名古屋高等裁判所金沢支部 昭和36年(ネ)55号 判決 1967年3月29日
主文
原判決主文第一項の控訴人から被控訴人畑由男に対する金員の支払いを命ずる部分のうち、金三千八百万円、およびこれに対する昭和三十年九月十五日から完済に至るまで年六分の割合による金員を超える部分を取消す。
右取消した部分の被控訴人畑由男の請求を棄却する。
控訴人は参加人に対して金六百万円、およびこれに対する昭和三十年九月十五日から完済に至るまで年六分の割合による金員の支払いをせよ。
参加人と被控訴人由男との間において、別紙目録記載の約束手形の手形金債権の取立権を参加人が有することを確認する。控訴人の被控訴人畑由男に対するその余の控訴、および被控訴人畑春尾に対する控訴をいずれも棄却する。
訴訟費用は、被控訴人両名について第一審において生じた分の各二分の一、および当審において生じた分、控訴人について第一、二審において生じた分、ならびに参加人について生じた分は控訴人の負担とする。
この判決の主文第三項は、参加人が控訴人に対して金百五十万円の担保を供したときは仮に執行することができる。
控訴人が参加人に対して金百五十万円の担保を供したときは、前項の仮執行を免れることができる。
事実
控訴人訴訟代理人は、「原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。被控訴人らの請求を棄却する。参加人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人ら訴訟代理人は、「控訴人の控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求め、「参加人の請求は認諾する」と述べ、参加人指定代理人は、「参加人と被控訴人畑由男との間で、別紙目録記載の約束手形の手形金債権を被控訴人畑由男がみずから取立てる権限を有しないことを確認する。控訴人は参加人に対して金六百万円、およびこれに対する昭和三十年九月十五日以降完済に至るまで年六分の割合による金員の支払いをせよ。訴訟費用は控訴人、被控訴人らの負担とする。」との判決、および仮執行の宣言を求めた。各当事者の事実上、法律上の主張、および証拠の提出、援用、認否は、次に記載するほかは、原判決記載のとおり(但し、原判決の十一枚目裏前から一行目より三行目にわたつて、「当時、被告金庫が県信連や取引銀行からの融資の途がなくなり、専ら原告等の融資に待たなければならない程窮迫していたことを熟知しながら、」とあるのを削除し、十二枚目裏末行に「小泉啓」とあるのを「小永啓」と訂正する。)であるから、これを引用する。
控訴人訴訟代理人は次のとおり述べた。
(一)、参加人がその主張の日に、別紙目録記載の約束手形を被控訴人畑由男に対する国税滞納処分として差押えたことは認めるが、右被控訴人が参加人に対して、参加人主張のような所得税を滞納しているということは知らない。参加人主張のその余の事実は総て否認する。
(二)、原判決添附の第一、第二目録記載の約束手形(以下一括して「本件約束手形」という)は、被控訴人らが、その代理人田中雄一郎によつて行つた布施香竜に対する貸金の弁済確保のために、右田中を通じて布施から譲渡を受けたものであり、かつ本件約束手形の大部分は、その被控訴人らに対する譲渡の時に貸付が行われたものではなく、以前に行われた貸付けの弁済確保のために振出された約束手形の書替手形である(被控訴人らから布施に対する貸付の実際の時期、数額の詳細は乙第五号証に記載されているとおりである。)
(三)、本件約束手形の振出人は朝日織物株式会社であるが、振出行為を実際に行つたものは布施である。しかし、控訴人は布施が朝日織物株式会社名義の手形振出行為を行つた事情は知らない。
(四)、本件約束手形の振出しの原因となつた被控訴人らの布施に対する貸金については、月五分という高率の利息の支払いがなされている。被控訴人らがこのような高率の利息を取得できたのは、布施が投機その他の事由で著しい窮迫状態にあつたことに乗じたからであり、このように布施の窮迫に乗じて高率の利息を取得するため貸付を継続したことは、公序良俗に反する行為であり、このような貸金の弁済確保のために作成された本件約束手形自体も無効である。
(五)、本件約束手形上の控訴人名義の保証は、その形式は本件約束手形の振出名義人の手形債権の保証であるが、その実質は、控訴人の専務理事であつた布施が個人として被控訴人らから金員を借受けるために、布施の被控訴人らに対する借受金債務を保証する趣旨で行われた(実際には布施が当時の理事長名義を冒用したのであるが)ものであるから、信用金庫の理事と信用金庫との間の一種の取引に当る。したがつて信用金庫法第三十九条によつて準用される商法第二百六十五条により、右の保証には理事会の承認を必要とする。しかるに本件約束手形上に控訴人名義の保証をすることを控訴人の理事会が承認をしたことはないから、右保証は無権代理行為であり、理事会が追認しない以上無効のものであるが、控訴人の理事会の追認は得られなかつたのであるから、本件約束手形上の控訴人名義の保証は無効であり、控訴人に対しては何らの効力もないのもである。
