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名古屋高等裁判所金沢支部 平成6年(ネ)160号 判決 1998年9月09日

<目次>

主文

事実

理由

第一 原判決の理由の付加・訂正

一 第六章の平常運転時における放射線被曝の危険性の有無について

二 第七章の本件原子力発電所における安全対策について

三 第一〇章の本件原子力発電所の建設過程における問題点について

四 第一三章の防災対策の不備について

五 第一四章の本件原子力発電所の必要性について

六 第一五章のその他の原告らの主張について

第二 原判決後に発生した問題事象に対する当裁判所の判断

(原判決後の本件原子力発電所に関して発生した問題事象)

一 平成六年八月二六日の再循環ポンプ一台自動停止とこれに伴う原子炉手動停止について

二 平成八年五月一五日の原子炉手動停止について

三 平成一〇年一月一〇日の復水器細管漏洩に伴う原子炉手動停止について

四 配管溶接部の焼鈍における温度記録の疑義について

五 原判決後の本件原子力発電所に関して発生した問題事象のまとめ

(兵庫県南部地震について)

一 兵庫県南部地震の概要

二 兵庫県南部地震と本件原子力発電所の耐震性についての判断

(原審の弁論終結後に他の原子力発電所等において発生した問題事象について)

一 他の原子力発電所等において発生した問題事象

二 右一認定の各問題事象の発生と本件原子力発電所の安全性

第三 控訴人らの当審における新主張に対する判断

一 シビアアクシデント対策について

二 MOX燃料使用の危険性について

第四 結論

控訴人

川辺茂

外一九八名

右控訴人ら一九九名訴訟代理人弁護士

手取屋三千夫

北尾強也

松波淳一

野村侃靱

高沢邦俊

堀口康純

水谷章

岩淵正明

畠山美智子

奥村回

中村正紀

飯森和彦

川本蔵石

橋本明夫

押野毅

宮西香

訴訟代理人野村侃靱訴訟復代理人弁護士

山口民雄

被控訴人

北陸電力株式会社

右代表者代表取締役

山田圭藏

右訴訟代理人弁護士

志鷹啓一

山内喜明

山崎利男

茅根煕和

春原誠

松本洋武

江口正夫

主文

一  本件控訴をいずれも棄却する。

二  控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人ら

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、石川県羽咋郡志賀町字赤住地区に建設した昭和六三年八月二二日通商産業大臣の設置許可に係る原子炉を保有する原子力発電所を運転してはならない。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

4  仮執行宣言

二  被控訴人

主文と同旨

第二  事案の概要

一  本件は、石川県羽咋郡志賀町で被控訴人(原審被告)北陸電力株式会社が建設中であった志賀原子力発電所(以下「本件原子力発電所」という。)について、主に石川、富山両県に居住する原審原告ら計二〇〇名が人格権及び環境権に基づき、右原子力発電所の建設差止めを求めて、被控訴人を被告として昭和六三年一二月一日(原審昭和六三年(ワ)第四九一号事件)及び平成元年七月一四日(原審平成元年(ワ)第三二二号事件)に訴えを提起した事案である。

原審訴訟係属中の平成五年七月三〇日に被控訴人が本件原子力発電所の営業運転を開始したので、原審原告らは右原子力発電所の運転差止請求に訴えを変更した。

原審は平成六年八月二五日、原審原告らの請求をいずれも棄却したので、原審原告らのうち一九九名が本件控訴を申し立てた。

二  当事者の主張

当事者双方の主張は、次のとおり付加するほか、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。

(控訴人らの補充主張)

別冊「控訴人らの主張」記載のとおり

(被控訴人の補充主張)

別紙「被控訴人の主張」記載のとおり

三 証拠関係

本件訴訟記録中の原審及び当審の書証目録・証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

当裁判所も控訴人らの本訴請求はいずれも理由がないものと判断するが、その理由は、以下のとおり付加・訂正するほか原判決の理由説示と同一であるから、これを引用する。

第一  原判決の理由の付加・訂正

一  第六章の平常運転時における放射線被曝の危険性の有無について

1  原判決三二三頁一行目に「しきい値が存在しないとの見解が有力であり、」とあるのを「しきい値が存在しない(すなわち、どんなに低線量であっても人体にそれなりの悪影響はある。)との見解が有力であり、」と改め、同三二五頁六行目末尾に行を改めて次のとおり付加する。

「 他方で、証拠(甲四六六、四六七、四七一、当審控訴人山本定明本人)によれば、世界的には、チェルノブイリ原発事故時の疎開対象から外された地域の一つであるベラルーシのゴメリ地区において、人口一〇〇万人当たりの子供(一五歳以下)の甲状腺ガンの発生率が一九八一年から一九八五年(事故前)までの調査では0.5人、一九八六年(事故発生時)から一九九〇年までの調査で10.5人であったものが、一九九一年から一九九四年までの調査では96.4人に急激に上昇していること(一九九五年・ベラルーシ及びウクライナの学者らの報告)、アメリカ合衆国のネバダ州で一九四四年から始められた核実験によるコネチカット州での影響を実験開始の前後で比較したところ、実験後に一〇万人当たりの乳ガン発生率が顕著に増加しており、さらに、コネチカット州における原発(ハダムネック原発及びミルストーン原発)の運転後は乳ガン発生率増加の傾向が増大していること(一九九三年・スタングラス、グールド報告)、放射線による白血病死亡率の研究では、被曝線量と人体への影響(白血病死亡率)とは必ずしも単純の比例関係にはなく、年間二〇ミリシーベルト程度の低線量被曝での死亡率が一つのピークを形成したこと(一九九四年、一九九六年・ブルラコーワ報告)、ドイツの原子力労働者の染色体異常を調査したところ一般人の三倍以上もの染色体異常が認められた(一九九四年・ブラッセルマン報告)等の低線量継続被曝の被害についての各種報告がなされていることが認められる。」

2  原判決三五四頁八行目末尾に次のとおり付加する。

「なお、前記のアメリカ合衆国のコネチカット州において原発(ハダムネック原発及びミルストーン原発)の通常運転開始後に州民に乳ガンの発生率の増加が認められたとするスタングラス・グールド報告も、右各原発の構造や放射線物質の放出防止策、その平常運転時における州民の被曝線量などが明らかでないことを考慮すると、右報告をもって、本件原子力発電所の平常運転時の放射線放出量が周辺公衆の生命、身体等への影響を無視できる程度に小さいものと認められるとの判断を左右するものではない。」

二  第七章の本件原子力発電所における安全対策について

1  原判決三九四頁末行目末尾に「当審における証人生越忠の証言も右の判断を左右しない。」と付加する。

2  原判決四〇二頁三行目末尾に行を改めて、次のとおり付加する。

「 なお、控訴人らは、本件原子力発電所の敷地内においては、いくつもの断層ないしシームが存在しており、近くで地震が起こった場合には、これらのシーム等が大きく動く可能性がある旨主張するが、右主張は具体的な科学的根拠に基づくものではなく、一般的な可能性を指摘するにとどまるものであるし、本件原発敷地の地盤は、地質の分布状況、シームの分布状況、岩石・岩盤試験の結果等を評価して行った地震時の地盤安定解析の結果、想定される最大の地震に対しても、支持力、すべり及び沈下について十分な安全性を有することが確認されている(乙一七、一九)のであるから、控訴人らの右主張は採用できない。」

3  原判決四〇五頁八行目末尾に行を改めて、次のとおり付加する。

「 当審における証人生越忠の証言中には、本件原子力発電所の原子炉建屋の地盤がいわゆるサンドイッチ地盤であることを理由として地震発生時の危険性を強調する部分があるが、学術的に「サンドイッチ地盤」として地震時の建物被害の危険性を指摘されているのは、「洪積層、沖積層にみられ、硬質の地層が何枚にも重なっている地層(多層地盤)」であって(乙三七号証の文献「地震と地盤災害」)、①本件原子力発電所の原子炉建屋の地盤(岩盤)が右の文献が指摘するサンドイッチ地盤に該当せず、同証人が独自にサンドイッチ地盤との用語を拡大解釈して用いていること、②岩盤上の構造物が同証人のいうサンドイッチ地盤が原因で損壊した事例は同証人自身も知らないことを反対尋問中で自認しているのであるから、同証人の証言をもって、地震発生時における本件原子力発電所の原子炉建屋損壊の具体的な危険を肯定することはできない。」

4  原判決四一七頁七行目から八行目にかけて「宇佐美カタログ(一九八二)」とあるのを「宇津カタログ(一九八二)」と改め、同四二一頁一〇行目「及んでいないと判断した。」の次に「④酒見断層は、富来町大福寺北西方から同町谷内までの約4.6キロメートルの区間で、活動が第四紀後期に及んでいる可能性がある。」と付加し、同一〇行目「④跡津川断層」を「⑤跡津川断層」と、同四二二頁一行目「⑤牛首断層」を「⑥牛首断層」と、同三行目「⑥御母衣断層」を「⑦御母衣断層」と各改める。

5  原判決四三一頁一行目「その安全機能が確保できるように設計した。」の次に「具体的には、Asクラスに属する施設については最大水平加速度で約四九〇ガル(垂直加速度ではその二分の一)、最大速度振幅で約21.8カイン、Aクラスに属する施設については最大水平加速度で約三七五ガル(垂直加速度はその二分の一)、最大速度振幅で約14.8カインに耐えられるように設計された。」と付加する。

6  原判決四三七頁八行目末尾に行を改めて、次のとおり付加する。

「 証拠(甲三六六、乙四一)によれば、被控訴人が本件原子炉設置許可申請の際の地震資料(前記宇佐美カタログ(一九七九)等)からマグニチュードが七以下であるとして耐震設計の想定対象外においた一八五八年の飛騨・越中・加賀・越前地震(震央距離約七五キロメートル)が一九八七年に発行された「新編日本被害地震総覧・宇佐美達夫著」では、その規模と震央の位置が若干改訂され、宇佐美カタログ(一九七九)ではマグニチュード6.8であったものがマグニチュード七ないし7.1(震央距離八四キロメートル)に改められている(ちなみに、被控訴人が想定対象地震とした一五八六年の天正地震の規模はマグニチュード8.1から7.8に改められている。)ことが認められるが、被控訴人は前記(原判示)のとおり、本件原子力発電所の耐震設計としてはマグニチュード8.1、震央距離九六キロメートルの大型地震を想定していることが認められるから、右の過去の地震規模の改訂によって、本件原子力発電所の耐震設計を見直す必要はないというべきである。

さらに、証拠(甲三一五、三一七、三二一、三九三、三九七、三九九等)によれば、控訴人らが主張する日本海東縁の「北米プレート」と「ユーラシアプレート」の境界の存在が裏付けられつつあり、また、証拠(甲三七八)によれば能登半島の西方の海域に地震の空白域が存在することが報告され、そこでは将来複数個のマグニチュード七未満の地震が起きることが予想されるとの見解が示されているが、右のプレート境界も本件原子炉から最短距離で一〇〇キロメートル程度離れているし、いわゆる地震空白域に将来地震発生の可能性が高いという説も地震学上は未だ一つの仮説の域を出ないものと認められる上、被控訴人は本件原子力発電所の耐震設計においては前記のとおりマグニチュード8.1、震央距離八九キロメートルの大型地震及び直下型でマグニチュード6.5の地震を想定しているのであるから、右のプレート境界の存在や地震空白域の存在を理由として被控訴人が行った耐震設計を直ちに見直す必要はないというべきである。」

