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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和52年(ラ)8号 決定 1977年10月07日

抗告人

鈴木武男

右代理人

玉田勇作

相手方

(旧性荒川)

柿原千代

右代理人

山元弘

杉崎茂

主文

原審判中、事件本人鈴本美智子に関する部分を取消す。

本件を金沢家庭裁判所へ差戻す。

理由

一本件抗告の趣旨および理由は別紙即時抗告申立書写記載のとおり、これに対する相手方の答弁および主張は別紙答弁書写記載のとおりである。

二よつて、検討するに、本件記録によれば、本件親権者変更の審判申立に関する紛争の経過、抗告人、相手方および事件本人の生活の状況等は次のとおりである。

1  抗告人と相手方は昭和四三年一〇月ころ結婚生活に入り、同年一二月一三日婚姻の届出をし、夫婦間に長女扶佐子(昭和四四年七月一七日生)、次女美智子(事件本人)(昭和四五年九月二五日生)が出生した。

2  ところで、夫婦の性格の相違、経済生活における態度のちがいから、抗告人が申立人に暴力を振うこともあつたが、昭和四九年一一月五日ごろ、抗告人は相手方が抗告人の留守中に当時抗告人方に下宿していた申立外柿原冬彦と密通したといつて相手方をなじり、「実家へ帰れ」等と言つたところ、相手方は右二人の子供を連れ、柿原冬彦とともに家出をし、一時姿をくらました。その後、相手方は二人の子供を伴つて長野県下の柿原冬彦の実家に身を隠し、ついで、柿原冬彦とともに静岡県沼津市に赴き、さらに転じて、同年一二月ころから、相手方肩書の現住所に居住するようになつた。

3  抗告人は、そのうち、同年一二月六日相手方に対し金沢家庭裁判所に離婚の調停申立をし、昭和五〇年二月上旬ころには三日間程相手方が抗告人方で同居したこともあつたが結局話し合いはまとまらず、同年五月右調停は不成立で終了した。そこで、抗告人は相手方および柿原冬彦を被告として金沢地方裁判所へ離婚および慰藉料請求の訴を提起し、同裁判所は相手方および柿原冬彦の所在が不明であつたため関係書類を公示送達に付して審理したうえ、昭和五一年六月三〇日、「(一)原告たる抗告人と被告たる相手方を離婚する。(二)長女扶佐子、次女美智子の親権者を抗告人と定める。(三)相手方は抗告人に対し金五〇〇万円及びこれに対する昭和五一年三月二〇日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。(四)柿原冬彦は抗告人に対し金二〇〇万円及びこれに対する昭和五一年三月二〇日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。」等を内容とする判決を言渡し右判決は昭和五一年七月二一日確定した。

4  この間、昭和五〇年二月ごろ相手方が二人の子を連れて抗告人方を訪れた際、抗告人は長女扶佐子は自分が養育するとの態度に出たため、それ以後長女扶住子は抗告人が、次女美智子は相手方が、それぞれ養育して今日に至つている。

5  相手方は前記のとおり昭和四九年一二月ころから現住所で柿原冬彦と同棲し現に美智子を養育しているが、昭和五二年五月二〇日には同人との婚姻の届出を了したもので、美智子の親権者となつた暁には柿原と美智子との間で養子縁組を結ぶ予定で、昭和五二年四月から美智子が入学した小学校においても美智子に柿原の姓を名乗らせており、柿原も美智子を養子として養育することを了承している。

相手方ら三人は現在二部屋と台所のある借家に起居しているが、柿原は機械関係の仕事で月収手取り一七万円ないし一七万五〇〇〇円を得てこれを生活費にあてており、相手方も美智子の下校時間が午後になるようになれば就職する予定であり、その限りでは経済的にも一応安定した生活を送つている。

しかし、前記の確定判決において相手方が元金五〇〇万円、柿原冬彦は元金二〇〇万円の損害賠償金を各別に抗告人に支払うよう命じられていることを考えると、相手方は抗告人の居住する住宅とその敷地が自己の所有であるとしてこれをもつて右損害賠償債務の弁済にあてる意向のようであるが、その主張事実を認めるに足りる的確な証拠はなく、柿原冬彦は右損害賠償金の支払いについては「何でも差押えてくれ」という態度である。

