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名古屋高等裁判所 昭和61年(行コ)13号 判決 1987年7月28日

愛知県尾西市東五城字上出一七番地

内藤ふき方

控訴人

内藤ときを

右訴訟代理人弁護士

高野篤信

右訴訟復代理人弁護士

石上日出男

愛知県一宮市栄四丁目五番七号

被控訴人

一宮税務署長

前野弘

右指定代理人

畑中秀明

加藤哲夫

和田正

遠藤考仁

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  控訴人は、「(1)原判決を取り消す。(2)被控訴人が控訴人の昭和五三年分の贈与税についてした昭和五九年一月三〇日告付け更正並びに昭和五七年六月二九日付け及び昭和五九年三月一三日付け無申告加算税の各賦課決定をいずれも取り消す。(3)訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、主文と同旨の判決を求めた。

二  当事者の主張及び証拠関係は、次に訂正、付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

(訂正)

1  原判決二三枚目裏三行目に「六月二七日」とあるのを「六月二九日」に改める。

2  同三七枚目別紙末尾の欄下段に「昭和六〇年三月六日審査請求棄却の裁決」を加える。

(控訴人の付加した陳述)

1  清吉は、従前主張したように、控訴人に本件支払いを約した当時、満八〇歳という高齢であった上、昭和五二年四月以降腹部腫癌等によって排便困難となって寝たきりの状態にあり、「わしが死ぬと、皆がお前(控訴人)を放り出すといかん。」と述べ、みずからの死期の近いこと及び死亡によって控訴人との内縁関係が解消されることを認識していた。果たして清吉は、本件公正証書作成後一年もたたない昭和五四年八月三〇日に死亡したもので、本件公正証書作成時点において、清吉の死亡による内縁関係解消の兆侯は、明瞭に存したものということができる。

ところで、内縁関係解消の場合には財産分与は認められなければならないが、それは死別の場合であっても同様である。そして、現在の課税実務で生前の法律上の夫婦の離婚の財産分与には課税されないこと及び法律上の妻の相続分の範囲内で相続には課税さないことと対比すれば、公平の見地から、内縁死別による財産分与についても、相当額の範囲であれば課税すべきではない。そうであれば、更に、本件のように死別以前であっても、死期の接近した時点で清算的な意図から金銭を支払う場合には、財産分与に準ずるものとして、課税しないこととするのが合理的かつ社会的妥当性を有する者ということができるのであり、これに反して課税する扱いは、内縁の妻を不当に差別するものとして、憲法二四条に違反するものといわなければならない。

2  清吉は、本件公正証書の手配した際、「(控訴人が)一生懸命やってくれたし、申し訳ないこともしたから(五〇〇〇万円)やる」と述べている。清吉がこのような発言をしたのは、清吉において、苦楽を共にした控訴人の労務提供に報いるとともに、正妻ならぬ妾として相続権もない地位に控訴人を陥らしめたことを不憫として、これを慰籍するために本件支払をしたからにほかならない。本件は、長年連れ添った内妻に「やる」場合であって、この内妻の痛みや貢献に全く対価性がないとする考えは不当である。

なお、控訴人が昭和五二年ごろ不動産の贈与を受けて贈与税を支払っていることは認めるが、そのことから、本件支払いも贈与であるとみるのは、先に指摘した控訴人の貢献を評価しないもので不当であり、仮に、右不動産の移転と本件支払を関連あるものとみるならば、むしろ右不動産については、贈与として申告しているから、本件支払については、その報酬性、慰籍料が実現しているとみるべきである。