7  原判決四四三頁一〇行目末尾に行を改めて、次のとおり付加する。

「 さらに、控訴人らは、過去においては活断層が認められないところでも巨大地震が発生しているのであるから、被控訴人が直下型地震の規模をマグニチュード6.5に想定したことに合理性はない旨主張し、証拠(甲三六七、四〇七)によれば、過去に日本に発生した地震で震央及びその付近に活断層が確認されていないものとして一九一四年の秋田仙北地震(マグニチュード7.1)、一九〇〇年及び一九六二年の下関の地震(マグニチュード7.0及び6.5)、一九八四年の長野県西部地震(マグニチュード6.8)等の例が認められるものの、右の事例は過去日本に発生した多数の地震の中では極めて希有な例といえるから、右の事例をもって本件原子炉敷地の直下にマグニチュード6.5を超える地震が発生する可能性を直ちに肯定することはできず、被控訴人が直下型地震の規模を耐震設計指針に従ってマグニチュード6.5と想定したことが不合理であるとまでいうことはできない(なお、甲三六七によれば、一九四八年の福井地震(マグニチュード7.1)においては震央自体には活断層は認められないものの、震央である福井平野の東縁に断層群が存在し、右地震によって右の断層群に近接、平行して全長二五キロメートルに及ぶ地震断層を生じていることが認められるから、福井地震をもって震央及びその付近に活断層が確認されていない例とするのは適当でない)。

また、控訴人らは、前記酒見断層(陸域)と一八九二年一二月九日及び同月一一日に発生した能登地震(マグニチュード6.4及び6.3)の震央(海域)の位置や被控訴人の調査によって発見されたF二〇断層(海域)の位置(甲三六七及び乙一九参照)を根拠として、これらが一つの断層であるとすれば長さが二〇キロメートルにも及んでおり、本件原発直近でマグニチュード七以上の地震が発生する可能性を否定できない旨主張し、当審証人生越忠も右主張に沿う証言をし、同人の意見書である甲三五九号証中にも同旨の記載がある。しかしながら、これらが一つの断層として海底で繋がっているという右生越証言については、これを裏付ける客観的な資料はない(むしろ、被控訴人の調査結果による活動時期や断層の向き(乙一九参照)に照らすと、酒見断層とF二〇断層の連続性は否定するのが自然である。)のであるから、右生越証言を前提とする控訴人らの主張は採用できない。」

8  原判決四四四頁五行目末尾に行を改めて、次のとおり付加する。

「 控訴人らは、被控訴人が基準地震動の策定のための解析に当たって採用した前記大崎の方法(一九七九年に大崎順彦氏が発表した基準地振動評価に関するガイドラインに示された評価方法)については、前提となっている金井式(金井清氏によって過去の地震記録と地震の観測結果に基づいて作成・補正された、基盤での地震動の強さが震央距離との関数になっているとする数式)が誤っているから、被控訴人の想定地震による地震動評価も誤っている旨主張し、当審証人生越忠(及び甲三五九)も同旨の証言をする。確かに、基盤での地震動の強さが断層との距離や地盤の性質によっても影響を受けるのであろうことは同証人の指摘のとおりであると考えられ、特定の測定地点での現実の測定結果が右の金井式による計算結果と異なることもありうることであって、その意味で金井式が万能でないこと自体は頷けるところであるが、右金井式は基盤の地震動の強さの算定式として現在も広く用いられており、基盤の地震動の強さを予測する上で重要な指標となりうることは間違いないものであるし、右生越証言によっても基盤の地震動の強さについて金井式に代わりうる新たな計算式も確立していないことが認められるのであるから、前記大崎の方法が金井式を前提として使用しているからといって、これをもって、被控訴人の基準地震動の策定が誤っているということはできない。」

9  原判決六〇九頁五行目末尾に「右の実験結果に反する当審証人槌田敦の証言部分は採用できない。」と付加し、同六一一頁九行目末尾に次のとおり付加する。

「なお、当審証人槌田敦の証言中には、冷却材喪失事故の発生を仮定した場合の本件原子炉のサプレッション・チェンバの内圧が同証人の計算では4.3気圧程度となるが、これは本件サプレッション・チェンバの最高使用圧力(内圧)4.35キログラム/平方センチメートルgとほぼ等しく、余裕がまるでない旨の証言部分が存在するが、同証人が計算で求めた内圧の4.3気圧は絶対圧力(真空状態を基準ゼロとして表した圧力)であるのに対し、前認定の本件サプレッション・チェンバの最高使用圧力の4.35キログラム/平方センチメートルgはゲージ圧力(大気圧を基準ゼロとして表した圧力で、ゲージ圧力を絶対圧力に換算する場合、ゲージ圧力で表された数値に一気圧を加えることになる。)であり、これを絶対圧力に直すと、大気圧を加えて約5.35気圧となることが認められるから、同証人の計算によっても、本件サプレッション・チェンバには、冷却材喪失事故の発生時においても、約一気圧の余裕があることとなる。」

三  第一〇章の本件原子力発電所の建設過程における問題点について

原判決七四七頁六行目「甲二七六号証の一ないし六、」の次に「三五一号証、三五二号証、」と加え、同七四八頁五行目「廃棄物処理建屋」とあるのを「タービン建屋及び廃棄物処理建屋の一部」と改める。

四  第一三章の防災対策の不備について

1  原判決七六六頁末行目「同二三号証及び同二四号証」とあるのを「同二二ないし二四号証及び弁論の全趣旨」と改め、同七六七頁二行目「災害対策基本法によれば、」とあるのを「原子力発電所等に係る災害は、災害対策基本法施行令一条に定める「放射性物質の大量の放出」により生ずる災害(同法二条一号参照)に該当するところ、同法は、」と改める。

2  原判決七六八頁四行目末尾に次のとおり付加する。

「なお、平成七年一月発生した兵庫県南部地震(その詳細は後記認定のとおり)による被災の経験等を踏まえて、同年七月に防災基本計画は自然災害等を中心として大幅な改訂が行われたが、その際原子力災害対策等については今後追加することとされ、現在、中央防災会議(防災基本計画専門委員会)において右の対策をより実践的なものとするための防災基本計画の改訂作業が進められており、原子力安全委員会においても防災指針をより実効性のあるものとするための検討を行っている。」

3  原判決七六八頁末行目冒頭から同七六九頁五行目「該当する場合には、」までを「一方、被控訴人は、災害対策基本法二条五号の規定により内閣総理大臣が指定した指定公共機関であるところ、同法三九条に基づいて、原子力発電施設に係る災害予防、災害応急対策及び災害復旧を図るため、平成四年四月電力施設に係る防災業務計画の一環として原子力防災業務計画を策定し、防災体制に対応する災害対策組織、緊急時対策本部の設置、緊急時の社外連絡体制、防災教育、防災訓練等について定めている。そして、原子炉施設の事故・故障等により原子炉が停止したとき又は停止することが必要になったとき、あるいは、関連諸法令に定める値を超えて放射性物質が放出されたときなど、安全協定(本件原子力発電所の建設着工時である昭和六三年一二月一日に石川県並びに志賀町及び富来町と被控訴人との間で締結された「志賀原子力発電所周辺の安全確保及び環境保全に関する協定書」)の第九条の各号のいずれかに該当する場合には、」と改める。

4  原判決七七〇頁四行目から九行目までを次のとおり改める。

「 石川県及び関係町は、石川県地域防災計画及び関係町地域防災計画に基づき、原子力防災に関する防災体制の確立と防災業務関係者の防災技術の向上を図り、併せて住民等の防災意識の高揚を図ることを目的として、本件原子力発電所が運転開始される以前の平成四年六月、運転開始後の平成六年七月、平成八年一一月及び平成九年八月に繰り返し防災訓練を実施した。右の平成八年一一月の防災訓練は、石川県と志賀町、富来町、中島町、田鶴浜町の共催で、「平成八年一一月二九日(金)午前八時二五分に本件原子力発電所において運転中に異常が発生し、放射性物質が周辺環境に放出するおそれがあるとの通報を受けた。」との想定のもとに、関係機関から約六〇〇名、住民・児童等約三〇〇〇名が参加して行われ、その訓練項目も緊急時通信連絡訓練、災害対策本部設置訓練、緊急時環境モニタリング訓練、広報訓練、避難等措置訓練、緊急時医療措置訓練など多項目にわたった(乙四六、四七の1ないし4)。

右認定の事実によれば、国においても災害対策基本法の整備と中央防災会議による防災基本計画の改訂等により原子力防災対策の充実強化に努めているものということができ、石川県及び本件原子力発電所周辺の地方公共団体においても、同法に基づいた防災体制を整備するとともに、実効性ある防災体制となるように防災訓練も実施されており、被控訴人においてもこれに協力する体制がとられていることが一応認められる。

他方で、原子力防災は、人為的施設である原子炉等からの放射性物質の大量放出という、本来あってはならない事故の発生を前提とする体制であることに特色があり、その性質上、あらゆる事態を想定して防災対策を立てることには限界があることは否定できないし、法的にも、一般の自然災害と同様に災害対策基本法のなかに組み込まれていて、放射性物質放出の危険性に着目した独自の体系としては整備されていないこと、わが国の防災対策の中心組織である中央防災会議による原子力防災対策もTMI(スリーマイル島原発)事故等を契機として後追い的に整備されてきた面が否定できないことなどの問題点が指摘でき、その意味からも、我が国の原子力防災対策は未だ完成されたものではなく、整備充実の過程にあるといってよい(前記の各防災計画についても、平常運転時から原子力発電所立地周辺の地方公共団体による監視が可能な体制となっていないことのほか、原子力発電所内部の防災業務計画と地方公共団体の防災計画との連携が十分であるか、防災訓練が実際に事故が生じた場合に即しているかなどの各点について、さらに改善の余地もあるのではないかと窺われる箇所もある)。

いずれにしても、本件訴訟の争点は、本件原子力発電所にその運転を差止めるに足りる危険があるか否か、すなわち、原発事故等による放射性物質の外部放出の具体的危険が認められるか否かにあるものであるところ、防災対策は、現実に原発事故等による放射性物質の外部放出の具体的危険が発生した場合にその被害を少しでも少なくするための対策であるから、前記のとおり、原子力防災対策が整備充実の過程にあり、未だ万全でない点があるとしても、そのこと自体は、右争点についての判断を左右するものではない。」

五  第一四章の本件原子力発電所の必要性について

原判決七七〇頁末行目から同七七二頁一〇行目までを次のとおり改める。

「一 控訴人らは、原子力発電は、当初メリットとされていた経済性の面においても放射能対策費用等が過大となり、水力発電や火力発電に対する優位も失われており、環境面からも、その建設や燃料確保の過程で石油を消費せざるをえないことから、当初期待されていた二酸化炭素の排出の減少につながらず地球温暖化対策にも何ら役立たない、他方、原子力発電は、核燃料リサイクルの破綻、使用済核燃料処理の未解決、廃炉化の未解決、平常運転時の低レベル放射線の危険性、重大事故の危険性、地震災害の危険性等の多くの解決不能な問題を抱えており、天然ガス等が石油の代替エネルギーとなりうることから原子力発電の必要性は全くない。本件原子力発電所についても被控訴人はその定格発電量の五四万キロワットを上回る電力を他社に供給しているくらいであるから、電力は余っており、本件原子力発電所の必要性はない旨主張し、原審証人平井孝治、当審証人柴邦生らも右控訴人らの主張に沿う証言をし、自己の証言を裏付ける文献や資料に言及している。

しかしながら、電気は水力・石油・原子力などの一次エネルギーからつくられた二次エネルギーであり、国民生活及び産業活動に必要不可欠な基幹エネルギーとなっているところ、証拠(乙四一の1)によれば、我が国において平成七年度末に営業運転中の原子炉は計四九基、発電設備容量は四一一九万キロワットであって、原子力発電の占める割合は、総発電設備容量(電気事業用)の約20.5パーセント、総発電電力量の約33.8パーセントを占めていることが認められ、右の原子力発電による国民への電力供給の実績に照らすと、控訴人らが指摘する原子力発電に関する問題点を考慮しても、現時点での我が国における原子力発電所の必要性を否定することができないことは明らかである。

