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名古屋高等裁判所金沢支部 平成8年(行コ)8号 判決 1997年9月03日

控訴人

青山正二

外一一名

控訴人一二名訴訟代理人弁護士

中北龍太郎

被控訴人

屋敷平州

外一名

被控訴人両名訴訟代理人弁護士

細川俊彦

主文

一  控訴人らの控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人ら

1  原判決を取り消し、本件を富山地方裁判所に差し戻す。

2  控訴費用は被控訴人らの負担とする。

二  被控訴人ら

主文同旨

第二  事案の概要

本件は、控訴人らが、富山県教育委員会が大浦信行作成の連作版画(「遠近を抱えて」)を売却し、富山県の制作した美術図録を焼却した処分(以下、「本件処分」という。)が違法であるとして、地方自治法二四二条の二第一項四号に基づき、本件処分当時、富山県教育委員会教育長であった被控訴人八木近道及び同教育委員会委員長であった被控訴人屋敷平州に対して、富山県に代位して損害の賠償を求めたものであるが、原審が被控訴人屋敷に対する訴えは被告適格がなく、被控訴人八木に対する訴えは適法な監査請求を経ておらず、いずれも不適法であるとして却下したことから、控訴人らが原審判決を取り消して本件を富山地方裁判所に差し戻すことを求めたものであって、当審における争点は、本案前の争点である被控訴人両名に対する訴えの適法性に尽きる。

本件事案の概要については、次のとおり当事者双方の主張を付加するほか、原判決の「第二 事案の概要」記載のとおりであるからこれを引用する(ただし、原判決三頁七行目「富山県教育委員会は、」の次に「平成五年四月ころ」と加入する)。

(被控訴人八木に対する訴えについて)

一  控訴人ら

住民監査制度は、住民全体の利益のために、地方財務行政の適正化を目的として、広く国民にその権利を与えた民主主義的制度であるから、請求の形式的不備を理由に、補正を促さずして請求を却下できる運用を許す原判決のごとき解釈は、右制度を定めた法の精神に反するものといわなければならない。

監査委員には、監査対象者を誤った監査請求について、請求者に対して補正を促すべき義務があるというべきであるのに、監査委員は監査請求をした控訴人らに対し、監査対象者を被控訴人屋敷から被控訴人八木に補正することを促さないまま監査請求を却下したものであって、右却下決定は違法である。そして、このような場合、後続の住民訴訟(被控訴人八木に対する訴え)において、監査委員が果たさなかった地方財政の違法不当な支出をチェックする役割を担わせることが法の精神に合致しているというべきであるから、右住民訴訟は適法なものとして扱うべきである。

二  被控訴人

1 監査請求の単純な形式の不備を充足させることに関しては、監査委員に補正を促すべき義務があるとする見解には一理ある。しかし、監査請求の基本的事項である対象者、対象事項等については、根本的に監査請求者が意欲して決めるべきことであって、監査委員が勧告、助言、從慂などをして、一定の方向付けを意図した補正を義務づけるには馴染まない。したがって、本件のような場合に、監査委員に監査対象者を被控訴人屋敷から被控訴人八木に補正するように促す義務はなかったというべきである。

2 仮に監査委員が請求人に対して前記補正を促すべき義務があるとしても、監査委員は第一審原告小倉利丸(以下、「小倉」という。)に対して補正を促したものであるところ、小倉は控訴人らを含む他の請求者全員の代理人又は全員の代表者であったものであるから、監査委員が小倉に補正を促す通知をしたことによって、請求人全員に対して、補正を促した効果が生じたというべきである。仮に小倉が他の請求者全員の代理人又は全員の代表者であると認められないとしても、少なくとも他の請求者全員の使者であったというべきであるから、請求人全員に対して補正を促した効果が生じたというべきことは前記と同様である。

第三  証拠

本件記録中の原審及び当審における書証目録、原審における証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

第四  当裁判所の判断

一  当裁判所も、被控訴人屋敷に対する訴えは、被告適格を有しないものに対する訴えであって不適法であり、被控訴人八木に対する訴えは、適法な住民監査請求を経ていないものであって不適法であるから、控訴人らの訴えは却下すべきものと判断するが、その理由は、次に付加・訂正するほか、原判決の「第四本案前の争点に対する判断」の控訴人らに関する記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決三〇頁九行目と一〇行目の間に次のとおり付加する。

「証拠(甲一、二の三一ないし五八、三の一ないし六、四、乙三、四、五の一ないし八、原審における調査嘱託(第一、二回)、原審証人碓井忠、原審原告小倉利丸)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(一) 本件処分につき住民監査請求をしようと考えていた小倉は、平成六年三月一六日、富山県監査委員事務局(以下「事務局」という。)を訪れ、住民監査請求の方法等について尋ね、ついで同月一八日、同年四月一日にも、事務局職員から請求書の記載方法や請求期限等の説明を受けた。