6  なお、柿原冬彦には、昭和四四年六月七日長野地方裁判所松本支部において暴力行為等処罰ニ関スル法律違反、傷害致死の罪により懲役二年六月、昭和四六年九月一七日同裁判所において業務上過失傷害、恐喝未遂の罪により懲役一年六月、昭和五〇年一〇月二〇日藤沢簡易裁判所において業務上過失傷害の罪により罰金四万円の各刑の裁判を受け、いずれもその執行を受けた前科がある。

7  抗告人は前記のとおり昭和五〇年二月以降長女扶佐子を養育し、現在は旧知の飯田静子(三四才)と内縁関係にあり、同女の子である飯田節と四名で肩書地において同居しているが、扶佐子と飯田母子との折合いも良い。抗告人は現在○○管工に記管工として勤務しており、飯田静子も午前中ラーメン屋のパートタイマーとして働いており、経済的には安定した生活を送つている。

抗告人は事件本人美智子の親権者変更に反対し、同女を相手方から引取り養育監護することを望んでいる。

相手方は、抗告人が朝、昼、晩と飲酒に耽る自堕落な生活ぶりで、相手方を殴る蹴るの暴行を加えるのを常としていたと主張するが、本件記録によれば抗告人が相手方の同居中にも現在も酒を好み毎日三合程度の晩酌をすることは認められるものの、常軌を逸するような飲酒ぶりとは程遠く、また、同居中相手方の髪を引つぱつて殴つたことは認められるけれども、それは相手方にもそれなりの落度があつた場合であり、常時相手方に暴行を加えるといつた異常なものではなかつた。

以上の事実が認められる。

三右事実によれば、事件本人美智子は昭和五〇年二月頃から現在まで相手方のもとで一応安定した生活を送つているものと認められ、原審判はこの点を主たる理由として相手方のもとでの生活環境の方が抗告人のもとでのそれより良好であるとして、右事件本人の親権者変更の申立を認容している。

しかしながら、右のような事件本人美智子の相手方のもとにおける生活についてみる場合、その経済的基盤も看過されてはならない要素というべきところ、相手方および夫柿原冬彦は前記確定判決によつて元金のみで五〇〇万円および二〇〇万円の損害賠償債務を負担しており、健全な経済生活を今後維持してゆくことの苦労は思いなかばに過ぎるものがあり、また、相手方主張の右債務弁済のための資産が存在するか否かは必ずしも明かでなく、事件本人美智子の生活の経済的環境についての不安は拭いがたい。

そして、相手方は本年五月二〇日柿原冬彦と婚姻し、本件親権者変更の申立が認容された暁には事件本人美智子と柿原冬場の養子縁組をも予定しており、現に事件本人美智子は相手方および柿原冬彦と同居しているのであるから、親権者の変更が事件本人美智子の利益に合致するか否かの判断にあたつては柿原冬彦の人格等についての検討も一つの要素というべきところ、同人には前記認定のとおりの前科がある。勿論、同人の前科の一事が事件本人美智子の利益を害するものとはいいがたいが、同人がいわゆる粗暴犯に属する罪名で近年二回にわたり懲役刑の実刑に服していることに照せば、本件親権者変更が事件本人美智子の利益に合致するか否かの判断にあたつては、さらに柿原冬彦の現在の生活態度等について充分に検討する必要があり、その結果如何は本件親権者変更申立の判断に重大な影響がある。

しかるに、原審判には以上の諸点について充分な検討を加えた形跡が認められず、事件本人が現在まで相手方のもとで一応安定した生活を送つていることを主な理由として事件本人美智子について親権者変更の申立を認容したことは前記のとおりであり、原審判はこの点について審理を充分に尽さなかつたものというほかはない。

四よつて、本件即時抗告は理由があるから、家事審判規則第一九条第一項を適用して原審判中事件本人鈴本美智子に関する部分を取消し、更に審理を尽させるために本件を金沢家庭裁判所へ差戻すこととして、主文のとおり決定する。

(西岡悌次 富川秀秋 西田美昭)

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