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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和48年(行コ)3号 判決 1975年1月17日

控訴人 小浜税務署長

訴訟代理人 服部勝彦 渡辺宗男 笠原昭一 牧畠清隆 ほか三名

被控訴人 岡本百合子

主文

1  原判決を取消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

(申立)

控訴人指定代理人は控訴の趣旨として主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

(主張)

当事者双方の事実上の陳述は左に附加する外は原判決書事実第二、請求の原因、第三、答弁の各項記載のとおりであるから、右記載をここに引用する。

甲(被控訴代理人の陳述)

一  被控訴人の主張は、被控訴人は本件贈与(金二四〇万円)を受けたことがない、というにあり、右主張は第一審以来一貫している。

1  被控訴人が父常治郎のため農業に従事していた関係から、常治郎が被控訴人に対し相当の報酬を支払う旨を告げていたことはあるが、被控訴人が受贈の意思を表示したことはない。

2  又、被控訴人は常治郎から右二四〇万円の金員又は貸金証書を現実に受領したことはないし、訴外若狭商事有限会社(以下「訴外会社」という。)に対する被控訴人名義の貸付金を受領したこともなく、その利息を現実に受領したこともない。

3イ  訴外会社に対する被控訴人名義の貸付金は、被控訴人の父常治郎が将来被控訴人に贈与する意図の下に貯金していたもののようであり、これに関する訴外会社の帳簿関係、預金関係、所得税申告関係はすべて常治郎が操作したものである。

ロ  被控訴人は常治郎作成の書類に調印又は栂印したことはあるが、それは実父常治郎を全面的に信頼してその内容を深く検討せずしたもので、これにより利益を得たこともない。

4  仮りに右二四〇万円が父常治郎より被控訴人に対し、占有改定等簡易引渡の方法により交付されたとしても、右は被控訴人が父常治郎一家のため農業に従事して貢献したことに対する報酬であるから無償贈与ではない。

二1  控訴人は被控訴人が自白の撤回をしたとして右自白の撤回に異議がある旨陳述している。しかしながら被控訴人はそのような自白の撤回をしていないから、控訴人の右主張は失当である。

2  本件において、被控訴人は贈与を受けていない旨主張し、控訴人は贈与を受けたものである旨主張しているのであるから、この点においては双方の主張が相反して居り、裁判上の自白になならない。

3  而して被控訴人は右贈与のないことを明らかにするため、訴外若狭商事有限会社に対し、被控訴人名義の係争貸金がなされている外形的事実を認めて、右は被控訴人の勤労の対価として父常治郎がしてくれたものであると主張したものである。それゆえ被控訴人が認めたのは形式的貸金の存在の点に過ぎぬから、右は間接事実の自白に過ぎず、拘束力を有するものではない。

乙 (控訴代理人の当審における附加陳述)

一1  貸主被控訴人名義で訴外若狭商事有限会社に貸付けられた金二四〇万円の貸主が被控訴人であり、右二四〇万円が訴外藤野常治郎から被控訴人に交付されたものであることは、原審において当事者間に争いのないところであつた。

2  しかるに被控訴人が当審に至つて、右二四〇万円は被控訴人不知の間に訴外常治郎が、貸付けしたように操作したに過ぎぬものである、旨主張するのは、前記1の点に関する自白の撤回であり、控訴人は右自白の撤回につき異議がある。

二1  被控訴人は争うけれども、本件貸金債権が被控訴人に帰属することは、借主である訴外会社の会計担当者である藤野常信や、同社代表者で右貸金の資金提供者である藤野常治郎が均しく証言しているところである。

2  又、本件貸金に対する利息が預入れられた被控訴人名義の普通預金通帳(株式会社京都相互銀行小浜支店発行)から被控訴人名義の所得税が納入されているし、又、被控訴人名義の定期預金に振替えられたり、被控訴人の生活費に充てられたりしている。

