名古屋高等裁判所金沢支部 平成10年(ネ)137号 判決 1999年11月15日
控訴人・附帯被控訴人
滋野鐡工株式会社
右代表者代表取締役
滋野正
右訴訟代理人弁護士
菅野昭夫
被控訴人・附帯控訴人
袁桂龍
右訴訟代理人弁護士
伊藤重勝
同
小山達也
主文
一 被控訴人の附帯控訴に基づき原判決を次のとおり変更する。
1 控訴人は被控訴人に対し、金一九五万四三三八円及びこれに対する平成七年八月二五日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被控訴人のその余の請求を棄却する。
二 控訴人の控訴を棄却する。
三 訴訟費用は第一、二審を通じてこれを五分し、その一を被控訴人の、その余を控訴人の各負担とする。
四 この判決の第一項1は、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人
(控訴につき)
1 原判決中、控訴人の敗訴部分を取り消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
(附帯控訴につき)
1 本件附帯控訴を棄却する。
2 附帯控訴費用は被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
(控訴につき)
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
(附帯控訴につき)
1 原判決を次のとおり変更する。
2 控訴人は被控訴人に対し、金五二九万四〇〇〇円及びこれに対する平成七年八月二五日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え(当審において請求を減縮)。
3 訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。
第二 事案の概要
一 本件は、控訴人の所属する富山県国際研修振興協同組合と被控訴人の所属していた上海交通大学との間の協定に基づき、実務研修生ないし技能実習生として来日し富山県砺波市所在の控訴人の作業場で平成五年九月二六日から平成六年一一月一七日まで硝酸を扱う作業(以下「本件作業」という。)に従事していた被控訴人が、右作業による硝酸の暴露により肺機能及び視力に障害を受けたとして、控訴人に対し不法行為又は雇用契約上の債務不履行(安全配慮義務違反)に基づき、損害賠償金(七〇〇万円とこれに対する遅延損害金。ただし、当審で前記のとおり請求額を減縮)の支払の請求をした事案である。
二 原審では、被控訴人に対して安全配慮義務を負担するのが控訴人か(それとも同所で同種の事業を営む訴外富山ステンレス工業株式会社か)、控訴人の安全配慮義務違反の有無、被控訴人の本件作業と被控訴人の各障害と因果関係の有無、損害額が争点になった。原判決は、控訴人が安全配慮義務を負う立場にあり、その義務違反があったこと及び被控訴人の障害のうち肺機能の点について本件作業との因果関係の存在を認定し、損害額については逸失利益一八九万円、慰謝料額二〇〇万円の合計三八九万円を認定し、右金額から過失相殺として六割を控除した一五五万六〇〇〇円に弁護士費用一五万円を加えた一七〇万六〇〇〇円及びこれに対する遅延損害金の支払を命じた。そこで、控訴人(原審被告)がこれを不服として控訴し、他方被控訴人(原審原告)も附帯控訴に及んだ。
三 当事者間に争いのない事実等は、原判決「第二 事案の概要」の一に記載のとおりであるから、これを引用する。
四 当事者双方の主張は、次のとおり当審における補充主張(なお、当事者双方とも、相手方の補充主張を争う。)を付加するほか、原判決「第二 事案の概要」の二に記載のとおりであるから、これを引用する。
(控訴人の当審における補充主張)
原判決は、被控訴人の肺機能低下が本件作業における硝酸蒸気又は硝酸から発生する二酸化窒素(以下「硝酸等」という。)の暴露に起因すると認定・判断したが、これは次のとおり明らかに事実を誤認している。
