名古屋高等裁判所金沢支部 平成9年(ネ)41号 判決 1997年11月12日
控訴人
有限会社谷口製材所
右代表者代表取締役
谷口貞義
右訴訟代理人弁護士
今井覚
被控訴人
谷久夫
右訴訟代理人弁護士
鳥毛美範
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
理由
一 請求原因1(吉田工務店の破産)の事実は、証拠(甲九)によって、これを認めることができる(ただし、金沢地方裁判所七尾支部が吉田工務店に破産宣告をしたことは当事者間に争いがない)。
二 請求原因2(吉田工務店の倒産原因)について
1 証拠(甲五ないし七、八の1・2、九、一〇、乙七、八、原審証人吉田孝一、原審・当審控訴人代表者、原審被控訴人本人)によれば、次の事実を認めることができる。
(一) 吉田工務店は、昭和六三年六月二三日資本金六〇〇万円(平成三年二月一五日に三〇〇〇万円に増資)で建築工事業、大工工事業等を目的として設立された有限会社である。
(二) 吉田孝一は、昭和四七年ころから石川県鹿島群田鶴浜町字深見で「吉田工務店」の名称で個人で大工工事業をしていたが、昭和五八年四月から同町字白浜で「サンショップしらはま」の名称でスーパーマーケットを開業し、同年一一月一日にこれを法人化して飲食料品及び日用品、雑貨の販売などを目的とする株式会社サンショップ(資本金五〇〇万円)を設立し、その代表取締役に就任した。サンショップは、設立直後は順調に利益を上げたものの、近隣にスーパーマーケットが三店舗も開業したため、昭和六〇年ころから売上が不振となり、月間約二〇〇万円から三〇〇万円程度の赤字を計上することとなった。このため、吉田は前記「吉田工務店」を法人化して、大型工事を受注し、増大した利益をもってサンショップの赤字の補填をしようと考えて、前記のとおり有限会社吉田工務店を設立し、その代表取締役に就任した。
(三) 吉田工務店の売上は法人化後順調に伸び、利益も増大したため、吉田は吉田工務店の利益をもってサンショップに資金援助し、その赤字を補填することによって、サンショップ倒産の事態を回避してきたが、サンショップは金融機関からの借入金の返済もままならない状態で業績は悪化するばかりであった。
(四)そして、吉田工務店自体も右のようなサンショップへの資金援助を続けた結果次第に資金繰りに窮するようになり、支払手形の書換えや金融機関からの融資、控訴人や被控訴人からの借入れなどで急場を凌いでいたが、平成三年六月には当てにしていた金融機関(能登信用金庫)に融資を断わられたため、同月三〇日及び翌七月三〇日満期の約束手形の決済ができず、銀行取引停止処分を受けるに至り、同年七月三〇日をもって事業を閉鎖し、事実上倒産した。なお、サンショップも同年六月二〇日に閉店している。
(五) 吉田工務店は、平成三年九月二四日金沢地方裁判所七尾支部に破産宣告(自己破産)の申立てを行い、同支部は同年一一月一九日破産宣告をし、弁護士押野毅を破産管財人に選任した。
(六) 吉田工務店からサンショップへの資金融資は、吉田工務店の決算報告書上は吉田個人に対する短期貸付金の形式で処理されていたが、被控訴人が作成した同社の決算報告書上の右短期貸付金の変遷は次のとおりである。
昭和六三年一〇月三〇日
九〇一九万〇〇九二円
平成元年一〇月三〇日
一億〇〇八四万〇八八二円
平成二年一〇月三〇日
一億三四〇〇万〇四二六円
平成三年四月三〇日
一億五八〇四万〇三二三円
(七) また、吉田工務店の前記決算報告書上の営業利益(損失)の変遷は次のとおりであるが、税金対策上の処理がなされており、必ずしも同社の実績を表していない。
昭和六三年六月二八日から同年一〇月末日 (損失)七四万四九八八円
昭和六三年一一月一日から平成元年一〇月末日
(利益)六一一万八六〇三円
