない。
これに関する堀内の検面調書は、弾劾を受けていないもので信用できないし、神谷の検面調書についても前述したとおり信用できないものである。これらを証拠に前記事実を認定することは、採証法則を誤ったもので、事実誤認と言わざるを得ない。
尚、堀内については、前述したとおり、証人申請をしているが、第一審判決後明らかとなったところによると、神谷は自分で保管していたのではなく、別口の預金口座を設け、ここに預けて保管し、これを近藤弘に渡していたことが判明したので、この点についての証拠を新たに提出する予定である。
(二) 支出
原判決は、被告人が昭和五〇年中に支出したものの内別表2に記載した金額を全く認定していないが、これも追って詳述するごとく事実誤認である。
四、犯意
原判決は被告人が「自己の所得税を免れようと企て」たと認定している。しかし、被告人はナショナル会館の売上金の一部を廻してくれる様指示したのは、所得税を免れるためではなく、マツナガ機工などの必要経費に充てるためのものであって、逋脱意思など全くなかったのである。
五、所得の秘匿方法について
原判決は所得の秘匿方法について、昭和四九年については、貸付金を簿外にする等の方法、昭和五〇年については、簿外定期預金を設定する等の方法と認定しているが、これを明らかにする証拠は存在していないのである。従って、この様な事実を認定し得ないはずである。
成る程、渡辺忠良作成の調査報告書(甲八八)によると、関係会社勘定では、昭和四九年中に一億七、〇一六万二、五一一円貸付金が増加しているが、売上除外金が右貸付金に充てられた証拠は何一つ存在しない。また、井鍋義之作成の調査報告書によると、昭和五〇年中に預貯金が増加しているが、これも売上除外金から預貯金に廻わされた証拠など何一つない。原判決も「多額の売上除外金を密かに留保し、その使途や金額について確実な記録を残さない本件」と認定し、売上除外金がどの様に使われたか判明しない旨認めているのである。それにも拘わらず、何故に、貸付金にして秘匿したとか、定期預金にしたとか認定し得るのであろうか。
まさに、次に述べるごとく財産増減法によって検証すべきである。
第三、財産増減法について
原判決は、損益計算法による算定自体に格別不合理な点がない以上、さらに財産増減法によって検証することは必要でないうえ、適切であるともいえないとまで言っているが、これは暴論である。
刑事裁判所においては、その本質上、実体的真実発見主義を原則とし、「疑わしきは罰せず」の理念のあるところからも逋脱所得の認定については実額によることを要し、その存在につき一応の蓋然性の程度を以てしては足りないのである。
課税のための十分な直接資料のない本件の場合には、まさに財産増減法による検証が必要である。
第四、量刑不当について
被告人には、申告所得以外に所得がなく、逋脱の意思もなかったのであるから、被告人は無罪である。仮に、本件は帳簿書類等が完備されておらず、必要経費が証拠上認定し得ないところがあった場合であっても、財産増減法による検証が為されない以上、所得金額を認定し得ないはずであるが、万一、右主張が採用されない場合であっても、事案の本質を充分検討すれば、原判決のごとき厳しい量刑にはならなかったはずである。この点に於いても、原判決は破棄されて然るべきである。
以上、原判決が事実誤認でありまた、量刑不当として破棄されるべきであることを述べてきたが、第一回公判期日までに控訴趣意の補充をする予定である。
以上。
別表1
<省略>
別表2
<省略>
控訴趣意の補充書
昭和五九年一一月一〇日公判廷
被告人 松永尚市
右の者に対する所得税法違反被告事件につき、左記のとおり控斥の趣意を補充する。
昭和五九年一一月一四日
右弁護人
同 浅井得次
名古屋高等裁判所刑事第一部 御中
記
一、はじめに
所得金額の算定については、損益計算法と財産増減法とがあり、その計算が正確であるならば、そのいずれによつても算出される所得額が同一であることは公知の事実である。
従つて、ほ脱所得額を認定するには、ほ脱所得がいかなる形で現存しているかを明らかにし、損益計算法によつて算出された所得額と対比して験算を行なうのが通例である。
原判決も「罪となるべき事実」として、所得の秘匿方法を明示し、あたかも財産増減法による験算をなしたかの如き事実認定をしている。
しかし、原審に於ける各証拠を総合しても、原判決が摘示するような方法で所得を秘匿したと認定をすることは困難である。
刑事事件においては「疑わしきは被告人の利益に」の原則に則り、所得金額の算定については、厳格な証明が必要とされる。
二、所得の秘匿方法についての認定