3  本件貸金より生じる利息収入は昭和三九年分から同四八年分に至る被控訴人の雑所得として別表記載のとおりそれぞれ確定申告されている。

4  よつて右諸事実を綜合するならば、本件貸金債権が被控訴人に帰属することはおよそ明白なところといわなければならない。

三1  生前贈与に対し贈与税を課する理由は、生前贈与により相続、遺贈と同様な効果を得ながら、相続税の課税を免れる不公平を避けることにあり、贈与税は相続税を補完する機能を営むものである。

2  本件の場合も本件貸付資金が被控訴人の父親に帰属するとされた場合、右貸付資金は将来父親の死亡の場合、相続税の対象とされるであろうが、本件貸付金の貸付名義人が被控訴人である点、その果実が被控訴人名義の普通預金に預けられている点、右果実が被控訴人に帰属するものとして被控訴人自身が雑所得の申告をしている点などからみて、相続税課税要件の認定が困難になることも予測され、かくては前記1記載の贈与税制度の精神に反する結果ともなりかねない。

四  本件贈与財産取得の時期については、相続税法関係通達一〇〇七(昭和三四直資一〇第六条、昭三八直審(資)四改正、昭四六直審(資)六改正)によれば「財産取得の時期は、……贈与の場合にあつては書面によるものについてはその契約の効力の発生した時により、書面によらないものについてはその履行の時によるものとする。」とその取扱いを定めているが、本件は書面による贈与でないから右通達の趣旨に則り、訴外会社に貸付けられた時を本件贈与の履行時とし、右履行時を以て、本件贈与により財産を取得した時期と認定すべきである。

(証拠関係)<省略>

理由

一1イ 控訴人が被控訴人に対し、昭和四四年一月二三日付贈与税決定通知書、加算税賦課通知書により、昭和四〇年分贈与税金一一万五、〇〇〇円、同無申告加算税金一万一、五〇〇円、昭和三九年分贈与税金四八万円、同無申告加算税金四万八、〇〇〇円の各賦課決定をしたこと、

ロ 右決定は要するに被控訴人が昭和三九年に金一八〇万円、昭和四〇年に金三〇万円の各贈与を受けながらその申告をしなかつたので無申告加算税を加算して前記各贈与税を納付すべき旨を決定通知したものであること、

ハ 被控訴人は右決定に不服で控訴人に対し昭和四四年二月一九日受付書面で異議申立をしたが控訴人は同年三月一八日異議申立棄却の決定をしたので更に金沢国税局長に対し同年四月四日付で審査請求をしたところ、同国税局長は同年八月一四日付で棄却の裁決をなし、被控訴人は同月二一日これを受領したこと、はいずれも当事者間に争いのないところである。

2 又<証拠省略>によると、前記税額計算に誤まりのあることを発見した控訴人が昭和四五年二月二〇日付で被控訴人に対し、昭和三九年分贈与税金四六万五、〇〇〇円、同無申告加算税金四万六、五〇〇円、同四〇年贈与税金一万五、〇〇〇円、同無申告加算税金一、五〇〇円とそれぞれ贈与税額を更正し無申告加算税額を変更する決定をして被控訴人にその旨の通知をしたことが認められ、他にこれに反する証拠もない。

二 被控訴人が前記一1イ記載の各課税処分は贈与の事実がないのにこれありと誤認してなした違法な処分であるから取消を求めると主張するのに対し、控訴人は右各課税処分の前提となつた贈与として、訴外若狭商事有限会社の帳簿又は決算書類上、被控訴人よりの借入金として、

イ  昭和三七年五月四日 一五万円

ロ  同年七月一七日   一五万円

ハ  同三九年三月三〇日 五〇万円

二 同年四月一日    五〇万円

ホ  同日        五〇万円

へ 同年六月二三日   三〇万円

ト  同四〇年三月一九日 三〇万円

の各記載があるが、右各貸付にかかる各金員は右各貸付日に被控訴人がその父藤野常治郎から各贈与を受けたものである旨主張している。

そこで考えるに、<証拠省略>を綜合すると、右訴外会社が貸主被控訴人名義で控訴人主張のとおり昭和三七年中に金一五万万円宛二回、同三九年中に四回に合計一八〇万円、同四〇年三月一九日に三〇万円を各借受けていることが認められる。<証拠省略>のうち右認定に牴触する部分は<証拠省略>に照し措信し難く、他にこれに反する証拠もない。

