名古屋高等裁判所金沢支部 平成16年(ネ)167号 判決 2005年7月13日
控訴人兼被控訴人(以下「1審原告」という。)
X
同訴訟代理人弁護士
飯森和彦
被控訴人(以下「1審被告」という。)
石川県
同代表者知事
谷本正憲
同訴訟代理人弁護士
越島久弥
同指定代理人
堀日出夫
外2名
被控訴人兼控訴人(以下「1審被告」という。)
加賀市
同代表者市長
大幸甚
同訴訟代理人弁護士
堀口康純
主文
1 1審原告の控訴に基づき,原判決を次のとおり変更する。
(1) 1審被告らは,1審原告に対し,連帯して10万円及びこれに対する平成14年4月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 1審原告のその余の請求をいずれも棄却する。
2 1審被告加賀市の控訴を棄却する。
3 訴訟費用は,第1,2審を通じて,1審原告と1審被告加賀市との間に生じた分はこれを5分し,その4を1審原告の負担とし,その余を1審被告加賀市の負担とし,1審原告と1審被告石川県との間に生じた分はこれを7分し,その5を1審原告の負担とし,その余を1審被告石川県の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 1審原告の控訴につき
(控訴の趣旨)
(1) 原判決を次のとおり変更する。
(2) 1審被告らは,1審原告に対し,連帯して35万5000円及びこれに対する平成14年4月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 1審被告加賀市は,1審原告に対し,15万円及びこれに対する平成14年4月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(4) 訴訟費用は,第1,2審とも,1審被告らの負担とする。
(控訴の趣旨に対する答弁)
(1) 本件控訴を棄却する。
(2) 控訴費用は1審原告の負担とする。
2 1審被告加賀市の控訴につき
(控訴の趣旨)
(1) 原判決中,1審被告加賀市敗訴部分を取り消す。
(2) 1審原告の1審被告加賀市に対する請求を棄却する。
(3) 訴訟費用は,第1,2審とも,1審原告の負担とする。
(控訴の趣旨に対する答弁)
(1) 本件控訴を棄却する。
(2) 控訴費用は1審被告加賀市の負担とする。
第2 事案の概要
1 本件は,高齢の父の介護に当たっていた1審原告が,1審被告加賀市が支給する在宅ねたきり老人等介護慰労金(以下「市介護慰労金」という。),1審被告石川県が支給する在宅ねたきり老人等介護慰労金(以下「県介護慰労金」という。)及び国が支給する臨時介護福祉金(以下「臨時介護福祉金」という。)に関し,1審被告加賀市に対しては,①1審原告が市介護慰労金の受給要件を満たしていたのに支給しなかったこと,②1審原告が市介護慰労金の受給申請手続をすることを妨げたこと,③1審原告が県介護慰労金の受給申請手続をすることを妨げたこと,④1審原告に対して臨時介護福祉金制度の説明をしなかったことを理由として,また,1審被告石川県に対しては,①1審原告に対して県介護慰労金の受給申請手続を教示せず,1審被告加賀市の1審原告に対する対応を是正しなかったこと,②臨時介護福祉金の受給についての1審被告加賀市の1審原告に対する対応を是正しなかったことを理由として,1審被告らに対し,国家賠償法1条1項(臨時介護福祉金については,1審被告石川県に対して選択的に同法3条)に基づき,1審原告が受給し得たはずの県介護慰労金22万5000円,臨時介護福祉金3万円及び慰謝料10万円の合計35万5000円及びこれに対する不法行為の後で,訴状送達の日の翌日である平成14年4月25日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求めるとともに,1審被告加賀市に対し,国家賠償法1条1項に基づき,1審原告が受給し得たはずの市介護慰労金15万円及びこれに対する不法行為の後で,訴状送達の日の翌日である平成14年4月25日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案の控訴審である。
原審は,1審原告の1審被告加賀市に対する請求について,慰謝料10万円及びこれに対する平成14年4月25日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で認容したが,その余の1審被告加賀市に対する請求及び1審被告石川県に対する請求をいずれも棄却したところ,これを不服とする1審原告及び1審被告加賀市がそれぞれ控訴を提起した。
なお,略語は,特に断らない限り,原判決に準ずる。
2 前提事実
次のとおり補正するほかは,原判決の事実及び理由の第2,2に記載のとおりであるから,これを引用する。
(原判決の補正)
(1) 原判決4頁19行目の「(エ) 」の次に「県介護慰労金の申請手続は次のとおりである。すなわち,」を加える。
(2) 原判決5頁9行目の「指定」を「認定」と改める。
(3) 原判決5頁24行目の「(ウ) 」の次に「市介護慰労金の申請手続は次のとおりである。すなわち,」を加える。
(4) 原判決7頁4行目の「(イ) 」の次に「1審被告市が該当者であると把握している者に対し,事前に葉書でその旨通知した上,」を加える。
(5) 原判決7頁14行目の「加賀市社会福祉協議会」を「社会福祉法人加賀市社会福祉協議会」と改める。
(6) 原判決7頁22行目の「原告は,」の次に「同月24日(甲5),」を加える。
(7) 原判決8頁1行目の「以下『総称して」を「以下,総称して」と,同3行目の「希望者」を「相談者あるいは希望者」と,同7行目の「甲山某」を「甲山A子」と,それぞれ改める。
(8) 原判決8頁22行目の「保健師の乙川某,丙野某及び甲山」を「加賀市役所健康推進課主任乙川B子(保健師),同課技師丙野C子(保健師)及び加賀中央在宅介護支援センター職員甲山」と改める。
3 争点及びこれに関する当事者の主張
本件の争点は原判決の事実及び理由の第3,1に記載のとおりであり,これに関する当事者の主張は,次のとおり補正するほかは,原判決の事実及び理由の第2,3及び第3,2に記載のとおりであるから,これを引用する。
(原判決の補正)
(1) 原判決10頁末行の「国家賠償法1条により」を「国家賠償法1条1項に基づき」と改める。
