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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和42年(う)83号 判決 1967年9月28日

被告人 伊部与市

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人加藤茂樹、同大橋茹の各控訴趣意書及び弁護人大橋茹の追加控訴趣意書に記載されているとおりであり、これに対する答弁は検察官永田敏男の答弁書に記載されているとおりであるから、これを引用する。

一、弁護人加藤茂樹の控訴趣意第一点について、

所論は要するに、本件は刑法二六一条の器物毀棄罪として公訴が提起されたものであるが、右罪は適法な告訴を要件とする、ところが被害者側が被害山林として主張する福井県丹生郡織田町平等一三〇字小足谷一三番の山林(以下一三番の山林と略称する。その他同地区の山林については、何れも単に一四番、一七番の山林等と略称する)は橘良玄の所有ではなく、従つて同人は告訴権を有しないにもかかわず、同人の告訴に基き本件は公訴が提起されている、又右告訴は右一三番の山林の一部(立木及びそれが生立する土地)に対する窃盗未遂罪について処罰を求めているにもかかわらず、本件は器物毀棄罪について告訴があつたものとして公訴が提起されている、即ち右告訴は形式内容共に不適法であり、従つて本件公訴提起は違法であるから、原審はすべからく刑訴法三三八条四項により公訴を棄却すべきであつたと言うのである。

記録を調べると右一三番の山林は、もと橘良玄の所有であつたが、同人は昭和二二年四月一日隠居し、その長男橘良洪が家督相続した、然し同人は昭和二三年八月一七日死亡した為、その妻橘千代子、長男橘良俊外五名の子がその遺産を相続した結果、現在右山林は右七名の共有となつていること、及び登記簿上は右山林は依然として橘良玄所有名義になつていることは原判示の通りであり、所論も争わぬところである。

次に本件告訴は、昭和三八年六月二五日付、橘良玄、同良俊連名の告訴状によつて為されており、右告訴状において、同人等は本件山林は「良玄所有である」旨明記し、同月二六日附、橘良俊の告訴調書においても、同人は同趣旨のことを述べた上、「祖父良玄は現在九〇歳で歩行も困難である為、同人の代理人として告訴するものである」旨述べていることは、弁護人所論の通りである。

所論は右各事実に基づき、右良玄の告訴は、被害者でなく従つて告訴権のない者のそれであるから、無効であり、右良俊の告訴も告訴権のない右良玄を代理して為されたものであるから同様に無効であると主張する。

ところで告訴とは法律上告訴権を有する者が、検察官又は司法警察員に対して犯罪事実を申告し、犯人の処罰を求める意思表示であるが、右良俊が本件山林の所有権者として告訴権を有することは疑いがない。又申告された犯罪事実は、それが特定されていれば足るのであつて、本件の場合の如く、事実上の所有権者と登記簿上の所有権者と異なつている場合被害者を誤つて申告しても、告訴の効力には影響はないと解すべきである。そこで問題は、本件告訴において、真の被害者である右良俊自身が被告人の処罰を求める意思表示を為しているか否かである。前記の如く、同人の前記告訴調書において同人は、右良玄の代理人として告訴するものである旨述べているけれども、右供述は、必ずしも右良俊の真意を尽しているとは考えられない。

