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名古屋高等裁判所金沢支部 平成21年(ネ)26号 判決 2009年6月15日

控訴人

甲野花子

同訴訟代理人弁護士

八木宏

被控訴人

株式会社SFコーポレーション

同代表者代表取締役

飯村剛

主文

1  原判決を以下のとおり変更する。

(1)被控訴人は,控訴人に対し,52万1905円及びうち金38万6000円に対する平成12年11月16日から,うち金11万円に対する平成20年5月17日から,各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)控訴人のその余の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は,第1,2審を通じてこれを2分し,その1を被控訴人の負担とし,その余を控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた裁判

1  控訴人

(1)原判決を次のとおり変更する。

(2)被控訴人は,控訴人に対し,100万8386円及びうち金95万7374円に対する平成12年11月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(3)仮執行宣言。

2  被控訴人

本件控訴を棄却する。

第2  事案の概要

1  本件は,貸金業者である被控訴人から金員の借入れと返済を繰り返した控訴人が,被控訴人に対し,① 利息制限法所定の制限利息を超える利息を支払っており,この超過分を元本に充当すると過払金が発生し,被控訴人は民法704条所定の悪意の受益者であるとして,不当利得返還請求権に基づき,過払金103万7374円,これに対する最終弁済日である平成12年11月15日までの確定利息22万3160円,及び前記過払金に対するその翌日の同月16日から支払済みまで民法704条前段所定の年5分の割合の利息の支払,② 金銭消費貸借取引の付随義務である取引履歴開示義務に基づき,取引開始時から平成10年5月14日までの取引履歴の開示,③ 上記開示義務に応じなかったことを理由とする不法行為に基づき,慰謝料30万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日の平成20年6月3日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払,④ 民法704条後段又は不法行為に基づく損害賠償請求として,弁護士費用23万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日の平成20年6月3日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払,を求めた事案の控訴審である。

原審が,上記①につき過払金25万7737円,これに対する最終弁済日である平成12年11月15日までの確定利息1万3589円,及び前記過払金に対するその翌日の同月16日から支払済みまで民法704条前段所定の年5分の割合の利息の範囲で認容し,その余の請求をいずれも棄却したところ,これを不服とする控訴人が,上記①につき過払金49万7374円,これに対する最終弁済日である平成12年11月15日までの確定利息5万1012円,及び前記過払金に対するその翌日の同月16日から支払済みまで民法704条前段所定の年5分の割合の利息の範囲,並びに,上記③の慰謝料30万円,④につき弁護士費用16万円及びこれらに対する上記同日から支払済みまでの民法所定の年5分の割合による遅延損害金の範囲で本件控訴を提起した。

略語は,特に断らない限り,原判決に準ずるものとする。

2  争いのない事実

(1)被控訴人は,貸金業法所定の登録を受けた貸金業者である。

なお,被控訴人は,平成20年10月31日,その商号を「三和ファイナンス株式会社」から「株式会社SFコーポレーション」へ変更した。

(2)控訴人は,被控訴人との間で,継続的な金銭消費貸借契約に基づく基本契約を締結し,これに基づき,平成12年11月15日までの間,利息制限法所定の制限利率を超過する利率による利息を徴収する約定ある借入れと弁済を繰り返した(以下「本件取引」という。)。

3  争点

(1)原審における本案前の争点

被控訴人代理人支配人乙山太郎(以下「乙山」という。)は,被控訴人の支配人として訴訟上の代理権を有するか(以下「争点(1)」という。)。

(2)本案の争点

ア 過払金請求について

(ア)本件取引における被控訴人の控訴人に対する貸付けの主張立証責任及び過払金の額(以下「争点(2)」という。)

(イ)被控訴人は民法704条所定の悪意の受益者に該当するか(以下「争点(3)」という。)。

(ウ)消滅時効の成否(以下「争点(4)」という。)

イ 被控訴人の取引履歴開示義務違反の有無(以下「争点(5)」という。)

ウ 弁護士費用支払請求の可否(以下「争点(6)」という。)

4  争点に関する当事者の主張

(1)争点(1)(乙山の訴訟上の代理権の有無)について

原判決4頁1行目冒頭から同頁4行目末尾までに記載のとおりであるから,これを引用する。

(2)争点(2)(本件取引における被控訴人の控訴人に対する貸付けの主張立証責任及び過払金の額)について

(控訴人の主張)

