名古屋高等裁判所金沢支部 昭和24年(ネ)45号 判決
控訴代理人は原判決を取消す。豊川村農地委員会が昭和二十二年八月十三日になした別紙第一目録記載の農地を岡田常太郎に交付し、別紙第二目録記載の農地を政府が取得する交換の指示はこれを取消す。被控訴人が昭和二十三年九月二十一日右豊川村農地委員会の申請に基きなした右各農地の交換の裁定はこれを取消す。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張は、
控訴代理人に於て別紙第一目録記載の農地は控訴人の永年の小作地で、其の内の符号(一)は訴外高橋九左衛門の所有地であるが、これは不在地主の農地として、又(二)は訴外松下又八の所有地であるが、これは在村地主の法定地積超過農地として夫々政府が買収する農地であつたので、控訴人は昭和二十二年三月十日頃当該農地につき、耕作の業務を営む小作農として自作農創設特別措置法第十七条にもとずき、豊川村農地委員会に対して其の買受け方の申込をし、因つてこれ等の農地は同法第十八条により控訴人に売渡しをしなければならぬものとなつた。然るに右農地委員会は同二十二年八月十三日に前記の通り、右(一)は不在地主の農地として、(二)は在村地主の法定地積超過農地として夫々買収計画を定めたが、一方訴外岡田常太郎所有の別紙第二目録記載の農地を之れと交換することとして、同訴外人に対し右第一目録の農地を交付し、第二目録の農地は右高橋九左衛門松下又八に交付して之を買収することの指示をする決議をして、同年九月二十一日該交換の指示をした。これは右第二目録農地は訴外浅田岩吉の小作地であるが、其の地主である訴外岡田常太郎からは之を買収することができない関係にあるので、従つて之を買収して右浅田に売渡しをすることができないから、この交換によつて、右浅田が小作して居たその農地である第二目録農地を右浅田に売渡しをする手段としてとつたものであつて、其の理由は同措置法第二十三条により右浅田岩吉に農地を与え、自作農の創設を適正に行うためであると称するのであるが、然しこれは左記の如く違法な指示である。
(一) 政府が買収する前に農地所有者である一方高橋九左衛門松下又八と、他方の岡田常太郎との間の農地交換を指示したもので、政府買収農地との交換を指示するものでないから、このような交換指示は不適法であり、農地委員会の適法な意思決定としては存在し得ない違法な決議をして違法な指示をしたものである。
(二) 前掲記の控訴人の買受け申込を無視してなした違法な指示である。
(三) 自作農の創設を適正に行うと称するのであるが、それは却つて不適正に行つた違法がある。即ち、
(イ) 控訴人は現に自作農地千五百歩余を有し、其の内の五百余歩は自作農創設特別措置法による買受農地で、以上の外に尚六百余歩の小作地を耕作して居るから、自作農創設の買受率は五十パーセントに過ぎぬ。本件農地(第一目録の二百八十六歩)の買受けができたとしても、買受率は八十四パーセントに過ぎない。之れに反し、浅田岩吉の方は全耕地五反二畝二十二歩(千五百八十二歩)の内現在買受けに係るもの千歩余で、既に買受率八十パーセントであり、尚本件農地を買受けると百パーセントの買受率となる。これは控訴人の自作農としての地位を犠牲にして浅田岩吉に自作地を与える不適正なものである。
(ロ) 控訴人は祖先以来の専業農でその家族人数八名であるのに、浅田岩吉は終戦前から建築請負業を本業とし、現に二人以上の弟子を連れ至る所で建築の請負をして居るもので耕作は従たる仕事に過ぎず、家族人数も四名に過ぎない。このように自作農としては控訴人に比しはるかに不適格である浅田岩吉に自作地を与え、適格である控訴人にこれを拒否するのは自作農の創設を適正にするものではない。
(四) 浅田岩吉は昭和二十年十一月二十三日以前は事実上二反乃至三反以下の小作者であつた。それが地主堀勇松がその子勇吉応召により手不足となり、当時右勇松から勇吉が帰るまでという一時的の賃借として田地の一部を借り受けたものであつたが、終戦後同二十一年四月右堀勇松に借地を取り上げられたと称して、自己が豊川村農地委員会の補助員であるところから、この特殊の地位を利用して右農地委員会と通謀して、その代りと称して本件交換をしたものであるが、法の目的精神とするところは一町歩以上の自作農を創設することであつて、二反歩乃至三反歩の自作農を創設することでない。本件交換は特に同人の利益をはかるためにした違法な交換指示である。
