大判例

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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和32年(う)115号 判決

弁護人甲の控訴趣意は昭和三十二年七月八日付控訴趣意書記載の通りであるから、此処にこれを引用する。

記録に依れば本件公訴事実は「被告人両名は共謀の上、昭和三十一年七月七日高岡市源平町六十二番の三中尾建三方において、富山地方裁判所執行吏片桐恂平が高岡簡易裁判所昭和三十一年(ト)第四三号仮処分決定正本に基き、同所にある右中尾方住宅東南側中間の柱に釘付にした『被申請人(被告人橋本三作)は高岡市源平町六十二番地の三地上に建在する家屋番号同所四十五番の二木造瓦葺二階建居宅一棟建坪八坪外二階八坪の建物を損壊するような一切の行為をしてはならない。右決定に違背し又はこの公示札を破毀する者は処罰せられる。』旨記載せる縦一尺横五寸位の公示板を擅に取外したる上、同建物の東南側の一部を損壊し、以て公務員の施したる標示を無効ならしめたものである。」と言うのであり、原判決は挙示の証拠を綜合し、これと同旨の事実を認定した上、該事実に対し刑法第九十六条第六十条等を適用し、被告人両名を各罰金壱万円宛に処したるものであることを認め得る。しかしながら、敢て此処に説明する迄もなく、刑法第九十六条にいわゆる「差押」とは、「公務員が其の職務上保全すべきものを自己の占有に移す処分」を意味し、「公務員が他人に対し一定の作為、不作為を命ずるに過ぎない場合」を、これに包含しないとするのが従来の判例(例えば大審院大正十一年(れ)三三二号事件同年五月六日刑三判、刑集一巻二六八頁等)であり、此の判例は未だに変更されていないから、従つて、たとえ民事訴訟法の規定に拠つて発せられた裁判所の仮処分決定に基く執行吏の処分であつても、いやしくも該決定の趣旨が、執行吏をして物件の占有を取得せしめず、一定の人に対し一定の作為、不作為を命ずるに過ぎない場合の如きは、前記判例の趣旨に従う限り、(一)該決定の趣旨に従つて執行吏の施した公示札は、刑法第九十六条にいわゆる「差押の標示」でなく、また、(二)仮処分の相手方が該標示に従つて行動しなかつたからと言つて、同人の行為を目して「差押の標示」を無効ならしめたものと為すを得ない。しかるに原審並に当審証拠調の結果、殊に当審に提出された高岡簡易裁判所昭和三十一年(ト)第四二号仮処分決定正本の記載、当審証人片桐恂平の供述等にこれを徴すれば、原判示仮処分決定(原判文に高岡簡易裁判所昭和三十一年(ト)第四三号仮処分決定とあるのは高岡簡易裁判所昭和三十一年(ト)第四二号仮処分決定の誤記と認める。)は、被告人橋本三作に対し、原判示の建造物を損壊する一切の行為を禁止するに止まり、執行吏をして何等物件の占有を取得せしめる趣旨のものでなく、また執行吏は、原判示の場所に公示板を掲げ、該決定の趣旨を、ひろく一般に公示したに過ぎず、土地、建物の従来の占有関係については、何等の変更を加えなかつたことを看取するに十分であつて、以上の事実に依れば、(一)執行吏の施した前記の公示板は、刑法第九十六条にいわゆる差押の標示に該当せず、従つて、(二)仮令、被告人両名に於て原審認定のような行為を敢てしたとしても、該行為は、前記法条にいわゆる差押の標示を無効ならしめたものではないと言わざるを得ない。そうして見れば、これと異る見解を採り、被告人両名に対し有罪の判決をした原審は、畢竟するに刑法第九十六条の解釈を誤り、罪とならない事実に対し、前掲刑法の各法条を適用したものであつて、その誤りは判決に影響すること勿論であるから、論旨は理由があり原判決は破棄を免れない。

仍つて刑事訴訟法第三百九十七条第三百八十条に則り原判決を破棄した上、同法第四百条但書に従い、次の通り判決する。

本件公訴事実は判示冒頭掲記の通りであるところ、論旨に対する判示部分に説明したところによつて明かであるが如く、該事実は犯罪を構成しないから刑事訴訟法第三百三十六条に依り、被告人両名に対しいずれも無罪の言渡を為すべきものとする。

(裁判長裁判官 山田義盛 裁判官 沢田哲夫 裁判官 辻三雄)

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