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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和38年(う)24号 判決 1963年12月21日

被告人 山口太三 外一名

主文

原判決中、上告判決により当裁判所が差戻を受けた部分(被告人山口太三の原判示第二及び第三の罪に関する部分ならびに被告人山口政治に関する部分)を破棄する。

被告人山口太三を罰金三〇、〇〇〇円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金一、五〇〇円を一日に換算した期間、同被告人を労役場に留置する。

被告人山口政治を懲役六月に処する。

但し、同被告人に対するこの裁判確定の日から一年間、右刑の執行を猶予する。

原審における訴訟費用中、証人新家義永、同吉国嘉一郎、同山本文二、同渡辺忠次、同居村茂次、同油谷正男、同北村繁、同村井勝一、同山崎六松、同和泉衛、同芳山芳秀、同中谷由太郎、同山田正重、同吉田喜一、同吉田久則、同向井太一郎、同寺田長逸、同西田多栄知、同山村真一、同地崎清一、同吉国久雄、同寺田正己、同崎田外治に各支給した分及び差戻前の控訴審における訴訟費用の各二分の一を、被告人山口政治の負担とする。

本件公訴事実中、昭和二六年中の所得に対する所得税逋脱の点につき、被告人両名は無罪。

理由

本件各控訴の趣意は、被告人両名の弁護人古屋東作成名義の控訴趣意書(記録第一、七九七丁以下)及び上申書(同第一、八九六丁以下)各記載のとおりであるから、ここにこれ等を引用する。

所論の骨子は要するに、原判決は罪となるべき事実として、被告人山口政治に所得税逋脱の犯意あることを認定する外、被告人山口太三の原判示営業部門における昭和二五年中の所得を二、一六〇、八二八円、これに対する所得税の不正に免れた額(以下時に逋脱額と称する)を一、一二〇、九〇〇円、昭和二六年中の所得を五、〇七二、八〇三円、これに対する所得税の逋脱を二、六一〇、〇〇〇円、昭和二七年中の所得を一、九〇二、七〇三円、これに対する所得税の逋脱額を八〇六、七八〇円と各認定判示しているが、右はいずれも事実の誤認である。すなわち右三ヶ年における各年間の所得は、せいぜい七、八十万円であり、従つて所得税の逋脱や、これを企図することは、毛頭あり得ないから、原判決は事実を誤認したものとして、破棄を免れない、というのである。

所論に対する判断は、後記破棄自判の罪となるべき事実認定において、おのずから説示することになり、また所要の点については、特にその際論及するから、ここでは先ず職権を以て、原判決の理由及び法令適用の当否を検討するに、原判決書には、罪となるべき事実として、「被告人山口政治は被告人山口太三の業務に関し、第一(省略)、第二、昭和二六年一月一日から同年一二月末日までの被告人山口太三の所得に対する所得税を逋脱しようと企て、法定の確定申告書を提出すべきことを知り、且つ右年度の所得が五、〇七二、八〇三円の多額に達しているのに拘らず、これを秘匿し、故意に確定申告書を提出せず、以て右所得に対する同年度の所得税二、六一〇、〇〇〇円を不正に免れ、第三、昭和二七年一月一日から同年一二月末日までの被告人山口太三の所得に対する所得税を逋脱しようと企て、法定の確定申告書を提出すべきことを知り、且つ右年度の所得が一、九〇二、七〇三円の多額に達したのに拘らず、故意にこれを秘匿して、確定申告書を提出せず、以て右所得に対する同年度の所得税八〇六、七八〇円を不正に免れ、たものである旨判示し、これに対する法令の適用として、被告人山口政治の判示所為につき、所得税法第六九条第一項(懲役刑選択)刑法第四五条前段第四七条第一〇条第二五条第一項を、被告人山口太三の判示所為につき、所得税法第七二条第七三条(昭和二九年四月法律第五二号にて第七四条を第七三条に繰り上げ)第六九条第一項刑法第一八条を掲げていることが明らかである。而して右原判示第二及び第三の各前段が、犯罪事実として、所得のいわゆる単純不申告を判示し、その各後段が、右事実に対する判断として、税の逋脱を判示していることは、右各判示自体に徴し明らかであり、また所得税法のもとにおいて、所得の単純不申告が同法第六九条の四の不申告罪を構成するは格別、同法第六九条は同条の二の逋脱犯を構成しないことは、最高裁判所の判例とするところであるから、右第二及び第三の原判示自体において、前後くいちがいがあるばかりでなく、更に原判決は単純不申告である罪となるべき事実に対し、逋脱犯の規定を適用していること、前叙のとおりであるから、これが理由(法律理由と事実理由)のくいちがいと、法令適用の誤りとの、いずれに当るかは別として、いずれにしても、判決に影響を及ぼすこと明らかな違法を冒しているものと、いわなければならない。然らば原判決は、当裁判所が差戻しを受けた部分(被告人山口太三の判示第二及び第三の罪に関する部分並びに被告人山口政治の判示第一乃至第三の罪に関する部分)に限り、破棄を免れず、本件控訴は、結局において理由がある。