なお、証拠(甲四一二、当審証人柴邦生)によれば、被控訴人は、平成八年八月一日午後三時(夏季)において七七万八〇〇〇キロワット、平成九年一月二二日午前一一時(冬季)においても四三万四三〇〇キロワットの電力を他社に供給していることが一応認められるものの、右の被控訴人による他社への電力供給の事実は、他社がそれだけ電力の供給を必要としている、すなわち国民の電力需要があることにほかならないから、そのことをもって本件原子力発電所の必要性を否定することはできない。

そして、被控訴人が本件原子力発電所の建設を計画した当時、被控訴人の供給地域における急激な電力使用量の伸びに応えるめ、新たな電源開発の必要があったこと、また、電力の安定的な供給を図るために、電源を多様化する必要があったことは前認定(原判示)のとおりであり、また、証拠(乙二、八、原審証人吉野弘人)及び弁論の全趣旨によれば、その後の被控訴人の供給地域における使用電力量(電灯電力使用電力量)をみると、昭和五七年度は約一五九億キロワットアワーであったものが、平成四年度には約二二一億キロワットアワー(平成八年度は約二四二億キロワットアワー)となり、右の一〇年間に約1.4倍に増加し、また、被控訴人の供給地域における八月最大三日平均による最大電力(送電端)も、昭和五七年度には二八二万一〇〇〇キロワットであったものが、平成四年度には約四五四万キロワット(平成八年度は約四八五万キロワット)となり、右の一〇年間で約1.6倍に増加していることが認められるのであって、電力を安定的に供給する使命を負っている被控訴人としては、右使命を達成するためには、水力発電及び火力発電とともに、燃料の安定的な供給が期待でき、かつ長期間の燃料の備蓄が容易な原子力発電の必要性があると判断していることは、現在においても同様であると認められ、その判断を不当ということはできない。

以上のとおりであるから、本件原子力発電所の必要性が全くないとする控訴人らの主張は採用できない。

二 もっとも、現時点における原子力発電の必要性が認められることは右のとおりであるとしても、原子力発電所が平常運転時においても一定の放射性物質を環境に放出しており、事故発生の際の放射性物質の大量放出の抽象的な危険は常に抱えていること、過去に外国においてではあるがTMI事故、チェルノブイリ事故といった放射性物質の大量放出による住民の深刻な健康被害につながる重大事故が発生しており、我が国においても前認定(原判示)あるいは後記認定のとおり多数の事故あるいは問題事象が発生していて国民の原子力発電所の安全性に対する信頼は揺らいでいること、その他核燃料の再処理問題、将来の廃炉問題など未解決の問題点を残すことは控訴人ら指摘のとおりであって、原子力発電所がその意味において人類の「負の遺産」の部分を持つこと自体は否定しえないところである。

いずれにしても、今後原子力発電を推進するか廃止すべきかは、単にその経済性のみならず、地球資源、地球環境問題を含めた長期的、総合的な展望に立ったエネルギー政策のなかで、多量の電力消費に慣れた生活水準の見直しをも含めて、適切な情報公開のもとに、人類(日本国民)が選択すべき事項であって、本件原子力発電所についてその運転を差止めるに足りる具体的な危険があるか否かが争点である本件訴訟において、当裁判所が判断すべき事項ではない。」

六  第一五章のその他の原告らの主張について

原判決七七三頁四行目末尾に「あるいは、また原子力施設などの非民主性について縷々主張する。」と付加し、同八行目「本件原子力発電所の反社会性」とある次に「あるいは原子力施設などの非民主性」と加える。

第二  原判決後に発生した問題事象に対する当裁判所の判断

(原判決後に本件原子力発電所に関して発生した問題事象)

一  平成六年八月二六日の再循環ポンプ一台自動停止とこれに伴う原子炉手動停止について

1 証拠(甲三四九の1ないし51、乙三一ないし三三、三五、当審証人金井豊)及び弁論の全趣旨によれば、次の(一)ないし(五)の事実を認めることができる。

(一) 本事象の概要

本件原子力発電所について、平成六年八月一一日に第一回定期検査を終了した後、営業運転を再開し、定格出力五四万キロワットで運転中、平成六年八月二六日に二台の原子炉冷却材再循環ポンプ(PLRポンプ)のうちの一台(ポンプB)が自動停止し、出力が31.9万キロワットまでに低下した後、点検のため原子炉を手動停止した。

(二) 本事象発生の主要経過

① 平成六年八月一一日 第一回定期検査を終了し、営業運転を再開。

② 同年八月二六日午前五時三二分

定格出力五四万キロワットで運転中、二台の原子炉冷却材再循環ポンプ(PLRポンプ)のうちポンプBについて「PLRポンプ可変周波数電源装置(B)の受電遮断器停止」、「PLRポンプ(B)モニタ電圧低」、「PLR可変周波数電源装置(B)重故障」等の警報が発生し、ポンプBが自動停止し、出力が約31.9万キロワットまで降下。

③ 同年八月二六日午前五時三二分

健全側のPLRポンプAの速度降下操作を開始。

④ 同年八月二六日午前六時

発電機出力が約二〇万キロワットまで降下し、監視を強化しつつ、運転を継続しながら点検調査を開始。

⑤ 同年八月二六日午後六時

原子炉の停止操作開始(発電機出力約二〇万キロワット)

⑥ 同年八月二六日午後九時四八分発電機解列

⑦ 同年八月二七日午前一時五〇分原子炉停止

⑧ 平成六年九月八日午後一時

復旧作業及び再発防止対策が完了したため、原子炉の運転を再開。

(三) 本事象発生の原因について

(1) 被控訴人においてポンプBについて調査した結果、以下のことが確認された。

① ポンプBについて停止状態で各種点検調査を行ったが、ポンプ自体には何ら異常は認められなかった。

② ポンプBを実運転して電流波形等の特性試験を実施したところ、PLRポンプ可変周波数電源装置の主回路1系インバータ部(静止系交流交換器)から出る電流(出力電流)の波形に乱れが発生しており、動作に異常が認められ、また右インバータ部に異音の発生が認められた。

③ ポンプBを停止した状態において、インバータ部の各相へ電流を流す試験(課電試験)を行った結果、U相の正側から制御装置に接続されている、主回路の盤内配線において絶縁不良が発生していることが認められた。

④ 盤内の精密観察の結果、制御回路からインバータ部へ同部を制御する信号を送るための変圧器(パルストランス)からインバータ部ゲートユニットにかけての配線とパルストランスの一部を大地に接続する接地線とが交差する部位に配線の損傷が発見され、③の絶縁不良箇所と一致をみた。

⑤ 盤内配線施工状態の確認により、右④の配線の損傷箇所のみ離隔距離が短いことが判明した。設計上は右の配線と接地線との離隔距離を一〇ミリメートル以上確保することとされていたにもかかわらず、近接して布設されていた。

⑥ 右の配線と接地線の同一仕様品を用いて、離隔距離とコロナ発生電圧の相関について試験をしたところ、近接状態では一六〇〇ボルトの印加電圧からコロナが発生することが確認された(ちなみに、PLRポンプ可変周波数電源装置の通常運転中には、当該配線と接地線間に二〇〇〇ボルトの印加電圧が加えられている)。

(2) 右の調査結果より、本事象の原因は以下のとおりと推定された。

① 前記変圧器(パルストランス)からインバータ部ゲートユニットにかけての配線と接地線との間は、運転中、高電圧が加わっているため、右近接部分で局部的にコロナが発生した。

② コロナの発生した状態で運転を継続しているうちに、当該配線と接地線の被覆の劣化が進行し、絶縁不良となって当該箇所に放電が発生するに至った。

③ この放電によってインバータ部サイスリタの動作に異常をきたし、電動機へ供給する電源の電圧(出力電圧)が低下したため電動機を回転させる力が小さくなり、電動機の回転速度が低下した。これを回復させようとして電源装置に流れ込む電流(入力電流)が増大したため、この過電流を検知した保護装置が動作し、ポンプBが自動停止した。

(四) 再発防止策について

被控訴人は、原因調査の結果を踏まえ、以下のとおり再発防止対策を講じたうえ、平成六年九月八日午後一時に原子炉の運転を再開した。

(1) 絶縁不良が生じた当該パルストランスからインバータ部ゲートユニット間の配線及びパルストランス接地線をいずれも新品なものと取り替えた。また、右の取り替えに当たっては、右配線と接地線との離隔距離を一〇ミリメートル以上確保し、念のためスペーサ(固定具)を取り付けた。

(2) ポンプB及びポンプA双方の各可変周波数電源装置において、当該配線と同様の配線について、接地線との間に設計要求である離隔距離(一〇ミリメートル以上)が確保されているものの、比較的狭い箇所について、念のためスペーサを取りつけた。

(3) 製作図に高圧線と接地線の離隔距離基準を明記するとともに、今後十分な管理を行うこととした。

(五) 本事象の危険性について

(1) 再循環ポンプの役割

本件原子力発電所(沸騰水型原子炉)においては、炉心で発生した熱を効率的に取り出すため、再循環ポンプ二台によって炉心を流れる冷却水の一部を強制的に循環させるとともに、その循環流量を調整することによって、発生する蒸気量、すなわち原子炉の出力を制御している。循環流量は、再循環ポンプの回転数を変化させることによって調整し、同ポンプの回転数は、電源の周波数を変えることによって調整している。この周波数を変化させる装置として、可変周波数電源装置を設置しており、ここでは整流器を用いて交流を一旦直流に変換し、この直流を静止型交流変換器(以下「インバータ部」という。)を用いて任意の周波数の交流に変換している。

(2) 本事象(再循環ポンプBの自動停止)は、前認定のとおり、当該ポンプ用電源装置の周波数を制御する制御回路から信号を送り出すための配線と接地線とが近接して布設されていたため、その接近した配線の一部に絶縁不良が生じ、絶縁不良箇所で放電が発生し、インバータ部の動作に異常をきたし、保護装置が動作して再循環ポンプBは自動停止したものであるが、再循環ポンプBの自動停止によって、原子炉の炉心流量(炉心部の冷却材の流量)が減少し、蒸気泡の割合が増加することによって、核分裂反応が抑制されて原子炉の出力が低下し、さらに、再循環ポンプ一台の停止を検知したことによって選択制御棒が原子炉に挿入された結果、電気出力が定格の五四万キロワットから約31.9万キロワットまで降下した。ついで、健全な再循環ポンプAについても、ポンプ一台のみの運転によって、ポンプ一台による定格出力での運転時よりポンプAの流量が増加することを避けるために、その運転速度を通常の五〇パーセントにまで低下させたことにより、炉心流量がさらに低下して電気出力も約二〇万キロワットまで低下した。被控訴人は、右の出力約二〇万キロワットの状態で本件原発の運転を継続しながら、再循環ポンプBの自動停止の原因究明を行なったが、原因の特定に至らなかったので、詳細な調査のために原子炉を手動停止させるもので、その間に原子炉の出力発振(原子炉の出力が短い周期で変動すること、出力振動)は発生しておらず、ECCS(非常用炉心冷却系)の作動もなかった。

(3) 本事象による外部への放射性物質の影響はなかった。

(4) 通商産業省資源エネルギー庁は、平成六年九月二六日付けで本事象についての財団法人原子力発電技術機構の原子力発電所事故・故障等評価委員会による国際評価尺度(INES)に基づく評価結果が「レベル0」(安全上重要でない事象)の「マイナス」(安全に影響を与えない事象)である旨公表した。