3  国税通則法九八条二項は、直接には裁決主文における不利益変更を禁止したものであるが、制度の趣旨及び同条の精神からみるならば、裁決理由にあっても、のちの税務署長の更正決定等を招くような不利益事実を指摘してはならないことを義務付けた規定と解すべきであり、手続的にも右の趣旨にそった運営が義務付けられているものというべきである。しかるに、昭和五四年度分の課税処分を取り消す旨の昭和五八年一二月一四日付け裁決は、主文においては控訴人に利益をもたらすかのようであるが、従前主張したように、理由中で実質的には新たに一年分としての高い税率による更正決定を招来する判断を示しているから、実質的な不利益処分であって違法である。この場合、裁決庁としては、課税の時期を昭和五七年とすべきであるとする控訴人の主張が理由がなく、昭和五三年の一年度の課税とすべきだと判断したときは、納税義務の成立時期は、昭和五七年より前であることのみ指摘すれば足りたはずであり、また、裁決庁がその時期を明確にすれば控訴人の不利益につながるから、事前に控訴人に釈明して課税時期に関する主張を撤回するように促して、納税義務の成立時期の判断をしないで済むように対処すべき義務があったものといわなければならない。右裁決は、このような釈明を尽くさず、実質的に不利益な主文を掲げたものであり、本件更正決定は、この違法な裁決に触発されてされたものであるから、違法な決定である。

(被控訴人の付加した陳述)

1(一)  控訴人は、本件契約を内縁関係解消の際の財産分与と位置付けているが、控訴人と清吉の関係が法的保護に値する内縁関係にあったか否かは一応おくとしても、本件契約は、清吉の存命中にされたものであって、内縁関係の解消されるべき清吉の死亡時又はそれ以後の事柄に属しない。いかに内縁当事者一方の死期の近い時期にされる贈与であっても、それは、あくまでも内縁関係の存続中に、その当事者間の合意により行われるものであって、その法的な性格付けの問題と、内縁当事者一方の死亡後、その意思とはかかわりなく他方当事者にいわゆる財産分与請求権的なものと認めるべきか否かの問題とは、基本的に別個の事柄と言うべく、これを単純に同視することは許されない。また、控訴人主張のように、当該贈与が内縁当事者の死亡をどの程度意識してされたか、あるいは、それがどの程度内縁当時者の実際の死亡と接着してされたかにより、これを財産分与として扱うべきか否かを定めるというのでは、その判断基準が極めてあいまいとならざるをえず、かかる解釈は、殊に厳格な租税法律主義に基づき、公正、平等な課税を旨とすべき租税法解釈の分野においては、到底採りえないところである。

(二)  更に、内縁当事者一方の死亡を契機として他方当事者に財産分与請求権が生じるとする考えは、内縁当事者には他方当事者の死亡につき相続権が認められないとする通説的見解と抵触するものである。すなわち、内縁当事者に右のような相続権が認められないとする理由は、主としてこれを認めると本来の他の相続人に直接影響を及ぼすことになって相当でないというところにあると解されるが、このことは、内縁当事者に他方当事者の死亡により財産分与請求権を付与すると解しても、同様に問題となるところであり、換言すれば、右のような財産分与請求権を認めることは、内縁当事者に潜在的に相続権を認めるに等しいものといっても過言でない。

(三)  以上要するに、内縁当事者間で贈与がされた場合に一方当事者の死期間近に行われたことなどの理由のみで、これを特別扱いし、民法七六八条類似の財産分与的なものと解することは、租税法のみならず、一般私法の解釈としても採りえないところといわなければならない。

2(一)  実社会において通常行われている贈与についてみると、多かれ少なかれ過去の貢献に対する報酬の趣旨で、又、将来の利益に対する打算を働かせて、あるいは円滑な社会生活を送る手段として、といった動機付けによりされる贈与が少なからず存在する。殊に、親族など近しい者の間では、従来世話を受けたことや今後世話を受けたいことを念頭に置いて贈与がされることは往々見受けられるところである。ただ、それらの場合においては、贈与者が念頭においた対価関係が未だ契約の内容たりうるほどに強固ではなく、また、具体化・明確化されていないために、結局その契約の無償性を否定しえないというにとどまると解される。そして、右のような意味で一応対価関係と目すべき事情が未だ贈与契約の無償性を覆しえないか否かについては、結局、当該契約の態様及びその際の当事者の意識を基本として、更に、従来の当事者間の生活関係、利害関係、契約に到る経緯、関連する別個の契約の有無などの諸事情を勘案して判断すべきである。殊に、本件のように、当該金銭支払に関する契約の態様自体はそ贈与以外の何物でもなく、且つ、それが実質的に特定の債務の弁済であるとうかがわせるべき過去の契約や当事者の言動が存しない場合において、受贈者をより保護すべきとの一事をもって、軽々しく贈与であることを否定することは、社会通念に従った正常な意思解釈とはいえない。

