名古屋高等裁判所金沢支部 昭和31年(う)324号 判決
なお所論は、原判決は事実第二において「本件仮処分執行当時前記建物には自己(被告人)又は三男武夫、四男利男、五男忠夫が該建物の中向つて右側奥八畳間のみに畳建具を入れて寝泊りしていたものであるが、同日の右仮処分執行に基き該建物全部の占有権は前記執行吏の占有に移り、当該執行吏代理からは現状を変更しないことを条件に該八畳間一室の使用のみ許されたものであつて被告人は十分これを知悉しながら右条件に違反し自己(被告人)及び右三子を退去させた上、同月五、六日頃擅に自己の二男森下馨、その妻滋子並にその子二人計四人を入居させ、その仮処分執行の効果を減殺せしめ以つて公務員の施した差押の標示を無効ならしめたものである。」と認定したけれども被告人の二男森下馨は被告人の家族の一員としてその生活も被告人に依存していたのであつて別世帯を設け独立の生計を営んでいたものではない。元来被告人は家族の一員を分居せしめるために本件家屋を借り受けたものであるから原判示の八畳間一室に森下馨等を居住せしめたからと言つて、被告人自身が使用する方法の一場合であるから現状変更にはならないというのである。よつてこの点につき按ずるに原判決認定の事実が所論のとおりであることは判文上明らかである。原判決挙示の証拠によれば使用を許された前記八畳間の南側障子の上部に公示書が貼付されていたこと、原判示のとおり本件仮処分執行当時は原判示八畳間に被告人又は被告人の三男武夫、四男利男、五男忠夫が寝泊りをなしていたものであるが原判示の仮処分執行後被告人は本件建物が仮処分の執行により執行吏の占有に移り現状不変更を条件に使用を許されたことを知りながら原判示の頃自己及び右三子を退去させてそのあとに自己の二男森下馨及びその妻子を入居させたことの各事実が認められる。原判決は右事実をもつて仮処分執行の効果を減殺せしめもつて公務員の施した差押の標目を無効ならしめたものであるというのであるが、建物に対する仮処分の執行につき執行吏が債務者の占有を解き執行吏の占有に移した上債務者に現状不変更を条件にその使用を許した場合債務者がこれを第三者に賃貸し或は使用貸借により使用させて独立の占有を与えた場合は刑法第九十六条所定の差押の標示を無効ならしめた罪にあたるも、債務者が建物の使用を許された範囲内において該建物に留守番を置くとか或は債務者の家族、雇人その他の同居者で債務者に附随する者を居位せしめるに過ぎないような場合は債務者使用の一態様に過ぎないのであつて、刑法第九十六条にいわゆる差押の標示を無効ならしめたものということはできないものと解すべきところ、本件につき原審証人森下勇、同森下馨、同森下利男の各供述、被告人の検察官に対する昭和二十九年四月二十四日附供述調書、仮処分執行点検調書謄本、原審証人高橋勇尋問調書、当審証人森下馨尋問調書によれば、森下馨は被告人の二男であつて被告人の指図により被告人及びその三男武夫、四男利男、五男忠夫が退去したので被告人のためその留守番として妻子とともに本件八畳間に居住するに至つたもので被告人に附随して居住したに過ぎないものであること、森下馨がその妻滋子並にその子二人とともに本件八畳間を独立して占有していたものではなく依然として被告人の使用状態にあつたことの各事実が認められるので原判示第二の被告人の所為をもつて仮処分執行当時の現状を変更したとはいえないしまた差押の標示を無効ならしめたということはできない。しかるに原判決が原判示第二の被告人の所為を刑法第九十六条に問擬したのは事実を誤認し法令の適用を誤つたものというべくこの誤は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから原判決は破棄を免れない。論旨はこの点において理由がある。
(裁判長判事 高城運七 判事 成智寿朗 判事 沢田哲夫)