名古屋高等裁判所金沢支部 昭和29年(う)225号 判決
しかしながら、原判決挙示の各証拠を綜合すれば、原判示第一乃至第四の各事実、すなわち、被告人が、いずれも原判示趣旨の下に、(第一)昭和二十六年八月頃川淵克己から現金二千円を受領し、(第二)昭和二十七年四月下旬頃島田外男から、時価約二千三百円に相当する畳表一束を受領し、(第三)同年五月中旬頃中谷忠三郎から代金三千円相当の酒食の饗応を受け、(第四)同年八月初旬頃永井権勝と共謀し、余川信一から現金二万円を受領し、もつて、富山県技術吏員たる自己の職務に関し、賄賂を収受したものであることを肯認するに十分である。弁護人は判示第一事実に関し、「被告人は、川淵克己より高藤みつを介し、本件金員在中の封筒を受領した際、該封筒中に金員が入つていることを知らず、帰宅後内容を被見し、はじめてこれを知り、日ならずして右金員を川淵に返還したものであつて被告人に収賄の犯意がない。」旨主張するけれども、川淵克己に対する検察官作成各供述調書の記載、いずれも原審第三回公判調書中証人川淵克己、証人高藤みつの各供述記載等を綜合すれば、(一)川淵克己は、嘗て、被告人の監督する工事に、人夫として稼働したことがあり、被告人とは顔見知りの間柄であつたこと、(二)被告人は昭和二十六年七月頃富山県氷見土木出張所の工務課長となり、原判決冒頭認定の如き職務権限を有するに至つたこと、(三)偶々其の頃右川淵克己は、同年十月頃着工予定の、富山県直営仏生寺川堤防工事氷見土木出張所所管に関し、一部工事の下請又は人夫の世話役等、何等か有利な仕事をさせて貰いたいと考えていたこと、(四)川淵克己は、予て顔見知りの被告人が敍上のような地位にあることを知り、同人に依頼し、その目的を遂げようと考え、被告人を原判示の頃原判示の料亭に招待し、同人に対し前記の如き自己の希望を話し、且、これに関連し、職務上種々便宜な取計いを受けたい趣旨で、その謝礼として、現金二千円入りの封筒を被告人の面前に差出したこと、(五)被告人は、該封筒の内容が現金であることを察知し、その受領を肯ぜずして帰宅しようとしたが、同料亭内に於て、女将である高藤みつより、これを受領するよう申向けられ、該金員が如何なる趣旨で供与されるものであるかの情を熟知しながら、これを受取つて帰宅したものであつたこと、(六)被告人は其の頃該金員を自己の用途に費消してしまつたこと等の諸事実を肯認するに足り、以上を綜合すれば、被告人は、封筒中に金員の存在することを知りながら、敢てこれを受取り、これを自己の用途に費消したものであり、川淵にこれを返還した事実は全くなかつたものであることを認定することが出来るから、弁護人の右主張な採用するを得ない。論旨援用に係る原審証人中賢作の供述は、同証人が上司として、被告人から聴取したその弁疏内容を更に反覆したものに過ぎず、もとより、敍上認定を左右するに足るものでない。弁護人は、「川淵克己に対する副検事作成の供述調書の記載には、任意性が備わつていない。」旨主張し、且、記録を検討すれば、川淵克己は、裁判官の面前に於て、証人として宣誓の上、本件に関する供述を行つた際、自己の経験に反する供述をした疑の下に、其の後検察官の取調べを受け、該取調べ中検察官に対し、さきの自己の証言の偽証に係ることを自白すると同時に、併せて本件に関し改めて詳細な供述をしたこと、及び、原審は該供述を採つて、もつて、事実認定の資料としたものであることを、各肯定し得るけれども、しかしながら、仮令、偽証の嫌疑の下に検察官の取調べを受けた者が、自己の犯罪行為を自供すると同時に為した供述であつても、其の任意性の有無は、各場合に於ける具体的事情の如何によつてこれを決すべく、供述に際する前記の如き事情の存在のみを唯一の理由とし、斯る状況の下に於て為されたる供述には、常に任意性なしと速断するを得ないことは言うまでもなく、これを記録に徴するに、被告人の副検事に対する供述が、暴行、脅迫、其の他、其の任意性を阻害する状況の下に、為されたものであることを認めるに足る何等資料の存在を認め得ないのみならず、該供述内容を検討するときは、諸般の状況に関する供述部分が、関係諸証拠によつて認め得る客観的情況とよく符合し、其の真実を吐露したものであることを首肯するに足るから、所論は採用するを得ない。次に弁護人は判示第二の事実につき、「被告人は島田外男から、村道改修工事竣工の記念品として、畳表一束の贈与を受けたものに過ぎず、収賄の犯意を持つていなかつたものである。」