(2) 原判決12頁4行目と同5行目との間に次のとおり加える。
「ウ 1審被告県は,1審被告市の担当する臨時介護福祉金の支給事務について費用を負担する者である。」
(3) 原判決12頁5行目の「国家賠償法1条により」を「国家賠償法1条1項又は同法3条(臨時介護福祉金につき)に基づき」と改める。
(4) 原判決13頁16行目の「受給申請手続き」を「受給申請手続」と改める。
(5) 原判決14頁5行目の「被告市は,」の次に「各事前調査を実施した上,」を加える。
(6) 原判決14頁8行目と同9行目との間に次のとおり加える。
「ウ 本件手引き(甲4)は,社会福祉法人加賀市社会福祉協議会が発行したものであるから,これをもって,1審被告市による正規の広報があったとはいえない。」
(7) 原判決14頁23行目の「同年12月27日の医師の診断」を「平成9年12月27日実施の医師の診断」と改める。
(8) 原判決15頁23行目の「憲法25条,」の次に「社会福祉法,」を加え,同24行目の「両介護慰労金支給制度の趣旨」を「両介護慰労金支給制度を規定する要綱の趣旨」と改める。
(9) 原判決16頁18行目の「支給を求めていたこと」を「早期の支給を期待して,申請書による申請をし,仮に不支給決定がされても,これに対する不服申立てを行って更なる判断を仰ぐために,その手始めとなる申請書の交付を希望していること」と改める。
(10) 原判決16頁21行目の「老人保険法」を「老人保健法」と,同22,23行目の「交付すべきであり」を「交付して申請手続を促すべきであり」と,同23行目の「申請手続き」を「申請手続」と,それぞれ改める。
(11) 原判決17頁5行目の「申請手続き」を「申請手続」と改める。
(12) 原判決17頁9行目から同12行目までを次のとおり改める。
「1審原告は,本件手引きの簡単な記載では手続の詳細や手順を理解できず,これに記載のない事前調査の結果,非該当である旨の結論を聞かされ,また,その後の1審被告市の担当者との交渉においても,1審被告市が支給要件に該当すると判断した者にのみ申請書を交付する方針である旨聞かされる一方,事前調査の結果とは無関係に受給申請ができる旨の説明は受けなかったことにより,受給申請には事前調査で受給要件を満たしているとの1審被告市の判断を得る必要がある旨誤信したのであるから,そのような1審原告に落ち度があるとはいえない。」
(13) 原判決18頁3,4行目を次のとおり改める。
「ウ 本件において,1審原告は,平成9年2月5日,1審被告市の担当者に対し,『該当しないなら無駄だから,該当する方向なら訪問調査を受ける。』旨の意向を伝えたところ,同担当者から非該当と言われたため,怒り心頭に達して同担当者を帰し,その上司を非難したり支給要件をめぐって執拗にやり取りを重ねたりしていたのであって,申請書の提出は全く考えていなかったのであり,実際上も,」
(14) 原判決18頁8行目の「被告市」から同9行目末尾までを「1審原告に対して申請書用紙を交付したり申請を促したりすることは極めて困難であったから,これらのことをしなかった1審被告市の担当者の行為には違法性及び過失がない。」と改める。
(15) 原判決18頁19,20行目の「原告からの問い合わせの手紙に応じて申立手続き」を「パンフレット(甲17)の記載では判明しない,支給対象から外れたことの理由を問い合わせた1審原告からの手紙(甲7)に応じて申請手続」と改める。
(16) 原判決19頁7行目末尾に次のとおり加える。
「又は,1審被告県は,上記危険回避義務に基づき,上記是正を求める義務がある。」
(17) 原判決19頁13行目と同14行目との間に次のとおり加える。
「 仮にそうでないとしても,1審被告県は,県介護慰労金及び臨時介護福祉金に関する1審被告県の支給事務につき,その履行補助者として1審被告市に担当させていたのであるから,1審被告県は,履行補助者である1審被告市の違法行為につき責任を負うというべきである。」
(18) 原判決19頁22行目の「事実上の委託」の次に「(地方自治法252条の14ないし16の適用を受けない事務の委託である。)」を加える。
(19) 原判決19頁24行目末尾に次のとおり加える。
「また,上記事務委託を受けた1審被告市は,受託の範囲内においては自己の事務としてこれを処理する権限を有することになり,委託者である1審被告県は委託の範囲内においてその処理権限を失うことになるから,1審被告県には1審被告市の担当者の対応を是正する権限も義務もない。」
(20) 原判決20頁11行目の「申立手続き」及び同12行目の「申請手続き」をいずれも「申請手続」と改める。
(21) 原判決20頁20,21行目の「被告県は,」の次に「平成10年8月27日付け契約書(乙3)第2条のとおり,」を加える。
(22) 原判決20頁25行目の「事務委託を行った」を「平成10年8月27日付け契約書(乙3)をもって,県介護慰労金の場合と同様に事実上の事務委託をした」と改める。
(23) 原判決20頁末行の「手続き」を「申請手続」と改める。
第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(平成9年1月,同年6月及び平成10年3月における1審原告の市介護慰労金の申請の有無)について
(1) 市介護慰労金支給制度の概要は,前記前提事実(3)認定のとおりであって,市介護慰労金の受給申請は,市長に対して行われるものとされ,その支給決定も市長が行うものとされていたため,1審被告市においては,市支給要綱には明記されていなかったものの,口頭による申請を予定せず,当該申請が書面によりなされることを予定し,実際の運用においても,申請書による申請のみが行われていたものである。
しかし,市支給要綱には,受給申請を書面で行うべき旨が定められていなかったのであるから,口頭で受給申請がなされた場合のその申請について,当然に申請として不存在であるとか,申請としての効果が認められないということはできない(行政不服審査法9条1項,16条,民事訴訟規則1条参照)。もっとも,口頭での受給申請については,書面での受給申請と比較して,申請の有無及び時期等をめぐって疑義が生じやすいから,1審被告市が上記のとおり申請書の提出による受給申請の運用を行っていたことは,口頭で受給申請しようとする者に対して申請書用紙を交付してその提出を求めるなどの方途を講じている限りは,特に非難されるべきことではない。
