名古屋高等裁判所金沢支部 昭和27年(う)345号 判決
原判決挙示の証拠、就中、本件記録中編綴の、石川県金庫事務取扱に関する契約書謄本の記載に依れば、石川県は、昭和十八年十二月十八日株式会社北国銀行との間に、「石川県金庫事務の取扱に関する契約」と題する合意を取結び、これに基いて、株式会社北国銀行に対し、石川県金庫事務の処理を委託し、且該事務処理の報酬として、毎年金一千円を支払い、なお、支出に妨げなき限度に於ける保管金の流用を承認し、これに対し株式会社北国銀行は、石川県金庫事務の取扱に関する県の諸規程及び県知事の指揮命令に服すること、及び、保管金員につき一定の利息を支払うことを約し、爾来、該契約の趣旨に則り、石川県の金庫事務を処理しているものであることを肯認し得べく右事実によれば、石川県は、株式会社北国銀行に対し、現金の出納事務、すなわち、民法に所謂「法律行為に非る事務の処理」を委託したものであつて、従つて、両者間の法律関係は、民法第六百五十六条所定の、準委任に相当すると解すべきである。かかる契約関係の本質は、当事者の一方が公法人であると、或は、一私人であるとによつて、何等の差異を生ずるものでない。ところで、押収に係る石川県会計規則及び同施行細則と題する印刷物一部(昭和二十五年領第一〇七号第二十六号証)の記載に基き、株式会社北国銀行が、さきの合意に従い、遵守すべき義務を負うところの、石川県金庫事務の処理に関する同県の規程を検討すれば、石川県会計規則第四十四条は、「県金庫は、第十四条の規定による支払通知書を持参したものにつきこれを調査し、支払通知書と引換に現金の払渡をしなければならない。但し、調査の結果左の各号の一に該当するものがあるときは、これが支払を停止することができる。一、支払命令書が到着しないとき、二、支払命令書が支払通知書と符合しないとき、三、支払命令書又は支払通知書の印鑑が出納長副出納長又は廨出納員から送付した印鑑と符合しないとき、四、金額を改ざんした疑いがあるとき、五、汚損して金額等が不明瞭のとき、六、支払の有効期間が経過したものであるとき。」と定めていることを認め得るから、これによるときは、県金庫事務の処理者である株式会社北国銀行は適式の支払通知書を持参した者に対し、叙上の如き形式的事項について調査を遂げ、これ等の要件が完備すると認めた場合、該支払命令書と引換えに、直ちに現金の払渡しを為すべきものであり、該支払の当否につき、実質的な調査を行う義務を負担しないものであることが明かである。従つて、若し、同銀行が、前示形式的要件の完備を確認の上、善意に行つた払出しに関しては、たとえ、後日に至り、該支払の違法不当なものであることが判明したとしても、同銀行は、これによつて蒙つた県の損害に対し、一切其の責に任じないものと解すべきである。しかしながら、さきに述べた如く、石川県と株式会社北国銀行との間の法律関係は、民法に所謂準委任の関係である。受託者は、委託者のため、善良なる管理者の注意をもつて、信義に則り、誠実に事務を処理すべき義務を負担するものである。従つて、株式会社北国銀行は、県金庫事務を処理するに当り、支払の当否について調査の義務を負わないとは言いながら、若し同銀行に於て、偶々、何等かの事由により、支出命令書の記載が虚偽であつて、同命令書中に債権者として記載されている者が、石川県に対し、何等金員の支払を請求する債権を有しない者であることを事前に知つたと仮定するならば、斯の如き場合、北国銀行は、委託者に対する信義誠実義務の履行として、斯る支払の要求を拒絶しなければならぬ立場にあるものである県金庫は、所論のように、一定番号を照合しさえすれば、独りでに開扉する自動式金庫の如き機械的操作をもつて、其の職能とするものでない。また、かく解することによつて、部外の者が県の行政事務に不当な干渉をすることを容認することにもならない。此の解釈を採る限り、たとえば本件に於けるが如く、地方自治団体の廨長及び出納員が、自己の職務に関する内容虚偽の支払命令書及び支払命令通知書を発行し、県金庫事務処理者を其の旨誤信に陥入れ、同人より不正に金員を受領した場合若し金庫事務の処理者に於て、左様な事実を知つていたならば斯る支払の要求を拒否したであろうことが、当然の事理として肯定されねばならぬし、また、斯の如き欺罔を手段とする金員領得の所為は、欺罔による誤信と相当因果関係の範囲内に於て他人の財物を不法に領得したものとして、刑法第二百四十六条所定の詐欺罪を構成するものであるとの結論に導かれねばならぬ。この点につき、大審院は夙に『官吏が自己の職務に関する虚偽の案内支払命令書及び支払命令書を作成行使し、本金庫係員を欺罔して不正に金員を受領したるときは、(中略)詐欺罪として処断すべきものとする。』旨判示しているのである。(明治四十三年五月六日刑録一六輯八〇九頁刑抄録四一巻四一一五頁参照)さて、これを本件について見るに、原判決挙示の証拠により原判示の事実を肯認するに十分であり、該事実に法律を適用すれば、前叙の法理により、被告人等の所為は、原判示法律理由中判示の各法条に該当することが明かであるから、原判決は事実を誤認したものでなく、また法令の適用を誤つたものでない。また、詐欺罪は人を欺罔して他人の財物を騙取することによつて直ちに成立し、該犯罪行為によつて財産権を侵害された者が、果して何人であつたかと言うが如き点について、具体的にこれを判示する必要がないから、たとえ、原判決中、本件犯罪行為による被害者の何人であるかを判示しなかつたとしても、それだからと言つて、原判決の理由に不備もくいちがいも存しない。なお、記録に徴すれば、本件公訴事実中公文書偽造同行使の点は、前記詐欺の罪と牽連一罪の関係にありとして、訴因中に追加されたものであることが明かであり、従つて訴因の変更前に提出された起訴状の中に、該事実の記載がないとしても、これに対して公訴棄却の言渡をなすべきでない。論旨は、いずれも理由がない。