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名古屋高等裁判所 昭和62年(ネ)369号 判決 1988年4月21日

主文

一1  原判決主文一項中、被控訴人合名会社八千代館に対する亡訴外岡戸まんの持分金三万八〇〇円に基づく残余財産分配請求権が被控訴人岡戸一子に帰属することを確認した部分を次のとおり変更する。

2  被控訴人合名会社八千代館に対する亡訴外岡戸まんの持分金三万八〇〇円に基づく残余財産分配請求権につきその持分二分の一が被控訴人岡戸一子に帰属することを確認する。

3  被控訴人岡戸一子のその余の請求を棄却する。

二  控訴人江崎弓代の原審第二一九号事件にかかる控訴及び控訴人らの各その余の控訴を棄却する。

三  訴訟費用中原審第二一九号事件に関する分についての控訴費用は控訴人江崎弓代の負担とし、その余の分については、第一、二審を通じてこれを二分し、その一を被控訴人岡戸一子の負担とし、その余を控訴人らの負担とする。

事実

第一  当事者の申立

一  控訴人ら

1  原判決主文一項を取り消す。

2  被控訴人岡戸一子(以下「被控訴人岡戸」という。)の請求を棄却する。

3  原審第一二五号事件の訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人岡戸の負担とする。

二  控訴人江崎弓代(以下「控訴人弓代」という。)

1  原判決主文二項を取り消す。

2(一)  主位的請求

被控訴人合名会社八千代館(以下「被控訴人会社」という。)は控訴人弓代に対し、原判決別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)につき、持分移転登記手続をせよ。

(二)  予備的請求

被控訴人会社は控訴人弓代に対し、金四一四七万一八八八円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

3  原審第二一九号事件の訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人会社の負担とする。

4  2(二)につき仮執行の宣言

三  被控訴人岡戸

1  控訴人らの原審第一二五号事件にかかる本件各控訴を棄却する。

2  右事件の訴訟費用は控訴人らの負担とする。

四  被控訴人会社

1  控訴人弓代の原審第二一九号事件にかかる本件控訴を棄却する。

2  右事件の控訴費用は同控訴人の負担とする。

第二  当事者の主張

一  原審第一二五号事件

(被控訴人岡戸の請求原因)

1(一) 被控訴人岡戸は、訴外亡岡戸まん(以下「まん」という。)の長女である。控訴人弓代は、まんの二女訴外亡伊藤光子(以下「光子」という。)とその夫である訴外亡伊藤正七(原審第一二五号事件相被告、以下「正七」という。)の長女であり、同伊藤雅恵(以下「控訴人雅恵」という。)は、光子と正七の二女である。控訴人伊藤正樹(以下「控訴人正樹」という。)、同伊藤まどか(以下「控訴人まどか」という。)及び同伊藤直樹(以下「控訴人直樹」という。)は、いずれも正七の養子である。

(二) まんは、昭和二五年一二月二〇日死亡し、被控訴人岡戸及び光子が相続によりその権利義務を承継した。

(三) 光子は、昭和三七年一二月一二日死亡し、控訴人弓代、同雅恵及び正七が相続によりその権利義務を承継した。

(四) 正七は、昭和六二年二月四日死亡し、控訴人弓代、同雅恵、同正樹、同まどか及び同直樹が相続によりその権利義務を承継した。

2(一) 被控訴人会社は、演芸場の経営を目的とする合名会社であり、まんは三万八〇〇円、被控訴人岡戸は二万八〇〇円、光子は一万円の各持分を有する社員であった。

(二) 被控訴人会社は、昭和二五年八月一五日、総社員の同意により解散した。

3(一) まん死亡後の昭和二六年一月末ごろ、被控訴人岡戸と光子は、その遺産の分割について協議した。その結果、まんの遺産は被控訴人会社の社員の持分だけであったので、両者の間で、これを被控訴人岡戸が七、光子が三の割合で取得することにした上、光子が承継取得した右持分(九二四〇円)と前記同人の固有の持分(一万円)とを被控訴人岡戸が光子から代金七十数万円で買い受けることを合意した。