したがって,1審原告による受給申請の有無に関しては,1審原告から受給申請書の提出がないとの一事をもって,同受給申請がなかったということはできないのであり,市介護慰労金の申請方法に関する上記運用の周知状況,同支給を受けようとする1審原告の取った行動,これに対する1審被告市の対応等の事情を総合的に考慮して,1審原告による受給申請の有無を判断する必要があるというべきである。
(2) これを本件についてみるに,市介護慰労金の支給に関する1審原告の行動及びこれに対する1審被告市の対応は,前記前提事実(5)認定のとおりであったから,同事実を前提として,1審原告の市介護慰労金の受給申請の有無を検討する。
ア 本件手引き(甲4)には市介護慰労金を受給するためには,県介護慰労金の場合と同じく申請書が必要であることが明記されており,1審原告もそのことは十分認識していたところ(このことは,本件手引きの発行主体が1審被告市自身であるか否かによって左右されるものではない。),1審原告の平成9年1月24日における電話での申出は,太郎と1審原告が受給可能なサービスがあればすべて受けたいという概括的なものであり(甲33),1審被告市の担当者もこれを単なる問い合わせと認識した上で(甲5),市支給要綱に規定のない事実上の手続である第1回事前調査を実施したものであったから,上記電話での申出等をもって1審原告が市介護慰労金の受給申請をしたものと認めることはできない。
イ 第1回事前調査後,受給要件に該当しない旨の通知を受けた1審原告は,非該当の判断に納得せず,電話及び書面で,1審被告市の担当者に対し,受給要件と非該当の理由に関する説明を繰り返し求め(証人戊谷D夫),第1回1審被告市書簡(甲5)で太郎の状態が以前より悪くなっていれば再度訪問する旨の提案があったため,そのことで受給要件該当となることを期待し,再度の事前調査を希望し(1審原告本人),平成9年6月3日実施の第2回事前調査によっても,従前同様の非該当の通知(甲6)を受けたが,その後は,平成10年3月に臨時特別給付金の支給案内葉書の送付を受けるまでは,1審被告市に対して上記判断に関して問い合わせ等をすることはなかったから,1審原告において市介護慰労金を受給するためには受給申請書が必要であると認識していたことも考慮すると,1審原告が第2回事前調査を希望して同調査を受けたことも,これをもって1審原告が市介護慰労金の受給申請をしたものと認めることはできない。
ウ さらに,1審原告が平成10年3月に1審被告市に対して送付した本件書簡(甲7)は,その記載を全体的に考察すれば,第1回臨時福祉特別給付金のうちの臨時介護福祉金についての案内がなかったことに関連して,その受給対象となっているか否か及び認定権者についての説明を求めるものであって,市介護慰労金又は県介護慰労金に言及した部分は,臨時介護福祉金の受給要件の説明を求める一環として,市介護慰労金又は県介護慰労金の受給要件との同一性を問いかける内容であって,市介護慰労金又は県介護慰労金の支給を求める旨の記載はないから,1審原告において市介護慰労金を受給するためには受給申請書が必要であると認識していたことも考慮すると,本件書簡をもって,1審原告が市介護慰労金の受給申請をしたものと認めることはできない。
エ なお,1審原告は,1審被告市による不支給決定がなされているから,1審原告の受給申請があったとみるべきである旨主張するが,第1回及び第2回の各1審被告市書簡は,その内容に照らし,単に事前調査の結果を通知したものにすぎないから,1審原告の主張は採用できない。
(3) 以上のとおり,1審原告は,平成9年1月,同年6月及び平成10年3月のいずれの時点においても,書面及び口頭のいずれによっても,市介護慰労金の受給申請を行ったとは認められないから,この点に関する1審原告の主張は採用できない。
2 争点(2)(平成9年1月以降の太郎の両介護慰労金の受給要件具備の有無)について
(1) 認定事実
次のとおり補正するほかは,原判決26頁25行目から28頁末行までに記載のとおりであるから,これを引用する。
(原判決の補正)
ア 原判決26頁25行目の「甲3,20ないし24,27ないし29,33」を「甲3,10,11,19ないし21,甲22ないし25の各1,2,甲26ないし33」と改め,同末行の「38,」の次に「丙4,」を加える。
イ 原判決27頁3行目の「86歳」の次に「,第2回事前調査の行われた平成9年6月3日当時は87歳」を加え,同4行目の「平成7年1月の」を「身体的機能面が徐々に低下し,この時に行われた」と改める。
ウ 原判決27頁5行目の「診断された。」の次に「太郎は,平成7年1月12日,血管性痴呆症の傷病名で,精神科医師の診断を初めて受け,」を加える。
エ 原判決28頁1行目の「被告市の福祉課の己田某」を「1審被告市の福祉課主事己田E子」と改める。
オ 原判決28頁9行目の「尿意はあるが,」の次に「前立腺肥大,老人性神経膀胱により」を加える。
カ 原判決28頁17行目の「N―Mスケール」の次に「(50点満点中,16点以下が重度,17〜30点が中等度,31〜42点が軽度に分類される。)」を加える。
キ 原判決28頁18行目の「(痴呆ランク)ⅡないしⅢ」を「(痴呆ランク)Ⅲ」と改める。
ク 原判決28頁19行目の「医師は」を「精神保健指定医である同病院精神科医師庚町F夫(以下「庚町医師」という。)は」と改める。
ケ 原判決28頁末行の次に,改行の上,次のとおり加える。
「(キ) ○○病院院長辛浜G夫作成の平成11年2月10日付け診断書(甲3)によれば,太郎の病名は『脳血管性痴呆』であり,①平成7年1月12日の頭部CTスキャンで多発性脳梗塞を認め,平成7年ころから痴呆症状を有していたと考えられる旨,②平成9年12月27日の当院受診時に,長谷川式スケール10/30点,痴呆性老人の日常生活自立度判定基準Ⅲ,障害老人の日常生活自立度判定基準ランクAと判定された旨,③現在も中等度痴呆症状を認めており,それぞれの判定基準はⅢ―Aで不変である旨が附記されていた。
(ク) 1審原告は,臨時介護福祉金の受給申請をし,平成11年2月,上記(キ)の診断書を提出したところ,同月にその支給を受けた。そこで,1審原告は,両介護慰労金についても,上記診断書を添えて受給申請をしたところ,各受給資格認定を受け,同月からその支給が開始されるようになった。
