名古屋高等裁判所金沢支部 昭和47年(行ケ)1号 判決 1974年2月08日
主文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの連帯負担とする。
事実
(申立)
原告ら訴訟代理人は請求の趣旨として、
「被告が昭和四七年一〇月九日付をもつてなした、同年六月一八日執行の福井県吉田郡永平寺町長選挙の選挙及び当選の効力に関する原告らの審査申立に対する裁決を取消す。
右選挙又は同選挙における当選者川治吉右エ門の当選を無効とする。
訴訟費用は被告の負担とする。」
旨の判決を求め、被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求めた。
(主張)
甲、請求原因
第一、
原告らはいずれも昭和四七年六月一八日執行の、福井県吉田郡永平寺町長が欠けたことによる町長選挙(以下「本件選挙」という。)において選挙人であつた者である。
本件選挙は同町の元町議会議長である訴外河野正士と元助役である訴外川治吉右エ門との二候補者の間でその当落が争われたところ、開票の結果、選挙会は、河野候補が二〇三三票、川治候補が二一四四票をそれぞれ得票したとして、川治吉右エ門を当選人と決定した。
原告らは昭和四七年六月二四日、永平寺町選挙管理委員会(以下「町選管」という、)に対し本件選挙の無効と当選の無効とを主張して異議の申出をしたが、同委員会は同年七月一一日、異議申出棄却の決定をした。
そこで原告らは同年同月二九日、被告に対し審査の申立をしたが、被告は同年一〇月九日に右審査申立を棄却する旨の裁決をした。
第二、
しかしながら本件選挙ならびに同選挙における川治候補の当選についてはそれぞれ次のような無効原因(選挙無効原因、当選無効原因)が存する。
一、投票用紙の管理の違法
投票用紙の横流しによる不正投票の危険を考えるとき、投票用紙の印刷発注から投票用紙、残存用紙の各枚数確認に至る間の投票用紙の管理が、選挙の自由と公正の保持につき重大な意味を有することは言をまたない。
しかるに本件では被告の裁決書も認めるとおり、
<1>(イ) 出蔵印刷所に対し、四、六〇〇枚の投票用紙を発注したというが、印刷のさい監視のため選挙管理委員会から職員を派遣するなど、不正印刷防止の措置をとつていない。
(ロ) したがつて、発注枚数以上の投票用紙が印刷され、横流しされないとの保障は全然ない。
<2>(イ) 投票用紙の納品時に枚数の確認がなされていない。
(ロ) それゆえ発注以上の枚数が納品され、不正に使用されないとの保障は、これまた、まつたくない。
<3> 印刷発注枚数(四、六〇〇枚)と、投票用に使用された用紙に残存枚数を加えた合計四六九三枚との間に九三枚の差が存在する。
<4> 以上の事実は、本件投票用紙の管理が違法であつたことを示すものである。前記のとおり選挙の自由公正の保持に、きわめて重大な関係をもつ投票用紙の管理が以上のように違法である以上、本件選挙は無効であるといわねばならない。
被告の裁決書は「投票用紙が事前に流出する危険性の存在をうかがわしめるが、現実にこれが流出していたと認めるに足る証拠は、ついに発見できず」として本件選挙は無効とならないとした。
しかし、前記<1>ないし<3>の事実は、これだけで不正投票の存在を確認するに十分であり、著しく選挙の公正を害し、また選挙の結果に異動を及ぼすことが明らかであるから、本件選挙は無効である。
<5> 又、本件選挙には昭和四七年二月一一日執行の同町町長選挙の未使用投票用紙が不正に流用された事実もある。
二、代理投票の管理執行上の違法
<1> 選挙能力のない程度の身体障害者であることの明かな者(坪川源など)の代理投票を許した。これは当該投票を無効ならしめ、ひいては当選の効力に影響するだけでなく、かかる代理投票を許した投票管理は選挙規定に反し選挙は無効である。
<2> 公選法第四八条第二項によれば投票管理者は代理投票の申請があつたばあい投票立会人の意見をきいて、拒否するかどうかを決定すべきところ、投票立会人の意見をきいていない。ちなみに本件選挙における代理投票は五五件である。この代理投票が無効となり、他の無効投票とを合せるならば当選の効力に影響を及ぼすことは明らかである。
<3> 別表甲記載のとおり本件各投票所における代理投票に際しては、すべて投票管理者又は投票立会人が補助者になつており、その間、同人らは投票管理者又は投票立会人の職務に従事しなかつた違法がある。
投票管理者が補助者となつてなされた代理投票は計一六票ある。
又、第五投票所以外の各投票所では投票立会人は法定最低限の三人しか選任されてなかつたから、右投票立会人の一人が代理投票の補助をした間になされた他の投票は立会人の法定数を欠いたことになる。
而も今一人の代理投票補助者はすべて役場職員であつたところ、本件選挙では役場職員あげて川治候補の選挙運動をしたといわれているのだから、前記選挙管理規定違反が選挙無効につながることは明白である。
三、不在者投票の管理の違法
<1>(イ) 不在者投票の投票用紙は二重の封筒に入れることになつている。すなわち、投票ずみ用紙を内封筒に入れて封をなし、これをさらに外封筒に入れて封をし、外封筒に投票の年月日並びに選挙人の氏名を記載しなければならない(公選法施行令第五三条第一項、第五四条第二項及び第五九条第三項の規定による不在者投票用封筒の様式)。
(ロ) しかるに本件不在者投票には内封筒の封をしないもの、外封筒に封をしないもの、外封筒に選挙人氏名の記載のないものが相当数存在する。
選挙法が二重封筒を用いることとしたのは、投票の秘密を保持するためである。しかるに本件不在者投票の立会人は不在者投票の手続を知らない選挙人に対し、封筒に封をする必要がないと教示したり、開封のまま投票するのを放任した。
(ハ) 又、昭和四七年二月一一日執行の永平寺町長選挙(以下「二月選挙」という)。のさいの不在者投票の外封筒を不適法に訂正して使用したものが二八通ある(その氏名は別表乙のとおりである。)(甲第二号証の一、二、甲第四ないし第三〇号証の各一、二、参照)。
(ニ) 又、不在者投票の外封筒に投票日の記載のないものが二通(中野ちとせ、山下敏雄の両名)ある(甲第一一一号証の一、二、甲第一一二号証の一、二、各参照)。
(ホ) 又、同じく外封筒の投票日付を不適法に訂正したものが一通(坪川たけの)ある(甲第一一三号証の一、二、参照)。
<2>(イ) 又、選挙管理委員長が不在で、かつ投票立会人を欠いた不在者投票が七七票あり、その投票者の氏名は別表丙のとおりである。
(ロ) 同じく、投票立会人のみを欠いたものは柿木勇、酒井あい子、吉川芳男の三票である(甲第一〇八ないし一一〇号証参照)。
<3> 投票管理者が法規に従つた不在者投票の管理をしていない。
