名古屋高等裁判所金沢支部 平成3年(う)14号 判決 1991年12月05日
国籍
韓国(忠青南道青陽郡化城面花江里四九二番地)
住居
石川県輪島市新橋通六字四番地の九
会社役員
野村正廣こと姜錫采
一九四〇年二月二五日生
右の者に対する所得税法違反被告事件について、平成三年二月八日金沢地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立があったので、当裁判所は、検察官川又敬治出席のうえ審理し、次のとおり判決する。
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人堀口康純名義の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官川又敬治名義の答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるから、いずれもこれらを引用する。
第一控訴趣意中事実誤認の主張について
所論は、要するに、原判決には、被告人の昭和六〇ないし六二年の各所得に係る経費である旅費交通費及び接待交際費(以下「接待交際費等」ともいう。)を不合理な推計により算出したうえ、被告人の作成に係る、実際の接待交際費等を記載した上申書(弁16ないし20・以下「本件上申書」という。)を措信できないものとして排斥したため、所得額から控除すべき経費たる接待交際費等の認定を誤ってほ脱税額を過大に算定した事実誤認があり、その誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。
しかしながら、記録を調査し、当審における事実取調の結果をも参酌して検討するに、原判決挙示の関係各証拠を総合すれば、原判決には、所論のような事実誤認はなく、原判決の認定に反する被告人の原・当審公判における各供述は、到底措信することはできない。その理由は、次のとおりである。
一 原判決の推計手法が不合理であるとの主張について
所論は、原判決が同業者比率法により被告人の接待交際費等を推計したもののように述べて、その手法の不合理性を主張するが、原判決は、捜査段階における被告人の簿外支出についての主張等に基づいて接待交際費等を推計し、それを検討するのに同業者比率法を用いているのであり、しかも、その同業者比率法の手法は後記のとおり合理的であって信頼するに足るところ、右推計の結果も同業者比率法による経費率ともそごするところはないことが確められているのであるから、この点の事実誤認はない。ちなみに経費として控除すべきとされた本件旅費交通費及び接待交際費の売上額に占める比率(経費率)は、全同業者の平均値及び同規模業者の平均値と比較しても二倍ないし一〇倍にも及んでいるのであって、実際の経費をはるかに超えたものであることは明らかである。したがって所論はその前提を誤っているのであるが、その主張するところもまた次のとおり採用しがたいのである。すなわち、
1 所論はまず、同業者比率法により推計課税を行う場合には、その当該同業者の売上、収入、支出が確実に把握されていること、比率が適正であることが担保されていることが必要であるのに、原判決はそのような立証がない推計を安易に採用している旨主張するが、被告人の接待交際費等を検討するに際して参考とされた同業者はいずれも青色申告者で、所得税法一四八条一項により帳簿書類の備付け及び保存が義務付けらているのであるから、通常の白色申告者に比してその申告内容の真実性、すなわち資料の正確性はより強く担保されていることが認められる。
2 また所論は、被告人は個人事業者で、しかも青色申告承認が取り消されているのに、本件推計では青色申告者で、しかもその中には、法規上接待交際費の認容額がそもそも異なる法人も含まれる同業者を用いている旨主張するが、査察官報告書(検88)によれば、参考とされた同業者は、福井・石川・富山北陸三県の業者で、しかも係争各年中事業を継続しており、被告人と同様パチンコ・パチスロの二種の機械を設置した業者であることが認められ、対照とする同業者の抽出基準としては、立地条件、営業形態の各点につき合理的であり、しかも同業者の平均値を推計の資料とする場合には、個人か法人か、規模等の相違といった同業者間に通常存する程度の営業条件の差異は、右平均値の中に捨象できるものであるから、右同業者の収支の正確性、比率の適正が担保されていることは明らかである。