2 控訴人らの主張に対する判断

(一) 控訴人らは、本事象発生時には原子炉をまず停止することが原則的な対応であり、平成六年八月二六日午前六時から同日午後六時に原子炉の停止操作開始をするまで約一二時間にわたって発電機出力が約二〇万キロワットの低出力で運転を継続した点は、この出力は定格出力五四万キロワットの約三七パーセントであり、その時の炉心流量は約二五パーセントであったはずであるから、この運転条件周辺は運転上避けることとされている不安定領域であり、出力発振が発生する可能性があったもので、極めて危険である旨主張する。

しかしながら、証拠(乙三三、三五、証人金井豊)によれば、①本件原子力発電所においては、再循環ポンプ一台が停止した場合には、炉心を流れる冷却水の流量は低下するものの、これに応じて出力も低下し、低下した状態において安定して運転できる設計となっており、残りの再循環ポンプ一台によって運転を継続しても安全上問題はなく、本事象においても出力発振は発生していないこと、②不安定領域とは、炉心流量が低く、その割に原子炉出力(熱出力)が高い領域のことをいうが、今回、本件原子力発電所においてポンプBが停止した後、出力約二〇万キロワットで運転を継続したときの炉心流量は三七パーセント前後、原子炉出力(熱出力)は四〇パーセント強であって、控訴人らの主張するような不安定領域にはなかったこと、③被控訴人が原子炉を手動停止したのは、循環ポンプBの自動停止の原因究明のために電源装置等に対する詳細な調査が必要であると判断したためであって、原子炉が不安定で危険な状態になったためではないことがそれぞれ認められるから、被控訴人が約二〇万キロワットの低出力で運転を継続した点が危険であるとする控訴人らの主張は理由がない。

なお、控訴人らは、原審証人水落正志(当時被控訴人支配人原子力本部付部長)は再循環ポンプ一台が停止した場合には原子炉を止めて原因を調査する旨証言していたにもかかわらず、本事象においては被控訴人が直ぐに原子炉を停止しなかった点が問題である旨主張するが、水落証人は、「その原因によりますが、明らかに外部の原因であって、直ちに再起動できるということであれば、再びポンプを動かして、元の原子炉の状態に戻すということになろうかと思います。普通の状態ですと、一個止まって、それで、運転を継続するということはございませんので、止めて原因を調べるということになろうと思います。」と証言している(平成二年五月二四日証人調書四〇枚目)に過ぎず、本事象に対する被控訴人の対応と右水落証言とが矛盾しているとまでいうことはできない。

(二) また、控訴人らは、本件原子力発電所の平均出力領域モニタ(以下「APRM」という。)によっては、出力発振は十分に検知できない旨主張し、控訴人山本定明は当審における本人尋問において右主張に沿う供述をしている。

しかしながら、証拠(乙三三、三五、証人金井豊)及び弁論の全趣旨によれば、①本件原子力発電所には、原子炉の出力を計測する装置として、原子炉内の局部の出力を計測するため八〇個の局部出力領域モニタ(以下「LPRM」という。)が原子炉内にほぼ均等に配置されていること、②右のLPRMにより検出された局部の出力を平均化して全体の原子炉出力を計測するため六個(六チャンネル)のAPRMが設置されており、それぞれのチャンネルのAPRMは、二〇個ないし四〇個のLPRMの入力信号を平均化し、全体の原子炉出力としてそれぞれ記録紙に記録していること、③各LPRMの数値は、中央制御室の指示計によってその指示値を確認でき、あらかじめ設定された値を超えると中央制御室の制御盤に警報を出すようになっていること、④各APRMについてもあらかじめ設定された値を超えると中央制御室の制御盤に警報を出すようになっていること、⑤APRMの値が、一定の値よりも高くなると原子炉は自動的に停止する仕組みとなっており、さらに、必要に応じ運転員が停止ボタンを押すことによって原子炉を安全に停止させることができるようになっていることが認められる。右認定の事実によれば、本件原子炉の計測装置は、原子炉運転中に炉内に問題となる出力発振があった場合にはLPRM及びAPRMでその出力発振を把握できるようになっているものと認めることができ、原子炉の出力を把握する上で特に欠けるものはないというべきである。

控訴人山本定明は当審における本人尋問において、各LPRMの信号を平均化せずにそのまま使用するOPRM(出力振動モニター)を備えないと十分な監視ができず、APRMに頼るのは危険である旨の供述をしているが、証拠(甲三四七)によれば、右のOPRMは未だ研究段階の提案にすぎず、実用化には至っていないことが認められるから、本件原子炉にOPRMが設置されていないことをもって、原子炉の出力を把握する設備が不十分であるということはできない。

3 本事象についてのまとめ

右1、2の認定・判断に照らせば、平成六年八月二六日発生の本事象(再循環ポンプ一台の自動停止―原子炉の手動停止)は、本件原子力発電所建設時における施工業者による再循環ポンプの可変周波数電源装置内の単純な配線ミスを原因として発生したもので、原判決の言渡し(平成六年八月二五日)の翌日の出来事でもあり、施工上の単純なミスが現実に原子炉の出力の調整の役割を担う再循環ポンプの停止にまで至らせた点において本件原発の付近住民に不安感を与えるとともに、施工業者のミスを建設時の検査や運転開始後の定期検査等によって発見できなかった点において被控訴人の品質管理体制についての問題点を浮かび上がらせたものである。他方、本事象自体は、前記国際評価尺度(INES)による評価によっても「レベル0マイナス」(安全に影響を与えない事象)とされる程度のもので、放射性物質の放出、汚染の危険のないものである上、保護装置が作動して再循環ポンプの自動停止に至ったものであり、その後の運転・原子炉の手動停止措置にも格別危険な点はみられず、その発生原因も特定されて、事象の再発防止のための具体的対策が施されているのであるから、本事象の発生をもって、本件原子力発電所における重大事故発生の危険性が認められるものということはできない。

二  平成八年五月一五日の原子炉手動停止について

1 証拠(甲五九九ないし六二〇、六二二ないし六二九、乙三六)によれば、次の(一)ないし(四)の事実を認めることができる。

(一) 本事象の概要

本件原子力発電所において定格出力五四万キロワットで運転中、平成八年三月中頃から原子炉冷却材再循環ポンプ(B)のメカニカルシールキャビティの圧力及び温度の漸増並びに圧力制御流量漸減の傾向が認められ、回復の傾向が認められないため、点検のために同年五月一四日出力降下を開始し、翌一五日に原子炉を手動停止した。これによる外部への放射能の影響はなかった。

(二) 本事象発生の主要経緯

平成七年一一月九日 第二回定期点検後運転再開

平成八年三月中旬 前記再循環ホンプ(B)のメカニカルシール(第二段シール)キャビティの圧力及び温度の漸増並びに圧力制御流量漸減の傾向の発生

同年五月一四日午後四時 発電機の出力降下開始

同年五月一五日午前零時 発電機の解列

同日午前三時五四分 原子炉の手動停止

同年五月二四日午後零時 運転再開

(三) 再循環ホンプ(B)のメカニカルシール(第二段シール)キャビティの圧力及び温度の漸増並びに圧力制御流量漸減の傾向の発生原因について

(1) 点検調査の結果、シール面の磨耗が大きくなっていることと第二段減圧管内面の付着物による減圧管流量特性の変化が右事象の要因と考えられた。

(2) シール面磨耗が大きくなったことの原因については、通常点検時より比較的強い摺動跡が認められたことから異物が混入した可能性が考えられた。

(3) 第二段減圧管内面の付着物については、シートリングからのカーボン磨耗粉によるものと考えられた。

(4) 右の検討の結果、前記第二段シールキャビティの圧力の漸増等パラメータの変化の原因は次のとおりと推定された。

① 異物がシール内に入り、シール面に荒れを生じさせ、通常よりも多い量のカーボン粉がシートリングより流入した。シートリングより流入したカーボン粉は、第一段、第二段と順次濃度を増して流れ、第二段減圧管内面への付着が発生し、漸次付着物が成長していった。

② 右付着物は、平成八年三月中頃には第二段減圧装置の圧力損失に影響を及ぼす程度までに成長し、その結果として、第二段シールキャビティ圧力制御流量の低下及びそれに伴う同シールキャビティ圧力の上昇を招いた。また、第二段減圧装置より系外へ持ち出される熱量が減少したことにより、結果として第二段シールキャビティ温度が上昇した。

③ なお、異物がシール内に入った原因については、前回(第二回・平成七年秋)の定期点検の際に、再循環ホンプ(B)については、平成七年一〇月五日から六日にかけてメカニカルシールの点検作業と電動機の点検作業とを並行して行なったことから、メカニカルシール取付部への異物混入防止について養生蓋を使用せず、養生シートによる異物混入防止を行ったが、その対策が十分でなかったためと考えられた(ちなみに、再循環ホンプ(A)については、電動機との並行作業を行っていないので、養生蓋を取り付けていた)。

(四) 本事象の再発防止対策について

被控訴人は、以下のとおり再発防止対策を講じた。

(1) 再循環ホンプ(B)のメカニカルシールを新品に取り替えた上、念のために第一段、第二段減圧管をカーボン粉等の付着しにくい、より内面の滑らかなものに取り替えた。

(2) メカニカルシール取付部の異物混入を確実に防止できるように、電動機点検との並行作業時においても使用できるように改良した養生蓋を製作し、定期点検の際には右養生蓋を使用し、養生シートは使用しないこととする。また、分解点検時にはメカニカルシール取付部内の開口部に閉止栓を取り付けることとする。

(3) 点検作業手順書に右(2)の事項を明記あるいは追記するとともに、管理を徹底する。

2 本事象についてのまとめ

右1の認定・判断及び弁論の全趣旨によれば、本事象は、平成八年三月中頃から発生した再循環ホンプ(B)のメカニカルシール(第二段シール)キャビティの圧力及び温度の漸増並びに圧力制御流量漸減の傾向の回復が見られないために、被控訴人において予防保全のため念のためにプラントを停止して点検を行なったもので、右の事象自体は本件原子力発電所から外部に放射性物質が漏れる可能性を持つものではなく、点検の結果、事象の発生原因も特定・解明され(定期点検時の異物混入防止策の不徹底)、それに対する再発防止対策も施されることになったのであるから、本事象の発生は、被控訴人の定期検査の問題点を浮き彫りにした意味はあるとしても、これをもって、本件原子力発電所における重大事故発生の危険性が認められるということはできない。

三  平成一〇年一月一〇日の復水器細管漏洩に伴う原子炉手動停止について

1 証拠(甲五五三ないし五九七、乙五〇、五一)によれば、以下の(一)ないし(五)の事実を認めることができる。

(一) 本事象の概要

平成一〇年一月一〇日、本件原子力発電所において定格出力五四万キロワットで運転中、復水器出口における導電率の上昇を示す警報が発生し、出力を降下させたが、さらに原子炉水の導電率が上昇したため原子炉を手動停止した。これによる外部に対する放射能の影響はなかった。

(二) 本事象発生の主要経緯(平成一〇年一月一〇日)

同日午前八時一七分 「復水器Bホットウェル出口導電率高」警報発生

同八時二四分 「復水・給水系機導電率高」警報発生

八時三〇分 原子炉水導電率の上昇開始

八時三五分 発電機の出力降下開始

九時四七分 原子炉手動停止

九時五九分 復水器B2水室隔離

一〇時〇四分 複水器B1水室隔離

(三) 本事象の発生原因について

(1) 復水器の導電率上昇の原因

被控訴人の調査の結果、復水器内に設置されている第二給水加熱器(B)の防熱板の一部が剥がれ落ち、破損片(計五個)が復水器細管に衝突して一本の細管を損傷させている(穴を開けている)ことが判明し、右損傷部位を通じて細管内を流れている海水が圧力の低い復水側に漏洩したため、復水器の導電率が上昇したものと推定された。