<4>(イ) 不在者投票は、公選法施行令第五二条によれば、不在者投票をしようとする選挙人が不在者投票の事由に該当する旨の宣誓書を選挙管理委員会に提出しなければならないと規定している。
(ロ) しかるに本件の不在者投票の宣誓書には本人が作成したものでないものが別表丁記載のとおり一三六通ある。(その他、本人自署のもの三八通、本人自署のものであるが永平寺町役場職員のもの二八通であつた。)
これは選挙の不在者投票の管理規定に違反している。
<5> 又、右不在者投票に際しては明かに川治派の運動員である町役場職員が立会した。
以上の事実は当該投票を無効ならしめるだけでなく、選挙の管理規定に違反しているから本件選挙は無効である。
ちなみに本件不在者投票が無効となれば当選者川治吉右エ門と次点者河野正士との得票差は一一一票であるから、当選の結果に異動を及ぼすことは明白である。
四、開票の管理違法
昭和四七年六月一八日本件選挙の開票が行われた永平寺中学校講堂では、開票にあたつて左記のような情況と事実があつた。
<1> 午后八時五分頃から、計算席にいた計算係ならびに松倉権作永平寺町選挙管理委員長ほか選挙管理委員らはそわそわしはじめた。
<2>(イ) 松倉委員長の机の上にあつた整理計算ずみの投票用紙の束が計算席にいる計算係酒井利明のところへ直接に移動されたことが少なくとも三回はあつた。
(ロ) 又、右酒井から立会人の点検を経ないで直接松倉委員長の手元へ移動した開票束があつた。
<3> 午后八時一〇分頃朝倉順英(永平寺町選挙管理委員会事務局長)と吉田政幸(永平寺町土木課長)とは、何事かひそひそと話合つた後、右朝倉順英は計算席にいた川本照男のところへ行き、ポケツトから約二〇〇票位の投票用紙をとり出し、右川本に手渡すような様子がみられた。
(なお調査―当審の検証―の結果、得票数の記載のない効力決定用紙(ふせん)を貼付けた川治吉右エ門票四束(二〇〇票)が現われたが、そのうち一束のふせんには松倉選挙管理委員長の押印も欠けていた。)
<4> 午后八時二五分頃それまで松倉委員長の机と山口国雄選挙管理委員との机が離れていたのにいつの間にか接着していた。そして同机のところで前記松倉、朝倉、山口の三名が何事かをささやき合い、そこへ吉田政幸も近寄り、話合いに加わつた。そのころ前記酒井利明は計算席で上衣をぬぎ、同席の上にある投票用紙の上にぬいだ上着をのせた。
そこへ五、六人の開票事務に従事していた町役場の職員らが、右酒井の囲りをとりまき投票をすりかえているのではないかと思われる状況が展開された。
この状況に対して、参観席の永平寺町民から不信の声をあげる者があり、騒然となつた。開票所には永井勇(松岡警察署長)をはじめ警察官五、六名がきていたが警察官は参観席の者に対してさわぐなと制止するだけで、この状況を放任した。
その後午後八時三〇分頃松倉委員長から開票状況の中間発表がなされ、河野正士二、〇〇〇票、川治吉右エ門二、〇〇〇票と発表された。
これを聞いた参観席の人々のうちには、開票立会人である原告山本浅治のサインで河野正士が二二〇〇票を確実に超え、総投票数の過半数以上になつて勝つていたことを知つていたので、さらに騒ぎがはげしくなり、ヤジが飛び開票の公正を求める人々より強い抗議が出された。しかし、これらは警察官によつて制止され、奇怪な開票事務が続けられた。
<5> 公選法施行令第七二条によれば開票管理者は、投票を点検する場合において、開票事務に従事する者二人に各別に同一の候補者の得票数を計算させなければならない、とあるのに本件の場合得票数の点検、計算が一人で行なわれ、そのため得票数のごまかし(投票のすりかえ)が行われた疑いがある。
<6> 開票立会人山本浅治は、松倉委員長に対し開票の最終的な点検を要求したが、同委員長はこれを不法にも拒否した(公選法第六六条第二項)
<7> 又、本件開票の際有効票に貼付された効力決定用紙(ふせん)を何人が何枚作成したか不明である。そして前記朝倉順英は、同人が川治票の「ふせん」四四枚中三三枚と河野票四四枚中三七枚の合計七〇枚につき各候補者名を書いたといい、他方計算係員渡辺喜代子は、二、三〇枚の「ふせん」用紙に候補者名と「五〇票」とを記入したといつている。ところで開票の実務として、審査、点検、計算係でもない朝倉順英(速報渉外係)が「ふせん」の作成貼付をするはずがなく、この点からみても投票のすりかえの存在を疑わしめる合理的理由がある。
<8> なお選挙管理委員会がいまだ確定的に投票の効力を有効もしくは無効と確認していない段階で集計係酒井利明が作成した集計メモに、永平寺町選挙管理委員会の「開票計算集計表」と表示された表紙が綴られて、同選管唯一の開票計算集計表とされているのも不審である。
以上の事実は開票所において約二〇〇票の投票のすりかえが行なわれたと疑うに足る十分な事由の存在を示すものである。選挙の公正がかくも甚だしく国民の眼前で侵害されたのである。
かかる選挙を無効としなければ、民主主義は、その根底を失い、崩壊を免がれないであろう。
乙、請求原因に対する答弁並びに反駁
一、被告は左の諸事実はこれを認める。
<1> 請求原因第一の点
<2> 同第二、一、の<1>(イ)の事実
<3> 同第二、一、の<2>(イ)の事実
<4> 同第二、一、の<3>の事実
<5> 同第二、二の<3>のうち、本件各投票所における代理投票につき、投票管理者投票立会人及び代理投票補助者間の兼任関係が原告主張どおりであること。
<6> 同第二、三の<1>の(イ)の点
<7> 同第二、三の<1>の(ロ)のうち、本件不在者投票に際し、内封筒の封をしなかつたという者二名、外封筒に封をしなかつたという者三名があつた点二月選挙の不在者投票の外封筒の(選挙執行期日の)記載を訂正して使用した者のあること。
<8> 不在者投票の外封筒に投票日の記載のないもの二通があること
<9> 同じく外封筒の投票日付を訂正したもののあること
<10> 同第二、三の<2>の本件不在者投票に際し投票立会人が不在であつた旨証言した者が一三名あること
<11> 同第二、三の<4>(ロ)の本件不在者投票の宣誓書中、本人が作成しなかつたもの一二〇通のある点
<12> 同第二、四の<4>のうち、午後八時三〇分頃開票状況の中間発表がなされ、河野正士二〇〇〇票、川治吉右エ門二〇〇〇票と発表されたこと。
二、その余の原告主張事実はすべてこれを争う。
三、被告は次のとおりに反駁主張する。
<1> 投票用紙の管理に関する請求原因第二、一、<1><2><3>について、
(イ) 投票用紙横流しの可能性は、前記<1><2>以外の他の事情が加わればその可能性なしといえないが、右<1><2>の事情のみでは不正使用防止の保障が全くないとはいわれない。
