大判例

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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和28年(う)124号 判決 1953年6月25日

控訴人 被告人 新橋嘉助

弁護人 大橋茹

検察官 宮崎与清

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役八月に処する。

但し裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。

理由

弁護人大橋茹の論旨は同弁護人提出の控訴趣意書に記載する通りであるからこれを引用する。

論旨第一点について。

しかし原判決の判示するところは被告人は昭和二十三年春頃原審相被告人服部嘉市と共謀の上被告人が福井県吉田郡上志比村農業協同組合長として業務上保管中の政府還元配給米三十五俵を他の目的に流用処分することを企図し同年中判示の如く処分して右政府米三十五俵の横領を遂げたというのであるから原審は判示個々の領得処分を包括した一個の犯意実現行為により成立する一個の横領罪を認定したものであることは明瞭である。故に個々の処分行為の数に応じた横領罪を認定すべきものとの主張を根拠とする所論の否なることは説くまでもないところである。

論旨第二点について。

しかし原判決挙示の証拠によれば判示日時福井県高志地方事務所長より同県吉田郡上志比村長宛の判示政府米還元配給の指示に基き同村助役として村長を補佐し判示農業協同組合の保管する政府米七十五俵の適正配給の任務を負うた原審相被告人服部嘉市と、右協同組合の長として現実に右政府米保管の責に任ずる被告人とが相通謀し右の内三十五俵を配給外の目的に領得処分することを計画、実行した事実を認定するに十分であり、これにより業務上横領罪の成立することは当然である。故に原判決には所論のような事実誤認の違法はなく論旨は理由がない。

論旨第三点について。

仮に上志比村長を補佐し本件政府米の適正還元配給の職権を有した所論服部嘉市が同職権に伴い同様村長を補佐する地位において右政府米に対する占有権をも取得したものと措定しても、現実に同政府米を業務上占有保管する被告人独自の法律上の地位並に責任には何らの影響を及ぼすものではない。従つてこの場合原判決が右服部嘉市には業務上占有の身分がないものとし、被告人のみに対し同身分を認定して業務上横領罪に問擬したからと云つて、何らの不利益を被告人に及ぼすものではなく又判決に影響する事実の誤認、法令の適用の誤りなどの違法を犯すものではない。論旨は理由がない。

論旨第四点について。

本件は当初原審において起訴状の背任罪の訴因に基き有罪の認定を受け懲役八月執行猶予三年の判決があつて被告人のみが控訴し、当庁において控訴の理由を認めて原審に差戻したところ、原審において業務上横領罪の訴因が予備的に追加せられた結果改めて原判決は同訴因に基き被告人を有罪として懲役十月二年間刑執行猶予の処分をしたものである。しかしこのように当初の第一審判決を不服として被告人のみが控訴した事件において控訴審の判決が被告人の控訴理由を認めて原審に差戻したのに、差戻し後の判決で、差戻し前の判決の刑よりも重い刑を言い渡されるということになると、被告人は控訴審における審判の結果によつて間接に不服を申立てていた第一審の判決(差戻前の判決)よりも重く処罰されたこと即ち、控訴をした為めに控訴をしない場合より刑が重くなつたということになり、刑事訴訟法第四百二条の不利益変更禁止規定の精神に背反するものと云わなければならない。そしてこのことは差戻しの前と後の両判決で有罪の基礎となつた訴因が同一であると否とを問わないものと認められる。最高裁判所昭和二十七年十二月二十四日大法廷判決は旧刑事訴訟法において上告審から差戻された控訴審の前後両判決が有罪の訴因を同一にする場合の両者の関係に関するものであるが、法理は本件の場合と同様であると云わなければならない。そこで、原判決はこの点で判決に影響を及ぼす法令の違反があり破棄を免れないから原判決の量刑不当を主張する本論旨は結局理由があることに帰する。

よつて刑事訴訟法第三百九十七条第四百条但書を適用して原判決を破棄し当裁判所において被告事件につき次の通り判決する。

原判決が挙示の証拠により認定した事実に法律を適用すると被告人の所為は刑法第二百五十三条第六十条に該当するから所定刑期範囲内で被告人を懲役八月に処し諸般の情状に鑑み同法第二十五条を適用して主文の期間同刑の執行を猶予する。

そこで主文の通り判決する。

(裁判長判事 吉村国作 判事 小山市次 判事 沢田哲夫)

弁護人大橋茹の控訴趣意

第一点一、原判決には理由不備の違法がある。即ち、原判決には其理由に於て、翌二十三年春頃被告人両名は前記三十五俵を擅に他に流用処分しようと共謀し、同年中被告人服部に於て同村山王の村役場等で内十三俵を一俵半は自ら自家用として持帰り四俵は役場用に保有し、その余の七俵半を福田一馬他十名位に夫々売却し同じ頃被告人新橋に於て爾余の二十二俵を同村山王の右組合事務所等で吉田幸太郎他十名位に夫々売却し以て前三十五俵の横領を遂げたものである。