よつて刑事訴訟法第三九七条第一項第三七八条第四号により、原判決中右差戻を受けた部分を破棄したうえ、同法第四〇〇条但書に従い、当裁判所において、更に判決をする。

(罪となるべき事実)

被告人山口太三は昭和二四年七月頃から、富山県西礪波郡福岡町下蓑四〇五番地に営業所及び工場を設け、次いで昭和二六年三月頃から、石川県江沼郡矢田野村湯上に工場を増設して、丹ばん注入電柱の製作、販売及び製材業を経営(以下木材部門と称する)する傍ら、本籍地において農業を営んでいたもの、被告人山口政治は被告人山口太三の長男であり、且つその従業員として、右木材部門の経営に従事していたものであるが、被告人山口政治は被告人山口太三の業務に関し、

第一、昭和二五年一月一日から同年一二月末日までにおける被告人山口太三の右木材部門の営業所得に対する所得税を逋脱しようと企て、所定期限内に所轄出町税務署に対し、右営業所得に対する法定の確定申告書を敢えて提出せず、且つその後、右税務署長から、同年度の事業収支計算書及び確定申告書を提出すべき旨通知を受けるや、同年度の右営業所得が別紙第一表昭和二五年所得額計算記載のとおり、一、九〇二、三三二円の多額に及んでいるのに拘らず、昭和二六年四月七日頃、同税務署長に対し、収支差引二二三、一〇七円一四銭の欠損である旨虚偽の収支計算を提出し、以て詐偽により、別紙第三表逋脱税額等計算書記載のとおり、昭和二五年度の所得に対する所得税九七八、七三〇円を免れ(被告人山口政治だけの犯罪事実として掲記)

第二、昭和二七年一月一日から同年一二月末日までの被告人山口太三の前記木材部門の営業所得に対する所得税を逋脱しようと企て、昭和二八年三月一六日までに、所轄税務署に右所得の確定申告書を提出すべきことを知り、且つ昭和二七年度の右営業所得が別紙第二表昭和二七年所得額計算書記載のとおり、約一、九〇〇、〇〇〇円の多額に達していたのに拘らず、故意にこれを秘匿し、右期限を経過しても、所轄出町税務署に、右所得の確定申告書を提出しなかつた(被告人両名の犯罪事実として掲記)

ものである。

(証拠)(略)