(ロ) 本件投票用紙の保管につき遺憾の点のあつたことは認めるが、原告主張の事情(前記<1><2><3>)のみでは本件選挙を無効ならしめるものとするには足りない。
(ハ) 二月選挙の投票用紙の候補者氏名らんの枠の長辺は一五耗であり、本件選挙投票用紙のそれは一三耗であつて判然区別されるところ、本件投票済用紙中には右二月選挙の投票用紙は一枚も発見されていない。
<2> 代理投票に関する請求原因第二、二、<1>について、
公選法第一一条一項該当者を除いて、すべての国民に選挙権が保障されているのだから、身体障害者でも投票所に入場した有権者である以上、軽々しく棄権させる訳にはゆかない。(昭和四二年一月一八日付自治省選挙局長回答参照)
<3> 同請求原因第二、二、<2>について、
(イ) 公選法第四八条二項に「投票立会人の意見を聴いて」とあるのは代理投票補助者の選任行為についての意見聴取のことであり、代理投票を許すか否かについての意見聴取ではない。
(ロ) 又、投票立会人の意見を聴かないで代理投票補助者を選任した違法があつてもそれだけで代理投票の無効を招くものではない(昭和三五年九月一日、最高裁判決参照)し、選挙の無効を招くものでもない。
<4> 同請求原因第二、二、<3>について、
投票管理者が代理投票補助者となつたり、投票立会人三名中の一名が定員の補充なくして代理投票の補助者となつたりすることは選挙の管理規定に違反するが、本件については次の如き情況が存し、事実上選挙の自由公正が害された事実がなかつたから、右違法により当該投票又は選挙が無効になつたとはいえないものである。(昭和三五年九月一日最高裁判決、大正一五年二月一六日内務省議決定、参照)
すなわち、
(イ) 投票管理者、投票立会人が補助した代理投票数は左のとおり少数である。
第一投票所、管理者の補助一票、立会人の補助八票、計九票
第二投票所、管理者の補助一票、立会人の補助、九票、計一〇票
第三投票所、立会人の補助七票
第四投票所、立会人の補助五票
第六投票所、立会人の補助三票
第七投票所、管理者の補助一六票
(ロ) 各投票所とも混雑せず、殊に代理投票は一般投票を行なう選挙人のない時をみて行なうよう配慮されていた。
(ハ) 各投票立会人のうち一名がその投票所の投票管理者の職務代理者に選任されていたから、管理者の職務代行の必要なときは何時でも即時これを命じ得る常況にあつた。
(ニ) 他の二名の立会人による一般投票監視の態勢にも欠けるところがなく、各投票所の規模、さらに補助に要する時間が僅少であること、その他の状況から推しても、これらの者の職務遂行上特段の支障を生ずるような事情は全く見受けられなかつた。
(ホ) 各投票管理者及び投票立会人はすべて各部落において公正に選任せられた区長らをもつてこれらに充てられた。
<5> 不在者投票に関する請求原因第二、三、<1>(ロ)について、
被告委員会が本件不在者投票者全員二〇一名を証人として喚問したところ、出頭した一五五名中、内封筒のみに糊付しなかつたと証言した者二名(大谷進、半田志げを)、外封筒のみに糊付しなかつたと証言した者一名(小鍛治喜平)、内封筒外封筒共に糊付をしなかつたと証言した者二名(松原幸作、坂本ハツ)で、残りの一五〇名はすべて内封筒、外封筒共に糊付したと証言した。このうち選挙の効力に影響を及ぼす可能性のあるのは外封筒に糊付しなかつた三票のみだから、これを全部無効としても、得票差からみて選挙並びに当選の効力に異動を生ずる余地はない。
<6> 同請求原因第二、三、<1>(ハ)について、
不在者投票用外封筒の調製に関しては公選法施行規則第一〇条の定めがあるのみで期日の訂正が許されぬものでもなく、訂正に特別の方式を要するものでもない。
<7> 同請求原因第二、三、<1>(ニ)について
不在者投票用外封筒に投票日の記載のないものは違法で投票管理者において不受理の決定をすべきであつた。しかし投票管理者が不受理の決定を下した投票でも後に開票管理者が調査の結果、実質上の違法がなければ終局的に受理も可能であること、(昭和二七年六月二六日、全選局長回答)、及びかゝる票が二通にとどまることからすると、右違法は未だ本件選挙の無効を招来するものとは解し難い。
<8> 同請求原因第二、三、<1>(ホ)について
不在者投票用外封筒の投票日の記載を訂正しても右投票は有効であり、これを受理したことに何らの違法はない。
<9> 同請求原因第二、三、<2>(イ)(ロ)について
(イ) 被告委員会の証人調において、投票立会人がいなかつた旨証言した不在者投票者は別表丙中○印を付した一三人であるが、右各証言も必ずしも正確ではなく、本件不在者投票に際し投票立会人、投票管理者を欠いた事実はない。
(ロ) 立会人は、必しも投票記載台が置かれていた町長室内にいなければならない訳はなく、同室外であつても投票記載台附近の状況を容易に見通しうる位置にいるならば投票の立会として欠けるところはない。そして、本件不在者投票にあつては、甲第一号証(不在者投票処理簿)の立会人氏名欄に記載せられている立会人らが右町長室内又は室外における右の条件を満たす位置において適法な立会を行なつたものである。
(ハ) 選挙管理委員長(不在者投票管理者)が投票場所にいなくても、補助執行者を選任し且つそれに対して有効な指揮監督を行いうべき状態が確保されていれば違法ではない。本件不在者投票において、松倉町選管委員長が自宅又は町役場建物内の別の部屋にいて投票場所を不在にしたことはあるが、同委員長は、自己が不在の間は選管書記朝倉順英を補助執行者と定めて投票管理の任に当らしめ、町役場建物の内にいたときはもとより、自宅にいた場合と雖も、自宅と役場間の距離は約三・四キロメートル、自動車による片道所要時間は約七分。自宅に電話設備のあること等から考慮すると朝倉事記に対し有効な指揮監督を行いうべき状態は十分確保されていたものといえる(昭和二九年二月一七日、自治庁選挙部長回答参照)。
<10> 同請求原因第二、三、<4>(イ)(ロ)について
(イ) 宣誓書を本人自身で作成しなかつた旨原告が主張した一三六名の不在者投票者につき被告が調査した結果は別表戍のとおりであり、そのうち本人の作成したものが七通、氏名欄は自署したが事由欄は自書しなかつたものが九通、全然本人が作成しなかつたものが一二〇通あつた。
(ロ) しかしながら宣誓書は代筆ないしは署名の代理が許されない訳ではないから、宣誓書が自筆でないことが選挙の管理規定に反するとはいえない(昭和四六年二月一三日、自治庁選挙課長通知参照)。
(ハ) 役場職員も当然不在者投票ができるものであり役場職員が自署している宣誓書について別に問題はない。
<11> 開票管理に関する請求原因第二、四、について、
開票事務につき何ら不正は存しない。
当時の開票所の人的物的設備、参観人の位置人数などから考慮しても、開票事務の途中で記票済の投票用紙をさし替える等という重大な不正行為を行ない得るはずはない。