(二) 被控訴人岡戸は、その後間もなく、光子に対して右代金七十数万円を支払い、これにより、被控訴人会社の持分(残余財産分配請求権)は、すべて同被控訴人の取得するところとなった(後記4の合意は、右遺産分割協議及び光子の持分譲渡を再度確認したものにすぎない。)。

4 前項の事実が認められないときは、予備的に次の主張をする。

(一) 被控訴人岡戸は、次のとおり、遺産分割協議若しくは残余財産分配請求権の譲渡により、まんの有した被控訴人会社の持分(残余財産分配請求権)を取得した。

(1) 光子の共同相続人であり、かつ、同様に光子の共同相続人である控訴人弓代及び同雅恵の親権者正七は、昭和四〇年七月ごろ、当事者及び右控訴人両名の法定代理人を兼ねて、被控訴人岡戸との間で、まんの遺産の分割につき協議した。右協議により、まんの有した被控訴人会社の持分に基づく残余財産分配請求権はすべて被控訴人岡戸が取得することが合意された。

(2) 光子は、まんの死亡により、まんの有した被控訴人会社の持分(残余財産分配請求権)の二分の一(一万五四〇〇円相当)を取得したところ、正七は、昭和四〇年七月ごろ、前記のとおり当事者及び前記控訴人両名の法定代理人として、被控訴人岡戸に対し、右残余財産分配請求権をすべて譲渡した。これにより、被控訴人岡戸は、自己の取得した二分の一の権利と合わせて、まんの有した被控訴人会社の持分に基づく残余財産分配請求権をすべて取得した。

(二) 正七は、昭和四〇年七月ごろ、前記のとおり当事者及び前記控訴人両名の法定代理人として、被控訴人岡戸に対し、光子固有の前記被控訴人会社の持分(一万円相当)に基づく残余財産分配請求権をすべて譲渡した。

5 しかるに、控訴人らは、前項の合意を争い、右合意に基づく手続を履行しない。

6 よって、被控訴人岡戸は控訴人らに対し、被控訴人会社に対するまんの持分三万八〇〇円の、光子の持分一万円の各残余財産分配請求権が被控訴人岡戸に属することの確認を求める。

(請求原因に対する控訴人らの認否)

1 請求原因1、2の各事実は認める。

2 同3、4の各事実は否認する。

3 同5の事実は認める。

(控訴人らの主張)

仮に、請求原因4の各合意(以下「本件合意」という。)がされたとしても、右合意は無効である。

1 請求原因4(一)の合意(以下「本件(一)の合意」という。)について

(一) 本件(一)の合意は、まんの被控訴人会社の出資持分を対象とする遺産分割協議としてされたものである。被控訴人は、これを残余財産分配請求権の譲渡であるともいっているが、右合意を記した相続財産分与協定書なる書面(甲第二号証)に「出資持分」と記載されていることなどからみても、本件(一)の合意は、まんの持分を被控訴人岡戸に相続させる旨の合意であって、遺産分割協議にほかならない。これを、残余財産分配請求権を譲渡する合意などというのは、遺産分割協議を譲渡契約にすり替えて、後述する利益相反行為にあたらないとする結論に結び付けようとするものにほかならない。

ところで、右遺産分割協議(以下「本件遺産分割協議」ともいう。)は、正七、控訴人弓代、控訴人雅恵及び被控訴人岡戸の四者間の契約であり、正七と右控訴人ら間及び控訴人弓代と控訴人雅恵間にそれぞれ利害が対立する契約関係が生じるのに、共同相続人である正七が同じ共同相続人で未成年者であった右控訴人両名を代理してしたものであるから、利益相反行為として、民法八二六条に反して無効であることは明らかである。

(二) 更に言えば、本件(一)の合意は、自己契約、双方代理を禁じた民法一〇八条に違反して無効である。

共有物の分割は、全共有者間に利害の対立を生じるから、全共有者が分割手続に参加することを要するものであり、したがって、共有物分割協議が複数の共有者に共通する代理人によってされたときは、民法一〇八条に違反することとなる。未分割遺産の共有関係も、一般の共有物の所有関係と同様、各相続人(各共有者)間に相対立する法律関係を形成している。遺産分割協議は、共同相続人間の一種の契約であり、共有物分割協議と同様、各相続人(各共有者)間に利害の対立する行為であるから、数名の相続人に共通の代理人が関与することは、一般の共有物分割の場合と同様に許されないことである。本件遺産分割協議は、共同相続人である正七が同じく共同相続人の関係にある控訴人弓代及び同雅恵を代理してしたものであるから、前記のとおり、民法一〇八条に違反し無効である。

