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名古屋高等裁判所金沢支部 平成5年(行ケ)1号 判決 1995年12月11日

原告

國定正重

外二一九九名

右訴訟代理人弁護士

田中清一

野村侃靭

菅野昭夫

高沢邦俊

水谷章

岩淵正明

鳥毛美範

畠山美智子

奥村回

飯森和彦

西村依子

中村正紀

川本藏石

橋本明夫

押野毅

宮西香

被告

石川県選挙管理委員会

右代表者委員長

佐々木吉男

右訴訟代理人弁護士

中村三次

右指定代理人

土肥淳一

外四名

主文

一  平成五年四月一八日執行の珠洲市長選挙の選挙の効力に関する審査の申立てにつき、被告が同年一一月二四日付けでした裁決を取り消す。

二  右選挙を無効とする。

三  訴訟費用は、被告の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  原告ら

主文同旨

二  被告

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は、原告らの負担とする。

第二  事案の概要

本件は、平成五年四月一一日に告示され、同月一八日に執行された石川県珠洲市の市長選挙(以下「本件選挙」という。)について、右選挙の効力が争われた事案である。

一  当事者間に争いのない事実等

1  本件選挙は林幹人と樫田準一郎の両候補者間で当落が争われたところ、林候補が当選人として決定されたが、選挙長谷内口英俊及び選挙長職務代理者梶寛による開票結果の発表は次のとおり変遷した。

(一) 平成五年四月一八日(以下特記のない限り平成五年を指すものとする。)

午後九時三六分ころに発表された最初の開票結果

投票者総数 一万七五一二人

林候補 九一九九票

樫田候補 八二四一票

(林候補と九五八票差)

(二) 右同日午後九時五五分ころに発表された二度目の開票結果

投票者総数 一万七五一二人

林候補 九一九九票

樫田候補 八二四一票

無効投票 八八票

合計 一万七五二八票

(投票者総数より一六票多い)

(三) 同月二〇日午後七時五〇分ころに発表された最終開票結果

投票者総数 一万七五一二人

林候補 九一九九票

樫田候補 八二四一票

無効投票 七七票

合計 一万七五一七票

(投票者総数より五票多い)

2  原告國定正重、同塚本真如、同北野進は、四月二八日異議申出人総代として珠洲市選挙管理委員会(以下「市選管」という。)に対し本件選挙の無効を主張して異議の申出をしたが、市選管は、五月二八日右異議の申出を棄却する旨の決定をした。原告國定正重外一三三一名は右決定を不服として六月一六日被告に対し審査の申立てをしたところ、被告は、一一月二四日付けで右審査の申立てにつき一九名の申立てを却下し、原告國定正重外一三一二名の申立てを棄却する旨の裁決(以下「本件裁決」という。)をした。

これに対し、本件選挙の選挙人である原告國定正重外二一九九名が被告に対し、本件選挙が無効であるとして、右裁決の取消しを求めたのが本件である。

3  右審査の申立ての際、被告が審査申立人及び市選管委員側双方の立会の下に、市選管から提出させた開票済投票用紙及び不受理票を開披し、枚数を確認した結果は次のとおりであった(甲一二、投票用紙の検証)。

投票者総数 一万七五一二人

林候補 九一九九票

(内訳)記号式投票八〇四九票

記名式投票一一五〇票

樫田候補 八二二五票

(内訳)記号式投票七六八三票

記名式投票 五四二票

無効投票 七七票

不受理 九票

合計 一万七五一〇票

(投票者総数より二票少ない。)

二  原告らの主張

本件選挙は、次のとおり、選挙に関する管理執行手続に関して各種の規定違反、違法があり、また選挙の自由公正が著しく阻害されており、選挙の結果に異動を及ぼす虞れがあるから、無効である。

1  無効な選挙人名簿の調整による選挙の執行

住所は生活の本拠であるべきところ、本件選挙時、登録にかかる選挙人名簿では、結果として、「住所」要件を満たさぬか、その疑いの強い者が大量(原告らの調査によってさえ一〇四六名)に登録されている。

これら大量の登録は名簿全体にかかわる重大な瑕疵であり、この点だけでも本件選挙人名簿全部が無効となり、市選管がこのような無効の選挙人名簿によって選挙を行ったことは公職選挙法(以下「法」という。)二〇五条一項所定の選挙の規定に違反する。

2  不在者投票の管理執行に関する違法

市選管の発表によると本件選挙における不在者投票者数は一七一三人で、そのうち有効投票は一六九二票、無効投票及び不受理票が一九票、不明票二票とされている。そのうち一二二三票に関する原告らの主張は別冊不在者投票無効事由に関する原告ら及び被告の主張の第一・一覧表(以下「別冊第一・一覧表」という。)記載のとおりである。

(一) 市選管委員長は、公職選挙法施行令(以下「令」という。)五二条によって、選挙人の提出した宣誓書・請求書によって不在者投票事由を十分認めることができない場合には、右宣誓書・請求書の不足部分の補充を行わせ、また口頭説明によってこれを補充しなければならないけれども、本件選挙においては口頭説明による補充は行われなかった。

(二) 令五六条に基づき名簿登録地である市選管において不在者投票をする場合には、不在者投票管理者の選んだ立会人の立会の下に投票が行われなければならない。しかるに本件選挙においては、本来立会人たりえない者、即ち不在者投票管理者の補助者、代理投票の補助者がこれを兼ねている場合が多くあり、そのうえ整理票にはあたかも正規の立会人が立ち会ったがごとき虚偽の記載がされている。

(三) 指定病院における不在者投票について

珠洲市総合病院で行われた不在者投票については、不在者投票用紙等の交付請求は代理請求の形式がとられ、市選管は四月一六日これを受け付け、同日、同病院で不在者投票は行われ、即日市選管は投票用紙を受領している。整理票には宣誓書等には不備がなかったように記載されているが、真実は不在者投票後作成された選挙人の不在者投票依頼等からすると、右不在者投票は選挙人の請求なしで行われた虞れがある。