原審第四回公判において、右良俊は「自分は法律上の知識がなく、本件山林の所有権が登記簿上祖父良玄のものになつているので、自分個人の名前で告訴したのでは法的根拠が薄いと思い、良玄と連名で告訴状を作成したものである、それは良玄の代理の意味もあるが、自分自身も勿論被告人の処罰を求めているのである、古い考え方かも知れないが、自分は長男であるから、家の財産は、法的手続を経たならば、すべて、いつか自分のものになることに間違いないので、祖父のものは自分のものであると思つていた、祖父良玄は現在生きているので、自分だけの名前で告訴するのも、おこがましく、登記簿上も祖父の所有名義になつているので、このような告訴の形式にしたのであるが、これは法的な知識がないための誤りで、祖父のものも自分のものも同じと言う気持で告訴した、法律上は、どうなつているか分らないけれども、本件は一家にふりかかつた災難であつて、長男として自分は一家の中心になつているから、自分が被告人の処罰を求めると言う気持である」趣旨の証言をしている。右証言は、右良俊が本件を告訴するに至つた心境を率直に語つているものと認められ、必ずしも前記告訴状及び告訴調書の法律的不備を糊塗する為の弁解とは考えられない。即ち右証言によれば、同人は本件山林の所有権が祖父良玄から、父良洪、更に良俊等に移行した経過について法律的知識を持たず、本件告訴に当つて登記簿上所有権者が良玄となつているので、単純に法律上の所有権者も右良玄であると信じ、前記の告訴状を作成提出したものである。その際告訴人を右良玄と良俊の連名としたのは、前記告訴調書で述べている如く、右良俊において良玄を代理する気持もあつたであろうが、それ以上に良俊自身告白している如く、新民法以前の古い家の観念に捉われ、右山林は登記簿上所有名義人は良玄であるが実質上は橘家の家産として観念しており右良玄が九〇歳の老令で隠居の身であり、良俊の父は良俊の幼時に死亡して、現在では、その長男として良俊が橘家を主宰している立場から、被告人の行為により、右良玄のみならず、橘家、ひいては、その構成員である良俊自身も被害を受けたとの意識を有しており、右被害感情に基づき、右良玄と連名で前記告訴状を作成したもので良俊自身も被告人の処罰を求める意思を有し、右告訴状において右意思を表示したものである。良俊の真意は以上の通りであると認められる。して見れば、本件告訴は、告訴権者である右良俊が自ら被告人の処罰を求める意思表示を為したものと解すべきであるから、告訴としての要件を具備し、適法なものと言うべきである。

次に本件告訴状は一三番の山林の一部の窃盗未遂の処罰を求めており、これに対して検察官が器物毀棄罪として公訴を提起し、原審が同罪により処断したことは所論の通りであるが「被告人が昭和三七年一一月一日頃佐々木登を使用して本件山林の杉、檜の立木約四八〇本を枝打ちさせた」と言う犯罪事実については両者間に同一性があり、両者は、ただ右事実に対する法律的評価を異にしたのみであるから本件告訴の効力は右公訴事実及び原判示事実にも及び、何ら違法ではない。

論旨は採用できない。

二、弁護人加藤茂樹の控訴趣意第二点、弁護人大橋茹の控訴趣意第三点について

所論は要するに、原判決は、本件において被告人が枝打させた立木の生育していたのは橘良俊外七名所有の一三番の山林であつて、被告人は右枝打した当時、右立木が自家の所有でなく、右橘良俊等の所有であることを認識していた旨認定しているけれども、右立木は被告人方(被告人の次男実男名義に登記されている)所有の一四番の山林に生育しているものであり、当時被告人は自家所有の山林に生育している立木を枝打するものと確信していた、と言うのである。

然しながら右原判示事実は、原判決挙示の証拠によつて、これを認めるに十分である。特に島田七郎兵衛及び河合定治の原審における各証言及び昭和四〇年七月一〇日附検察官作成の実況見分調書によれば、被告人に対する造林資金の貸付に際し、昭和三〇年八月二五日、当時織田町森林組合の技術員であつた島田七郎兵衛及び福井県林業技術員であつた河合定治は、被告人と同行して本件山林を踏査したが、その時被告人は右島田及び河合に対して、一三番、一四番、一七番の各山林境界として被害者橘良俊の主張するそれを指示説明した事実が認められるのであつて、従つて本件において被告人が枝打させた立木は被害者所有の一三番の山林に生育していたものであり、然も被告人は、当時このことを認識していたことが明らかである。被告人はその司法警察員、検察官に対する各供述調書、及び原審公判において所論に沿う供述を為しているけれども、右によれば被告人は昭和二三年三月末頃一四番の山林を伊部勝美の未亡人から現地調査をすることなく買い受け、昭和二五、六年頃、たまたま山で会つた、右一四番の山林を昭和一五年七月から昭和一六年一月まで所有し、その後も右山林を長く管理していた左近七郎右エ門から、右山林の境界を現地で教えられたが、同人の説明によれば一三番の山林と一四番の山林との境界は被告人の主張の通りであつたと言うのであり、このことが本件山林が被告人所有の一四番の山林の区域内にあると言う同人の主張の最大の根拠となつている。然し左近七郎右エ門は昭和三六年に死亡して現存せず、然も昭和一七年に一四番の山林を伊部勝美が左近良輔から買受けた時、これを仲介した加藤太治郎は原審において、右売買に際し、前記左近七郎右エ門も立会つたが、同人は一三番と一四番山林の境界を被害者主張の通り指示した旨証言しており、一七番の山林の所有者で左近七郎右エ門の妹を妻に持つ室田孝栄は原審において、一三番、一四番、及び一七番の山林の境界線附近に天狗松が存すると言う被害者の主張を肯定する旨の証言をなし、且つ昭和一四年頃右室田孝栄は左近七郎右エ門と相談して、右天狗松を伐つた旨証言している。更に被告人は原審公判においては当時の県林業技術員前記河合定治が本件山林に測量に来たことはなく、従つて同人を本件山林に案内したこともなく原審に至つて初めて同人を見た旨述べているが、被告人の昭和三九年四月二一日附検察官調書においては、昭和三二年三月頃造林資金の融資を受けた際、現地測量をすると言うので県林務課の技術員河合と森林組合の島田七郎右エ門と共に被告人は一四番の山林へ行つた旨述べているし同人の昭和四〇年七月一五日附の検察官調書では、本件枝打を佐々木登に依嘱するに当つて、同人に被害者の山林との境界を教える時、一三番の山林と一四番の山林とは境界に同じような杉、檜が植えられていて良く分らなかつたので、最初は、はつきり教えなかつた旨述べており、その供述は一貫しない。右各事実及び他の関連証拠と対比する時、被告人の前記各供述は信用しがたく、他に前記認定を左右するに足る証拠はないので、論旨は採用できない。