(証拠)(省略)
理由
第一、昭和四七年六月一八日執行の、福井県吉田郡永平寺町長が欠けたことによる町長選挙(本件選挙)は同町の元町議会議長である訴外河野正士と元助役である訴外川治吉右エ門との二候補者間で当落が争われたところ、開票の結果選挙会は、河野候補が二〇三三票、川治候補が二一四四票を各得票したとして、川治吉右エ門を当選人と決定したこと、原告らは何れも右選挙における選挙人であるが、同年六月二四日、永平寺町選挙管理委員会(町選管)に対し、本件選挙の無効と(川治候補の)当選の無効とを主張して異議の申出をしたところ、町選管は同年七月一一日、右異議申出を棄却する旨の決定をしたこと、これに対し原告らが同年同月二九日、被告に対し審査の申立をしたが、被告は同年一〇月九日に右審査申立を棄却する旨の裁決をしたことはいずれも当事者間に争いのないところである。
第二、開票手続の適否、特に投票のすりかえについて、
一、原告は本件選挙並びに当選につき種々の選挙又は当選無効原因ありと主張しているが、本件訴訟における最大の争点は果して原告の主張するような投票のすりかえ(投票の偽造増減)行為が行なわれたか否か、或いは右投票のすりかえ行為の存在を疑わせるに足る如き選挙管理規定の違反が存したか否かという点にあると思われるので、先ずこの点から判断を加えてゆくことにする。
二、1、原告は川治(有効)票とされた二一四三票(特に、得票数の記載のない効力決定用紙―甲第一二三ないし一二五号証甲第一二七号証―を貼付された束の計二〇〇票)には同一人の筆跡とおぼしきものが多く、右は川治票の偽造を推認させるに足ると主張している。
2、しかしながら原告提出の甲第二一四号証の一ないし二一四三(特に原告指摘の二〇〇票に該当すると思われる票)を点検してみても、原告主張のような心証には達し難いので、投票の筆跡の類似性から川治票の偽造増票行為の存在を推認することはできない。
三、1、次に成立に各争いない甲第一二三ないし一二五号証同甲第一二七号証によると、本件選挙における川治(有効)票の効力決定用紙中四枚に得票数の記載が欠けており、そのうち一枚には開票管理者(松倉権作)の押印も欠けていることが認められる。
2、原告はかゝることは正常な開票手続ではあり得ぬことだから、右効力決定用紙並びにこれを付せられた川治票計二〇〇票は偽造増票されたものである旨主張し、原告山本浅治の供述中にはその趣旨の部分もある。しかしながら本件開票場で昭和四七年六月一八日の午後七時半頃から午後九時一二分頃迄の間に四一九七票の開票手続が行なわれたことは成立に争いない甲第一二〇号証、原告山本浅治、同末永幸雄の各供述、証人小坂一義の証言によつても知られるから、右開票事務に従事した選挙管理委員、開票立会人、一般職員が繁忙を極めた時期もあつたと推認されるところ、右の者らの効力決定用紙への記入、点検、押印等の行為はそれぞれに重要な職責を荷つているものとはいいながら、定型的な同種行為の反覆という性質も帯びているので、繁忙の余り担当者が得票数記入や押印を失念し、更にその後の段階でこれを検閲する立場にある者が他意なく見逃してしまうことも十分あり得るところと思われ、得票数の記入や開票管理者印の欠缺のゆえのみをもつて右甲号各証を正当な手続外で作成されたものと断定するのは早計のそしりをまぬがれない。
3、まして右甲号各証には原告山本浅治を含む立会人三名の印影が顕出されていることが認められるので、原告の右主張はなおさらとり難いものである。
4、この点につき同原告は本件開票の約一ケ月後に印鑑証明書をとるために自己の実印(右効力決定用紙に押捺した印章と同一の印章)を永平寺町川島収入役に預けたことがあるので、その際盗用されて右甲号各証に盗捺されたものと推認する旨供述する。
5、しかしながら、開票を終つた全投票は効力決定用紙と共に袋に入れて開票管理者立会人が封印するのが例であり、本件の場合もその例にしたがつていることは原告山本浅治の供述によつてもこれを窺いうるから、開票の一ケ月後に効力決定用紙に押印するためには袋の封を破らねばならぬところ、本件においてそのような開封のなされた形跡は見出し難いものである。
6、而もそのような弥縫策をとるくらいなら、右甲号各証中得票数の記入もれ、開票管理者の押印もれの点も同時に完全にして然るべきなのに、(原告が開票管理者にも―不正行為者側に立つものと―疑惑を抱いていることは本件における原告の主張自体から明らかである。)そのような補修の跡がみられないのは、原告山本の印鑑盗用の主張に牴触するものといわなければならない。
7、然らば右効力決定用紙の欠陥から投票の偽造増票を推認することはできない。なお右効力決定用紙は公職選挙法で要求されているものでもないから、右用紙の記載に上記諸欠陥があつたからとてそのこと自体が違法事由となり、選挙又は当選の無効を招来するものでもない。
四、原告は町選管事務局長の朝倉順英が自分の担当職務でもないのに効力決定用紙を作成したのは不審で効力決定用紙並びに投票の偽造を疑わせるに足る十分な理由があると主張する。そこで考えるに、証人朝倉順英の証言、成立に各争いない甲第一二二ないし第二〇九号証(但し甲一二八、一三一、一四二、一四四、一四六、一四八、一五三、一五九、一六〇、一六一、一六二、一六六、一七〇、一六七、一六八、二〇〇、二〇五、二〇六、二〇七号証を除く)によると、右朝倉順英が右甲号各証の効力決定用紙に候補者名を記入したこと、右効力決定用紙の記入は本来計算係の担当職務になつていて右朝倉の担当職務ではなかつたが事務局長の朝倉が開票事務が早くスムースに行くようにと思つて前もつて右候補者名らんのみ書いておいたことは認められる。朝倉がなした右行為は計算係の担当職務の下準備に過ぎぬから格別同係の職責を侵したことになるとも思われぬし、町選管事務局長として多忙な輩下の事務に手を貸すことは理解し得るところであり、その間何らかの下心があつたとは認め難いものである。然らば右の点は投票のすりかえの存在を推認する資料にならないし、又、その存在を疑わせるに足る事由ということさえできぬものである。
五、成立に争いない甲第一二〇号証、証人酒井利明の証言によると、本件選挙に用いられた開票計算集計表(甲第一二〇号証)の一部分(候補者別得票数らんの一部)は開票中、町選管が未だ投票の有効無効を決定せぬ間に集計係酒井利明の手元に集つた票数を同人が記したメモをそのまゝ利用して作成されていることが認められるが、このような作成方法がとられたからといつて格別不審を抱かねばならぬ理由はなく、そのことからして本件開票における得票数集計に疑義を挟むべき理由もない。