と判示し、刑法第二百五十三条第六十条を適用したのである。

二、しかし、本件の三十五俵の米は上志比村農業協同組合倉庫に保管されていたものであることは記録上明白であり、又被告人新橋が右組合長として業務上之を保管していたものであることを原判決は認定しているのである。従つて、被告人等が現実に右米を処分した時即ち倉庫から米を持出し又は持出すことを係員に命じた時に不法領得の意思は発現したものであると云わねばならない。而して其の意思の実現せられたことを判示しなければならない。大審院大正十二年(れ)第九〇六号大正十二年六月二十九日第一刑事部判決、判例集第二巻六〇一頁以下。

然るに原判決は被告人両名が共謀した即ち横領を決意した日時を判示するだけで進んで横領の具体的事実が敢行された日時数量等を明確にしていないのである。蓋し単一罪でない限り併合罪の適用を受くることは当然であるから犯行の日時及び犯行の内容は明示されねばならないからである。詳述すれば原審審理の結果では未だ必ずしも明確であるとは云えないが原判決の援用する証拠によれば一応左の通りであることが首肯出来る。

(イ)服部が十三俵を昭和二十三年九月頃役場に引取り内四俵を役場用として残し他の九俵を原判決摘示の人々に分配したものであり

(ロ)新橋は昭和二十三年五月頃五俵を組合職員に分配し残り十七俵を其後順次中野竹蔵に五俵、福島魚屋に一俵田中魚屋に一俵、多田志右衛門に三俵広部粂一に七俵を夫々売却したものである。

三、さうだとすれば「同年中」とのみ判示し何時どれだけの米を何人に渡して不正に処分したのか具体的に横領行為の内容を明にしていない原判決には理由不備の違法があり併合罪の規定を適用しない違法があるので破毀を免れないのである。

第二点一、原判決には重大な事実の誤認がある。即ち

(イ)原判決は村長が七十五俵の内四十俵の配給を終え残り三十五俵の保管を農業協同組合に委ねていた事実を認定した。即ち被告人は右組合長として右保管の業務に従事していたと認定したのである。

(ロ)服部嘉市は村助役として、村長を補佐し村長の職務を代理していたものである。差戻の御裁判所の判決第二点に対する判示御参照。

(ハ)被告人は右服部助役から指図があれば其指示に従う出荷の義務がある。之が保管の趣旨である。

(ニ)右三十五俵の内十三俵は服部助役の指示に従つて役場に引渡したのである。

原判決の援用する服部嘉市の検察事務官に対する供述調書第一項には「夫れで昨年の五月頃新橋組合長に降雹米の残り三十五俵の内十三俵は役場の職員にやり度いと思うと話した処組合長は夫はよかろう云々」とあるが、右は十三俵を引出した同年九月の約四ケ月前のことであり被告人としては村長又は助役の指図があれば当然引渡すべきで之に反対し又は之を拒否する理由はないのである。従つて右供述調書の記載は被告人が十三俵を横領し服部に供与し、又は両名共謀して横領する謀議とみるべきでなく単に服部から所謂話を聞かされたに過ぎないものとみるべきである。従つて、検察官の第一回の起訴状にも右十三俵は服部の単独犯行として掲げ第一回の訴因変更(昭和二十五年四月十四日陳述)に於ても第一として服部の単独犯行として第二の分を二人共謀として掲げているのである。即ち十三俵は服部の単独犯行と認めていたのである。

要之右十三俵は右組合の書記で倉庫主任をしていた吉田進が服部助役の指示に従つて役場に引渡したものである。(吉田進の検察官に対する供述調書第一項第二項)従つて被告人としては組合長として其責を問責されるならば格別(原審公判に於ける被告人の供述)服部の処分した十三俵に付き横領の責を負うべき理由はないのである。

(ホ)二十二俵については組合職員に分配した五俵については暫く措き十七俵は前述の如く広部粂一等五名に転売したのであるが、其は被告人の検察事務官に対する供述調書第三項に明記する通り山間部と平坦部との供出割当の不均衡を是正する為め各関係官庁と懇談する費用に充つる為め公価格と転売闇価格の差額を利得せんとしたのである。右費用の使途については差戻前の第一回公判(昭和二十四年三月三十日)に弁護人から提出した領収証昭和二十二年九月三十日附一金一万二千二百五十円の領収証及同九月三十日附二万四千円同八月二十一日附一万九千六百五十円昭和二十三年三月十六日附一万九千九百円の各領収証の存在並に右領収証に村長山田の認印のある事実によつて明白である。

(ヘ)原判決の援用する原審に於ける証人山田幸太郎(第八回公判調書に編綴)の証人訊問調書には「左様です、還元米の指図書は村長宛になつており農協としてはその指図書が来ると爾後その村長の為め保管することになるのです。

