大判例

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名古屋高等裁判所 昭和59年(ネ)48号 判決 1984年6月27日

控訴人

小松勲

右訴訟代理人

水野正信

控訴人

山口嶺二

被控訴人

トヨタカローラ愛豊株式会社

右代表者

小島廣

右訴訟代理人

安藤久夫

加藤坂夫

主文

一  原判決中控訴人小松勲に対し建物明渡しを命じた部分を取消す。

被控訴人の控訴人小松勲に対する右請求を棄却する。

二  控訴人山口嶺二の控訴並びに同小松勲のその余の控訴を棄却する。

三  訴訟費用は第一・二審を通じこれを三分し、その一を被控訴人の、その余を控訴人らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人小松

1  原判決中「別紙物件目録(一)記載の建物について被告山口嶺二と同小松勲間の原判決別紙転貸借目録記載の転貸借契約を解除する。被告小松勲は原告に対して原判決別紙物件目録(一)記載の建物を明渡せ。」との部分を取消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  訴訟費用は控訴人の負担とする。

第二  当事者双方の事実上の主張並びに証拠関係は、次に付加するほかは原判決事実摘示と同一であるからここにこれを引用する。

一  被控訴人

1  抵当権(根抵当権を含む)は原則として目的物の担保価値を把握するものであり、目的物の用益権・占有権を内包しないものであるが、目的物の毀損・減価をもたらす所為に対しては、担保価値を維持するために、抵当権に基づく物権的請求権の一態様として右所為の差止と排除を求め得るものと解すべきである。

2  本件転貸借契約の解除請求が認容されれば、控訴人小松の本件建物の占有は無権原に帰するが、右控訴人の本件建物の占有を排除しなければ、被控訴人の有する根抵当権の担保価値を維持して右権利の実行をすることが、不可能か極めて困難であることは公知のことである。さらに控訴人小松は、本件建物に浜建組小松興業本部なる看板を掲げるいわゆる暴力団を構成する者であり、そのような者が占有する状態では同建物を一般の第三者が競落することは極めて困難である。以上の如く、控訴人小松は本件建物を占有することにより被控訴人の本件根抵当権の行使たる不動産競売手続の円滑な遂行と適正な担保価値の把握を著しく侵害しているものであり、従つて被控訴人は控訴人小松に対し本件根抵当権に基づく物権的請求権として、右侵害排除のため本件建物の明渡しを求めるものである。

3  本件と同種事件の先例として、賃貸借契約が解除された場合、賃借人及び転借人は目的物をその所有者に対し明渡せと命ずる裁判例が存在するが、本件の場合、本件建物の所有者たる浅井忠義は所在不明であるから、控訴人小松が右所有者に対し明渡せとの判決をうけても実効なく根抵当権の侵害排除になり得ない。被控訴人は、本件根抵当権の行使として不動産競売の申立をし、名古屋地方裁判所岡崎支部昭和五八年(ケ)第一九号事件として競売手続が進行中である。従つて、本件建物は既に差押えされた状態にあり、被控訴人が控訴人小松から本件建物の明渡しを受けても、自らこれを占有し、用益するものではない。従つて本件根抵当権の侵害排除として、被控訴人への明渡しを求めることができる。

二  控訴人小松

1  民法三九五条但書に規定する抵当権者の賃貸借契約の解除請求権は転貸借契約には及ばないと解すべきである。抵当権者の右解除請求権は、本来抵当権設定者が有している抵当目的不動産の処分権限を、抵当権者に対し一定要件のもとにこれを失効させることを認めた例外的なものであり、その効力は設定時に抵当権者が取得している担保価値の保全に止まるものである。原賃貸借契約の解除が認められれば、当該不動産の所有権者ないしは競落人に対し転借人は転貸借契約をもつて対抗し得ないのであるから、右のように解しても抵当権者に何ら不利益をもたらすものではない。

2  抵当権者は当該不動産の交換価値を担保としているものであり、同不動産に対し、占有権ないし処分権を有するものではない。従つて、かりに不法占有者がいたとしても、抵当権に基づいてこれを排除したり、抵当権設定者に対しその排除を請求する権利はないというべきである。

右の理は賃貸借契約解除請求が認容される場合も同様である。即ち、右解除は、賃貸借契約の存続によつて不動産の価額が低下することによる抵当権者の損害を回復させる趣旨であり、その限度において解除の効果を生じさせれば十分であるから、右解除の効果としては、賃貸借契約をもつて競落人に占有を対抗できないというにとどまるものであり、抵当権者に賃借人に対する明渡請求権を認める必要はない。そしてまた、右解除請求の認容によつて、賃貸人(抵当権設定者)が賃借人に対する明渡請求権を取得するものでもないから、抵当権者が設定者の明渡請求権を代位行使するということもできない。