3 更に所論は、特に接待交際費等が多いという点で、被告人の業態が右同業者と異なっているにもかかわらず、原判決はこれを看過したものである旨主張するが、本件では、まさに被告人の主張する接待交際費等の額が正当かどうかが争点となっており、右同業者は、これを検証するための資料であるから、右主張はそもそも採用できない。
二 被告人作成の上申書の信用性について
1 所論は、本件上申書の記載内容は信用できるから、これに基づき接待交際費等を算定すべきであるとするのである。
しかしながら、右上申書の記載内容が真実とは認められないことは、原判決が「争点に対する判断二」で詳細に指摘しているところであり、当裁判所も、これを相当と考える。被告人は、右上申書作成以前の査察段階における上申額は、あくまでも概算であり、右上申書記載の金額が正当な接待交際費等である旨主張するが、従前の上申書(検75ないし86)の記載内容、経費の額、被告人のそれまでの供述内容に照らし到底採用できない。
2 所論は、本件上申書は、被告人の事後の記憶によるものであり、なるほど一部については、不正確ないし事実と相違する部分があるかも知れないが、その全体の信用性を失わせるものではない旨も主張する。
しかしながら、右主張にかかる接待交際費等の額は、そもそも本件ほ脱金額、収入、前記同業者の経費率を単に超えるといった程度のものでなく、全体的に数倍から数十倍にも及ぶという常識はずれの多額であって、それ自体到底あり得るとも思えないような額であるうえ、関係証拠(検89、93)によれば、本件上申書中には、被告人自身が作成し、その行動予定の相当の部分等が記入されているメモ帳の記載、証票類を手掛かりに行った国税当局による反面調査の結果と対比し、明らかに矛盾する不合理な箇所、あるいは時間的に実現不可能な主張の記載等も少なからず認められるのであり、これらが被告人が公判廷でるる供述するように、単なる記憶違いないし誤記といった弁解で正当化できる性質のものでないことは明らかであり、とすると意識的に虚偽を交えたと認められる上申書の信用性が全体的に損なわれることはいうまでもない。
3 また所論は、本件公判前に国税当局に対して同様の上申をした際の経費は、その大部分が正当なものとして認容されているのに、公判後に被告人がなした接待交際費等の主張を排斥するのは首尾一貫しない旨主張する。そして、関係証拠によれば、国税当局は、被告人が本件摘発後の昭和六三年七月一四日から同年九月一二日にかけて提出した上申書(検75ないし86)により、貸倒金等と同様、被告人の主張する接待交際費等の大部分を経費として認容し、原判決もこれを正当としたことが認められる。
しかしながら、関係証拠によれば、右のうち、少なくともその性質上被告人が直接関知、支配する生活事象において頻繁に発生し、しかも国税当局においてその実態を把握することが困難な経費である接待交際費等については、国税当局は被告人主張の各経費の費目の内訳それ自体が真実であるとして直接これを是認したのではなく、他の調査資料をも勘案して、被告人が公判前に主張した程度の数額を、全体的には多くともそれを超えることはない経費の相当額としての接待交際費等を被告人に不利にならないようにほとんど上申どおり認容したに過ぎず、原判決もこの意味で被告人の接待交際費等の推計を相当として認定したものと認められる。所論は、そもそもその前提を欠くもので、採用できない。
4 更に、所論は、原判決は、本件上申書の記載の一部を真実と認めながら、これに基づいて検察官主張のほ脱税額を自ら変更して適正なほ脱金額を算定することなく、被告人及び弁護人の主張を全面的に排斥したのは失当である旨主張するのであるが、本件上申書の記載内容が全体的に信用できないことは、前判示のとおりであり、原判決がその証拠価値を認めなかったことは当然である。
なお、原判決が、本件上申書は、仮に一部に真実の記載があるとしても、被告人の主張を理由があるとすることができないと判示する部分は、結局これを加えて検討してみても、被告人の接待交際費等の全額がいかほどであるか具体的数額をもって確定することができないだけでなく、被告人の接待交際費等が同業者比率との比較で大きく余裕をもって推計された検察官主張の経費額に疑問を抱かせ、これがその額を上回るものとは到底認められないことを述べたものと解せるのであって、検察官が負うべき経費額の立証を被告人の負担とした趣旨ではないことは明らかである。
(そもそも本件において経費として認められた接待交際費等は、前記のとおり実際の経費をはるかに超えたものであるから、本件上申書に一部真実の記載があるとしても、それによって経費として控除すべき接待交際費等が本件で認められた額を超えるものとはならないことは明らかである。)
