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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和37年(う)34号 判決 1962年5月29日

被告人 山田正昭

主文

本件控訴を棄却する。

理由

事実誤認の論旨について。(省略)

法令適用の誤を主張する論旨について。

所論は要するに、原判決はその判示第二において認定した(1)の脅迫と(2)の暴行とを併合罪の関係ありとして処断しているが、右は法令の適用を誤つたものである。すなわち右の両所為は同一の日時場所において、同一の被害者に対してなされたものであり、ともに相手方の生命又は身体に対する侵害行為であるから、社会的評価においては、脅迫は暴行に吸収される包括一罪と解すべきである。然らば原判決はこの点において破棄を免れないと言うのである。

よつて先ず原判決書を調査するに、同判決書には罪となるべき事実として、『被告人は、第一(強姦致傷の記載省略)、第二同年二月六日午前二時頃、同温泉東山町七番地キヤバレー「メトロ」(経営者大和茂一)へ飲酒に赴いたが、同従業員及びマネージヤーの大和茂一から、「時間が遅いから」と註文を断られたことに憤慨し、同キヤバレー調理場において、(1)右大和茂一(当時四七年)に対し、「俺はお前に恨がある。お前を刺してやる。俺は言つたことは実行するんだ」等と申し向け、以て同人の生命身体に危険を加うべきことを告知して同人を脅迫し、(2)更に同人の左胸部を素手で三回位突いて暴行を加え、(3)(住谷秀子に対する傷害の記載省略)たものである』(公訴事実と同旨)と判示し、その法令の適用として「被告人の判示第一の強姦致傷の所為は刑法第一八一条に、同第二の所為中(1)の脅迫の点は同法第二二二条第一項罰金等臨時措置法第二条第三条に、(2)の暴行の点は刑法第二〇八条罰金等臨時措置法第二条第三条に、(3)の傷害の点は刑法第二〇四条罰金等臨時措置法第二条第三条にそれぞれ該当し、判示第一の罪については所定刑中有期懲役刑を選択し、同第二の各罪については所定刑中懲役刑をそれぞれ選択するところ、以上は刑法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四七条第一〇条により、最も重い判示第一の罪の刑に同法第一四条の制限に従つて法定の加重をなすが」云々と説示し、右第二の(1)の脅迫と同(2)の暴行とを併合罪として処断していることは、所論のとおりである。而して原判示第二の(1)及び(2)の事実に対応する原判決挙示の証拠を綜合すれば、被告人は原判示「メトロ」の経営者大和茂一に対し、ビールを出せと要求し、同人が遅いからと称してこれを拒否するや、「おやじを一度刺してやる」と怒号しながら、同人の左胸部を三回ほど手で突いて同人を後方に倒し、次いで同人に対し、「お前を刺してやる。お前には恨みがある。俺は言つたことを実行するんだ」と申し向けたこと及びその経過順序が右記載のとおりであることを各認定することができる。而してこの事実関係は結局において原判示第二の(1)(2)の事実と同一であり、右暴行と脅迫とは併合罪の関係にあるものと言うべきであるから、原判決には、事実の誤認も、所論の如き法令適用の誤も存しない。尤も原判示第二には前記の如く、(1)として右脅迫の事実を(2)として右暴行の事実を、それぞれ掲げ、而も(2)の劈頭に「更に」と記載されているが、これは同一の機会に同一被害者に対し、暴行と脅迫とが行われたことを判示する趣旨と理解すべきであつて、その事実関係が右(1)(2)の順序であつたと解さなければならないものではない。なお脅迫行為が暴行罪に吸収されると言う所論の解釈は、殴打暴行と同時又は寸前に「殴るぞ」と言い放つが如く、告知にかかる害悪そのものを即座に実現するが如き場合に妥当する理論であつて、本件事犯の如く、暴行後に敢えて暴行以上の害悪を告知して脅迫するが如き場合には適切なものではない。これを要するに、本論旨もまた理由がない。

よつて刑事訴訟法第三九六条に則り、本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 山田義盛 堀端弘士 松田四郎)

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