1 被控訴人はその肺機能の低下を来すほど硝酸等に暴露されていた事実はない。このことは、①被控訴人が一日の作業において硝酸等に暴露する可能性のある作業に従事したのは、五〇分を超えない程度の短時間であったこと、②本件作業場における硝酸等の濃度は極めて低く、硝酸について日本衛生学会が定めた許容濃度をも下回っていること、③本件作業場には酸性ガス用防毒マスク、それに装着する吸収缶、フィルターマスクなどが備え付けられ、被控訴人はこれらを使用して本件作業を行っていたこと(なお、被控訴人がこれらの保護具を使用していたことは、被控訴人が本件作業に従事していた期間に、控訴人において被控訴人のみが使用する右吸収缶を合計一〇四個、フィルターマスクを合計一二〇枚購入していたことから疑う余地がない。)、④被控訴人が本件作業に従事していた期間は平成五年九月二六日から平成六年一一月一七日までの約一年二か月の期間に過ぎず、被控訴人が本件作業に従事する期間の前後に被控訴人より長期間本件作業に従事していた他の作業員に健康被害が生じていないことからみても明らかである。
2 被控訴人に肺機能低下等の症状が生じたこと自体疑わしい上、仮に右症状が生じていたとしても、それは硝酸等の暴露に起因するものではない。すなわち、①被控訴人の主張する症状は、いずれも客観的に証明されたものではなく、被控訴人の主観的な訴えによるものばかりであり、肺活量等の検査も被控訴人の自己申告に依拠する検査にすぎないのであるから、症状の客観性を担保することはできない。②被控訴人は平成六年二月から同年七月までの間に七回福岡病院に通院し、平成七年四月からひらの亀戸ひまわり診療所に通院しているが、被控訴人が福岡病院において訴えた症状は風邪等日常的なさまざまな疾患に由来すると考えてもおかしくない症状であり、しかも症状は一貫していない上、重篤化することもなく、被控訴人はそのまま通院を中止しているし、ひまわり診療所への通院は被控訴人が本件作業を辞めてから約五か月も経過してから開始されたものであり、本件作業との時間的関連性を欠いている上、そこで訴えられた症状も、必ずしも硝酸等の中毒による症状に正しく対応するものではない。
(被控訴人の当審における補充主張)
1 原判決は、被控訴人には防毒マスクを着用するように注意されていたにもかかわらずこれを着用していなかった過失があるとして、六割の過失相殺をしているが、右の認定・判断は誤りであり、被控訴人には損害発生(硝酸中毒罹患)や損害拡大について責められるべき事跡はない。すなわち、本件作業場に防毒マスクが使用できる状態では備え置かれていなかったし、フィルターマスクも備え付けられていなかった(控訴人は、これらを購入して本件作業場に備え付けていたことに関する証拠として、吸収缶やフィルターマスクの納品書(乙二四の1ないし9、二五の1ないし9、二六の1ないし20、三〇の1ないし10)を提出するが、納品書の番号と日付の関係がまちまちであるなど、その記載に不自然なところがあり、右納品書に基づいて保護具の購入の事実を認定することはできない)。
2 仮に、防毒マスク等が備え置かれていたのに被控訴人がこれを装着せず本件作業を行ったことがあったとしても、それは控訴人が硝酸の有毒性、危険性、その暴露、吸引により如何なる疾病に罹患するかとか、右危険を防ぐためにどうすればよいかについて具体的に説明、指導することを怠ったことが直接の原因であるから、過失割合を被控訴人六、控訴人四とする原判決の認定・判断は、余りにも不公平を失するというべきである。
3 原判決は、慰謝料額について、被控訴人が国籍を有する中国の賃金及び物価水準が低いことを基礎事情として考慮した上二〇〇万円と認定しているが、憲法上の平等原則や慰謝料が人の精神的苦痛を金銭でもって慰謝するものであるとの性質等からして、右事情を考慮することは許されず、右認定の慰謝料額も低きに失する。
五 証拠関係は、本件記録中の原審及び当審における書証目録・証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。
第三 当裁判所の判断
一 当裁判所の認定及び判断は、次に付加・訂正するほか、原判決の「第三 当裁判所の判断」の一ないし六に記載のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決一三枚目裏初行目に「しかもその番号は連続している以上」とあるのを削除し、同二行目の末尾に次のとおり付加する。
「被控訴人は、吸収缶やフィルターマスクの納品書(乙二四の1ないし9、二五の1ないし9、二六の1ないし20、三〇の1ないし10)も、番号と日付の関係がまちまちであるなど、その記載に不自然なところがあり、右納品書に基づいて保護具の購入の事実を認定することはできない旨主張する。しかしながら、右納品書は訴外株式会社富士機工作成に係るものであり、控訴人において何らかの作為を加える余地があったとも認めがたい上、吸収缶等の保護具と関係のない商品に関する富士機工作成の納品書にも番号と日付の関係がまちまちのものが存し(乙三九の1ないし21等)、このような納品書が発行されたのは富士機工に通し番号の付いた納品書綴りが複数あったこと等による可能性も十分にある。そして、その他に吸収缶やフィルターマスクの納品書には特に不自然な記載はなく、被控訴人の主張は理由がない。」