ア 不当利得返還請求権の要件事実は,① 請求者の損失,② 相手方の利得,③ 損失と利得の因果関係,④ 相手方の利得が法律上の原因に基づかないものであること,である。本件において,控訴人の被控訴人に対する支払(返済)が主張立証された場合には,その支払(返済)額について,上記①ないし③の事実が認められるし,上記④については,当該返済の時点において借入金が存在しない旨の主張をすれば足りる。したがって,本件取引のうち,被控訴人の控訴人に対する貸付けについては,被控訴人が主張立証責任を負う。本件のように高利の貸金業者である被控訴人が取引の内容の開示を拒絶する取引部分について,被控訴人から利息制限法所定の制限利息を超える利息の支払を強いられていた債務者である控訴人がその内容を把握することは困難である。また,貸金業者が取引履歴の開示義務を負うことは確立した判例であり,その義務に違反して履歴を開示しない被控訴人に対して,債務者である控訴人が契約締結日,貸金元本等を主張しなければ過払金の返還請求ができないというのは,結論として明らかに不当である。

被控訴人は,控訴人に対する貸付けについて,何ら具体的な主張立証を行わないから,被控訴人の控訴人に対する貸付けについては,存在しないものと認定されなければならない。

イ 控訴人は,被控訴人に対し,平成8年10月15日から平成12年11月15日までの間,別紙「引き直し計算書1」の「年月日」欄記載の各年月日に,対応する「弁済額」欄記載の各金員を返済した。

ウ そうすると,被控訴人は,同「引き直し計算書1」のとおり,最終取引日である平成12年11月15日当時金54万8386円(①過払金元本49万7374円と②法定利息5万1012円の合計額)を不当に利得している。

(被控訴人の主張)

ア 控訴人の主張アは,争う。

不当利得返還請求訴訟においては,不当利得の返還を求める者に,受益,損失,受益と損失の因果関係,利得が法律上の原因に基づかないことの主張立証責任があるから,控訴人は,被控訴人との間に利息制限法の適用を受ける取引が存在し,同法所定の制限利率を超えて利息として支払われた部分を元本に充当する計算を行った結果,過払が生じている経緯をすべて主張立証する必要がある。

イ 控訴人が被控訴人に対し,本件取引のうち別紙「引き直し計算書1」の「年月日」欄記載の「H10.5.15」から「H12.11.15」までの各年月日に対応する「弁済額」欄記載の各金額を返済したことは認めるが,その余の控訴人主張の取引については,否認する。

ウ 控訴人の主張ウは争う。

(3)争点(3)(被控訴人は民法704条所定の悪意の受益者に該当するか)について

(控訴人の主張)

被控訴人は,貸金業者であり,本件取引が利息制限法所定の制限利率を超過する利率による利息の約定によるものであり,その制限額を超えて利息として支払われた部分が無効であることを知りながら弁済を受けていたから,利息制限法に基づく引直し計算をすることにより過払金が生じていることを知り,その時点から法律上の原因なく利得することにつき悪意である。

(被控訴人の主張)

被控訴人は,本件取引において,控訴人に対し,平成18年法律第115号による改正前の貸金業の規制等に関する法律(以下「改正前の貸金業法」という。)17条,18条所定の事項を記載した書面を交付し続けており,同法43条の適用により,控訴人による利息制限法所定の制限利率を超過する利息の弁済についていわゆるみなし弁済が有効に成立するものと認識して本件取引を行っていたから,被控訴人は,過払金の発生について善意であり,かつ,そう認識するについて特段の事情がある。

(4)争点(4)(消滅時効の成否)について

(被控訴人の主張)

本件取引により過払金返還請求権が発生するとしても,それは弁済の都度発生し,その消滅時効期間も個々の弁済により過払金返還債務が発生したときからそれぞれ起算される。

したがって,本訴が提起された平成20年5月19日までにその発生から10年の消滅時効期間が経過した過払金返還債務については,消滅時効が完成している。

被控訴人は,控訴人に対し,平成20年6月30日の原審の第1回口頭弁論期日において,上記消滅時効を援用するとの意思表示をした。

(控訴人の主張)

