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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和27年(う)532号 判決 1953年1月29日

控訴人 被告人 東仁栄

弁護人 北尾幸一

検察官 宮崎与清

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役六月に処する。

但し此の判決確定の日より参年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

弁護人北尾幸一の控訴趣意は、昭和二十七年十二月九日付控訴趣意書記載の通りであるから、此処にこれを引用する。

原判決挙示の各証拠、就中、原審第三回公判証人尋問調書中証人松下与一の供述記載、同第二回公判調書中証人覚知七郎の供述記載(孰れも原審除外部分を除く)並に、公証人生水乙松作成第六四四二四号公正証書謄本写の記載等を綜合すれば、被告人は織物の製造並に販売を業とするものであつたこと、被告人は昭和二十四年十一月九日、北陸機械工業株式会社との間に、同会社を売主、被告人を買主とし、取引の目的物件を津田式力織機十台、該代金を六十四万円、其の支払方法を、(一)契約締結と同時に買主は売主に対し、内金三十万円の支払いを為すべく、(二)残額三十四万円については昭和二十五年三月末日迄に数回に亘り分割払を為すべきことと定め、且、特約として、代金完済に至る迄は、該織機の所有権を売主に留保する旨の特約を附して、右売買契約の締結を為し、被告人に於て其の頃該物件全部の引渡を受け、これを自己の工場に据付けて織物製造の用に供したこと、昭和二十五年四月七日、被告人は前記会社との合意に依り、公正証書をもつて右代金支払の方法に関する部分を改訂し、代金残額を昭和二十五年十月二十五日迄に分割払すべきことと定め、同時に、敍上の所有権留保約款を再確認したこと、及び、被告人は、前記売買代金中金三十万円の弁済をしたのみで、残代金の支払を為さず、織機の所有権が未だもつて被告人に移転しないものであることを認識しながら、昭和二十五年五月二十日金沢市高岡町西川外吉方に於て、同人に対し、自己の同人に対する極度額金二百万円の債務の担保として、該織機十台を含む前示工場の建物並に備付機械等に対し、根抵当権を設定した上、同月二十三日金沢地方法務局宇の気出張所に於て右登記手続を完了したものであつたことを各肯認するに十分である。弁護人は、「本件織機は売品であつて委託品でなく、所有権留保約款は差押を免れるための仮装行為に過ぎないから、たとえ被告人が代金完済前に該物件を処分したとしても、これによつて横領罪を成立せしめることがない。」と主張し、また、「被告人は期限迄に代金を完済する意思を有していたものであつて、従つて被告人には、不法領得の意思がなかつたものである。」と主張するけれども、前顕の各証拠によれば、北陸機械工業株式会社は、其の製作に係る織機を販売するに当り、代金の完済を受けるに至るまで、独り被告人に対してのみならず、総ての買主に対し、該織機の所有権を自己に留保する営業方針を採用していたものであり、被告人との売買契約に附せられた所有権留保の特約は所論のように、買主が将来債権者より差押を受けるであろうことを予想し、これを免れしめるため、当事者の真意に反して為された仮装行為、すなわち「通謀による虚偽の意思表示」ではなかつたことを認定するに足り、また、前顕の証拠によれば、被告人は履行期迄に本件織機代金を完済し得る確信を有していたものでなく、自己の資力並に能力に依つては、到底履行期迄に該債務を弁済し得る見込がないことを熟知しながら、敢て右の織機につき、敍上のような処分行為を敢てするに至つたものであることを認めるに十分であるから、これ等の点に関する論旨は、いずれも理由がない。ただ、原判決は前記と同一の事実関係を認定しながら、被告人の右所為をもつて、業務上占有する他人の物を横領したものとなし、該事実について刑法第二百五十三条を適用処断しているものであることが判文によつて明瞭であるから、此の点につき、さらに審案するに、凡そ刑法第二百五十三条に所謂「業務上占有する他人の物」とは、「一定の事業を営む者が自己の業務行為として占有する他人の物」を指称すると解するを正当とすべく、苟くも此の限度を逸脱するものはたとえ、該占有関係の存在が、特定の事業を成功に導くにつき、極めて重要な条件を構成しているとしても、これを目して、「業務上占有する他人の物」であるとなすを得ない。この観点よりするときは、織物の製造並に販売を業とする者が、偶々施設購入代金支払の都合上、一時的に他人の所有に係る工場施設を占有使用するが如き場合、其の占有する工場施設は、「業務上占有する他人の物」ではないと言わなければならぬ。前記認定の事実に依れば被告人は織物の製造並に販売を業とする者であつて、他人のため物件を保管することを業とするものでなく、また、同じく前記認定の事実によれば被告人は、所有権留保約款付売買契約をもつて工場施設を購入した結果偶然にも他人の織機を使用保管するに至つたものであり、従つて、該保管行為は、被告人の業務それ自体と、本質的に関連するものでないことが明かである。以上に叙説したような解釈に従う限り、斯る物件を擅に処分した被告人所為は、果してそれが刑法第二百五十二条に触れるや否やの点はしばらくさておき、少くとも同法第二百五十三条に所謂「業務上占有する他人の物を横領したもの」には該当しないと言わざるを得ない。そうして見れば、被告人の所為をもつて、業務上占有する他人の物を横領したものであると認定した原判決は、法令の解釈を誤り、延いて事実を誤認するに至つたものに外ならず、右の誤認は判決に影響があるから論旨は理由あるに帰し、原判決はこの点に於て破棄を免れないものである。