2 原判決二四枚目表七行目の後に行を改めて次のとおり付加する。
「(1) 控訴人は、被控訴人が一日の作業中において硝酸等に暴露する可能性のある作業に従事したのは、五〇分を超えない程度の短時間であったから、被控訴人は肺機能の低下を来すほど硝酸等に暴露されていた事実はない旨主張する。この点について証拠(乙三三の1・2)によれば、同様の仕事をしている従業員寺島が二籠分の部品(融雪装置のノズル部分等の部品)の酸処理作業を実演し、ビデオテープに撮影して作業時間を計測したところ、硝酸タンクから部品入りの籠(二籠)を取り出し、水洗いを経て作業台で湯洗いを完了するまでの所要時間が約一四分、作業の終わった部品の籠(二籠)を再度硝酸タンクに入れる所要時間が約一分三〇秒であったことが認められ、また関係証拠によれば被控訴人が本件作業に従事していた期間中の一日の平均処理量は六籠程度であったことも認められるのであるから、寺島の前記実演を基準に考えると、酸処理作業に要する時間は一日あたり五〇分を超えないことになる。しかしながら、寺島自身原審における証人尋問の際に、湯洗いに要する時間は大きい部品で約一〇分、小さい部品なら三〇分である、防毒マスクを使って作業するのは一日あたり約四時間である旨供述していること、控訴人代表者も原審における代表者本人尋問で、一日のうち酸処理関連の作業時間は湯洗い時間も含めて三分の一から四分の一である旨供述していること、証拠(当審における控訴人代表者)によれば、湯洗いの目的は硝酸を洗い流すだけでなく、蒸気を吹き付けて表面やノズルの穴などに付着した鉄分(アク)を吹き飛ばすことにもあるところ、前記寺島の実演では穴の中まで蒸気を吹き付けたりする作業を行っていないことが認められ、右実演は作業場における本件作業の実態を正確に再現したものともいいがたい上、前掲証拠によれば寺島は右実演当時本件作業について少なくとも三年以上の経験を有していて、被控訴人に比較して相当熟練していたものと認められることも考え併せれば、被控訴人が本件作業に携わっていた時間を寺島の右実演にかかる所要時間を基礎に認定することは相当でない。また、仮に被控訴人が本件作業に携わっていた一日あたりの時間が五〇分程度であったとしても、右作業時間のことだけでは被控訴人が肺機能の低下を来すほど硝酸等に暴露されたり、これを吸引したりしなかったということもできないのであるから、この点に関する控訴人の主張は理由がない。
(2) また、控訴人は、本件作業場における硝酸等の濃度は極めて低く、硝酸について日本衛生学会等が定めた許容濃度をも下回っているから、被控訴人が肺機能の低下を来すほど硝酸等に暴露されていた事実はない旨主張する。そして、前記(原判示)のとおり、計量業者が平成八年七月に二回にわたり本件作業場の空気中の硝酸及び二酸化窒素の濃度を測定したところ、硝酸タンク一個の蓋を三分間開け、作業場の出入口及び窓を閉めた状態での硝酸等の空気中濃度は、硝酸が最高1.0ppm、二酸化窒素が最高0.4ppmであり、いずれも日本衛生学会等が定めた許容濃度を下回ったことが認められる。しかしながら、前記(原判決)のとおり、本件作業のために控訴人が購入していた硝酸は六二パーセントのものであり、これを水で薄めずに用いるとタンクの蓋を開けたときに硝酸の蒸気様のものが発生することが認められるのであるから、作業に用いられたタンク内の硝酸の濃度が重要な意味を持つところ、右測定当時のタンク内の硝酸(液体)の濃度は不明である上、被控訴人が本件作業に従事していた期間を通じて、右測定当時と同様の濃度の硝酸が用いられていたことを認めるに足りる証拠もない(タンク内の硝酸を水で薄める場合も目分量で行われていた)のであるから、本件作業場内の空気中の硝酸濃度が右のとおりであるからといって、被控訴人が本件作業に従事している間に肺機能の低下を来すほど硝酸等に暴露されていた事実はないということはできない。この点に関する控訴人の主張は理由がない。