(ケ) 庚町医師作成の平成14年4月10日付け特別障害者手当認定診断書(精神障害用,甲32)によれば,太郎の症状について,平成7年ころから痴呆症状が出現し,平成9年12月27日当科受診以後,当科デイケアを利用しているが,徐々に痴呆レベルが進行し,平成14年3月現在,長谷川式スケール1/30点,痴呆性老人の日常生活自立度判定基準Ⅳ,障害老人の日常生活自立度判定基準ランクA―2であり,時に妄想を認め,放尿傾向激しく,失見当識,不穏傾向などを認めると診断された。」
(2) 検討
ア 上記(1)認定事実によれば,第1回事前調査が実施された平成9年1月29日時点及び第2回事前調査が実施された同年6月3日時点では,太郎は,その視力,聴力に問題があったものの,保健・福祉サービスの利用状況,一般的な健康状態,ADL(日常生活自立度)の状況,コミュニケーション,精神状態・問題行動などを総合的に考慮すれば,太郎の症状は,未だ両介護慰労金の受給要件である痴呆ランクⅢ以上であったとも,寝たきりランクB以上であったとも認められないから,仮に上記各時点で1審原告が両介護慰労金の受給申請をしたとしても,受給要件を満たさないものとして,受給資格認定及び支給決定(以下,併せて「支給決定等」という。)を受けられなかったというべきである。
イ 他方,上記(1)認定事実によれば,平成9年12月27日時点では,太郎が,県支給要綱及び市支給要綱(県支給要綱と同一の基準で判断することは前記前提事実(3)イ(イ)記載のとおりである。)の受給要件に該当するものであったことは明らかであるから,仮に上記時点で1審原告が両介護慰労金の受給申請をしたとすれば,受給要件を満たすものとして,支給決定等を受けられ,その後も太郎の痴呆症状が何ら改善されず進行していった経過に照らすと,1審原告に対する両介護慰労金の支給が開始された月の前月である平成11年1月まで同様であったものと推認することができる。
ウ そして,上記アからイまでの間,すなわち平成9年6月4日から同年12月26日までの間について,太郎の症状が両介護慰労金の受給要件である痴呆ランクⅢ以上又は寝たきりランクB以上の状態であったことを認めるに足りる証拠はない。
もっとも,1審被告市の担当者は,第1回事前調査により非該当の判断をし,その旨通知したが,これに納得しない1審原告からの再三の説明要求に対して,太郎の状態が以前より悪くなっていれば,再度訪問する旨提案し(甲5),実際上も,第1回事前調査から約4か月後に第2回事前調査を実施したものであるから,1審被告市の担当者においては,一旦非該当と判断された者であっても,数か月程度の間に痴呆ランクが変動し,受給要件に該当する場合があり得ると考えていたものと推認され,また,上記診断書(甲32)の診断内容に照らせば,上記期間中にあっても,太郎の痴呆症状は徐々に進行していったことが推認される。したがって,上記期間中において,太郎の症状が両介護慰労金の受給要件を満たす状態までに悪化したとの事実も,そのような事実があったとした場合の上記受給要件を満たした時期も確定することはできないが,他方,太郎の症状が,上記期間中(特にその後半)において,上記受給要件を満たした状態であった可能性が全くなかったとも即断することはできないというべきである。
3 争点(3)(両介護慰労金受給要件不備判断の違法の有無)について
(1) この争点に関する1審原告の主張は,1審原告による両介護慰労金についての受給申請があったことを前提とするものであるが,市介護慰労金について,1審原告が受給申請をしたものと認めることができないことは,上記1で説示したとおりであり,また,県介護慰労金については,その受給申請は所定の申立書を提出して行うものとされているが,1審原告から上記申立書が提出された事実がないことは,前記前提事実及び弁論の全趣旨により明らかであるから,1審原告の上記主張は,その前提を欠くのであり,採用できない。
(2) なお,1審原告は,1審被告市の担当者が第1回及び第2回事前調査に基づいてした各受給要件不備の判断について,これが違法な誤判断であると主張するが,上記2で説示したとおり,上記各事前調査当時においては,太郎の症状が両介護慰労金の受給要件に該当する程度には達していなかったのであるから,同主張は,その前提を欠き,採用できない。
4 争点(4)(1審被告市につき,1審原告の両介護慰労金の受給申請手続を妨げた違法の有無)について
(1) 1審原告は,1審被告市の担当者は,1審原告との交渉経過により,1審原告が両介護慰労金の支給を期待し,その受給申請書の交付を希望していることを知りながら,事前調査を行って,両介護慰労金の受給要件が具備していると認められた者にしか申請書用紙を交付しないとの方針から,1審原告に受給申請書を交付せず,1審原告に受給申請を断念させて,1審原告による両介護慰労金の受給申請手続を妨害した旨主張する。
ア 前記前提事実並びに証拠(甲7,33,証人戊谷D夫,1審原告本人,後記証拠)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
(ア) 1審被告市では,市民から両介護慰労金の受給について相談又は受給を希望する旨の申出があった場合には,受給申請書を提出させる前に,「事前調査」と称して,保健師等の担当者をその者の自宅に派遣し,受給要件の有無を調査し,要件を備えていると判断した場合に受給申請書を作成してもらって受給申請として受け付ける方式を採用していた(以下「本件事前調査方式」という。)。
本件事前調査方式には,①受給を希望している者があるとの情報があったときは,受給申請がなくとも調査を開始できること,②事前に要件を審査することにより,受給できないのに申請書を作成するという無駄な労力を省くことができること,③事前調査の機会に,介護慰労金以外の福祉サービスの情報を提供できることの利点があった。
(イ) 1審原告は,平成9年1月に1審被告市に両介護慰労金の受給を希望する旨伝えたところ,直ちに保健師等による第1回事前調査が行われ,平成9年2月5日に1審被告市の担当者から受給要件に該当しないとの結果を告げられた。