三 控訴人は右記の各貸金の出所につき、被控訴人が父の訴外藤野常治郎から貰つた(譲渡を受けた)ものであることは被控訴人が原審において自白しているところであると主張する。

なるほど原審における被控訴人の陳述中には右貸金の資金は訴外常治郎から労務の対価として貰つたものである趣旨の部分もないではないが、右陳述を仔細に検討してみると、被控訴人の右陳述は控訴人の主張事実と部分的にも一致するものとは認め難いものである。

すなわち、本件において控訴人は被控訴人が原判決書事実第三答弁二、(イ)ないし(ト)記載の各年月日に各記載の金員の贈与を受けたと主張しているのに対し、被控訴人は原判決書事実第二請求の原因、四、原判決書第三丁裏三行目以下記載のとおり、「原告は昭和二〇年夫が戦死した後実家に戻り、以来父の経営する農業に従事し家事を手伝つてきたのであるが、その間に父から労務の対価として貰つた金があり、右金員の一部を前記の如く訴外会社に貸付けた<以下省略>……」と主張しているのであつて、贈与か労務対価の支払いかの点はさておいても、各当事者の主張する金員譲渡の時点、ならびに金額につき顕著な格差があり、当事者双方の主張の間に同一性が存するとは認め難いものである。よつて本件各貸金の資金の譲渡の点につき自白は成立していないものというべきである。(なお訴外会社に対し被控訴人が本件貸金をなした旨の控訴人主張事実は、本件訴訟では間接事実に過ぎないから、被控訴人が一旦自白した後でも自由に右自白を撤回し得るものである。)

四 そこで控訴人主張の本件各贈与の存否につき考えるに、<証拠省略>を綜合すると、左記諸事実を認めることができる。すなわち、

1  被控訴人は藤野常治郎の娘であり、前に岡本家に嫁したが夫が戦死して子供もなかつたため昭和二二年に実家の親元へ帰り、以後同三三年頃迄の間常治郎と同居し、その間再婚もせず他に働きに出るでもなく、同人方の扶養家族として生計を共にし同人所有の約七、八反歩の農地を耕作すると共にその家事を手伝つてきた。その間被控訴人は常治郎から給与の支払を受けたことはないし、その支払の約束を受けたこともなく、只、外出の際に僅かなこずかいを貰うだけで過ごしてきた。

2  そこで常治郎としては自分の死後における被控訴人の行末を案じて、訴外会社の設立された昭和三七年以後、控訴人主張の各年月日に同各金員をそれぞれ占有改定の方法で被控訴人に贈与かつ引渡し、次いで被控訴人を代理として(貸主被控訴人名義で)右金員を訴外会社に貸付け被控訴人もこれを諒承して各受贈の意思表示をした。

3  而して右貸金の証書は常治郎が被控訴人のため保管してやり、右貸金より生ずる利息は常治郎が被控訴人を代理して訴外会社から受け取り被控訴人名義の普通預金に預入れ、必要に応じてこれを引出して被控訴人名義の定期預金に振替えたり被控訴人の生活費や前記利息収入(雑所得)に対する所得税の支払いに宛てるなどして、父常治郎が被控訴人のために債権管理をしていた。なお右雑所得に対する所得税の申告も常治郎が被控訴人を代行していた。

