大判例

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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和28年(う)12号 判決

原審検察官によつて起訴状の恐喝を強盗に訴因並に罰条を変更された事実は被告人は昭和二十六年十月二十日頃宇奈月方面に出発するに際し西村和彦に対し起訴状記載第一事実の如く暴行を加えたので同人が被告人に畏怖しているのを奇貨に同人より洋服等を強取せんことを企て右同日長さ約一、五米直径約一糎の竹の棒を携えて前記第十六寮第七号室に到り一人病臥していた西村和彦の枕元に右竹棒を置いて坐り込み右西村に対しお前洋服を持つておるか、持つて居れば城端迄行つて明日帰るまで貸せと申し向け応じなければ所携の竹の棒で再び暴行を加えかねまじい態度を示して同人を畏怖せしめ因つて同室の押入に保管して居た同人所有の紺色背広服上下一着及びチヨコレート色革製短靴一足を強取したと云うのである。

そこで原審が取調べた諸般の証拠を検すると、被告人は昭和二十六年十月十七日頃起訴状記載の岐阜県大野郡白川村小白川地内関西電力株式会社成出発電所の工事請負人佐藤工業株式会社成出出張所飯場の土工に雇われ同飯場第十六寮に止宿したが、同日夜隣室の土工西村和彦が被告人の草履を穿き違えたことに立腹し起訴状記載第一の如く一寸角、長さ三尺位の杉棒で同人の後首の辺を殴打したことがある為め、西村は被告人の乱暴な性状に畏怖と警戒の念を有していた事実、同月二十日早朝被告人は他の仲間の者に誘われ宇奈月方面の工事場に移動すべく右飯場を出奔することを計り偶々被告人の服装が整わなかつたことから隣室の前記西村が紺の背広服の上下を所持することを知りこれを奪つて着用して行こうと考え右隣室の前の物置場にあつた俗にすゝ竹と云う直径一糎位長さ四、五尺の竹棒を携えて隣室に入り、偶々前日手を捻挫して仕事を休み独り横臥していた西村に対し、二三日城端へ遊びに行つて来るから背広を貸してくれと申し向け、かねて被告人に畏怖を感じている西村が被告人の要求を拒めば、再び所携の竹棒で殴られるものと推察して畏怖し背広服の所在を被告人に教え暗黙裡に被告人の申出を承認したのを奇貨に押入を開いて自ら背広を取り出し、尚おその際同人所有のチヨコレート色の革製短靴を発見するやこれも貸してくれと申し向けて同様これも押し入れから取り出し、同人の面前で背広に着替え自己の服装を同室に脱ぎ捨てたまま立ち去つた事実が認定される。

右事実によると、被告人は西村和彦が被告人の性行と所携の竹棒とを照らし合わせ被告人に背広や靴を貸さないと云えないと云えば竹棒で殴打されるかも知れないと畏怖しているのを利用して同人所有の前示物品を強いて貸借名下に自己に交付させる犯意があり、その犯意を実現したものと見るべき証明は十分であるが、その上更に被告人に強盗の犯意即ち西村和彦の反抗を抑圧し意思の自由を剥奪するに足る高度の脅迫行為をもつて目的物を強取する犯意を断定すべき証憑は十分でないものと云うべきであつて、むしろ被告人が「城端へ遊びに行つて来るから二三日背広を貸してくれ」と申し向けた言葉は被告人に対する相手方の畏怖状態を幾分でも緩和せしめ目的物の交付を若干の自由意思によらしめようとの策省略に出たものと推認し得ないでもないから被告人に強取の犯意を認定するのは本件証拠の限界を行過ぎたものと云わなければならない。故に右訴因を是認し強盗の事実を認定した原判決は罪となる事実を誤認したものであり論旨は理由がある。

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