(五) 控訴人の第一目録記載農地の小作権は祖先伝来百数十年間のもので安定していたのに、第二目録記載農地の地主岡田常太郎と小作人浅田岩吉間の耕作契約は期限一、二年間のもので、本件交換によつて控訴人が岡田常太郎の小作人となれば其の耕作権は不安定となり、不当な不利益を蒙ることとなり控訴人の耕作権を侵害する指示である。
以上のような違法な交換指示であるが、地主岡田常太郎に於ては右農地委員会と協議をしたが調はなかつたので、同農地委員会は被控訴人に裁定を申請したところ、被控訴人はこの違法な指示を其の儘是認して同二十三年九月十一日右交換指示を是認する裁定をした。控訴人は同年同月二十三日頃これを知つたのであるが、右農地委員会の違法な交換指示を其の儘是認した被控訴人の裁定も従つてまた違法である。控訴人はこの違法な裁定の結果永年の小作地である第一目録農地が訴外岡田常太郎の所有地となつた為めに、不在地主でない同訴外人から法定地積超過農地としても買収できない関係から、同農地を買受けることができなくなつた。これは違法な指示、違法な裁定によつて、違法に控訴人に農地の売渡しをしないものであるから、この違法な指示と違法な裁定の取消を求むるものであると述べ、被控訴人の本案前の抗弁に対し控訴人主張のような訴願等の手続を経ていないことは認めるが、本件の提起についてはそのような手続を経る必要はないと述べ、
被控訴代理人は控訴人が豊川村農地委員会のなした交換の指示の取消を石川県農地委員会なる被控訴人を相手に求めて居るが、同行政処分は豊川村農地委員会がなした処分で、被控訴人がなしたものではないからこれは失当である。また訴外浅田岩吉の小作地中には不在地主の農地なく、また在村地主の法定地積超過の農地もないので同訴外人に其の耕作農地を買収して売渡すことができなかつたので、本件交換によつて同訴外人を自作農たらしめたものである。而してこの交換は単に所有権者の移動に過ぎない。控訴人の耕作権は依然として同一農地上に同一条件で存続して居て何等の変化はないから控訴人は何等権利の侵害を受けていない。若し控訴人の買受け申込に応ずればこの小作人を自作農にするという交換の目的を達成することができないから、この申込に応ずることができないのである。本件交換には控訴人主張のような不当も違法もないと述べたこと以外は、各々原判決事実摘示と同一であるからここにこれを引用する。(証拠省略)
三、理 由
先づ被控訴人の本案前の抗弁について按ずるに、
(一) 豊川村農地委員会のなした交換の指示の取消しを被控訴人に対して求めるのは失当であると主張するが、被控訴人は実質上の権利関係に基いて被告となるのでなく、自作農創設特別措置法に基く買収売渡に関する処分をなす機関の一として訴訟手続上被告となつているに過ぎない。本件は右措置法第二十三条に基く農地交換の指示及び裁定の取消を求めるものであるが、被控訴人は豊川村農地委員会の上級機関として同委員会の指示を是認して裁定を下しているのであるから、被控訴人に対して右指示の取消を求めるのは必ずしも違法でなく本主張は理由がない。
(二) 本訴は訴願、異議申立等の不服申立手続を為さないで提起せられたものであるから失当であると主張するが、自作農創設特別措置法第二十三条による農地の交換の指示又は裁定については、行政庁に対する不服申立の途は認められていないのであるから本主張も理由がない。
次に本案について審究するに別紙第一目録記載の農地が控訴人の永年小作している農地であつて、その中符合(一)記載の農地は訴外高橋九左衛門の、符号(二)記載の農地は訴外松下又八の各所有であつたこと、昭和二十二年八月十三日豊川村農地委員会は、右(一)の農地をいわゆる不在地主の所有農地として、(二)の農地をいわゆる在村地主の法定地積超過農地として買収する計画を定め、同時に自作農創設特別措置法第二十三条により別紙第一目録記載農地と訴外岡田常太郎所有浅田岩吉小作の別紙第二目録記載農地との交換指示の決議をしたこと、右交換につき協議調はず右農地委員会は被控訴人に裁定の申請をなし、被控訴人は控訴人主張の通り交換指示を是認する裁定をしたこと、右交換指示の決議以前既に控訴人は右農地委員会に対し、別紙第一目録記載農地につき買受申込をしたものであることは執れも当事者間に争はない。
