名古屋高等裁判所金沢支部 昭和28年(う)400号 判決
弁護人Aの論旨第三点、同Bの論旨第三点、同Cの論旨第一点乃至第五点について。
原判決の挙示する証拠を綜合すれば、原判示第一、第二の各事実、すなわち、「被告人は昭和二十七年十月一日施行の衆議院議員選挙に、同年四月頃既に福井県より立候補する決意を有し、同年九月五日立候補の届出をした者であるところ、自己に当選を得る目的を以て、選挙運動費用並に運動者に対する報酬等の資金として、第一、いずれも右立候補届出前である原判示の頃、亀井長兵衛に対し、二回に亘り、現金合計十二万円を、山田明に対し、二回に亘り、現金合計六万円を、それぞれ原判示の如く供与し、第二、いずれも原判示の頃、亀井長兵衛に対し、現金五十万円を、西島貞三に対し、六回に亘り、現金合計百万円を、それぞれ原判示の如く供与したものであること。」を肯認するに十分である。弁護人は、判示第一の事実につき、「被告人は、当時、いまだもつて、特定の選挙に立候補すべく、その決意を固めて居らなかつたものであり、講演会、座談会等に於けるその行動は、瀬踏み乃至地盤培養の域を超えるものでなく、従つて、被告人の所為は、選挙の準備行為であるとしても、投票の獲得を目的とする行為、すなわち、選挙運動ではなかつた。」と主張するけれども、しかしながら、被告人が既に昭和二十七年四月頃から、衆議院議員の次期の総選挙に際し、福井県より立候補する決意を固めて居たものであつたことは、山田明に対する検察官作成昭和二十七年十月九日付供述調書謄本中「井手さんが福井県から衆議院選挙に立候補するであろうことは、本年四月頃から既に知つて居た。その頃議会は何時解散されるかも判らない情勢にあつて、仮に解散がなかつたとしても、議員の任期満了に伴う総選挙が判つて居たのである。」旨の記載、浜野碩太郎に対する検察官作成同年十月十七日付供述調書謄本中「昨年十一月初頃高浜町に井手君の後援会結成式が高浜小学校で開催されたが、其の前日井手君が突然自分方を訪れ、結成式に来賓として出席する様自分に勧めた。勧めに来た時次の選挙には立候補する意思を漏していた。」旨の記載、松本吉次に対する検察官作成同年十月十日付(第二回とある分)供述調書謄本中「五月頃小浜市海老喜料理屋で浜野、亀井、佐久間、武長、井崎、山田等井手先生を支持する人達が集つて選挙運動の方針をお互に話合つた。其の当時は、もう既に井手先生が出られることは、判然していたので、井手先生を真剣に応援する人が集まり、相談し合つた。」旨の記載、同人に対する検察官作成同年十月十四日付(第五回とある分)供述調書謄本中「自分は今年五月上旬頃井戸方で井手先生から直接次期総選挙に出馬されると言う決意を聞き、先生を応援しようと言う気持になつた。」旨の記載、亀井長兵衛に対する検察官作成昭和二十七年九月二十五日付供述調書謄本中「昨年暮頃から井手さんが話をされる折は、立候補したい様子があらわれていた。本年六月下旬井手さんから電報でベストをつくす覚悟だと言うことを申して来たので、いよいよ次期選挙に立候補する決意をあらたにしたことが判つた。」旨の記載を綜合すれば明瞭にこれを認定することが出来るし、被告人が敍上のような決意に基き、来るべき総選挙に際し、自己に投票を獲得する目的の下に、講演会、座談会等を開催したりした上、参会者に茶菓、弁当等の飲食物を提供したり、或はこれ等会合の世話人に酒食を提供したりする費用に充当費消されるものであることの情を知りながら、又は、各種名簿の調製、細胞の人選、細胞との連絡、会合の連絡等、選挙工作に専従する者に対し、報酬として支払われるものであることの情を知りながら、亀井長兵衛、山田明に対し、原判示の通り、四回に亘り合計十八万円の金員を供与したものであつたことは、亀井長兵衛に対する検察官作成昭和二十七年十一月一日付供述調書中「選挙になる前井手さんから六月下旬七万円、八月中旬五万円を受取つているがこの金は井手さんの為に色々な支払をする目的で送つて来たと思う、その支払と言うのは、後援会を作るために会合したり、又人を集めた時の飲食代、その他井手さんがこちらへ来た時乗つた自動車代などである。