また特別養護老人ホーム長寿園で行われた不在者投票については、不在者投票依頼書は明らかに三名の者が七二名の入園者に代わってこれを作成しており、実際に行われた不在者投票は三三名の者が代理投票をしている。同園の入園者一〇〇名の内、痴呆の状態にある者は測定不能と重度の者を合わせて四四名であることに鑑みると、右代理投票は極めて疑わしいものである。

(四) 郵便による不在者投票について

郵便による不在者投票については、不在者投票用外封筒に市選管の記名押印が欠落している。

(五) 名簿登録地である市選管における不在者投票において、不在者投票管理者たる市選管委員長は、投票の記載をする場所(以下「投票記載所」という。)にいつも不在であったし、不在者投票管理者たる役割もすべて事務補助者に任せて放置していた。

その結果、不正な代理投票や替え玉投票が行われ、また選挙人名簿の整備は十分行われず、既に転出した者に不在者投票をさせたり、不在者投票用紙の管理も杜撰であったし、また不在者投票の公正を担保するべく備え付けるべき不在者投票事務処理簿にかえて珠洲市において作成されていた整理票には虚偽の記載がなされ、それさえ無い場合もあった。

令六〇条二項によれば、市選管委員長は、他市町村の選挙管理委員会(以下「選管」という。)の不在者投票管理者から不在者投票及び不在者投票証明書の送致又は送付を受けた場合並びに郵便による不在者投票の送付を受けた場合には、直ちに選挙人の属する投票区の投票管理者にこれを送致しなければならないのに、これを怠り、金庫等鍵のかかる所にも入れず、選管事務所に保管していた。かかる杜撰な管理が、その後の選管事務員が己の手違いを糊塗すべく、不在者投票の抜き取りや、真実は不在者投票を棄権したにもかかわらず、あたかも投票したかのごとき不在者投票外封筒が作成されたり、またこれに従った虚偽の整理票が作成される基盤となった。

3  偽造投票用紙の混入、投票の抜き取り

市選管の最終開票結果において、開票総数が投票者総数を上回っていることは、正規の投票用紙に加えて偽造投票用紙の混入したこと及び右の混入が市選管ないしその関係者の協力によりなされた可能性の高いことを示している。

また、審査申立手続での検証の結果によれば、開票総数に不受理票を加えた票数が投票者総数を下回っていたが、右は、正規の投票済用紙が抜き取られたこと及び右抜き取りが市選管ないしその関係者の協力によりなされた可能性の高いことを示している。

4  開票手続の管理執行の違法

本件選挙の開票手続の管理執行については次の違法がある。

(一) 開票管理者は、投票終了後、投票管理者から送致されてくる投票箱、投票録等を開票立会人立会の上、自ら受領しなければならないのに、本件選挙では、これを怠り、且つ受領証の交付もしていない。

本件選挙では九票の不受理票があったが、開票管理者は開票に際してこれについて法六六条に基づき受理、不受理決定をすべき義務を怠った。

法六七条によれば、投票の効力は開票立会人の意見を聴いて開票管理者が決定しなければならないのに、本件開票については開票立会人澤田實の意見を無視した。

(二) 市選管は、四月一三日、本件選挙の開票事務を、選挙会の事務と併せて、珠洲市産業センター(以下「センター」という。)二階会議室で同月一八日午後七時から行う旨告示した。選挙長が最初の当選発表を行ったころ、開票総数と投票者総数の不一致に気付いた開票事務職員らは、三階の一室に開票後の無効票や不在者投票不受理票等を持ち込み、これと同室に既に置いてあった投票録、選挙人名簿等との点検を始めた。しかるに、右三階の部屋は本来開票所とした場所とも異なり、また同室には開票事務に何ら関係のない加藤幸夫が呼び出され、同人は施錠した同室の中に前記職員らと一緒に閉じ籠もった。

5  選挙、投票の自由の妨害

本件選挙では、林候補支持者側から樫田候補支持者側に対して、次のような選挙活動に対する妨害、投票の自由に対する妨害が、林候補が主宰する株式会社林組の関係者、珠洲市関係者、石川県関係者、電力企業関係者が一体となって組織ぐるみでなされ、選挙活動の自由及び投票の自由が著しく阻害された。

(一) 立候補の届出前の妨害

本件選挙に樫田候補が立候補を表明するにあたって、珠洲市における原子力発電所立地を推進する電力会社の者が家系図を作成し、立候補を断念させようとした。

(二) 選挙運動期間中の妨害

(1) 樫田候補の選挙カーを林候補派の監視グループが追尾し、選挙カーの動きが取れないようにした。

(2) 選挙カーに手を振るなどして樫田候補を支持するような行動をとった者を監視し、個別に批判を加えた。

(3) 樫田候補の政策ポスター三〇枚以上を廃棄した。

(4) 樫田候補の政策ポスターを掲示板に貼ったところ、区長から撤去するように言われた。

(5) 樫田候補の個人演説会会場の出入口をライトで照らして監視した。

(6) 樫田候補の個人演説会会場に酔っぱらいが入ってきて騒いだ。

(7) 樫田候補の個人演説会を開催させないように開催場所の所有者に対して圧力をかけた。

(8) 選挙事務所の設置制限を定めた法一三二条の趣旨に違反して設置された林候補の選挙事務所の前に、不在者投票をすべく市役所に入退庁する者を監視するカメラが置かれた。

(9) その他、林候補派の元市議会議長米田丑三が買収を行い、市議会の事務局長が勤務時間中に林候補の応援活動を行い、また、「こちら珠洲市役所ですけど、林候補をお願いします。」という電話での投票依頼が多数なされた。

三  原告らの主張に対する被告の認否、反論

1  原告らの主張1は争う。

2  同2は争う。

不在者投票の効力に関する原告の主張に対する被告の反論は、別冊不在者投票無効事由に関する原告ら及び被告の主張の第二・一覧表(以下「別冊第二、一覧表」という。)記載のとおりである。

原告らが無効である旨主張する不在者投票のうち郵便による不在者投票分一八票を含めて七六票は本来無効であること、二六五票については不在者投票事由について請求者の口頭補充が必要であったことは認める。

3  同3は争う。

4  同4は争う。

5  同5は争う。

6  原告らのうちには、自らがその主張にかかる選挙の住所要件を欠き、あるいは違法な不在者投票をし、また自分が代理人として不在者投票に関与している者が多数存在するにもかかわらず、かかる主張をすることは禁反言の原則、信義則に反し、権利の濫用として許されない。