(六)、右(五)の事実は、控訴人が従来から主張してきたもので、昭和四十年二月十九日付準備書面の陳述によつて初めて主張したものではなく、被控訴人らも従来から強く否認してきたものであるから、右(五)の主張によつて本件訴訟の遅延をきたす虞は少しもないので、右の主張が時機に遅れたものであるかどうか、控訴人の故意、または過失によつて遅れたものであるかどうかということは問題にならない。
(七)、布施は被控訴人らに対して終始月五分の割合の利息を支払つていたものであり、支払利息の合計は二千三百十六万二千五百円に達している。このような高率の利息が銀行、信用金庫等正規の金融機関によつて支払われるということがないことは、普通人が常識として承知していることであるから、被控訴人畑由男としては、右の点について本件約束手形上の保証名義人となつている控訴人の代表者として表示されている理事長青木憲三に面接、書信、電話等の方法によつて、その真偽をただせば、右保証が布施によつて同人の利益のためになされたものであるということを容易に知り得たはずである。然るに被控訴人畑由男は右のような方法をとらず、また同人が昭和二十八年五、六月頃に布施と面接した際に、布施から融資をたのまれながら、融資を求める理由、高率の利息を支払い得る理由等について十分に問いただせば、布施が同人の利益のために控訴人名義で手形上の保証をしていることを知り得たはずであるのに、右の点について何も布施に問いただしていない。したがつて、仮に被控訴人畑由男が、本件約束手形上の控訴人名義の保証が、布施が同人個人の利益を計るために行つたものであるということを知らなかつたとしても、知らなかつたことについては重大な過失があるから、控訴人は被控訴人畑由男に対しては、本件約束手形上の保証債務を履行すべき義務はない。本件約束手形のうち二通は手形上の権利者が被控訴人畑春尾名義となつているが、同人は被控訴人畑由男の妻であり、被控訴人畑由男が被控訴人畑春尾名義を使用したに過ぎないもので、実質上の権利者は被控訴人畑由男である。仮に右二通の約束手形の権利者が実質上も被控訴人畑春尾であるとしても、同人は右約束手形に関する金員の貸付、利息の受領等の総てを、被控訴人畑由男を代理人として行つていたのであるから、被控訴人畑春尾にも被控訴人畑由男と同様の故意、または過失があることになる。したがつて、控訴人は被控訴人畑春尾に対しても手形上の保証債務を履行すべき義務はない。
(八)、参加人がその主張の本件約束手形のうちの一通を差押えたのは、右約束手形の支払拒絶証書作成期間経過後である昭和三十六年三月二十三日であるから、手形法上第三者には当らず、手形法第二十条の類推適用を受けるものである。したがつて、右差押手形の手形上の権利者である被控訴人畑由男が控訴人に対して何等の請求をなし得ない以上、参加人も控訴人に対して何等の取立権を有しない。
(九)、仮に控訴人が本件約束手形上の保証人としての義務を負うとしても、前記のとおり本件約束手形は、布施の被控訴人らに対する借受金債務弁済のために振出されたものであり、布施は乙第五号証記載のとおりに、利息制限法(昭和二十九年六月十五日より前は旧利息制限法、同日以降は新利息制限法)の制限を超える月五分の割合による利息を支払つたのであるから、右支払利息のうち、制限超過部分は当然に元本の弁済に充当されたことになり、被控訴人らの布施に対する貸金元本の残額は、本件約束手形の手形金額から右の元本充当分を控除した額であるから、手形上の保証人たる控訴人も、本件約束手形の手形金額から、右の元本充当額を控除した額についてのみ支払義務を負うに過ぎない。
以上のように述べ、当審における証人田中雄一郎、同朝倉延政、同〓沢豊三の各証言を援用し、「甲第二十六ないし第二十八号証、同第三十号証、丙第三、四号証が真正に作成されたことはいずれも認める。甲第二十九号証、丙第二号証が真正に作成されたということはいずれも知らない。丙第一号証のうち控訴人作成名義の部分は真正に作成されたものではない。同号証のその余の部分が真正に作成されたということは知らない。」と述べた。
被控訴人訴訟代理人は次のとおり述べた。
(一)、参加人の主張事実は総て認める。
(二)、被控訴人らは、布施香竜の使者である田中雄一郎の斡旋により、朝日織物株式会社に対して本件約束手形の割引をし、右田中から交付を受けてこれを取得したのであり、控訴人の主張するように布施に対する貸金の弁済確保のために譲渡を受けたものではないし、また、本件約束手形は書替手形ではなく、本件約束手形の振出しを受けた際に、現実に割引をしたものである。
