名古屋高等裁判所金沢支部 昭和30年(う)144号 判決
記録を検討すれば、本件起訴状中公訴事実の項に、犯罪の場所として、「金沢市元町旧元町火葬場附近道路上」なる記載が存すること並に原審第五回公判廷に於て、検察官は本件犯行の場所を「金沢市浅野本町火葬場附近道路上」と訂正する旨申立て、裁判官の許容を得たことを認め得べく、弁護人は「金沢市元町なる場所は実在せず、これがため公訴事実は特定しないから、本件起訴は無効であつて、従つて、訴因の変更も許さるべきでない。」旨主張するけれども、しかしながら、起訴状中に犯罪の場所として、金沢市なる地名の掲記が存する以上、仮令「元町」なる町名が金沢市に存在しないとしても、必ずしも本件公訴事実は不特定であるとなすを得ないのみならず、諸般の事情に徴すれば、「元町」なる町名の記載は、「浅野本町」なる町名の誤記に過ぎないと認められるから、本件公訴提起は無効でなく、原審第五回公判廷に於ける訴因変更は、もとより適法であるから論旨は理由がない。
論旨第三点について
仮令被告人に送達された起訴状謄本に、偶々検察官の氏名が脱落して居たとしても、検察官の氏名を知らないことにより、被告人の防禦権の行使に、別段支障が発生する訳でもないから、斯る瑕疵ある謄本であつても、刑事訴訟法第二百五十六条、刑事訴訟規則第百六十四条の定める諸要件をそなえ、且謄本たる形式に欠けるところのないものである以上、その送達手続を完了することに依り、刑事訴訟法第二百七十一条に定める起訴状謄本送達の手続は、法の要請する目的に副つて、履践されたものと解釈すべきであり、従つて、また、これに対し、法の附与する法的効果の発生を認むべきであると考える。論旨援用の資料に依れば、被告人に送達された本件起訴状謄本には、検察官の氏名の記載がなかつたことを認め得るけれども、叙上の瑕疵を除けば、該謄本は刑事訴訟法第二百五十六条、刑事訴訟規則第百六十四条の定める諸要件をそなえ、謄本としての形式に於ても、別段欠けるところがないものであることを認め得べく、そうして見れば、その送達により、刑事訴訟法第二百七十一条の起訴状謄本送達手続は、有効に履践されたものと認むべきである。仮に然らずとするも、斯る手続上の瑕疵に対しては、被告人又は弁護人は、須く審理の冒頭に於てこれを責問すべく、此の機を逸せば、責問権は抛棄されたものと看做され、手続上の欠陥は治癒するに至ると解すべく、今これを本件につき観察するに、記録によれば、被告人、弁護人は、原審公判の頭初に於て、前記送達手続の欠陥に対し、何等責問することなく経過し、第五回公判期日に於て、はじめてこれを攻撃するに至つたものであることを認め得るから、この見地よりするも、起訴状謄本の送達に関する原審の措置は、その欠陥が既に治癒したものであつて、今さらこれを論難するに由のないものであることが明かである。そうして見れば、いずれの見地よりするも、原審の訴訟手続に所論の如き違法がなく、本件公訴は適法且有効であるから、論旨はその理由がない。
(裁判長判事 水上尚信 判事 成智寿朗 判事 沢田哲夫)