2 請求原因4(二)の合意(以下「本件(二)の合意」という。)について

合名会社が解散し清算中は、その効果として、社員は、持分を譲渡することも退社することもできなくなり、利益配当請求権を失い、代わりに残余財産分配請求権を取得することとなる。そして、社員は、持分を譲渡することができない以上、残余財産分配請求権も譲渡できなくなるものといわなければならない。この場合、社員全員の合意により一名のみの社員に対して会社の財産を移転する趣旨でする残余財産分配請求権の譲渡は任意清算の方法として有効である、との見解は不当である。なんとなれば、任意清算の方法として総社員の同意をもって定めることができるのは、会社財産の処分方法であって(商法一一七条一項前段)、持分若しくは持分の払戻請求権あるいは残余財産分配請求権の処分方法ではない。また、任意清算であれば、解散の日より二週間以内に、財産目録及び貸借対照表を作成し、会社債権者に対し異議を述べるべき公告、催告をするなどの手続をしなければならないのに(同法一一七条一項後段、三項、一〇〇条)、残余財産分配請求権の譲渡の場合、通常これらの手続も踏まれないからである。

本件において、被控訴人岡戸主張のとおり、被控訴人会社は昭和二五年八月一五日に総社員の同意により解散され清算中であるから、正七、控訴人弓代及び同雅恵は、いずれも相続によって取得した被控訴人会社の残余財産分配請求権を譲渡することはできず、したがって、これに反する本件(二)の合意は、無効である。

(右控訴人らの主張に対する被控訴人岡戸の反論)

1 本件(一)の合意が利益相反行為若しくは民法一〇八条に違反するとの主張は争う。

2 商法七三条が譲渡を規制する社員の持分とは、社員たる地位を指すものであって、利益配当金支払の権利や残余財産分配請求権については、他の社員の承諾なくしてこれを適法に譲渡することができるのである(大審院昭和九年一二月二八日判決・民集一三巻二二六一頁)。このように、社員たる資格を表す持分の譲渡について一定の制限があることから、本件で問題となっている残余財産分配請求権の譲渡の効力まで否定することはできない。

(被控訴人岡戸の主張)

1 本件合意が民法八二六条に抵触するとしても、控訴人弓代は昭和四二年一二月二六日、同雅恵は同四七年一月二日、それぞれ成人した。そして、右控訴人両名は、正七によって本件合意がされたことを十分知りながら、本件訴訟が提起されるまでの間、右合意について何らの異議も述べず、これを追認した。ことに、被控訴人岡戸が本訴を提起する以前、正七は、被控訴人岡戸の代理人との話合いで本件合意の効力を何も争わなかった。右控訴人両名は、正七を代理人としてこの被控訴人代理人との折衝に当たらせていたのであるから、正七を通じて本件合意を追認したものということができる。また、正七、控訴人弓代及び同雅恵は、本訴提起まで本件合意の効力を認めていたのであるから、本件合意が利益相反行為に当たることを主張するのは、信義則に反する。

2 更に、民法八二六条に違反した法律行為は、当然に無効になるのではなく、単に取り消すことができるにすぎない(大審院昭和一二年一〇月一八日判決・法学七巻一三〇頁)。そして、取消権は、行為のされたときより一〇年を経過することによって時効により消滅するところ、控訴人弓代及び同雅恵は、この取消権を行使していない。仮に、右控訴人らが原審において本件合意の無効を主張した時をもって取消しの意思表示があったとしても、右主張は、昭和六〇年六月二二日付け準備書面によってされているから、右控訴人らの取消権は、時効により消滅した。被控訴人は、右時効を援用する。

(右被控訴人岡戸の主張に対する控訴人らの反論)

1 右被控訴人岡戸の主張はすべて争う。利益相反行為は、無権代理行為として追認がない限り無効である。

2 控訴人弓代及び同雅恵が本件合意(甲第一、第二号証)の存在を知ったのは、本訴が提起される直前のことである。そして、同控訴人らは、常に権利を主張し、仮差押手続及び訴訟手続を進めてきたから、追認などすることはありえない。また、正七においても、本訴の費用及び仮処分の保証金を出しただけでなく、以前から登記簿謄本や戸籍謄本を取り寄せていたもので、追認するような状況にはなかった。