争う。過払金返還請求権の消滅時効期間は,最終取引日である平成12年11月15日から起算すべきところ,控訴人は平成20年5月19日に本訴を提起したから,本件取引により生じた過払金返還請求権について,消滅時効期間は経過していない。

(5)争点(5)(被控訴人の取引履歴開示義務違反の有無)について

(控訴人の主張)

ア 被控訴人は,控訴人代理人弁護士八木宏(以下「控訴人代理人」という。)からの本件取引の取引履歴開示請求に対し,平成20年5月7日,平成10年5月15日以降の取引履歴を開示したものの,同日以前の取引履歴(以下「本件取引未開示部分」という。)を開示しなかった。

イ 控訴人代理人は,平成20年5月9日,再度,被控訴人に対し,本件取引未開示部分を同月16日までに開示するよう求めたが,被控訴人は応じない。

ウ 本件取引は貸金業法の適用を受ける金銭消費貸借取引であり,被控訴人は,控訴人に対し,被控訴人が保存している業務に関する帳簿に基づいて本件取引未開示部分の取引履歴を開示する義務を負う。

エ 被控訴人は,取引後10年間経過した入金及び貸付けの履歴は消去した旨主張する。しかしながら,最高裁判所平成17年7月19日第三小法廷判決・民集59巻6号1783頁によれば,被控訴人は,本件取引未開示部分の開示義務を負い,そのことを認識していたはずであるから,これを消去した被控訴人の行為は極めて悪質である。

オ 控訴人は,被控訴人が本件取引未開示部分を開示しないことにより,本訴提起を余儀なくされ,貸金業者と債務者との間の貸付けに関する紛争を解決するという利益を実現できずに不安定な状態に置かれ,自らが返還請求できる過払金の額を把握することすらできない状況にあり,精神的苦痛を受けている。これを慰謝するための金額は30万円を下らない。

(被控訴人の主張)

ア 被控訴人は,その保有する控訴人との取引履歴をすべて開示した。

イ 被控訴人は,一般的に,顧客との取引終了後,その取引履歴を被控訴人が規定する保存期間(10年間)経過後に順次電磁媒体から消去しており,本件取引未開示部分についても,既に消去し,保有していない。

ウ 被控訴人には保有しない帳簿に基づく取引履歴の開示義務はなく,義務違反による不法行為は成立しない。

(6)争点(6)(弁護士費用支払請求の可否)について

(控訴人の主張)

ア 控訴人は,被控訴人が本件取引未開示部分の開示に応じず,過払金の返還をしないため,弁護士に委任して本訴を提起せざるを得なかった。債務者である控訴人は,貸金業者に対する過払金の存在を認識することさえ困難であり,特に被控訴人は,債務者本人からの過払金請求にほとんど応じない悪質業者である。

また,被控訴人は,認否や主張を小出しにし,本件取引の内容も否認し,古めかしい論文に基づく主張を縷々展開しており,これらも控訴人が弁護士に委任して本訴を遂行せざるを得なかった事由である。

その弁護士費用は,民法704条後段の損害に当たり,その相当額は16万円を下らない。

イ 被控訴人の前記アの対応及び過払金発生後も控訴人に対して請求を行い控訴人からの弁済を受領していた行為並びに本件取引未開示部分の開示に応じない行為は,不法行為を構成する。

したがって,控訴人は,被控訴人に対し,上記弁護士費用を不法行為に基づき請求することができる。

(被控訴人の主張)

控訴人の主張は争う。

被控訴人には,前記(3)のとおり,本件取引があった当時,民法704条の「悪意の受益者」に該当しない特段の事情があった。

また,前記(5)のとおり,被控訴人には本件取引未開示部分の開示義務はない。本件のような過払金の返還を求める不当利得返還請求訴訟においては,一般的に,債務者が自己の損失額を算出し,自ら訴訟遂行することが困難であるとまでは解されないところ,控訴人の被控訴人に対する過払金返還請求は,当初より控訴人代理人に委任することによって行われており,被控訴人は,控訴人代理人との話合いに誠意をもって臨んできたのであり,控訴人が被控訴人との関係でその債務整理に不安を感じるような状況にはなかった。本訴は,そのような中で唐突に提起されたものであり,本訴提起に要した弁護士費用を被控訴人に負担させることが衡平の観点から相当であるとはいえず,同費用は民法704条後段の損害に該当しない。本件訴訟における各争点につき,被控訴人が争い,応訴することが,社会通念上相当でない不当応訴であるとも認められない。