(ウ) 1審原告は,上記(イ)の結果に納得できず,これを不満として,その直後ころから1審被告市の担当者に対し,頻繁に電話をかけて,また,書面でも,受給要件と非該当の理由について繰り返し説明を求めたため,1審被告市の担当者は,その都度,受給要件の説明をして1審原告の納得を得ようと努力したが,1審原告の納得が得られないため,第1回1審被告市書簡(甲5)を送付し,その中で太郎の状態が以前より悪くなっていれば再度訪問して調査する旨提案したところ,1審原告は,そのことで受給要件該当の判断がなされることを期待し,再度の事前調査を希望し,平成9年6月3日に保健師等による第2回事前調査が実施された。
(エ) 1審原告は,平成9年8月11日ころ,第2回1審被告市書簡により,第2回事前調査によっても受給要件に該当しないとの通知を受け,これに不満であったが,2度の自宅訪問による事前調査でも受給要件に該当しないとされたことで,両介護慰労金を受給できる見込みが乏しいものと考えたことに加え,当時,太郎の世話及び兄に関する家庭内の紛争の処理に追われていた事情もあって,いったん両介護慰労金の受給を得るための行動を断念し,上記判断に対して1審被告市の担当者に不満等を述べることはしなかった。
(オ) 1審原告は,その後も,太郎の症状が改善されず,悪化する状態であったため,両介護慰労金の受給希望を有していたが,上記(エ)の家庭内の紛争の処理に追われ,1審被告市に対してその受給に関する問い合わせをしたり,再度の事前調査を求めたりすることはなかったものの,平成10年3月に1審被告市に対して送付した本件書簡では,両介護慰労金の受給要件にも言及した。
そして,1審原告は,平成11年2月,第2回臨時福祉特別給付金について,太郎の名で,1審被告市に対し,太郎の症状をねたきりランクA,痴呆ランクⅢに該当する旨の医師の診断書を添付して受給申請した結果,同月,臨時介護福祉金3万円が支給されたことから,両介護慰労金についても受給できるのではないかと考えて,1審被告市の秘書課に対して,両介護慰労金の受給申請をしたい旨申し入れたところ,1審被告市から受給申請書が届けられたため,同年3月,1審被告市に対して両介護慰労金の受給申請書(甲8,9)を提出して受給申請をするに至った。
イ 両介護慰労金は,1審被告らの条例等に基づき支給されるものではなく,その各支給要綱に基づいて支給されるものではあるが,その各支給要綱が定める受給要件を具備する者に対して受給権を付与するものであった。
ウ 上記ア及びイによれば,1審被告市が,両介護慰労金についての受給を希望し,あるいは受給申請をしようとする者があった場合において,その者に対して行っていた本件事前調査方式の下にあっては,保健師等の担当者による事前調査での受給要件の認定は暫定的なものであり,これに納得できないときには,正式に受給申請をして権限を有する者による判断(市介護慰労金については1審被告市長の支給決定,県介護慰労金については1審被告県福祉事務所長による受給資格認定)を得ることができる旨の説明をするなどの制度の仕組みに関する適切な教示がない限りは,両介護慰労金についての支給に関する判断のうちの不支給に関する判断は,実質的ないしは事実上,保健師等の担当者による事前調査での受給要件に関する判断によりなされているものというほかないのであり,少なくとも,両介護慰労金についての受給を希望し,あるいは受給申請をしようとする者がそのように誤解して受給を断念し,正式な受給申請を諦めるという事態がないとはいえない。
そうすると,本件事前調査方式には相応の利点(上記ア(ア)①ないし③)があることは否定できないが,本件事前調査方式において事前調査で非該当との結論になった場合には,実質的又は事実上,1審被告市の事前調査担当者が両介護慰労金の受給の可否を決していることになるため,受給を希望する者が有する手続的権利,すなわち,両介護慰労金について受給申請をし,認定権者あるいは決定権者(県介護慰労金については1審被告県福祉事務所長の認定権者であり,市介護慰労金については1審被告市長の決定権者である。)の各判断を受ける権利を行使する機会を失わせる結果になってしまう危険(そして,この危険は,事前調査での非該当の結論が誤っていた場合には,受給申請をすることにより受給できたであろう両介護慰労金が受給できなくなるという損害をもたらす危険をも内包する。)があることを否定できないものであった。したがって,本件事前調査方式にあって,事前調査で非該当との結論になった場合において,受給希望者がこれに納得すればともかくとして,これに納得せずに不満を述べている場合には,上記利点から本件事前調査方式を実施して上記危険を作り出した1審被告市には,上記危険を解消して,受給を希望する者に対して上記手続的権利を行使する機会を実質的に保障するために必要な措置を講ずる条理上の義務があり,同義務として,速やかに受給希望者に対して,受給申請手続を教示すべき義務があるというべきである。両介護慰労金支給制度は,受給資格者が申請した月以後に慰労金の支給をする非遡及主義をとっているから,上記教示の必要は一層大であるといわなければならない。
エ これを本件についてみるに,上記アで認定した事実によれば,1審原告は,1審被告市の担当者から,第1回事前調査の結果が非該当であるとの通知をされ,これに納得せず,1審被告市の担当者に対して,電話等で繰り返し受給要件及び非該当理由の説明を求めるなどして不服を表明していたが,1審被告市の担当者から再度の事前調査の提案があったため,これに期待して第2回事前調査が実施されたものの,その結果も非該当であったのであるから,1審被告市の担当者においては,それまでの1審原告の言動に照らして,1審原告が第2回事前調査での非該当の結果に納得するはずのないことは容易に推測できたものであり,したがって,その担当職務の遂行上,第2回事前調査での非該当の結果を1審原告に通知する際には,1審原告に対し,この結果に納得できない場合には,受給申請をして,認定権者あるいは決定権者による判断を受けることができる旨教示すべきであったが,1審被告市の担当者は上記教示を行わなかった。
そうすると,1審被告市の担当者には,第2回事前調査での非該当の結果を1審原告に通知する際には,条理上の義務として,1審原告に対し,これに納得できない場合には,受給申請をして,認定権者あるいは決定権者による判断を受けることができる旨教示すべき義務があったのに,これを懈怠した違法があったというべきである。
