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名古屋高等裁判所 昭和62年(ネ)641号 判決 1988年6月30日

控訴人 甲野花子

右訴訟代理人弁護士 山本紀明

被控訴人 株式会社名古屋観光ホテル

右代表者代表取締役 川瀬尚

右訴訟代理人弁護士 佐治良三

同 太田耕治

同 渡辺一平

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

二  被控訴人は控訴人に対し、金九〇万円及びこれに対する昭和六一年一二月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  控訴人のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、第一、二審を通じこれを一〇分し、その一を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。

事実

一  控訴人は、「(一) 原判決を取り消す。(二) 被控訴人は控訴人に対し、金一〇〇万円及びこれに対する昭和六一年一二月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。(三) 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、「(一) 本件控訴を棄却する。(二) 控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

二  当事者の主張は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示第二項記載のとおりであり、証拠関係は、原審及び当審訴訟記録中の証拠に関する目録記載のとおりであるから、これらを引用する。

(控訴人の付加した陳述)

1  請求原因の項において主張したとおり、本件コートは、昭和六一年一二月一二日(以下「本件当日」ともいう。)被控訴人経営のホテル三階クローク(以下「本件クローク」という。)において保管されている間にすり替わり、同クロークから別のコートが控訴人に返却されたものであって、その前後の機会に本件コートが別のコートにすり替わる可能性はなかった。

すなわち、まず、本件コートが、本件当日控訴人においてこれを着用して外出する以前にすり替わっていなかったことは、控訴人が右外出直前にコートの特徴を確認していることなどからして間違いない。そして、右外出後本件クロークにコートを預けるまで、控訴人は、ずっとコートを着たままであったから、この間にコートがすり替わった可能性もない。

更に、控訴人は、本件クロークからコートの返却を受けてから、男性の友人らと喫茶店に立ち寄った後自動車で帰宅しているが、右喫茶店に赴いた者のうちコートを着ていたのは控訴人だけであったから、この間にコートがすり替わった可能性もない。

控訴人がコートのすり替わったことに気付いたのは、昭和六一年一二月二四日であるが、本件当日からそれまでの間に、本件クロークから返却を受けたコートを着用して外出した者は、控訴人の姉甲野春子(以下「春子」という。)一人(一回)である。そして、春子は、右コートを着用する際ホックを壊したのであるが、同人の帰宅後も右コートのホックは、同じところが壊れていたものであって、同人の着用、外出の際コートがすり替わった可能性もない。

以上のとおり、本件コートが本件クロークにおいてすり替わってしまったことは、前後の経過からして明らかである。

2  本件当日、控訴人が他の友人二名と共に本件クロークに預けたコート等を受取に赴いた際、本件クロークの係の者は、番号札の付いたひもが一本掛けられ、ひとまとめになったコート類を取り出して来て、受渡台の上に置いた。右友人二名のコート等は一つにくるまった感じで、その傍らに本件コートと同じ色のコートがあり、これらを右友人らと控訴人が引き取ると、右受渡台の上に白いコート一着が残った。右係の者は、この白いコートも控訴人らの物ではないかと問い掛けてきたが、控訴人らは、全然覚えのない物なので否定した。

本件クロークにおいて、控訴人らがコート等の返却を受けた際の状況は右のとおりであり、少なくとも、控訴人らの預けたコート類とは全く関係のない別のコートが傍らに紛れ込んだ状態で保管されていたことが推測される。このことからすると、本件コートは、やはり本件クロークにおける保管中に、他のコートと混同されたとみるべきであり、また、被控訴人の本件クロークにおける預り品の保管状態に管理不十分な点があったことも明らかというべきである。

(被控訴人の付加した陳述)

1  本件コートが控訴人主張のとおり本件当日午後七時ごろから同日午後九時ごろまでの間に、本件クロークにおいて紛失したとの確証はない。

すなわち、本件コートは、昭和五六年に購入されたというのであるが、その後特段控訴人のみがこれを保管、着用していたわけではなく、むしろ、控訴人の姉らも自由にこれを着用してきたものである。したがって、本件コートが控訴人の姉らが着用した際などに、現在控訴人の所持するコート(以下「現存コート」という。)とすり替わった可能性は、本件当日の以前にも以後にも十分存する。