(一) 控訴人は本件交換は一方高橋九左衛門、松下又八と他方岡田常太郎との間の農地交換を指示したもので、政府買収農地との交換を指示するものでないから不適法であると主張するが、成立に争のない乙第三、第四、第六、第八、第九号各証と原審及び当審に於ける証人山口伊七郎の証言原審証人岡田常太郎の証言の一部とを綜合すると、別紙第一目録記載の農地はこれを政府が一旦買収した上、之れと訴外岡田常太郎所有の別紙第二目録記載農地との交換を指示したものであることが認められるから控訴人のこの主張は採用しない。
(二) 控訴人の買受け申込を無視してなした違法な交換指示であると控訴人は主張するが、買受申込のあつた場合でも自作農創設を適正に行うため特に必要な場合は交換の指示を為し得るのであり、本件がかかゝる場合に当ることは次に説示する通りであるから本主張も理由がない。
(三) 控訴人は本件交換は自作農の創設を適正ならしめるものでないと主張するが、成立に争のない乙第三乃至第九号証並に原審及び当審に於ける証人山口伊七郎原審証人浅田岩吉の各証言を綜合すると、右浅田岩吉は昭和二十年十一月二十三日においては自作地なく、小作地として田六反九畝歩余、畑五畝二十四歩を耕作して居たものであるがその中にはいわゆる不在地主の農地もなく、在村地主の法定地積超過農地もなく、従つて其の儘では同人に農地を買受け自作農となるの途が無いので、豊川村農地委員会は同人を自作農とする為めに本件交換指示をしたものであることが明かである。控訴人の自作農地は現に千五百歩余(外に小作地六百歩)で、浅田岩吉の方は全耕地千五百八十二歩のうち買受けに係るもの千歩余であることは控訴人の自認するところであつて、浅田岩吉が本件農地を買受けるとしても、同人の自作農地面積は未だ控訴人の自作農地面積に及ばないのである。控訴人は自己は専業農家で家族八人であるのに、浅田岩吉は兼業農家で家族四人であるから此の点からしても適正を欠くと謂うが、凡そ耕作農家として適格なりや否やは其の耕作農家が耕作に精進するや否や又其の耕作能力(家族共)を以てしては農業生産力を低下せしむる虞ありや否や等の点によつて決すべきであつて、単に其の農家が団結をなすとか或は家族の人員が少ないとか謂うことで漫然速断すべきでない。農業生産を低下せしめない以上余力を他に利用することは毫も妨げないと謂はねばならぬ。而して原審証人浅田岩吉、原審及び当審証人柏野清左衛門の各証言並に原審に於ける控訴本人訊問の結果の一部を綜合すると、豊川村地方は耕地が少いため小農家の多くは何れも副業をなして生計を維持して居り、控訴人自らも農業の傍ら灸術業を営み居ることが認めらるると共に、右浅田岩吉も副業として大工の職を為して居ることは認めらるるが、浅田岩吉が農業を怠つてこれに精進しないとか、或は家族が少ない上に副業の大工職をして居るために生産力を低下せしむる虞れあるとか、其の他同人が耕作者として不適格であると認むべき証拠はないのであつて、以上の事実を綜合すれば、本件交換の指示は自作農創設を適正に行うために特に必要がある場合に該当するものというべく、控訴人の本主張も亦採用し難い。
(四) 控訴人は本件交換指示を以て浅田岩吉が豊川村農地委員会の補助員たる特殊地位を利用して、右農地委員会と通謀して同人の利益をはかるために為した違法のものであると主張するが、浅田岩吉が右補助員であつたことは同人の証言によつて認め得るが、通謀して其の利益をはかつたものであることは之を認むるに足る証拠はない。よつてこの主張も採用し難い。
(五) 本件交換によつて控訴人は訴外岡田常太郎の小作人となり、同人と浅田岩吉間の不安定な耕作権を継承することになると主張するが、右交換は単に所有権者を変更するに止まり、控訴人の耕作権は従前通り同一地上に同一条件で存続するのであるからこの主張は当らない。
以上説示の如く豊川村農地委員会のなした本件交換の指示に関しては何等違法なく、従つてこれを是認した被控訴人の裁定は適法であり、控訴人の本件請求を棄却した原判決は相当であるから、本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担について民事訴訟法第九十五条第八十九条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 斉藤省一郎 観田七郎 本間才一郎)
(目録省略)