本件控訴趣意における所論は先ず、被告人山口政治の判示逋脱の動機又は犯意を否定するのであるが、前記対応証拠を総合し、併せて各年間に判示の如き所得がありながら、敢えて確定申告書を提出せず、或は虚偽の収支計算書を提出する事実に徴しても、これを肯認するに十分である。所論は更に原審認定の所得額が過大である理由として、(一)昭和二五年度に吉田嘉一郎に支払つた原木代金は、二〇万円である、というのであるが、原審証人吉沢弘に対する尋問調書(記録第一、一六四丁以下)と証第一五号の判取帳の各記載によれば、同年中右吉国に支払われた原木代金は、別紙第一記載のとおり、同年一一月五日払の一四万円だけであることが明らかであるから、所論は当裁判所の自判上、採用することができない。尤も吉国嘉一郎の検察官に対する供述調書及び証人吉国嘉一郎に対する原審及び差戻前の控訴審の各尋問調書、所論援用の原審証人寺田長逸に対する尋問調書中には、代金額につき、右認定に符合しない供述記載があるけれども、これ等の供述記載は、いずれも措信し得ないものである。なお所論は原木代金に山出し料五万円を加算しているが、山出し料は別に人件費として、必要経費に計上していること、別紙第一表記載(寺田長途への支払)のとおりであるから、これを原木代金に包含させて、必要経費として二重に計上すべきではない。(二)次に所論は、昭和二五年度に南良一に支払つた原木代金は、五万円である、というのであるが、原審証人南良一に対する尋問調書(記録第四八五丁以下)によれば、同年中に同人に支払われた原木代金は、別紙第一表記載のとおり、二万円であることが明らかであるから、所論は当裁判所の自判上、採用し得ないものである。(三)次に所論は、昭和二七年度に立木代金として竹沢某に支払つた二七万円の外に、その周旋料、山出し料として、桂井喜作に支払つた二一万円の支出がある、というにあるところ、別紙第二表記載のとおり、これを認めるに十分な証拠があるから、所論を採用し、これを同表記載のとおり、立木代金の外、山出料等二九二、五〇〇円に包含させて、必要経費に計上したのである。(四)更に所論は、同年度に立木代金として堀与吉に支払つた五九、〇〇〇円又は五七、〇〇〇円の外に、その山出し料として、桂井喜作に支払つた二万円の支出がある、というにあるところ、別紙第二表記載のとおり、これを認めるに十分な証拠があるから、所論を採用し、同表記載のとおり、右立木代金は五七、〇〇〇円とし、山出料は二九二、五〇〇円に包含させて、これを必要経費に計上したのである。(五)次に所論は同年度に工藤米造に支払つた立木代金は、六〇、〇〇〇円、宮下耕作に支払つた立木代金は、三四、五〇〇円であり、右両者に対する周旋料として桂井喜作に支払つた金額は、四〇、〇〇〇円である。というのであるが、別紙第二表記載の対応証拠によれば、右宮下に支払つた立木代金は二七、五〇〇円、右桂井に支払つたのは、周旋料及び山出し料として、四二、五〇〇円であり、その他は所論のとおりであることが明らかであるから、所論は右認定の限度においてこれを採用し、同表記載(右周旋料等は二九二、五〇〇円中に包含)のとおり、必要経費に計上したのである。(六)次に所論は、同年度に北村栄造に支払つた立木代金は、五二、〇〇〇円である。というにあるところ、別紙第二表記載のとおり、これを認めるに十分な証拠があるから、所論を採用し、これを必要経費に計上したのである。(七)更に所論は、昭和二五年度の所得に関し、前年度からの繰越原木に対する原審の評価が過少であり、また昭和二五年乃至二七年度の所得に関し、旅費、交際費、厚生費その他の諸雑費に対する原審の認定が過少である、というのであるが、記録並びに当審における事実取調の結果に徴しても、所論を支持するに足りる証拠が見当らないから、この点の主張も、当裁判所の自判上参考とするを得ないものである。尤も原審及び差戻前控訴審の証人吉沢弘に対する各尋問調書中には、いささか所論に副うが如き供述記載があるけれども、該供述は単なる推測に過ぎず、帳簿その他正確な資料に基ずくものでないから、信憑性に乏しいものである。(八)次に所論は、昭和二八年度以降の所得に比し、昭和二五年度以降の所得に対する原審の認定は、過大である、というのである。なるほど昭和二五年度所得において、当審の認定判示するものよりも、原審の認定がいささか過大であることは、所論のとおりであるが、当審においては、原判決を破棄自判する機会に、証拠に基ずき、昭和二五年度及び昭和二七年度の各所得を適正に認定したのであるから、所論がそれ以下にこれを認定すべきであるとするならば、それは採用するに由ない議論である。(九)所論は最後に、ある年度における製品の売上代金額が、原木の仕入代金額と期首繰越代金額との合計額から、期末繰越代金額を控除した残額の約三倍に達するが如き所得の計算には、誤りがある、というのであるが、差戻前控訴審の第二回公判調書中、被告人山口太三の供述記載によれば、製品の売上代金は、おおよそ原木の仕入代金額、加工賃その他の諸掛と右仕入代金額の約八割に相当する利益金とを合算した額であることが明らかであるから、別紙第一、二表記載の如く、製品の売上代金額がそれに要した原木仕入代金額の二倍半乃至三倍に達することは、当然であるから、所論は到底採用しない議論である。((一〇)その他昭和二六年度所得に関する所論に対しては、当裁判所が有罪視しない事項に関するものであるから、判断を示さない)

よって判示事実は、その証明が十分である。

(控訴趣意以外の主張に対する判断)

(一)  弁護人は、本件公訴事実における各訴因は、所得税法違反を内容とするものであるから、収税官吏の告発が起訴条件であるに拘らず、本件公訴には、右告発がないから、不適法として、棄却されるべきものである、というのである。

併しながら、本件各訴因事実がいずれも所得税法違反を内容とするものであることは、所論のとおりであるけれども、所得税法違反については、所論の告発が起訴条件となつていないものと解すべきであるばかりでなく、記録第一、二〇〇丁以下の告発書により、所論の告発があつたことを認め得るから、所論は採用することができない。

(二)  次に弁護人は、判示第二の事実は、予備的な訴因として追加されたものであるところ、該訴因事実については、右追加当時すでに公訴時効が完成していたから、右訴因追加は許されないか又はこれについての公訴は、棄却されるべきである、というのである。