以上、事実誤認をいう所論はいずれも採用できない。
第二控訴趣意中量刑不当の主張について
所論は、仮に被告人のほ脱税額等が現判決認定のとおりであるとしても、被告人は現実に相当の簿外支出をしており、その他外国人である被告人の国内における地位、その後の修正申告により還付を受けた国税をほ脱税額の相当部分に充当していること等被告人に有利な諸事情を勘案すれば、原判決の量刑は、刑期及び罰金額のいずれの点でも重すぎる、というのである。
しかしながら、記録によつて認められる被告人の脱税の方法、態様、ほ脱額の規模、反省状況等に徴すれば、所論のうち、当裁判所が被告人に有利な情状として是認できる諸点を最大限考慮したとしても、被告人に対して懲役一〇月(三年間執行猶予)及び罰金一七〇〇万円を科した原判決の量刑は妥当なものであり、これが不当に重いとは到底いえない。
論旨は理由がない。
よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 濱田武律 裁判官 秋武憲一 裁判官 田中敦)
平成三年(う)第一四号
所得税法違反控訴事件
○ 控訴趣意書
被告人 野村正廣こと姜錫采
右事件の控訴の趣意は後記のとおりである。
平成三年五月二〇日
右弁護人 堀口康純
名古屋高等裁判所金沢支部 御中
第一点 事実誤認(法三八二条)
一 被告人の主張及び争点
1 本件控訴事実は、起訴状記載のとおり被告人は所得を隠匿した上真正な総所得金額及び所得税額を偽り偽虚の総所得金額及び所得税額を申告して脱税した、というものである。
右真正な総所得金額を確定するためには、所得税法所定の計算方法に従って行わなければならないところ、本件は被告人のパチンコ遊技場経営の事業所得が中心であって、事業所得の確定のためには、収入と支出(経費)を確定しなければならない。
2 被告人は検察官が控訴事実として主張する総所得金額及びこれに対する所得税額を争った。その趣旨は、事業所得を確定するにあたって必要な収入は認めるが、支出すなわち必要経費について、国税局及び検察官の認定に異議があり争った。但し、支出の科目中被告人が具体的に主張をしたのは、主として時間的制約から旅費交通費及び接待交際費の項目であり、いづれも簿外経費の支出である。
3 所得税は実績課税が原則であるところ、被告人は本件事案により青色申告が取消された。そのため検察官は明示的には主張していないがその請求証拠によれば、国税当局は、推計課税(所得税法一五六条)の方法により旅費交通費及び接待交際費を確定し、検察官もそれに依拠した所得金額を主張したものと解される。問題はその推計課税が適法であり且つ相当であるかという点にある。
二 原判決の認定事実と事実誤認
原判決は、罪となるべき事実の項において、検察官の主張した控訴事実について、これをそのまま認め、昭和六〇年分は判決書添付の別紙第一、同六一年分は同第二、同六二年分は同第三において、収入、支出の各科目ごとの金額を認定した。
右判決の認定をした各年分旅費交通費及び接待交際費は次のとおりである。
<省略>
そして原判決は、右事実認定にあたり、争点に対する項において、国税当局の接待交際費などの金額の確定については、実額課税ではなく、推定課税の方法によったものとし、原裁判所も推計によって接待交際費等の支出額を決定したものであるが、自らも推計の方法は合理的なものと結論づけている。しかし右原判決の経費額の認定は、推計方法の合理性のついての判断を誤り、違法又は不当な経費額の確定をした事実誤認がある。
三 推計課税と所得税の確定
本件被告人の所得税額を確定するためには、その前提として事業所得金額を確定する必要があるところ、そのためには先に述べたとおり、収入金額及び支出金額しなければならない。
そして国税当局が更正決定等どのような課税決定をしようと、検察官は所得税違法違反の犯罪事実の全てにつき立証責任を負わなければならない。被告人の前記接待交際費などの経費額についても検察官が立証責任を負うことは当然である。
ところで、所得税法上、所得金額を確定するためには、同法に計算算定方法が決められており、実額課税をするのが原則であって、推計課税の方法によるときは、いわゆる必要性の要件が充足されるとともに、推計方法が合理的であることが要件とされている。右の各要件は課税庁が課税をする場合の要件であるのみならず、所得税違反の犯罪事実を認定する裁判所が、収入、支出の額を認定するにあたっても拘束されるのは当然であるし、その点の立証責任も検察官にある。