平成元年一一月一日から平成二年一〇月末日(損失)七四八万四五七七円
平成二年一一月一日から平成三年四月末日 (利益)六三三万四二九八円
2 右1認定の事実によれば、吉田工務店の倒産原因は、直接的には平成三年六月に金融機関に融資を断わられたために資金繰りができなくなったことであるが、より根本的には営業不振のサンショップの倒産を回避するために同社に対して多額の資金援助を続けた結果、自らの資金繰りを逼迫させたことにあるということができる。
三 請求原因3(控訴人の吉田工務店に対する債権とその回収不能)の事実は、証拠(甲一の1ないし5、二六、乙一、原審控訴人代表者)及び弁論の全趣旨によってこれを認めることができる。
四 請求原因4(被控訴人の吉田工務店の取締役就任)の事実は当事者間に争いがない。
五 被控訴人の有限会社法三〇条の三の責任の有無について
1 証拠(甲五、一〇、一一の1ないし3、一二ないし一六、一九、二〇、乙二の1・2、三、四の1・2、六の1ないし4、原審証人吉田孝一、原審・当審控訴人代表者、原審被控訴人本人)によれば、次の事実を認めることができる。
(一) 被控訴人は、税理士及び行政書士の資格を有し、昭和五七年五月に東京で税理士の登録をし、昭和五八年一月から能都町で谷税務会計事務所を開業している。
(二) 被控訴人は、昭和五八年四月にサンショップの法人化前の「サンショップしらはま」の顧問税理士となり、同年一一月のサンショップの法人化後は同社の顧問税理士として税務処理を行い、昭和六三年一二月には吉田工務店の顧問税理士にもなって同社の税務処理を行った。
(三) 被控訴人は、昭和五八年のサンショップの設立の際には吉田の依頼で発起人に名を連ね、五万円出資して株主となっており、吉田工務店設立の際にも吉田の依頼で出資して社員となっていたが、その後、いずれも吉田の依頼を受けて、平成二年二月三日に吉田工務店の取締役に就任し、同月一五日にその旨の取締役就任登記をし、同月一六日にはサンショップの取締役に就任し、同月二二日その旨の取締役就任登記をした。
(四) 被控訴人は、吉田工務店及びサンショップの取締役就任後も取締役就任前と特段変わることなく両社の税理申告事務とそれに必要な会計帳簿類のチェック、決算書類の作成を行っていた。
(五) 吉田工務店及びサンショップの経営自体は、両社の代表取締役である吉田がワンマン体制で独断的に行っており、吉田は被控訴人の取締役就任後前記の吉田工務店の倒産に至るまでその資金繰りについて被控訴人に相談をしたこともなく(後記認定の被控訴人からの金員の借入れの点は除く。)、その具体的な状況について被控訴人に知らせることもなかった。
(六) 被控訴人は、サンショップからは昭和五八年四月分から平成元年一二月分まで顧問税理士として月額二万五〇〇〇円の顧問報酬及び毎年の決算料(約八万円)の各支払を受けており、また、吉田工務店からは昭和六三年一二月分から平成元年一二月分まで顧問税理士として月額二万円の顧問報酬及び二年分の決算料(一六万円)の各支払を受けているが、平成二年一月以降の報酬については両社のいずれからもその支払を受けていない。なお、被控訴人は平成二年一月分の以降の報酬未払分として平成三年五月一六日に額面一〇一万余円の吉田工務店振出の約束手形を受領したが、右手形は同年七月三〇日の期日に不渡りとなっている。
被控訴人は、右の顧問税理士としての報酬以外には、吉田工務店及びサンショップの取締役就任後も両社から役員報酬を得ていなかった(甲八の2の決算報告書中の吉田工務店が平成二年一〇月までに被控訴人に非常勤取締役として九〇万円の報酬を支払っている旨の記載は、原審被控訴人本人尋問の結果により、実体に一致しない記載であると認められる)。