(三)、本件約束手形の振出しの原因が、公序良俗に反する行為であるから本件約束手形自体が無効であるという控訴人の主張は、手形行為の不要因性、独立性に鑑み、主張自体からその失当であることが明かである。また、被控訴人らが本件約束手形を取得した原因は右(二)のとおりであつて、控訴人の主張するようなものではないから、この点からも控訴人の右主張は失当である。
(四)、本件約束手形上の控訴人の保証が信用金庫法第三十九条、商法第二百六十五条によつて無効であるという控訴人の主張は、控訴人の故意、または少くとも重大な過失によつて、当審の第十一回口頭弁論期日に至つて初めて主張されたもので、時機に遅れた主張であり、これによつて訴訟の完結を遅延させることは当然であるから、却下されるべきである。
(五)、仮に右主張が容れられないとしても、
(1)、手形行為については商法第二百六十五条は適用されないと解するのが正しい。仮にその適用があるとしても、当該手形行為が右法条の取引に該当するか否かを判断するためには、手形行為の裏に隠れた行為者の行為、あるいは意思等を判断の材料とすべきではなく、少くとも善意の手形取得者との関係では、手形外観の原則に照らし、また手形が文言証券である本質上、あくまで当該手形の外観上、当該手形行為が会社と会社の取締役個人との取引であることが判然としているものに限つて、その対象とすべきである。そうでなければ、取引の安全は破壊され、手形の流通性が失われる結果となる。本件約束手形上の控訴人の保証は、振出人である朝日織物株式会社のためになされたもので、布施個人の債務のための保証とみるべき余地は全くない。
(2)、控訴人は、本件約束手形上の控訴人の保証が、控訴人とその専務理事であつた布施との間の一種の取引であると主張するが、取引というためには、取引当事者の間に何等かの法律行為が存在しなければならないが、本件約束手形上の保証について、控訴人と布施個人との間に如何なる法律行為、あるいは手形行為がなされたというのか明らかでない。当事者の一方に何等の行為がないのに取引が成り立つということは考えられない。
(3)、控訴人は従来、本件約束手形上の保証は布施が偽造したものであるとか、権限外の行為をしたもので、控訴人は全然関知しないものであると主張してきたのであるから、控訴人の右新主張は従来の主張との間に明に矛盾がある。
したがつて、控訴人の、本件約束手形上の保証が商法第二百六十五条により無効であるという主張は失当である。
(六)、被控訴人らは、本件約束手形上の控訴人の保証が真正になされたものであるという点について、善意かつ無過失で本件約束手形を取得したものである。被控訴人らが朝日織物株式会社振出、控訴人保証の約束手形の割引をするようになつた当初の昭和二十八年五月頃に、被控訴人由男が田中雄一郎を介して布施に面接したのは、田中雄一郎が持参する約束手形になされている保証が、控訴人によつて真実なされたものであるかどうかを確めるためで、控訴人や、控訴人の専務理事であつた布施に対して疑をもつたからではない。本件約束手形割引当時は、戦後の経済ないし金融の混乱、およびインフレーシヨンが漸く落着を取戻し、いわゆる産業復興期に際会し、市中には日歩三十銭ないし五十銭という高金利の資金が出廻つており、正規の金融機関においても、系列会社、または得意先会社が有望な事業に投資するものである限り、たといそれが日歩十銭ないし十五銭の金利を払う場合でも、なお保証料をとつて保証し、これを援助していた事例は数多くあつた。当時布施は控訴人の専務理事としてその全権を委ねられ、数年に亘って控訴人信用金庫の運営の衝に当つていたもので、控訴人は勿論、一般市民からも尊敬と信頼を受けていたものであり、被控訴人らは、その割引金利が多少高かつたにしても、朝日織物株式会社と控訴人との間に特別の計画なり事情があつて、十分採算の合う事業を行つているものと考え、布施を信頼して割引に応じたもので、両人を疑う余地は全くなかつたのである。そもそも、巨額の手形割引をする者にとつては、有利であるということのほかに特に安全であるということが先決である。被控訴人らも本件手形割引が全く安全であるということに確信を得たからこそ多額の割引をしたのである。もし被控訴人らが布施の不正について少しでも感知していたとすれば、敢て危険を冒してまで割引に応ずる筈はない。
(七)、被控訴人らは、朝日織物株式会社振出、控訴人保証の約束手形の割引について、月五分の割合の割引料を受領したことはない。乙第五号証は本件訴が提起された後である昭和三十年九月十日作成されたものであり、かつそれは布施が国税局吏員の調査資料から逆算して記載作成されたものであつて、その記載内容は決して正確なものではない。右の点は、昭和三十二年度において金沢国税局が、被控訴人由男の右約束手形の割引による利子所得を、昭和二十八年度は二百五十二万円、昭和二十九年度は七百五十八万六千九百五十五円と決定したことに照らしても、明らかである。