(勿論、計算席において有効票と考えて束にしたものの中から町選管が無効と認めるものが出てくることはあり得るが、この場合は計算席の手元にある端数の票とさしかえていたから、酒井が既に集計表につけ上げた有効票の票数には異動を生じない訳である。)
又、本件選挙において作成された開票計算集計表が、その作成の方法手続において選挙の管理規定に違反すると認むべき理由は何も見当らない。
六、1、原告らが本件選挙に疑念を抱いた端緒並びに最大の原因は原告らが開票場で計算した河野候補の得票数と町選管発表の得票数とが一致しなかつた点にあると思われるので、以下その経緯につき考えるに、証人小坂一義、原告山本浅治、同末永幸雄の各供述の各一部を綜合すると左の諸事実を認めることができる。すなわち、開票当日開票立会人席にあつた原告山本は、自己の手元に各候補の有効投票束(五〇票一束)が廻つてくる度に(自らは得票数を計算することなく)参観人席に手信号(サイン)を送り、参観人席では訴外伊藤克己ら河野候補支持者がこれを受けて集計したところ、午後八時五分頃にその集計の結果では河野候補が二二〇〇票と計算されたところ、午後八時半頃の町選管の中間発表では河野、川治各二〇〇〇票であり午後九時一二分頃の最終発表では前記の如き結果で川治候補の当選と定つたので、開票終了後右経緯を知つた原告山本が町選管委員長に投票の再点検を要求してことわられたものである。右のとおり認めることができる。
2、しかしながら右サインにつき原告山本の発信、訴外伊藤克己らの受信が果して正確なものであつたか否か、これを確認するに足る資料はない。それどころか元々サイン(手信号)に誤信がともない易いことは各種競技においても経験されるところであるうえに、本件開票に際しては証人竹内武夫の証言によつても知り得るように立会人の手元迄きた投票束(五〇票束)の中に疑問票が一票でもあるとその票を折つてその束全部を計算係へ返し、計算係は疑問票を抜いて別の一票を入れ五〇票束にして又立会人に廻すようにしていたことが認められるが、この場合、原告山本が同一束につき前後重複してサインを出すことがあつたのではないかとの疑念もある。それ故、原告山本のサインに基づく訴外伊藤克己らの得票計算の正確性は確認し難く、右得票計算の正確性を前提とする原告らの主張は採用し難いものである。(なお、証人小坂一義、原告山本浅治、原告末永幸雄の各供述中、町選管の中間発表前に山口一芳ら川治派支持者も川治の落選を認めていた趣旨の部分は措信し難い。)
七、1、原告らは本件開票中に(イ)松倉委員長の机の上にあつた整理計算ずみの投票用紙束が計算席の計算係酒井利明のところへ直接に移動せられたことが三回以上あり、(ロ)又、右酒井から立会人の点検を経ないで直接松倉委員長の手元へ移動した開票束があつたと主張する。
2、しかしながら証人渡辺ミホの証言、原告末永幸雄の供述中右原告主張に沿う如き部分は証人竹内武夫の証言に照し措信し難く、他に右原告主張事実を認むべき証拠はない。而して―さきにも言及したように―証人竹内武夫の証言によると、計算席において有効票と考えて五〇枚束にした票のうち投票立会人が疑問とした票が一票でもあると、五〇枚全部を計算席に差戻して疑問票を他の票と差しかえさせ、再び計算席から投票立会人の手元に得出させたことのあつたことが認められるので、原告の右主張は右事実を誤認してなされたものと推認するのが相当である。
八、1、次に投票のすりかえ行為自体につき、原告は(イ)朝倉順英が着用した服のポケツトから二〇〇枚程の投票用紙を取り出して計算席にいた川本照男に手渡し、(ロ)その後酒井利明が計算席で上衣を脱いで同席にある投票用紙の上にのせ、(ハ)五、六人の町役場職員が右酒井の囲りを取囲んだと主張し、証人渡辺ミホ、同酒井とめの各証言、原告末永幸雄の供述中には右主張に沿う如き部分はある。
2、しかしながら右各証言並びに供述部分は証人朝倉順英、同酒井利明の各証言に牴触するばかりでなく、その内容自体においても著しく不合理不自然でにわかに措信し難いものである。何となれば当審の開票場検証の結果、弁論の全趣旨(右検証現場において原告代理人がなした指示説明の内容)証人竹内武夫の証言に照してみても、右投票すりかえ行為が行なわれたと主張される川本照男席、酒井利明席は一〇米とは離れておらぬ参観人席から見透しが利く上、同人らの背後には数人の新聞記者、二名の警官が各臨場しており、いわば衆人環視の下にあつて、投票すりかえの如き不正行為を行なうには最も不適切な状況であつたと認められる。更に右各資料によると河野派選出の開票立会人である原告山本浅治が、二ないし五米はなれた演壇上に座を占めていたことが認められるから、投票すりかえと覚しき不審の挙動の認められた場合は同人から直ちに異議抗議が出て然るべきであるのに、同原告がかゝる行動に出た形跡はついに見出し難いところである。これらの点に照せば原告の右主張に沿う如き各供述部分は措信し難いものであり、他に投票すりかえ行為の存在を認むべき証拠はない。
3、又、右開票手続中に投票のすりかえ行為の存在を疑わせるに足るような管理規定違反のあつたことも認め難いものであるる。
只、証人朝倉順英、同竹内武夫の各証言によると、新聞の締切時間が迫つたため報導機関席にいた記者数名が早く開票の終局結果を知らうとして一時計算係の背後へ集つたことは認められ、右は開票場の管理規定に違反するが、これがため本件選挙の自由と公正とが侵害されたとするには―弁論の全趣旨上―なお程違いものといわなければならない。
九、原告は右投票すりかえの主張の外に、種々開票手続の瑕疵の主張をしている。原告は先ず投票の点検に関する公選法施行令七二条違反があつたと主張するが右事実を認むべき証拠はない。むしろ証人長谷川スナエ、同渡辺喜代子の各証言によると、各候補毎に専属の組を組んではいなかつたが、何れの候補の票についても点検係と計算係とにおいて少なくとも二人以上が計算したことが認められ、右計算方法は令第七二条に適合するものというべきである。
一〇、又、原告は開票に関し公選法第六六条第二項違反の主張をするが右事実を認むべき証拠はなく、各開票立会人がすべての票を点検したことは証人酒井利明、同松倉権作の各証言によつて明かである。開票立会人山本浅治が開票手続終結前に開票管理者に対し開票の最終的点検を要求したことを認むべき証拠は一もなく、却つて原告山本浅治の供述によると、同原告は開票手続終結宣言、開票録署名、投票等封印後にはじめて永平寺町役場で投票の再点検を要求して拒否されたことは認め得るものである。原告は開票管理者が公選法施行令第七三条により各候補者の得票数を朗読する前に開票立会人の最終点検を促さなかつたのが違法だとするのかも知れないが、開票立会人に一回宛投票点検の機会が与えられている以上、重ねて最終点検を促さなくても違法ということはできないものと考えられる。