もし村に倉庫の設備があれば指図書が来ると同時にその村の倉庫へ入れ村長は農民に分配するのが筋合ではありませんか左様です指図書がくれば村長又は村長の指定するものに引渡してよい訳です」とあつて、本件の米は村長の為めに保管していたので村長又は助役の指図があれば処分が出来るのであり、本件の処分は村民が負担すべき金円に充当する為めに処分したのであるから例えば村長が建築資金に使用すべく受領した金円を村の他の経費に流用したのと同一型をなすもので横領罪は成立しないのである。此点につき大審院大正三年(れ)第一、四四六号大正三年六月二十七日第三刑事部判決判例抄録第五八巻七、二八二頁を引用する。

(ト)或は政府の指定した降雹損害補填以外の目的に使用し指定された以外の者に売渡したことが違法であるという議論は一応首肯されるが此為めには被告人は直ちに横領罪は成立しない。蓋し此事実は村長又は助役が其委任された範囲外の処分をしたことに帰するので七十五俵の配分方を村長宛指図した以上一応村長の占有保管に託され之を現実に被告人は組合長として保管するもので恰も倉庫証券の所持者と、倉庫業者の両者が共に占有しているのと同様である。大審院大正七年(れ)第二六二四号大正七年十月十九日第三刑事部判決判例抄録七八巻一〇、〇二二頁以下、右指図によつて占有を始めた村長に代つて服部が処分したものである。而して服部助役は村長に代つて配分事務を司つていたことは原判決の認定する処であり差戻の御裁判所の御判決に明示される処である。さうだとすると、村長の所有に帰した米を其代理人が処分するので何等差支なしと思惟し右米の配分によつて利益を受くべき村民から金で徴収するか手元の現物の米を処分して之に代えるかに過ぎないと思料し闇売をし其差金で村民の負担すべき支払に充当した本件の処分については被告人に横領の犯意がなかつたとみるべきである。尤も食糧管理法違反の罪責を負うべきことは当初から被告人の認めて争わない処である。

二、如右事実を綜合すると原判決には服部の直接役場に引取つた十三俵、並に被告人が業者に売却した十七俵については少くとも事実の誤認があると思料するに足る顕著なる事由があると云わねばならない。

因に被告人は五千円山田村長は一万円を各私費を出金して、前掲十七俵の換価金(公との差額)を加えて接待費に充当したことは記録上明であり差戻前の第二回公判に於ける山田村長の証言によれば村の機密費(接待費)は僅に三千円であつたこと、同額では到底其費用の一部を償うに過ぎない状態であつたこと、並に村長の決済によつて三十五俵は役場の非常米として残して置いたもので何れかの時期に右様趣旨に使用される運命にあつたものである。依つて原判決には右重大な事実の誤認があるので破毀されるべきである。

第三点一、原判決は被告人新橋のみが業務上本件米を保管し相被告人であつた服部嘉市は何等保管に関する権限がない旨を判示したのである。即ち原判決は法令の適用に於て服部に対し刑法第六十五条を適用し事実摘示に於て被告人両名が共謀三十五俵を横領した旨を判示しているからである。

二、しかし右服部は上志比村助役として勤務していたこと、助役は村長を補佐し村長の職務を代理していたものであることは差戻の御判決に弁護人の控訴趣意第二点に対する判断として判示せられる処である。

三、而して本件の三十五俵の米に対しては、既に村長の所為に移されたのであるから村長と被告人とは共に保管占有していたものである(第二点に援用の大審院大正七年(れ)第二六二四号判決)従つて被告人服部も村長に代つて保管の責に任じていたものであるから被告人のみに業務上保管の責が帰し、服部を業務上保管の責に任じないで単に被告人の業務上横領に加功した旨を判示した原判決には重大な事実の誤認があるか法令の適用を誤つたか理由不備の違法あるに帰し破毀を免れないのである。

第四点一、原判決は被告人に対し懲役十月を科したのであるが仮りに被告人に対し有罪の御判決を下されるとしても助役服部嘉市より重い刑に処せられる理由はないのである。

二、何となれば

(1) 本件の三十五俵の米は何れも助役服部の指図出庫票によつて持出されたことは吉田幸太郎の証言によつて明かである。

(2) 被告人は農恊の組合長で全面的責任者であるが具体的に持出す場合被告人は直接関係なく助役服部の指図書により組合書記が払出したものである。

(3) 従つて服部が役場に引取つた十三俵については直接関知せず其他の二十二俵中、十七俵は村の為めに資金を得る為売却したのである。従つて利得者は上志比村若くは同村民である。其の他の五俵も職員の超過勤務に充当した(代金は勿論納入済)もので何等私利を目的としていない。

如右事情を綜合すれば服部に比し犯情極めて軽く少くとも服部より重く処断される理由はないからである。此趣旨に於て差戻前の第一審判決に於ては被告人に対してのみ執行猶予の判決をされているのである。

三、然らば原判決には量刑不当の違法があつて此点に於ても破毀を免れないのである。

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