特に、控訴人は、本件当日本件クロークからコートの返却を受け、これを着用して帰った際、コートがすり替わったことに気付かなかったというのであるが、この点は、控訴人が事前にコートの特徴等を興味を抱いて調べていた旨の言と対比すると、極めて不可解であり、むしろ、いずれにせよ、控訴人が本件クロークに預けたコートと同所から返却を受けたコートとは同一の物であったと推測される。

なお、後記のような本件クロークにおける預り品の管理方法からしても、控訴人に対し、その預け入れたコートとは別のコートが返却されたとは通常考えられず、また、本件当日の預り品に関し、本件クロークに対し、他の顧客からの関連する事故申出等もなかった。

2  被控訴人の本件クロークにおける預り品の管理は、その注意義務を十分尽くしたものであり、過失はない。

すなわち、右管理方法は、顧客からの申込みによりその手荷物を預かる際には、二枚で一組となった番号札を使用し、そのうちの一枚を顧客に渡し、当該手荷物にもう一枚の方の番号札を付けた上、これを保管場所に保管し、顧客が手荷物を受取に来た際には、顧客から所持する番号札を見せてもらい、これと手荷物の番号札の番号とが一致するかどうかを確認した上、手荷物を返却するという。ホテルのクロークにおいて一般的に採られている方法によったものであり、控訴人から預かったコートも右の管理方法に従い、保管、返却が行われたのであるから、被控訴人に責められるべき点はない。

なお、本件クロークでは、事故のない限り、これに関する記録は作成せず、また、預り品を返却する際、その場で顧客から事故申出がない限り、前記のとおり番号札の確認を行うこと以上に物件の異同等につき確認の手続をとっていなかったが、これは、無償で大量の預り業務を履行するという業務の性質上やむを得ないものであり、仮にかかる事情の下で、後日に至り紛議を生じた本件のような場合に、被控訴人において真偽の確認の方法が一切ないまま、賠償責任を負わされるとすれば、前記のとおり、現在ホテル業務において一般的に採用されている預り証(番号札)による預り業務は不可能となるものである。

理由

《証拠省略》によれば、次の事実が認められ、これに反する証拠はない。

1  控訴人は、昭和五六年一月本件コート(ミンクコートジャケットダーク)を購入し、以後、普段はこれを殆んど着用することなく、自宅の、姉らと共用の洋服だんす内に保管していた。控訴人宅には、他にミンクコートはなかった。

2  控訴人は、昭和六一年一二月一二日、被控訴人の経営するホテルで開かれるクリスマスパーティーに出席するにつき、右ミンクコートを着用すべく、右洋服だんすからこれを取り出した際、たまたま興味を抱いてコートの裏地や作りなどを見、裏地の飾りに三つ輪の模様が付いていることを知った。なお、この時までに、本件コートが別のコートにすり替わってしまったと控訴人が感じたことは全くなかった。控訴人は、右ミンクコートを着用し、友人の運転する自動車に同乗して同ホテルに赴き、同日午後七時ごろ、同ホテル内の本件クロークにおいて、被控訴人所属の同クローク係員に対し、右ミンクコートを手渡し、預け入れた。その際、控訴人と同道した友人二名の女物コート一着及び男物ジャケット一着も控訴人の右ミンクコートとともに一括して預け入れられた。

3  右ホテルにおけるパーティーの参加者は一〇〇〇名ほどで、控訴人ら以外の者も、多数本件クロークにコート類等を預け入れる状況であった。右パーティーは、同日午後九時ごろ終了し、その参加者が多数帰途につこうとしたため、本件クロークにも預けた物の返却を受けようとする客がたくさん詰め掛けた。

4  控訴人も、右パーティー終了後間もなく、友人らと共に、本件クロークに赴き、預け入れていたコートの返却を受けようとした。控訴人らが預入れの際本件クロークの係員から受け取っていた番号札(預り証)を提示すると、係員は、本件クローク内の保管場所から、同じ番号札の付いた一本のひもでひとまとめにくくられた状態のコート等を出して来て、カウンターの上に置いた。その中から、控訴人の友人二名がそれぞれ自分の女物コート、男物ジャケットを取り上げ、控訴人が茶系統の色のミンクコートを自分の着用して来たコートと思って取り上げた。すると、カウンターの上に、白色のコート一着が残った。係員は、右白色のコートも控訴人らの持物かと思い、控訴人らに対し、その旨問い掛けてきたが、控訴人らは右白色コートには全く覚えがなかったので、即座に否定し、本件クロークを離れた。