一一、上記の次第で本件選挙の開票場において投票のすりかえがあつたとは認め難いし、投票すりかえの存在に対する疑惑を許すような選挙管理規定の違反があつたとも認め難いものである。その他本件開票手続に関し原告主張の如き違法の点があつたとは認め難いので、この点に関する原告の主張はすべて排斥するものである。
第三、本件投票用紙管理の適否について
一、次に本件選挙の投票用紙の管理方法の適否につき考えるに、(イ)投票用紙の印刷の際監視のため町選管の職員を印刷所に派遣するなど不正印刷防止の措置をとらなかつたこと、(ロ)投票用紙の町選管への納品時に枚数の確認がなされなかつたこと、(ハ)印刷発注枚数が四六〇〇枚なるに対し、使用済投票用紙と残存枚数との合計は四六九三枚であり、両者の間に九三枚の差が存することはいずれも当事者間に争いのないところである。
二、右のような投票用紙管理方法が適切を欠くものであることはいう迄もないけれども本件選挙の開票場において投票のすりかえが行なわれた事実の認め難いことは前示のとおりである上に、本件選挙のその他の過程において、不正に流用された投票用紙を利用した不正の投票がなされた形跡も認め難く、更には右投票用紙が不正に流出したことについての積極的な証拠さえ認められない本件においては、上記のように投票用紙管理方法に不適切な点があつたからといつて直ちに選挙の公正を著しく害し、選挙の管理規定に違反するものということはできない。
しからば原告のこの点を理由とする選挙無効の主張は失当である。(原告は前記(イ)(ロ)(ハ)の事実のみから不正投票の存在を十分推認し得ると主張するがとうてい賛成し難い。)
三、又、原告は本件選挙に、昭和四七年二月一一日執行の同町町長選挙の未使用投票用紙が流用されたと主張するが、右主張を支持するに足る証拠はなく、却つて原告提出の甲第二一四号証の一ないし二一四三、成立に争いない乙第一号証によると右事実のなかつたことを認め得るものである。
第四、代理投票手続の適否について
一、原告は町選管が選挙能力のない程度の身体障害者であることの明かな者の代理投票を許したことは違法であると主張し、その一例として坪川源の事例を挙げている。右同人が本件選挙において代理投票により投票していることは弁論の全趣旨により認め得るところであるが、同人がそのように明白な選挙無能力者であることについては立証がない。
又、証人中村成雄、同和田昭十四の証言によると、町選管が訴外中村薫の代理投票を許したことは認められる。しかしながら選挙権が主権者たる国民の基本的な権利であることを考えると、選挙能力としてそれ程高い精神能力が要求されているとは思われぬし、更に選挙管理委員会が限られた時間内に限られた能力で審査しなければならぬことを考えると、選挙無能力を理由とする投票の拒否は余程慎重でなければならないと思料される。そこで再び証人中村成雄、同和田昭十四の証言によると、中村薫は幼少時から発育が遅れ学校も小学校だけでやめており、文字も書けず、現在、家で薪割程度の仕事しかしていないが、看護者を要する状態ではなく、耳は聞えるが言語障害があるもので、今回の選挙に関し候補者のよしあしの判断迄ついたとは思われないが、連呼の声はわかつていて父親に対し投票の希望を表明し、父と共に町役場へ出頭し、持参の候補者氏名を記した紙片を代理投票補助者に示して代理投票を依頼し、補助者が投票用紙に候補者名を記したものを持参の紙片の候補者名と対照させこれでよいのかと聞いたのに対しうなづいて賛意を表明して投票を終つたことが認められる。右の状況に照すと、町選管が中村薫の代理投票を許したのも相当の理由があり、代理投票についての管理規定違反があつたとも断定し難いし、当該投票を無効とも断じ難いものである。
二、原告は本件選挙における代理投票の際、投票管理者が代理投票の許否につき投票立会人の意見を聞かなかつたのは公選法第四八条二項に違反すると主張する。しかしながら、同法同条同項の文理上からみても投票管理者が投票立会人の意見を聴くことを要する事項は代理投票補助者(「当該選挙人の投票を補助すべき者」)の選任行為についてのみであると解せられ、代理投票の許否自体はこれに含まれぬと解するのが相当である。しからば原告の右主張は主張自体失当にして排斥を免れない。
(なお仮りに代理投票補助者の選任につき投票立会人の意見がきかれなかつたとしても、それだけでは右投票が無効となるものではない。)
三、1、次に本件各投票所における代理投票に際し、別表甲記載のとおりに投票管理者又は投票立会人が代理投票補助者となつたことは当事者間に争いがない。而して第五投票所以外の各投票所で投票立会人が三人しか選任されていなかつたことも、被告が明に争わぬから自白したものとみなす。
2、投票管理者又は投票立会人が代理投票の補助者となること自体は未だもつて選挙の管理規定に違反するとはいえないが、その際投票管理者がその職務代理者に自己の職務執行を命じなかつたためその補助事務従事中投票管理者の職務執行者を欠いた形となつたり、又、投票立会人の定員を補充しなかつたため、その補助事務従事中投票立会人の法定数を欠いたことになる場合は、選挙の管理規定に牴触することになる。
3、本件の場合、被告のいうように投票管理者の職務代理者が選任されていたとしてもそれが投票立会人の一人であつたというならば、投票立会人が四人選任されていた第五投票所の場合を除いて、他の各投票所における原告指摘の代理投票事例においては、投票管理事務執行者を欠いたか、又は投票立会人の法定数を欠いたかの状況の下で少なくとも当該代理投票が行なわれたことになり、右は選挙の管理規定に牴触するおそれがある。
4、しかしながら元々代理投票の補助事務はその性質上長時間を要するものではなく、せいぜい一投票あたり数分間にてこれを処理し得るものと考えられるところ、成立に各争いない甲第一、第一二〇号証、証人松倉権作の証言の一部を綜合すると、本件選挙の全投票数は四一九七票でそのうち不在者投票が二〇一票であるから投票日当日の投票数は三九九六票となるところ、右投票が八個所の投票所に分れて公選法第四〇条所定の午前七時ないし午後六時の間に行なわれたことが認められるから、各投票所ともにそれ程投票者で混雑したものとは解し難く、投票所内の秩序保持投票の監視も比較的容易であつたであらうことはこれを推察するに難くないところである。而して前記のとおり、問題のある代理投票は合計五〇票で一投票所につき五票ないし一六票に止まること、代理投票所要以内は短時間と考えられること、又、仮りに代理投票中投票者がふくそうしてきた場合には一時他の投票者の投票を整理することも可能なことを考え合せると、本件各代理投票の補助により選挙管理事務執行者、投票立会人の職務遂行上特段の支障を生じた形跡につき立証のない本件においては上記本件代理投票に際しての管理規定違反の程度は軽微であり当該選挙の結果に異動を及ぼすおそれはなく、ために選挙を無効としなければならぬ訳のものでもないと思料される。(ついでながら投票管理者又は投票立会人が代理投票補助者を兼ねたという理由だけで当該代理投票が無効になるものでもない。)