(七) 被控訴人は、吉田の要請で、吉田工務店に対し、平成二年一一月三〇日に五〇〇万円を貸し付け、同社の普通預金口座へ四九八万四二七九円を入金し、同年一二月三一日には六〇〇万円を貸し付け、右預金口座へ谷会計名義で五九五万円を入金し、さらに、平成三年四月一日にも五〇〇万円を貸し付けている(被控訴人は右貸金については吉田工務店の倒産前にいずれも返済を受けている)。また、被控訴人は、吉田個人に対しても平成三年五月一六日と同月三〇日に各一〇〇万円を貸し付けている(被控訴人はこの分については返済を受けていない)。
(八) 被控訴人は、吉田工務店の取締役に就任後、同社の倒産に至るまで、吉田に対し吉田工務店からサンショップに対する資金援助を中止するように助言、忠告をしたことは一度もなかった。
(九) 被控訴人は、平成三年七月三〇日ころ吉田工務店の取締役を辞任し、右同日にその旨の取締役辞任登記(ただし、登記原因については同年四月三〇日に遡って辞任)をした。なお、吉田工務店の前記銀行取引停止処分後に控訴人を中心とする吉田工務店の債権者の間で、同社の再建話が持ち上がり、被控訴人を新しい代表取締役に推す話もあったが、被控訴人はこれを断った。
2 右1及び前記二の1認定の事実によれば、吉田工務店及びサンショップは法人格を取得した後も、実質的にはその代表取締役である吉田の個人企業であり、昭和六三年の吉田工務店の法人化自体が当時経営不振であったサンショップの赤字の補填を目的として吉田によって行われたものであるから、右の事情のもとでは、吉田が吉田工務店の利益からサンショップに対して資金援助をすること自体は経営者である吉田の裁量の範囲内のことであって、吉田工務店自体の経営状態に悪影響を及ぼさない限りは特段非難すべきことといえない。したがって、吉田工務店からサンショップへ(決算報告書上は吉田個人を介して)多額の資金援助がなされていたとしても、右の資金援助が吉田工務店の経営状態に悪影響を及ぼさない限りは、吉田工務店の取締役であった被控訴人においても代表取締役である吉田に右の資金援助を中止するように助言、忠告する職務上の義務があったとまではいえないが、右の資金援助が吉田工務店の経営に悪影響を及ぼし、その資金繰りが逼迫するに至った場合には、吉田工務店の取締役であった被控訴人には、右資金援助を打ち切るように吉田に進言、忠告すべき職務上の義務(有限会社の取締役の代表取締役に対する監視・監督義務の一内容)があったと解するのが相当である。
そして、被控訴人は右1(二)認定のとおり顧問税理士として吉田工務店及びサンショップの両社の税務処理を担当し、決算報告書も作成していたのであるから、吉田工務店の取締役就任当初から吉田工務店よりサンショップへ多額の資金援助がなされていること自体は当然認識していたものと推認でき(これに反する原審被控訴人本人の供述は採用しない。)、さらに、右1(七)認定のとおり被控訴人は平成二年一一月三〇日に吉田工務店の普通預金口座へ四九八万四二七九円、同年一二月三一日には谷会計名義で五九五万円を入金しているところ、その入金時期に照らしても右金員が吉田工務店の月末の資金繰りのために入金されたものであることは明らかであるから、遅くとも平成二年の暮れころには、被控訴人においても吉田工務店のサンショップに対する資金援助が吉田工務店の資金繰りを逼迫させていることを認識し得たはずである。したがって、被控訴人が税理士として経理についての専門的知識を有していることからしても、平成二年の暮れころには、被控訴人には、吉田工務店の取締役として同社の代表取締役である吉田に対し、吉田工務店からサンショップに対する新たな資金援助を中止するように助言・忠告すべき職務上の義務が発生していたというべきである。
