名古屋高等裁判所金沢支部 平成9年(ラ)2号 決定 1997年3月05日
抗告人 梅野直人 外2名
相手方 佐野ひな子 外8名
主文
1 原審判を取り消す。
2 本件を富山家庭裁判所に差し戻す。
理由
第1抗告の趣旨及び理由
本件抗告の趣旨及び理由は、別紙記載のとおりであるが、その理由の要旨は、本件遺産について既に分割協議が成立したと認めた原審判はその判断に誤りがあるというにある。
第2当裁判所の判断
1 抗告人梅野直人(以下「抗告人直人」という。)、同山科あつ子、同土井栄子、相手方佐野ひな子(以下「相手方ひな子」という。)、同辻祐子及び同川口知子(以上の6名を「本件遺産分割審判申立人」という。)は、被相続人梅野恵太郎(以下「被相続人恵太郎」という。)及び同梅野ひろ(以下「被相続人ひろ」という。)の各遺産に関して、以下のとおりの遺産分割の申立てをした。
すなわち、被相続人恵太郎は昭和27年9月23日死亡し、その相続人は、妻被相続人ひろ、長男亡梅野圭一(以下「亡圭一」という。)、長女抗告人山野あつ子、三女相手方辻祐子、四女相手方川口知子、五女抗告人土井栄子、六女相手方永井治子、七女相手方北山久子及び二男抗告人直人であり、被相続人恵太郎の遺産は別紙遺産目録記載の不動産であった。しかし、その遺産分割協議がなされないうちに被相続人ひろが昭和47年2月11日死亡した。その相続人は上記亡圭一以下8名の者及び被相続人ひろと亡梅野雄助の長女相手方ひな子であり、その遺産は被相続人恵太郎からの相続分であった。上記共同相続人の亡圭一は、昭和50年8月4日死亡し、同人を妻梅野昌子、長男相手方梅野浩史(以下「相手方浩史」という。)、長女相手方宮内真紀、二女相手方元木ゆみ子及び四男相手方若山慎吾が相続した。妻昌子が昭和52年11月16日死亡したことにより、亡圭一の相続人は上記相手方浩史以下4名の者となった。被相続人恵太郎の遺産及び同ひろが相続持分を有する遺産は、別紙遺産目録記載の不動産であるところ、遺産分割の協議が整わないので、分割の各審判を求めるというものである。
2 本件記録によると、被相続人恵太郎は、別紙遺産目録記載4の建物を所有し、また、昭和51年6月11日に土地改良法の換地処分により換地された同目録記載1、2及び6ないし8の各土地の従前地を所有していたものであるから、被相続人恵太郎の遺産は、上記不動産であり、また被相続人ひろの遺産である相続持分も上記範囲の不動産に対するものであることが認められる。
なお、本件遺産分割審判申立人は、別紙遺産目録記載3及び5の土地も被相続人恵太郎の遺産であると主張するところ、本件記録によると、これらの土地も昭和51年6月11日に換地されたものであるが、その従前地は、いずれも亡圭一が昭和23年3月2日自作農創設特別措置法16条の規定による売渡を受けてその所有権を取得したものであり(B3、4、12、13)、被相続人恵太郎、同ひろ及び亡圭一らにおいてこれらが被相続人恵太郎の財産ではないとの認識を持っていたこと(C甲1)が窺われ、分割の対象となる遺産の範囲についてはなお検討の余地がある。
ところで、本件記録によると、砺波市若林土地改良区は、土地改良登記令2条により代位して、別紙遺産目録記載1及び6ないし8の各土地の従前地については、昭和51年5月31日受付をもって亡圭一、次いで相手方浩史への、同目録記載2の土地の従前地については、同年6月8日受付をもって抗告人直人への各相続登記の申請をし、各相続を原因とする所有権移転登記手続を了したこと、しかる後、相手方浩史に対し同目録記載1及び6ないし8の各土地が、抗告人直人に対し同目録記載2の土地がそれぞれ換地処分されたことが認められ、この事実からすると、上記換地処分までの間に、遺産である上記各土地について、共同相続人間に遺産分割の協議がなされたと見られなくはない。
しかしながら、本件記録によると、上記砺波市若林土地改良区の代位登記は、上記換地処分の際に、相手方浩史が、土地改良事業の換地処分のため必要があるといって、相手方ひな子を除く共同相続人からは昭和50年8月14日ころから同月23日ころまでの間に、相手方ひな子からは同51年3月10日ころに、いずれも「被相続人生存中に被相続人より相続分超過の贈与を受けているのでその遺産については受くべき相続分がないことを証明する。」と記載されたいわゆる「相続分なきことの証明書」各2通及び印鑑登録証明書各1通を集め、これを同改良区に提出したことによって行われたものであり、上記のころに共同相続人間で被相続人恵太郎及び同ひろの遺産についての分割協議がなされた形跡は見られないこと、抗告人直人は、定年退職して平成7年12月に帰郷するまでは福岡県に居住しており、亡圭一の生前に同人と相続の話をしたことがなかったこと、また抗告人山科あつ子及び同土井栄子も、両親の遺産について亡圭一らと話し合いをしたことは一度もなかったこと、相手方浩史自身も、原審において、「登記手続は亡圭一がしていたので、別紙遺産目録記載2の土地を抗告人直人名義にするについて同人が承諾したかどうかは知らない。亡圭一が亡くなって後、前記土地改良区から頼まれ登記をやり直すことになり、抗告人直人から相続分なきことの証明書を受けとったが、その時、他の土地はどうするかとの話は何もなかった。登記が完了して以降、遺産分割についての話は全くしていない。」旨陳述していることが認められ、これらの事実からすると、上記相続分なきことの証明書が作成されたことをもって、換地処分に際し被相続人恵太郎及び同ひろの共同相続人間に遺産分割協議が成立したものと認めることはできない。