(2) 第二給水加熱器(B)の防熱板破損の原因

被控訴人の調査の結果、防熱板取付板(八個)の長さが設計寸法より一〇ミリメートル短く、防熱板取付板と防熱板の栓溶接穴が設計位置(防熱板取付板端部)からずれて溶接されたことにより溶接欠陥が発生していることが判明し、右欠陥部付近に大きな応力が集中し、ここを起点として防熱板に亀裂が生じ、さらに、タービンの排気蒸気による圧力変動により亀裂が大きくなり、防熱板の一部が破損して開口部が発生し、この開口部に蒸気が流入して亀裂がさらに大きくなり、破損片の脱落に至ったものと推定された。

(3) 防熱板取付板が設計寸法より短くなった原因

施工を下請けした日立機械エンジニアリング(復水器を製作した日立製作所の子会社)が、設計図では防熱板取付板の長さが「四一八ミリメートル」となっているのに、加工図に「四〇八ミリメートル」と誤って転記し、八つの取付板が右の誤った加工図どおり四〇八ミリメートルの長さで施工されたためである。

(四) 本事象の再発防止対策について

被控訴人は、以下のとおり再発防止対策を講じることとした。

(1) 損傷した復水器細管について

海水漏洩を生じさせた復水器細管を抜き取り、右細管が取り付けられていた管板部に、海水が流入しないように閉止用短管を取り付ける。

(2) 給水加熱器防熱板について

復水器内に設置されている全ての給水加熱器の防熱板を新品なものと取り替える。防熱板の取り付け方法は、施工性などを考慮して、栓溶接方式による取り付けは行わず、ボルト締め方式によることとし、防熱板を厚くして強度の向上を計る。

(3) 施工管理に関する品質保証活動を強化する。

(五) 本事象の危険性について

(1) 本件原子力発電所においては、原子炉で発生した蒸気によりタービンを回転させ、その後、その蒸気を復水器に導き、復水器細管内を流れる冷却水(海水)により熱交換(冷却)して復水に戻す仕組みとなっている。復水器の復水側は真空状態となっており、復水器細管に穴があいた場合には、細管内面の海水側の圧力が高いため、海水が復水器の復水側へ漏れ込むことはあっても、放射性物質を含んだ復水が圧力の高い海水側に流れ出ることはなく、外部の環境に影響を与えることはない。

一方、復水器内へ漏れ込んだ海水等不純物は、復水器出口下流側に設置された復水脱塩装置により除去される。さらに原子炉水は、原子炉冷却材浄化装置により常に浄化されている。また、運転員が常時復水器出口の導電率、復水脱塩装置出口の導電率及び原子炉水の導電率を監視できるようになっており、導電率の値がある一定の値を超えた場合には警報が発生し、運転員がこれらを確認しながら対応できるようになっている。

本事象では、微量ではあるが、不純物が原子炉内に持ち込まれ、不純物の混入量を示す導電率が基準値内ではあったが上昇傾向にあったため、被控訴人において、将来的な腐食を防止するという観点から原子炉を停止したものである。

(2) 通商産業省資源エネルギー庁は、平成一〇年一月一二日付けで本事象について国際原子力事象評価尺度(INES)による暫定評価を行ったが、その結果は、「評価対象外」のレベルすなわち「安全には関係しない事象」とされた。(乙五一)

2 本事象についてのまとめ

右1の認定・判断に照らせば、本事象は、復水器内に設置されている加熱器の防熱板取付板が施工業者の初歩的な人為的ミス(設計図から施工図への数字の転記ミス)によって設計図の長さより一〇ミリメートル短くなったことが原因となって発生したものであり、被控訴人の品質管理体制の甘さを露呈したものである。本件原子力発電所においては前記一及び二の事象に引き続く三度目の原子炉手動停止(定期検査を除く)であって付近住民に対し本件原発の安全性についての不安・不信を一段と強めたことは否定できないが、本事象自体は、前記国際評価尺度(INES)による暫定評価によっても「評価対象外」とされる程度のもので、放射性物質の放出、汚染の危険のないものである上、その発生原因も特定され、事象の再発防止のための具体的対策がとれる性質のものであるから、本事象の発生をもって、本件原子力発電所における重大事故発生の危険性が認められるものということはできない。

四  配管溶接部の焼鈍における温度記録の疑義について

1 証拠(甲五一八ないし五二四、乙四八、四九)によれば、次の(一)ないし(三)の事実を認めることができる。

(一) 本件疑義の発端

通商産業省資源エネルギー庁は、平成九年九月一六日、株式会社「日立製作所」及びその子会社である株式会社「日立エンジニアリングサービス」が昭和五三年以降、建設・補修工事を実施した全国八か所の原子力発電所(本件原発を含む)の沸騰水型原子炉一八基で、原子炉タービン周辺で行われた配管溶接工事(溶接後の熱処理すなわち焼鈍作業を株式会社「伸光」が下請したもの)の溶接部の温度記録に虚偽の報告があった疑い(本件疑義)があると発表した。

(二) 右の疑義に対する国(通商産業省資源エネルギー庁)の対処

(1) 右疑義に対処するために専門家を構成員とする溶接部健全性評価検討会を設置するとともに、平成九年九月一七日から一九日にかけて及び同月二四日に日立製作所等施工業者への検査官による立入検査を実施し、焼鈍作業を請け負った伸光従業員によって昭和五七年頃から真正でない温度記録の作成・使用がなされた事実(初期については一部の日立エンジニアリングサービスの現場担当者も関与)があったものと判断するとともに、伸光が焼鈍を実施した溶接部の温度記録の全数を対象として、真正でない温度記録が使用された可能性のある溶接部(疑義部位)の特定作業及び疑義部位についての適切な焼鈍の実施の有無について調査を行なった結果、前記疑義のあった沸騰水型原子炉一八基のうちの一四基、計二四八か所の疑義部位を特定したが、右の疑義部位についても焼鈍自体は適切に行われていたと判断した。

さらに、右一四基の沸騰水型原子炉のうち当時定期検査中であった島根原子力発電所一号機、柏崎刈羽原子力発電所四号機及び福島第一原子力発電所四号機の三基について溶接部健全性確認のための緊急調査(調査方法は、①金属組織観察―スンプ法、②残留応力測定―磁歪法)、③硬さ測定―速度比検出式硬さ測定法)を実施した。そして、右の調査結果について前記溶接部健全性評価検討会による評価を行い、調査を実施したすべての溶接部について、金属組織、残留応力及び硬さから総合的に判断すると、適切な焼鈍によって得られるべき溶接部の健全性が確保されていると判断した。

(2) 平成九年一〇月一三日には、右1の緊急調査の結果によって焼鈍自体は適切に行われていたとする立入検査の結果が裏付けられ、緊急調査対象外の原子力発電所一一基(本件原発を含む)についても、焼鈍自体は適切に行われており運転に支障がないものと判断しながらも、念のために次の要領で調査を継続することとした。

① 国が電気事業社の協力を得て実施する。

② 当該原子力発電所の定期検査時等に実施する。

③ これまでの溶接部健全評価検討会の知見に基づき、国が溶接部の健全性を評価する。

④ 調査結果は、調査実施後速やかに公表する。

(3) なお、右(2)の方針に基づき平成一〇年二月一九日までに調査を終えた一〇基(本件発電所及び前記緊急調査をした三基を含む)について、調査の結果、すべての溶接部(疑義部位)の健全性が確認されている。

(三) 本件原子力発電所に関する疑義の調査及び対策

(1) 被控訴人は平成九年九月一三日に通商産業省資源エネルギー庁から連絡を受けて、日立製作所、日立エンジニアリングサービス及び伸光の各工場において事実関係の調査を行い、その結果、本件原発について、焼鈍作業を請け負った伸光によって真正でない温度記録が使用された可能性のある九か所を特定したが、疑義のある九か所はすべてタービン建屋内にあり、タービン廻りや原子炉へ給水する系統及び付属する配管の溶接部であった。

被控訴人は、焼鈍作業についてのマニュアルの調査及び管理の実態の調査等から、右の疑義部位の九か所についても焼鈍自体は実施されていることを確認し、本件原発建設時の非破壊検査及び耐圧漏洩試験や運転中のパトロール等によって配管の健全性については確認しており、発電所の運転継続に特段の問題はないものと判断して、そのまま通常運転を継続した。

(2) 本件原子力発電所においては、平成一〇年一月一七日から四月中旬までの予定で定期検査が行われた。国(通商産業省資源エネルギー庁)は、前記(二)の(2)の方針に基づき本件原子力発電所においても、疑義のある配管の溶接部(九か所)について平成一〇年二月四日から同月六日にかけて調査を行い、健全性の評価を行った。

その結果、通商産業省資源エネルギー庁は、平成一〇年二月一九日付けで、金属組織観察(スンプ法)、残留応力測定(磁歪法)、硬さ測定(速度比検出式硬さ測定法)による総合的判断では、右九か所の疑義部位のいずれについても、適切な焼鈍によって得られるべき溶接部の健全性が確保されているとの調査結果を発表した。(乙四九)

2 本件疑義についてのまとめ

控訴人らは、本件疑義により、被控訴人の品質管理体制の欠如と安全性無視の体質が明らかとなり、本件原発には重大事故発生の具体的危険があると主張し、控訴人山本定明は当審における本人尋問において平成九年九月に配管溶接部の焼鈍における温度記録に疑義が生じたことをもって、本件原子炉の配管が破損する可能性が十分にある旨供述する。

しかしながら、右1に検討したところに照らせば、本件原子力発電所を含めわが国の沸騰水型原子炉一四基で、原子炉タービン周辺で行われた配管溶接工事についてその下請業者によって溶接部の温度記録に虚偽の報告がなされていたことは事実であり、そのこと自体は国民の原子力施設に対する信頼を損なう誠に遺憾な出来事であるが、本件原発の疑義のある九か所の溶接部位については、既に調査を終了した他の原子力発電所の疑義部位と同様に、いずれも適切な焼鈍によって得られるべき溶接部の健全性は確保されていると認められるのであるから、右の配管溶接工事について溶接部の温度記録に虚偽の報告がなされていた事実をもって、本件原子力発電所の危険性を示すものということはできず、控訴人らの主張及びこれに沿う控訴人山本定明の当審供述は採用できない。

五  原判決後の本件原子力発電所に関して発生した問題事象のまとめ

前記一ないし四で検討したとおり、原判決の言渡し(平成六年八月二五日)後、当審における口頭弁論終結(平成一〇年三月一一日)までの間に、本件原子力発電所に直接関係するものだけでも三件の原子炉の手動停止と一件の溶接作業をめぐる疑義が発生した。その発生原因あるいは疑義の内容は、第一の事象(再循環ポンプ一台の自動停止)については本件原発建設時における施工業者による再循環ポンプの可変周波数電源装置内の単純な配線ミス(配線と接地線との間に設計図のとおりの間隔を置かなかったこと)、第二の事象(再循環ホンプBのメカニカルシール・キャビティ内の数値変化)については定期検査の際の異物混入防止の不徹底、第三の事象(復水器の導電率上昇)については施工業者による復水器内の加熱器の防熱板取付板への取付けについての初歩的なミス(設計図から施工図への数字の転記ミスによって取付板が設計図の長さより一〇ミリメートル短くなったこと)がそれぞれ原因となって発生したものであり、第四の疑義の内容は施工業者による溶接関係の数値の虚偽報告であった。