三、弁護人加藤茂樹の控訴趣意第三点、弁護人大橋茹の控訴趣意第一点、第二点について

所論は要するに、仮に本件において被告人が枝打させた立木が被害者の所有であつたとしても、刑法二六一条に言う毀棄とは、物の効用を滅却もしくは減少させることであるが、本件枝打は、その立木の正常な育成と良材確保の為の有益行為であつて、これによつて右立木の効用もしくは価値は増大こそすれ、滅却もしくは減少することなく、且つ被告人は右立木の育成を助長する為に枝打したのであるから、右立木自体を損壊する意思もなかつた、又本件行為による結果は損傷被害の程度が極めて軽微で、未だ右立木を本来の目的に従つて使用することができない程度に至らしめたものとは言えず、損壊の概念に当らない、従つて本件を器物損壊罪を以て、処断した原判決は法令の解釈、適用を誤つたものである、と言うのである。

然しながら刑法二六一条の「損壊」とは、物質的に物の全部又は一部を害し、又は物の本来の効用を失わせる行為を言うのであつて(昭和二五年四月二一日最高裁判決、刑集四巻四号六五五頁)所論の如く、もつぱら物の効用を滅却もしくは減少させる行為に限定されるものではない。即ち毀棄罪の客体は物の物体及び、その効用もしくは価値の両者を意味すると解すべきである。従つて経済的、法律的、その他の見地から無価値の物でも、その物体の完全性を毀損する場合には本罪が成立し、又物体の完全性に対し何ら毀損を加えなくても、その効用価値を減少、滅却する場合にも本罪は成立する。

被告人の本件枝打行為は、仮に所論の如く、客観的には、その立木の生育を助長し、価値を附加するものであつても、右立木の所有者である被害者の意思に反して、右立木の物体を毀損したものである以上、器物毀棄罪の刑責を免れるものではない。

本件においては、前記認定の如く、被告人は右立木が被害者の所有であることを十分認識しながら枝打をさせたものである。そして原審証人佐々木登の供述によれば、その為に被告人は四万円の人夫賃を支出している。このことは、被告人が、原判決認定の如く、右立木の枝打ちをし、その生育を助長したという既成事実を作り上げた上で、右立木を将来自己の所有に帰せしめようとした意図を有していたことを推定せしめるものである。従つて被告人の本件所為は明らかに被害者の意思に反するものであるし、被告人の意思が、右立木の生育の助長自体を目的としたものでないことも疑を容れない。又本件の如く杉立木約二八五本、檜立木一九二本合計約四七七本を、人夫賃四万円を支出して、枝打する行為は、とうてい所論の如く損傷の程度が極めて軽微なものと言うことはできないし、又本件の場合物の効用の減少は問題にならないことは前述の通りである。論旨は採用できない。

以上の通りであつて、本件控訴は理由がないので、刑訴法三九六条により、これを棄却することとして、主文の通り判決する。

(裁判官 斎藤寿 島崎三郎 河合長志)

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