そして、検察官請求証拠による所得金額(収入、支出の金額)の推計方法に合理性を欠いているときは、裁判所は推計をし直して所得金額を確定しなければならない。
四 原判決の推計方法の合理性についての判断の誤り
1 合理性の判断内容
原裁判所も実額課税ではなく推計課税の方法によって被告人の所得税額を確定しているところ、原判決は、被告人の主張する旅費交通費及び接待交際費を確定するに当たり、推計方法の合理性について検討した上、国税当局の認容した金額の範囲内で合理性が認められるとし、その額をもって相当と認容している。原判決が合理性ありと認定判断した理由は、<1>被告人の経費率が同業者などのそれを大幅に上回っていること、<2>被告人の上申書の記載内容を真実と認めるには問題があること、<3>被告人は、捜査段階で主張を改めた接待交際費などが国税当局によって認容されるまでは、さらに右認容額を超える簿外支出があるとの主張は一切していないことの三点である。そこで、以下右の諸点につき検討を加える。
2 同業者比率について
推計方法として、いわゆる同業者比率法を用いることが多いが、本件の場合は、先ず平均経費率の中で、旅費交通費、接待交際費についてであることである。この推計方法が合理性をもつためには、<1>比率に用いる同業者の、売上、収入、支出が確実に把握されていること、<2>適正比率であることが担保されていることが必要であるが、検察官証拠等請求関係カード番号88(以下「検88」というように数字のみで表示)の資料は右についての立証はない。
つぎに、被告人は個人事業者で青色申告を取消されているのに、検88の資料は青色申告者であり、且つ法人か個人かが不明であり、同業者の類似性に欠け同業者抽出基準に合理性がない。
ちなみに、接待交際費については、個人の場合、事業との関連性、相当性があれば額についての制限はないが、法人の場合は資本の額が一定額以上だと一切認められず資本金の少ない法人のみについて一定金額が認められるにすぎない。
さらに、パチンコ遊技業はいわゆる人気商売であって、業者によって営業方針が異なり地域特性も異なるのであって、現に88の資料は、比率内容の偏差の程度が著しく、比率の内容に合理性を欠いている。
従って被告人の事業において、同業者の全国平均や、北陸三県の同規模業者より接待交際費の比率が上回っているから、国税当局の推計方法に合理性があるという判断は、その前提を欠き、誤りであることは明らかである。
3 上申書の信用性
(一) 公判前の上申書
本件は金沢国税局によって昭和六三年四月七日の差押によって強制調査に着手され、同日から被告人らの質問調査も開始された。
当局の調査・質問は、脱税方法の確定からはじまり、簿外資金の使途の追求に及んだ。
被告人は右昭和六三年四月七日の最初の質問(検41)に答え、仕入水増による脱税を認めるとともに、不正経理によって得た資金の使途は、保証人としての代払、寄付行為、交際接待費等である旨供述し、昭和六三年四月一八日の質問(検44)では、除外資金の管理方法としては架空名義や他人名義による預金の事実をのべ、昭和六三年五月一九日の質問(検45)で、桐生・名古屋・大阪・京都等へ出張し、その経費は簿外支出であることを述べた。
そして、調査が進み除外資金の使途や支出内容について具体的な調査がなされたが、当局の質問とそれに対する回答という方法では、質問された範囲でしか説明できないこともあるため、被告人は昭和六三年七月一四日付を第一回目として、簿外の資金として預金していた三〇〇〇万円を脱税額に当てるため予納するとともに、支出の概要を整理して上申書として提出することとし、その後数回にわたって上申書を提出した(検75ないし87)。
しかし、その内容は全ての関係書類が押収されており、収入及び経理と全体の資金の流れについて、広範囲で長期間の過去の事実に関するものであり且つ簿外で日々支出される小額の現金払であって、概ね記憶にたよらざるを得ず、しかも被告人としてはともかく簿外支出のあることを認めてほしいことが念頭にあったため、正確性は期し難く支出の概要でしかなかった。
(二) 上申書による簿外経費の認容
国税当局は被告人の供述や右上申書によって、前述のとおり貸倒金等を簿外の経費として認容するとともに、旅費交通費及び接待交際費については、被告人の右上申書に依拠して被告人の主張額をほぼ全額認容した。
すなわち、旅費交通費については、被告人の供述、ならびに高速道路料金の領収書及び交際費の領収書・請求書により名古屋・京都・関東方面への出張の事実が認められるので、被告人が上申書で主張する支出の事実も認められるとし、その支出金額については、被告人が上申書によって主張する一回の旅費交通費三万円、月二回で一ヵ月六万円、年間では七二万円であるとする説明をそのまま認め、結局昭和六〇・六一・六二年各同額の七二万円を経費として認めている(検25)。