以上のとおり認められる。<証拠省略>中右認定に祇触する如き部分は上記認定に援用の諸証拠にてらし措信し難く他にこれに反する証拠もない。

五1 特に<証拠省略>には、本件貸金の資金となつた金員は昭和二二年ないし三三年の間に(労務の対価として)右常治郎から被控訴人に(何回にも分けて)譲渡されたとか、同三三年に被控訴人が常治郎と別居する際に同様、常治郎より被控訴人に一括譲渡されたとか、いう趣旨の部分もあり、本件金員の贈与の時点は右各時点ではないかとの疑いを容れる可能性もないではないかも知れない。しかしながら<証拠省略>によると、右の各時点で常治郎は被控訴人に現実に金員を交付した訳ではなく以後被控訴人のためにこれを預かり保管することにしたと云いながら、本件各貸付の時点に至る迄は右の預かり中の金員を自己の他の金員と区別区分するような方法を構じたこともなく、特に昭和三三年迄は右預かり保管する金員の額さえ定かでなかつたことが認められる。右の状況にてらすときには、<証拠省略>中、昭和三三年ないしはその以前に本件金員の譲渡があつた趣旨の部分は如何にも不自然でにわかに措信し難いものであり、他に被控訴人のかかる主張に沿つて前記認定に抵触するような証拠はない。それゆえ、本件金員はやはり、被控訴人(代理人藤野常治郎)が訴外会社に貸付けた各時点の直前において、それぞれ、藤野常治郎より被控訴人に譲渡されたものと認めるのが相当である。

2  又、被控訴人は本件各金員は被控訴人が昭和二二年ないし三三年の間、父常治郎のため農林業家事労働に従事したことに対する給与報酬であつて無償贈与ではない旨主張し、<証拠省略>中には右主張に沿う如き部分もある。而して被控訴人が右期間中常治郎のため農林業家事労働に従事したことは前に認定したとおりであるけれども、本件各金員合計二四〇万円を右労働に対する給与報酬と認めるについては左の如き諸種の疑義がある。

イ  先ず被控訴人が常治郎の娘であり被控訴人主張の期間常治郎と生計を同じくしてその扶養を受け扶養親族として届出られていたことは前示のとおりであるところ、このように実親子が同居して生計を共にしつつ家業である農林業に従事する場合、その労働につき給与報酬等対価の支払を受けることは少なくとも当時の日本の農村においては稀有の事例であり、被控訴人方がその例外に属する特別の事情を認めるに足る証拠もない。

ロ  被控訴人の全立証によるも右労務の対価の計算基準につき予め取りきめのあつたことを認め難いし、又、現実に支払われた二四〇万円という金額が如何なる計算方法で算出されたかも明らかでなく、かくては、労務と給与との間の対価関係の存在も疑われる次第である。

ハ  又、<証拠省略>によると、当時常治郎方の耕地面積はせいぜい七、八反どまりであり、それを父母と共に耕作するのだから、他に常治郎所有山林の手入れ等も考慮しても、右常治郎方で必要とする労力はそれ程大きいものであつたとは思われない。それなのに被控訴人の同家における一一年間の労務に対し合計二四〇万円の対価が支払われたとすると、当時(昭和二二年ないし三三年)の一般の労務賃に比し甚しく権衡を失することとなり、首肯し難いところである。

ニ  又、右二四〇万円の支払方法が、労働期間内には全くなされて居らず、却つて右期間経過後の昭和三七年以降になされたのは通常の労務賃の場合と著しく支払方法を異にしているものである。

よつて上記諸点を考え合せるならば、本件二四〇万円を労務の対価とする旨の上記諸供述はにわかに措信し難いものであり、他にかかる事実を認め得べき証拠もない。

六 上述したように本件課税処分の前提となつた贈与の事実の認められる以上、その不存在を理由とするところの被控訴人の主張は理由がなく、他に本件課税処分を違法ならしめるような瑕疵は見当らない。よつて被控訴人の本訴課税処分取消請求は理由なしとして棄却すべきものである。

しからばこれと結論を異にする原判決は失当であるから取消すこととし、訴訟費用に関し民事訴訟法第八九条第九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 夏目仲次 山下薫 上野精)

別表 受取利息および雑所得一覧表<省略>

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