右の第一ないし第三の事象の発生は、原判決が指摘していた「定期検査等の効果を過大視するのは危険であり、本件原子力発電所においても、ヒューマン・エラーあるいは検査の過程における故障等の看過が生じるおそれが全くないとまではいえない。」との危惧(原判決六四六頁参照)が現実のものとなったものであり、本件原子力発電所以外の原発における他の問題事象あるいは事故の発生とともに控訴人らが指摘するように原子力発電所建設における国の安全審査が万能でないことを実証したものということができる。そして、第四の疑義を含めたこれらの事象の発生は、いずれも現実に原発に関与する人間が、設計どおりに施工・建設し、あるいは完成した原発をマニュアルどおりに運転・管理することの難しさを端的に示した出来事であり、原子力発電所において物的施設の設計そのもの、いわゆるハード面の安全性の確保が重要であることは勿論として、いわゆるソフト面における安全性の確保の重要さとその困難さを改めて自覚させるための原発関係者に対する警鐘として真摯に受け取るべきものであり、本件原発についてのその品質管理体制の甘さについて被控訴人の反省を促すべき出来事であった。同時に、控訴人らを含む付近住民に本件原子力発電所の安全性についての危惧を抱かせるとともに、本件原発以外の異常事象あるいは事故の発生と相まって国民全体の原発の安全性に対する信頼を損ねる遺憾な出来事であったといわざるをえない。

しかしながら、本件第一ないし第三の各事象はいずれも原発の危険の中核である放射性物質の外部放出につながる性質のものとは認められず(右各事象のうち原発の安全性の点から一番重大な事象であると考えられる第一事象についても安全評価尺度による評価はレベル0マイナス(安全に影響を与えない事象)にとどまるものとされ、第三事象については評価対象外(安全に関係しない事象)とされた。)、かつ、右各事象のいずれについてもその発生原因を特定でき、再発防止のために具体的な対策をとることができたものであり、第四の疑義についても現実に行われた溶接作業自体は溶接部の健全性が確保されていて原発の安全性に影響を与えるものではなかったのであるから、原判決が認定した大谷製鉄事件の発生を考慮に入れても、原判決後に発生した右各事象や疑義の発生をもって、控訴人らが主張するような本件原子力発電所の製造、建設段階において構造上の欠陥に結びつくような手抜きや杜撰な工事が全体的に行われたと推認することはできないし、本件原子力発電所において放射性物質を大量に環境に放出するような事故がおきる具体的な危険があると認めることはできない(控訴人らが指摘する故障やトラブル等の発生時の被控訴人の地方自治体や地域住民に対する通報や情報公開に関する問題点は、重要な意義を有し、必要なことではあるが、本件における右の判断に直接影響を与えるものではない)。

(兵庫県南部地震について)

一  兵庫県南部地震の概要

証拠(甲三七一、三七四、三七六、三七七、三八五、乙三四)及び弁論の全趣旨よれば、次の1、2の事実を認めることができる。

1 平成七年一月一七日午前五時四六分に、震央を北緯三四度三六分、東経一三五度三分(淡路島の北端先の海域)とし、震源の深さ約一四キロメートルとする兵庫県南部地震が発生した。本地震はマグニチュード7.2の大規模地震であり、いわゆる「直下型地震」であった。国土庁の発表(平成八年二月二一現在)によれば、本地震により、六三〇〇人を超える死者、四万三〇〇〇人を超える負傷者が発生し、幸い原子力発電施設に対する被害はなかったが、鉄道や道路の高架橋が破壊、落下、転倒するなど木造建築物、鉄骨造建築物、鉄筋コンクリート造建築物等四三万棟以上の建物に被害が見られた。また、地震後に発生した三〇〇件近い火災により多数の家屋が全半焼し、海岸部や埋立地では地盤の液状化が発生するなど、戦後最大級の被害をもたらした。

2 本地震による地震動は、その主要動の継続時間は一〇秒以下と短いものであったが、観測された地震力の最大値は、水平動の最大加速度八三三ガル、上下動の最大加速度五五六ガル、水平動の最大速度振幅五五カイン(毎秒五五センチメートル)、上下動の最大速度振幅四〇カインであった。

二  兵庫県南部地震と本件原子力発電所の耐震性についての判断

1 控訴人らは本件原子力発電所の直下においても兵庫県南部地震(マグニチュード7.2)と同規模の地震が起こりうるから、設計用最強地震を直下型地震としてマグニチュード6.5の規模の地震を想定したにすぎない本件原子力発電所の耐震設計は不十分である旨主張する。

しかしながら、直下型地震はどこにでも発生するのものではなく、多くは活断層の運動が原因で発生するものであるところ、本件原子力発電所の敷地の直下には耐震設計上考慮しなければならないような活断層が存在しないことを確認して本件原子力発電所の耐震設計がなされていることは原判決が理由中(第七章の第三の二・耐震設計)で詳細に認定・判断したとおりであり、兵庫県南部地震においても、その震源メカニズムの解析及び余震分布状況等から、東西圧縮による右横ずれ断層によるものであるとされていて、既知の活断層の密集帯である「六甲―淡路断層帯」の一部が変位して発生したものとみられており(乙三四)、その意味で活断層の運動が原因で発生したものに外ならないと認められるから、兵庫県南部地震の発生をもって本件原子力発電所の直下においても右地震(マグニチュード7.2)と同規模の地震が起こりうると推定することはできず、控訴人らの右主張は採用できない。

2 また、控訴人らは、兵庫県南部地震で記録された最大水平加速度が八三三ガルにも達していること等を根拠にして、本件原子力発電所の基準地震動の設定(Asクラスに属する施設については水平加速度で四九〇ガル、Aクラスに属する施設については水平加速度で三七五ガル)は誤っている旨主張する。

ちなみに、証拠(甲三七四)によれば、日本原子力発電は、兵庫県南部地震の際に神戸海洋気象台が観測した最大水平加速度八一八ガルを基にして、右地震と同様の地震が各原発所在地で発生した場合の原発地盤上の最大水平加速度を三〇〇ガルから四〇〇ガルと推定(原発立地である岩盤は一般の地表に比べて揺れが二分の一ないし三分の一程度に減衰するものと推定)していることが認められるが、右の数値は本件原子力発電所のAsクラスに属する施設についてはその耐震設計(水平加速度で四九〇ガル)の範囲内であり、Aクラスに属する施設についてはその耐震設計(水平加速度で三七五ガル)にほぼ匹敵するものであることが認められる。

そこで検討するに、ある地点での地震動の加速度は、マグニチュードあるいは震源距離によって異なることはもとより、地盤の性状によっても大きく異なる(兵庫県南部地震において震度が大きく、被害が集中した地域は、比較的表層の地盤の影響によるとする報告が多い(乙三四)ところ、本件原子炉建屋が設置されている基礎地盤の大部分がBa級の安山岩(均質)、Bb級の安山岩(角礫質)及び凝灰角礫岩から構成されている岩盤であることは、原判決が理由中(第七章の第三の一・地質、地盤)で判示するとおりである。)のみならず、右1で検討したとおり、本件原子力発電所の直下において兵庫県南部地震(マグニチュード7.2)と同規模の地震が起こりうると推定することはできないから、兵庫県南部地震で観測された地震動の最大数値をもって、本件原子力発電所の基準地震動の設定が誤りであるとすることはできない。

なお、証拠(甲三七一、三七六、三八五、乙三四)及び弁論の全趣旨によれば、兵庫県南部地震の際には、震源から約二八キロメートル離れた神戸市灘区六甲台町の神戸大学工学部の地下トンネル内の観測所でも水平加速度最大四四七ガル(甲三七六)、垂直加速度最大四四六ガル、水平速度振幅最大約五五カイン、垂直速度振幅最大約三三カインを記録したとされるが、証拠(乙三四)によれば、右神戸大学工学部の地震計が設計されている地下トンネルのコンクリート床の直下に浅い埋戻土又は表層土があり、その下に約四一メートルの厚さで風化された花崗岩が分布していることが現地調査で確認されており、右の記録は、耐震設計指針でいう岩盤上の記録ではないと認められるので、右の神戸大学の記録を基準にして耐震設計指針に定める岩盤上に設置された本件原子炉施設の耐震性を問題にすることは相当でない。

3 本件原子炉施設においては、原判決説示のとおり、原子力安全委員会が定めた耐震設計指針(発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針・昭和五三年設定、昭和五六年一部改定)に基づいて耐震設計がされたものである。原子力安全委員会は、兵庫県南部地震発生から二日後の平成七年一月一九日に「平成七年兵庫県南部地震を踏まえた原子力施設耐震安全検討会」(以下「耐震安全検討会」という。)を設置し、原子炉施設等の安全審査に用いられる耐震設計に関する関連指針類の妥当性等について検討することとした。耐震安全検討会は、兵庫県南部地震の状況について調査検討した結果、六甲―淡路断層帯に沿ってマグニチュード7.2の大規模地震が大都市の直下で発生したこと、断層近傍で大きな地震動が観測されたこと、上下動の最大加速度が水平動の最大加速度の0.5倍以上となった観測地も少なくないこと等の状況を踏まえて、前記耐震設計指針のうちの①地震及び地震動の評価方法、②鉛直地震力の評価方法、③活断層及び直下地震の規模に係る考え方の三点の事項について詳細に検討を加えた。その結果、平成七年九月に、兵庫県南部地震を踏まえても、従前の耐震設計指針が我が国の原子力施設の耐震安全性を確保する上で基本となる指針としての妥当性が損なわれるものではないとする報告書(乙三四)を作成した。その内容は、右の①及び③の検討事項については、耐震設計指針の基本的な考え方は当該地方で起こる可能性のある最大の地震に対しても十分な耐震安全性を有するように行うということ、すなわち、原子炉施設等の立地選定に当たっては、活動可能性のある活断層を避けるとともに、周辺活断層等の状況を十分調査し、これを踏まえて、その地域で想定される最大規模の地震を想定し、さらに念のためにマグニチュード6.5の直下地震についても考慮するというものであるところ、兵庫県南部地震は既知の活断層が密集する六甲―淡路断層帯に沿って発生したものであること、及び神戸地区を評価地点として、耐震設計指針の手法を適用した場合、周辺の活断層などの状況などを踏まえれば、兵庫県南部地震(マグニチュード7.2)を上回る大きな地震を想定することになることなどを根拠に、耐震設計指針の考え方の妥当性が損なわれるものではないとするものであり、②の検討事項については、耐震設計指針では水平動の最大値の二分の一から求められる鉛直地震力を常に不利な方向に作用させても耐えられる設計とすることを要求しているところ、今回の地震で収集した記録のうち、時刻歴波形の得られている二三点の観測記録を対象として水平方向の最大加速度の発生時刻における上下方向の加速度振幅の比を分析した結果、平均値は0.1程度、最大値でも0.3程度となり、二分の一を下回ることを確認し、さらに、今回の地震による構造物の被害についても上下動の影響はあったとしても主たる原因は大きな水平動であったとの報告があること、原子炉施設等が上下方向に特に剛性の高い構造であること、耐震設計に当たっては、水平地震力の算定において十分な裕度を持つものとなっていることも併せて考慮すれば、耐震設計指針における鉛直地震力の考え方の妥当性が損なわれるものではないというものであった。

右の検討結果に特段不合理な点は認められないから、兵庫県南部地震と同規模の地震の発生を踏まえても、原子力安全委員会が定めた耐震設計指針の合理性は失われていないということができ、右耐震設計指針に基づいて耐震設計を行った本件原子力発電所に地震による施設破壊の具体的危険は認められない。

(原審の弁論終結後に他の原子力発電所等において発生した問題事象について)