以上のように述べ、甲第二十六ないし第三十号証を提出し、当審における証人田中雄一郎の証言、被控訴人畑由男本人尋問の結果を援用し、「参加人提出の丙号各証が真正に作成されたことはいずれも認める。」と述べた。
参加人指定代理人は次のとおり述べた。
(一)、被控訴人畑由男は控訴人に対して本件約束手形のうち原判決添附第一目録記載の六通の約束手形に基く合計四千四百万円の約束手形金債権、およびこれに対する昭和三十年九月十五日から完済に至るまでの年六分の割合による遅延損害金債権を有しているが、昭和三十六年十月七日現在で、参加人に対し六百八十五万五千五百七十円の滞納所得税金を負担しているので、参加人(処分庁は金沢国税局長)は、右滞納税金徴収のために、昭和三十六年三月二十三日に、被控訴人畑由男の右手形金債権のうち、別紙目録記載の約束手形に基く債権の差押えとして、右約束手形を差押え、これをその振出人に呈示して支払いを求めたところ、その支払いを拒絶された。
(二)、よつて参加人は、国税徴収法第五十七条により、被控訴人畑由男との間では、同人が別紙目録記載の約束手形の手形金債権の取立権限を有しないことの確認を求め、控訴人に対しては、右約束手形の手形金六百万円、およびこれに対する昭和三十年九月十五日から完済に至るまで年六分の割合による遅延損害金の支払いを求めるものであるが、控訴人と被控訴人畑由男の間に、右約束手形金債権の存否につき本件訴訟が係属中であるので、民事訴訟法第七十一条によつて参加する。
(三)、手形法第二十条第一項但書は手形の拒絶証書作成期間経過後の裏書によつて譲渡が行われた場合の効力に関する規定であり、参加人は別紙目録記載の約束手形を差押えたのであつて、裏書によつて譲受けたものではないから、右法条は適用されない。
(四)、被控訴人の主張事実を総て援用する。
証拠(省略)
理由
第一、当裁判所も、控訴人は原判決によつて被控訴人らの請求が認容された限度において、本件約束手形の手形上の保証人としての債務を被控訴人らに対して負担しているものと判断する。その理由は、次に記載するほかは原判決記載のとおりであるから、これを引用する。
(一)、控訴人主張の、原判決にいう悪意取得の抗弁(控訴人の当審における主張の(七)に記載の主張を含む)について、
(1)、右抗弁についての原判決記載の説示中、原判決の二十三枚目表の前から九行目より、二十三枚目裏の前から一行目の「ものと解せられるのみならず」とあるまでの部分、および二十四枚目表前から七、八行目にわたつて、「且つその知らなかつたことについて必ずしも原告両名に過失があつたものとも認め難い。」とある部分は、これを引用しない。
(2)、本件約束手形上の控訴人名義(控訴人理事長青木憲三名義)の保証は、当時控訴人の代理理事であつた布施香竜(但し、原判決添附第一目録記載の(5)、(6)、同第二目録記載の(2)の各約束手形上の保証を行つた当時は、実際には布施は控訴人の代表理事を辞任していたのであるが、その辞任の登記が未だ行われておらず、被控訴人らにおいて、布施が右約束手形上の保証を行つた当時既に控訴人の代表理事を辞任していたということを知つていたと認めるに足りる証拠がないので、被控訴人らに対しては、布施の代表理事辞任を対抗し得ない関係にある)が、その個人としての債務の弁済資金調達のために行つたものであることが認められることは、原判決記載のとおりである。このように法人の代表者が、その権限を濫用して背任的目的で手形行為をした場合において、右手形上の権利を取得した者が、その取得の際に右の権限濫用の事実を知つていたとき、または知らなかつたとしても、知らなかつたことについて重大な過失があるときには、右法人は右の手形上の権利者に対して、手形上の債務の履行を拒絶できると解するのが相当である。しかしながら、右の手形上の権利を取得した者が、その取得の際に法人代表者の権限濫用の事実を知らなかつたことについて軽過失があつたに過ぎない場合(相当の注意を払えば、法人代表者の権限濫用の事実を知り得たであらうといえる場合)においては、手形法第十六条第二項、第十七条、商法第二十三条、第二十七条、第三十八条第三項、第七十八条第二項等から商事に関しては、善意である者は軽過失があつても保護されるのが原則であることが看取されることに鑑みると、法人は手形上の権利取得者に対して、手形上の債務の履行を拒絶することはできないと解するのが相当である。
(イ) 原審、および当審において取調べた総ての証拠によつても、被控訴人らが本件約束手形を取得した際に、本件約束手形上の控訴人名義の保証は、布施がその権限を濫用して背任的目的で行つたものであるということを知つていたということは認められない。