第三  当裁判所の判断

一  選挙人名簿調整に関する手続違反について

原告らのこの点の主張の要旨は、遠隔地の勤務者、学生、出稼者等住所要件を欠くことによって既に選挙権のなくなった者を多数登録したままの選挙人名簿に、更に法の求める調査義務を怠って架空転入等住所要件を欠く者を大量選挙時登録した選挙人名簿に基づいて、市選管は本件選挙を施行したものであるが、かかる選挙人名簿は名簿自体無効であり、選挙無効の原因となるというものである。

公職選挙法では永久選挙人名簿制度が採用され、選挙人は一旦有効に登録されると永久に据え置かれ、他市町村への転出等法定の手続によって抹消される場合を除き、選挙人名簿の効力は失われないとされる一方で、毎年九月と選挙時に追加登録されていくこととなった(法一九条一項、二項、二八条)。そうして市町村の選管は、住民基本台帳法の整備により市町村長が同法に基いて通知してくる住民票の記載に選挙人の名簿の住所の正確性を第一次的には依拠している。

一方、市町村の選管は、選挙人名簿の被登録者が当該市町村の区域内に住所を有しなくなった等法二七条所定の事由を知った時は、直ちにこれを選挙人名簿に記載し、また法二八条によって一定の要件の下に抹消すべき義務が定められている。しかしながら右は事実上の転出等の調査義務までを選管に課したものとは解されないし、法二一条三項及び令一〇条の条文の記載自体からも既に登録された者に対する調査義務を課したものとは解されない。したがって市選管に原告ら主張のこの点に関する管理執行の違反があったとは認められない。

また選挙時登録についても、選挙人名簿自体を無効とするまでの、その全体に通じる重大な瑕疵があったとまでの主張、立証はない。

したがって、本件選挙人名簿が無効であり、市選管が選挙の管理執行について遵守すべき規定に違反したとして、選挙無効の原因になるとする原告らの主張は採用できない。

二  被告の信義則違反等の主張について

なお、被告は、原告らのうちには、原告自身がその主張にかかる選挙の住所要件を欠き、また次項の不在者投票については自ら主張する違法な不在者投票をし、また自分が代理人として不在者投票に関与している者が多数存在するにもかかわらず、かかる主張をすることは禁反言の原則、信義則に反し、権利の濫用として許されない旨主張するけれども、公職選挙法に定める選挙無効の制度は、個別の候補者あるいは選挙人の利害を超えて、民主主義の根幹たる公明且つ適正な選挙の施行を担保するための制度であるから、被告の主張は失当であり、採用しない。

三  不在者投票の管理執行に関する違法について

不在者投票は、選挙人の選挙権を十分行使させるため当日投票の例外的なものとして、法四九条一項各号所定の不在者投票の事由がある場合にのみ許されるものであるが、右は選挙の期日前に投票を行わせる例外的な措置であるから、不正の行われる危険も多く、これを避けるために厳しく、綿密な法の定めがされている。

1  証拠(甲一二、四二、四五、一二一四、乙二ないし一一の各1ないし3、証人雲津妙子、同桜井美和子、同稲川スズエ、同谷内口英俊)によれば、本件不在者投票に関して以下の各事実が認められる。

(一) 本件選挙の不在者投票期間は、告示の日である四月一一日から選挙期日の前日である同月一七日までの一週間であり、選挙人の名簿登録地である市選管の投票記載所は、珠洲市役所内の市選管事務局の隣室の会議室に設けられた。

(二) 令五五条一項によって不在者投票管理者となった市選管の委員長谷内口英俊は、市選管における不在者投票についての投票立会人として市選管委員である梶寛、橋元昌夫、中川秀邦の三名を、代理投票補助者として市選管書記長多知精二郎、同書記次長長谷克夫の二名を選任し、また、市選管における不在者投票についての受付事務(事務処理簿)は市選管職員庄司三代子、投票用紙交付係は同町端明子が担当した。また、他市町村選管における不在者投票についての受付は市選管書記雲津妙子が、午後五時以後の不在者投票の整理、投票用紙使用簿の管理等一般を同桜井美和子が行っていたが、右両名は、傍らで前記市選管における不在者投票についての受付事務も手伝った。

(三) 不在者投票期間中の不在者投票者数は一七一三人であり、不在者投票の開票数は一七一一票であり、二票の食い違いがあった。市選管は他の市町村の選管で不在者投票を行う旨申請した者について、重複申請等を除外して、四九三名に対して不在者投票者用紙等を交付又は発送している。

当裁判所の送付嘱託によって送付された宣誓書・請求書のうち市選管における不在者投票用紙等の交付請求をした者の提出した宣誓書・請求書の数は、四月一一日一三四枚、同月一二日六九枚、同月一三日一〇一枚、同月一四日一四六枚、同月一五日一七二枚、同月一六日三〇六枚、同月一七日二五一枚の計一一七九枚である(甲一四五一)。被告も本件裁決において、概ね同じ数を認めている(甲一二)。

2  不在者投票事由の審査に関する違反について

(一) 不在者投票をしようとする選挙人は、選管の委員長に対して不在者投票用紙等の交付を請求するに際し、選挙当日自ら投票所に行って投票することができない事由を申し立てるとともに、右申立てが真正であることを誓う旨の宣誓書をあわせて提出することを要し、請求を受けた選管の委員長は、右申立てにかかる事由が法四九条一項各号の事由に該当するかどうかを審査し、これに該当するものと認定した場合は右請求に応じなければならない(令五二条、五三条一項)。他方、選管の委員長は、宣誓書の記載自体から不在者投票の事由がないことが明らかな場合には右請求を拒否し、宣誓書の記載自体からは右事由があるか否かが不明なものについては、口頭の説明とあわせて右事由の有無を認定すべきである。選管の委員長が宣誓書の記載自体から不在者投票の事由がないことが明らかであるにもかかわらずこれを見過ごして不在者投票用紙等の交付の請求に応じた場合、及び宣誓書の記載自体からは不在者投票の事由があるか否かが不明なものについて、請求者に口頭の補足説明を求めずに漫然と右請求に応じた場合には、いずれも選管の委員長には不在者投票の事由についての確認義務を怠った点において選挙の規定の違反があるといわなければならない。