二  原審第二一九号事件

(控訴人弓代の請求原因)

1 当時者及び関係人並びに被控訴人会社に関する事実は、原審第一二五号事件の請求原因1、2項記載のとおりである。

2 したがって、昭和五九年一二月七日当時、被控訴人岡戸は持分三万六二〇〇円、正七、控訴人弓代及び同雅恵の三名は持分合計二万五四〇〇円(まんの持分一万五四〇〇円と光子の持分一万円との合計)の各割合に基づく被控訴人会社の残余財産分配請求権を有していたところ、正七及び右控訴人両名は、同日、商法一四四条に基づき、被控訴人会社の清算に関する継利を行使すべき者として、控訴人弓代を選任した。

3 被控訴人会社は、本件土地を所有している。

4 解散後の合名会社の社員が有する残余財産分配請求権は、原則として金銭債権であるが、換価の容易でない物件が存するときは、現物分割を請求することができるものと解すべきところ、本件土地は、その地上に第三者の所有する建物が存在し、そのため容易に換価することができない。

よって、控訴人弓代は被控訴人会社に対し、主位的に、残余財産分配請求権に基づき、本件土地につき持分移転登記手続を求める。

5 本件土地の時価は一平方メートル二五万円を下らないから、その六万一六〇〇分の二万五四〇〇に相当する価格は四一四七万一八八八円である。

よって、控訴人弓代は被控訴人会社に対し、前項の主張が認められないときは、予備的に、残余財産分配請求権に基づき、右土地価格相当の四一四七万一八八八円及びこれに対する訴状送達の翌日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(請求原因に対する被控訴人会社の認否)

1 請求原因1の事実は認める。

2 同2の事実は争う。

3 同3の事実は認める。

4 同4、5の各事実は争う。

(被控訴人会社の主張)

原審第一二五号事件の請求原因3項及び4項記載のとおりであって、控訴人らは、被控訴人会社に対して残余財産分配請求権を有しない。

(控訴人弓代の主張とこれに対する被控訴人会社の反論)

控訴人弓代の主張とこれに対する被控訴人会社の反論は、原審第一二五号事件における控訴人らの主張、右控訴人らの主張に対する被控訴人岡戸の反論、被控訴人岡戸の主張、右被控訴人岡戸の主張に対する控訴人らの反論として記載したところと同一である。

第三 証拠関係(省略)

理由

第一  原審第一二五号事件

一  請求原因事実について

1  請求原因1、2及び5の各事実は、被控訴人岡戸と控訴人らとの間で争いがない。

2  被控訴人岡戸は、まん死亡後の昭和二六年一月ごろ、同被控訴人と光子との間で、まんの遺産について分割協議が成立し、更に同被控訴人において、光子からその有する被控訴人会社の持分を七十数万円で買い受けた旨主張し、原審及び当審における被控訴人岡戸本人尋問中には、右主張事実にそう供述が存する。しかしながら、右合意を裏付ける書類は何ら存しない。また、本件全証拠によるも、被控訴人岡戸において、後記認定の本件合意がされた際、まんの遺産分割協議が既に成立し、あるいは、同被控訴人が光子の持分を既に買い受けているとの主張をしたような事実もうかがわれない。こうした点に加えて、原審における原審第一二五号事件被告亡伊藤正七(以下証拠の関係では「原審における被告正七」という。)及び当審における控訴人弓代各本人尋問の結果に照らすと、右被控訴人岡戸の供述部分は採用し難く、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