一  他の原子力発電所等において発生した問題事象

関係証拠及び弁論の全趣旨によれば、原審の口頭弁論終結(平成五年九月二九日)後において、本件原子力発電所以外の我が国の原子力発電所あるいは放射能廃棄物処理施設において、控訴人らの指摘に係るものだけでも、次のとおり多数の問題事象が発生していることが認められる。

1 平成五年一一月二七日 東北電力女川原発一号機(沸騰水型炉・昭和五九年運転開始)

地震による原子炉自動停止(甲三五三)

2 平成六年三月八日 東京電力福島第一原発五号機(沸騰水型炉・昭和五三年運転開始)

燃料棒一体からの放射能漏れ

3 平成六年六月 東京電力福島第一原発二号機(沸騰水型炉・昭和四九年運転開始)

炉心のシュラウドの中間リングのほぼ全周にひび割れが発見された。脱落しないように「ブラケット」の取付工事が行われた。(甲四三五、五四三)

4 平成六年一二月四日 中部電力浜岡原発一号機(沸騰水型炉・昭和五一年運転開始)

定格出力で運転中、排ガス復水器ガスモニター等の指示値が上昇したため、原子炉手動停止。原因は、燃料棒一体からの漏洩が発生したため。国際評価尺度0マイナス。

5 平成七年一二月八日 動力炉・核燃料開発事業団(動燃)「もんじゅ」(高速増殖原型炉)

「もんじゅ」の使用前検査の一環として、原子炉の緊急停止試験を行うために出力の上昇操作をしていたところ、同日午後七時四七分、二次主冷却系Cループにおいて「中間熱交換器出口ナトリウム温度高」の警報が発し、ナトリウムが約七五〇キログラム漏洩し、火災となる事故が発生した。

漏洩したナトリウムは直ちに白煙を上げて高温で炎上して配管の直下にあった空調ダクトに直径一メートルの穴、グレーチング(工事用足場の金網)に直径三〇センチメートルの穴をそれぞれ開けたうえ、床ライナー(コンクリート防護のために厚さ六ミリメートルの鋼板)を変形させた。また、ナトリウムの燃焼でできた酸化ナトリウムの粉末が運転を続けていた空調ダクトを通じて、補助建屋の面積の二〇パーセント以上にあたる四〇〇〇平方メートルに拡散した。原子炉は、同日午後九時二〇分に手動で緊急停止された。

放射性物質による周辺環境及び従業者への影響はなかった。炉心の冷却は維持され、災害防止上の観点からは原子炉施設の安全は確保された。

ナトリウム漏洩の発生原因は、前記中間熱交換器出口付近に設置された温度計のさやの細管部が破損し、そこからナトリウムが漏洩したものであり、右温度計のさやの細管部が破損するに至った原因は、二次計配管内を流れるナトリウムの流れのなかに置かれた温度計の振動によるものであることが判明した。

本件事故については、①事故原因に直接かかわる事項としては、専門の研究者の間で周知の事柄(流れの中に置かれた円柱状の物体が振動し、ときに大きな問題を引き起こすこと及び振動回避の方法)が当該温度計の設計に反映されておらず、また、荷重を受ける構造の設計に当たっては応力の集中を生じることがないように、太さが次第に変わる部分についてはなめらかに変化させることが機械設計の初歩であるのにその配慮が全くなされていなかったとの指摘がある外、②ナトリウム漏洩時の対策については、漏洩状況の把握が適切になされなかったこと、ナトリウムのドレーン操作が遅れたこと、ナトリウム配管の直下に換気用ダクトを配置しており、本件ナトリウム漏洩が起こった際にも換気系の運転を続け、外気を取り込み続けたこと等不適切な対応が目立ったこと、③施設の安全性の面からは①の点についての設計図段階でのチェック機能の不備の指摘、④異常時のマニュアルに、ナトリウム漏洩事故の重大さの認識がなく、原子炉の緊急停止に幹部の承認が必要とされるなど不備があったこと、⑤情報公開の面からは、事故の後、事故の情報提供に不適切なところがあった等の厳しい指摘がなされている。(甲三五八、四二二から四二九)

6 平成八年二月二二日 東京電力柏崎刈羽原発六号機(改良型沸騰水型炉・平成八年運転開始)

試験運転中、原子炉冷却材再循環ポンプ一〇台のうち一台が電源装置の故障により自動停止し、翌二三日に原子炉手動停止(甲三五四から三五七、三六一ないし三六四)

7 平成八年八月二四日 東京電力柏崎刈羽原発六号機

試験運転中の燃料棒一体からの放射能洩れにより、原子炉手動停止(甲五四七、五四八)

8 平成八年一一月二六日 東京電力福島第一原発一号機(沸騰水型炉・昭和四六年運転開始)

定期検査中に、原子炉圧力容器内の配管にひび割れがおきているのが発見された。原因は「応用腐食割れ」の疑いが強いとされた。東京電力は配管の取り替えは当分行わず、ひび割れ部分に補強材を当ててボルトで固定する方法で補修する旨発表した。(甲四三五、五四三、五四四)

9 平成八年一二月一五日 東京電力柏崎刈羽原発二号機(沸騰水型炉・平成二年運転開始)

定期検査中に燃料棒一体から放射能漏れを確認した。(甲五四七、五四八)

10 平成八年一二月二四日 日本原子力発電敦賀原発二号機(加圧水型炉・昭和六二年運転開始)

定格出力で運転中、一次冷却水漏れがみつかったため、原子炉を手動停止。調査の結果、一次冷却水系の配管本体に縦方向のひび割れがおきているのが発見された。右の配管には腐食に強いとされるSUS三一六が使用されていた。(甲五四四)

11 平成九年三月一一日 動燃東海事業所再処理施設火災爆発事故

同日午前一〇時六分ころ右再処理施設内のアスファルト固化処理施設(再処理施設から発生する放射性廃棄物のうち比較的放射能レベルの低い廃棄物をアスファルトと混合し、固化処理を行う施設)で火災の発生が確認され、午後八時四分には爆発事故に発展した。右爆発により建屋の窓、扉等が破損し、建屋の窓等から環境中に放射性物質が放出され、敷地内のモニタリングポストの一地点において同日午後八時四〇分ころから空間放射線量率がわずかながら一時的に上昇したが、同日午後九時以降は通常の変動の範囲に戻った。

事故の翌日に科学技術庁により設置された事故調査委員会の平成九年一二月一五日付報告書(甲五三九)によれば、右の火災爆発事故による影響が考えられる吸入摂取による公衆の実効線量当量は、法令に定める公衆の年間実効線量当量限度の一ミリシーベルトを下回るものであり、作業員の実効線量当量は最大で0.4ミリシーベルトから1.6ミリシーベルトの範囲と評価され、法令に定める放射線業務従事者の年間実効線量当量限度の五〇ミリシーベルトを下回るものとされている。

また、右報告書によっても本件発生の原因は明確には特定されていないが、火災の原因については、ドラム缶内での遅い化学反応による蓄熱が進行し、アルファルト塩混合物温度が局所的に上昇して、硝酸塩・亜硝酸塩とアスファルトとの反応が急速に進み火災に至ったものであるとされ、爆発の原因については、消火が不十分であったためにアスファルト固化体から発生した可燃性物質が、セル換気系の機能停止によりエクストルーダ(供給された廃液の脱水処理とアスファルトとの混合処理を行なう。)室内に蓄積するとともに、隣室にも漏洩し、空気との混合等により爆発限界内に入った状態で、ドラム缶内アスファルト固化体の自己発火により発生した火災が引火して爆発が起きた可能性が高いとされている。

右報告書は、本件事故に関して、運転管理面から、①事故時の対応等に関する問題として、消火操作・換気操作・事故時の状況把握・放射線管理・事故時の情報伝達の各点、②運転に関する問題として、運転管理体制・運転計画・廃液の受入れ・エクストルーダの運転管理、③教育訓練に関する問題として、過去の知見の反映・異常時対応訓練における事故想定事象の選定、④施設に関する問題として、施設の安全に対する考え方・運転監視系統等・火災検知及び消火設備・放射線管理設備について種々の問題点を指摘するとともに、右問題点に対応して動燃が今後採るべき対策を呈示している。さらに、安全規制の面からも、本件アスファルト固化処理施設設置に関する「アスファルト固化技術開発施設」及び「廃溶媒処理技術開発施設」の基本設計に係る原子力安全委員会核燃料安全委員会の安全審査においては、提出資料中に低温発熱反応によるドラム缶内発熱の可能性についての記載がなく、その点の審査が行われていないことを問題点として指摘している。さらに、最後に、本件事故が従来の固化体製造とは異なった新たな製造条件のもとでの運転計画であったにもかかわらず、その火災発生の危険性の検討はおろか所要確認事項となっていた示差熱分析すら行われておらず、かつ、必要な運転員が十分に配置されていないという状況下で発生していることを重くみて、本件事故が施設関係者の「安全への慣れ」によって引き起こされたことを特に厳しく指摘している。(甲四三〇から四三二、五三九)

12 平成九年四月二九日 東京電力福島第二原発二号機(沸騰水型炉・昭和五九年運転開始)

燃料棒一体からの放射能漏れ

13 平成九年一〇月一三日 東京電力福島第一原発四号機(沸騰水型炉・昭和五三年運転開始)

定期検査中に、原子炉内の中性子計測装置を収納している管(ハイジング)内面に、応用腐食によるとみられるひび割れがおきているのが発見された(なお、中部電力浜岡原発一号機でも昭和六三年九月に中性子計測装置収納管の原子炉への取り付け部でひび割れがおき、冷却水が漏れ出す事象が発生している)。(甲五四五)

14 平成九年一〇月二三日 日本原子力発電敦賀原発一号機(沸騰水型炉・昭和四五年運転開始)

定格出力で運転中、制御棒駆動系の定期試験において、制御棒七三本のうち一本が作動しないことが確認されたため、当該制御棒や制御棒駆動系の点検調査のため同月二五日原子炉を手動停止。右事象による環境への放射能の影響はなかった。国際評価尺度による暫定評価レベル0マイナス。調査の結果、当該制御棒ブレードの四枚のうち一枚で膨らみ状の変形があり、燃料集合体と干渉していることが確認され、当該ブレード上部に微小な線状模様が認められ、その後右制御棒には一三四か所の傷とかすかな膨らみ一一か所が新たに見つかった。また、別の制御棒一本についても線状模様及び点状模様が確認され、その後右制御棒にも合計二四か所の傷と微小な膨らみ一〇か所があることが判明した。(甲五三二ないし五三四)

15 平成一〇年一月一六日 東京電力柏崎刈羽原発一号機(沸騰水型炉・昭和六〇年運転開始)

復水器からの排ガス放射線モニターの警報が鳴り、原子炉を手動停止。同モニターの放射性物質濃度は通常値の最大二七〇倍を示した。原因は燃料棒の被覆管の表面に微小な穴があき、炉内にヨウ素などの放射性物質が漏れたためとみられる。(甲五四七、五四八)

二  右一認定の各問題事象の発生と本件原子力発電所の安全性

1 右一認定のおとり、原審の口頭弁論終結後においても、本件原子力発電所以外の我が国の原子力発電所あるいは原発関係施設においてその安全性が問題となりうる事象が多数回発生しており(右一の認定は、本件訴訟において控訴人らの指摘した問題事象に限定したものであり、現実には右以外の事象も多数発生している。)、国民の原子力発電所の安全性に対する不安を抱かせるに足りるものである。特に、動燃(動力炉・核燃料開発事業団)の平成七年一二月の「もんじゅ」ナトリウム洩れ火災事故の発生は我が国最初の事業用高速増殖原型炉として運転が予定されていた「もんじゅ」の安全性について大きな不安と衝撃を社会に与え、その後平成九年三月の同事業団の東海事業所再処理施設火災爆発事故(環境中に放射性物質が放出された。)の発生と右両事故発生後の同事業団の対応の不適切さとによって、国民の同事業団ひいては原子力行政への不信感を増長させたことは特筆すべきことである。