そこで本件についてこれをみるに、証拠(甲一二、一二一四、一四五四、乙二ないし五の各1ないし3、証人谷内口英俊、同桜井美和子、同雲津妙子)及び先に認定した事実によれば、(1)原則として、受付係は庄司三代子の、投票用紙交付係は町端明子の各担当とされたが、庄司は従前不在者投票事務はしたことがなく、本件選挙に先立って不在者投票等について特に教示を受けたことなどなく、隣に座っていた町端に聞く程度であったこと、(2)桜井や雲津も各自の役割を持つかたわら、受付、投票用紙交付事務を交代して手伝ったが、通常でも一〇〇人以上、特に一六日、一七日には二〇〇人ないし三〇〇人の請求を受理しているのにもかかわらず、受付事務係の人数が増加された形跡はないこと、(3)それにもかかわらず、受付事務をした者は異口同音に自分の係の時には受理に悩む場合はなかった旨の証言、供述をしていること、(4)雲津証人は、代理人が数人分の請求を持ってくる時には、そのまま点検もせずに受理した旨証言し、また同証人の受理したものか否かは判明しないが、他の市町村の選管における不在者投票について二四通の重複請求が受理されていること、(5)市選管では不在者投票について、職員を集め、特に研修等することはなかったし、市選管における本件不在者投票事務は殆ど女子事務員に任せられていたことが各認められ、右事実に、後に認定する宣誓書・請求書の記載自体から明白に不在者投票事由が欠缺していると認められる五六票を含めて別冊第一・一覧表掲記の各甲号証の記載内容を総合して判断すれば、受付事務担当者においては、不在者投票事由の有無について特段の関心を払うことなく漫然と不在者投票用紙等の交付の請求に応じていたことが認められ、右認定に反する乙二ないし五の各3の一部は前掲証拠に照らし措信し難いので採用しない。

右のとおり、市選管の委員長には不在者投票の事由についての確認義務を怠った点において選挙の規定の違反は免れない。

(二) そこで、市選管の委員長に右選挙の規定の違反があったとみるべき投票の数について検討する。

(1) 別冊第二・一覧表の記載によれば、被告が宣誓書・請求書の記載自体から不在者投票の事由が認められないことが明らかであるとの理由で不在者投票が無効であることを自認するものが五六票、請求者による口頭説明を必要とすることを自認するものが二六五票ある。前認定に照らせば、市選管の委員長は、右五六票については宣誓書・請求書の記載自体から不在者投票の事由が認められないことが明らかであるのにこれを見過ごし、また右二六五票については請求者の口頭説明を得なければならないのにこれを怠ったまま、それぞれ不在者投票用紙等の交付請求に応じていることになるから、右の合計三二一票についてはいずれも不在者投票事由の確認義務を怠った点において選挙の規定の違反があり選挙無効の原因となりうるというべきである。

(2) 不在者投票事由として法四九条一項二号は「やむを得ない用務又は事故のためその属する投票区のある市町村の区域外に旅行中又は滞在中であるべきこと。」と定めている。そうして、不在者投票用紙等の交付請求者が提出する宣誓書については、公職選挙法施行規則(以下「規則」という。)九条、別記第十号様式によって、職業をなるべく詳細に記載すること、法四九条一項二号の不在者投票事由についてもいつからいつまで、どこに、いかなる用務又は事故で旅行中又は滞在中であるかをなるべく詳細に記入するべく定めている。しかるに市選管の宣誓書・請求書は右規則の定めを最低限満たすべく要件が充足されているだけで「なるべく詳細に記入」するべき余白さえ十分にない(甲六三)のであるから、十二分な口頭説明を受けねばならぬ場合が多々あることが当然予想される。

以上の点を前提に判断すると、市選管における不在者投票をした者のうち、その宣誓書・請求書の請求理由中の不在理由欄の旅行に○印を付け、行先欄に単に県名、市町村名のみを記入しただけでいかなる事由で旅行せねばならぬかについての記入のない別紙(1)記載の二八五名、珠洲市以外の市町村選管における不在者投票をした者のうち、その宣誓書・請求書の不在者投票理由の理由欄2「私事用務等による場合」の旅行に○印をつけただけで前同様旅行事由の記入のない同(2)記載の八名の合計二九三名の投票については、右宣誓書・請求書の記載自体からは不在者投票事由があるとは認定できないから、請求者による口頭説明が必要な場合であったと認められる。しかしながら、右の二九三名について市選管の委員長が不在者投票用紙等の交付に際して口頭説明を受けたとは認められないから、右の不在者投票分二九三票については選挙の規定に違反するものである。

(3) 別紙(3)記載の五四名は、すべて不在期間は四月一八日の一日、行先は市内(珠洲市の意味)、不在理由は病気又は治療ないしはこれに類する記入がされているが、入院中で歩行困難等との記載はない。したがって法四九条一項三号の事由があるとは直ちに認められないのであり、殆どが高齢者であること及び選挙人名簿から分かる各自の属する投票区の所在地を合わせ考えると、四月一八日の選挙期日に本来の投票区の投票所で投票する方がよほど選挙人本人にとっては楽であることは容易に推認されるから、当日投票のできないやむを得ない事由は受付に際し吟味させねばならぬ場合にあたるものと解される。したがってこれについても市選管の委員長がロ頭説明を受けたとは認められないから、右の不在者投票分五四票についても選挙の規定に違反するものである。

(4) 原告らが別冊第一・一覧表において、不在者投票事由について請求者の口頭説明が必要である旨主張するその余の約三五〇票については、宣誓書・請求書の不在者投票事由が一応合理的に理解しうる程度に記載され、これが真実である旨の選挙人の宣誓がある以上は、市選管の委員長が更に子細な口頭説明を受ける必要は事務手続上も存しないから、選挙の規定の違反があったとまでは未だ認めることができない。