(二)  本件にあっては、従来も主張したように、控訴人は、本件契約により五〇〇〇万円を取得したほか、昭和二二年ころと、昭和五一年一二月及び同五二年六月の三回にわたって清吉から不動産をそれぞれ贈与によって取得し、長年間清吉との間に比較的安定した生活を送ってきたもので、清吉の世話等で苦労した一面があるとしても、そのことは、控訴人の清吉に対する情愛に基づくものとして十分説明がつく事柄であり、その他、本件契約当時、控訴人において、経済的な窮状に置かれたり、これに匹滴するような社会生活上重大な打撃を受けていたわけでもない。また、控訴人と清吉との従前の生活過程において、控訴人が清吉に対し法律上の請求権を取得するような事情は存しなかったものである。

なお、右のとおり、昭和五一、二年に控訴人が清吉から宅地の贈与を受けた当時と本件契約がされた当時とで、控訴人と清吉をめぐる生活関係や意識言動に基本的な差異は存しなかったといえる。

3(一)  本件更正処分は、国税通則法二六条を根拠として、当初(昭和五七年六月二九日)の決定処分とは別個に行われたものであって、従前の決定処分やこれについての裁決等により拘束されるべき法律上の根拠はない。もっとも、本件更正処分は、当初の決定処分との関係で税額上控訴人に不利益であることは明らかであるが、国税通則法二六条は、法律に則った適性公正な課税を貫く趣旨から、場合により納税者に不利な方向で再更正されることを当然の前提としており、そのこと自体をもって不利益変更禁止の趣旨に反するとすることは、右規定の存在を否定するに等しい議論であって失当である。しがって、国税通則法九八条二項の不利益変更禁止違反の前提として、国税不服審判所長の裁決における違法事由を指摘する控訴人の主張は、本件更正処分との関係で関連性がないものといわなければならない。

(二)  右裁決における違法の問題に限ってみても、控訴人の指摘する点はいずれも理由がない。すなわち、国税不服審判所における審理・判断は、いわゆる職権主義に基づいて行われるものであって、必ずしも原処分庁及び審査請求人の主張如何に拘束されるべきものはない。また、国税不服審判所において、いったん明確にされた審査請求人等の主張を撤回させるべき義務があるとは解さないし、争点に対する判断として明確にされた裁決書の理由付記が出過ぎたこととして非難されるいわれもない。

(三)  一般に、法律上の争訟における不利益変更禁止の原則は、いったん一旦争訟関係人に有利にされた公的機関の判断は仮にそれが違法・不当であっても尊重すべきであるとの考えに基づくものではなく、上級審理機関において、不服申立てをした争訟関係人にかえって不利益な判断がされるおそれがあると、不服申立て自体がためらわれる可能性なしとしないので、これを防止する趣旨によるものと解される。つまり、右のような不服申立て権保護の意味で不利益変更禁止を働かせる陰では、必然的に、本来は是正されてしかるべき違法・不当な公的機関の判断が放置される可能性が生じるのであり、かかる別の面での不合理性がむやみに増大するのを避ける意味もあって、法律上の争訟において、通常不利益変更禁止といえば、当該上級審理機関の結論的判断そのもののみに対する制約を指すものと限定的に理解されているのであり、国税通則法九八条二項も、このような理解の下に規定されているものというべきである。

理由

一  当裁判所も控訴人の本訴請求はいずれも理由がないから棄却すべきものと判断する。その理由は、次に訂正、付加するほか、原判決理由説示のとおりであるから、これを引用する。〔判示(1)~(5)〕