とはいえ、平成七年一二月の「もんじゅ」ナトリウム洩れ火災事故は「もんじゅ」(高速増殖原型炉)が本件原子力発電所(沸騰水型炉)とは異なる型の原子炉を有する原子力発電所である点に特色があり、平成九年三月の再処理施設火災爆発事故も原子力発電所施設そのものではなく核燃料再処理施設で発生した事故である点で特殊性を帯びるものであって、右各事故で厳しく指摘された問題点がそのまま本件原子力発電所における安全性の問題点として当てはまるものではない。

また、右一認定の3、8、10、13の事象については、いずれも原子力発電所施設の部品の「ひび割れ」事象として共通性を持つものであり、原発施設の老朽化に関連するものと推認できるところであるが、本件原子力発電所は平成五年七月に営業運転を開始したもので、右のひび割れが発見された原発とは施設の経年劣化の程度も異なるものであるから、右各事象の発生をもって本件原子力発電所の現時点における同種事象発生の可能性を肯定することはできない。

2  右一認定の各事象は、いずれも現実に原子力発電所あるいは原発関連施設に発生した異常事象であり、被控訴人においても本件原子力発電所の安全性の確保・向上のために他山の石とすべき事象ではあるが、幸い、動燃の前記東海事業所再処理施設火災爆発事故以外は放射性物質の外部への漏洩が認められておらず、右の動燃の再処理施設火災爆発事故も前記のとおり原子力発電所施設そのものではなく、核燃料再処理施設において発生した点に特殊性があるから、原判決認定の過去において原子力発電所に発生した問題事象ないし事故、前記認定の本件原子力発電所において原判決後に現実に発生した事象を考慮にいれても、右一認定の本件原子力発電所外の原発施設における各事象の発生をもって、本件原子力発電所において放射性物質が外部へ漏洩するような重大事故が発生する現実的な可能性を肯定することはできず、本件原子力発電所にその運転を差し止めるに足りる具体的危険があるということはできない。

第三  控訴人らの当審における新主張に対する判断

一  シビアアクシデント対策について

1  控訴人らは、原判決は本件原子炉の安全性を判断する上でシビアアクシデント(設計基準事象を大幅に超える事象であって、安全設計の評価上想定された手段では適切な炉心の冷却または反応度の制御ができない状態であり、その結果、炉心の重大な損傷に至る事象のこと)対策の重要性を無視している旨主張し、シビアアクシデント対策が不十分な本件原子力発電所の運転は直ちに差し止められるべき旨主張する。

2  証拠(乙四二ないし四五)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

昭和五四年三月に発生したTMI事故以降、シビアアクシデント対策の重要性が認識され、各国において軽水炉を対象とした安全性の研究や確率論的安全評価(PSA)がより多面的に行われている。その結果、その成果として、設計基準を大幅に超える事象であっても、運転操作上の対応や設備付加によって異常事象の拡大を防止し、影響を緩和し得る方策が明らかにされ、安全性をさらに向上させる見通しが得られつつある。また、各国でシビアアクシデントの研究とその対策としてのアクシデントマネージメントの整備が実施されつつある。特に近年、アクシデントマネージメントは、原子炉施設のリスク管理手段の一つとして重要であることが国際的に広く認識されるようになった。その一環として設計基準事象を超える異常事象が万一発生した場合を想定して、炉心冷却機能の回復や原子炉格納容器の健全性の維持等を目指す事故時操作手順の整備及びそれらに係る要員の訓練並びに関連機材の整備等が各国で検討され、あるいは実施されてきている。

このような背景の認識のもとに、原子力安全委員会は、平成四年五月二八日、「発電用軽水型原子炉施設におけるシビアアクシデントの対策としてのアクシデントマネージメント」と題する報告書を作成して、厳格な安全確保対策により現状でも十分低い発電用軽水型原子炉施設のリスクをさらに低減するために、原子炉設置者において効果的なアクシデントマネージメント(シビアアクシデントへの拡大防止対策及びシビアアクシデントに至った場合の影響緩和措置)を自主的に整備し、万一の場合にこれを的確に実施できるようにすることを強く推奨するという見解と今後の対応方針を決定し、行政庁からも右のアクシデントマネージメントの実施方針についての報告を受けることとした。

これを踏まえ、通商産業省は、原子炉設置者である電気事業者に対して、平成四年七月、確率論的安全評価(異常や事故の発端となる事象の発生頻度、発生した事象の及ぼす影響を緩和する安全機能の喪失確率、及び発生した事象の進展・影響の度合いを定量的に分析・評価することにより安全性を総合的・定量的に評価する方法)を実施して原子力発電所の安全性を把握するとともに、アクシデントマネージメント候補の検討を行うこと、また、その結果の報告及び計画的なアクシデントマネージメントの整備を要請した。

被控訴人においても平成六年三月、通商産業省に対しアクシデントマネージメントの整備についての報告書(乙四二)を提出した。右報告書によれば、被控訴人は本件原子力発電所の安全上の特徴を踏まえた上で、アクシデントマネージメントの対象として①原子炉停止機能にかかわるもの、②原子炉及び格納容器への注水機能にかかわるもの、③格納容器からの除熱機能にかかわるもの、④安全機能のサポート機能にかかわるものの四点を摘出し、それに対するアクシデントマネージメントの概要としては①代替反応度制御、②代替注水手段、③原子炉減圧の自動化、④格納容器からの除熱手段、⑤電源供給手段をあげている。

全国の電気事業者から同様の報告書の提出を受けた通商産業省は、平成六年一〇月、電気事業者が提出したアクシデントマネージメント策は、原子力発電所の安全性をさらに向上させる上で有効なシーケンスを適切に把握して摘出しており、実施可能かつ防止・緩和効果が期待でき、また既存の安全機能に悪影響を与えない妥当なものであると判断し、その旨の報告書を原子力安全委員会に提出した。右の報告を受けた原子力安全委員会は、同委員会の原子炉安全総合検討会において独自の観点から検討を行った結果、摘出されたアクシデントマネージメント策が実施可能であり、有効性が期待でき、既存の安全性に悪影響を与えないことを確認し、平成七年一二月、通商産業省の報告を妥当と判断した。

3  証拠(乙四二)によれば、被控訴人は本件原子力発電所についてのアクシデントマネージメントの一つとして、原子炉格納容器ベント(控訴人ら主張の「フィルターベント」に相当する。)の設置を計画していることが認められる。被控訴人によれば、右の格納容器ベントは、何らかの事故等によって原子炉が停止した後、炉心にある燃料の崩壊熱を除去する系統(独立して二系統ある。)が全系統とも故障し、なおかつ修復ができない場合、換言すれば、炉心に水が注入されていて炉心の燃料の健全性は保たれているが、炉心からの熱の除去が不十分なため、蒸気が格納容器内に蓄積し、格納容器内の圧力が数日間かけて上昇していくことが考えられるような場合に、格納容器内の蒸気を放出することにより圧力を降下させ、過大な圧力による格納容器の破損を防止し、かつ炉心の熱除去を有効に行うことによって炉心の損傷を防ぐものとされている。

4  以上検討のとおり、我が国においても軽水炉原子力発電所のシビアアクシデント対策はようやく整備されつつあり、被控訴人においても平成六年三月に他の電気事業者と歩調を合わせてアクシデントマネージメントの整備計画を立てるに至っていることが認められる。

控訴人らは、被控訴人が本件原子力発電所についてのアクシデントマネージメントの一つとして計画している原子炉格納容器ベントは役に立たない等と主張して、シビアアクシデント対策が不十分な本件原子力発電所の運転は直ちに差し止められるべきである旨主張するが、アクシデントマネージメントはあくまで現実に起きてはならない「設計基準を大幅に超える異常事象」が万一発生した場合を想定しての対策であり、これが十全であることが望ましいことは勿論であるが、原子力発電所においてはシビアアクシデントの発生自体が第一に防止されるべきことは自明のことであって、本件原子力発電所においてシビアアクシデントに相当する異常事象が発生する具体的危険が認められないことは原判決が理由の第七章ないし第九章において詳細に説示したとおりである。したがって、シビアアクシデント対策が未だ不十分であるからといって直ちに本件原子力発電所の危険性が認められるものではなく、控訴人らの右主張は採用することができない。

二  MOX燃料使用の危険性について

控訴人らは、ウランを燃料として使用するように設計された軽水炉原子力発電所でウランとプルトニウムの混合酸化物(MOX)を燃料として使用する計画(プルサーマル計画)が我が国で進められており、本件原子力発電所も右計画に含まれているとして、右計画の問題点を縷々主張し、当審証人柴邦生もその問題に言及している。

我が国は、ウラン資源の有効利用による将来にわたるエネルギーの安定供給の確保、放射性廃棄物による環境への負荷の低減などの観点から、使用済核燃料を再処理し、回収されたプルトニウムなどを有効利用する「核燃料リサイクル」を原子力政策の基本としてきた(原子力白書一五二頁等)が、軽水炉原子力発電所におけるウラン・プルトニウム混合酸化物(MOX)燃料の利用計画(プルサーマル計画)は、既存の軽水炉を活用しながら核燃料のリサイクルを図ろうとしたものであり、ウラン資源の利用効率を高めつつ、将来の本格的なプルトニウム利用体制の整備につなげようとする計画とされている。

ところで、軽水炉原子力発電所でのMOX燃料の使用は海外では既に多数の実績があり、我が国において実施した実証計画においても炉心特性、燃料の挙動などについて特段問題となる結果が発生したことは証拠上認められない。また、原子力安全委員会においても平成八年六月、軽水炉にMOX燃料を装荷することに係る安全審査の際の指標を取りまとめたが、この指標では、MOX燃料の特性・挙動はウラン燃料と大きな差はなく、MOX燃料及びその装荷炉心は従来のウラン燃料炉心に用いる判断基準並びにMOX燃料の特性を適切に取り込んだ安全設計手法及び安全評価手法が適用できるとされている(原子力白書一五七頁以下参照)。

そうであるとすれば、現在の軽水炉原子力発電所においてMOX燃料を利用することに特段の技術的問題はないということができるし、また、証拠(甲四一二)によれば、平成九年二月二一日に電力各社で組織する電気事業連合会が「プルサーマル」実施計画を決定したことが認められるものの、被控訴人の本件原子力発電所におけるMOX燃料の導入計画は電力各社のなかでも一番遅いグループに属し、導入時期についても平成二二年を目処にするという程度のものであって未だその詳細は定まっていないのであるから、控訴人らが主張する軽水炉におけるMOX燃料使用に関する問題点は、それ自体では本件原子力発電所の差止請求の事由とはならないというべきである。

第四  結論

以上のとおりであって、「本件原子力発電所が平常運転時に環境に放出する放射性物質の原告らの生命、身体等への影響は、無視できる程度に小さいというべきであるから、原告らの生命、身体等の人格権を侵害するものとは認められない。また、本件原子力発電所における安全確保対策は、本件原子力発電所の安全性を確保し得る内容のものということができ、原告らの各主張を検討しても、右の安全確保対策に欠けるところがあるとは認められないから、大量の放射性物質を環境に放出するような本件原子炉の事故によって原告らの生命、身体等の人格権を侵害する具体的な危険があるとは認められない。」との原判決の判断は、原審の口頭弁論終結後に発生した事実及び当審において新たに提出された証拠を加えて検討しても、そのまま肯定できるところである。

よって、控訴人らの本訴請求をいずれも棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官窪田季夫 裁判官氣賀澤耕一 裁判官本多俊雄)

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