その他、原告らの宣誓書・請求書の記載自体から住所要件を欠くと認められるのに口頭説明を受けずに不在者投票を認めた点において選挙の規定違反があるとの主張は、帰するところは市選管の選挙人名簿の調整に関する手続の違法を不在者投票の場面で繰り返すことに外ならないから、前記一で判断したとおり、選挙人名簿自体が無効と認められない本件において、選挙人名簿に登録された不在者投票者の住所要件の欠缺自体を個別に選挙無効の原因として主張することは許されないというべきである。

(5)  してみると、本件選挙の不在者投票のうち少なくとも六六八票については、市選管の委員長の不在者投票事由の審査に関して選挙の規定の違反があるというべきである。

3  不在者投票の立会に関する違法

(一) 証拠(甲一二、四二、四五、六九、七二、七六、八三、八四、九二、一三〇、一三一、一七二、一八三、一八四、二一三、二二一、二二九、三六一、三六二、三六八、三七一、四〇四、四一〇、四三五、四四五、四五二、四八四、四八九、四九六、五二二、五二六ないし五二九、五三七、五四〇、五四五、五五四、五六一、五八三、六三〇、六五八、六六一、六七〇、六七三、六八一、六八四、六九三、七七〇、七七四、七七七、八〇一、八四一、八四七、八七八、八八九、八九一、八九八、九一二、九一三、九二五ないし九二七、九七八、一〇〇四、一〇三三、一一〇九、一一一〇、一一四九、一一六二、一一六六、一一七〇、一一七三、一一七八、一一八七、一一九〇、一二〇五ないし一二〇八、一二一四、一三二四、乙二ないし一一の各1ないし3、証人雲津妙子、同桜井美和子、同稲川スズエ)によれば、不在者投票期間中の市選管の投票記載所における立会人の職務は、一一日、一四日、一七日は梶寛が、一二日、一六日は中川秀邦が、一三日、一五日は橋元昌夫がそれぞれ担当したが、実際には、右本来の立会人の昼食時などにはその場にいた他の職員が適宜交代して不在者投票に立ち会い、且つ不在者投票用外封筒に立会人として署名したこと及び本来の立会人以外の者が立会人として署名した不在者投票分は、少なくとも次のとおり合計七八名分であったことが認められる。

(1) 一一日、長谷克夫七名分

(2) 一二日、桜井美和子四名分、長谷克夫五名分

(3) 一三日、多知精二郎二名分、町端明子一名分

(4) 一四日、長谷克夫一名分、多知精二郎一名分

(5) 一五日、桜井美和子五名分、長谷克夫四名分、多知精二郎二名分

(6) 一六日、長谷克夫一〇名分、多知精二郎一六名分

(7) 一七日、長谷克夫八名分、多知精二郎一二名分

(二) 右のとおり、本件選挙の不在者投票期間中において、不在者投票の選挙事務従事者である桜井美和子が合計九名分、代理投票補助者である長谷克夫が合計三五名分、同じく代理投票補助者である多知精二郎が合計三三名分、選挙事務従事者である町端明子が一名分の不在者投票に立ち会い、不在者投票外封筒の裏面に立会人として署名していることが認められる。

令五六条二項によれば、不在者投票において、不在者投票管理者は、選挙権を有する者を立ち会わせなければならないものと規定されており、立会人選任手続の主体は不在者投票管理者であるところ、不在者投票管理者である谷内口英俊が右桜井、長谷、多知及び町端を立会人に選任した形跡は証拠上なんら認めることはできない。かえって、前認定のとおり、本来の立会人の昼食時などにはその場にいた他の職員が適宜交代して不在者投票に立ち会ったに過ぎないことが認められる。

そうすれば、(一)認定の合計七八名分の不在者投票については、法に違反した違法があるというべきである。しかしながら不在者投票は連日行われること、その立会人の選任手続については法三八条のような厳格な定めがないこと及び長谷及び多知については代理投票補助者としての役割を担っていたところ、現実に同人らが立ち会った投票はいずれも選挙人が本人として投票したことが認められるから、右両名の立ち会った六八票についてはこれを無効とするまでの選挙の規定の違反があるとは認められない。一方、桜井及び町端の立ち会った一〇票については、同人らは現実に投票用紙交付事務等の受付事務を行っていたことは前認定のとおりであるから、立会人の監視機関としての役割を十分に果たすことができない状態にあったというほかはなく、これについては法四九条一項、令五六条一項、二項の規定に違反し選挙無効の原因になりうるものと解するのが相当である(最高裁判所平成二年四月一二日第一小法廷判決・民集四四巻三号四八〇頁参照)。

4  郵便による不在者投票の処理に関する違法

証拠(甲二九四ないし二九六、五〇三、五九二、七一五、七一六、八五八、八五九、九二一ないし九二三、九五四、九五六、一〇三四、一一一三、一一三二、一二〇一)及び弁論の全趣旨によれば、法四九条二項に基づく郵便による不在者投票について、市選管委員長は、不在者投票用外封筒に市選管の記名押印をせずにこれを各不在者投票請求者に郵送したことが認められ、右は令五九条の四第三項、規則一〇条の五(別記第十三号様式の七)の規定に違反することは明らかであり、その結果右郵便による不在者投票者一八名の投票はすべて無効とされるべきものであることに照らしても、選挙の規定の違反として選挙無効の原因となりうると解すべきである。

5  その余の不在者投票に関する規定違反について

(一) 原告らは、市選管委員長は本件不在者投票につき常に不在で投票管理者たる役割を放置していた旨主張する。証拠(甲一二、一二一四、証人谷内口英俊)及び弁論の全趣旨によれば、市選管の投票記載所には投票管理者が所在する形式はとられていなかったが、右記載所は市選管事務局の隣の市選管の会議室が当てられていたものであり、市選管の委員長谷内口英俊は概ね右事務局に詰めていたものと認められ、また右谷内口証言によれば、同人は長期間の選管委員及び委員長の経験にもかかわらず、必ずしも十分の知識と力量を備えていなかったうらみはあるけれども、自らの職責を放置していたとまで認めることはできない。

(二)(1) 原告らは、選挙人堂前純一、同堂前信栄、同畠中あきの不在者投票につき、選挙人名簿の照合の杜撰ないしは抜き取りがあったとして市選管の事務の違法を主張する。