第3  当裁判所の判断

1  争点(1)(乙山の訴訟上の代理権の有無)について

原判決10頁18行目冒頭から11頁9行目末尾までに判示のとおりであるから,これを引用する。

2  争点(2)(本件取引における被控訴人の控訴人に対する貸付けの主張立証責任及び過払金の額)について

(1)不当利得返還請求の要件事実は,① 請求者の損失,② 相手方の利得,③ ①と②の因果関係,④相手方の利得が法律上の原因に基づかないこと,である。したがって,控訴人が,被控訴人に対して,本件取引により利息制限法所定の制限利率を超える利息を支払っており,この超過分を元本に充当すると過払金が発生するとして,不当利得返還請求する場合,控訴人は,請求原因として,本来,控訴人から被控訴人への金員の交付(弁済)(上記要件事実①ないし③の事実)のみならず,被控訴人の控訴人に対する貸付け(貸付年月日,貸付金額,弁済期,利息の約定を含む。)(上記要件事実④)の主張立証責任を負い,この貸付けに基づく弁済として控訴人から被控訴人への上記金員の交付が行われたことを主張立証してはじめて,利息制限法の適用により法律上の原因に基づかない金員の交付金額が明らかになることとなる。

しかしながら,貸金業者は,債務者から取引履歴の開示を求められた場合には,その開示要求が濫用にわたると認められるなど特段の事情のない限り,改正前の貸金業法の適用を受ける金銭消費貸借契約の付随義務として,信義則上,保存している業務帳簿に基づいて取引履歴を開示すべき義務を負う(最高裁判所平成17年7月19日第三小法廷判決・民集59巻6号1783頁)から,被控訴人に取引履歴開示義務違反があり,その結果,控訴人が被控訴人の控訴人に対する貸付け(貸付年月日,貸付金額,弁済期,利息の約定を含む。)の事実を主張立証できない場合にまで,控訴人にその主張立証責任を負わせるのは,相当でない。そこで,このような場合には,控訴人は,被控訴人に対する不当利得返還請求の要件事実として,控訴人から被控訴人への金員の交付(弁済)のみを主張立証すれば足り,これを争う被控訴人において,抗弁として,この金員の交付(弁済)が法律上の原因に基づくこと,すなわち,被控訴人の控訴人に対する貸付け(貸付年月日,貸付金額,弁済期,利息の約定を含む。)及びこの貸付けに基づく弁済としてこの金員の交付が行われたことの主張立証責任を負うものと解するのが相当である。

(2)被控訴人が本件取引未開示部分の開示に応じないことが取引履歴開示義務に反するかについて検討するに,前記のとおり,貸金業者は,債務者から取引履歴の開示を求められた場合には,その開示要求が濫用にわたると認められるなど特段の事情のない限り,保存している業務帳簿に基づいて取引履歴を開示すべき義務を負う。この業務帳簿(貸金業法19条参照)は,商法19条3項,会社法施行に伴う関係法律の整備等に関する法律(平成17年法律第87号)による改正前の商法36条,会社法432条に定める「営業(事業)に関する重要な資料」に該当するから,貸金業者は,帳簿閉鎖のときから,10年間保存義務を負う。貸金業者と債務者との間で継続的な金銭消費貸借取引に関する基本契約が締結され,これに基づき金員の借入れと返済が繰り返された場合,債務者の貸金業者に対する過払金返還請求権の消滅時効は,特段の事情がない限り,上記取引が終了した時から進行する(最高裁判所平成21年1月22日第一小法廷判決・裁判所時報1476号2頁,最高裁判所平成21年3月3日第三小法廷判決・裁判所時報1479号1頁参照)から,本件取引による控訴人の被控訴人に対する過払金返還請求権の消滅時効は,本件取引における控訴人の最終弁済日の平成12年11月15日から進行するものであり,被控訴人は,少なくとも同日から10年間は,本件取引に関する業務帳簿の保存義務を負うというべきである。そして,控訴人の取引履歴開示要求が濫用と認められるような特段の事情を認めるに足りる証拠は存在しないから,仮に被控訴人が本件取引未開示部分につき既に取引履歴を消去していたとしても,被控訴人が本件取引未開示部分の開示に応じないことは,取引履歴開示義務に反するものである。また,弁論の全趣旨によれば,控訴人は,被控訴人が本件取引未開示部分の開示に応じないため,本件取引開始時から平成10年5月14日までの間の被控訴人の控訴人に対する貸付け(貸付年月日,貸付金額,弁済期,利息の約定を含む。)の事実を主張立証できない結果となっていることが認められる。