5、なお原告は今一人の代理投票補助者はすべて川治候補の運動員といわれている永平寺町役場職員であつたと主張するが、右運動員たるの事実についての立証はない。
第五、不在者投票手続の適否について
一、1、次に本件選挙における不在者投票手続の適否につき考えるに、原告は先ず、右不在者投票の外封筒、内封筒の封をしてないものが多数あつたと主張する。
ところで不在者投票の二重封筒のうち外封筒のみ封をしてあれば投票の秘密は一応保たれ得ると解せられるので投票の効力に影響あるのは外封筒の封を怠つた事例であると解せられるべきところ、かゝるものとして問題視される事例が三例(小鍛治喜市、松原幸作、坂本ハツの三名)あつたことは被告の自認するところである。
2、原告はこの外にも外封筒に封をしなかつた者があると主張するが立証がない。
3、原告はかように封をしない不在者投票が出たのは町選管担当者や不在者投票立会人が封筒に封をする必要はないと教示したり開封のまゝ投票するのを放任したためで管理規定違反があると主張するが右事実を証明すべき資料はなく、却つて証人朝倉順英、和田昭十四、坪川公幸、山口まゆみの各証言によると、各立会人並に町選管職員は右の点誤まりなきよう投票者を指導していたことが認められるから、不在者投票者中封を怠る者の出たことを町選管の管理規定違反の結果ということはできない。したがつてこの点を理由とする原告の選挙無効の主張は失当にして排斥を免れない。
二、なお原告は外封筒に選挙人氏名の記載のないものがあつたと主張するが、右主張に沿うべき証拠がない。(投票者氏名の記載場所が若干不適切なものはあつても、とにかく氏名の記載はあるようである。)
三、1、又、「二月選挙」の際の不在者投票用外封筒の記載(「執行月日」「投票の月」)を訂正して使用したものが原告主張のとおり二八通あることは当事者間に争いがない。
2、しかしながら投票用紙自体と異なり、不在者投票用外封筒の調製に関しては公選法施行規則第一〇条の定めがあるのみで他に制限規定はないから、「執行月日」「投票の日」の訂正が許されぬ理由はなく、又右訂正につき特別の方式を要するものでもないから、原告の右主張は投票無効、選挙無効の何れの理由にもあたらぬものである。
四、1、次に不在者投票用外封筒に投票日の記載のないものが原告主張どおり二通あつたことは当事者間に争いがない。
2、かゝる不在者投票は投票管理者において「不在者投票用封筒の記載が完全でないもの」として不受理の決定をすべきであつた。しかしながら右のように記載事項に欠ける違法の点があつても開票管理者の調査の結果実質的に違法な点がなければ開票管理者は受理することができると解すべきところ、右投票につき実質的に違法な点があつたことは認められないので、右投票日記載欠缺の不在者投票を受理した違法は本件選挙の無効を招くものとはいい難い。又、右各投票を無効のものとすることもできない。
五、又、不在者投票用外封筒の投票日の記載を原告主張のように訂正したものの一通あつたことは被告の自認するところである。しかしながら右記載の訂正を許し難いとする根拠規定もないし、又、右記載の訂正に際し訂正印その他厳格な訂正方法に由らせなければならぬ根拠も理由もないそれ故、かゝる不在者投票は無効ではないし、これを受理したことにつき何ら違法のかどはない。
六、1、原告は本件選挙において選挙管理委員長が(投票所)に不在の間になされた不在者投票が別表丙のとおり七七票もあると主張し、甲第三一ないし一〇七号証の一、二、の各記載を援用している。しかしながら右甲号各証において各供述者(証人)は投票立会人の存否については尋問を受けて答えているが、選挙管理委員長の存否についてはきかれていないのだから、右甲号各証によつては原告主張事実を知り得ないものである。
2、もつとも選挙管理委員長が不在者投票所にいたか否かが直ちに不在者投票手続の適否につながるものではなく、問題は不在者投票管理者又はその職務代理者が直接又は同職務補助執行者を介して適法に不在者投票事務を管理執行したか否かにあるから、その適否につき考えるに、証人松倉権作、同朝倉順英の各証言本件不在者投票所検証の結果を綜合すると左記の諸事実を認め得るものである。
3、すなわち本件選挙に際し永平寺町役場を投票記載場所として行なわれた不在者投票につき永平寺町選挙管理委員長松倉権作が法令に基き不在者投票管理者となり、同委員中村義孝が前記委員長の指定により職務代理者となつた。右松倉権作は本件不在者投票の開始以前に町選管職員(併任者を含む)に対し不在者投票事務の分担を命じ不在者投票立会人を任命する等不在者投票管理事務の大綱を定めた後、自からも右不在者投票期間中、昭和四七年六月一一日は午前八時より午後五時迄の間、同一二日は午後出勤して午後三時迄各在庁し、同一三日は午前中在庁し、同一五日は午後登庁して五時迄在庁し、同一七日は午後五時迄終日在庁した。而して右在庁時間中は主に投票記載台の置かれた町長室の入口から二・七米以内にある火鉢の周辺、又はそれよりも町長室に近い助役席にあつて投票の監視にあたつていた。右の二つの位置からは、開放された入口を透して町長室の内部の一部がみえ、管理者が僅かに体を動かせば町長室内にある記載台並びに投票者の姿も見ることができた。
なお、松倉は右在庁時間中他の用務のため町役場に隣接し渡り廓下をもつて連絡されている開発センターの建物の棟内にある当時の永平寺町土地改良課、同町農業委員会作業課各事務室に赴いていることもあつた。このように松倉が在庁中でも席を外している間、及び同人が登庁せず、町役場から約三・四粁はなれた一般加入電話の架設されている自宅に留まつていた間は町選管書記、事務局長の朝倉順英が松倉の口頭による命を受けて、不在者投票管理事務の補助執行をしたが、右松倉不在中も同人の在庁中とかわることなく不在者投票が行なわれた。以上のとおり認められ他にこれに反する証拠もない。
4、そこで右認定事実によると、本件不在者投票管理者の松倉権作は記載台の置かれていた町長室内に在席しなかつたにしても、自から不在者投票事務の大綱を定めて町選管職員に指示した上、不在者投票期間中の相当時間記載台の至近位置にあつて自から不在者投票を監視し、自から在庁在席せぬ間も不在者投票管理事務補助執行者朝倉順英を介して不在者投票の管理を渋滞なくしていたものということができるから、右松倉の不在者投票管理が欠けていたということはできない。
七、1、次に原告は本件不在者投票中不在者投票立会人なくしてなされたものが八〇票あるとして甲第三一ないし一一〇号証の各一、二、を援用する。