(3) 控訴人は、本件作業場には酸性ガス用防毒マスク、それに装着する吸収缶、フィルターマスクなどの保護具が備え付けられ、被控訴人はこれを使用して本件作業を行っていたのであるから、被控訴人は肺機能の低下を来すほど硝酸等に暴露されるはずがない旨主張する。この点についてみると、前記(原判示)のとおり本件作業場には酸性ガス用防毒マスク、それに装着する吸収缶、フィルターマスクなどが備え付けられていたことが認められるが、それにもかかわらず被控訴人がこれらの保護具を着用せずに本件作業に従事していたことがあったことは控訴人代表者自身も現認していたところであり(原審における控訴人代表者)、控訴人において被控訴人の保護具着用状況を常時監視・点検していたとも認められないのであるから、本件作業場に保護具が備え付けられていたからといって、被控訴人が肺機能の低下を来すほど硝酸等に暴露されたり、これを吸引したことがなかったということはできない。
(4) また、控訴人は、被控訴人が本件作業に従事していた期間は平成五年九月二六日から平成六年一一月一七日までの約一年二か月の期間に過ぎず、被控訴人が本件作業に従事する期聞の前後に被控訴人より長期間本件作業に従事していた他の従業員に健康被害が生じていないことからみても被控訴人が肺機能の低下を来すほど硝酸等に暴露されなかったことは明らかである旨主張する。しかしながら、前記のとおり、被控訴人も他の従業員もそれぞれの期間を通じて一人で本件作業に従事していたところ、各従業員には作業態様等に個人差のあることが当然考えられること、被控訴人においては防毒マスク等の保護具を着用せずに本件作業に従事したことがあったのに対し、他の従業員らが保護具を着用せずに本件作業に従事したことを認めるに足りる証拠はないこと、タンク内の硝酸濃度が各期間を通じて恒常的であったとも認められないこと等に照らすと、本件作業に従事していた他の従業員に健康被害が生じていなかったとしても、そのことから被控訴人が肺機能の低下を来すほど硝酸等に暴露されなかったということはできない。
(5) そして、後記(原判示)のとおり被控訴人の症状、右症状が硝酸等を吸入した場合の症状とおおむね一致すること、被控訴人は本件作業以外に硝酸等を扱う業務に従事していないこと等の事情をも総合して考慮すれば、控訴人主張にかかる右(1)ないし(4)の各前提事情(実演に係る作業時間、測定された本件作業場の空気中の硝酸等の濃度、保護具の備え付け、他の従業員に健康被害が認められないこと)を考慮したとしても、被控訴人が相当時間にわたって硝酸の蒸気を吸入する可能性があったとの前記認定を左右するに足りない。控訴人の主張は理由がない。
3 原判決二四枚目裏七行目の後に改めて次のとおり付加する。
「(1) 控訴人は、被控訴人の主張する症状はいずれも客観的に証明されたものではなく、被控訴人の主観的な訴えによるものばかりであり、肺活量等の検査も被控訴人の自己申告に依拠する検査にすぎないのであるから、症状の客観性を担保することはできない旨主張する。しかしながら、証拠(原審における鑑定)によれば、被控訴人は気管支拡張という形態的変化が生じており、原審における鑑定時においても強制的肺活量が低下していることが認められるところ、右鑑定によれば、これらの所見がある以上肺機能障害を精神的なものとか、詐病であるとかいうことはできないのであるから、被控訴人の症状が客観的に証明されたものでないといえないことは明らかである。控訴人の主張は理由がない。
(2) また、控訴人は、被控訴人が福岡病院において訴えた症状は風邪等日常的なさまざまな疾患に由来すると考えてもおかしくない症状であり、しかも症状は一貫していない上、重篤化することもなく、被控訴人はそのまま通院を中止しているし、ひまわり診療所への通院は被控訴人が本件作業を辞めてから約五か月も経過してから開始されたものであり、本件作業との時間的関連性を欠いている上、そこで訴えられた症状も、必ずしも硝酸等の中毒による症状に正しく対応するものではないから、仮に被控訴人主張の症状が生じていたとしても、それは硝酸等の暴露に起因するものではない旨主張する。しかしながら、証拠(原審における鑑定)によれば被控訴人の胸部CTには気管支拡張所見があり、右CT上の変化は細気管支障害に続発して気管支拡張が生じたものであることが認められるところ、証拠(甲四二)によれば、細気管支炎を生じさせる原因物質としては一般に窒素酸化物等が、気管支炎の原因物質として硝酸等がそれぞれ挙げられていることが認められる。そして、前記のとおり、被控訴人は相当時間にわたって硝酸の蒸気を吸入する可能性があったのであるから、硝酸又は硝酸から生じる二酸化窒素(窒素酸化物)が被控訴人にみられた気管支拡張所見の原因であるとみても何ら不自然ではない。