(二) 事務局職員は、同年四月五日、小倉から本件処分に関する住民監査請求の請求人が多数になる予定であること、請求書の文面も同一の一体としての請求になる予定であることを知らされたことから、小倉に対して、そのような請求をする場合には、全体としての代表者を選任し、それが分かるように、請求書の署名欄に明記するように求め、小倉はこれを了承した。

(三) 同年四月八日、小倉ほか一名が、控訴人ら一二名を含む富山県民六四名の作成した、「富山県教育委員会委員長屋敷平州による県立近代美術館所蔵の「遠近を抱えて」の売却及び図録「86富山の美術」の焼却は不当違法であり、同委員長は作品の購入及び図録の再版を行うか、金一一三万三三〇〇円を富山県に支払うことを請求する」旨の記載のある富山県職員措置請求書を事務局に提出し、もって、右六四名による住民監査請求がなされた。

(四) 小倉は、右以前から、「大浦作品を鑑賞する市民の会」を作り、その代表者として報道関係者等に対し、本件処分について抗議声明を発表するなどの活動を行っており、また、右監査請求をなすにあたり、請求人になるよう他の人に働きかけて、最終的に六四名の請求人となったものである。そして、右措置請求書提出に際して、小倉は監査請求人代表の肩書で作成した「本日提出した複数の監査請求書は、すべて同一の請求ですので、単一の請求について複数の請求人が請求の申し立てを行ったものとして処理されるように願います」旨の文書を同事務局に提出した。

(五) 富山県監査委員は、同年四月一九日、小倉を本件請求人の代表者として、小倉に対し、補正期限を同月二五日正午と定めて次の二点について書面による補正を求める補正通知書を発信した。

(1) 富山県職員措置請求書には、富山県教育委員会委員長による売却、焼却が不当違法である旨の記述があるが、財産の処分は、知事の補助執行者である教育長が所管する事務であるので補正すること。

(2) 本件請求人のうち九名について住民であることを疎明し、三名について氏名、住所を再確認すること。

(六) 小倉は、同月二二日、監査請求人代表の肩書で監査委員に対し、「右補正事項(1)については、実質的な意思決定は教育委員会で行われたものであるから、監査対象者を教育委員会委員長から教育長に変更する合理的な理由がないと考える。監査委員から納得のいく説明が得られれば教育委員長にこだわるものではない。補正事項(2)については、直接本人に確認した結果、三名については請求書の肩書地に住民登録してある。」等を内容とする意見書を提出した。

また、小倉が同日事務局に対し、同月二五日までに補正することが困難である旨の電話連絡をしたことから、補正期限が同月二八日までに延長され、さらに小倉は同月二五日事務局に対し、「補正に関し各請求人の意見を集約中であり、同月二八日には間に合わない。」旨の電話連絡をした。

(七) これらを受けて、監査委員は、同月二五日、本件監査請求については補正が必要であることを再確認し、補正の意思が確認できれば、補正期間を数日間延長することにした。

そして、事務局職員が同月二七日小倉に対し、前記意見書に対して回答したいので来庁されたい旨告げたところ、小倉は、「各請求人の意見を集約した結果、行為者の補正はしないこととなった。」と述べた。

(八) 同月二八日、小倉は、請求人の住所等のみ補正し、監査対象者を補正しない富山県職員措置請求書を事務局に改めて提出した。監査委員は、これを受けて、本件請求人らに監査対象者についての補正の意思がないことを再確認し、同年五月一一日に予定していた請求人の陳述を取りやめることにし、請求人らが右補正しないことを前提にして手続を進めることにした。

(九) 同年五月一六日になって、小倉から、「今から行為者を補正できないか。補正したいと言っている請求人がいる。」との問い合せがあったが、事務局職員は、「補正の意思のないことは確認済みであり、住所等の補正後の請求書も提出されたところであって補正手続は完結したから、今から補正することはできない。」と返答した。

(一〇) 監査委員は、同月一七日、監査委員会を開催した。この場で、請求人の一部が監査対象者の補正を求めている旨の連絡が小倉からあったことが報告されたが、協議の結果、本件監査請求は相当な期間内に対象者を補正しなかったことから、法の定める要件を具備せず不適法として却下することで合意に達した。そこで、監査委員は、同月一八日、本件監査請求を却下する旨決定し、同日小倉に対して、小倉ほか請求人六三名宛の却下通知書を発送した。

(一一) 小倉、控訴人青山、同佐伯、同日下、同中河、同温井、同山内及び第一審原告吉田憲子は、本件監査請求の対象者に被控訴人八木を追加した内容の同月一七日付の補正書を監査委員に送付し、これらは同月一九日から二六日までの間に事務局に到達した。