なお、上記換地処分があった後、本件遺産分割の申立てまで被相続人恵太郎及び同ひろの遺産について分割協議が提案されたことがなく、同恵太郎の相続開始から44年が、同ひろの相続開始から24年が経過していることをもって、本件について遺産分割協議が成立したことを認めることができないことは勿論である。
3 以上の認定判断からすると、被相続人恵太郎及び同ひろの各遺産について分割の各審判をなすべきところ、本件各遺産分割の申立てについて、遺産分割協議が既に成立しているとしてこれを却下した原審判は不当であり、本件抗告は理由がある。
よって、原審判を取消し、本件を富山家庭裁判所に差し戻すこととして、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 窪田季夫 裁判官 宮城雅之 氣賀澤耕一)
(別紙)即時抗告の申立書
申立の趣旨
上記当事者間の頭書遺産分割申立事件について、平成8年12月25日になされた審判は不服であるので即時抗告の申立をする。
申立の理由
1 原審判は、「昭和50年8月ないし昭和51年3月頃までに遺産について長男の子である相手方梅野浩史と二男の申立人梅野直人に、その後に手続きされた登記どおりに相続取得させる旨の分割協議が成立したものと認めるのが相当である。」と認定している。
2 しかしながら、審問の結果によれば、相手方梅野浩史は、昭和50年8月ないし昭和51年3月頃に(それ以前にも)、本件相続につき、少なくとも申立人梅野直人とは話合いをした事実のないことを認めている。申立人梅野直人も本件相続につき何らの話合いもなかったと主張しているのであるから、原審判が何をもって分割協議が成立したと認めたのか不可解である。
3 本件相続登記は、建物を除いてなされている。土地改良事業の換地処分の機会に本件登記がなされたためである。相手方浩史は、申立人らからは、土地改良事業の換地処分のために必要があるとの理由で「相続分のないことの証明書」を集めた。そして、相続人らから集めた証明書と印鑑証明書は、頭書の趣旨通りに土地改良組合事務所に提出した。その際、相手方浩史も他の相続人と同様の証明書を作成し、土地改良組合事務所に提出した。相手方浩史は、本件審判事件において、自己が証明書を作成して組合事務所に提出したことを隠し、自分は作成していないと言いはっていたが、後日、隠し切れないと考えて提出してきた。(相手方浩史は、自己が、他の相続人と同じように証明書を作成し、それを組合事務所に提出したことの意味を十分に理解していたので、その事実を隠したものである。)
相手方浩史は、相続人間で何らの協議もなされていないのに(協議がなされていないことは相手方浩史は、本件審判事件において、認めている。審判書は、事実上の協議が相手方浩史の父親である浩史が生存中に進めていたことを理由にしているようであるが、仮にそれが真実であるとしても、相続人が変われば新たな協議が必要なのであるから、相手方浩史が相続人として相続するのであれば、相手方浩史と他の相続人との間で、遺産分割の協議が必要である。)、土地改良事業の換地処分のために必要であるとの理由で他の相続人から集めた証明書を使用して、土地改良事業の換地処分の機会に本件相続登記をなしたものである。少なくとも、証明書が作成された経緯及びその証明書の使用先からすると証明書は土地改良事業の換地処分の対象となっている土地に関してのものであり、建物に関するものではなかったので建物に関しては相続の登記はなされなかった。
4 原審判は、相続開始からかなりの時間が経過していて、土地と建物を相手方浩史が管理占有している事実をもって、昭和50年8月ないし昭和51年3月頃までに分割協議が成立したものと認めるのが相当であると判断している。しかし、相続開始時に建物に居住し、土地を管理していた相続人が、その後、分割協議が整わなくとも、居住と土地の管理占有を継続するのが、相続の場合一般的であり、かなりの長期間、分割協議なされないで相続人の一人が占有管理を継続している例(本件においても、被相続人恵太郎が死亡後、24年余りの間未相続の状態が継続した。)が多々あるのであるから、相続開始からかなりの時間が経過していて、土地と建物を相手方秀一が管理占有している事実をもって、分割協議が成立したものと認めるのが相当であるとの判断は問題がある。特に、建物については相続の登記もしていないのであるから、分割協議書の作成されていない本件においては、原則として未相続と判断するのが常識であると考えられ、また、原審判の判断傾向からも一般的には建物につき協議がなされていないと判断すべきであるのに、反対の判断をしているのは判断の一貫性が見られない。
5 申立人勝平も相手方秀一も「相続分のないことの証明書」を組合事務所に提出している。両者の立場からは、その行為についての評価に違いがないはずである。にもかかわらず、原審判は、相手方浩史の証明書と他の相続人の証明書との価値につき、まったく異なった判断をしている。相手方浩史が証明書の存在を隠していた事実からして、本人は証明書の意味を十分に理解していたものであり、原審判は理解できない。
6 本件相続において、遺産分割協議が整ったとの判断は誤りがある。少なくとも、未相続の建物が存在するのであるから、申立を却下した原審判には明らかな誤りがある。
別紙 遺産目録<省略>