原判決は、所得の秘匿方法について、「貸付金を簿外にする」とか「簿外定期預金を設定する」とかの方法によつた旨認定している。しかし、売上除外金と貸付金及び定期預金とを関連づける証拠は何一つ存在しない。仮りに売上除外金が、貸付金・定期預金に流れたとするならば、財産(資産)が増加せざるを得ないが、その験算が為されていないのであるから、売上除外金が貸付金とか定期預金に流れたなどと断定することはできない。所得の秘匿方法を明らかにしようとするならば、どうしても財産増減法による験算を密かに留保し、その使途や金額について確実な記録を残さない」事案であるから、財産増減法による検証は必要・不可欠のものであつたと言わざるを得ない。
尚、所得の秘匿方法を認定するにつき、いくら確実な物的証拠がない場合と言えども、簿外財産全体のうち増加金額の多い科目に資金が流れていると推認するなどという安易な方法は許されないのである。
いやしくも「罪となるべき事実」として所得の秘匿方法を認定しようとするならば、厳格な証明が必要であり、推認などという方法で認定すべきでない。
三、財産増減法
(一)所得金額の算定方法として、損益計算法と財産増減法とがあり、いずれの算定方法によるも刑事裁判では厳格なる証明が必要であることは前述したとおりである。まさに、被告人にとつて納得できる判決でなければならないのである。
被告人は現在税務署長のなした更生処分に対し、不服申立をなし争つているが、この行政処分においてならいざ知らず、刑事裁判においては厳格なる証明に基づかないかぎり絶対に受け入れ難いことである。帳簿書類等が完備し、損益計算法によつて所得金額が正確に算出されているか、若しくは、財産増減法によつて、ほ脱所得額がどこにどの様な形で存在するかを明らかにされていない限り、被告人にとつては納得し難い判決とならざるを得ない。
(二)本件では、起訴年分の被告人の営む事業のうち、多額の損失を生じたマツナガ機工におけるパチンコ玉自動補給装置の製造販売業にかかる公計帳簿が殆ど存在せず、収入・支出に関する証拠書類が極めて不完全であつたのである。
即ち、マツナガ機工において帳簿といえば、竹山次郎が記帳していた金銭出納帳程度であるが、これは別表1のごとく現金支払のうちその半分も記帳がなされておらず、出納帳として機能を持ち得ないものである。
また、収支に関する証拠書類としても、別表2のごとく完全に保管されていたものではなく、また取引先も帳簿が全くなかつたり、証拠書類を完全に保管していなかつたのである。
そのほか、ナショナル会館の売上除外金から支出したと認定し得る清水渡しなどというメモが存在し、売上除外金から必要経費に支払われたものが相当額存在すると推認されるにも拘わらず、それに関する資料が存在しないのである。
結局、本件に於いては、損益計算法によつては所得の実額を算出し得ないか、若しくは推計という方法によつてしか認定し得ない状況にあつたのである。このような場合には、財産増減法によつて所得額を算出するか、少なくとも財産増減法による検証が必要である。
ちなみに、所得税法一五六条は、推計課税をなす場合には「・・・その者の財産若しくは債務の増減の状況・・・」を勘案して所得金額を推計することを認めているが、本条はあくまで行政処分に関するものであるが、その背景には損益計算法による所得金額の算出が困難な場合には、財産増減によつて所得金額を認定する方法があることを示唆したものといえよう。
(三)国税局も査察調査の進行中に被告人の財産調査をし、財産増減法による所得金額算定を試みたのであるが、何らかの事情でそれを中途で放棄した。
このことは、損益計算法による所得金額の認定を相当であると確信したというよりも、財産増減法による所得金額との差が大きくなりすぎることをおそれたものと推測することもできるのである。
(四)そこで、弁護人に於いて財産増減法による立証を試みたのである。
そもそも、刑事事件では挙証責任が検察官側にあり、被告人にこれを転換し得るものではないが、検察官が財産増減法による立証を怠つているので、弁護人に於いて一応の立証をなしたのである。
その結果は、従前から主張しているように、検察官のなした損益計算法による所得金額とはあまりにもかけ離れているのである。
これでは、立証が充分とは言い得ない。まさに、被告人にとつて納得し難い判決と言わざるを得ない。
(五)それにも拘わらず、原判決は「多額の資金をひそかに留保」している被告人の場合には、正確な財産計算はできないので、財産増減法による検証は不要であるというが、これは証拠に基づかない妄断であつて承認することはできない。
原判決は、本件の場合、正確な財産計算はできないというが、正確な計算ができないということならば、むしろ損益計算法による計算の方であつて、財産増減法による計算はさほど困難ではない。
現に、国税局において相当程度の財産調査をなし、証人川上栄一は被告人の資金の流れは把握できた旨証言しているのである。
しかるに、損益計算法だけによる検察官の立証で足りるとした原判決は、疑わしきを罰した結果になつたと言わなければならない。
以上
別表1
金銭出納帳記載状況(昭和49年)
<省略>
<省略>
別表2
仕入金額認定資料分析表
<省略>