理由

一控訴人小松は、抵当目的不動産について、賃貸借のほか転貸借が存在する場合は、抵当権者は賃貸借の解除請求のみが認められ、転貸借解除請求は必要もなく許されない旨主張する。そして本件において、被控訴人は賃貸人浅井忠義、賃借人山口嶺二を共同被告として賃貸借解除請求をし、昭和五九年一月一八日名古屋地方裁判所で右請求認容の判決があつたことは本件記録により明らかである。しかしながら、抵当権者の解除請求は訴え(形成訴訟)の方法によるべく、賃貸人と賃借人を共同被告とするところの必要的共同訴訟と解されているが、賃貸借と転貸借は別個の契約であり、賃貸借の解除を命ずる判決の効力は転借人には当然には及ばないと解されるから、転借人を共同被告とせず、主文に転貸借の解除を命ずる文言のない判決の確定によつて、実体上、同転貸借が抵当権者に対する関係で当然に対抗力を失つて無権原のものになると解するのは相当でなく、抵当権者としては賃貸借解除のほか必要があれば転貸借の当事者を共同被告として転貸借解除の請求をすることができるというべきである。控訴人の右主張は理由がない。

二そこで控訴人らを共同被告とする本件転貸借の解除請求につき判断するに、当裁判所も同請求を正当として認容すべきものと判断するところ、解除請求の理由・必要性についての認定・判断は原判決五枚目表九行目から六枚目表九行目までの理由記載と同一であるからここにこれを引用する。

三次に被控訴人の控訴人小松に対する本件建物明渡請求につき判断する。

1 抵当権も物権の一種として、抵当権に対する侵害があるときは、物権的請求権を生ずることは明らかであるが、抵当権が目的物の価値を把握するものであるところから、目的物に対する侵害があつても単なる占有の侵害に止まり目的物の価値の減少がない場合とか、たとえ価値の減少があつても抵当権実行までの間に右侵害がやみ価値が復元することが見込まれる場合には、あえて抵当権者に妨害排除請求権を行使させる必要はないというべきであるが反面、侵害行為によつて価値が減少し、抵当権実行までの間に、価値復元の可能性がない場合には、抵当権者としては自己の権利を保全するため物権的請求権に基づく妨害排除請求権を行使することができると解するのが相当である。

2  そこで被控訴人が控訴人小松に対し、右の趣旨で本件建物の明渡しを請求することができるか否かにつき判断する。

(一)  前記引用にかかる原審認定の事実によると、

(1) 本件建物には賃借権及び転借権が設定され、控訴人小松が本件建物を占有しており、そのため目的物の評価を低下させ、土地と一括競売する場合の適正価額七二一〇万円余が五五四五万円余に評価を減じていること

(2) 被控訴人は名古屋地方裁判所岡崎支部に対し本件建物及びその敷地に対し根抵当権実行による競売申立をし、昭和五八年三月七日競売開始決定がなされ、現在手続進行中であること

が認められる。しかしながら、右評価減をもたらしている原因は本件短期賃貸借及び同転貸借にあるところ、右賃貸借は浅井・山口間の右賃貸借の解除を命ずる判決、同転貸借は本判決の各確定によつて法律上存在しないものとされることが明らかであるから、近い将来右競売物件の評価を減少させた原因は除去され、価値復元が見込まれるに至つたというべきである。

(二)  被控訴人は右賃貸借・転貸借の解除を命ずる判決があつても現実に転借人が占有する以上、そして控訴人小松の占有の態様に照らし、根抵当権の実行は不可能かそれに近い程度に困難である旨主張する。

(1) そして、前記引用にかかる原審認定の事実によると、本件賃料及び転借料はともに三年分が前払いされ、また現在所有者(賃貸人)は住居不明の状態であるから、本件転貸借の解除を命ずる判決が確定しても、控訴人小松が任意に本件建物を右所有者に返還することは期待できないと認められ、

(2) また<証拠>によると、所有者浅井忠義は本件土地建物を住居並びに自動車部品販売業のために使用していたが、控訴人小松が転借した後は、同人は玄関に「浜建組小松興業本部」と表示した看板を掲げ、住居並びに付属建物を倉庫として使用しており、その利用には一般個人の住宅とは若干異なる趣きがあることが認められる。

しかしながら、解除を命じられた建物転借人が占有を継続すること自体で、競売物件の価値が明白な程度に低下することを認めさせる証拠はなく、また買受人には不動産引渡命令が認められていることに照らせば、控訴人小松の如き占有者がいたとしてもそのために競売手続が円滑を欠き適正換価が不可能ないしは困難になるとは解されないから、右占有者が存在するという程度ではいまだ被控訴人の本件根抵当権の侵害には至つていないというべきである。

(三) 以上によると、本件建物明渡しに関し、被控訴人には妨害排除請求権はないというべきである。

3 次に被控訴人は所有者浅井に代位して控訴人小松に対し本件建物の明渡しを求める旨主張するが、根抵当権者は契約に基づいて所有者から根抵当権の設定を受け、同目的不動産の担保価値を把握している状態のほかは、目的不動産に関して所有者に対し一定の行為を要求する請求権を有するものではないから、代位の要件を欠くことが明らかであり、右主張は理由がない。

四すると、原判決中控訴人小松に対し本件建物の明渡しを命じた部分は相当でないので同部分を取消し、被控訴人の控訴人小松に対する本件建物明渡請求を棄却し、本件転貸借の解除を命じた部分は相当であるから、控訴人山口の本件控訴並びに同小松のその余の控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九二条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(山田義光 井上孝一 喜多村治雄)

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