旨主張するけれども、島田外男、及び粟屋茂次に対する検察官作成各供述調書の記載等に依れば、(一)島田外男は富山県氷見郡熊無村中村区長であり、同区地内に於ける上庄川堤防工事の速やかな施工方、等について、当時被告人等に屡々陳情していた者であつたこと、(二)島田外男は、村道改修工事の設計、補助金の下附申請手続等について、被告人等土木出張所員から、職務上種々世話になつたことを感謝し、なお県道や堤防工事についても職務上便宜の取計らいを受け度くその謝礼とする趣旨の下に、畳表十枚(一束)を被告人に贈与し、粟屋茂次をしてこれを氷見土木出張所に持参せしめたものであつたこと、(三)熊無村又は中村区に於ては、昭和二十六年春村道中村粟屋線改修工事が竣工したに就て、別段祝賀会を挙行したこともなく、また、記念品を関係者に分配したようなこともなかつたこと、(四)被告人は前記の如き情を知りながら敢てこれを受領したものであつたこと、すなわち、被告人は収賄の犯意をもつて、島田外男から畳表一束の供与を受けたものであつたことを認定するに足るから、前記の主張もまたその理由がない。また、弁護人は、判示第三の事実に関し、「被告人は、判示の頃判示の場所で、中谷忠三郎から酒食の饗応を受けたことがない。」旨主張するけれども、中谷忠三郎及び松井きくに対する検察官作成各供述調書の記載等を綜合すれば、(一)中谷忠三郎は富山県氷見郡熊無村長であつて、同村内に於ける上庄川堤防工事の速やかな施工方等につき、島田外男と共に、被告人等に屡々陳情して居た者であつたこと、(二)中谷忠三郎は、村道改修工事の設計、補助金の下附申請手続等について、被告人等土木出張所員から、職務上種々世話になつたことを感謝し、なお県道や堤防工事についても、職務上便宜の取計らいを受け度く、その謝礼とする趣旨の下に、昭和二十七年五、六月頃より八月頃迄の間、数回に亘り、被告人を料亭に招待して酒食の饗応をしたことがあること、(三)その内一回は同年五月中旬であり、中谷忠三郎はその頃、被告人に対し、関係諸工事の促進方につき陳情し、その直後、前記の如き趣旨の下に、氷見町の料亭綾瀬川こと松井きく方に被告人を招待して酒食の接待を為し、被告人はその情を知りながらこれを受け、同所に宿泊して芸妓と同衾し、中谷忠三郎をして該代金全部の支払を為さしめたものであつたことを認定するに足る。記録によれば、中谷忠三郎が偽証の嫌疑の下に取調べを受けた後、検察官に対して本件に関する供述を為し、原判決が該供述を証拠に援用していることは、まことに所論の通りであるが、川淵克己の供述に関し既に判示したところの如く、斯る事情の存在のみを唯一の理由とし、右中谷忠三郎の供述の任意性を否定するを得ないのみならず、記録を精査するも、同人の供述が任意性を欠くものであることを肯定するに足る資料を見出すことが出来ない。さらに松井きくの検察官に対する供述中、日時の点に関する部分が当初明確を欠き、其の後の取調べに依り原判示と照応するに至つたものであるとしても、事件発生後一年有余を経過した後、料亭の経営者が、帳簿に依らず、自己の記憶のみに基き、過去(事件発生当時)一定日時に於ける一定来客の有無、その遊興模様等につき、正確な供述をすることの至難なるは言う迄もなく、従つて、斯る不正確さが供述中に存することを理由とし、右松井きくの供述は措信し難いものであるとなすを得ない。そうして見れば、弁護人の此の点に関する主張もまた採用するを得ない。弁護人は判示第四の事実に関し「余川信一は氷見土木主張所の経費中に、金二万円を融資したものであり、永井権勝又は被告人個人に金員を供与したものでなく、該金員は上司の視察の際、接待費に充当されたものであつて、原判示の如き趣旨の下に授受されたものでない。」旨主張するけれども、原田三郎、余川信一、永井権勝に対する検察官作成各供述調書の記載等を綜合すれば、(一)被告人と永井権勝とが相前後して氷見土木出張所勤務となつて以来、右両名は屡々料亭で遊興宿泊し、或は芸妓と同衾する等、兎角金銭を浪費すること多く、その支払に窮していたこと、(二)昭和二十七年八月初旬頃被告人は、氷見土木出張所内の自己の座席に於て、永井権勝と協議の上、収賄の犯意をもつて、土木業者余川信一に対し、寄附名義による金員の調達を依頼し、これをもつて、遊興費の支払に充てようと企てたこと、(三)該協議の趣旨に則り、永井権勝は、其の頃右余川信一に事情を告げて金策を依頼し、余川は贈賄の犯意をもつてこれを承諾し、原判示の趣旨で金二万円を永井に供与し、永井は自己並に被告人のためにこれを受領したものであつたこと、すなわち、被告人は、所論の如く、昭和二十七年四月十一日頃上司来氷の際生じた接待費の支払に充当すべく、余川より一時融資を受けたものでなく、昭和二十七年八月初旬頃自己及び永井等の遊興費の支払に窮し、土木業者余川信一に対し積極的に賄賂を要求し、原判示の如く、現金の供与を受け、もつて収賄したものであることを肯認するに足るから、右主張もまた理由がない。なお、原田三郎及び永井権勝の検察官に対する供述は、公判準備の証拠調期日に於ける証人としての各供述と、重要な部分に於て実質的に異るものであり、これを証拠に採用した原審の訴訟手続は、刑事訴訟法第三百二十一条第二項に違背するものでないから、此の点に関する所論も採用の限りでない。
(裁判長判事 水上尚信 判事 成智寿朗 判事 沢田哲夫)