3  前記争いのない事実と、成立に争いのない甲第一、第二号証、乙第一、第六、第一三号証、原審及び当審における被控訴人岡戸、原審における被告正七、当審における控訴人弓代各本人尋問の結果を併せると、(1) 被控訴人会社の出資金による持分は、解散時、まんが三万八〇〇円、被控訴人岡戸が二万八〇〇円、光子が一万円であったが、まんの死亡により、被控訴人岡戸と光子がまんの持分を均等に相続したこと、(2) そして、更に光子の死亡により、昭和三七年一二月一二日、その持分を夫の正七、長女の控訴人弓代(同二二年一二月二六日生)及び二女の同雅恵(同二七年一月二日生)が共同相続したこと、(3) しかしながら、光子の生前中に、まんの遺産について特に協議されたことはなく、その後も被控訴人会社の商業登記簿上の出資金に関する事項は解散時のままとなっていたこと、(4) そのため、被控訴人岡戸は、知人に相談し、その助言を受けて、<1>光子の被控訴人会社の出資持分を無償で譲渡する旨記載し、当事者として、伊藤光子相続人伊藤弓代、伊藤雅恵、右親権者伊藤正七と表示した持分譲渡証書と題する書面(甲第一号証、以下「本件譲渡証書」という。)及び<2>まんの相続財産である同人名義の被控訴人会社の出資持分を全部被控訴人岡戸に分与することを承諾する旨記載し、当事者として、被控訴人岡戸、伊藤光子右相続人伊藤弓代、伊藤雅恵、右親権者伊藤正七と表示した相続財産分与協定書と題する書面(甲第二号証、以下「本件協定書」という。)を用意し、同四〇年七月ごろ、正七のもとを訪れて、まん及び光子名義の被控訴人会社の出資持分をすべて同被控訴人が取得することについて同意を求め、これに対して正七は、同被控訴人の申入れを承諾し、本件譲渡証書及び本件協定書に、控訴人弓代及び同雅恵の親権者として両名を代理して捺印したこと、以上の事実が認められ、原審及び当審における被控訴人岡戸本人尋問中右認定に抵触する供述部分は、前掲証拠に照らして採用し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右事実によれば、本件合意の存在が認められる。そして、本件(一)の合意については、被控訴人岡戸はこれを単なる残余財産分配請求権の譲渡契約であるとも主張するが、前示本件協定書が作成されるに至った経緯及びその記載内容等からみて、右合意は、本件(二)の合意と異なり、まんの相続財産である被控訴人会社に対する持分を対象として、同人の共同相続人である被控訴人岡戸並びに同様共同相続人であった光子の共同相続人の正七、控訴人弓代及び同雅恵間で(ただし、右控訴人両名については正七が親権者として代理して)、その権利関係を合意したものであって、その実質はまんの相続財産についての遺産分割協議であると認めるのが相当である。

二  本件(一)の合意と利益相反性について

1  前記認定のとおり、本件(一)の合意は、まんの共同相続人である光子の共同相続人の正七が、相続人本人並びに他の共同相続人で子の控訴人弓代及び同雅恵の法定代理人(親権者)としての地位に基づいて、まんの共同相続人である被控訴人岡戸との間でしたまんの遺産分割協議とみるべきものである。

ところで、遺産分割に関する手続は、行為の客観的性質上共同相続人間に利害の対立を生じるおそれのあるものであるから、共同相続人である親権者が他の共同相続人である子らを代理してする遺産分割協議は、民法八二六条にいう利益相反行為にあたるものといわなければならない。この場合、利益相反行為にあたるか否かは、当該行為の外形で決すべきであって、親権者の意図やその行為の実質的な効果を問題とすべきではないから、親権者において子らに対して衡平を欠く意図がなく、その代理行為の結果親権者と子の間及び子ら間に利害の対立が現実化されなかったときでも、右遺産分割協議が利益相反行為にあたることにかわりはない(最高裁判所昭和四八年四月二四日第三小法廷判決・裁判集民事一〇九号一八四頁、最高裁判所同四九年七月二二日第一小法廷判決・家庭裁判所月報二七巻二号六九頁参照)。

そうであれば、本件(一)の合意は、被控訴人会社に対する出資持分がまんの唯一の相続財産とされ、正七、控訴人弓代及び同雅恵がともにその取り分がないものであるから、結果として右三者間に利害の対立が生じていないが、なお民法八二六条に違反し、被代理人である控訴人弓代及び同雅恵の追認がない限り、無効であるといわなければならない。