(3)以上によれば,控訴人は,被控訴人に対する不当利得返還請求の要件事実として,控訴人から被控訴人への金員の交付(弁済)のみを主張立証すれば足り,被控訴人において,被控訴人の控訴人に対する貸付け(貸付年月日,貸付金額,弁済期,利息の約定を含む。)及びこの貸付けに基づいて上記金員の交付が行われたことを主張立証しない限り,控訴人が主張立証する被控訴人に対する最初の金員の交付(弁済)時の本件取引の貸付残高は0円とするのが相当である。

(4)控訴人が被控訴人に対し,本件取引のうち別紙「引き直し計算書1」の「年月日」欄記載の「H10.5.15」から「H12.11.15」までの各年月日に対応する「弁済額」欄記載の各金額を返済したことは,当事者間に争いがない。また,証拠(甲10の1ないし3)によれば,控訴人が被控訴人に対して平成8年12月16日,平成9年1月16日及び同年2月14日に各1万円の弁済を行った事実が認められる。そして,他に控訴人が主張する別紙「引き直し計算書1」記載の弁済を行ったことを認めるに足りる証拠は存在せず,また,被控訴人は何ら上記(3)に判示した貸付けの事実とこれに基づく上記金員の交付の事実を主張立証していない。

(5)したがって,別紙「引き直し計算書2」記載の控訴人から被控訴人に対する金員の交付(弁済)の事実が認められ,かつ,最初の金員の交付(弁済)時である平成8年12月16日の本件取引の貸付残高は0円とすべきこととなる。

(6)以上によれば,本件取引における控訴人の被控訴人に対する過払金の額は,別紙「引き直し計算書2」記載のとおり,35万1000円となる。

3  争点(3)(被控訴人は民法704条の悪意の受益者に該当するか)について

争いのない事実判示のとおり,本件取引は,利息制限法所定の制限利率を超過する利率による利息を徴収する約定ある借入れと弁済であるところ,被控訴人は,本件取引における控訴人の被控訴人に対する弁済につき,改正前の貸金業法43条1項の適用があることにつき,なんら具体的な主張立証を行っていないから,同項の適用は認められず,被控訴人が同項の適用があるとの認識を有しており,かつ,そのような認識を有するに至ったことがやむを得ないといえる特段の事情がある場合でない限り,法律上の原因がないことを知りながら過払金を取得した者,すなわち,民法704条の「悪意の受益者」であると推定される(最高裁判所平成19年7月17日第三小法廷判決・裁判所時報1440号6頁参照)。そして,被控訴人は,本件取引において,控訴人に対して,改正前の貸金業法17条,18条所定の事項を記載した書面を交付した旨主張するのみで,その書面の記載内容が同法17条,18条の要件を満たすことやその書面を交付したことについて何ら主張立証していないから,前記特段の事情があると認めることはできない。

したがって,被控訴人は,悪意の受益者として,控訴人に対して,本件取引において過払金が生じた日から,その過払金に民法704条前段所定の法定利息を付した金員を返還すべき義務を負う。前記2認定の控訴人の被控訴人に対する金員の交付(弁済)に過払金が生じた日から民法704条前段所定の法定利息を付すと,その利息の金額は,別紙「引き直し計算書2」の「未収過払利息」記載のとおりとなる。