後援会を作る準備のことは井手さんも十分に承知していた。」旨の記載、同人に対する検査官作成同年十月三日付供述調書謄本中「本年七月初頃松本から七万円受取つた。此の七万円は松本が井手さんから預つて来たものである。井手先生のために従来色々と金が出て居て、自分がそれを立替えていることを井手先生はよく知つて居たので、其の費用に当てるため届けてくれたのである。その費用の中には、井手先生の自動車賃、料亭での飲食費、後援会の会合飲食費等があることは井手先生はよく知つて居られたと思う。八月中旬頃五万円を井手先生から自分方で受取つた。これも、『色々雑用が要り、貴方に迷惑を掛けているが、これ丈受取つておいて呉れ』と言う話から貰つたのである。その時確か井手先生にさきに貰つた七万円の使途を話した。それで後から貰つた五万円についても、井手先生の為に色々運動をして呉れる人々が催す後援会での酒肴の費用にも充てられることは、先生はよく知つていると思う。若し井手先生は、先生のみが使われた費用にする心算であり、会合の費用は支払う心算でなかつた等と言われると、自分としては非常に心外に堪えない事になる。井手先生にしても、当然自分の為に骨を折つて呉れている人々が、外の人を集めて酒肴を出して居ることは判つて居られるから、そんな野暮な事も申されまいと思うが、万一『そんな費用迄出す考えで、金を渡したのでない』と言われるのなら、自分がそれ丈の金を負担する。」旨の記載、山田明に対する検察官作成同年十月九日付供述調書謄本中「井手さんが立候補する迄の準備運動としていろいろな事があつた。その主なものを言うと五月十五、六日頃小浜市の海老喜に関係者が会同した。自分は敦賀郡及び市、武長は三方郡、佐久間は大飯郡、井崎内藤は遠敷郡、小浜地区は三つに分れ、浜野が総責任者、松本、井戸が西津を担当することに会同前決まつており、それで我々は第一回の会同をした。この種の会同は六月、七月それぞれ同じ小浜で開いた。五月の会同に出席した際自分は選挙の手引と云うパンフレットを持つて行き皆に配つた。それから選挙人名簿を作ろうと話が出て、六月の会同までに持寄ることに決め、今後の会同に座長として松本を選んだ。五月の会同が終つて松本は商用を兼ねて上京し井手さんに逢つている。これは井手さんが、一月頃から各地で色色な会同をしているのに拘らず、その経費を払わないので、地元の者が負担し困つて居たのでそれをどうする心算か、また今後事前運動をやるにしても経費が要るが、それを井手さんが出して呉れるかどうかを確めに行つたのである。其の後同じ様な問題で井崎も上京し、自分もまた上京のついでに井手さんに会つて奔走した。五月末頃井手さんから現金で五万円受取つた。此の金の使途は明細書五月分に記載の通りであるが、この時芝原に五千円手当として渡した。芝原は今度の選挙に連絡員として傭入れた者である。七月に入つて井手さんから電報為替で三万円送つて来た。」旨の記載、同人に対する検察官作成同年十月二十二日付(記録第四〇四丁以下の分)供述調書謄本中「芝原省七は自分と学校友達でありよく知つている。井崎から頼まれ、立候補準備の工作を色々計画したが、それにいて手足になつて働いて貰う連絡書記が必要であつたので、本年五月上旬頃話したら芝原が承諾した。使う以上ただ働かす訳に行かぬので、毎月多少の手当を出すこととし、五月は五千円やり、六月になつてから七千円にしてくれと言うのでそうした。六、七、八の三月は七千円宛与えた。