したがって、被控訴人が右義務の発生した平成二年の暮れ以降平成三年六月の吉田工務店の手形不渡りに至るまでの間に、吉田に対し吉田工務店からサンショップに対する資金援助の中止を一度も進言しなかったことは、吉田工務店の取締役としての職務を行うについて任務懈怠があったと評価されてもやむを得ないところである。
他方で、前記のとおり吉田工務店及びサンショップが法人格を取得しているとはいえ実質は小規模な吉田の個人企業であり、両社の経営(資金繰りを含む)は吉田のワンマン体制のもとで独断的にされていたものであり、平成二年二月に被控訴人が両社の取締役に就任した時点では、既に吉田工務店の利益分を営業不振の続くサンショップへの資金援助に回すことは吉田工務店の既定方針とされていたものと認められること、被控訴人の取締役就任後の吉田工務店における現実の関与の態様として、税理士としての税務処理以外の業務を期待されていたことを認めるに足りる適切な証拠はない(もっとも、弁論の全趣旨によれば、吉田が税理士である被控訴人を取締役に就任させることによって同社の対外的信用を高めようとしたことは窺えるところである。)し、吉田は被控訴人の取締役就任後前記の吉田工務店の倒産に至るまでその資金繰りについて被控訴人に相談をしたこともなく、その具体的な状況について被控訴人に知らせることもなかった(もちろん、控訴人が本件において主張する合計約三五一四万円の貸付けについても、被控訴人は吉田及び控訴人から何らの相談も受けていない。)こと、その上、被控訴人は吉田工務店及びサンショップに対する顧問税理士としての報酬以外に、取締役としての特段の報酬を得ていなかったのであるから、これらの事情を総合すると、前記のとおり被控訴人に吉田工務店の取締役としての職務を行うについて任務懈怠が認められるとしても、これについて被控訴人に有限会社法三〇条の三の「悪意又は重大なる過失」があったとまで認めることはできないというべきである。
さらには、前記のとおり、吉田工務店もサンショップも吉田の個人企業であり、吉田工務店の法人化自体が当時経営不振であったサンショップの赤字の補填をねらいとして吉田によって行われたものであり、吉田工務店の法人格取得当初からその利益分をサンショップへの資金援助に回してサンショップの倒産を防止することは吉田工務店(すなわち代表取締役の吉田)の既定方針となっていたと認められること、原審における証人吉田孝一の証言によれば、吉田自身は、平成三年六月に不渡り手形を出す直前まで吉田工務店が倒産するとは考えておらず、金融機関から繋ぎ資金の融資を得られれば、吉田工務店の資金繰りに目処がつき、当面はサンショップの倒産も回避できると考えて、右手形不渡りの直前までサンショップへの資金援助を継続していたことが認められるから、仮に被控訴人が吉田に対して吉田工務店からサンショップへの資金援助の中止を進言したとしても、吉田においてこれを素直に受け入れて、吉田工務店からサンショップへの資金援助を中止したとも考え難いところである。したがって、被控訴人が吉田工務店の取締役としての職務上の義務を尽くして代表取締役である吉田に対し吉田工務店からサンショップへの資金援助の中止を進言していたとしても、吉田工務店が倒産を免れたということはできないというべきである。
そうだとすると、被控訴人の取締役としての職務についての任務懈怠と吉田工務店の倒産及びこれによる控訴人の吉田工務店に対する債権の回収不能との間に相当因果関係を肯定することも困難である。
六 以上のとおりであるから、控訴人の被控訴人に対する有限会社法三〇条の三に基づく損害賠償請求はいずれにしても失当である。
したがって、控訴人の本訴請求は理由がないものとしてこれを棄却すべきである。
七 よって、結論において右と同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官窪田季夫 裁判官氣賀澤耕一 裁判官本多俊雄)