オ しかし,上記ア(ウ)のとおり,1審原告は,第1回事前調査後の非該当の通知に納得できず,これを不満として,1審被告市の担当者に対して電話等で,受給要件と非該当の理由について繰り返し説明を求めていたものの,第1回1審被告市書簡(甲5)により,太郎の状態が以前より悪くなっていれば再度訪問して調査する旨提案され,そのことで受給要件該当の判断がされることを期待し,再度の事前調査を希望し,平成9年6月3日に保健師等による第2回事前調査が実施されたのであるから,第1回事前調査後の非該当の通知から第2回事前調査後の非該当の通知までの間は,1審原告も,不満ながらも,1審被告市の担当者の説明や提案をそれなりに受け入れていたものと認めることができる。したがって,1審被告市の担当者について,第2回事前調査後の非該当の通知をするまでに,1審原告に対して上記教示をするべき義務があったものということはできない。
(2) 1審原告は,1審原告が受給申請書用紙の交付を希望していたから,1審被告市には受給申請書用紙を1審原告に交付して受給申請を促すべき義務があったと主張する。
ア しかし,1審原告が受給申請書用紙の交付を希望していたとの事実を認めるに足りる証拠はなく,また,上記(1)で説示した教示義務の履行は,上記(1)ウの危険を解消するために相当な方法でされれば足りるから,当然に受給申請書用紙を交付する方法でされなければならないものではない。
また,上記2で説示したとおり,1審被告市が平成9年1月及び6月に実施した各事前調査では,当時の太郎の症状は両介護慰労金の受給要件に該当しないとの結果であったのであるから,1審被告市の担当者について,1審原告に対して受給申請を促すべき義務があったとまではいうことができない。
イ 1審原告は,1審原告に対する受給申請書用紙交付等義務の根拠として,憲法25条及び老人福祉法等の法律を挙示するが,これら法律が同義務の発生根拠となると解することはできない。
なお,行政手続法9条2項は,「行政庁は,申請をしようとする者又は申請者の求めに応じ,申請書の記載及び添付書類に関する事項その他の申請に必要な情報の提供に努めなければならない。」と定めているが,同項は,法令に基づく申請に関する規定であるところ,両介護慰労金は,いずれも1審被告らの各支給要綱に基づくものであるから,法令に基づく申請には該当せず,両介護慰労金の受給申請には適用されない(なお,同法3条2項参照)。また,加賀市行政手続条例9条2項には行政手続法9条2項と同旨の規定があるが,同条例は,平成9年12月18日に制定され,平成10年4月1日から施行されたものである(丙1)から,同日前には適用の余地はないし,社会福祉法75条1項及び2項も,平成12年法律第111号により設けられた規定であって,平成9年当時は存在しなかった。
ウ したがって,1審原告の主張は採用できない。
(3) 以上によれば,1審被告市の担当者には,その担当職務の遂行上,第2回事前調査での非該当の結果を1審原告に通知する際,1審原告に対し,この結果に納得できない場合には,受給申請をして,認定権者あるいは決定権者による判断を受けることができる旨教示すべき義務があったのに,これを怠った違法があったものというべきである。
そして,上記(1)で認定説示したところによれば,特段の事情のない限り,1審被告市の担当者の上記教示義務の懈怠には過失があったものというべきであるから,1審被告市は,国家賠償法1条1項に基づき,これと相当因果関係のある損害を賠償すべき責任を負うというべきである。
1審被告市は,1審原告との交渉の具体的事情ないし状況のもとでは,1審原告に対して申請書用紙を交付したり申請を促したりすることは極めて困難であったから,これらの行為をしなかったことについて違法性及び過失はない旨主張するが,上記教示は,1審被告市の担当者が1審原告に対してした事前調査に基づく結果の通知(甲5,6)のように,書面によりその旨教示したり,申請書用紙を送付したりすることでも容易に行えるから,同主張は採用できない。そして,他に上記特段の事情を認めるに足りる証拠はない。
5 争点(6)(県介護慰労金の支給業務について,1審被告県の担当者の1審被告市に対する是正義務違反及び1審原告に対する助言義務違反の成否)について
(1) 認定事実
証拠(甲1,丙3)及び弁論の全趣旨によれば,県介護慰労金制度は,1審被告県が住民サービスの一環として予算措置を講じ,県支給要綱を制定してこれを実施したものであり,1審被告県の自治事務に属するものであったこと,県介護慰労金制度の実施に際し,1審被告県は,県内の各市町村が各地域の実情を最も熟知しており,当該市町村の住民サービスにもつながることから,その事務の一部である前記前提事実(2)イの事務を1審被告市に委託したこと,この事務委託(以下「本件事務委託」という。)は,地方自治法252条の14以下の手続を履践したものではなく,また,1審被告県と1審被告市との間において,臨時介護福祉金に関する事務委託の場合のような契約書(乙3)も作成されずに行われたものであったこと,以上の各事実が認められる。
(2) 検討
ア 上記(1)認定事実によれば,1審被告県の1審被告市に対する本件事務委託は,地方自治法252条の14以下の手続による事務委託ではなく,1審被告県と1審被告市との間の契約(合意)に基づくものというべきある。
そして,本件事務委託は,契約に基づくものであるが,契約書も作成されていないこともあって,1審被告県と1審被告市との権利義務関係に関する具体的な内容を明らかにするに足りる証拠はないから,本件事務委託は,1審被告県が,県介護慰労金の支給に関する事務のうち事実行為に関する事務の処理を1審被告市に委託し,同事務を受託した1審被告市は,1審被告県の指示を受けて1審被告県に代行して同事務処理をし,その効果は当然に1審被告県に帰属する関係であると推認するのが相当であり,したがって,1審被告市は,1審被告県から独立した立場で同事務処理をするものではなく,1審被告県のいわゆる履行補助者として同事務処理を行うものと解される。
イ 1審被告県は,本件事務委託により,委託の範囲内においてその処理権限を失う旨主張するが,本件事務委託が地方自治法252条の14以下の手続による事務委託ではないこと等の上記アで指摘した点に照らせば,事務処理権限の帰属を変動させる効果を有するものとは解することはできず,上記主張は採用できない。