もともと、気管支拡張所見は原審における鑑定検査時(平成九年三月)までみられなかったものであるが、前記認定事実に照らすと、被控訴人は急激に高濃度の硝酸等を吸引したというより、一年余りの長期間にわたり少量ずつの硝酸を吸引したとみるのが相当であるところ、右鑑定によれば、慢性的暴露は急性発症に比し濃度が低いため症状が軽度であり、生体に与える影響が緩徐であること、細気管支炎から気管支拡張を呈するまでにはある程度の時間(三、四年ということも考えられる。)が必要であることが認められ、これらのことからすると前記気管支拡張所見が、被控訴人が本件作業を辞めてから約二年四か月経過した原審における鑑定検査時(平成九年三月)までみられなかったとしても、不自然ということはできない。そして、硝酸等の慢性的暴露に伴う肺機能障害の発現の形態が前記のようなものであるとすれば、被控訴人の福岡病院及びひまわり診療所における症状等の経過が特に不自然であるということにもならない。この点に関する控訴人の主張は理由がない。」
4 原判決二七枚目裏五行目末尾の後に次のとおり付加する。
「被控訴人は、被控訴人が本件作業により疾病に罹患したのは、控訴人が硝酸の有毒性、危険性、その暴露、吸引により如何なる疾病に罹患するかとか、右危険を防ぐためにどうすればよいかについて具体的に説明、指導することを怠ったことが直接の原因であるから、過失割合を被控訴人六、控訴人四とする原判決の認定・判断は、余りにも公平を失するというべきである旨主張する。たしかに、控訴人が被控訴人に対して硝酸の危険性等について具体的に説明せず、防護方法についての説明・指導も具体的ではなく、保護具を着用させたのみであることは控訴人の指摘のとおりであり、控訴人の安全配慮義務違反の程度は軽微なものとはいえない。しかしながら、前記のとおり、控訴人は被控訴人に対して保護具を着用するように指導した上、被控訴人が就労している期間中、相当数の吸収缶やフィルターマスク等の保護具を購入して本件作業場に備え置いていたこと、被控訴人においても、これらの説明や保護具が備え付けられていることからも、硝酸を吸引することの危険性について一応の理解をすることが可能であったと考えられること、それにもかかわらず、保護具を着用せずに本件作業に従事することがあったこと等、前記認定の諸事情を総合して考慮すれば、過失割合を被控訴人六、控訴人四とすることが被控訴人に酷であって不公平であるとはいえない。被控訴人の主張は理由がない。」
5 原判決二九枚目表初行目から同枚目裏五行目までを次のとおり改める。
「(二) そして、前記認定のとおり、右後遺障害による労働能力喪失率が三五パーセントであり、症状固定(平成七年七月)当時被控訴人は満三七歳であったから、右労働能力喪失の状態は就労可能な六七歳に至るまで三〇年間継続するものと認めるのが相当である。そこで、前記(原判示)認定の年収額(一八万円)を基礎に被控訴人の後遺障害による逸失利益の右症状固定当時の原価をホフマン式計算方法に基づき算定すると、次のとおり一一三万五八四五円となる。
18万円×0.35×18.0293=113万5845円
3 慰謝料
前記認定の被控訴人の後遺障害の部位、内容、程度、治療経過、被控訴人の年齢、発症原因、発症に至る経緯、症状固定後生活の本拠のある中華人民共和国の物価水準(これを考慮することが許されないとする被控訴人の主張は採用しない。)等本件に現れた一切の事情を総合して考慮すれば、本件による被控訴人の肉体的・精神的苦痛に対する慰謝料は、通院分・後遺障害分を併せて、合計三〇〇万円と認めるのが相当である。
4 前記のとおり、本件の損害の発生等については被控訴人にも過失があり、六割の過失相殺をするのが相当であるから、被控訴人の損害合計額四一三万五八四五円から六割を控除した一六五万四三三八円が控訴人の賠償すべき損害額(弁護士費用を除く)となる。
5 弁護士費用
本件事案の内容、審理の経過等諸般の事情を考慮すれば、本件と相当因果関係のある弁護士費用は三〇万円と認めるのが相当である。」
二 以上のとおりであり、被控訴人の控訴人に対する本訴請求は、一九五万四三三八円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成七年八月二五日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるので、その限度で認容すべきであるが、その余は理由がないので棄却すべきである。
三 よって、被控訴人の附帯控訴に基づき原判決を右のとおり変更し、控訴人の控訴は理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 窪田季夫 裁判官 氣賀澤耕一 裁判官 本多俊雄)