名古屋高等裁判所金沢支部 昭和49年(ラ)23号 決定 1974年11月30日
抗告人 関竜一(仮名)
主文
本件抗告を棄却する。
抗告費用は抗告人の負担とする。
理由
一 抗告人は、抗告の趣旨として、「原審判を取消す。被相続人の相続財産を被相続人の特別縁故者である抗告人に分与する。」との裁判を求める旨申立て、抗告理由として別紙のとおり述べた。
二 よつて案ずるに、本件記録によると、原審判添付遺産目録の物件(以下本件不動産という)は、もと被相続人菊池あやの亡夫菊池克男の所有であつたところ、同人が昭和四五年六月二五日死亡したことにより、本件不動産は同人の妻である菊池あやが三分の二、克男の姉妹である申立外菊池誠子、同関美智子、同森田律子、同上田てるみらが各一二分の一宛の割合でこれを相続し、爾後、右五名が右相続分と同じ割合で本件不動産を共有していた。
ところが、菊池あやは昭和四七年一月二一日死亡し、その相続人のあることが明らかでなかつたので、原審裁判所は昭和四八年一月一二日相続財産管理人を選任し、同年四月一七日相続財産に対する債権の申出の催告がなされ、同年六月二〇日に相続権者捜索の公告があつたが届け出る者がなく、昭和四九年二月六日に右届出の期間は満了した。以上の事実を認めることができる。
そこで、亡菊池あやが有した本件不動産の前記共有持分の帰属が問題となる。
民法二五五条は、共有者の一人が相続人なくして死亡したときはその持分は他の共有者に帰属することを定めているが、同条が「相続人なくして死亡したとき」とは字義通り相続人のない共有者が死亡したときは、その時点で直ちにその持分が他の共有者に帰属する趣旨とは解しがたい。即ち、相続人がない場合とは、同法九五一条にいう相続人のあることが明らかでない場合に当るから、同法九五二条以下に定める手続に従つて右共有持分についても相続財産の一部として清算手続が進められなければならない。その結果、残存財産に右共有持分がある場合で、ひきつづき相続人のあることが明らかとならないため、家庭裁判所が相続権者捜索の公告をして相続人からの届出もなく所定の期間が満了した場合を共有者が相続人なくして死亡したときと認めるのを相当とする。従つてその場合に相続人なくして死亡した共有者の持分が他の共有者に帰属することが確定するものと解することができる。
しかし、同法九五八条の三は家庭裁判所が相続財産の全部又は一部を特別縁故者に分与する旨の審判をすることができることを定めていることから、右残存財産の共有持分についても家庭裁判所の審判による特別縁故者への分与ができるものとすれば、前記の如き同法二五五条の解釈が困難となるので、ここに右二五五条と九五八条の三との関係をいかに解すべきかを検討する。
同法九五八条の三は昭和三七年法律第四〇号で追加されたが、同条は本来国庫に帰属すべかりし相続財産の全部又は一部を被相続人と特別の縁故があつた者に分与する途を開いたもので、相続人なくして死亡した者の遺産の承継者を家庭裁判所の干与によつて定めようとするものであつて、同条はそれら縁故者と被相続人との関係を無視して、残存相続財産を一律に国庫に帰属せしめることの不条理をさけんとするものである。しかも、そこには遺言制度等の修整ないし補完とも解しうる一面のあることも否定できず、家庭裁判所は特別縁故者たる要件をそなえる者に対し清算手続後残存する相続財産の全部又は一部を分与することを相当と認めるときはその旨の審判をすべきものとされている。
ところで、右分与の審判はそもそも相続財産中清算手続後に残存した相続財産についてなされるものであるから、残存財産中の共有持分については同法二五五条によつて前記の如き過程を経て他の共有者に帰属するものとすれば、審判時における残存相続財産中にはその共有持分はすでに含まれておらないものというべきであるので、家庭裁判所は特別縁故者に対し右共有持分を分与することはできないこととなろう。
もつとも、民法二五五条は清算手続後残存した共有持分が国庫に帰属して国庫が他の共有者と共有関係になることを避けるための規定であるといわれていることから、残存相続財産の国庫に帰属することの例外規定であると解されている。従つて、共有権者が相続人なくして死亡した場合であつても、その共有持分が国庫以外の者に帰属する可能性がある場合は、それがいかなる事情によるかは問わず、従つて家庭裁判所の特別縁故者に対する相続財産分与の審判による場合であつても、その限りは、国庫帰属の例外として他の共有者に帰属する関係が成立しないこともありうると解する余地はある。しかし、特別縁故者への相続財産分与の制度には前記の如く遺言制度等に対する修整、補完の積極的一面があるとはいえ、残存相続財産を特別縁故者への配慮を無視して国庫に帰属せしめることの不条理を避けんとする趣旨であることは前記の通りであるから、民法二五五条によつて他の共有者にすでに帰属したとも見うる残存相続財産中の共有持分、或は国庫以外の帰属者もありうる残存相続財産までも特別縁故者に対し優先的に分与できるものと解することは本条が家庭裁判所が相当と認める場合のみ分与の審判をなすべきものとしてはいるが、なお本条についての妥当な見解といいがたいものがある。
してみれば、相続人のあることが明かでないため、相続財産についての清算手続がすすめられ、被相続人の有した共有持分が残存した場合には、それは民法二五五条により他の共有者にすでに帰属したものとして、家庭裁判所はこれを特別縁故者へ分与することができないものと解するのを相当とする。
これを本件について見れば、前記認定のとおり家庭裁判所による相続権者捜索の公告後も相続人の届出のないまま所定の期間が経過したので、その頃本件不動産についての亡菊池あやの共有持分は他の前記各共有者に帰属したものと解すべきであるから、亡菊池あやの右共有持分について、抗告人が亡菊池あやの特別縁故者にあたることを主張してその分与を求める本件申立は、さらに判断をすすめるまでもなく、理由を欠くものとしてこれを却下すべきところ、右と判断を同じくした原審判は相当であるから、本件抗告は理由がない。
よつてこれを棄却すべきものとし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 西岡悌次 裁判官 夏目仲次 山下薫)