(ロ)、いずれも真正に作成されたことが全当事者間に争いのない甲第二十二号証、同第二十四号証の二、乙第七号証の三、原審における証人布施香竜(第二回)の証言によつて真正に作成されたと認められる乙第五号証、および原審における証人田中雄一郎(第一、二回)、同布施香竜(第一、二回)、同畑賢司の各証言、被控訴人畑由男本人尋問(第一、二回)の各結果、ならびに当審における証人田中雄一郎、同朝倉延政の各証言、被控訴人畑由男本人尋問の結果を合わせて考えると、次の事実が認められる。
昭和二十八年五月頃、被控訴人由男は、以前から懇意な間柄で、当時金融仲介業を目的とする宇田商事合資会社の社員であつた田中雄一郎から、控訴人が手形上の保証をした支払いの確実な約束手形で、利息を日歩十銭とする融資の依頼を受け、これに応ずることとし、その頃、朝日織物株式会社(以下単に「朝日織物」という)振出しで、控訴人名義の手形上の保証がなされた金額百万円、満期は一箇月後、その他の要件は本件約束手形と同様とした約束手形と引換えに、田中に百万円を交付し、同人からこれに対する約定の利息を受領した。その後、被控訴人由男は右と同様の方法で一、二回位融資を行つた(その時期、金額を確認するに足りる証拠はない)後、田中に対して控訴人の代表者との面接の斡旋を求め、福井市内の料亭で布施香竜に面接し、同人に対して、田中から受領した約束手形上の控訴人名義の保証の真偽をただしたところ、右保証が真正になされたものである旨の言明を得るとともに、同様の方法で引続き融資を行うよう依頼された。そこで、被控訴人由男はその後昭和二十九年九月上旬頃までの間に、妻である被控訴人春尾を代理して行つた分を含めて、少くとも十数回以上にわたつて、前記と同様の方法による融資を行い(その時期、金額を確認するに足りる証拠はない)、結局被控訴人両名分で総計四千六百五十五万円の融資を行つた。しかし、右の融資のうち、元本が返済された(田中から受領した約束手形の手形金の支払いがなされた)のは、昭和二十八年十二月頃になされた百万円一回のみであり、そのほかは総て受領した約束手形の満期が到来するごとに、田中から書替手形とその額面金額に対する満期までの前記の約定利率による利息を受領して、手形の書替え(数通の約束手形を、その金額を合算した金額の一通の約束手形に書替え、あるいは新たな融資の金額を加算した金額の約束手形に書替えるなどを含む)を行うことを繰返えしてきた結果、最終的に被控訴人らは本件約束手形を所持するに至つた。右のようにして被控訴人らが昭和二十八年五月頃から昭和二十九年九月上旬頃までの間に行つた融資について、同人らが田中から受領した振出人朝日織物、手形上の保証人控訴人、支払場所福井信用金庫なる約束手形は総計数十通に及んだ(これらの約束手形のうち本件約束手形以外の殆んどは、満期を振出日の一箇月後とするものであつた)が、田中の申入れに従つて、本件約束手形以外は、その支払いを求めるために、朝日織物、控訴人に呈示するということは、全くなされなかつた。
右のように認められるのであり、当審における被控訴人由男本人の供述のうちには、被控訴人らが行つた融資の元金は、融資の際受領した約束手形の満期に、その都度田中を通じて現実に弁済を受け、あらためてこれと同額、あるいは追加して融資する額を加算した銀行保証小切手を交付して新たな融資を行うということを繰返えしてきたもので、約束手形の書替えによる返済期限の猶予の繰返えしということはしていない旨の供述があるが、右供述は認定にそう前掲記の他の証拠、および当審における被控訴人由男本人の供述によつて、北陸銀行勝見支店によつて作成されたと認められる甲第二十九号証に照らして考えると、到底信用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。右認定事実によると、被控訴人らが田中から受領した朝日織物振出しの約束手形は、控訴人が手形上の保証をしていて支払いの確実なものであるというのにもかかわらず、約束手形の正規の支払方法である法定の呈示期間内における支払場所での呈示をしないように申入れを受けていたものであり、かつ所定の満期に手形金の支払いがなされたことは、昭和二十八年十二月中の百万円の支払い一回を除いて、他にはなく、書替えを繰返えすのみであり、かつ手形金の合計額も急速に増大する一方であつたし、さらに利息は正規の金融機関が行う貸付利息の利率の約三倍の高率のもので、正常な営業のための資金に対する金利としては、通常負担に耐えない高率なものであつたのであるから、みずから操業を営み、その営業上、手形取引にも馴れていると認められる被控訴人由男としては、数回の融資を行い、その間受領した約束手形の書替えを繰返えした後においては、前記認定のような布施の言明を得ていたとはいえ、田中から受領する約束手形の振出、手形上の保証の正当性について疑いをもち、これを直接朝日織物、控訴人に示してその