又、接待交際費についても、事業との関連性のない支出を除き、被告人の上申書で主張する支出金額をほぼそのまま簿外経費として認容しているのである(検27)。
(三) 公判廷提出の上申書
被告人は、国税当局に提出した上申書は前記のとおり調査に応じてまとめた概数にすぎないものであったため、異議・不服申立や本件起訴などに備え、過去の記憶をよび起こし、日々の行動をより具体的に記載した書面の作成を準備し、公判開始後上告書を作成した。
国税当局や検察官の主張によれば、被告人は昭和六〇年から同六二年の三年間にわたり、仕入水増等の不正経理により合計約一億二〇〇〇万円の所得をかくし、合計約六三〇〇万円の所得税を脱税したというものである。
しかし、被告人には勿論生計費の経理外の支出があるとしても右かくし所得に見合う資産の増加の事実はなかったので、被告人の簿外の支出を全て出来るだけ詳細に明らかにすべく、弁第一六ないし二〇号の上申書を作成して提出したものである。
しかし、時間の制約があるため旅費交通費及び接待交際費については日々の支出の具体的な内容及び数額を明らかにすることができたが、残念ながら慶弔費については日時と数額のみの整理しかできず、その他の科目については提出を断念した。
右上申書は被告人の記憶に基づくものであり、全てが正確で記憶違いのない完全なものであるとまでは断定出来ない。しかし、自らの行動については時間をかけて記憶喚起したものであり、業務上の出張については当初の調査時点から主張しているのであって、旅費交通費は、接待交際費に伴うものであって、簿外経費を推計する資料とするに充分なものと言わなければならない。
(四) 上申書、被告人の公判廷供述に対する原判決指摘の問題点について原判決は被告人の前記上申書や公判廷供述について、争点に対する判断の項4において、数点の問題点を指摘し、「上申書の記載内容について、明らかに誤りが認められる記載以外についてもそのまま真実と認めるには躊躇があり、一部に真実があるとして、その部分を特定することは困難であるとして、結局被告人の主張を理由あるとすることができない。」という。
しかし、前記上申書の提出経過、資料に基づかない記憶を整理した内容であることなどに鑑みるとき、一部に不正確さを指摘できるにせよ、推計の資料として無価値なものとは判定することはできない。
捜査(調査)段階の上申書については、国税当局はその主張をほぼ認容しているのであって、原裁判所も課税当局の推計に合理性ありとしているのであるから捜査段階のものに比較して公判廷提出の上申書が信用性に欠けるとするのは一貫性がない。
原裁判所も、上申書の記載内容はすべて信用性に欠けるものとは判断しないのであるから、裁判所独自に、国税当局の行った簿外経費額について、推計し直すことは可能であるものというべきであり、上申書によれば少なくとも、検察官主張の接待交際費等の金額を確定するには合理的な疑いがあるものと言わなければならない。
4 捜査段階で主張を改めた接待交際などが認められるまでは、更に認容額を超える簿外支出があるとの主張一切していないとの点について
被告人は簿外支出のあることは捜査の当初から主張しており(検27の三枚目末尾)、その具体的内容については遂次上申書で提出していたのであり、簿外支出が他にないと主張したことはない。又当局の認容内容を知ったのは、検察官請求証の開示後である(それ以前に知りようがない)から、前記原判決の指摘は全く誤っている。
5 まとめ
以上検討してきたところによれば、前記接待交際費及び旅費交通費についての原判決の事実認定には所得金額を確定するに当たり推計方法についての合理性の判断を誤り、判決に影響を及ぼす事実の誤認がある。
第二点 量刑不当(法三八一条)
一 第一点事実誤認の主張で述べたとおり、被告人の上申書及び供述等を適正に評価するときは、脱税額は減少するのであるから、原判決の量刑は重きに失することとなる。
二 つぎに、簿外支出を主張する被告人の上申書、供述等については、経費と認定するに足る証拠資料としての信用はなく、所得額及び税額は原判決認定どおりであるとしても、右上申書等から被告人が事業に関して、相当額の簿外支出をしていることは推認できると考える。加えて被告人の日本国内における地位、脱税額の相当額の弁済その他原審に現れた諸事情を考慮するとき、原判決の量刑は重きに失する。
以上