よつて、刑事訴訟法第三百九十七条第三百八十二条に則り原判決を破棄した上、同法第四百条に従い次の通り判決する。

被告人は織物の製造並に販売を業としていた者であるところ、右営業中、昭和二十四年十一月九日金沢市三社五十人町三番丁十一番地所在北陸機械工業株式会社との間に、同会社を売主、被告人を買主とし、取引の目的物件を津田式力織機十台、該代金を六十四万円其の支払方法を(一)契約締結と同時に買主は売主に対し、内金三十万円の支払を為すべく、(二)残額三十四万円については、昭和二十五年三月末日迄に数回に亘り分割払をなすべきことと定め、且、特約として、代金完済に至る迄は該織機の所有権を売主に留保する旨の特約を附して、右売買契約の締結をなし、被告人に於て其の頃該物件全部の引渡を受け、これを石川県河北郡七塚町に所在する自己の工場に据付けて織物製造の用に供し、其の後昭和二十五年四月七日さらに前記会社との合意に依り、公正証書をもつて、右代金支払の方法に関する部分を改訂し、代金残額を同年十月二十五日迄に分割払すべきことと定め、同時に叙上の所有権留保約款を再確認した。しかるに、被告人は、代金中三十万円を支払つたのみで、残額三十四万円の支払をなさず、従つて前記織機の所有権が未だもつて被告人に移転しないものであることを認識しながら、同年五月二十日金沢市高岡町下藪の内三番地の一織物間屋業西川外吉方店舗に於て、同人に対し、自己の同人に対する極度額二百万円の債務の担保として、かねてより所有者北陸機械工業株式会社のため、その依嘱によつて占有中の、前記織機十台を含む叙上工場の建物並に備付機械等に対し、根抵当権を設定した上、同月二十三日石川県河北郡宇の気町所在金沢地方法務局字の気出張所に於て、これが登記手続を完了し、もつて前記織機十台を横領したものである。

右事実認定の資料は、原判決挙示の証拠と同一であるから此処にこれを引用する。

法律に照すに、被告人の判示所為は、刑法第二百五十二条第一項に該当するので、所定刑期範囲内に於て被告人を懲役六月に処すべく、但し諸般の状況に鑑み、刑の執行を猶予すべき情状ありと認め同法第二十五条に従い、此の判決確定の日より参年間右刑の執行を猶予すべく、訴訟費用の負担につき、刑事訴訟法第百八十一条を適用し、被告人をしてその全部の負担をなさしむべきものとする。