正当性を確め、あるいは正規の方法による支払いを求める呈示をしてその正当性を確めるべきであつたのであり、かつ右のような方法でその振出、保証の正当性を確めてみれば、田中から受領した約束手形上になされていた控訴人名義の保証が、控訴人の代表者の権限の正当な行使によつて行われたものではないということを、容易に知り得た筈であるということができるから、被控訴人らが本件約束手形を取得するに至るまで、田中から受領した朝日織物振出しの約束手形上になされている控訴人名義の保証が、控訴人の代表者の正当な権限の行使によつて行われたものではないということを知らなかつたことについては、被控訴人らに過失があるということができる(被控訴人春尾は、被控訴人由男を代理人として、融資、約束手形の受領を行つていたと認められること前記のとおりであるから、被控訴人由男に過失がある以上、被控訴人春尾にも過失があることになる)。しかしながら、右の過失は、いわゆる軽過失であつて、故意にも比すべき重大な過失とはいえないと解するのが相当である。
被控訴人らは、昭和二十八、九年頃においては、市中には日歩三十銭ないし五十銭という高金利の資金が出廻つており、正規の金融機関も、その取引先が有望な事業に投資するものである限り、日歩十銭ないし十五銭の金利を払う資金の借入れについても、保証料をとつて保証を行つていた事例は数多くあつたので、朝日織物と控訴人との間に特別の事情があり、かつ朝日織物が、被控訴人らに支払われたような利率の利息を支払つても十分採算の合う事業を行つているものと被控訴人らは考えていたのであるから、本件約束手形上の控訴人名義の保証が布施の権限濫用による背任的目的のために行われたということを知らなかつたことについて、被控訴人らに過失はなかつたと主張するが、正規の金融機関によつて被控訴人らの右主張のような保証が行われていたということを認めるに足りる証拠はなく、また、被控訴人らが、朝日織物が行つていた事業の内容、その収益性等に関する具体的事実の認識に基いて、朝日織物の支払能力を信頼していたことを認めるに足りる証拠もない以上、被控訴人らには軽過失もなかつたという主張は失当である。
控訴人は、正規の金融機関が月五分というような高率の利息を支払うことはないということは常識であるから、被控訴人らとしては、右の点について控訴人の代表者理事長青木憲三に照会してみるべきであつたし、また被控訴人由男が布施に面接した際、融資を求める理由、高率の利息支払いの可能な理由等について問いただすべきであつたのであり、そのようにすれば容易に布施の背任行為を知り得たはずであるから、被控訴人らには重大な過失があると主張するが、被控訴人らが、前記認定のようにして行つた融資を、控訴人に対して融資するという考で行つていたということ、あるいは、その支払いを受ける利息を、控訴人から支払いを受けるものであると考えていたということを認めるに足りる証拠はないし(原審、および当審における証人田中雄一の各証言、被控訴人畑由男本人尋問の各結果を合わせて考えると、被控訴人由男は、融資を行うについて受領する約束手形には、控訴人の保証がなされているので、その支払いがなされること、すなわち融資金の回収が確実に行われるものと考えたところから、自己が行う融資の相手方が誰であるか、また自己の行う融資が金員の貸付であるか、手形の割引であるか等の法的性質などの点については、明確な認識をもたないままで、融資を行つていたものであることが認められる)、また、被控訴人由男が布施に面接したのは、前記認定のとおり二、三回の融資を行つた頃であるから、その融資金の総額もさ程増大していなかつたものと推認されるから、布施に対して控訴人名義の保証が真正に行われたものであるか否かをただしたのみで、融資金の使途、前記認定のような利率による利息の支払いの可能な理由等について問いたださなかつたとしても、これをもつて、重大な過失であるということはできないから、控訴人の右主張は失当である。そして他に、被控訴人らが、本件約束手形上の控訴人名義の保証が、布施の背任的目的による権限の濫用によつて行われたものであるということを知らなかつたことについて、被控訴人らに重大な過失があるということを認めるに足りる証拠はない。してみると、控訴人主張の悪意の抗弁は採用できないものといわなければならない。
(二)、控訴人主張の、原判決にいう高利隠蔽の抗弁について、