芝原は井手さんの選挙準備のため雇い上げた者であるが、自分一存でやつたものではなく、井手先生の許に芝原の履歴書を送り、井手先生の承諾を得て使つているのである。五月から立候補迄の芝原の仕事と言うのは、県下の神社仏閣の所在、代表者等の名簿、敦賀郡市の選挙人名簿の調製、押収されている細胞表にある人々の人選及びそれ等の人に対する連絡、井手先生が来られ、後援会、座談会等がある時召集する人達の処への連絡、井手先生同夫人が有志の処へ挨拶に行く時の案内、或は粟野、東浦等郡部へ行つて選挙人名簿を作らしたり、又郡部の担任者に対する連絡と言うような仕事をさせた。」旨の記載、同人に対する検査官作成同年十一月十四日付供述調書謄本中「井手さんから五月下旬頃小浜の市会議員松本さんを通じ受取つたのが現金で三万円、八月四日東京の井手さんから電報為替で送つて来たのを受取つたのが三万円、合計六万円になる。前に五万円と言つたのは記憶違いで只今申した様に三万円であつたと思う。」旨の記載、被告人に対する検察官作成同年十月二十五日付供述調書(第四回とある分)中「後援会、地区連絡会の費用は余裕があれば支払つても良いと思つていた。連絡会議で折詰位で会食する費用及び交通費などは支払われても差支ないと思つていた。この地区連絡会議は、海老喜で行われたものと思つている。自分も七月中一回此の地区連絡会議に出席したことがある。後援会発会式の時に折詰と瓶詰の酒が出て居り、其の第一回は昨年十一月高浜で様子を見て知つている。此の時佐久間は自分のところだけだと話して居た。其の後今富、鳥羽、野木などでも同様折詰、酒が出た。これは困つた事だと思い、何れ自分にも此の費用がふりかかつて来るのでないかと考えたので、費用の問題は誰にも話さず触れない様にしていた。いずれ亀井が費用の支払いについて責められているのでないかと思つていた。山田に送つた金の使い先は、第一は新聞記者を招待した費用、第二は熊谷県議外数名と会食した費用、第三は芝原を有給秘書として雇入れた月給、第四は自動車賃其の他諸雑費などであつた。芝原の仕事は自分が敦賀へ行つた際、スケジユールをくんだり、随行したり、自分の代理で各種の冠婚葬祭に出席したり、各種会合の情報を取つたりする事であつた。改進党支部の結成を目ざし、会員獲得の仕事もあつた。然し実際は山田が使つていたので、具体的にどういう事をさせたかわからぬ。」旨の記載を綜合することによつて、優にこれを認定するに足る。而して斯る行為、すなわち、次期衆議院議員総選挙に際し、福井県より立候補する決意に基き、前記認定の如き費用に、充当費消されるものであることの情を知りながら、又は、前記認定の如き者に対し、報酬として支払われるものであることの情を知りながら、立候補届出前である原判示の時間に、敍上認定の如く他人に対して金員を供与する行為は、公職選挙法第百二十九条に所謂法定期間外に選挙運動を為したるものに該当すると言わざるを得ないから、原判決は事実を誤認したものでもなければ、法令の解釈を誤つたものでもなく、弁護人の敍上の主張は其の理由がない。これ等の金員は、敍上の如き用途に費消せられることのみを目的としたものでなく、自動車賃、自動車修繕料、電話料、滞在費等の諸支払にも充当すべく、これを供与せられたものであつたことは、敢て論旨に俟つ迄もなく、原判決挙示の証拠より、容易にこれを看取するに足るけれども、しかしながらまた、証拠に依れば、前記の金員は、これ等諸般の用途に支出すべく、その都度一括不可分の行為をもつて、供与せられたものであり、用途を異にするに従つて金員を分割し、別個の行為をもつて供与されたものでないことが明白であるから、斯る事情の存在は、前記の如き認定をする妨げとなるものでない。
(裁判長判事 水上尚信 判事 成智寿朗 判事 沢田哲夫)