5  控訴人は、ホテルを出た後、友人らと喫茶店に立ち寄ったが、その際同行した友人はすべて男性であり、その喫茶店の客の状況等からしても、控訴人が本件クロークにおいて受け取り着用していたミンクコートを他のコートと取り違えられる状況にはなかった。控訴人は、右喫茶店を出た後自動車で自宅まで送ってもらい、帰宅後、特段その所持するミンクコートが当日自宅から着用して行ったものか否かを確認することなく、従来どおり、洋服だんすの中にしまっておいた。

6  その後、同月二四日までの間に、控訴人の姉春子が母に断って、前記洋服だんす内にしまってあるミンクコートを着用して外出しようとしたが、その際春子は、そのコートに付いているホック(止め金)のうち、一番上のものを壊してしまった。春子は、そのままそのコートを着用して外出し、帰宅した後コートを確認すると、やはりホックの一番上のものが壊れていたが、そのまま修理に出すことなくこれを前記洋服だんす内にしまった。

7  本件当日から一二日後である昭和六一年一二月二四日、控訴人は、ミンクコートを着用して外出しようとし、洋服だんす内からミンクコートを取り出し、春子がしまった時と同じくホックが壊れているのを知った。そして、控訴人がこれを長袖の洋服の上に着てみると、以前に同様の服の上に着用した際に比べ、若干袖が短く、全体的に窮屈な感じがしたので、その旨控訴人の母に話すと、同人も、このミンクコートは丈を短くする修繕がしてあることや、毛の色、つや、手触りなどから、前記のとおり控訴人が昭和五六年一月に購入した本件コートとは別の物である旨話していた。

8  控訴人は、その後裏地の飾りに付いている模様の輪の数が違うことや裏地の色などから、その所持する現存コートが本件コートとは違うことを確認し、また、念のため本件コートを購入した先の株式会社乙山商事の担当者に確認してもらったところ、やはり同様の回答を得た。

なお、現存コートは、本件コートと同じ茶系統の色のものではあるが、正確にはデミパフと称されるもので、本件コートのダークとは色調が異なる。もっとも、右二つの色調は、素人には区別しにくいものである。

二 以上の事実によれば、まず、本件コートと現存コートとは、等しくミンクコートとはいっても、全く別の物であることが明らかである。

そこで、本件コートと現存コートがいつの時点ですり替わったのかにつき検討するに、前記一の1、2、5ないし7で認定した事実によれば、常識的にみて、本件コート購入時から控訴人において本件当日本件クロークにミンクコートを預け入れるまでの間、若しくは、控訴人が本件当日本件クロークからミンクコートの返却を受けた後現存コートが本件コートと別の物であると確認するまでの間に、本件コートが現存コートにすり替わったと認める余地はないものといわざるを得ない。そして、他方、前記一の3、4認定の事実からすると、控訴人が本件当日本件クロークにミンクコートを預け入れてから、同様ミンクコートの返却を受けるまでの間に、預入れ、返却の混雑等に紛れて、本件クロークにおいて保管中のミンクコート同士が混同され、その結果本件クロークの係員が本件コートを預かりながら、その返却を求められた際、現存コートを手渡してしまったのではないかと疑わせる状況は十分存するものといわなければならない。以上の事情を彼此勘案すれば、本件証拠上、本件コートは、本件当日本件クロークにおいて保管されている間に現存コートとの混同が生じ、現存コートの方が控訴人に手渡されてしまったものと認めざるを得ない。