よつて、主文の通り判決する。

(裁判長判事 吉村国作 判事 小山市次 判事 沢田哲夫)

弁護人北尾幸一の控訴趣意

原審裁判所は昭和二十七年十月二十三日に被告人に対し有罪判決を為したがこれは事実の認定に誤謬がある。

第一、本件織機はあくまでも売品であつて委託品ではない。

昭和二十四年十一月九日北陸機械工業株式会社を売主とし被告人を買主として津田式力織機十台を代金六十四万円で売買契約を締結し被告人に於て該織機十台の引渡を受け本件が告訴されるまでには残金十八万円を残して金四十六万円也を入金しているのである。

右は明白なる売買契約であり従而織機は明白に売品である。而して右売買契約以後は所有権は被告人のものであり之を如何に処分するも被告人の自由と解す。かくの如くであるならば横領罪の成立する余地はない訳である。然るに原審判決は本件売買契約の際口頭を以て代金完済に至るまでは該織機の所有権は売主たる同会社に保留する旨の特約が存したと称し及び其後昭和二十五年四月七日被告人と前記会社との間に公正証書を作成し分割払の契約をなしたが其の際前記所有権留保を為したことをあげ、即ち上述の如く所有権留保中の物品換言すれば他人の委託物品を被告が占有していたと認定した。これは条理と慣行を無視し単なる売主の代金取立手段の形式面のみを重視した誤つた認定である。

第二回公判に於て上記会社の社員たる覚知七郎は、(問)(32)証人の会社は物品を返還させるのが目的でなく現金を回収するのが目的でないか。(答)所有権を留保するというのは代金の完済をなさす為のものです。と述べ、第三回公判に於て上記会社側証人松下与一は、(問)(7) 契約書には代金支払方法については記載してありますが織機の所有権が何時移されるとも書いてない様ですがどうか。(答)契約書に書いてありませんが織機の所有権の移転は代金が全部完済されるまで致しません。(問)(18)代金を完済しなければ所有権を移転しないということは常道に反すると思はないか。(答)契約時には契約書に記載されてある丈の契約をなしたかも知れません。処が其の記載されてあることが履行されなかつた為公正証書に記載されてある様に移転の時期を定めたのでないかと思います。(問)(19)事業が不況で払えない場合単価に充当する分丈代金を支払へばその分丈の機械の移転がなされるのでないか。(答)支払われた丈に充当する械機の所有権が移転されます。(問)(20)北陸機械は契約書に記載されてある機械は東仁栄に売つたのでないか。(答)はい売つたものであつて預けたものでありません。(問)(21)代金取立の確保の為に公正証書を作成したのでないか。(答)はいその通り相違ありません。(問)(26)一部の代金が支払われない場合機械は全部返さなくてはならぬのか。(答)時と場合により変ります。と述べ本件の物品は上述所論の如く本当は所有権を留保した委託品はでなくしてあくまでも売品であり契約と同時に所有権は被告人に移転したものであることは双方暗黙の了解済なることは明瞭である。従つて本件物品を委託品と解し被告人がこれを抵当に附したることを以つて他人の物品を勝手に処分したものと認定したことは形式にとらわれて真実の検討をなしたものではない。法律に優先するものは条理であり常識である。原審の認定は誤りである。同じく第三回公判に於いて証人角島源治は、(問)(7) この様な場合代金債務が残るということが普通ではないか。との問に対し「そうです。」と答えている。これが慣行であり常識である。

第二、被告人に犯意なし。被告人は一件記録に明白なる如く時代の犠牲者として多額の債務を負いしかも其の中から告訴人たる前記会社に対し入金に入金を重ねている。もう少し期日を猶予してやれば完済する筈である。被告人を以つて不法領得の犯人を以て論じ去ることは妥当ではない。あくまでも犯罪の証明充分なる事件ではない。

如上の諸点より原判決を破毀して被告人に対し無罪の御判決を希う。

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