本件約束手形上の控訴人名義の保証は、布施香竜が、同人の支払う利息が月三分ないし八分という高率のものであることを隠蔽する手段として行つたものであるから、公序良俗に反するもので無効であるという控訴人の主張は、その主張の趣旨自体が必しも明白ではないが、その趣旨が、本件約束手形は控訴人の主張するような利率の利息自体の支払いのために振出され、手形上の保証がなされたものであるから、その手形上の保証は無効であるというものであるとすれば、それは手形行為の原因行為が無効であれば手形行為も無効となるということを前提としなければならないのであるが、右前提は手形行為の無因性を否定するもので、失当であることが明らかである。してみると、控訴人の右主張は、その主張自体から失当なことが明らかであるといわなければならない。また、控訴人の前記主張の趣旨が、本件約束手形は控訴人が主張するような利率の利息自体の支払いのために振出され、手形上の保証がなされたものであるから、その支払いを拒絶できるというものであるとしても、月三分ないし八分の利率による利息の支払いのために振出された約束手形であるからといつて、その手形金全額の支払いを拒絶できるわけではなく、支払いを拒絶できるのは、そのうちの利息制限法所定の制限利率による利息額を超過する部分に限られるものであるところ、本件約束手形の手形金のうち、何程が利息制限法所定の制限利率を超える利息に該当するかを認めるべき証拠は何もなく、かえつて、前記(一)に認定したとおり、被控訴人らはその融資金に対する利息は、約束手形とは別に支払いを受けていたもので、約束手形は融資金の元本と、同一金額のものを受領していたことが認められるから、控訴人の右主張は採用できない。
(三)、控訴人主張の、原判決にいう消費貸借無効の抗弁について、
控訴人の右抗弁も、手形行為の無因性を否定するものであるから、その主張自体から失当なことが明らかであり、また、仮に、右主張が、本件約束手形振出しの原因が無効であるから、手形上の債務の履行を拒絶できるという趣旨をも含むものとしても、本件約束手形の振出原因が無効といえないことは後記のとおりであるから右抗弁は採用できない。
(四)、本件約束手形は、布施の窮迫に乗じて高率の利息を取得するためになされた同人に対する貸金の弁済確保のために振出されたものであるから、本件約束手形自体が無効であるという控訴人の主張(控訴人の当審における主張の(四)に記載の主張)について、相手方の窮迫に乗じて高率の利息の支払いを約定した消費貸借契約であるからといつて、消費貸借契約全部が公序良俗に反するものとして無効となるものではなく、不当に高率な利息支払約定のみが無効となると解するのが相当であること、および右主張は手形行為の無因性を否定するものであることのいずれの点からしても、控訴人の右主張は、主張自体からその失当なことが明らかであり、採用できない。
(五)、本件約束手形上の控訴人名義の保証は、布施がこれを行うについて控訴人の理事会の承認を受けておらず、また追認も受けていないから、信用金庫法第三十九条、商法第二百六十五条により無効であるという控訴人の主張(控訴人の当審における主張の(五)に記載の主張)について、
(1)、被控訴人、参加人らは、右主張は時機に遅れたもので、訴訟の完結を遅延させるから却下されるべきであると主張するのでまず、この点について判断する。控訴人の右主張が、当審の昭和四十年五月十九日午前十時の第十一回口頭弁論期日において、同年二月十九日付準備書面の陳述によつてはじめて主張されたものであることは、本件記録上明らかであり、本件訴訟の経過に照らすと、右主張が時機に遅れて提出されたものであることは明らかであるが、右主張の基礎となる事実は、原審以来控訴人が主張してきたもので、右主張が提出された当時において、右主張の提出によつて本件訴訟の完結が遅延させられるということがないことも明らかであつたから、右主張の却下を求める被控訴人らの申立は理由がない。
(2)、信用金庫法第三十九条によつて、信用金庫の理事について準用される商法第二百六十五条にいう取引に、手形行為が含まれるか否かについては、議論の岐れるところであるが、当裁判所は、手形行為も右の取引に含まれるものと解する。しかしながら、右の取引に該当する手形行為というのは、その手形行為自体が金庫と理事との間の取引たる形式を具えているものに限られ、その手形行為を行う実質上の目的は金庫と理事との間の取引であるといえるが、その手形行為自体は金庫と理事との間の取引たる形式を具えていない場合においては、右手形行為は前記法条にいう取引に該当しないと解すべきである。ところで、本件約束手形上の控訴人名義の保証が振出人朝日織物の手形金債務を保証するものであり、布施の債務を保証するという形式を具備していないこと明らかである。してみると、本件約束手形上の控訴人名義の保証自体が、商法第二百六十五条にいう取引に該当することを前提とする控訴人の前記の主張は採用できない。
