名古屋高等裁判所金沢支部 昭和29年(う)307号 判決
原判決挙示の証拠を綜合すれば、原判示事実を肯認するに十分である。弁護人は、「被告人は福井税務署直税課所得税係農業班所属の雇員であり、農業関係者の所得税について、その賦課減免、課税標準の調査及び検査等、各種の事務を担当して居たものである。しかるに、自動車の修理を業とする山崎巧の所得税に関する諸般の事務は、同署直税課所得税係営業班の所管に係り、農業班の所管に属していなかつたものであるから、仮令被告人に於て、山崎巧の所得税の減額方に関し、特別の取計を為すべく依頼されたことがあるとしても、右は農業班員である被告人の職務に関し、請託を受けたことにならないものである。」旨主張し、また、論旨援用に係る証人高村務、同下口実、同山本晃に対する各原審証人尋問調書の記載を綜合すれば、(一)昭和二十五年五月頃、福井税務署に於ては、署長の命に依り、直税課所得税係中に、営業班、農業班等の班を設け、爾来各班毎に担当事務の範囲を定めて執務するようになつたこと、(二)昭和二十九年九月下旬国税局長の訓令をもつて、前記各班の組織及び事務分掌等に関する規定が定められ、叙上の制度が法制化されるに至つたことを各認め得ない訳ではないけれども、しかしながら、前顕高村、下口、山本各証人の供述をさらに検討するときは、(一)これ等各班員は事務の繁閑に応じ、署長、課長又は係長の命に依り、相互に他班の事務に協力する場合があつたこと、(二)所得の申告に関する指導、更正決定に対する不服申立手続に関する指導等の事務は、所属班の如何を問わず、苟も所得税係員たる者の全員共通の事務とされていたこと(三)山崎巧は福井税務署の更正決定による課税額に不満であり、その減額を求むべく、不服申立手続の指導方を被告人に依頼し、これに対する謝礼の趣旨の下に、或は橋向勉と共謀し、又は自己単独の行為をもつて、原判示の如く被告人に現金を供与し、若しくは酒食の饗応を為したものであり、被告人はこれに応じ、再調査請求の手続、協議団に対する申請の手続、直税課長に対する事情の上申方等を指導すると共に、前記の如き情を知りながら、原判示の如く現金を収受し、酒食の饗応を受けたものであつたこと等の諸事実を認定するに足り、以上の諸事実を綜合すれば、被告人は福井税務署直税課所得税係員として、上司の命に依り、同係の事務全般に従事すべき地位にあつた者であり、就中、管内の納税義務者に対し、同署の更正決定に対する不服の申立を指導するような事務に関しては、所属班の如何に拘らず、また、一々上司の指図に俟つ迄もなく、直接これを処理すべき職務を有して居た者であつて、従つて山崎巧等の被告人に対する原判示請託は、福井税務署直税課所得税係員である被告人の職務に関する事項であつたことが明白であるから、論旨はその理由がないと言わなければならぬ。弁護人は「更正決定に対する不服申立手続の指導の如きは、公僕たる税務官吏の、民衆に対するサービスに過ぎず、法令上官吏の職務権限に属する事項でない」と主張するけれども、原審証人高村務の供述によれば、他の論旨に対する判断中既に説明した通り、更正決定に対する不服申立手続(再調査請求手続)の指導は、国民の権利義務に重要な影響を与える事項として、所得税係員の職責の範囲に属し、苟も所得税係員たる者は、国民の権利を不当なる侵害より救済すべく、万全の措置を採るべき義務を負担しているものであることを認定し得るから、右の主張もまた採用するを得ない。さらに弁護人は、「被告人が山崎巧等より受けた酒食の饗応は、社交上の儀礼の程度を超えるものでない。」旨主張するけれども、山崎巧、橋向勉並に被告人等に対するいずれも検察官作成各供述調書の記載によれば、被告人は税務署員として、昭和二十五年夏頃納税者である橋向勉を知るようになつたに過ぎず、その間格別の親交なく、橋向の紹介により本件発生の直前(昭和二十六年六月頃)山崎巧を知るに至つたが、もとより飲食を共にするような懇意の間柄でもなく、しかるに被告人がこれ等の者より受けた飲食饗応の対価は、最低一人前四百円より最高千三百円に達し、これ等の者の間に於ける社交上儀礼の範囲を、遙かに逸脱するものであることを認めるに十分であるから、此の点に関する論旨もその理由がないこと勿論である。そうして見れば原判決は事実を誤認したものでもなければ、所論の如く、其の理由に不備があるものでもないから、これ等諸点に関する論旨は、すべてその理由なしとしてこれを排斥せねばならぬ。
(裁判長判事 水上尚信 判事 成智寿朗 判事 沢田哲夫)