名古屋高等裁判所金沢支部 事件番号記載ナシ 判決
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役壱年に処する。
訴訟費用は当審並に原審共被告人の負担とする。
理由
檢察官中村利彦控訴趣意の要旨は、
原判決は被告人に対し起訴状記載の公訴事実中訴因第一のみを有罪とし、これに対し懲役六月の言渡をし訴因第二、第三については犯罪の証明がないとして無罪の言渡をした。しかしながらこれは刑事訴訟法第三百十九條第二項の解釈を誤まりひいて事実の認定を誤つたものと考えられる。
即ち補強証拠に関する同條項の解釈については、
(一) 如何なる補強証拠を必要とするか即ち所謂罪体の全部について存することを要するか、
(二) 補強証拠の証明力はどの程度のものであることを要するかの二点が問題とされるが学説としては(一)については罪体の全部について存することを要する(二)については自白と相まつて罪体を証明できる程度のものであれば充分であるとの見解が有力のようであるが最高裁判所は(一)については必ずしも罪体の全部につき存在することを要しないとし(少くとも自白と独立して補強証拠のみで罪体について確信を得ることを要するとの見解をとつていない)(二)については補強証拠は自白と相まつて犯罪事実を認定し得るものであれば足り自白の全部を裏付ける程度のものであることを要しないとの見解をとつている(昭和二十三年十一月五日大法廷判決、昭和二十三年十月三十日第二小法廷判決)思うに公訴事実を認定するに当り自白の外に補強証拠を必要とする所以のものは、それにより自白の眞実性を客観的に担保する爲めに外ならないから自白のみでもそれで充分の心証が得られるならば有罪と認定してもよい訳である。
されば新憲法第三十八條第三項の規定にも拘らず旧刑訴の時代に於て最高裁判所は公判の自白ある場合は他に補強証拠を必要とせずそれのみによつて有罪と認定してよいとの見解を採つたのであるが新刑訴は公判廷の自白にも補強証拠を必要とすることを規定するに至つた爲め公判廷に於ける自白についても何らかの裏付証拠を要することとなつた次第であり、以上の経緯並に我國の裁判、檢察、警察の実状に鑑みるときは自白の裏付けとなる証拠は犯罪事実の全部に亘るものでなくとも自白にかかる事実の眞実性を保証し得るものであればよいとする前記最高裁判所の判例を妥当とすると考えるものである。本件に於て被告人は所謂罪状認否の段階に於て公訴事実全部を自認しているのみならず証拠調終了後に於ける裁判官の尋問に対し、訴因第二、第三の点につき詳細な自白をしている事は明瞭であり、亦同樣な自白を司法警察員、檢察官に対してもしていることはそれらに対する被告人の供述調書の記載に照らし明なところであり、以上の自白がいづれも任意になされた自白であることは論ずるまでもないことであり、司法警察員の取調以來一貫して同趣旨の自白をしている等の点からその自白が眞実に出でたものであることも容易に首肯しうるところであつて原審裁判官と雖もこの点については十分な心証を得られたものと確信する次第である。
然るに本件の場合果して刑事訴訟法第三百十九條第二項の規定の要求する程度の補強証拠が存在しないであろうか。本件公訴事実中無罪とされた訴因第二、第三の窃盜事実は大阪駅待合室及北陸線列車内に於て行われたもので共に被害者不詳のものである爲め被害届若は被害者の供述が証拠として提出されていないものであるけれども被告人が本件賍品をいづれも所持して居り而も入質している事実、しかしてその賍品が被告人又は被告人宅のものでない事実はそれぞれ証拠により証明されたのである。
そこで右補強証拠が前記刑事訴訟法の條項が要求する補強証拠として十分であるか否かであるか前記最高裁判所の判例の趣旨から言つて之を積極に解すべきものと考える。即ち一般的に言つても臟品の存在は窃盜の罪体(判例の所謂犯罪組成事実)の一部に関するものでありそれが自白と相まつて公訴事実を認定しうる資料であることは疑のないところであるが特に本件に於ては自白にかかる事実の眞実性を保証するに足る証明力を有するものであることは本件記録を通覽すれば容易に之を認めうるところである。若しこの程度の補強証拠をもつて有罪と認定するに十分でないとするならば近時頻発しつつあるこの種事案の刑責を問うに由なく治安確保の点から由々しき問題を惹起するに至るであろう。要するに原判決は刑事訴訟法第三百十九條第二項の解釈を誤り十分な証拠の存在するにも拘らず事実の認定を誤つた結果、有罪とすべきものを無罪としたもので破棄を免れないものと信ずる次第であると言うのである。