2  被控訴人岡戸は、控訴人弓代及び同雅恵において、成人後に、みずから又は正七を代理人として、本件(一)の合意を追認した旨主張するが、右主張事実を認めるに足りる的確な証拠はない。かえって、被控訴人岡戸は、原審において、本訴提起前の正七との折衝の際、正七が控訴人弓代を説得する旨述べたとも、控訴人弓代が本件合意については子供でわからなかったが今は成人しているので自分の考えでやる旨述べたとも供述し、当審においても同旨の供述をしているが、こうした供述は、同控訴人が本件(一)の合意を納得しておらず、正七に追認の代理権も授与していないことをうかがわせるものである。また、被控訴人岡戸は、控訴人弓代及び同雅恵が利益相反行為を主張することが信義則に反すると主張するが、その前提とする同控訴人らにおいて本訴提起まで本件(一)の合意の効力を認めていたとの事実を認めるに足りる証拠がないから、右主張も採用できない。

3  次に、被控訴人岡戸は、民法八二六条に違反した行為は取り消すことのできる行為であるとして、取消権の時効による消滅を主張するが、同条違反の行為は、前述したように、追認のないかぎり無効と解するのが相当であるから(前掲各最高裁判所判決参照)、右主張も採ることができない。

三  本件(二)の合意の効力について

当裁判所も、本件(二)の合意は有効であると判断する。その理由は、原判決理由説示(原判決八枚目裏八行目から同九枚目表五行目まで)と同一であるから、これを引用する。ただし、原判決九枚目表三行目の「合名会社」から四行目の「考えられ、」までを次のとおり改める。

「 有効であると解するのが相当である。けだし、こうした譲渡は、清算手続を阻害するものでなく、また、会社債権者を害することにもならないからである。」

四  以上の次第であるから、本件(一)の合意は無効であるが、本件(二)の合意は有効である。そして、本件(一)の合意が無効であるため、まんの有した持分三万八〇〇円に基づく残余財産分配請求権については、被控訴人岡戸はその持分二分の一を所有するにとどまるものというべきである。したがって、被控訴人岡戸の請求のうち、まんの有した持分三万八〇〇円に基づく残余財産分配請求権が同被控訴人に帰属することの確認を求める部分は、その持分二分の一の限度において理由があり認容すべきであるが、その余の部分は理由がなく棄却すべきであり、本件(二)の合意に基づいて光子の有した持分一万円に基づく残余財産分配請求権が同被控訴人に帰属することの確認を求める部分は、理由があり認容すべきである。

第二  原審第二一九号事件

一  請求原因1の各事実は、控訴人弓代と被控訴人会社の間で争いがない。

二  被控訴人会社の主張に対する判断は、第一の一の2及び3項に説示したところと同一である。

三  控訴人弓代の主張とこれに対する被控訴人会社の反論についての判断は、第一の二及び三項に説示したところと同一である。

四  以上の認定・判断によれば、昭和五九年一二月七日当時、正七、控訴人弓代及び同雅恵の三名は、まんの持分三万八〇〇円に基づく被控訴人会社に対する残余財産分配請求権を被控訴人岡戸と共有していたにすぎないものと認められる。したがって、控訴人弓代は、光子の持分一万円に基づいて被控訴人会社に対する残余財産分配請求権を行使することはできない。

また、まんの持分一万五四〇〇円に基づく残余財産分配請求権については、前記認定によれば、本訴提起当時には、右持分は相続人たる被控訴人岡戸、正七、控訴人弓代及び同雅恵の共有するものであるから、このような場合には商法一四四条によれば、まんの右持分に基づいて被控訴人会社の清算に関する権利を行使するためには、相続人たる右四名の協議により右権利を行使すべき者を定めなければならないと解すべきところ、本件においては、右四者間の協議により控訴人弓代が選任されたものである事実を認めるに足りる証拠はない。したがって、控訴人弓代は、まんの持分一万五四〇〇円についても被控訴人会社に対し、残余財産分配請求権を行使することはできない。

それゆえ、控訴人弓代の被控訴人会社に対する本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく失当として棄却を免れない。

第三 結論

よって、原判決中原審第一二五号事件にかかる部分は、右と異なる限度で相当でないから、原判決の一部を主文一項2、3のとおり変更し、その余の控訴を棄却し、原審第二一九号事件にかかる部分は、結論において相当であるから、右の部分についての控訴を棄却し、訴訟費用の負担につき、民訴法九五条、九六条、八九条、九二条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

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