これに対して、監査委員は、同月二七日監査委員会議を開催して、五月一八日に本件監査請求の却下を決定して通知書を発送していることから、右補正を取り上げず、請求人らに右補正書を返還することに決定した。

以上の事実が認められ、これに反する甲一号証及び原審原告小倉利丸本人の供述部分は措信しない。」

2  原判決三〇頁末行冒頭から同三二頁九行目末尾までを次のとおり改める。

「地方自治法には、住民監査請求に関し補正手続を定めた条項は存在しないし、監査委員に対して要件を具備しない請求に対する補正を促す義務を課するような条項も存在しない。そうすると、地方自治法の規定からは、不適法な住民監査請求について監査委員に補正を命じたり促す義務を課していないと解するのが相当である。もっとも、行政手続法七条は、行政庁に、形式的要件に適合しない申請に対して補正を求めることを義務づけていること、行政不服審査法二一条は、審査庁に、審査請求が不適法であって補正が可能な場合には、相当の期間を定めて補正を命じることを義務づけていること、国税通則法九一条は、国税不服審判所長に、補正可能な審査請求について相当の期間を定めて補正を求めることを義務づけていること、さらに住民監査請求の制度が普通地方公共団体の財政の腐敗防止を図り、住民全体の利益を確保する見地から、住民の請求により当該普通地方公共団体の執行機関や職員の財務会計上の違法な行為等の予防、是正等を自治的、内部的処理によって図ることを目的とした制度であること、住民監査請求を行うについては期間制限があり、同一の事項について再度の住民監査請求はできないと解されていること等からすると、容易に補正できる形式上の不備があるような場合には、監査委員においてその補正を求める権限があることはもとより、補正を促す義務があること、すなわち補正を促さずに直ちに監査請求を却下することは許されないと解する余地がある。」

3  原判決三六頁八行目冒頭から同三七頁七行目末尾までを次のとおり改める。

「むしろ、住民監査請求は請求人の個人的な利益のためでなく、住民全体の利益のためになされるものであり、また、それが複数の請求人によってなされる場合には請求人全員の利害が一致するのが通常であるから、請求人が多数にのぼるときは代表者または代理人の制度が利用されることが迅速、適正な事案の処理のために請求人及び監査委員の双方にとって望ましいことということができる。

もっとも、代表者や代理人の行為の効果が各請求人に帰属すること及び請求人は前記判示(原判決引用)のとおり監査委員から応答を受ける権利を有していることに鑑みれば、住民監査請求において請求人の適法な代表者または代理人となるには、代表者または代理人となろうとする者と請求人との関係においては、請求人の明示または黙示による委任が必要であると解される(ただし、右請求人の委任は書面によることは必ずしも必要でなく、また、監査委員はすべての請求人に対して個別に右委任の有無を確認する義務はないと解される)。」

4  原判決三九頁四行目冒頭から同四一頁三行目末尾までを次のとおり改める。

「(1)  先ず、本件の監査請求について監査委員にその補正を促す義務があるかについて検討するに、本件で問題になっている補正は、監査対象者の特定に関する補正であり、誰を本件の監査対象者にするかということは、対象事項とともに、監査請求の本質的な部分をなすというべきであって、請求人の意向が重視されるべき事項であるから、単純な形式上の不備と同視することはできず、監査委員に補正を促す義務があったと解することはできない。

しかも、本件においては、前記認定事実のとおり、監査委員は小倉に対して平成六年四月一九日に監査対象者についての補正を促しているところ、小倉は事務局職員に対して自ら代表者として他の請求人との連絡役になることを承諾していること、六四名分の本件措置請求書及び一部補正後の同請求書を外一名とともに事務局に提出したこと、現に住居表示の補正等については請求人に監査委員の指示を伝えていること、小倉は監査委員に対する意見書等の書面を請求人代表者の肩書で作成・提出していること、小倉は補正を促されて他の請求人らの意見を集約していたこと、他の請求人らは直接監査委員や事務局と連絡を取り合っていたことを認めるに足りる証拠がないこと等からすると、少なくとも小倉は他の請求人らより、監査委員からの措置請求書の補正に関する意思表示を各請求人に代わって受け、これを各請求人に連絡する権限を授与されていたものと推認するのが相当であるから、本件の場合において仮に監査委員に補正を促す義務があったとしても、監査委員が請求人全員に個別に補正を促すまでの必要はなく、右のような権限を持ち、行動をしていた小倉に対して補正の通知をしたことでもって、その義務は果たしたものと見るのが相当である。

そうすると、結局、監査委員に補正を促す義務違反はないということになる。」

二  よって、控訴人らの被控訴人両名に対する訴えがいずれも不適法であるとして却下した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 窪田季夫 裁判官 氣賀澤耕一 裁判官 本多俊雄)

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