他方,1審原告は,本件事務委託が1審被告県から1審被告市に対する機関委任事務である旨主張するが,上記アの認定事実に照らし,採用できず,したがって,本件事務委託が機関委任事務であることを前提として,1審被告県には1審被告市の事務処理に対して是正義務がある旨の1審原告の主張も,その前提を欠き,採用できない。
ウ そうすると,県介護慰労金の支給事務を本来履行すべき1審被告県は,その履行補助者である1審被告市について本件事務委託にかかる支給事務の履行に際して違法行為がある場合は,自らの違法行為があるのと同視されるところ,1審被告市には上記4で説示した違法行為があり,このうち県介護慰労金の支給事務に関しては,1審被告県の履行補助者としての行為であるから,この限度では1審被告県にも違法行為があり,1審被告県は,国家賠償法1条1項に基づき,これと相当因果関係のある損害を賠償すべき責任を負うというべきである。
なお,1審原告は,1審被告県の担当者への電話相談があった際,県介護慰労金につき申立書による受給申請を行うように助言すべき義務があるのにこれを怠った旨主張するが,証拠(甲33,1審原告本人)によれば,1審原告が1審被告県の担当者に電話相談した内容は,1審被告市の担当者からの第1回事前調査後の非該当の判断が納得できず,不満であったことから,1審被告県から1審被告市に対して上記判断の変更を促すことを期待して,主として市支給要綱が定める受給要件の該当性の解釈に関する質問をするなどしたものであり,受給申請手続に関するものではなかったことが認められるから,1審原告が両介護慰労金の受給申請には受給申請書を提出する必要があることを知っていたことも考慮すると,1審被告県の担当者について1審原告主張の上記助言義務があったということまではできず,上記主張は採用できない。
6 争点(5)(臨時介護福祉金の受給申請手続について,1審被告市の担当者が1審原告にこれを説明しなかったことについての違法性の有無)について
(1) 認定事実
前記前提事実及び証拠(甲7,16,17,33,丙3,証人戊谷D夫)によれば,臨時介護福祉金の概要は,前記前提事実(4)に記載のとおりであること,これに関する1審原告の取った行動及びこれに対する1審被告市の対応は,前記前提事実(5)オ及びカに記載のとおりであること,1審原告の入手していたパンフレットには,具体的な支給対象者や支給方法が記載されていたほか,支給を受けようとする者は同受給申請書を所定の期限までに提出することも記載されていたこと,第1回臨時福祉特別給付金について,1審原告は,1審被告市に対し,平成10年3月19日ころ,本件書簡を送ったが,改めて電話で問い合わせるなどしておらず,1審被告市も,本件書簡が1審原告からのものであることを知ったが,1審原告が介護する太郎を第1回臨時介護福祉金の支給対象者とは認識していなかったため,本件書簡に対する回答をしなかったこと,ところが,第2回臨時福祉特別給付金については,1審原告は,新聞記事を読むなどして医師の診断書があれば支給を受けられるのではないかと考え,平成10年11月,1審被告市に対し,電話で直接問い合わせ,申請書を請求したところ,1審被告市の担当者は,第2回臨時福祉特別給付金の提出期限末日である同月30日,1審原告方に申請書用紙を持参し,必要事項を記入の上,これを受け付けたこと(ただし,医師の診断書は後日提出するものとされた。),上記受給申請に基づき,第2回臨時福祉特別給付金のうち臨時介護福祉金3万円が太郎に支給されたこと,以上の各事実が認められ,1審原告作成の本件書簡(甲7)は,上記1(2)で説示したとおり,第1回臨時福祉特別給付金のうちの臨時介護福祉金についての案内がなかったことに関連して,その受給対象となっているか否か及び認定権者についての説明を求めるものであった。
(2) 検討
上記(1)認定事実によれば,1審原告が,両介護慰労金の場合と同様に,臨時介護福祉金の受給を希望していたのであり,1審原告作成の本件書簡(甲7)は,第1回臨時福祉特別給付金のうちの臨時介護福祉金の受給対象となっているか否か等を問い合わせることで,上記受給希望を窺わせる内容であったものということができる。
本件書簡を受け取った1審被告市の担当者は,本件書簡により,それが従前において両介護慰労金の受給に関して種々交渉があった1審原告から臨時介護福祉金の受給に関するものであることが分かったのであるから,行政手続法9条2項及び当時未施行であったものの,既に制定されていた加賀市行政手続条例9条2項の趣旨等からしても,1審原告に対して臨時介護福祉金の受給申請意思の有無を確認するなどの対応をするのが適切な措置であったというべきではあるが,上記(1)の事実関係の下では,1審被告市の担当者が上記措置を講じなかったからといって,直ちに国家賠償法上の違法な行為(不作為)に当たるものということはできない。
1審原告は,1審被告市の担当者には,地方公務員法30条ないし33条を基礎とし,憲法25条,老人福祉法,老人保健法,臨時福祉特別給付金制度の趣旨又は上記危険回避義務から,本件書簡に応じて申立手続について教示すべき法的義務があった旨主張するが,1審原告主張の各法律又は制度から直ちにその主張に係る法的義務があるとは解されず,また,1審被告市には,両介護慰労金の場合とは異なり,事前審査も行っていないのであるから,1審原告主張の危険回避義務から上記法的義務があるとも解されず,上記主張は採用できない。
7 争点(7)(臨時介護福祉金の支給業務について,1審被告県の1審被告市に対する是正義務違反及び国家賠償法3条に基づく責任の成否)について
臨時介護福祉金の支給業務について,1審被告市に違法行為があったとはいえないことは上記6で説示したとおりであるから,これがあったことを前提とする1審被告県の1審被告市に対する是正義務違反及び国家賠償法3条に基づく責任に関する1審原告の主張は,その前提を欠き,採用できない。
8 1審原告の損害について
(1) 以上に検討した結果によれば,1審原告が主張する違法事由については,1審被告市の担当者が平成9年8月の受給要件非該当の通知をした際において1審原告に対して両介護慰労金の受給申請について教示すべき義務を怠った行為(以下「本件教示義務違反行為」という。)のみであり,その余の違法事由はいずれも肯定できない。
そこで,本件教示義務違反行為により1審原告が被った損害について,順次検討する。
(2) 両介護慰労金相当額の財産的損害について