4  争点(4)(消滅時効の成否)について

前記2(2)判示のとおり,本件取引による控訴人の被控訴人に対する過払金返還請求権の消滅時効は,本件取引における控訴人の最終弁済日の平成12年11月15日から進行するから,本件訴えが提起された平成20年5月19日当時未だ時効期間は経過しておらず,この点に関する被控訴人の主張には理由がない。

したがって,控訴人の不当利得返還請求権に基づく過払金請求は,別紙「引き直し計算書2」記載のとおり,過払金35万1000円,これに対する最終弁済日である平成12年11月15日までの確定利息2万5905円,及び過払金35万1000円に対する最終弁済日の翌日の同月16日から支払済みまで民法704条前段所定の年5分の割合による利息の支払を求める限度で理由がある。

5  争点(5)(被控訴人の取引履歴開示義務違反の有無)について

前記2(2)判示のとおり,被控訴人が本件取引未開示部分の開示に応じないことは,取引履歴開示義務に反するものである。そして,証拠(甲2)及び弁論の全趣旨によれば,控訴人は,被控訴人に対し,控訴人代理人を通じて,平成20年5月9日,同月16日までに本件取引未開示部分を開示するよう求めたにもかかわらず,被控訴人は,本件取引未開示部分は既に消去したとして開示に応じず,本訴提起に至ったことが認められる。したがって,被控訴人の上記開示拒絶行為は違法性を有し,控訴人に対する不法行為を構成するものであり,これによって控訴人が被った精神的損害の慰謝料は10万円が相当と認められる。また,この被控訴人の取引履歴開示義務違反を理由とする不法行為は,上記開示期限を経過した平成20年5月17日に成立するから,上記慰謝料に対する遅延損害金の請求は,同日から完済までの支払を求める限度で理由がある。

6  争点(6)(弁護士費用支払請求の可否)について

(1)過払金請求に係る弁護士費用について

前記3判示のとおり,被控訴人は,法律上原因のないことを知りながら過払金を取得したものと認められるから,控訴人に対して,民法704条後段に基づき,控訴人の弁護士費用のうち,被控訴人の不当利得と相当因果関係のある損害と認められる前記4認定の過払金35万1000円の約1割相当額3万5000円を賠償する責任を負う。

(2)取引履歴開示義務違反を理由とする不法行為に係る慰謝料について

前記5判示のとおり,被控訴人の本件取引未開示部分の開示拒絶は不法行為に該当するところ,控訴人の弁護士費用のうち,この不法行為と相当因果関係のある損害は,この不法行為に基づく慰謝料の1割である1万円が相当である。

(3)したがって,控訴人の被控訴人に対する弁護士費用支払請求は,民法704条後段に基づく損害賠償請求に係る弁護士費用3万5000円及びこれに対する過払金額確定後の平成12年11月16日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金並びに被控訴人の取引履歴開示義務違反を理由とする不法行為に基づく慰謝料請求に係る弁護士費用1万円及びこれに対する不法行為成立時の平成20年5月17日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある(なお,控訴人は,被控訴人が過払金発生後も控訴人に対して請求を行い控訴人からの弁済を受領していた行為は不法行為を構成する旨主張して弁護士費用を請求する。しかしながら,仮に控訴人が主張するような不法行為が認められたとしても,この不法行為に基づき前記(1)判示の民法704条後段に基づく損害賠償請求に係る弁護士費用3万5000円を超える損害が発生したと認めることはできないから,控訴人の上記主張には理由がない。)。

7  以上によれば,控訴人の請求は,不当利得返還請求権に基づく過払金35万1000円,これに対する最終弁済日である平成12年11月15日までの確定利息2万5905円,及び過払金35万1000円に対するその翌日の同月16日から支払済みまで民法704条前段所定の年5分の割合による利息の支払,被控訴人の取引履歴開示義務違反を理由とする不法行為に基づく慰謝料10万円及びこれに対する不法行為成立時の平成20年5月17日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払,民法704条後段に基づく弁護士費用3万5000円及びこれに対する過払金額確定後の平成12年11月16日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払並びに不法行為に基づく弁護士費用1万円及びこれに対する不法行為成立時の平成20年5月17日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり,その余はいずれも理由がないから,これと結論を異にする原判決を変更することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡辺修明 裁判官 桃崎剛 裁判官 浅岡千香子)

別紙 引き直し計算書1,2<省略>

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