名古屋高等裁判所金沢支部 昭和25年(う)619号・昭25年(う)618号・昭25年(う)617号 判決
原判決は被告人指江虎吉は金沢市泉新町百七番地に本店を有し織機の製作販売等を目的とする株式会社本田式織機製作所の社長として、被告人本田伊佐美は同会社の専務取締役として、被告人有松勝太郎は其の常務取締役として各同会社の経営に携つていたものであるが三名共謀して昭和二十四年三月二十日同会社に於て、同会社の事業に使用していた労働者越村幸治外五十六名を三十日前に予告しないで解雇したのに同人等に対しその三十日分以上の平均賃金を支払わなかつた旨判示し被告人本田伊佐美、同有松勝太郎の原審公廷における供述、被告人ら三名の検察官に対する供述調書、原審証人中村善二、田辺善一郎及び和泉四郎の供述、押収の解雇手当受給明細表一部(証第一号)、協約書一葉(証第二号)及び受領書一通(証第六号)を綜合して右事実を認定した上被告人らの所為は労働基準法第二十条に違反する併合罪であるとして同法第百十九条第一号刑法第六十条第四十五条前段第四十八条第二項を適用して各同判示の罰金刑に処断したものである。思うに、労働基準法第二十条本文は「使用者は労働者を解雇しようとする場合においては、少くとも三十日前にその予告をしなければならない。三十日前に予告をしない使用者は三十日分以上の平均賃金を支払わなければならない」と規定しており、同条の法意は雇傭契約上使用者の有する解雇権の行使により労働者が直面する生活上及び就職上の困難を緩和する為め右解雇権の抜き打的な行使を制限し少くとも三十日前の予告を要することにし、右予告期間を置かない即時解雇には同期間に代る所定の平均賃金支払を命じ、もつて使用者の自己本位な権利の行使から労働者を可及的に保護しようとするにあることが明かであるから右規定の適用あるが為には使用者側の都合による解雇権の一方的な行使が其の前提にならなければならないと思われる。このことは同条但書が「天災、事変、その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となつた場合又は労働者の責に帰すべき事由に基いて解雇する場合においてはこの限りでない」と規定している趣旨から云つても理解せられるところである。故に労働者が其の希望により任意退職する場合は勿論のこと、使用者の事業の前途に見切りをつけた労働者側がその構成する労働組合の有する団体交渉により使用者側と接渉して退職金を協約して合意上雇傭契約を解除する場合には、たとい其の協定にかかる退職金の名目を労働基準法第二十条による平均賃金の支払に藉るとしても同協約金を支払わない使用者の行為が同条違反をもつて問擬される筋合ではない。蓋し、右の場合は同条所定の使用者の解雇には当らないからである。
本件に於て、原判決挙示の前記各証拠を綜合しても被告人らが共謀して原判示日時及場所において当時の全従業員に当る越村幸治外五十六名を解雇した事実を認めうる資料はなく却つて右各証拠に原審が取調べた其の余の証拠を凡べて綜合してこれを検討すれば、被告人らが判示資格において他の重役陣と共同経営に当つた判示会社は事業の開始以来日も浅く経営難に陥り労働者に対する賃金の支払を遅滞した為め昭和二十四年二月頃以降労働争議に見舞われ、いよいよ難局に迫い込まれた結果、重役陣の歩調も乱れ、局面を打解し事業を継続する方途は殆んど絶望となる一面労働者側は産別その他の応援を得て争議を益々熾烈化すると共に会社の前途を見切り未払賃金の外退職金の要求を掲げて会社に迫り其の際団体交渉の相手に廻した被告人本田伊佐美の生産継続の懇願を一蹴し徹宵の交渉により遂に会社存立の生命であり生産継続に不可欠の条件である鋳物、機械設備、工具、木具、その他一切の工場設備資材を従業員の給料立替金及退職金の一部として給付することを約せしめ即時右現品を工場内から他に搬出して換価し全従業員間に分配した事実を認定するに足り右事実を洞察すれば他に反証のない限り株式会社本田式織機製作所と其の全従業員との雇傭契約の終了は会社の解雇によるものではなくむしろ従業員を代表する同会社の労働組合長中村善二の意思に基く契約解除の申入れとこれに対する会社側の承諾とに成る合意解約に因るものというべく、其の際協約せられた退職金が当事者間の錯誤に基き、たとい労働基準法第二十条所定の予告期間に替る解雇手当に当るものとして協定せられたとしても右認定を左右するものでないことは前記説明により明である。
されば原審が他に被告人らの一方的な解雇の意思表示の有無につき審理をしないで、拳示の証拠により漫然と同判示の犯罪事実を認定したのは審理不尽又は事実誤認の違法あるを免れない。論旨は理由がある。