刑事訴訟法第三百十九條第二項が自白一般の証拠能力を制限する程度即ち自白が同條項により有罪の認定資料として法律上成立する爲に要求せられる自白以外の客観的証拠資料と犯罪構成要件事実(罪体)との間に存すべき関係如何の問題と同法第三百十八條の証拠價値の判断の間題とを先づ峻別することが概念を混同せしめない爲めに必要である。而して前者の問題に於て罪体の如何なる範囲及部分に対し如何なる程度の補強証拠が必要であるかを問えば其の答は罪体の何れの部分であろうとその一部に関し自白を裏付ける何らかの客観的証拠を具備するところがあればそれが如何に微小なものであつても前記條項の要求を最少限度に充足する補強証拠であると断すべきことは同條項の文理解釈によるのみで明白なところである。蓋し同條項はその自白が自己に不利益な唯一の証拠であるときと規定するからである。他方右後者の問題に於ては如何なる証拠が犯罪事実を証明するに足るかが課題なのであり前記第三百十八條が証拠の証明力を裁判官の自由判断に委ねる限りに於ては被告人の自白のみでも犯罪事実を認定しても差支えない筋合であるが只公判廷外の自白について憲法第三十八條第三項の(刑事應急措置法時代)公判廷の自白を含めた自白一般について刑事訴訟法第三百十九條第二項の各制限によりそれが許されないだけなのである。
よつて前段で説明した(前者の問題として)ところの意味に於て右刑事訴訟法第三百十九條第二項の規定する自白証拠の制限に関する補強証拠の最小限に牴触しない限りは有罪を認定する爲め罪体の如何なる部分と範囲に関し如何なる程度の補強証拠を必要とするかの問題は事実を承審する裁判官に於て自白の種類、性質、態樣及び程度若くは範囲などの諸要素に應じ其の具体的な全訴訟資料に於て占める價値の比重や罪体との関聯を見窮め自由な心証により自白の証拠價値を制定することによつて之を決すべくかくして得られた自白の價値が高ければ高い程必要補強証拠はより少く、自白の價値小なれば小なる程より大なる補強証拠を要するものと言わなければならない。故に自白の價値と必要補強証拠の大いさは相互に反比例するのであり其の一方の極は相互に他方の零に対應する。即ち若し自白の價値が零(皆無)の場合は必要証拠の大いさは最極限に達して罪体の全部に一致することとなり恰も自白そのものの存しない場合に於て罪体全部の証明を要するのと彼此同一状態となる。而して自白に証拠價値のないことは自白そのもののないことに等しいから無自白に対し罪体全部の証明資料を要することが動かすことが出來ない定理として承認せられる以上自白に証拠價値の皆無である場合に罪体全部の証明を要することも亦不動の原理として是認せられなければならず、從つてこの原理と同一の結論に帰着した前示の推論の正しいことがそれによつて証明せられたものと言うべきである、よつて右と逆に自白の價値が最高度に達する場合には必要証拠の大いさは最低限に低落することも亦同樣の理由により其の証明を得たものと言うべきである。
ひるがえつて本件について之を見るに、被告人は公訴事実中の第二及第三の事実を同第一の事実と同樣司法警察員、檢察官及原審公廷を通じ一貫して詳細明白な條理をもつて自供し右各種の供述間に矛盾や撞着なく毫も其の任意性を疑わしめるような陰影のないことを認めうると共に、犯罪の組成部分として右自白内容に包含せられる物件の内第二事実に属するものはいづれも被告人の所持せる質札によつて所在を追求せられ入質者より警察員に提出領置されたこと、第三事実に属するものは被告人自ら之を所持し同じく被告人より警察官に提出領置されたことは庄司勇喜子、棚戸康子の各檢察官に対する供述調書と同人らの各提出物件領置調書及押收品目録並に司法警察員に対する被告人の第二回供述調書中被告人の第三事実の自供物件を証第十一号として領置した旨の記載(本件記録中四十四丁に同物件及質札二枚の領置調書が添付せられているのを見るが公判廷に現われて適法な証拠調を経た形跡がないので之を証拠として援用することが出來ない)を綜合して之を認めうるところであり、尚お右第二事実の物件は被告人及被告人方の物件でないことは檢察官に対する米沢きよの供述調書により積極的に認められるところであり第三事実の物件については右同人に示された事跡がないので右の点に関する積極的証明を欠くものであるが同物件が女物衣類であること、被告人の占有に帰属した原由につき何ら首肯すべき資料のないこと、其の他諸般の情況に照らし同物件についても右第二事実の物件と同樣の性質を推定するを妥当とする。
よつて以上を綜合要約するに本件に於ては被告人は第二及第三事実につき自由な意思で犯罪行爲を任意に自白しその自白に対應する物件が現に所有者不詳として存在し而も同物件が被告人の占有に帰したことについて何ら被告人の之に関する自白と矛盾対立する主張、弁解及資料の絶無なことが指摘せられるのであり、かかる証拠関係に基き被告人に対する右公訴事実の犯罪を認定することは前記刑事訴訟法第三百十九條第二項の要求する補強証拠の條件に違反しないのみか、同法第三百十八條の規定する自由な証拠の價値判断にも適合する正当な事実の認定と言うことが出來る、事ここに出でなかつた原判決は右第三百十九條第二項の法規解釈を誤つたか、又は証拠の証明力に関する綜合的價値判断を誤まり延いて犯罪構成事実の誤認に陷つたものであり論旨は理由がある。