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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和53年(ラ)18号 決定 1979年5月17日

抗告人 木村友子

主文

原審判を取消す。

抗告人の氏「木村」を「川上」に変更することを許可する。

理由

一  本件抗告の趣旨および理由は別紙即時抗告申立書写記載のとおりであり、本件氏の変更申立の趣旨および理由は、原審判理由中の「申立の趣旨及び実情」の項に記載されているとおりであるからこれを引用する。

二  原審における抗告人、川上恵治、川上洋一郎、川上みよ子各審問の結果および原審記録に編綴されている戸籍謄本その他の資料によれば、次の事実を認めることができる。

抗告人は、昭和一六年一月二五日川上洋一郎と事実上の婚姻生活に入りその頃通氏として「川上」の氏の使用を開始し、昭和一八年六月二八日右川上洋一郎と正式に婚姻の届出をし、以後昭和四八年二月二日同人と協議離婚するまでの間は戸籍上の氏も「川上」であり、右離婚により戸籍上「木村」に復氏したが、その後も税金関係等やむを得ない場合を除き事実上「川上」の氏を使用して現在に至つている。

右協議離婚は、川上洋一郎が、現在同人の妻となつているみよ子(当時南みよ子)と親密になり、同女と婚姻するため抗告人に強硬に離婚を要求し、抗告人においてやむを得ずこれに応じた結果成立したものである。川上洋一郎は離婚に伴う財産分与として従来抗告人の住居であつた○町の建物とその敷地を抗告人に譲渡したため、離婚によつても抗告人の住居は変らなかつた。しかも、抗告人は離婚後も「川上」の氏を称し、従前の表札を外していないため、公的な郵便物など抗告人の戸籍名を記載したものは配達されないという不便が生じている。

抗告人は○○の技術を有し、川上洋一郎との婚姻中から約二〇年間にわたり○○店あるいは個人からの依頼による○○○○の業務に従事し、これによる月収が約一〇万ないし一五万円あるが、従来「川上」の氏で信用を得て来たこともあつて離婚後も得意先との取引には「川上」の氏を用いている。抗告人はまた趣味として○○の会に入つているが、そこでも従前からの「川上」の氏で通している。

抗告人と川上洋一郎との間には長女と長男が生れたが、いずれも既に成人し婚姻している。長男恵治は「川上」の氏を称する婚姻をし、抗告人と同居はしていないがその老後の面倒をみる意向であり、抗告人と川上洋一郎との離婚によつて抗告人と子らとの関係には何らの変化も生じていない。

三  前項に認定したところに則して考察するに、抗告人は一八歳で事実上の婚姻をして以来、協議離婚の時点までをみても約三二年もの間「川上」の氏を使用して過したものであり、成人した後の人生の殆んど全期間を通じて右氏を用いて来たと言つても過言でないのであつて、その社会生活における「川上」の氏の定着度は極めて強固なものであるといわなければならない。

抗告人が婚姻期間中「川上」の氏を称したのは、それが抗告人の戸籍上の氏であつたからであり、これはいわゆる通氏の永年使用とは一見趣を異にするが、長期間使用した氏を変更することが、個人的にも社会的にもしばしば不都合をもたらすという点ではそれが通氏であつても戸籍上の氏であつても異るところはなく、離婚による復氏が制度上強制されるところでは戸籍上の氏について通氏の永年使用と同様の問題が生ずるのである。むしろ、戸籍上の氏は通氏と異りその使用が強制されていたのであるから、それの永年使用による実績は通氏の場合以上に尊重されなければならない。そして婚姻期間が長ければ長い程、復氏した後に氏を婚姻中の氏と同一呼称の氏に変更することの正当性は強まり、反面離婚により復氏するという制度の実質的意義が薄らぐといわなければならない。

離婚による復氏を画一的に強制することについては夙に立法論的批判が存し、この批判を承けて昭和五一年法律第六六号により民法七六七条の改正がおこなわれ、離婚後三箇月内であれば届出により婚姻中の氏を称することができるようになつた。しかし、抗告人の離婚は右法改正より二年以上も前のことであるから直接右改正法の適用を受けることはできず、戸籍法一〇七条一項による氏の変更の方法により同一の結果を得るほかないが、右法改正がなされる基盤は当時既に存したというべきであるから、本件のような場合戸籍法一〇七条一項にいう「やむを得ない事由」の存否を考えるに当つては改氏一般の場合に比して基準をやや緩かに解するのが相当である。

この観点から前項の事情をみるに、抗告人にとつて「川上」の氏の使用が長期にわたつていてその社会的定着性が強いこと前記のとおりであるが、そのほか、抗告人は離婚により復氏した後も通氏として生活の殆んど全面にわたつて「川上」の氏を使用して現在に至つていること、抗告人と川上洋一郎との離婚は、両人間の子が既に成人し、両人とも老境に入つてからの離婚であること、離婚によつて抗告人の生活に変化はあまりなく、川上洋一郎が抗告人のもとから去つた形であること、その他前項に認定した諸事情にてらすと、抗告人の本件申立は、氏を変更するにつきやむを得ない事由があるものとしてこれを認容するのが相当である。

原審における川上洋一郎および川上みよ子の各審問の結果によれば、同人らは抗告人が「川上」の氏を称することに反対の意向を有していることが認められるが、これらの者の意向は原則として考慮する必要はないと解され、ことに本件離婚に至つた事情が前記認定のようなものである場合にはなおさらである。

よつて、本件氏の変更許可の申立は理由があるからこれを認容すべきところ、原審判はこれと結論を異にするから原審判を取消したうえ、本件氏の変更許可の申立を認容することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 黒木美朝 裁判官 川端浩 清水信之)

抗告理由書<省略>

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