名古屋高等裁判所金沢支部 昭和24年(ネ)26号 判決
当事者双方の事実上の陳述は被控訴人に於て本件建物の引渡期限は残代金一万四千円の支拂と同時に到來する約定であつた。控訴人先代居住の家屋がその主張の日時戰災に依り燒失した事実は認めると述べ、控訴人に於て昭和二十年七月十九日福井市の戰災に依り控訴人先代はその居住の家屋を燒失した爲事情変更に依る解除権が発生したと述べた外原判決事実摘示と同一であるからこゝに引用する。
<立証省略>
三、理 由
控訴人先代が訴外尾崎彌三右衛門に対し昭和十九年十一月二十一日自己所有に係る福井縣丹生郡天津村小羽三字中垣内九番地所在の木造瓦葺二階建居宅一棟を代金二万二千円で賣渡す旨の契約を爲し即日右訴外人から金八千円を受領した事実、控訴人先代が昭和二十三年四月十七日死亡し控訴人がその相続をなした事実は当事者間に爭なく右建物の引渡期限が残代金一万四千円の支拂と同時に到來すべき約定であつたことは被控訴人の自認するところである。被控訴人は右訴外人に対し金八千円を支拂つて其買主たるの権利義務を讓受けその地位を承継したと主張し当審並原審証人尾崎彌三右衛門の証言及び同証言により眞正に成立したと認むる甲第二号証に依れば被控訴人が昭和二十年十一月五日右訴外人より買主たる権利を讓受けたことは肯認し得るが買主の代金債務の承継に付控訴人先代の承認を得たと認むべき証拠がない。
元來買主たる地位の讓渡は單なる権利の讓渡と異り義務の承継をも伴うが故に買主及讓受人の合意のみでは足らず必ず原契約の当事者双方及讓受人間の三面契約を以て爲さるるを要するものであるところ、本件に於て斯る三面契約のなかつた事は原審に於ける証人川之上正豊の証言及被告本人訊問の結果に依り明らかであるから被控訴人は前記訴外人の買主たる地位を承継したものでなく單にその権利を讓受けたるに止まり、その代金の支拂の債務は依然右訴外人にあるものと謂わねばならない。次に被控訴人は控訴人先代に於て右買主たる権利の讓渡に付ては何等の異議なく承諾を爲していたと主張するが、この点に関する原審に於ける証人鈴木次惣八、尾崎與右衛門の各証言及原告本人訊問の結果当審並原審に於ける証人尾崎彌三右衛門の証言は直ちに措信し難い。却つて成立に爭のない乙第一号証に原審に於ける証人川之上正豊の証言及被告本人訊問の結果を綜合すれば昭和二十一年三月頃被控訴人より控訴人先代及控訴人に対し買主たる権利の讓受を告げて本件家屋の引渡を求めたところ控訴人先代並控訴人はその時はじめて右讓渡の事実を知つたけれども控訴人先代はその居住の家屋を福井市の戰災により燒失し本件家屋をその居住の爲必要とした関係上その事情を被控訴人に述べて右讓渡に異議を留めていたのみならずその頃控訴人先代より尾崎彌三右衛門に対し前記事情を事由に解除の意思表示をなしたことを認める事が出來る。よつて進んで右解除の効力に付審究するに凡そ賣買契約成立当時の事情がその履行期迄に当事者の責に帰すべからざる事由に依り当事者の予見しなかつた程度に変更しその結果本來の法律効果を発生せしむることが著しく不衡平となつた場合にもなお之が履行をなさしめることは信義誠実の原則に反するものと謂うべく、斯る場合には当事者の一方の意思表示を以てその契約を解除し得るものと解するを相当とする。控訴人先代居住の家屋が昭和二十年七月十九日福井市の戰災に依り燒失した事実は当事者間に爭なく原審に於ける証人川之上正豊の証言及被告本人訊問の結果を綜合すれば本件賣買成立当時控訴人先代は福井市の所有家屋に居住して本件家屋を必要とせざりし爲これを尾崎彌三右衛門に賣却の約定をなしたるも前記戰災の爲本件家屋を居住上必要とするに至りたることを認め得べく、これに反し尾崎彌三右衛門は自己居住の目的を以て本件家屋を買受けたるも間もなく之を不用とするに至り遂に被控訴人にその権利を讓渡したものであることは原審証人尾崎與右衛門の証言に依り明らかであつて、斯くの如く賣買成立当時の事情が当事者の責に帰すべからざる福井市の戰災に依り一変したにも拘らず尚当初の賣買の効果を発生せしむることは戰災に依りその家屋を失つた控訴人先代にとつて甚だ酷であつて信義則に反することゝなるから、控訴人先代は賣買当事者たる尾崎彌三右衛門に対し事情の変更を理由に契約を解除し得るものといわなければならない。(右解除の事由発生前に尾崎彌三右衛門が残代金を提供して家屋の引渡を求めたとの主張がないから本件契約の履行期は右解除の事由発生当時到來しなかつたものと認める。)而して右解除権の発生はその解除の事由の発生した昭和二十年七月十九日当時であり讓渡以前のことであるから前段認定の如く控訴人先代が讓渡に付異議を留保していた以上右解除を以て讓受人たる被控訴人に対抗し得るや論なく、從つて被控訴人の本件建物引渡し請求権は右解除により消滅に帰したことになるから被控訴人の請求は理由がない。然るに之を認容した原判決は失当であるから取消して被控訴人の請求を棄却し訴訟費用に付民事訴訟法第九十六條、第八十九條を適用し主文の通り判決する。
(裁判官 観田七郎 吉村國作 村上久治)