ア 上記2で認定説示したところによれば,仮に1審原告が平成9年6月3日までに両介護慰労金の受給申請をしたとしても,その受給要件を満たさないことは明らかであるから,平成9年1月から同年6月3日までの間の両介護慰労金を受給できたものということはできない。
イ 他方,上記2で説示したところによれば,仮に1審原告が平成9年12月27日時点で両介護慰労金の受給申請をしたとすれば,その受給要件を満たし,これを受給できたのであり,その場合には,1審原告は,平成9年12月分(甲1,2,12によれば,両介護慰労金は,月単位で支給されるものであり,その支給開始月は市町村長が申立てを受付した月である。)から平成11年1月分までの両介護慰労金として合計21万円の両介護慰労金を受給できたものと認められる。
① 県介護慰労金分 月額9000円×14か月=12万6000円
② 市介護慰労金分 月額6000円×14か月=8万4000円
ウ これに対し,1審原告が平成9年6月4日から同年11月30日(平成9年12月1日から同月26日までの間は,上記イのとおり平成9年12月分の両介護慰労金の損害として考慮済みであるから,この項での検討の対象から除外する。)までの間については,上記2で説示したとおり,第1審原告について,両介護慰労金の受給要件の具備を肯定できるだけの証拠はないから,仮に1審原告が同期間内に受給申請をしたとしても,両介護慰労金を受給できたものとは認められないものの,上記受給要件が肯定され,その受給の可能性が全くなかったわけではなかった。
そして,仮に1審原告が上記期間を通じて受給要件を具備していたものとすると,1審原告が受給できる両介護慰労金額は合計9万円(県介護慰労金分につき5万4000円,市介護慰労金分につき3万6000円)であった。
エ ところで,上記4(1)ア(エ)及び(オ)のとおり,1審原告は,平成9年8月11日ころ,第2回1審被告市書簡により,第2回事前調査によっても受給要件に該当しない旨の通知を受領し,これに不満であったが,2度の自宅訪問による事前調査でも受給要件に該当しないとされたことで,両介護慰労金を受給できる見込みが乏しいと考えたことに加え,当時,太郎の世話及び兄に関する家庭内の紛争の処理に追われていた事情もあって,いったん両介護慰労金の受給を得るための行動を断念したが,太郎の症状が悪化していることもあって,その後も受給希望を持ち続け,平成11年2月に第2回臨時福祉特別給付金の受給ができたことが直接の契機となって,同月には1審被告市の秘書課に両介護慰労金の受給申請意思を明らかにしたところ,1審被告市からその受給申請書が届けられ,これによって1審被告市に対して両介護慰労金の受給申請をするに至ったことが認められるから,1審被告市の担当者が平成9年8月の受給要件非該当の通知をした際において,1審原告に対して両介護慰労金の受給申請について教示していれば,1審原告は,実際に両介護慰労金の受給申請をした平成11年2月より前には同受給申請をしたものと推認するのが相当である。
しかし,1審原告が平成9年8月11日ころに第2回1審被告市書簡により第2回事前調査によっても受給要件に該当しない旨の通知を受領して,両介護慰労金の受給を得るための行動を断念した事情が上記のようなものであったことも考慮すると,1審原告が,上記通知受領の際に1審被告市の担当者から受給申請に関する教示を受けたとしても,実際に受給申請をした平成11年2月前の何時の時期において,現実に1審被告市に対して受給申請をすることになったのかを確定することはできないというほかない。
そうすると,1審原告が上記イの期間の両介護慰労金21万円を受給できなかったことについても,本件教示義務違反行為によるものということはできないのであり,これを本件教示義務違反行為と相当因果関係にある損害ということはできない。
オ したがって,1審原告が,本件教示義務違反により,両介護慰労金相当額の財産的損害(両介護慰労金が受給できなかったことによる損害)を被ったものということまではできない。
(3) 慰謝料について
上記(2)のとおりであるから,1審原告に同慰労金相当額の財産的損害が発生したとはいえないものの,1審原告は,第2回事前調査によっても受給要件に該当しない旨の通知を受領した際に両介護慰労金の受給申請に関する教示を受けていれば,平成9年8月から平成11年1月までの間に両介護慰労金について受給申請をし,その支給決定等を得てこれを受給することができた可能性を否定できず,1審原告は,本件教示義務違反行為により,上記受給可能性に対する期待を侵害されて相応の精神的苦痛を被ったものと認めるのが相当であり,1審原告の上記精神的苦痛は慰謝に値するものというべきである。そして,その慰謝料額は,1審原告の抱いた期待が主として財産的利益に向けられたものであること,当該期間中に受給できる両介護慰労金額が最大でも合計27万円にとどまること(なお,平成9年6月分及び7月分については,本件教示義務違反との間の相当因果関係が認められない。)等本件に現れた諸般の事情を考慮し,10万円をもって相当と認める。なお,本件事前調査方式は,相応の利点があるのであり,それ自体が受給希望を有する者や受給申請をしようとする者の権利行使を妨害するおそれのある制度であるということができないこと,1審被告市の担当者が,第1回事前調査の実施から第2回事前調査の結果通知までの間において1審原告に対して行った説明等については,本件教示義務違反の点を除き,違法な行為と目すべきものはなかったし,1審原告に示した受給要件非該当の判断が誤りでなかったことは,既に説示したところから明らかである。
9 結論
以上によれば,1審原告の1審被告らに対する請求は,10万円及びこれに対する不法行為の後で,訴状送達の日の翌日である平成14年4月25日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める限度で(県介護慰労金の支給事務については,1審被告らの間に共同不法行為(民法719条)が成立するから,国家賠償法4条により,連帯して損害賠償責任を負う。)認容すべきであり,その余はいずれも失当としてこれを棄却すべきである。
よって,1審原告の控訴に基づき原判決を上記趣旨に変更し,1審被告市の控訴を棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官・長門栄吉,裁判官・渡邉和義,裁判官・田中秀幸)