証拠(甲一二四五の1、2、一二四六、一二四七の1、2、一二四九、一二五一、一五七三、証人桜井美和子)によれば、選挙人堂前純一、同堂前信栄は四月九日、同畠中あきは同月一五日にそれぞれ他市町村に転出していること、選挙人堂前純一は、三月二六日に代理請求によって不在者投票用紙等の交付請求をしたが、右のように既に転出しているにもかかわらず、四月一一日に既に郵送で交付を受けていた不在者投票用紙等を返還して市選管での不在者投票を申し出、市選管委員長は右転出の事実を知らないまま、漫然これを行使させたこと、しかるに市選管は、選挙期日の前日である四月一七日に選挙人名簿を改めて確認した結果、選挙人堂前純一の前記転出の事実を知り、同人には前記不在者投票当時、選挙権がなかったことを理解するに至り、法律上(令六〇条一項)直ちに選挙人の属する投票区の投票管理者に送致するべく保管中の不在者投票の中から、桜井美和子がこれを除外して市選管に残し、投票用紙受払簿上には同月一七日に転出によって不在者投票用紙が返還された旨の処理をしたことが認められる。

(2) 選管は、選挙人名簿に登録されている選挙人が投票に出頭した場合、右名簿と対照してこれが本人と確認できたならば、その権利の行使を拒否できない。市選管が、月に一回市町村長から選管に送られてくる住民の異動リストの他に、選挙前は更に選挙人の住所の連絡を密に受けていたことは法の建前から明らかであるけれども、それでも告示後七日間という長期間に行われた本件不在者投票に、名簿の記載と実際の異動との間にずれの生ずることは避けることのできなかった事実と認められる。

しかしながら選挙人名簿の不備によって、誤って転出後の選挙人に不在者投票をさせても、選管から該投票区に送致された右不在者投票は、該投票区の投票管理者によって、投票箱の閉鎖後、選挙期日に選挙権があったか否かの見地から受理、不受理の決定をするべき機会が法律上担保されているのであるから(令六三条、法四二条、四三条)何ら法律上の根拠なしに保管中の不在者投票の中から堂前純一の投票を除外し、またそれに続く処理をした投票管理者たる市選管委員長の措置は違法な管理執行といわねばならない。四月一五日に鳳寿荘集会所で不在者投票し、同日転出した選挙人畠中あきに対する処置も同様に違法である(甲一二五一、一五七四)。もっとも、市選管が選挙期日に不在者投票を一括送致する処置は令六〇条の解釈上、直ちに違法とはいえないし、他に前記処置が違法の目的での抜き取りであったなどとまで認めるに足る証拠はない。

(3) 選挙人堂前信栄については、証拠(甲一二四五の1、2、一二四八の1、2、一二五〇、一二五一)によれば、四月九日に転出すると同時に、代理形式で不在者投票用紙等の交付請求がされ、市選管委員長は、同日郵便で不在者投票用紙等を送付し、同人はこれによって不在者投票をしようとしたが受理されず、五月一一日右不在者投票用紙等を市選管に返還したこと、選挙人名簿には四月一一日に不在者投票がされた旨の記載があること、前記投票用紙受払簿上には同月一七日に転出によって不在者投票用紙が返還された旨の処理をしたことが認められる。返還に際しての信栄の手紙(甲一二四八の2)の内容からすれば、四月一一日に不在者投票しようとしたところ、受理されなかったものと推認され、そうすれば五月一一日に未使用投票用紙の返還として処理すべきものを、投票用紙受払簿上四月一七日転居と杜撰な処理をしたことになるけれども、それ以上の違法の目的があったとまでは認められない。

(三) 選挙人川辺修二と同沢村亮一の不在者投票について

(1) 証拠上明らかな事実及び当事者間に争いのない事実は次のとおりである(甲一二二八の1の1、2、一二二八の2ないし4、一二六四の1、2)。

① 右両名は第五投票区であり、本件選挙期日に愛知県西加茂郡三好町に滞在し、市選管委員長に代理形式で不在者投票用紙等の交付請求をし、同委員長は沢村に対して四月九日、川辺に対して同月一一日それぞれ右投票用紙等を送付した。

② 選挙後、市選管は、沢村は棄権した旨の処理をしていたので、同人に対して不在者投票用紙等の返還を求めたところ、同人の家族から、同人は不在者投票をした旨の連絡があり、三好町選管に連絡をとり、同選管から提出を受けた関係書類から同選管において本件選挙で不在者投票したのは同人のみであったことを初めて知った。

③ 市選管は川辺に対して不在者投票用紙等の返還を求めると、五月一一日同人から不在者投票用紙、不在者投票用外封筒、開封した不在者投票証明書及び同封筒の提出を受けた。

④ その上で市選管は、沢村が四月一六日三好町選管で不在者投票した旨の整理票を作成した。

⑤ 市選管には、「川辺修二」の署名があり、且つ同人のものと同一の選挙人名簿整理番号が記入された不在者投票用外封筒が一通残っている。

(2) 右(1)で認定した事実、当裁判所の送付嘱託によっては、市選管は右⑤の不在者投票用外封筒は写ししか送付してこなかったのに対し、被告は本件裁決に際し、右不在者投票用外封筒の現物も提出させていること、三好町選管は、当裁判所の送付嘱託に対しても、右封筒の裏面の写しを更に写したもののみ送付してきたにすぎないこと及び弁論の全趣旨を総合して判断すると、現在、市選管に残存する右外封筒は、三好町選管が本件不在者投票に際して送付してきたものと同一のものと認められ、市選管において送付された外封筒を破棄して差し替えたものなどとは認めることはできない。

そうすれば三好町選管から外封筒に選挙人の署名をさせないまま送付されたものに、市選管委員長においてほしいままに、川辺の署名をして有効な不在者投票とし、更にその旨の川辺の整理票を作成したものと推認される。

そうして市選管では選挙後、右失態に気づくや、桜井美和子は雲津に命じて川辺の整理票を廃棄し、前項④の沢村の整理票を作成した(証人雲津妙子)。右認定に反する証人桜井美和子の証言はたやすく措信しえないので採用しない。