併しながら、判示第二の事実が、昭和三八年九月二六日の差戻後の当審第一回公判において、逋脱犯である本位的訴因に追加された予備的訴因であることは、所論のとおりであるが、右予備的訴因事実は、量的にも質的にも、本位的訴因事実の内容的一部をなし、該訴因事実と同一性があるばかりでなく、而も右本位的訴因事実に対する起訴は、該訴因は勿論、右予備的訴因についても、未だ公訴時効の完成しない昭和二九年二月二六日になされたことが記録上明らかであるから、これにより本件予備的訴因事実を含む「事件」全般につき、公訴時効が停止となつたものと云うべく、従つて右予備的訴因追加当時、該訴因事実につき、未だ公訴時効は完成せず、右訴因追加は有効であり、また右予備的訴因につき、公訴棄却を言い渡すべきではない。本論旨もまた採用することができない。

(法令の適用)

被告人山口政治の判示所為中、第一の所得税逋脱の点は、所得税法第六九条第一項に、第二の不申告の点は同法第六九条の四に各該当するところ、右両者は刑法第四五条前段の併合罪の関係にあるから、所定刑中いずれも懲役刑を選択し、同法第四七条本文第一〇条に従い、重い逋脱犯の刑に法定の加重をなし、同法第四七条但書の制限に従つた刑期範囲内において、同被告人を懲役六月に処し、更に同法第二五条第一項を適用して、この裁判確定の日から一年間、右刑の執行を猶予し、訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項本文に従い、主文第六項記載の限度において、同被告人の負担とする。次に被告人山口太三の判示第二の事実は、所得税法第七二条第六九条の四罰金等臨時措置法第二条に該当するから、所定金額範囲内について、同被告人を罰金三〇、〇〇〇円に処し、右罰金を完納することができないときは、刑法第一八条により、金一、五〇〇円を一日に換算した期間、同被告人を労役場に留置する。

(無罪の理由等について)

本件公訴事実中、被告人山口政治が被告人山口太三の業務に関し、

(一)  昭和二六年一月一日から同年一二月末日までの被告人山口太三の所得が五、〇七二、八〇三円の多額に達しているのに拘らず、これを秘匿し、故意に確定申告書を提出せず、以て右所得に対する同年度の所得税二、六一〇、〇〇〇円を不正に免れ

(二)  昭和二七年一月一日から同年一二月末日までの被告人山口太三の所得が一、九〇二、七〇三円の多額に達しているのに拘らず、これを秘匿し、故意に確定申告書を提出せず、以て右所得に対する同年度の所得税八〇六、七八〇円を不正に免れたものである(原審第一一回公判において、変更した訴因)との事実について案ずるに、右各公訴事実中、不申告の点は、その証明十分であり、またその所得額についても、若干の差こそあれ、ほぼこれを認定し得るのであるが、被告人両名特に山口政治において、税逋脱のために詐偽その他不正行為を行つたことについては、これを認めるに足りる証拠がない。而して所得税法のもとにおいて、税逋脱の目的を以てする所得の単純不申告が同法第六九条の四の不申告罪を構成するは格別、同法第六九条又は同条の二の逋脱犯を構成しないことは、原判決破棄の理由として、冒頭に説示するとおりであるから、右各公訴事実については、いずれも逋脱犯として問擬することが許されない。而して右(一)の公訴事実については、その訴因を不申告罪に変更していないばかりでなく、礪波税務署長の証明書二通(記録第一、〇六一丁乃至第一、〇六五丁)及び山口隆三の検察官に対する供述調書(同第一、二〇六丁以下)によれば、被告人山口太三の五男隆三は、同被告人の昭和二六年度農業所得を申告するに当り、農業所得だけの適法な金額を記入し、他の所得欄を空欄にした総合所得申告をなし、そのため、故意なくして、右(一)の起訴にかかる所得(営業所得)が皆無であるるとの虚偽申告をしたのと同じ結果になつたことを認め得るのである。然らば右所得につき、被告人山口政治において確定申告書を提出しなくても、不申告罪は成立しないから、不申告罪に訴因を変更する余地も存しない。結局右(一)の起訴事実は、罪とならないものであるから、刑事訴訟法第三三六条により、被告人両名につき、ここに無罪の言渡をするものである。次に前記(二)の公訴事実については、前説示のとおり、逋脱犯は成立しないが、その予備的訴因として追加された不申告罪につき判示第二の事実として、有罪に問擬しているのであるから、右(二)の逋脱犯の訴因につき、主文において、特に無罪の言渡をしないのである。

以上の理由により、主文のとおり判決する。

(裁判官 堀端弘士 広瀬友信 松田四郎)

第一表ないし第三表(略)

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