名古屋高等裁判所金沢支部 昭和53年(ウ)30号 決定 1978年9月19日
申立人 矢木高志
<ほか一五名>
右申立人一六名代理人弁護士 梨本作次郎
相手方 国
<ほか三名>
主文
当裁判所昭和五三年(ネ)第三一号、第三九号、第四〇号、第四一号、第四三号損害賠償請求控訴事件につき、申立人らに対し訴訟上の救助を付与する。
理由
一 申立人らの本件訴訟救助の申立の趣旨および理由は別紙「訴訟上の救助を求める申立」「上申書」「訴訟救助の申立書」と各題する書面の写記載のとおりである。
二 当裁判所の判断
(一) 勝訴の見込について
本件の本案訴訟は、申立人らが原告となり、相手方である国および各製薬会社を被告として、相手方らがキノホルム剤の製造を許可し、輸入を承認し、あるいは製造、販売をした行為には過失があり、これに起因して申立人らはいわゆるスモン病に罹患し損害を蒙ったと主張し、損害賠償を請求するものであるところ、第一審においては申立人らの請求は一部が認容され、一部が棄却されたため、申立人らは棄却部分を不服として当裁判所に控訴を申立て、さらに控訴審において請求の拡張をなし、相手方らもその敗訴部分につきそれぞれ控訴を申立てているのであるが、本件疎明資料によれば、右各控訴事件につき申立人らに勝訴の見込がないとはいえないことが一応認められる。
(二) 訴訟費用を支払う資力について
1 民事訴訟法第一一八条にいう訴訟費用とは、必ずしも救助の対象となる裁判費用等に限定されるものではなく、事件の具体的内容に応じ、民事訴訟費用等に関する法律所定のその他の訴訟費用さらには弁護士費用、調査費用等訴訟の維持追行に必要と認められる諸経費をも含むものと解すべきである。
これを本件についてみるに、本件訴訟はいわゆる薬害訴訟であり、しかも因果関係の点が重要な争点になっているものであるから、訴訟における論点は医学、薬学等の専門領域に深く関り、従って弁護士である訴訟代理人において通常の訴訟準備、訴訟追行活動以外に、右専門分野についての調査研究、資料の収集等の準備活動が不可欠となりこれに要する費用は多額にのぼるものと一応認められる。
2 訴訟費用を支払う資力の有無を判定するにはその者の資産および収入能力にてらし、訴訟費用を支払ってなお自己およびその家族の生活が現時の国民の一般的生活水準を維持できるかどうかの点を基準とすべきところ、最近における国民の一般的所得水準にてらすと、通常の訴訟の場合右資力を有しない者とは、生活の基盤を損うことなしに処分できる資産を有せず、かつ年収二〇〇万円以下の者がこれに該当すると考えられる。しかし本件においては本案訴訟の前記特殊性にてらし、年収三〇〇万円以下の者もこれに含まれると認めるのが相当である。
3 本案訴訟の第一審判決には申立人ら勝訴部分の五分の二の金額につき仮執行宣言が付されており、右金額については既に相手方らからの支払いがなされたものと認められるところ、この仮執行宣言に基く支払金を申立人らの資力を考えるうえでどのようにみるかが本件では問題となる。
申立人らは、右金員は後日本案判決が破棄されれば不当利得として返還しなければならない性質のものであるから、これを申立人らの所得ないし収入とみることはできないと主張するけれども、申立人らにおいて現に金員を取得し、それが裁判上の手続により権利の実現として得たものであってみれば、たとえ将来不当利得返還債務を負担する可能性が存するとしても、現在これを所得でないとして無視することはできない。しかし現時点では右金員の所得としての性格もまたそれをもたらした前記第一審判決の説くところに従って定まるというべきであり、それによれば、右金員は慰藉料と呼ばているがその実質は申立人らがスモン病に罹患したことにより蒙った包括的損害に対する賠償金と解されるから、右金員の取得によって申立人らの資力が直ちに増強されるかどうかはなお検討を要する。
まず、右金員はその年度に限り申立人らの年収を増加させるが、申立人らの収入能力の表現としての年収や月収には直接関係のない金員であり、従って申立人らの資力との関係においてはそれが処分可能な資産の増加をもたらすものであるかどうかを考えるべきである。
この点についてみるに、申立人(訴訟承継人である申立人についてはその被承継人)らは、約一〇年前にスモン病に罹患し、その療養のために本来有する経済的負担能力をはるかに超える金銭支出を余儀なくされ、それらの累積により経済的に大きな欠損状態が形成されていると一応認められる。そして前記包括的損害に対する賠償のうちには積極的財産損害に対する賠償も当然含まれているのであって、この部分は右欠損状態の解消に充てられるべきものである。もっとも請求認容額の中には精神的損害に対する賠償金のように処分可能な資産を形成するとみるべき部分もあるが、仮執行宣言が請求認容額の五分の二に止っていることからすれば、仮執行宣言に基く支払金の大部分は事実上右欠損状態の解消のため直ちに費消されることが予想され、資産を形成する余裕はないとみるのが相当である。
4 そうすると、結局申立人らの資産収入は別紙資産収入一覧表記載のとおりと一応認められるから、申立人らはいずれも訴訟費用を支払う資力のない者であるということができる。
(三) よって、本件訴訟救助の申立は理由があるからこれを認容することとし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 黒木美朝 裁判官 富川秀秋 清水信之)
<以下省略>