6  不在者投票の規定に違反する投票総数について

右2、3、4で認定、判断した選挙の規定に違反して選挙無効の原因となりうる不在者投票数の合計は六九六票になるが、2と3との重複分四票(別冊第一・一覧表記載の通し番号八五〇、八六三、九七一、一〇四八の者)を差し引くと六九二票となる。右認定の六九二票は、慎重な認定による最低限の数字であるのにも関わらず、本件選挙の不在者投票者数一七一三人の四〇パーセントを超える数字となる。

四  偽造投票用紙の混入等について

本件全証拠によるも、本件選挙において偽造の投票用紙が混入したこと及び市選管関係者において投票の抜き取りが行われたことを認めるに足りない。

五  開票手続の管理執行の違法について

1  証拠(甲一二、三四ないし四二、乙六ないし乙一一の各1ないし3、証人谷内口英俊、同仲祢富夫、同山崎靖一、同桜井美和子、同加藤幸夫、ビデオテープの検証)によれば、次の事実を認めることができる。この認定に反する原告本人澤田實の供述は右証拠に照らし措信しがたいので、採用しない。

(一) 市選管は、四月一一日、選挙長として市選管の委員長である谷内口英俊(以下「谷内口選挙長」という。)を、選挙長の職務代理者として梶寛(以下「梶職務代理者」という。)を選任するとともに、一三日、本件選挙の開票事務を選挙会の場所において選挙会の事務に併せて行う旨、選挙会の場所としてセンター二階会議室、選挙会の日時を一八日午後七時とする旨告示した。

(二) 選挙会開始時刻までに各投票所から搬入された投票箱はセンター二階の選挙会会場に、投票録、選挙人名簿抄本等は三階の「投票録審査室」と掲示された部屋にまとめて入れられた。同室の管理者は誰であり、鍵の管理はいかにされていたかは明らかでない。投票箱受理に関する手続一切を谷内口選挙長は選挙会事務従事者(以下「事務従事者」という。)に任せていた。

(三) 一八日午後七時、谷内口選挙長が選挙会の開会を宣言し、同人の指示で選挙立会人の立会の下で事務従事者は開票事務に着手した。なお、選挙立会人は、林候補届出の椿原薫、樫田候補届出の澤田實、選挙長選任の桜井重行の三名であった。

開票に際して谷内口選挙長は、投票所から送致されてきた不受理票を選挙立会人に点検させ九票全部を不受理とし、開票事務は参観人の見守る中滞りなく行われた。

(四) 同日午後七時三〇分、午後八時、午後八時三〇分、午後九時にそれぞれ立候補者別得票の中間発表が行われ、谷内口選挙長は午後九時三六分ころ、林候補九一九九票、樫田候補八二四一票、有効得票合計一万七四四〇票とする最終発表を行い、林候補の当選が決定した旨宣言した。

このころ、開票の計算係は投票者総数が一万七五一二人となるのに対し、開票総数が一万七五二八票となり、開票総数の方が投票者総数より一六票多いのに気付き、同九時四五分ころセンター三階の投票録審査室において珠洲市内二六箇所の投票所から送致された投票録の記載に間違いがなかったかを、長谷克夫市選管書記次長、山崎靖一ら五名位の事務従事者が再点検を行った。再点検は一時間もせずに終了したが、投票者数に間違いは見出せなかった。

(五) 同日午後九時五〇分ころ、谷内口選挙長は、参観席から無効投票の内訳を質問され、初めて開票総数が投票者総数より多いのに気が付いた。同五五分ころ谷内口選挙長は無効投票が八八票あるが、開票総数が投票者総数より一六票多くなっているので点検中である旨発表したが、そのころから、参観人、報道関係者等が騒然となり、収拾がつかない状態となった。

(六) 前記(四)の途中で、第一〇投票区の投票管理者職務代理者であった加藤幸夫が事務従事者桜井美和子に呼び出されて投票録審査室に入り、同人の提出した同区の投票録の一部訂正を命じられたりしたが、選挙会会場が騒然となり、参観人らが三階にも上がって来て怒号するようになり、同室は内側から鍵がかけられ、加藤も在室のまま一同は同所に閉じ籠もった。

(七) 同日午後一一時三〇分ころ、谷内口選挙長は、原因調査のため全開票数を数え直す旨宣言したところ、選挙立会人澤田實が立会人を辞任するなどと言って反対したため、同選挙長はこれを実行することができなかった。

選挙会会場は騒然とした状態のまま夜を明かし、翌一九日午前七時二〇分ころ、健康を憂慮して谷内口選挙長は女子事務従業員のみを帰宅させた。

(八) 一九日午後〇時四〇分ころ、樫田候補側からの申し入れに対して、谷内口選挙長は事態を打開するためにやむなく、翌二〇日午後四時三〇分から、センター二階の労働対策室で今後の選挙会の進め方について話し合うことを合意した。

そうして一九日午後一時一〇分ころ、谷内口選挙長は、それまで選挙会会場に保管していた開票済みの投票用紙及び三階の投票録審査室に保管されていた投票録、選挙人名簿抄本、投票用紙の残り、投票所で使用した到着札、入場券、不在者投票用空封筒等選挙に関する一切のものを選挙立会人の立会の下に七個のダンボール箱に詰め、封印した。

(九) 同日午後二時ころ、右七個のダンボール箱は、選挙立会人、市選管委員の立会の下に、予め承諾を得ていた珠洲市役所収入役の金庫に入れられ、同金庫も封印された。

なお開票済みの投票用紙は、前記ダンボール箱にしまわれるまでは選挙会会場に継続して置かれていたもので、その間外部に持ち出されたものとは認められない。

(一〇) 二〇日午前八時四〇分ころから、市選管は、選挙管理委員会を開き、選挙会をできるだけ早く再開するため、前記話し合いの時間を同日午後一時三〇分に繰り上げることを決定し、その旨樫田候補側に申し入れたが拒否された。このころ谷内口選挙長は体調を崩して珠洲市総合病院に入院した。

市選管では、それでもできるだけ早く選挙会を再開したいと考えて、午後二時ころ前記選挙立会人に待機するよう連絡した。椿原薫立会人はこれを承諾したが、桜井重行立会人は仕事を理由に辞任を申し出、また澤田實立会人は、市選管が樫田候補の選挙事務所に再三連絡したが、最終的には連絡がとれなかった。