2、そこで考えるに、成立に各争いない甲第三一ないし四二号証、甲第六二号証の各一、二、弁論の全趣旨(被告が被告の裁決手続中の証人尋問手続において別表丙表中○印を付した一三名が立会人を欠いた旨証言したことを自認した点)を綜合すると、証人朝倉順英、同坪川公幸、同和田昭十四、同山口まゆみの各証言中には反対の趣旨の供述があり成立に争いない甲第一号証に各不在者投票立会人の記載がなされているけれども、果して右一三名の不在者投票に際し立会人らが十分な立会をしたかどうか管理規定の遵守の点に疑念が持たれるものである。但しそのために直ちに当該不在者投票の効力が左右されるいわれはないと見るのが相当である。
3、原告はその他にも立会人の立会を欠いた例ありとして柿木勇、酒井あい子、吉川芳男の事例を指摘するが、成立に各争いない甲第一〇八ないし一一〇号証の各一、二、の記載のみでは不在者投票立会人の立会を欠いたと認めるには足らぬし、他に右事実を認むべき証拠はない。
4、又、その他の不在者投票者に関する成立に各争いない甲第四三ないし六一号証の各一、二、甲第六三ないし一〇七号証の各一、二、によつては当該不在者投票者に関し立会人が欠いたことを認めるには足らぬものである。(当該不在者投票場は「永平寺町役場」となつて居り、町長室のみが投票場となつている訳ではない。それ故立会人が町長室内にいなくても、記載台近くの立会に適する場所で立会したなら、適法な立会というべきである。)
5、因みに本件選挙に際し永平寺町役場における不在者投票立会人に指名されたのは、証人朝倉順英の証言、成立に争いない甲第一号証によれば、朝倉順英、坪川公幸、和田昭十四、山口まゆみの四名と認められる。証人松倉権作の証言中これに反する部分は記憶違いと思われるから措信しない。それゆえ、朝倉順英のなした立会はもとより有効である。なお右朝倉順英は不在者投票管理事務に関与してはいるが、右は勿論不在者投票管理者やその職務代理者になつた訳ではなく、単に不在者投票管理者松倉権作の管理下で同人の管理事務の補助執行をしたに過ぎぬから、朝倉が不在者投票立会人を兼ねても職責の牴触はなく、管理者或いは立会人を欠いたことにはならないと考える。
八、1、次に原告は本件選挙の不在者投票の宣誓書中本人が作成したものでないものがあるが、右宣誓書による不在者投票は無効である上、かゝる投票を許したのは管理規定違反で選挙無効原因を構成すると主張する。
2、しかしながら右宣誓書の作成方法については公選法施行令第五二条にも格別の定めがないので要は本人の意思に基いて作成せられたものであれば足りると解される。それ故、たとえば本人の押印又は拇印のある以上は必ずしも本人の自署でなくても記名でも足りるものと解すべきである。況して宣誓書本文の記載については宣誓者以外の者が代筆しようと、又、不動文字で記載されていようと、それが宣誓者の意思に基く表現と認められる限りは適法かつ有効な宣誓書と解して支障ないものと思われる。
3、本件不在者投票における宣誓中には、不在者投票事由等の宣誓書本文や宣誓者の記名部分迄も宣誓者以外の者が記載したものの多数存することは被告も自認するところであるけれども、証人朝倉順英、同坪川公幸、同山口まゆみ、同和田昭十四、同松倉権作らの各証言によると、右宣誓書は主として不在者投票の受付手続に携つた町選管(併任)職員らが不在者投票者らより「宣誓書が書けぬから」とて代筆を頼まれ事務進捗をはかるためこれに応じ投票者の面前で投票者のいうがまゝに記載してやり投票者本人に押印又は拇印させたものであることが認められる。
4、もとより宣誓書全文を投票者(宣誓者)が自書することは望ましいことであるけれども、右宣誓書が結局、不在者投票事由確認のための資料に過ぎないことを考えると、前示認定の如き情況の下に代筆された宣誓書を不適法として当該不在者投票を無効とするのは相当でないし、ましてかゝる宣誓書による不在者投票を許したからといつて当該選挙を無効とするいわれはないものと考えられる。
九、原告は本件不在者投票立会人はすべて川治候補の選挙運動員である永平寺町役場職員がなつたもので違法であると主張するが、そもそも同職員がさような運動員であるとの点についてはその立証がなくこの点で右主張は採り難い。
一〇、原告は「投票管理者が法規に従つた不在者投票の管理をしていない」と主張するが上記一ないし九で判断した以外にはそれにつき具体的な主張がなされていない。
第六、結論
一、上述したところを綜合すると、本件で原告の主張したところのうち、選挙無効の理由として問題になり得るのは不在者投票における立会人の点(理由第五、七、2)のみであり、これにより影響を受ける投票数は一三票に止まることになる。前示のとおり本件選挙における当選者川治候補と落選者河野候補との票差は一一一票であるから弁論の全趣旨により原告が無効票と主張していると解せられる、広清たき、荒井工、富田新悟、沖島長吉、沖島チエ、渡辺三松の六票が何らかの理由により仮りに無効であつた場合を考えても、(なお前記中村薫の投票が仮に無効とされる場合を考慮しても)それらにより選挙の結果に異動を及ぼす虞があるとはいい難いものである。しからば原告の選挙無効の請求は理由がないものである。
二、原告は更に当選無効の請求をしているが、そのうち問題となりうるのは外封筒の封をしなかつた疑で問題視される不在者投票三通(理由第五、一、)のみであり前記一、で引用の六票とともにこれらを仮りに無効とした場合でも到底原告の右請求を支持するに足りないことは自明である。
三、よつて原告の各請求は何れも失当として排斥することとし民事訴訟法第八九条第九三条第一項但書を適用して主文のとおり判決する。
別表 甲
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別表乙 不在者投票に使用の外封筒の表の二月一一日の印刷文字を六月一八日と、裏の二月の印刷文字を六月にそれぞれ訂正したもの
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別表丙 不在者投票にあたり選挙管理委員長が不在でかつ立会人を欠いたもの七七名の内訳
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別表丁 不在者投票の際本人が作成しなかつた宣誓書
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別表戍 宣誓書作成についての調査結果
原告が、本人が作成しなかつたものとして主張したもののうちその主張と異るものの内訳
左記以外は原告主張のとおり
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