これに対し、被控訴人は、前記のとおり、反論として、(一) 控訴人の姉らも本件コートを自由に着用し得る状況にあり、その際現存コートとすり替わった可能性も考えられること、(二) 本件クロークにおける預り品の管理方法からして、クローク内において預り品の混同が生じるおそれはないこと、(三) 本件当日の本件クロークにおける預り品に関し、本件と関連する事故届等が一切なかったこと、(四) 控訴人が本件当日本件クロークからミンクコートの返却を受けた直後に、それが本件コートと別の物である旨指摘しなかったのは(仮にその時点で現存コートにすり替わっていたとすれば)不可解であること、などの点を指摘する。しかしながら、右のうち、(一)の点は、単なる抽象的可能性を指摘するにとどまるものであって、何ら具体的な反証に基づくものではなく、(二)、(三)の点も、本件コートが本件当日本件クローク内での保管中他と混同されたか否かを具体的に判断する上で、これを直接左右すべきほどの事柄ではないというべきである。また、(四)の点については、《証拠省略》に、本件クロークからミンクコートの返却を受ける際、茶系統の色で女物のミンクコートは、控訴人のものと友人丙川のものの二つしかなく、このうち丙川のものは同人が確認の上取り上げたので、残りの茶系統の色のミンクコートが控訴人のものと考え、そのときはクローク係員を信用していたこともあり、特段それが本件コートかどうかを確かめることなく受け取ってきた旨、また、当夜は袖なしの服を着ていたので、右のとおり受け取ったコートを着用しても、その大きさ、寸法などにつき特段異和感を持たなかった旨の記載・供述がみられるところ、前記一の認定事実等(なお、本件コートと現存コートが一見酷似していることは、被控訴人も認めるところである。)に照らし、右各供述等は、格別不自然とはいえず、十分首肯できるものであり、したがって、この点に関する被控訴人の前記のような指摘は、当を得たものではないというべきである。

三 そこで、その余の請求原因事実の当否につき判断する。

1 《証拠省略》によれば、被控訴人において、前示のとおり本件当日本件クローク内で現存コートと混同された本件コートの行方を確認することができず、これを控訴人に返還することが事実上不可能な状況にあること、すなわち、本件コートを紛失してしまったものであることは明らかである。

また、前示の事実関係によれば、被控訴人は商人として、そのホテル営業の範囲内において、本件当日控訴人から、その所有に係る本件コートの寄託を受けたものというべく、これに伴い被控訴人が善良なる管理者の注意をもって本件コートを保管・返還すべき義務を負ったことは、商法五九三条に照らし明らかである。しかるところ、前示のとおり、被控訴人所属の本件クロークの係員において、その具体的な態様はともあれ、控訴人に対し、当初寄託を受けた物と別の物を手渡してしまい、結局被控訴人において右受寄物(預り品)を紛失させてしまった点については、被控訴人の本件クロークにおける受寄物の保管・返還業務に関し、右のような注意義務に反する明白な過失が存したものといわざるを得ない。

なお、被控訴人は、前記のとおり、無償で大量の預り業務を履行するという業務の性質等を挙げ、本件のような場合に被控訴人が責任を問われるべきではない旨主張するが、本件のようなホテル経営に付随する寄託契約につき、特に受寄者の責任を減免すべきものとする法的根拠は何ら見いだすことができず、現に前示のとおり客観的な証拠により、被控訴人の過失で受寄物が紛失してしまったと認められる以上、被控訴人が債務不履行責任を負うべきは当然といわなければならない。

以上によれば、被控訴人は、控訴人に対し、本件コートの紛失につき、控訴人との間の寄託契約に基づく債務不履行責任を負うものというべく、右紛失により控訴人に生じた損害を賠償する責任がある。

2 《証拠省略》によれば、控訴人は、購入先(前記株式会社乙山商事)に叔父の友人がいた関係で、本件コートを当時の卸値である八〇万円で購入したが、当時の本件コートの小売価格は一五〇万円であったこと、同種のコートの昭和六二年一月ごろの小売価格は九〇万円ないし一〇〇万円程度であること、控訴人は、前示のとおり、普段は本件コートを自宅の洋服だんすの中に保管していたものであり、購入時(昭和五六年一月)から本件当日(昭和六一年一二月一二日)までの間、これを着用したのは極めて少数回であり、本件コートには、本件当日まで特段傷んだ箇所はなかったことが認められ、これに反する証拠はない。

以上の事実によれば、本件コートが紛失した当時(前示の事実関係からして、右紛失の時期は本件当日と認められる。)の本件コートの時価は、約九〇万円程度であったと認めるのが相当であり、控訴人は、本件コートの紛失により同額相当の損害を被ったものというべきである。

四 以上によれば、控訴人の本訴請求は、債務不履行に基づく損害賠償金九〇万円とこれに対する債務不履行の日(前示のとおり本件コートが紛失したと認められる本件当日)の翌日である昭和六一年一二月一三日から支払済みまで商事法定利率の範囲内である年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから正当として認容すべきであるが、その余は理由がないから失当として棄却すべきである。

五 以上のとおりであるから、原判決を主文第二項以下のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 宇野榮一郎 裁判官 日髙乙彦 畑中英明)

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