1  原判決二七枚目表六行目から七行目にかけて「甲第一一ないし第一四号証、」とあるのを「甲第八号証、第一〇ないし第一三号証、」に改め、一九行目冒頭の「いのない」の次に「甲第一四号証、」を、一一行目の「内藤ふきの証言」の次に「並びに弁論の全趣旨」を、同枚目裏七行目の「同女が」の次に「知能におくれたところがあり」をそれぞれ加える。

2  同二九枚目表六行目に「納税していたが、」とあるのを次のとおり改める。

「納付した。清吉は、昭和五二年四月ごろ、腰痛、腰部不快感、排便困難等の症状があり、下腹部に腫癌が触知されたので、同年六月一四日から同月二六日まで愛知県がんセンター病院に入院して検査を受けた。その後右症状は改善されたが、清吉は、以前に比して就床することが多くなっていたところ、」

3  同三〇枚目表九行目の「昭和五四年ころ、」となるのを「昭和五四年四月に尾西市民病院に入院し、同年七月九日に至り、」に改める。

4  同三三枚目裏一〇行目の「否定できない。」から同三四枚目表三行目末尾までを次のとおり改める。

「否定できないし、清吉は、本件契約当時八〇歳の高齢であった上、前記認定のとおり健康を害しており、本件契約が清吉亡きあとの控訴人の将来の生計を配慮してなされたものであろうことも推認するに難くない。しかしながら、本件契約当時、清吉は、その症状に一応の改善がみられて愛知県がんセンター病院を退院していたことは先に認定したところであり、その死期が差し迫って確実視されるうな状況にあったとは認められない。そして、仮に控訴人と清吉の前記関係を法的保護に値する内縁関係(重婚的内縁関係)とみることができるとしても、そもそも財産分与の権利義務は、両者が関係を解消されることによって発生するものであるところ、本件契約当時、清吉と控訴人間に両者の関係を解消するような協議がされた事実は認められないし、また、前示事実関係によれば、本件契約は、清吉の死亡の有無及びその時期を何ら問題とすることなく、一定の期限を定めて履行すべきことが約定されており、現に、その約定期限(清吉死亡前)に支払が履行されているものである。加えて、清吉をはじめとする関係者において、本件支払が贈与契約に基づくものであることに些かの疑念を抱いていなかったことも先に認定したとおりである(ちなみに、本件契約に先立って清吉から控訴人に対してされた昭和五二年六月一五日の土地の贈与は、清吉が愛知県がんセンター病院に入院中にされているが、控訴人は、これについても贈与として、所定の贈与税を申告、納付しているところである。)。そうであれば、本件支払をもって、清算的な意図にもとづいてされたものであり、財産分与、殊に死亡による内縁関係解消の際の財産分与と同視すべきものとはいえないから、右事実を前提に被控訴人の本件課税処分の違法を言う控訴人の主張も、採用できない。」

5  同三六枚目表二行目の「次いで原告は、」から九行目末尾までを次のとおり改める。「次に、控訴人は、国税通則法九八条二項をもって、制度の趣旨及び同条の精神からみて、裁決理由にあってものちの税務署長の更正決定等を招くような不利益事実を指摘してはならないことを義務付けた規定であり、手続的にも、裁決庁は釈明権を行使するなどして審査請求人がのちに不利益な更正決定を受けることのないように配慮すべき義務があるとした上、昭和五八年一二月一四日付け裁決はこれらに反した違法な裁決であり、ひいて本件更正等もこの違法な裁決に触発されてされたものであるから違法である旨主張する。しかしながら、同条項所定の不利益変更禁止は、被控訴人が当審で付加して陳述するように、あくまでも国税不服審判所長への審査請求に係る裁決主文に対する制約にすぎないのであって、国税不服審判所における審理の内容や裁決の理由の記載の仕方にまで及ぶものではないし、まして、国税通則法二六条の規定に基づいてする税務署長の更正処分に制約を及ぼすものとは解されない。それゆえ、控訴人の右主張は、採用できない。」

二  よって、控訴人の請求を棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから棄却し、控訴費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 宇野榮一郎 裁判官 日高乙彦 裁判官 三宅俊一郎)

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