(一一) 同日午後四時二〇分ころ、珠洲市収入役から事務に支障をきたすことを理由に、前記ダンボール箱を約束どおり早急に搬出するようにとの申し入れがあり、多知精二郎市選管書記長は事務従事者に手伝わせて、封印したままの右七個のダンボール箱をセンター二階の選挙会会場に搬入した。

(一二) 同日午後四時三〇分から、樫田候補側関係者四名も交えて梶職務代理者が開いた前記話し合いは、同五時五〇分になっても合意がつかず、同職務代理者は右話し合いを打ち切った。

同日午後六時二〇分ころ、梶職務代理者は選挙会再開を宣言し、選挙立会人澤田實及び同桜井重行は参加しなかったので、同職務代理者は市選管委員橋元昌夫及び同中川秀邦を選挙立会人に選任した。

(一三) 同日午後六時三〇分ころ、梶職務代理者の指示に従って、前記三名の選挙立会人の立会の下に、多知精二郎市選管書記長が無効投票の入ったダンボール箱の封印を解き、無効投票のみを取り出して点検を開始した。

その結果、一八日に谷内口選挙長が無効投票八八票と発表したが、無効投票は七七票、不受理票九票と改め、午後七時五〇分選挙会は閉会した。

2  以上の事実を前提にして判断すると、法五五条の立法趣旨に照らせば、谷内口選挙長が投票箱に付き添ってきた投票管理者及び投票立会人から直接これを受領すべきであったと考えられるけれども、これを事務従事者にすべて委ねたことをもって直ちに違法とすることはできない。また不在者投票の不受理手続にも、その開票手続そのものにも誤りがあったとは認められない。

しかしながら開票管理者は、開票総数と投票者総数が一致するか否かを票の点検に入る前に確かめ、一致しない場合にはその原因は何かをできるかぎり明らかにしておかねばならぬことは当然である。本件開票についても、票の点検に入る前にこの点の配慮さえなされていれば、一六票をめぐって紛糾を招くことがなかったと認められることは、本件審査申立手続での検証の結果によれば明らかである。しかるに谷内口選挙長は、一八日午後九時三六分ころ、林、樫田両候補の得票数を発表したが、参観席から無効投票の内訳を質されて、初めて開票総数が投票者総数を上回っているのを知ったというのであるから、安易な当選人決定の宣言も含めて、開票手続の根幹において誤りがあったといわなければならない。まして、証人山崎靖一、同仲祢富夫の証言によれば、本件選挙では市選管は右投票録とは別に予めコンピューターに入力された投票者総数を明らかにするべき資料をもっていたことが認められることからすれば、なおさらといわねばならない。

谷内口選挙長が午後九時五五分ころ、投票録の点検手続に入っている旨の発表をした段階で前記当選人決定の宣言は取り消されたと認めざるを得ないところ、各投票所から投票箱と共に厳重にして送致されてきた投票録、選挙人名簿の抄本等は、投票箱の内容を明らかにするものであるから、投票箱と切り離すことのできないものとして、公正を担保する形で厳重に保管されねばならず、一旦これらの点検をせねばならぬ事態が生じた時には、右は開票事務に当たらないとはいえ、開票事務と同じか、これに準じた公正が担保される形で実施されなければならないと解するのが相当である。しかるに本件では右投票録等は、「投票録審査室」との表示はされていたとはいえ、誰が責任者で、誰が鍵の管理をしていたかも明らかにしえない部屋に保管され、事務従事者が同室に閉じ籠もり、あまつさえ開票事務に関与する権限のない第三者まで呼び込んでこれらの点検作業を継続したことは、閉じ籠もるに至った一半の責任は樫田候補側の支援者にあった事情を斟酌しても、なお公職選挙法の基本理念である選挙の公明且つ適正の原則に著しく反するものであって、選挙の規定に違反するものといわざるを得ない。

六  まとめ

選挙無効の要件である法二〇五条一項の「選挙の結果に異動を及ぼす虞れがある場合」とは、当該選挙の規定の違反がなかったならば、選挙の結果につき、現実に生じたところと異なった結果の生じる可能性がある場合をいい、現実に結果に影響を及ぼすことあるいは結果に影響を及ぼすことが確実である必要はないと解するのが相当である。

これを本件選挙についてみると、不在者投票に関しては、最も慎重さが要求される不在者投票事由の審査において、適切な口頭説明を求めず、事実上、宣誓書・請求書を提出させるだけで、いわばフリーパスに近い形で受付がなされていたことにしても、また郵便による不在者投票、安易な立会人の交代及び前記三の5の(二)、(三)の違法行為のいずれをとっても、その選挙の規定違反は、不在者投票制度に対する初歩的且つ基本的理解とこれに対する選管の役割に対する理解の欠けたものと認められること、このことは開票手続の管理執行に対する選挙長はじめその事務従事者らの規定違反行為についても同様に認められ、これらの違反は選挙の公正の理念を著しく阻害し、これに対する選挙民の期待をいたく裏切ったと認められること、先に三の6で判示したとおり本件不在者投票は、不在者投票事由の審査を中心にして、極めて慎重に認定判断してさえ、全不在者投票者の四〇パーセント強にあたる六九二票に不在者投票の管理執行に関する瑕疵が存在すると認められること、及び林候補と樫田候補の得票数の差は九五八票であるとはいえ、各自の得票数における不在者投票の占める比率は、林候補においては12.5パーセントであるのに対し、樫田候補においては6.5パーセントにすぎないことを総合して判断すると、本件不在者投票が公明且つ適正を旨とする公職選挙法の理念に従って厳正に行われていれば、原告本人塚本真如、同北野進の各供述によって認められるように原子力発電所の誘致をめぐって住民が両陣営に分かれて激しく争った本件選挙では、選挙の結果につき、異なる結果の生じる可能性があった場合にあたると認められる。

よって、その余の原告らの主張について判断するまでもなく本件選挙は無効といわねばならない。

第四  結論

以上のとおり、本件選挙は無効であるから、これと異なる本件裁決を取り消したうえ、本件選挙を無効とすることとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官笹本淳子 裁判官宮城雅之 裁判官氣賀澤耕一)

別紙<省略>

別冊<省略>

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