(3)、控訴人の前記の主張が、本件約束手形上の控訴人名義の保証は、実質上は布施の借受金債務を保証する目的で行われたものであり、この実質上の目的が商法第二百六十五条にいう取引に該当し、これについて控訴人の理事会の承認も追認もないから無効であり、したがつて、控訴人は本件約束手形上の保証人としての債務の履行を拒絶できるという主張をも含むものであるとしても、右主張は、手形行為の原因関係の無効を理由として手形上の債務の履行を拒絶するものであるから、手形上の権利者である被控訴人らが本件約束手形を取得した際、悪意であつたのでなければ、被控訴人らに対抗し得ないものといわなければならない。しかるに、被控訴人らが本件約束手形を取得した際に、本件約束手形上の控訴人名義の保証が右控訴人主張のような実質上の目的でなされたということ、および本件約束手形上に控訴人名義の保証をするについて控訴人の理事会の承認がなかつたということのいずれの点についても、被控訴人らがこれを知つていたということを認めるに足りる証拠はないから、控訴人の右抗弁も採用できない。
(六)、本件約束手形振出の原因となつた借受金については、利息制限法の制限を超える利息の支払いがなされていたもので、その制限超過部分は当然に借受金元本の弁済に充当されたこととなるので、本件約束手形の手形金のうち、右の弁済充当により消滅した借受金元本額に相当する額については、その支払いを拒絶することができるという控訴人の主張(当審における控訴人の主張の(九)に記載の主張)について、
被控訴人らが本件約束手形取得の原因となつた融資金について、日歩十銭の割合による利息の支払いを受けていたことは、前記(一)の(2)の(ロ)に認定したとおりである。しかしながら、利息制限法の制限を超えて支払われた利息が当然に元本の弁済に充当されるのは、新利息制限法(昭和二十九年法律第百号)が施行された昭和二十九年六月十五日以後に行われた融資金に対して支払われた利息に限られるのであり(同法附則第一、四項)、被控訴人らが昭和二十九年六月十五日以降に行つた融資の日、金額、およびこれに対する利息の支払いを受けた日、金額を確認するに足りる証拠はないから、被控訴人らが行つた融資の元本のうち、何程か制限超過利息の弁済充当によつて消滅しているかを算定することはできない。したがつて控訴人の前記抗弁は採用できない。
第二、参加人の請求について、
(一)、真正に作成されたことが全当事者間に争いがない丙第四号証によると、昭和三十六年十月七日現在で、被控訴人由男が参加人に対して、合計六百八十五万五千五百七十円の所得税、加算税、利子税を滞納していたことが認められる。そして、参加人が被控訴人の右滞納税金徴収のために、昭和三十六年三月二十三日、本件約束手形のうちの別紙目録記載の約束手形一通を差押えたことは、全当事者間に争いがない。してみると、参加人は国税徴収法第五十七条第一項により、みずから右の差押えた約束手形上の被控訴人由男の債権の取立てを行うことができるものといわなければならない。
(二)、控訴人は、手形法第二十条の類推適用によつて、参加人は控訴人に対して別紙目録記載の約束手形上の債権の取立権を有していないと主張するが、参加人は被控訴人由男の別紙目録記載の約束手形上の債権を差押えたに過ぎず、右の債権を譲受けたものではないから、手形法第二十条を類推適用するまでもなく、控訴人は右約束手形について被控訴人由男に対して負担する以上の債務を参加人に対して負担することはないのであるが、前記第一に記載のとおり、控訴人は右約束手形上の保証人としての債務を被控訴人由男に対して負担しているものであるから、控訴人の右主張は採用できない。
結論
以上のとおりであるから、被控訴人由男の請求は、原判決添附第一目録記載の1ないし5の約束手形五通の手形金合計三千八百万円、およびこれに対する昭和三十年九月十五日から完済に至るまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において、被控訴人春尾の請求は、原判決添附第二目録記載の約束手形二通の手形金合計百五十万円、およびこれに対する右同日から右と同率の遅延損害金の支払いを求める限度においては理由があるが、右の限度を超える部分は、いずれも理由がない。参加人の被控訴人由男、控訴人に対する請求は、いずれも全部理由がある。
よつて、参加人の被控訴人由男、控訴人に対する請求をいずれも認容し、原判決が被控訴人由男の請求を認容した部分のうち、前記の理由のある限度を超える部分は失当であるから民事訴訟法第三百八十六条によりこれを取消し、この部分の被控訴人由男の請求を棄却し、同法第三百八十四条により控訴人のその余の控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担については同法第九十六条、第八十九条、第九十二条、第九十四条を、参加人の控訴人に対する仮執行の宣言、およびその免脱について同法第百九十六条を適用して、主文のとおり判決する。
別紙
目録
金額 六百万円
満期 昭和二十九年十一月五日
振出日 昭和二十九年九月六日
支払地 福井市
振出地 福井市
支払場所 福井信用金庫
振出人 朝日織物株式会社
保証人 福井信用金庫
受取人 畑由男